少女はどことも知れぬ森の中を彷徨っていた。いつの間にか迷い込んだその森は、外は明るいはずなのに薄暗く湿っていた。ここはどこなのだろう。少女はもはや考える気力さえ無くしかけていた。
そこに現れたのは人のような「何か」。理屈ではなく本能で少女は感じ取ったのだろう。目の前にいるものは人ではないことを。そしてその「何か」は明らかに少女を標的にしていた。じわじわと近づいてくるそれに対し、少女に抵抗する術などない。
「た・・・」
声すら出ない。「何か」は本性を現す。それは異形の者。しかしそれが何かなんて少女には関係がなかった。少女は目を見開いたままだった。
突然目の前がはじけた。力なく倒れる異形の者。現れたのは紅白の変わった服を身にまとった女性だった。その女性は死体を一瞥もせず残りを狩っていく。
美しい
少女はそう思った。綺麗というのではなく美しい。その言葉しか当てはまらないような気がしたのだ。彼女の一挙一動足が美しいのだ。少女は場違いな森の中で優雅に舞うその女性に見とれた。
女性がすべて異形の者を倒し終わった。急に少女の目の前が真っ暗になった。おそらく緊張の糸が一気に緩んだからだろう。少女は薄れいく意識の中でその女性の声を聞いた。
「これが博麗の巫女だ。」
博麗神社。人里のはずれにあるさびれた神社で博麗の巫女、博麗霊夢は茶を啜っていた。
「・・・今日も平和ね。いいことだわ。」
霊夢はつぶやく。幾ら面倒事を押し付けられる仕事といえどそんなものはないのがいいに決まっている。
「それは違うよお姉さん。」
霊夢に話しかけてきたのは地底の火車、火焔猫燐、通称お燐である。
「世の中には小さな事件がたくさん起こってるのさ。じゃないとあたいの出番がなくなっちゃうからね。」
「そんな小さな事件は丸々ひっくるめて日常って言うのよ。事件って言っても人里の御老体が天寿を全うするとかそういう感じのことでしょう。これであんたは死体を運べるし、幻想郷は平和のまま。はいウィンウィンじゃない。」
「相変わらずわけわかんない論理だなあ。」
お燐は首を傾げる。そしてふと思い出したように言った。
「そういえば、最近妖怪が殺されまわってるていうのを聞いたなあ。」
「・・・何それ。」
霊夢が少し声の調子を変える。
「妖怪って言ってもそこそこ力のある妖怪みたいなんだ。それが殺されてるみたいでさ。まあ小耳にはさんだぐらいだし、あたい的には本当だったら嬉しいなあ的な感じで。あたい火車だし。死体運べるし。」
「・・・ふぅん・・・。」
「じゃあねお姉さん。平和を満喫してくれたまえってね。」
お燐は地底につながる穴の方へ姿を消す。
「考えても仕方がないわね。」
霊夢は再び茶を啜るのであった。
「甘いわ。」
紅白の巫女服に身を包んだ女性を少女、霊夢は睨みつけていた。
「全く修行が足りないわね。あと三日断食修行でもするつもり?」
「・・・くっ。」
霊夢は何も言えなかった。修行はちゃんとしている。実戦も十分こなしているはずだ。でもこの女に勝てない。霊夢は歯ぎしりするのみだった。
「博麗の巫女は誰にも負けてはいけないのよ。弱くて博麗の巫女を継げませんでしたなんてやめてちょうだいよ?そんなことになったら幻想郷は終わりなのだから。」
霊夢は再び女性へととびかかる。しかし軽くいなされる。
「貴女には覚悟が足りないわ。」
圧倒的な実力を持った高い壁への無謀な挑戦。それが霊夢の幼き頃であった。
「嫌な夢を見たわ・・・」
外を見れば日が昇っている。少し寝すぎただろうか。そして霊夢は別のことを考える。
「妖怪が殺されているって言ってたっけ・・・」
霊夢はしばし考え込む。
「・・・調べてみるとしましょうか。あんな夢を見た後だわ。きっと何かあるに違いないわね。」
魔法の森、普通の魔法使い霧雨魔理沙は魔法の材料、主にキノコを集めていた。これまで、彼女が研究を欠かした日はない。鼻歌を歌いながら地面を見まわしていた。
「今日は取れすぎて怖いぐらいだな♪食える奴は霊夢にでも押し付けようか。喜ぶだろうな。いつも精進料理みたいなのしか食ってねえしなあいつ。」
そんな日に限って面倒事は起こるものである。
