Coolier - 新生・東方創想話

私と死とお姉さまの運命

2014/05/02 15:36:07
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 お姉さまが怖い。お姉さまが死んでしまうのが怖い。私がいなくなる、お姉さまがいなくなる。そして誰もいなくなる。
 今日も最低な夢からふらりと浮かび上がって起床。まだ日中だけど、暗い館の真っ暗な地下室では何の関係もない。
 お姉さまが死ぬ夢。私が死ぬ夢。夢だけど、どこかでいつか現実になる。
 あらゆるものを破壊する私の能力が、お姉さまをいつか殺してしまうに違いないのだ。それとも、万全の準備の下で私に見切りをつけたお姉さまが殺しに来るだろうか。
 そうして、そんな予感を振り払うように495年前からの変わらない日課を慎重に行う私。
 今日の標的――たくさんあるクマのぬいぐるみから一匹を掴んで放り投げて、壁で跳ね返ってから落ちるまでの間に能力を使って足だけ爆砕する。
 かざした手の中で狙い通りにクマの足部分を構成する素材の、そのまた素材の、小さな小さな粒の集合の、もっとも緊張した部分――『目』のいくつかが確かな感触を伝えてくる。
 ソレをきゅうと握り締めて潰してやると、ソレを失ったクマの足が切れたゴムのように弾けて致命的に爆ぜる。
 昔は『目』の選別など曖昧で取捨選択の余地も無かったけれど、495年も練習と研究を重ねればある程度の成果は得られる。今なら数センチ範囲内だけに影響を及ぼすように『目』を掴み取ることも出来る。
 それでもやっぱりまだ不安は残る。クマのぬいぐるみが足を爆裂させながら転がってきたのを拾い上げると、予想よりも下腹部の損傷範囲が広い。動く物体や感覚的に掴みづらい気体などはやっぱりズレが生じる。
 全力で集中していたわけではないとはいえ、この程度の精度では心の乱れも加われば事故が起きかねない。ましてや、暴発したときの制御など……。
 それでも、先日の人間との遊びでは痛い目にあっても能力が暴発することも無かったし、昔よりは能力も掴めて来たのだから、そろそろお姉さまに見せても良いのかもしれない。
 延々と毎日物を壊し続けているせいで、館の中では私を気が触れてる存在として認識している節がある。お姉さまはどう思っているのだろう。
 お姉さまの親友だという魔女――パチュリーは優しくは無いけど私を恐れない。魔術的な防御を常に纏っているし、暴走している私から逃げ切る自信があるのだろう。
 たまの気分転換で読書をしに行っても、表情すら変えずにこちらを一瞥して挨拶を交わし、対価を払えばソレに見合った知識を授けてくれる。
 メイドたちは私を警戒している。彼女たちにとって私は破壊者なのだろう。
 お姉さまは昔と変わらず、会えば普通に接してくる。本音がどこにあるか分からない。かつて私の能力の暴走をただ一人で止めた、ただ一人の私の家族。
 そんなお姉さまに、私もまるで普通に接してしまうけれど、心の中では戦々恐々としている。
 私を殺す機会をうかがってはいないだろうか。私に殺されることに怯えていないだろうか。それとも、私に殺されても良いと、お父様のような考えでいるのだろうか。
 家族と一緒にいられないのは嫌だ。だからあまりお姉さまへと近づかずに、地下の部屋で能力の練習をしては休んでの繰り返しばかり。
 ほんとは近くに居たいのに、近いと危ないから近づけない。
 もやもやとした不安にあおられるように、私はふらふらと地下室からまろび出て、お姉さまの姿を求める。でも姿を見てしまうとふとした拍子に能力を使ってしまわないか心配で、だからいつも近くまで来ては声や雰囲気だけ感じ取ってその場を離れることが多い。
 テラスの近くまで来ると、どうやらお姉さまは十五時の軽食の最中のようで、楽しげにメイドと話していた。お姉さまがそこにいる。それだけで安堵のようなものが胸を満たして、私は静かに立ち止まる。
 いつもなら、見つからなければ数分で立ち去るところなのだけれど、今日はちょっと変な言葉を拾ってしまった。
「っくっく、それにしてもこの桜色の艶やかさと生地の柔らかさよ。まるでフランの紅潮した頬のようだわ」
 私に気付いてる様子も無いのに、まるで普通の姉妹のように屈託の無い、恥ずかしいくらいの馬鹿姉っぷり。もしかしたら、嫌な想像のとおり私になら殺されても良いと思っているのかもしれない。
