ミスティア・ローレライは人里の近くで焼き八つ目鰻屋台を開いている夜雀でした。彼女の屋台は八つ目鰻だけでなく、お酒やおでんなども置いてあったりしてなかなか評判の良い屋台でした。
しかし、彼女には一つ悩みがありました。それは彼女の歌を聞いてくれる人がいなかったのです。彼女は歌が大好きでした。そこで自分の歌を屋台に来ているお客に聞いてもらおうとするのですが、いつもお客さんはそそくさと帰ってしまうのです。
彼女の歌がそれはそれはひどいものだったからです。別に彼女の歌が下手だからというのではありません。もっと他に理由があるのです。彼女の歌は人を狂わせるものだったからです。だから聞くととても気持ち悪くなるのです。彼女自身はそのことに気づいていませんでした。だからいつも寂しい気分になって一人で歌っていたのです。
秋が終わり、冬に入ろうかという頃。彼女はいつも通り歌を歌おうとしました。そしてお客さんがいつも通り帰ってしまいました。彼女はため息をついた後いつも通り歌っていました。そうして店の片づけをしようかと思ったとき、屋台の席に一人座っている男の人がいたのです。帽子を深くまでかぶって、変わった格好をしている男の人でした。
「なんで帰らなかったの?」
「帰れと言われていないのに帰る必要なんてなんてないでしょう?」
彼は何も食べずにただ歌を聴いていたのです。
「すみません、お酒を。」
彼はお酒を少しずつ飲んでいました。まるで何かを思い出しているかのようにただ飲んでいました。
「私の歌・・・ひどくなかった?」
「あれがひどいというのなら俺が聞いた歌は大体がひどいものになってしまいますから。特にたらふく酒を飲んだ酔っぱらいの歌ほどひどいものなんてありませんよ。」
「そう・・・」
彼女は少し救われた気分になりました。
その日から毎日彼は屋台に顔を見せるようになったのです。彼は特に話をすることもなく、ただ黙ってお酒を飲みながら、そして夜雀の歌をただ静かに聞いて、そして帰るのです。彼女は彼に興味を持つようになりました。
「あなたは仕事とかしているの?あ、これお酒とサービスで枝豆ね。」
「・・・今は特に何もしてないですよ。ただふらふらとしているだけ。あ、すみません。枝豆は好きじゃないんですよ。」
「あら、そうなの。変わった人ね。」
少しの期間、二人はきまずそうに話をしていました。自分の歌を聞いてもらって、そのあと少しだけおしゃべりをする。たったそれだけのことが彼女の小さな楽しみになっていたのです。
ミスティア・ローレライ、彼女は夜雀。つまりは妖怪なのです。妖怪ということは近くに迷い込んだ人間を食べたりすることもままあるわけです。いつも明るく屋台の仕事をしている彼女なので、人里の人も気兼ねなく屋台を訪れていましたが、彼女はやはり妖怪なのです。
だから、妖怪がこの屋台を訪れたとき、彼女は時々人間の肉を出すことがありました。もちろん他の人間にはわからないように。そして、彼女がある妖怪に久しぶりにその肉を出した時も、彼はいたのです。
「・・・女将さん?」
彼は彼女の歌が終わった後、いつもの調子で淡々と話しかけてきました。
「さっきの客に出してたのってヒトの肉ですか。」
彼女は胸の奥をえぐられるような気がしました。もしこれで彼が来てくれなかったらどうしよう、そんなことが頭をよぎりました。
「ああ、別に悪いと言ってるわけではないですよ。女将さん妖怪ですし。かくいう自分も物の怪ですからね。今は人間と暮らしてはいますが。」
一瞬彼女の頭の中は空っぽになりました。
それから、二人は前よりもよく話すようになりました。お互いに妖怪だということもあり、少しだけ壁がなくなったのでしょうか。彼女が歌ったあと、彼らは二人きりで話していました。
でも、彼女は彼のことをよく知りませんでした。話すようになったというのも笑い話や世間話を駄弁っているぐらいだったからです。彼のことをそれとなく聞こうとしても上手にはぐらかされてしまうのです。彼女は彼のことをよく知りたいと思うようになりました。
彼女は耐え切れなくなりついに直接聞くことにしたのです。
「ねえ、貴方は一体何の妖怪なの?」
簡単な質問でした。直球な質問でした。彼は彼女の目を見ました。そしてため息を一つ。
彼は帽子を脱ぎました。
その頭には折れた角の根元が二つ付いていました。
それはつまり、彼が鬼だったということ。
人や他の妖怪から畏れられる鬼であったということ。
そして、その「他の妖怪」というのに彼女も含まれていたのです。
彼女はたじろいでしまいました。鬼を畏れること。極めて自然なことでした。