「・・・囲まれてるな。」
魔理沙は少し笑う。人間といっても彼女は軽くそのレベルを超えている。
「試し打ちさせてもらうぜ。悪く思うなよ!」
「・・・ちっ。」
霊夢はいらだっていた。噂は人里中に十分広まっている。だがその先がない。まるで何か壁があるかのようだ。有効打がつかめていなかった。
「まるで箪笥の下に小銭を落としたときみたいな感覚だわ。」
「そもそも君は取るだけの小銭を持っているのかい?あるならさっさとツケを払って頂きたいものだが。」
霊夢に話しかけてきたのは香霖堂の店主、森近霖之助だった。霊夢もお世話になっている。
「博麗の巫女が人里で聞き込みするってことは異変でも起こっているのかな?」
「異変ほどのものじゃないわね。ただ少し気になることがあっただけ。」
霊夢は霖之助に事情を話す。霖之助は少し上を向いて考える。
「なるほどね。心当たりがある。」
「! やっぱり持つべきものは物知りの友人ね。さあ教えてちょうだい。」
「どうせ代金をせびろうとしても無駄だろう。今回はおとなしく教えるとしよう。」
「そんな御託は良いのよ。さっさと教えて。」
「闇市だよ。様々ないわくつきのものが売られているんだけれど、そこで妖怪の『一部』も売り払われているらしい。そんな話を聞いたね。僕は行ったことはないが、妖怪のはく製なんかはなかなか高く売られるらしい。」
霊夢は驚きを顔に浮かべる。
「そんなものがあったなんて・・・。」
「いや、闇市自体は以前からあったものだ。大事なのは最近その妖怪の『一部』が特に多く回っているということ。最近急に出回るようになったらしい。」
「じゃあ・・・妖怪を狩っている犯人が流しているってこと?」
「まあ、おこぼれを拾っているという可能性は考えられるが・・・とりあえず手がかりになることは間違いないな。」
博麗霊夢は手がかりをつかんだ。そして彼女はこの手がかりを無駄にすることはない。なぜなら彼女が博麗の巫女だからだ。
「えっと、私がいつの間にかお前らの縄張りを荒らしていたってことだな。そしてお前らは私を縄張りから追い出すために襲撃した・・・と。確かに私が悪い気もするが気のせいだな。」
魔理沙は襲ってきた妖怪を軽く蹴散らした。妖怪たちは魔理沙の正体を知って驚愕。魔理沙が彼らをシメるために捕まえ、彼らが事情を説明して今に至る。
「ちょっ、そりゃないぜ白黒の御嬢さん。確かに手を出したのは俺らのほうが先だったが俺らはちゃんと縄張りの看板とか立ててたんだぜ?割に合わねえや。ただでさえ妖怪狩りにびくびくしてるってのに。」
「妖怪狩り?そんなの霊夢の仕事だろ?」
「いやいや、あの巫女はぶちのめしはするが殺しはしねえよ。俺らみてえな新参の妖怪でもそこらは分かってる。わざわざスペルカードルールってのまで作ってんだ。」
魔理沙は思い出す。確かに最近そんな噂があったような気がする。
「まあ確かにそうだな。お前らを殺したら霊夢が可哀想だからな。今回は見逃してやろう。ありがたく思うんだぜ。」
「言われなくてもそうするを得んよ。あんたも甘ちゃんだな。」
そう言って妖怪たちは帰ろうとする。
「陽気な妖怪だったな・・・・・・!?」
魔理沙はそこで目にした。妖怪たちの頭が爆ぜるのを。それはあまりにも一瞬であった。先ほどまで話をしていた妖怪たちだったものは無残に地に落ちる。
「・・・妖怪狩りか・・・?」
魔理沙は前を見る。向こうから一人歩いてくる。魔理沙の中で確信に変わる。
「お前は・・・!」
「守矢の巫女ですって・・・!」
霊夢は闇市に乗り込んでいた。彼女が集めた情報の断片と勘があれば容易いことだった。
霊夢は妖怪の『一部』を売っていたものに片っ端から尋問し、ようやく答えを探し当てたのだ。
その商人の話によれば、ある日、守矢の巫女が妖怪を殺している現場を目撃したそうだ。妖怪の『一部』は特定の需要がある。商人はたびたびその付近に足を運び、守矢の巫女が殺した妖怪の死体を持って帰っていたというのだ。
守矢の巫女というのは、妖怪の山にある守矢神社の巫女であり現人神である東風谷早苗のことだ。外から来た彼女ならばためらいなく妖怪を殺すことだってあるかもしれない。