 そう思うと不安になって、咄嗟にテラスへ歩み出てしまう。できるだけいつものように、スカーレットの悪魔らしく傲慢にあるよう意識しながら。
「何を気持ちの悪い事を言っているのかしら、お姉さまは。ついに頭の中まで砂糖菓子になってしまったの?」
 すぐ後ろまでつかつかと歩み寄ると、お姉さまが手元を見せ付けるように芝居がかった動作で振り向く。
「ご機嫌よう、マイシスター。思考は至って正常。見ての通りフランを堪能しているのさ」
 今日はすっかり馬鹿姉モードの気分らしく、変なことを言ってくる。その手に持ったスプーンでぺちぺちと叩いているのはカスタードプディングと思しき桜色のお菓子。
「……プリンじゃない」
 ひとの気も知らずに馬鹿を言う姉に精一杯の不快そうな表情で指摘した。
「その通り。しかして妹よ、私は嘘を吐かない。これはスペイン語でflanというのよ。だから私はこれが特にお気に入りなのさ」
 まるでこの流れを予想していたと言わんばかりの顔で、羽をパタパタさせながらお姉さまは豆知識を披露。私は思わず口の端を曲げて、むーと唸る。
 『お姉さまは私が怖くないの!?』 そう叫びだしそうになる自分を抑えながら、せめて少しでも気持ちのやり場が欲しくてお姉さまに突っかかる私。
「なんでも良いけどお姉さまばかりズルいわ。私に半分ちょうだい」
 これにもすまし顔でお姉さまは応える。
「ダメよ。あなたには十分な量の食事が振る舞われているはず。飽食の罪は甘美だけれど私から楽しみを奪う事は許されないわ」
 もっともらしいことを言いながら、流れるような動きでプリンの皿とスプーンをずらす。本当はプリンには大して興味も無かったのだけれど、お姉さまが思ったより執着してるようなのでふと思い立つ。
 今の流れなら喧嘩になるかもしれない。それでもって、間違っても殺してしまわないように注意して痛めつければ、お姉さまも少しは目が覚めるかもしれない。
 ひとりで苦しみ続けるのはもう疲れていた。お姉さまが意外と私を愛してくれているかもしれないのが嬉しいから、やっぱり死ぬのはお姉さまじゃなく自分の方が良さそうだった。
 お姉さまを睨みつけて威圧する。私は危険だよ! もっと危機感を持って!
 それでも、お姉さまは構わずにプリンをさらに一匙すくって口へ。私は妖力を周囲に揺らめかせて敵意を見せ付ける。それに反応してパチュリーの術式が自動的に屋敷の周囲へ雨を降らせる。テラスや玄関などの屋外に近い場所は全て妖力を感知する術式や使い魔が幾重にも配置されている。
 それはきっとお姉さまも分かっているだろうから、敵意は十分に伝わるはずだけど、もう一押しするために言葉も添える。
「お姉さま、本当は弱いくせにいつまでも大物ぶってると痛い目見るわよ」
「あら、私の心配をしてくれるなんて優しいのね。でも安心なさい、あなたの姉はいつだって夜を支配する傍若無人の絶対君主よ。我が親友と違って年中むきゅーでね」
 お姉さまには本当に危機意識が欠如しているのかもしれない。私は仕方なく、曲がりくねった枝状の武器――レーヴァテインを手の中に生み出す。
 それからたっぷり数秒かけてプリンをやっと最後の一口までたいらげたお姉さまは、咲夜の差し出したナプキンで口を拭う。瀟洒なメイド長はその後一礼して時間停止を駆使して退場。巻き込むのは本意ではないので少し安心。
「どうやら敬愛する姉とウィットに富んだ会話を楽しもうという空気ではなさそうね。躾が必要なのかしら?」
 今更な言葉にちょっと苛立ち、肯定の意思表示として私は枝をぐるりと右手の中で一度回し、鋭利な先端を座ったままのお姉さまに突き付ける。
「いっつもその余裕ぶった態度が気に喰わないのよ! 弱いくせして私が怖くないの!? お姉さまって、ほんとワケ分かんない!」
 普段抑えていた本音が私の口から吐き出される。段々と自分でも怒っているフリなのか、それとも本当に激昂しているのか分からなくなってくる。
 左手に魔力を集中。苛立ちに任せて、でも制御だけは全身全霊で意識しながら握りしめる。
 乾いた破裂音と共にお姉さまの腰掛けていた椅子を粉砕。しかし、お姉さまはまるでそれを知っていたかのようなタイミングで腰掛けていた姿勢そのままに浮き上がる。
 お姉さまが少し眉をひそめて、声音を変える。
「フラン、いいわ。望みを言いなさい。もしこのレミリア・スカーレットにまいったと言わせることが出来たなら叶えてあげましょう。ただし逆の場合は今日一日、私の言う事を聞いてもらうわ」