彼はため息をもう一度ついたきりでした。
それからぱったりと彼は来なくなりました。彼女はまた一人で歌うことになりました。でも、彼女は歌うことをやめることはありませんでした。
それは何かを待つかのように
それは何かに縋りつくかのように
彼女は毎日歌っていたのです。
ある日、彼女は客からこんな噂を聞きました。
「このあたりに鬼が出たらしい」
彼女は青ざめました。いやでも彼のことだと考えてしまいました。そんなことはない、きっと別の鬼が出たんだ、と考えることにしました。
しかし、彼女の耳には彼女にとって嫌な噂がどんどんと入ってきます。
「角が二本ある」「角が折れている」「人に紛れていた」
そして、「今夜人里の腕利きで退治しに行く」
彼女は気が気でありませんでした。もう他のことを考える余裕なんてありませんでした。
彼女は早めに歌うということにして、屋台から人を追い出した後、彼に会いに行くことにしました。
しかし、当てもなく探し回っても見つかるはずがありませんでした。夜は更け、彼女の中には焦りばかりが募っていきました。
その時彼女の耳は何かを捕らえました。
人の声。つまり鬼退治の声。その方向には明かりが集まっていました。
彼女は急いで飛んでいきました。
彼女は確かに目にとらえたのです。
彼を。
人に囲まれ、今にも殺されようとしている彼を。
彼女は何も考えませんでした。
ただ彼女は歌ったのです。
今までで一番大きな声で
今までで一番透き通った
狂おしくも美しい歌を歌いました。
夜雀の歌は視界を奪います。彼女は彼を人間たちの目が暗いうちに助け出しました。
そんな中で彼はただ一言だけつぶやいたのです。
きれいな歌ですね
その後、彼、つまり角の折れた鬼の行く末を知る人はいません。それは彼女、ミスティア・ローレライも例外ではありません。あの後、彼も彼女も何も言わなかったのです。彼はただ微笑み、彼女もまた微笑み返しただけだったのですから。
そして彼女はまた一人で歌い続けます。また彼女の歌を聞いてくれる人が現れるまで。ずっと彼を思いながら。
しかし、彼女には一つ悩みがありました。それは彼女の歌を聞いてくれる人がいなかったのです。彼女は歌が大好きでした。そこで自分の歌を屋台に来ているお客に聞いてもらおうとするのですが、いつもお客さんはそそくさと帰ってしまうのです。
彼女の歌がそれはそれはひどいものだったからです。別に彼女の歌が下手だからというのではありません。もっと他に理由があるのです。彼女の歌は人を狂わせるものだったからです。だから聞くととても気持ち悪くなるのです。彼女自身はそのことに気づいていませんでした。だからいつも寂しい気分になって一人で歌っていたのです。
秋が終わり、冬に入ろうかという頃。彼女はいつも通り歌を歌おうとしました。そしてお客さんがいつも通り帰ってしまいました。彼女はため息をついた後いつも通り歌っていました。そうして店の片づけをしようかと思ったとき、屋台の席に一人座っている男の人がいたのです。帽子を深くまでかぶって、変わった格好をしている男の人でした。
「なんで帰らなかったの?」
「帰れと言われていないのに帰る必要なんてなんてないでしょう?」
彼は何も食べずにただ歌を聴いていたのです。
「すみません、お酒を。」
彼はお酒を少しずつ飲んでいました。まるで何かを思い出しているかのようにただ飲んでいました。
「私の歌・・・ひどくなかった?」
「あれがひどいというのなら俺が聞いた歌は大体がひどいものになってしまいますから。特にたらふく酒を飲んだ酔っぱらいの歌ほどひどいものなんてありませんよ。」
「そう・・・」
彼女は少し救われた気分になりました。
その日から毎日彼は屋台に顔を見せるようになったのです。彼は特に話をすることもなく、ただ黙ってお酒を飲みながら、そして夜雀の歌をただ静かに聞いて、そして帰るのです。彼女は彼に興味を持つようになりました。
「あなたは仕事とかしているの?あ、これお酒とサービスで枝豆ね。」
「・・・今は特に何もしてないですよ。ただふらふらとしているだけ。あ、すみません。枝豆は好きじゃないんですよ。」
「あら、そうなの。変わった人ね。」
少しの期間、二人はきまずそうに話をしていました。自分の歌を聞いてもらって、そのあと少しだけおしゃべりをする。たったそれだけのことが彼女の小さな楽しみになっていたのです。
ミスティア・ローレライ、彼女は夜雀。つまりは妖怪なのです。妖怪ということは近くに迷い込んだ人間を食べたりすることもままあるわけです。いつも明るく屋台の仕事をしている彼女なので、人里の人も気兼ねなく屋台を訪れていましたが、彼女はやはり妖怪なのです。