「くっ・・・盲点だったわ。二柱が抑えているものだとばかり・・・。」
こうなったら早く早苗を止めなければ・・・霊夢がそう思った矢先であった。
「霊夢!こんなところにいたのか!」
「慧音!?何でこんなところに?」
「森近から聞いたんだ。そんなことよりも魔理沙が永遠亭に運ばれたんだ!」
永遠亭。霊夢はある個室にいた。
「ちくしょう・・・やられちまったぜ・・・いたた。」
魔理沙に命の別状はないようだ。しかし手ひどくやられている。
「まったく・・・どうしたってのよ。あんたがそうそう簡単にはやられないでしょう?」
「情けないぜまったく。不意打ちでやられたんだ。しかも完璧に殺傷用の弾幕だった。」
「スペルカードルールを無視したってこと・・・?」
「早い話がそういうことだな。直撃は避けたが何発かもらった。アリスに見つけてもらわなかったらのたれ死んでたぜ。」
「早苗・・・なんか言ってた?」
「ああ、確か『私は博麗霊夢より甘くない』とか言ってたな。頭のネジが何本か抜けてるんじゃねえかあれ。」
永遠亭を後にした霊夢は一旦博麗神社に戻ることにした。早く早苗を止めたいが博麗の巫女も人間である。一旦休息を挟むことにしたのだ。
「・・・珍しい客ね。どうしたのかしら。」
霊夢は博麗神社で待っていた人物に問いかける。いや、人物ではなく神。守矢神社の一柱、八坂神奈子に。
「話は聞いてるよ。大体お前の言いたいこともわかる。」
「わかってるなら話が早いわ。私はこれから早苗をぶちのめしにいくわ。」
「ああ。こちらもそのことを頼みに来たんだ。」
神奈子は頭を下げた。信仰の対象であるべき神が頭を下げる。このことがいかに重い事かは霊夢も重々わかっていた。
「どういうことよ。そこまでして私に早苗を倒してほしいってこと?何か理由があるの?」
「この世界では郷に入らないものは消えるしかないのさ。それがいくら力の強い妖怪であっても、神であってもね。早苗は私達には止められないのさ。それだけの力と信念がある。その信念が私達にはわからないんだ。お前には気を付けてほしい。」
「言われなくてもわかってるわよ。言いたいことはそれだけ?少し休憩したら私はすぐに向かうわよ。魔理沙の敵討ちでもあるし。」
「一つだけ。」
神奈子は真剣な顔つきで言う。
「あの子が本当に『信仰している』のは私達でも自分自身でもない。おそらく別の何かでそしてそれがあの子の行動のすべてだ。」
「・・・なんでわかるのよそんなこと。」
「神としての勘、だな。」
「・・・当てにするわよ。」
霊夢は少し休憩した後、すぐに早苗の捜索に向かう。そんな中霊夢はある日のことを思い出していた。
「えっと・・・これでいいかしらね。我ながら完璧な草案だと思うわ。」
霊夢はスペルカードルールの草案を書き上げていた。幻想郷の管理者、八雲紫の要請で、妖怪と人間の間、また妖怪・人間同士の平和的な闘争の解決法を考えていたのだ。そして、霊夢は非殺傷性の弾幕による決闘ごっこであるスペルカードルールを発案した。
「これでくだらないことで殺し合うことが少なくなるわね。」
ふと先代のことを思い出す。先代は巫女として超一流だった。どんな妖怪にも負けず、無慈悲に異変を解決する姿は、人々に「鬼よりも鬼」と言わしめる程であった。後継の育成にも熱心で、霊夢は良くしごかれていた。そんな先代のことを霊夢は嫌ってはいたが、曲がりなりにも尊敬していたが、絶対に正しいとは思えなかった。先代の存在は霊夢にとって高い壁であり、またトラウマの一部であったのだから。
「私の目が黒いうちはこのルールを絶対に破ったりさせないんだから。」
霊夢はただ一人で決意していた。
「やっと来ましたか。別に待ってはいなかったのですが。」
東風谷早苗は仏頂面で霊夢に話しかける。
「どうしてここがわかったんです?」
「勘よ。」
「・・・くだらないですよ。それ。」
「本当だからしかたないのよ。そんなことはどうでもいいのよ。単刀直入に聞くわ。あんたは何がしたいの?妖怪退治してあんたに何の得があるとも思えないんだけど。」