 なんて悠長な条件。じゃあ私が勝ったらそのまま死んでと言えば応じるとでもいうかしら。まだ普通の姉妹のつもりなのかしら。普通にできるの? お姉さまには出来ても私には……。
「なによそれ、じゃあ私が勝ったら二度と偉そうにしないで。あと、私の分のプリンも用意させてよね」
 叫びだしそうになる感情を抑えて、いつものように受け答えをする。
「いいわ。妹の躾に決闘のルールはいらないわね? 実戦でいくわよ」
 そう、これはごっこ遊びなんかじゃないわお姉さま。命がかかっているのよ。もっと怯えて、全力できて、そして、私が殺してしまわないうちに私を殺して。
「いいのかしら、お姉さまなんて私には手も足も出ないくらい弱いのよ? 実力差を埋められる決闘ルールでお茶を濁したほうがよかったんじゃないの? もう今更遅いけどねっ!」
 お姉さまが私の言葉に芝居がかった高笑い。やっぱりまだ戯れが抜けない。そう思ったけど、その瞳を覗き込んで見れば、意外に真剣な眼差しが私を見返していた。
「勘違いしない事ねフラン。弾幕遊戯程度には決して使わない私の能力が、実戦では容赦なく牙を剥く。あなたは万に一つの勝ち目もなく、姉の偉大さを知るのよ」
 お姉さまが優雅な動作で皿を床に放り投げて、同時にスプーンをこちらに向けて爪で弾く。
 遅い。右目に向かって一直線に飛んできたそれを枝で弾いて、お姉さまの右手に集まる魔力に意識を向ける。そこには幼き頃に愛したヴラド三世の英雄譚に出てきそうな、長大で豪奢な真紅の槍――グングニル。
 砕け散る皿の悲鳴のような音に、その槍に貫かれた日のことを思い出す。這い上がってくる過去の悪夢。悠然と立ち上がるお姉さまと、私が殺してしまった愛するお父様の姿が重なる。
「覚えているわね? あの日の事……」


 495年前、私はあらゆるものを破壊するこの力を、自分がいつの間にか行使できるようになっていたことに気付いた。
 お父様には強くなりなさいと教えられて、それが私にとっても当たり前のことで。
 だから、曖昧で不慣れなその力をお父様に見せて、褒められて、そんないつもどおりの一家団欒が続くはずだったあの日。
 私はお父様があんなに簡単に死んでしまうなんて考えもせずに、お父様の『目』を掴んだ。それを握りつぶす瞬間までお父様は自分が致命的な状況に立っていることも気づかずに、そして爆ぜる体。
『いいぞフラン! それでこそ私の娘だ! 素晴らしい、傷が塞がらない、すごい! すごい! すごい!』
 強くて優しいお父様が、偉大だった夜の王が抵抗も出来ずに一撃で灰になって行く。そこでやっと私は自分のしたことが、愛する家族を手に掛けたという事実が理解できて恐慌状態になった。
 あとはまるでドミノ倒しみたいに、次々と使用人やお父様の部下たちが止めに入っては制御の出来なくなった私の能力に食われていった。
そのまま全てを破壊しつくして自分も消えて行くだけだったはずの私に、当時は私との喧嘩に一度も勝ったことのないお姉さまが立ちはだかった。
 寝物語にお父様が聞かせてくれるヴラド三世の英雄譚に登場するような長大な槍を片手に携え、茨に覆われた道を突き進む救世主のごとき威風堂々たる足取りで。
 私の荒れ狂う能力の無作為な狙いをかわして、歩み寄る。気負いも何も無く、ただそこに進むべき道が用意されているかのような迷い無い前進。
『レ、レミリア。やめなさい、今はフランに近づいてはいけない。フランが一人っきりになってしまう……』
 自身を省みないお父様も、愛娘たちを心配して上ずった声を上げるが、お姉さまは何と言うことも無い風に平然と返したのだ。
『お父様、私はフランより強いわ。運命を操る能力に目覚めたのだから』
 それがお姉さまの虚言癖の始まり。そんな能力があればどんな事だってできるのに、お姉さまは必ず自分の思ったとおりに行くわけでない場面を通過しすぎている。
 もしかしたら突発的に断片的で曖昧な未来を視ているのかもしれないけれど、それもちょっと怪しい。
 それでも自信満々なお姉さまは、あの日も運よく私を倒してのけた。
 その後、地下室で目を覚ました私にお姉さまは『お父様は死んだわ。今日から私とあなたで暮らして行くの。いろいろと済ませておくからあなたは落ち着くまでそこに居なさい』と、それだけ伝えた。
 危険な私を地下に置いて、曖昧な警告だけで済ませてしまったお姉さま。
 それはどういう意味? 地下から出たら殺し合いになるということ? それとも私を許してしまうの?


