Coolier - 新生・東方創想話

たそかれ

2014/04/29 00:12:43
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「ねえ、天界に住んでみない?」
 比那名居天子がそういったのは、まだまだ夏が頑張っている秋口のことだった。境内を掃いた後、洗濯物を干しているところへ彼女はやってきた。軽く手を挙げて。こちらへ近づいてくる。
「住む? 遊びに行く、じゃなくて?」
「そう」
 何故かばつが悪そうな顔をしている天子は、ただそれだけ言って物干竿に掛かったよれよれの服を見ている。
「どうしてよ?」
「ん、別に。何となくよ」
 まばらな雲では隠し切れない陽に見つめられながら、空に向かって両手を突き出してみる。暖かな光に包まれてとても気持ちが良い。

 縁側で黙って茶を飲んでいる魔理沙がこちらを見てにやついている。
「ふうん。また何か企んでるのね」
「違う違う、私だってしょうがなく言ってんのよ」
「あん? 誘っておいてしょうがなくとは何よ」
「だってさ、頼まれたのよ。脅されたとも言うけど」
 訳が分からない、いったい誰がそんなことを頼むのだろう。
「誰に?」
「あんたが来るまでは秘密だってさ」
 それだけ言って彼女は早くも帰ろうとしている。その背に向かって魔理沙がやっと口を開いた。
「おい、それなら私も住まわせてくれよ。土地を分けてくれるんだろ?」
「あんたは呼んでないわ」
 魔理沙が苦笑いして私を見た。でも、何も言うことなんて無い。
「待ちなさいよ、いったい誰が私を呼んでるのよ?」
「気になるなら試しに来てみなさいよ、嫌になったら帰れば良いんだし。天界ではわざわざ洗濯物を干したりしなくて良いのよ?」
 振り向いた天子は屈託が無くて、でも退屈そうな顔をしていた。



「なあ、どうするんだ?」
「なにが?」
「昼間の話さ」
 夜になって、魔理沙と二人で呑んでいた。さすがに夜は大分涼しくなってすごしやすい。
「あの天人の話? 行くわけないじゃない」
「ふうん、もったいないな」
「ならあんたが行きなさいよ。勝手に住み着いちゃえば良いじゃない」
 本当は分かってる。そんな風に茶化していても、魔理沙はほっとしている。
「うん、まあな」
 彼女は口が下手なわけでも無いのに、こういう時に口ごもってしまう。一言、お前が居なくならなくて良かったと、そう言ってくれればそれで良いのに。
 でも、私はきっとその言葉に何も返せるものは持っていない。魔理沙は友達だけど、きっと私に必要なものでは無い。人は皆一人だから。

「ま、神社も新しくなったばかりだしね。捨てていけないわ」
 それはそれで本心だった。この夏の異変で神社は二回も潰されて、その度に再建された。
「なあ霊夢、そのことなんだけどさ」
 魔理沙はまるで昼間の天子の様に困った顔をしている。私は黙って言葉を待つことしかできない。
「お前はそれで良いのか?」
「何が?」
「だから、その・・・・・・このままこの神社に居て良いのか?」
 珍しく真剣に言葉を選んで話す魔理沙は、こちらを向いてはくれない。星と、月の輝きへ視線を逸らしている。だから私も同じように夜空を見上げた。
「ここに居たって、結局は紫の」
 言葉が終わらない内に立ち上がった。横目に魔理沙が盃を落としそうになって慌てているのがわかる。
「それで、どうすればいいと思う? 訳の分からない誘いに乗って天界に住むのが正解なの?」
「そうじゃないさ、でも」
 でも、の後には何も続かない。そんなことは分かりきっていて、それでも魔理沙がこんなことを言うのは彼女の優しさなんだと知っている。
「でも、しょうがないじゃない。ここ以外に私の居場所があるの? もしかしたらここにだって無いかもしれないのに」
 そう言って空に両手を掲げてみるけれど、何かに届きはしない。星が、月が、夜が明ければお天道様が私を照らしてくれる。けれど私が何かを照らすことはこれからもずっと無いだろう。現に魔理沙は俯いてしまっている。
「魔理沙、ありがとう。でもやっぱり私は変わりようの無い奴なのよ。あんただってそうでしょ? あんたの優しさが私を救ってくれるわけじゃ無いでしょう?」
 言葉にしてもどうしようも無いと分かりきっていても、それでもここまで踏み込んでくれた。それだけで十分だ、私はそれすら出来ないのだから。
「ごめんな」
 その一言が寂しかったけれど、幻想に生きるなら寂しさは受け入れなければいけない。



「遅かったね、やっと来たのかい」
 萃香はいつもの様に呑んだくれていて、いつも以上に明るく笑っている。
「なんだ、あんただったのね」
 一応、私を天界へ呼ぶ奴を確かめに来ていた。まるで見当がつかなかったし、それが萃香だと分かってもその意図は分からないままだ。
「霊夢、ここは良いとこだよ。ここで一緒に暮らそうよ、土地は借りといたからさ」
「どうせ脅し取ったんでしょ?」
「うんにゃ、ちゃんと弾幕ごっこで勝ったのさ」
「ふーん、で、何企んでるの?」
「なーんも?」
「うそ」
「ほんとさ」
 天界の酒があるのにわざわざ自前の瓢箪から酒を呷っている。それだけじゃない、萃香は天界の何一つとして必要としていないように見える。
「あんた、私のためにここに居座ってるの?」
「ん」
 隣に座るとすぐに盃を手渡される。とりあえず酒を注いでいる間はお互いに見合ったまま、何も言わずにいる。乾杯の音頭も無いままに、酒が一気に喉を通っていく。いつも神社の縁側でそうするように、それをただ繰り返していく。