「得?そんなもの考えるんですか?巫女の仕事は妖怪退治でしょう。そんなこともわからないなら霊夢さんはやっぱり博麗の巫女にふさわしくない。」
「・・・何ですって?」
「霊夢さん、私は博麗の巫女になりたかったんですよ。博麗の巫女の美しさを知ったあの日から、ずっとずっとずっとずっと。」
「・・・どういうことよ。あんた外の世界にいたんじゃなかったの?」
「一度だけ迷い込んだことがありまして。その時に私は博麗の巫女に救われたんですよ。あの人は妖怪に容赦なく、それでいて美しく闘っていたんです。あの時の光景が今も脳に焼き付いているんですよ。だから私は嫌いだった巫女の仕事を継ぎ、ずっと修行を積んでいたんです。博麗の巫女に少しでも近づくために。」
早苗は何かに憑かれたかのように話し続ける。
「そして、神社の都合で幻想郷に来ることになりました。そこに博麗の巫女もいると聞いたときはどんなに嬉しかったことか!でもそんな私の喜びは幻想になったんですよ。霊夢さん、あなたのせいで。」
霊夢はただ黙って聞くだけだった。
「美しさを求めた弾幕?そんなものに何の意味があるっていうんですか。そんな飾りの美しさが私の憧れた美しさに敵うはずがないでしょう?しかもあなたは妖怪も退治せずに異変が起こるまでただ神社にいるだけ。だから私は博麗の巫女の代理をするのです。あなたが放棄した妖怪退治を代わりにすることでね。」
霊夢は神奈子の言った意味を理解した。早苗の信仰しているものはあの先代のことなのだ。確かにあの人の戦い方は美しいものだった。一部の隙もなく妖怪を殺し続けていたということを聞いたことがある。
そして、霊夢自身も一度だけ先代の戦いを見せられたことがある。
そして、紛れもなくそれがスペルカードルールを作るきっかけとなった要因の一つであったのだ。
その日、霊夢は先代に連れられて魔法の森を訪れていた。それは修行の一貫であったらしい。そして、前方に妖怪の群れを発見したのだ。
先代は何のためらいもなく妖怪を惨殺した。逃げ惑う者もいたが、すべて例外なく、血飛沫を上げて地面に積み重なっていった。そして先代はすべてが終わった後に言ったのだ。
「これが博麗の巫女だ。」
その光景を霊夢は忘れることができなかった。
先代が病で亡くなり、霊夢が後を継いだ。霊夢も最初は妖怪を殺そうとしていた。しかし、殺そうとすると決まってあの日の光景がフラッシュバックするのだ。
違う、私は、博麗霊夢は、そんなことを望んでいない。
私は博麗の巫女である前に博麗霊夢なんだ。
博麗霊夢という博麗の巫女なんだ。
それが霊夢の到達点であった。妖怪を殺すことは無くなった。異変を起こす妖怪は「ぶちのめす」ことにした。
そんな中、八雲紫から要請が届く。
幻想郷を全てを受け入れる楽園にしたい。協力してほしい。
霊夢にとって僥倖であった。すべての思いをスペルカードルールに詰め込んだ。
あの日、先代のやったことはきっと巫女として正しいことだったのだろう。
だから私も正しいと思ったことをする。
スペルカードルールは霊夢そのものであるのだから。
「言いたいことはそれだけね。」
「ええ。むしろ霊夢さんが言うことは無いのですか?」
「じゃあ一言だけ。」
霊夢は声高らかに言う。
「今からあんたを『ぶちのめす』から。覚悟しなさい!」
それはある意味先代との戦い。
博麗霊夢は高らかに宣言する。
「夢符『夢想封印』!!」
博麗神社。霊夢は縁側でお茶を啜っていた。
「今日も平和ね・・・
「それは違うよお姉さん。」
お燐が話しかけてきた。
「世の中は常に小さな事件がおこって・・・。」
「もういいわよその流れは。」
「ちぇっ。ああ、そういえば最近妖怪が問答無用で倒されまわってるらしいよ。なんでも問答無用で決闘を挑まれて弾幕ごっこをされるらしくて。しかもその弾幕がやたら実戦向きらしいんだよね。」
「・・・それは由々しき事態ね。」
「?なんかお姉さん嬉しそうだけど。」
「・・・何でもないわよ。」
スペルカードルール、ある巫女の思いが詰まったその決まりはその思いとともに幻想郷に染みわたっていく。