 そして今に至る。
「あの日、あなたを倒した私の実力を、本当に低いと思っているのかしら……?」
 あんな幸運が何度も続くわけがない。今度私が暴走したら、本当にお姉さまが死んでしまうのに何も分かってくれていない! 災いの枝を構えなおして、牙を剥いて吠える。
「お、お姉さまに運命が見えるなんてどうせハッタリだって分かっているんだから! あの時だって運よく目を掴まれなかっただけじゃない!」
「ふん、持たざる者には分かるまい。この絶大な力の意味がね。それに、あなたの言うとおりのただの強運だったとしても、運も実力の内という東洋の名言を知らぬわけではないでしょう?」
 格好付けのシニカルな笑み。遊びなんかじゃないのに……。
「さぁフラン。負けたら約束通りそのほっぺたを日が暮れるまでつつかせてもらうから、今から覚悟しておきなさい。行くわよ!」
 私がお姉さまを本気にさせる言葉を探しあぐねているうちに、お姉さまが飛びかかってくる。私は枝で防御しながら能力を使って『目』を掴み取る。左手を握り締めるが、それは近くの空気を爆散させるだけだった。
 狭い範囲から『目』を抜き取ろうとすると対象の速度や動きの複雑さによっては空振りをする。あくまで範囲を定義するとき私が空間から指定して、その内にある物質を無意識に構造解析してから緊張部分を選別しているからタイムラグが発生する。
 経験上の推測だが、それが私の能力。なので、お姉さまを本当に殺さないように気をつけながら命中させるのは至難の業だ。範囲を広く定義しすぎれば塵一つ残さずにお姉さまを爆砕してしまう可能性が高い。
 もちろん495年も積み重ねた反復練習によって、動きの遅い対象なら指定範囲内の『目』の中から任意の数個だけを意識的に抜き取ることも無理ではないが、戦闘中にそんな隙を見せる相手などいないだろう。
 そんなことも知らずにお姉さまは無策に突進してくるのだ。それでも空気の爆発を至近距離で受ければ十分なダメージと危機感が与えられるはずなのだが、腐っても吸血鬼ということなのかお姉さまは巧みに予想を超えた回避を披露する。
 ともあれ、槍の刺突を右手の枝で叩いていなす。妖力の差は歴然で、叩きつけた枝を反動でくるりと回して逆端がお姉さまの体を下段から両断する。
 一瞬にして決着かと思ったのだけど、実力の差はきちんと理解していたのかタイミングを合わせてお姉さまが霧化。霧散するお姉さまの残影を切り上げた枝を頭上で一回転させて、勢いを保持したまま西洋の妖怪に有効な銀を精製する魔術を素早く詠唱。
 これはパチュリーの得意とする東洋のエレメント魔法と錬金術の精髄である。かの魔女からは研究に協力した対価として教えをいくつも受けていたが、戦闘に向いている魔法を吟味して習っていたのはやっぱり私もスカーレットの悪魔だからかもしれない。
 教わったとおりに韻を重ねて魔力を帯びた銀の網を展開。打ち出されたそれが霧化した部分に触れる先から魔力を中和して実体に絡み付いていく。
 さすがと言うべきか、お姉さまは即座に体内から使い魔の狼を呼び出して身代わりにすると、その背中を無理やり蹴っ飛ばして網ごと放逐。
 哀れみを誘うような悲鳴を上げながら退場する使い魔を回避しながら、私は枝を袈裟切りに振り下ろす。これも槍でしっかり受け止められる。
 それでも両手で受け止めるのが精一杯なお姉さまに対して、私は片手だけで押し切れる。動きが止まったので空いた左手を使ってダメ押し。慎重にお姉さまの半分くらいを削れるように『目』を掴んで、握り締め――。
 ――いつの間に後ろにいたのか、さっき蹴り飛ばされて消えたと思ってた使い魔の狼が私の手首を噛み砕く。焼けるような痛みで集中が乱れて『目』を掴み取っていた魔力が四散してしまう。お姉さまが枝を押し返すように弾きながら距離を開けて着地。
 その間に私は一瞬で再生の済んだ左手でバックナックル。不慣れな痛みの感覚に力加減を見失い勢いが良すぎたけど、湿った音を響かせて今度こそ使い魔が退場。