だから、妖怪がこの屋台を訪れたとき、彼女は時々人間の肉を出すことがありました。もちろん他の人間にはわからないように。そして、彼女がある妖怪に久しぶりにその肉を出した時も、彼はいたのです。
「・・・女将さん?」
彼は彼女の歌が終わった後、いつもの調子で淡々と話しかけてきました。
「さっきの客に出してたのってヒトの肉ですか。」
彼女は胸の奥をえぐられるような気がしました。もしこれで彼が来てくれなかったらどうしよう、そんなことが頭をよぎりました。
「ああ、別に悪いと言ってるわけではないですよ。女将さん妖怪ですし。かくいう自分も物の怪ですからね。今は人間と暮らしてはいますが。」
一瞬彼女の頭の中は空っぽになりました。
それから、二人は前よりもよく話すようになりました。お互いに妖怪だということもあり、少しだけ壁がなくなったのでしょうか。彼女が歌ったあと、彼らは二人きりで話していました。
でも、彼女は彼のことをよく知りませんでした。話すようになったというのも笑い話や世間話を駄弁っているぐらいだったからです。彼のことをそれとなく聞こうとしても上手にはぐらかされてしまうのです。彼女は彼のことをよく知りたいと思うようになりました。
彼女は耐え切れなくなりついに直接聞くことにしたのです。
「ねえ、貴方は一体何の妖怪なの?」
簡単な質問でした。直球な質問でした。彼は彼女の目を見ました。そしてため息を一つ。
彼は帽子を脱ぎました。
その頭には折れた角の根元が二つ付いていました。
それはつまり、彼が鬼だったということ。
人や他の妖怪から畏れられる鬼であったということ。
そして、その「他の妖怪」というのに彼女も含まれていたのです。
彼女はたじろいでしまいました。鬼を畏れること。極めて自然なことでした。
彼はため息をもう一度ついたきりでした。
それからぱったりと彼は来なくなりました。彼女はまた一人で歌うことになりました。でも、彼女は歌うことをやめることはありませんでした。
それは何かを待つかのように
それは何かに縋りつくかのように
彼女は毎日歌っていたのです。
ある日、彼女は客からこんな噂を聞きました。
「このあたりに鬼が出たらしい」
彼女は青ざめました。いやでも彼のことだと考えてしまいました。そんなことはない、きっと別の鬼が出たんだ、と考えることにしました。
しかし、彼女の耳には彼女にとって嫌な噂がどんどんと入ってきます。
「角が二本ある」「角が折れている」「人に紛れていた」
そして、「今夜人里の腕利きで退治しに行く」
彼女は気が気でありませんでした。もう他のことを考える余裕なんてありませんでした。
彼女は早めに歌うということにして、屋台から人を追い出した後、彼に会いに行くことにしました。
しかし、当てもなく探し回っても見つかるはずがありませんでした。夜は更け、彼女の中には焦りばかりが募っていきました。
その時彼女の耳は何かを捕らえました。
人の声。つまり鬼退治の声。その方向には明かりが集まっていました。
彼女は急いで飛んでいきました。
彼女は確かに目にとらえたのです。
彼を。
人に囲まれ、今にも殺されようとしている彼を。
彼女は何も考えませんでした。
ただ彼女は歌ったのです。
今までで一番大きな声で
今までで一番透き通った
狂おしくも美しい歌を歌いました。
夜雀の歌は視界を奪います。彼女は彼を人間たちの目が暗いうちに助け出しました。
そんな中で彼はただ一言だけつぶやいたのです。
きれいな歌ですね
その後、彼、つまり角の折れた鬼の行く末を知る人はいません。それは彼女、ミスティア・ローレライも例外ではありません。あの後、彼も彼女も何も言わなかったのです。彼はただ微笑み、彼女もまた微笑み返しただけだったのですから。
そして彼女はまた一人で歌い続けます。また彼女の歌を聞いてくれる人が現れるまで。ずっと彼を思いながら。
穏やかな気持ちになりました
ただ、行動の理由や心の移り変わりが見えなくて感情移入し辛い点があったように思えます
(例えば、どうして鬼とみすちーは微笑んだだけで何もしないのか、など)
一本のSSに情熱を注いで、心情描写や物語の山をきっちり書くと化けると思いますので、応援します
ミスティアは色んなキャラにできるから便利ですよね。
オリジナルキャラは鬼のわりに弱過ぎると感じました。
まあ駅の立ち食いそばみたいな出来栄え。
カロリーゼロでお金要らないし、後味すっきりだからこの点数。