そこに現れたのは人のような「何か」。理屈ではなく本能で少女は感じ取ったのだろう。目の前にいるものは人ではないことを。そしてその「何か」は明らかに少女を標的にしていた。じわじわと近づいてくるそれに対し、少女に抵抗する術などない。
「た・・・」
声すら出ない。「何か」は本性を現す。それは異形の者。しかしそれが何かなんて少女には関係がなかった。少女は目を見開いたままだった。
突然目の前がはじけた。力なく倒れる異形の者。現れたのは紅白の変わった服を身にまとった女性だった。その女性は死体を一瞥もせず残りを狩っていく。
美しい
少女はそう思った。綺麗というのではなく美しい。その言葉しか当てはまらないような気がしたのだ。彼女の一挙一動足が美しいのだ。少女は場違いな森の中で優雅に舞うその女性に見とれた。
女性がすべて異形の者を倒し終わった。急に少女の目の前が真っ暗になった。おそらく緊張の糸が一気に緩んだからだろう。少女は薄れいく意識の中でその女性の声を聞いた。
「これが博麗の巫女だ。」
博麗神社。人里のはずれにあるさびれた神社で博麗の巫女、博麗霊夢は茶を啜っていた。
「・・・今日も平和ね。いいことだわ。」
霊夢はつぶやく。幾ら面倒事を押し付けられる仕事といえどそんなものはないのがいいに決まっている。
「それは違うよお姉さん。」
霊夢に話しかけてきたのは地底の火車、火焔猫燐、通称お燐である。
「世の中には小さな事件がたくさん起こってるのさ。じゃないとあたいの出番がなくなっちゃうからね。」
「そんな小さな事件は丸々ひっくるめて日常って言うのよ。事件って言っても人里の御老体が天寿を全うするとかそういう感じのことでしょう。これであんたは死体を運べるし、幻想郷は平和のまま。はいウィンウィンじゃない。」
「相変わらずわけわかんない論理だなあ。」
お燐は首を傾げる。そしてふと思い出したように言った。
「そういえば、最近妖怪が殺されまわってるていうのを聞いたなあ。」
「・・・何それ。」
霊夢が少し声の調子を変える。
「妖怪って言ってもそこそこ力のある妖怪みたいなんだ。それが殺されてるみたいでさ。まあ小耳にはさんだぐらいだし、あたい的には本当だったら嬉しいなあ的な感じで。あたい火車だし。死体運べるし。」
「・・・ふぅん・・・。」
「じゃあねお姉さん。平和を満喫してくれたまえってね。」
お燐は地底につながる穴の方へ姿を消す。
「考えても仕方がないわね。」
霊夢は再び茶を啜るのであった。
「甘いわ。」
紅白の巫女服に身を包んだ女性を少女、霊夢は睨みつけていた。
「全く修行が足りないわね。あと三日断食修行でもするつもり?」
「・・・くっ。」
霊夢は何も言えなかった。修行はちゃんとしている。実戦も十分こなしているはずだ。でもこの女に勝てない。霊夢は歯ぎしりするのみだった。
「博麗の巫女は誰にも負けてはいけないのよ。弱くて博麗の巫女を継げませんでしたなんてやめてちょうだいよ?そんなことになったら幻想郷は終わりなのだから。」
霊夢は再び女性へととびかかる。しかし軽くいなされる。
「貴女には覚悟が足りないわ。」
圧倒的な実力を持った高い壁への無謀な挑戦。それが霊夢の幼き頃であった。
「嫌な夢を見たわ・・・」
外を見れば日が昇っている。少し寝すぎただろうか。そして霊夢は別のことを考える。
「妖怪が殺されているって言ってたっけ・・・」
霊夢はしばし考え込む。
「・・・調べてみるとしましょうか。あんな夢を見た後だわ。きっと何かあるに違いないわね。」
魔法の森、普通の魔法使い霧雨魔理沙は魔法の材料、主にキノコを集めていた。これまで、彼女が研究を欠かした日はない。鼻歌を歌いながら地面を見まわしていた。
「今日は取れすぎて怖いぐらいだな♪食える奴は霊夢にでも押し付けようか。喜ぶだろうな。いつも精進料理みたいなのしか食ってねえしなあいつ。」
そんな日に限って面倒事は起こるものである。
「・・・囲まれてるな。」
魔理沙は少し笑う。人間といっても彼女は軽くそのレベルを超えている。
「試し打ちさせてもらうぜ。悪く思うなよ!」
「・・・ちっ。」