 お姉さまはその隙に槍を振りかぶり、大きく八の字を描くように振り回して衝撃波を飛ばす。
 衝撃波は弧を描きながら三方向に分かれてカーブしつつ迫ってくるが、ふたつは枝を手首のスナップで回転させて両端で切り裂くように相殺。みっつ目はこの後にお姉さまが突進してくると予想して、攻撃の予備動作をかねて足で上へと蹴り上げる。
 その予想のとおり、お姉さまが姿勢を低くして突き入れてきた槍での一撃。それにはお姉さまからは見えない位置にあった左手で対応。こっそり握っておいた周囲の空気の『目』を握りつぶして槍の軌道上に爆発を起こしてそらす。
 完全に私のペースになった一瞬の交錯。お姉さまの泳いだ上体。その肩口に全力で踵落とし。きっとすごく痛いだろう骨を砕くような音。槍が手から零れ落ちる。
 お姉さまが膝をついたらこれで終わり。枝で打ち据えてお姉さまの『目』を掴んだのを見せ付けて――そんな予想を裏切ってお姉さまがノータイムに無事な反対側の手で床を叩いて前転すると、土壇場の器用さで取り落とした槍を後ろ足で跳ね上げてキャッチ。 
 咄嗟に気配から位置を計算して、自分とお姉さまの間にある空気の『目』を掴もうとするけど、一瞬早く槍が私の左手の平へ突き刺さる。今の素早い攻防が嘘だったみたいにお姉さまがぴたりと動きを止めて背中合わせ。ちょっと動揺していた私にお姉さまが口を開く。
「いっっったいじゃない! はしたないしお姉さまを足蹴にするなんてどういうことなの!?」
 思わぬ低レベルな罵倒に反射で罵倒を返してしまう。
「そっちこそ何よ! さっきから左手ばっかり狙って陰険だしみみっちいわ!」
 それ以上に言うことは無いと判断して私は左手を貫通した槍を引き剥がすために、枝で槍を半ばから切り落とそうと体を反転させて斬撃。
 振り向いた視界に移ったのは槍から手を離して私にぴったりとくっつくお姉さま。息づかいも感じられるその距離にどきりとして体が硬直した瞬間、お姉さまが飛び上がって私の顔を太ももで挟む。
 何をされてるか分からなくなって世界が逆さまに落ちる。私の頭が魔術的に強化されてるはずのテラス床面へと突き刺さったと気付いたのはたっぷり一秒後。
 頭がずきずきと痛む。信じられないことにあの姿勢からバク転で私の頭を床に叩きつけたらしい。発想がもはや意味不明な攻撃だけど、威力だけは十分で私は馬鹿みたいな痛みを殺すために絶叫する。
 両手の力で飛び起きて、髪の間に引っかかった瓦礫を頭を振って払いのける。口はまだ意味の無い音を吐き出してるけど、そのまま怒りに任せ制御も忘れて能力を即座に発動。お姉さまの体から『目』を抜き取り粉砕。
 さっきまでと違いタイムラグの少ない容赦の無い破壊がお姉さまを襲う。潰してしまってから少し冷静な部分で制止の声を上げそうになるけれど、お姉さまが即座に体を分割して無数の蝙蝠に変身回避。間一髪で間に合い下半身だけが爆発四散。
 内心で胸を撫で下ろして妖力がまた一回り小さくなったお姉さまに、先ほど刺された槍を引き抜いて投げ返そうとするが、それが手の中で破裂。ここまで圧倒的な差があるのにお姉さまはまだ戦意も衰えないらしい。
 右肩から下が激痛と共に砕けた竹みたいにささくれたシルエットを晒す。さっきよりも痛いおかげか、少しずつ思考がクールダウン。
 お姉さまを殺してはいけない。ちゃんとぎりぎりまで追い込んで、その上で本気になったお姉さまに殺されなきゃいけないんだ。中途半端に強いのが難易度を跳ね上げていて恨めしい。
 妖力から察するに私が三割程度の負傷度。お姉さまは六割といったところだろうか。これで諦めないのはさすが誇り高きスカーレットの娘と、お父様が生きていれば褒めてくれたかもしれない。
 私はお姉さまを不幸にしている。あんなに甘えたがりだったのに、私の前で泣き言を言わないお姉さま。お父様を殺した妹をどう思っているの!?
 私は再生の追いつききっていないお姉さまに、一足早く修復の終わった腕で枝を投擲。素早く床に伏せたお姉さまの頭上を通過しブーメランのように旋回して行く枝。お姉さまが回避のためにとった前傾姿勢のまま、手足を狼のように変異させて疾駆。
 近付いてくるお姉さまに空いた両手で次々と空気の『目』を破砕して爆風攻撃。短時間で連続した爆発を起こすけど、なぜかお姉さまに当たらない。仕方なく戻ってくる枝の軌道上に誘導するだけに留めて、近接戦闘。
 お姉さまが誘導されるままに真正面から飛び掛ってくるのを両手で挟む。しかし、それは分離した使い魔で、首筋に噛み付いてきたので吸血鬼の膂力で挟み潰す。次の瞬間に使い魔の影から人間型に戻ったお姉さま。
 ここでお姉さまが仕掛けてくる攻撃を私が受ければ、きっと油断する。戻ってきた枝に気付かずに大ダメージを受ければもっと本気になってくれるだろう。冷静に計算して詰めの一手として蝙蝠型の使い魔を用意して、お姉さまが繰り出してきた鋭い蹴撃を体の中心で受けて吹き飛ぶ。
 衝撃を少し後ろに逃がしたけど十分に勢いのついてた攻撃は私の体を軽々と館の中へ飛ばして行く。テラスから廊下へ、廊下の壁を破って広い応接室へ、流れて行く視界の中でお姉さまの方を見つめると、枝を霧化して回避したらしく無傷。
 思わぬ失敗に舌打ちして立ち上がり、戻ってきた枝を右手でキャッチする。仕方ないので蹴られる直前に生み出した使い魔で即座に反撃。まだ意外と冷静なまま戦っているお姉さまを挑発する。
 使い魔の蝙蝠がお姉さまの頭部に牙を食いこませる。すぐに羽をむしられ握りつぶされるが、私は怒らせるための嘲笑。冷静なままだとちゃんと私にトドメを刺してくれないかもしれないから。
「お姉さまったら、やっぱりダメダメじゃない。弱すぎぃ~♪」
 すると、静かにお姉さまの雰囲気が一変。握りしめた手の中に妖力の大半を注いで槍を作りだす。やぶれかぶれで全力の投擲でもするのかと思ったら、しっかりと構えを取り始める。
 あそこまで練り上げた槍なら強力なのは確かだけれど、あんなに疲弊しては私に当てることなんて絶対に無理だ。それなのに、確かに感じる威圧感。
「あの日と同じよフラン。私がツェペシュの末裔と恐れられるゆえん。優雅に、刑に処するように、この槍はあなたを貫くわ。これは運命よ」
 あの日は制御も効かなくなっていた能力が偶然当たらなかっただけで、しかも私が身動きしなかったからの結果で、このままじゃ今度は普通に勝ってしまう。
「まだ言ってるのね、お姉さま。何度だって言うわ。そんな能力は無いわ! できるものならやってみなさいよ!」
 それでもお姉さまがただの虚言癖じゃないと思わせるような瞳の色で、なんだか寒気を植えつけてくるから、私は自分でもするつもりの無かったはずの強力な攻撃魔法を詠唱し始める。
 シルバーバレットを生成して射出する単純な術式を大量複製して行く魔法。詠唱を重ねるごとに鼠算式に弾数は増えて、しかも詠唱自体もひとつずつは短いのですごい勢いで攻撃できる。
 使っているエレメントや術式の一部が銀網と同じなので、完全に霧化されたなら銀網の魔法にも繋げれる。今のお姉さまには実質ほぼ回避は不可能。