霊夢はいらだっていた。噂は人里中に十分広まっている。だがその先がない。まるで何か壁があるかのようだ。有効打がつかめていなかった。
「まるで箪笥の下に小銭を落としたときみたいな感覚だわ。」
「そもそも君は取るだけの小銭を持っているのかい?あるならさっさとツケを払って頂きたいものだが。」
霊夢に話しかけてきたのは香霖堂の店主、森近霖之助だった。霊夢もお世話になっている。
「博麗の巫女が人里で聞き込みするってことは異変でも起こっているのかな?」
「異変ほどのものじゃないわね。ただ少し気になることがあっただけ。」
霊夢は霖之助に事情を話す。霖之助は少し上を向いて考える。
「なるほどね。心当たりがある。」
「! やっぱり持つべきものは物知りの友人ね。さあ教えてちょうだい。」
「どうせ代金をせびろうとしても無駄だろう。今回はおとなしく教えるとしよう。」
「そんな御託は良いのよ。さっさと教えて。」
「闇市だよ。様々ないわくつきのものが売られているんだけれど、そこで妖怪の『一部』も売り払われているらしい。そんな話を聞いたね。僕は行ったことはないが、妖怪のはく製なんかはなかなか高く売られるらしい。」
霊夢は驚きを顔に浮かべる。
「そんなものがあったなんて・・・。」
「いや、闇市自体は以前からあったものだ。大事なのは最近その妖怪の『一部』が特に多く回っているということ。最近急に出回るようになったらしい。」
「じゃあ・・・妖怪を狩っている犯人が流しているってこと?」
「まあ、おこぼれを拾っているという可能性は考えられるが・・・とりあえず手がかりになることは間違いないな。」
博麗霊夢は手がかりをつかんだ。そして彼女はこの手がかりを無駄にすることはない。なぜなら彼女が博麗の巫女だからだ。
「えっと、私がいつの間にかお前らの縄張りを荒らしていたってことだな。そしてお前らは私を縄張りから追い出すために襲撃した・・・と。確かに私が悪い気もするが気のせいだな。」
魔理沙は襲ってきた妖怪を軽く蹴散らした。妖怪たちは魔理沙の正体を知って驚愕。魔理沙が彼らをシメるために捕まえ、彼らが事情を説明して今に至る。
「ちょっ、そりゃないぜ白黒の御嬢さん。確かに手を出したのは俺らのほうが先だったが俺らはちゃんと縄張りの看板とか立ててたんだぜ?割に合わねえや。ただでさえ妖怪狩りにびくびくしてるってのに。」
「妖怪狩り?そんなの霊夢の仕事だろ?」
「いやいや、あの巫女はぶちのめしはするが殺しはしねえよ。俺らみてえな新参の妖怪でもそこらは分かってる。わざわざスペルカードルールってのまで作ってんだ。」
魔理沙は思い出す。確かに最近そんな噂があったような気がする。
「まあ確かにそうだな。お前らを殺したら霊夢が可哀想だからな。今回は見逃してやろう。ありがたく思うんだぜ。」
「言われなくてもそうするを得んよ。あんたも甘ちゃんだな。」
そう言って妖怪たちは帰ろうとする。
「陽気な妖怪だったな・・・・・・!?」
魔理沙はそこで目にした。妖怪たちの頭が爆ぜるのを。それはあまりにも一瞬であった。先ほどまで話をしていた妖怪たちだったものは無残に地に落ちる。
「・・・妖怪狩りか・・・?」
魔理沙は前を見る。向こうから一人歩いてくる。魔理沙の中で確信に変わる。
「お前は・・・!」
「守矢の巫女ですって・・・!」
霊夢は闇市に乗り込んでいた。彼女が集めた情報の断片と勘があれば容易いことだった。
霊夢は妖怪の『一部』を売っていたものに片っ端から尋問し、ようやく答えを探し当てたのだ。
その商人の話によれば、ある日、守矢の巫女が妖怪を殺している現場を目撃したそうだ。妖怪の『一部』は特定の需要がある。商人はたびたびその付近に足を運び、守矢の巫女が殺した妖怪の死体を持って帰っていたというのだ。
守矢の巫女というのは、妖怪の山にある守矢神社の巫女であり現人神である東風谷早苗のことだ。外から来た彼女ならばためらいなく妖怪を殺すことだってあるかもしれない。
「くっ・・・盲点だったわ。二柱が抑えているものだとばかり・・・。」
こうなったら早く早苗を止めなければ・・・霊夢がそう思った矢先であった。
「霊夢!こんなところにいたのか!」
「慧音!?何でこんなところに?」
「森近から聞いたんだ。そんなことよりも魔理沙が永遠亭に運ばれたんだ!」
永遠亭。霊夢はある個室にいた。
「ちくしょう・・・やられちまったぜ・・・いたた。」
魔理沙に命の別状はないようだ。しかし手ひどくやられている。
「まったく・・・どうしたってのよ。あんたがそうそう簡単にはやられないでしょう?」
「情けないぜまったく。不意打ちでやられたんだ。しかも完璧に殺傷用の弾幕だった。」
「スペルカードルールを無視したってこと・・・?」
「早い話がそういうことだな。直撃は避けたが何発かもらった。アリスに見つけてもらわなかったらのたれ死んでたぜ。」
「早苗・・・なんか言ってた?」
「ああ、確か『私は博麗霊夢より甘くない』とか言ってたな。頭のネジが何本か抜けてるんじゃねえかあれ。」
永遠亭を後にした霊夢は一旦博麗神社に戻ることにした。早く早苗を止めたいが博麗の巫女も人間である。一旦休息を挟むことにしたのだ。
「・・・珍しい客ね。どうしたのかしら。」
霊夢は博麗神社で待っていた人物に問いかける。いや、人物ではなく神。守矢神社の一柱、八坂神奈子に。
「話は聞いてるよ。大体お前の言いたいこともわかる。」
「わかってるなら話が早いわ。私はこれから早苗をぶちのめしにいくわ。」
「ああ。こちらもそのことを頼みに来たんだ。」
神奈子は頭を下げた。信仰の対象であるべき神が頭を下げる。このことがいかに重い事かは霊夢も重々わかっていた。
「どういうことよ。そこまでして私に早苗を倒してほしいってこと?何か理由があるの?」
「この世界では郷に入らないものは消えるしかないのさ。それがいくら力の強い妖怪であっても、神であってもね。早苗は私達には止められないのさ。それだけの力と信念がある。その信念が私達にはわからないんだ。お前には気を付けてほしい。」
「言われなくてもわかってるわよ。言いたいことはそれだけ?少し休憩したら私はすぐに向かうわよ。魔理沙の敵討ちでもあるし。」
「一つだけ。」
神奈子は真剣な顔つきで言う。
「あの子が本当に『信仰している』のは私達でも自分自身でもない。おそらく別の何かでそしてそれがあの子の行動のすべてだ。」
「・・・なんでわかるのよそんなこと。」
「神としての勘、だな。」
「・・・当てにするわよ。」
霊夢は少し休憩した後、すぐに早苗の捜索に向かう。そんな中霊夢はある日のことを思い出していた。
「えっと・・・これでいいかしらね。我ながら完璧な草案だと思うわ。」
霊夢はスペルカードルールの草案を書き上げていた。幻想郷の管理者、八雲紫の要請で、妖怪と人間の間、また妖怪・人間同士の平和的な闘争の解決法を考えていたのだ。そして、霊夢は非殺傷性の弾幕による決闘ごっこであるスペルカードルールを発案した。
「これでくだらないことで殺し合うことが少なくなるわね。」
ふと先代のことを思い出す。先代は巫女として超一流だった。どんな妖怪にも負けず、無慈悲に異変を解決する姿は、人々に「鬼よりも鬼」と言わしめる程であった。後継の育成にも熱心で、霊夢は良くしごかれていた。そんな先代のことを霊夢は嫌ってはいたが、曲がりなりにも尊敬していたが、絶対に正しいとは思えなかった。先代の存在は霊夢にとって高い壁であり、またトラウマの一部であったのだから。
「私の目が黒いうちはこのルールを絶対に破ったりさせないんだから。」
霊夢はただ一人で決意していた。
「やっと来ましたか。別に待ってはいなかったのですが。」
東風谷早苗は仏頂面で霊夢に話しかける。
「どうしてここがわかったんです?」
「勘よ。」
「・・・くだらないですよ。それ。」
「本当だからしかたないのよ。そんなことはどうでもいいのよ。単刀直入に聞くわ。あんたは何がしたいの?妖怪退治してあんたに何の得があるとも思えないんだけど。」
「得?そんなもの考えるんですか?巫女の仕事は妖怪退治でしょう。そんなこともわからないなら霊夢さんはやっぱり博麗の巫女にふさわしくない。」
「・・・何ですって?」
「霊夢さん、私は博麗の巫女になりたかったんですよ。博麗の巫女の美しさを知ったあの日から、ずっとずっとずっとずっと。」