 そこへさらに枝を投擲、空いた手は空気の『目』を握り爆発もぶつけてやる。
 それをお姉さまは優雅に踊るような動作で、微かな身じろぎで避けたり、手の槍で弾いたり、あり得ないほどの精密さで全ての攻撃をいなしていく。確実に距離が詰まる。
 妖怪としての本能がお姉さま相手に警鐘を鳴らし始める。私より弱いはずのお姉さまが非合理的な戦術で、それでもしっかりと私を追い詰めて行く。心の中で冷たい塊がのたうち回り始める。
 それはさっきから求めていた、お姉さまがもたらしてくれる死の予感。のどが渇いて行く。こみ上げてくる吐き気のような感覚を抑えて呪文の詠唱速度を限界まで上げる。ここから先は吸血鬼だからこそ出来るであろう身体能力任せの異常速度での発音。
周囲に展開される魔法陣の数が増えるペースを倍以上にして、まるで大瀑布のごとく銀弾を吐き出してお姉さまを押し包んでいく。
その微かな隙間から見えてくるのは、驚いたことに体の一部を一瞬だけ霧にしたりしてまったくペースを落とさずに、しかも傷ひとつ無く進むお姉さまの姿。お姉さまを大きく上回る妖力を持つ私にも再現不可能なほどの精密動作。銀網を放つべきタイミングすらない。
そして、目が合った瞬間に見えた顔。全てを超越したような冷酷な笑み。
一歩、また一歩と近付く……『敵』。
私は恐慌状態に陥る。どうして死にたいなんて思ったのか。あの敵は私を殺す気なのだ。死ぬのは怖い。死にたくない。殺さなきゃ。
もはや手加減の必要は無い。自分が巻き込まれないぎりぎりの範囲まで全てを定義領域に指定して、視界に映るほぼ全ての『目』を集める。
視界の端のほうに遊びに来ていたのだろう魔理沙の姿。巻き込んでしまうけど構ったものじゃない。こんなところに人間の癖に入り込んでいたのが悪いのだ。
私が死なないためには敵を殺さなきゃいけないのだから魔理沙くらいは仕方ない犠牲なのだ。家族でもないのに家にいたから悪い。お父様だって家族は大切にしなさいって言ってたけど友達の扱いにまでは言及していなかったはずだ。
私にはお姉さまさえいればそれでいいのだ。私とお姉さまがいれば大丈夫。お父様もいなくなっちゃったけど。
『お父様は死んだわ。今日から私とあなたで暮らして行くの』
お姉さまがそう言ってくれたから私は大丈夫。寂しくなんかない。お姉さまも私がいれば平気だよね? だからこんな『敵』すぐにやっつけてお姉さまとご飯を食べよう!
私は目の前の霞がかった敵を睨みつけて、驚愕に目を見開く。一気に目が覚める。背中に氷を突き刺されたように、全身を底冷えする感覚が走り抜ける。手の中の『目』だけが確かに熱い感触を返しながら割れ砕けようとしていて、私は悲鳴を上げる。
あれは敵なんかじゃない! お姉さまだ! こうなるのだけが嫌だから死のうと思ったのに、私は何をしているの!?
「ダメぇぇぇぇ!! 嫌! 嫌いヤイヤイやイヤいや!」
 叫びながら私は自分の手なんか無くなってしまえと必死に願う。もう大好きな家族を殺したくなんかない。死ぬなら私だけにしてください、神様!