「・・・どういうことよ。あんた外の世界にいたんじゃなかったの?」
「一度だけ迷い込んだことがありまして。その時に私は博麗の巫女に救われたんですよ。あの人は妖怪に容赦なく、それでいて美しく闘っていたんです。あの時の光景が今も脳に焼き付いているんですよ。だから私は嫌いだった巫女の仕事を継ぎ、ずっと修行を積んでいたんです。博麗の巫女に少しでも近づくために。」
早苗は何かに憑かれたかのように話し続ける。
「そして、神社の都合で幻想郷に来ることになりました。そこに博麗の巫女もいると聞いたときはどんなに嬉しかったことか!でもそんな私の喜びは幻想になったんですよ。霊夢さん、あなたのせいで。」
霊夢はただ黙って聞くだけだった。
「美しさを求めた弾幕?そんなものに何の意味があるっていうんですか。そんな飾りの美しさが私の憧れた美しさに敵うはずがないでしょう?しかもあなたは妖怪も退治せずに異変が起こるまでただ神社にいるだけ。だから私は博麗の巫女の代理をするのです。あなたが放棄した妖怪退治を代わりにすることでね。」
霊夢は神奈子の言った意味を理解した。早苗の信仰しているものはあの先代のことなのだ。確かにあの人の戦い方は美しいものだった。一部の隙もなく妖怪を殺し続けていたということを聞いたことがある。
そして、霊夢自身も一度だけ先代の戦いを見せられたことがある。
そして、紛れもなくそれがスペルカードルールを作るきっかけとなった要因の一つであったのだ。
その日、霊夢は先代に連れられて魔法の森を訪れていた。それは修行の一貫であったらしい。そして、前方に妖怪の群れを発見したのだ。
先代は何のためらいもなく妖怪を惨殺した。逃げ惑う者もいたが、すべて例外なく、血飛沫を上げて地面に積み重なっていった。そして先代はすべてが終わった後に言ったのだ。
「これが博麗の巫女だ。」
その光景を霊夢は忘れることができなかった。
先代が病で亡くなり、霊夢が後を継いだ。霊夢も最初は妖怪を殺そうとしていた。しかし、殺そうとすると決まってあの日の光景がフラッシュバックするのだ。
違う、私は、博麗霊夢は、そんなことを望んでいない。
私は博麗の巫女である前に博麗霊夢なんだ。
博麗霊夢という博麗の巫女なんだ。
それが霊夢の到達点であった。妖怪を殺すことは無くなった。異変を起こす妖怪は「ぶちのめす」ことにした。
そんな中、八雲紫から要請が届く。
幻想郷を全てを受け入れる楽園にしたい。協力してほしい。
霊夢にとって僥倖であった。すべての思いをスペルカードルールに詰め込んだ。
あの日、先代のやったことはきっと巫女として正しいことだったのだろう。
だから私も正しいと思ったことをする。
スペルカードルールは霊夢そのものであるのだから。
「言いたいことはそれだけね。」
「ええ。むしろ霊夢さんが言うことは無いのですか?」
「じゃあ一言だけ。」
霊夢は声高らかに言う。
「今からあんたを『ぶちのめす』から。覚悟しなさい!」
それはある意味先代との戦い。
博麗霊夢は高らかに宣言する。
「夢符『夢想封印』!!」
博麗神社。霊夢は縁側でお茶を啜っていた。
「今日も平和ね・・・
「それは違うよお姉さん。」
お燐が話しかけてきた。
「世の中は常に小さな事件がおこって・・・。」
「もういいわよその流れは。」
「ちぇっ。ああ、そういえば最近妖怪が問答無用で倒されまわってるらしいよ。なんでも問答無用で決闘を挑まれて弾幕ごっこをされるらしくて。しかもその弾幕がやたら実戦向きらしいんだよね。」
「・・・それは由々しき事態ね。」
「?なんかお姉さん嬉しそうだけど。」
「・・・何でもないわよ。」
スペルカードルール、ある巫女の思いが詰まったその決まりはその思いとともに幻想郷に染みわたっていく。
あるいは前作の夜雀の歌のようなテーマ性が欲しかったです。前作は「相容れない二人」の描き方がすごくうまかったです。今回の作品の場合、早苗さんの立ち位置思想が明瞭でないため、薄味な印象でした。
上から物を言ってごめんなさい。
唯、インパクトが足りないような気がします。