 手に能力の熱とは違う柔らかくて少し冷たい感触。いつの間にか私はお姉さまの体にぴったり寄り添って、『目』は微かな魔力の残滓と共に消えていた。
 しっかりと合わせられたお姉さまの手と私の手。それがそこに存在していることに安堵して、今までひとりで溜め込んでいた何かが溢れて意識を押し流す。
 口からとめどなく嗚咽がもれて、両の眼から熱い涙が滂沱のごとくしたたる。顔が痛いくらいに歪んで、頭がずきずきと締め付けられるような感覚。どこか遠くで自分の泣き声が響いている。
 抱きしめてくれているお姉さまの体に声を染み込ませるように顔を押し付けて、頭に触れてくれるお姉さまの頬の感触に体を震わせる。
 頭の上から降りてくる、生まれて初めて聞くようなお姉さまの全てを許す優しい声。
「あぁ、強くなったわねフラン。きっと地獄でお父様も喜んでいるわ。昔は失敗したけど、今度はちゃんと止めれたじゃない。大丈夫。大丈夫だから」
「ごめんなさいお姉さま、ごめんなさい……」
 自分でも何に対しての謝罪なのか分からなかったけど、お姉さまは何も言わずに私が落ち着くまでそのまま抱き合っていてくれた。
 しばらくして、お姉さまは繋いでいた手を離すと、視線をしっかりかみ合わせるように私の顔を手で挟んで、覗き込んでくる。
「フラン、よく頑張ったわね。恐れることは無いわ。あなたの大切に思う者が、あなたの能力で死ぬことはもはや有り得ない。だって、そういう運命なのだから」
 お姉さまの能力はきっと、不器用だけどずっと私を安心させるために生まれた優しい嘘で。例え何があってもお姉さまは私のお姉さまであり続けてくれるのだ。何度全力でぶつかって行っても、こうやって受け止めてくれるという誓いなんだ。
 私の顔が笑みの形にほころぶ。お姉さまも微笑んで頭を撫でてくれる。
そっと立ち上がったお姉さまが手を取って私も立ち上がらせてくれる。
視界の端ではゴーレムに連行されていく微妙な表情の魔理沙と壁に縫い付けられたままのスカート。お姉さまが品よく苦笑して一声。
「咲夜! お客様に代えのスカートと、それからテラスにプリンをひとつ用意して頂戴!」
「……御意に」
 メイド長がどこからともなく現れてお姉さまに一礼すると、それに満足げに頷いた後で私に向き直る。私は何か照れくさいような気恥ずかしさに言葉を探して、お姉さまを見つめ返す。
「お姉さま……」
「フラン、今回は私の勝ちよ。だってごめんなさいって言ったわよね? 約束通り今日は言う事に従ってもらうわ」
 お姉さまがしてやったりと言いたげな意地悪顔。雰囲気が損なわれた気がして私はちょっぴり頬を膨らませる。
「咲夜、プリンはフランの分だから血を多めにしても構わないわ。それから二人分の紅茶を。なるべく濃いのをお願いね」
 お姉さまはそれだけ言い渡すと有無を言わせず私の手を引いてテラスへ。いつの間にか新しく配置された椅子のひとつまでエスコートして、すぐ隣に腰を下ろす。
「さあ、まずは日が暮れるまでほっぺをつつかせてもらおうかしらね」
 お姉さまはもうすっかりいつも通りで、でも私はもうさっきまでと違う。これからはこんなくすぐったい時間をいっぱい味わえるんだって、495年ぶりに心の底から笑えるようになった気がした。
 読んでくださり、ありがとうございます。
 家族に限りませんが、何気ない言動で誰かに大きな影響を与えていること、与えられていることってありますよね。
 姉にとっては鬱病の気がある妹がぐずってたからあやしてやっただけで、妹にとっては姉と自分の命の行く末が決まるような大事件。そんなお話でした。鬱っぽい一人称ってちょっと難しくて、読んだ皆様からはどう見えるのか不安ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
 もしよければ拙作『私とプリンとフランのほっぺ』と併せて読んでみてください。
うたみかん
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コメント



0.610簡易評価
6.90絶望を司る程度の能力削除
鬱っぽくてハッピーエンド。最高じゃないですか
7.80名前が無い程度の能力削除
本当にフランサイドがきてるじゃないですかーやったー!
それにしてもこの決して長くはない分量の中に『お姉さま』というワードが一体いくつ登場することか。少々くどいですが家族を想う妹様というキャラは存分に押し出されていると思います。
9.80奇声を発する程度の能力削除
良い感じで良かったです
10.90非現実世界に棲む者削除
レミフラとっても良かったです。
11.90むーと削除
全てはお見通し。
妹のあるがままの運命を受け入れ、自らも運命に逆らわず。傲慢でわがまま、されど家族を大事にする自信があるレミリアだからこそ実現できた。そして、姉と一緒にいたい、というよりは姉を傷つけたくない、という考えが根底にあるフランはなんて優しくいじらしいのでしょう。

ただ、私の目が悪いのか、恥ずかしがるフランのほっぺをレミリアがじっくりねっとりつつくシーンが見つからなかったことが悔しい限りです。