「ねえ、あんた私をどうするつもりなの? どうしたいの?」
 酔っているような、そうでないような、彼女は何も話してくれない。いつかの異変の時、とうとう誰も退治することが出来なかったあの鬼が、今日はただ弱々しい。そのくせ飄々とした態度だけは崩さないように虚勢を張っているのがまるで自分を見ているみたいだ。
「何も話さないなら帰るわ。私はここで暮らす気なんて無いからね」
 本当はまだ帰る気は無かった。これが異変なんだとしたら、萃香を連れて帰らないといけない。
「帰る? どこへだい?」
「決まってるじゃない、神社よ」
「神社ねえ、あそこが本当に霊夢の居場所なのかい?」
 何だか胸が締め付けられるようだった。
「昨日魔理沙も同じようなこと言ってたわ」
 萃香が少し体を揺らした。
「そうかい。彼奴もねえ」
「うん、彼奴も」
要は萃香も魔理沙と同じなんだ、私を気にかけてくれている。それくらいのことは分かる。

「この前のお天気騒動の時に、山で天狗に会ったんだ」
「あん? いきなり話題変えないでよ」
「天狗も仕事だししょうがないんだけどさ、躍起になって追い出そうとするんだよ」
「・・・・・・」
「居場所が無いって、嫌だねえ」
「それでここに無理やり居場所をつくろうってわけ?」
「一人じゃ無理さ。誰かに認められて、許されて、初めて居場所って言うんだから」
「じゃあここだって無理じゃない、誰もあんたを受け入れて無いんだから」
「なら霊夢が認めておくれよ。私が居ることを許しておくれ」
 萃香はあくまで酔った勢いで話しているように見える。彼女は常にそんな接し方しかしない、だから私は彼女の素面を知らない。
 反対に私はいつでも素面だ。酔っていても、怒っていても、寂しくても。素の自分でいるだけだ。
(どっちが良いんだろう。私も萃香も本当の心の色を誰にも見せることが無いから、だから寂しいの? そんな二人が寄り添って、それは良いことなの?)

「私は幻想にすら居場所の無い鬼。霊夢は人にも妖怪にも、本当には交わることが出来ない人間、お似合いじゃないか。地上には私たちの居場所は無いよ」
 赤らんだ顔、薄く眠たげな瞳。それらを私に向ける萃香からは酒気に混じって甘い香りがする。
(そっか、私をさらおうとしてるんだ。)
 魔理沙とは別のやり方で、私を救おうとしているんだと気づいた。それが何の意味もないことだと、私も萃香自身も知っているはずなのに。
「鬼って案外ちゃちなもんね。自分で人をさらうことも出来ないの? わざわざ天人なんか寄越してさ」
 萃香は笑った。
「そうだね。もう鬼なんていないのと同じだもん。弱くもなるさ」
 私も笑った。二人とも弱いくせに、寂しい生き方を選ぶことしか出来ないのがおかしかった。

「霊夢、ここに居れば地上とはもう関わらなくて良いじゃないか。関わりがあるから寂しいのさ」
「嫌よ」
「何故?」
「さあ? 何となくよ」
「そっか」
「どうする? 無理やり縛りつけてみる?」
「やめとくよ、私は霊夢が好きだからね」
「うん、ありがとう。私もあんたが嫌いじゃないわ。さっさと地上に戻って来なさいよ?」
「へいへい」
 それっきり、もう話すことも無いので帰ることにした。後ろ髪をひかれるような思いで歩き出すと、天子がにやつきながら近寄ってきた。
「地上の者は大変ね、何だか知らないけど悩みばっかりみたいで」
「そうね、でもあんただって結局は同じじゃない」
「ふん」
「もうすぐ出ていくだろうから、良くしてやってね」
 天子はそれには答えずに、萃香の方へ酒を持って歩いていく。ちらちらとこちらを窺っていた萃香が軽く手を振り、私はそれを無視して寂しい地上へ戻っていく。



「来てたんだ」
 神社に着いた頃にはもう日が沈む頃だった。魔理沙は西の空の名残を惜しんでいるみたいに、一人で縁側に座っていた。返事を返さない彼女の横顔が距離以上に遠く感じる。
「なーに黄昏てんのよ」
 できるだけ、精一杯に明るく振る舞おうとした。
「良かった、帰って来たんだな」
「そりゃ帰るわよ、自分の家だもの」
 いつもの魔理沙なら勝手にお茶を淹れているだろうに、彼女の隣は空っぽだった。
「もう、帰ってこないかと思った。心配だったんだ」
「あんた最近素直ね、良いことね」
 いつもより距離を詰めて腰かけてみる。近くで見ると魔理沙の目元が少し濡れているのが分かった。
「私さ、天子が神社を建て直した時ほっとしたの。これで元通りだって」
「うん」
「でもそれはすぐに紫に壊されて、何でそんなことするのか訳が分からなかった」
「うん」
「その後すぐに萃香が建て直してくれたけど、それも紫の指示なのよね」
「らしいな」
「私なんて、どこにもいないのよね。腹が立つわ」

 だんだんと辺りは暗くなっていく。それでも泣いているのが分かるくらいに、魔理沙は震えている。
「ねえ、今日あんたん家泊まりに行って良い?」
 魔理沙は返事の代わりに手を握ってくれた。私は空いている手で涙を拭ってやった。
 感情が昂ったのか、魔理沙につられたのか分からないけれど、涙が止まらない。
 自分の為に泣いてくれる友達がいる、私はこれからも魔理沙と生きていくことができる。
 それは確かな希望で、私には未来がある。こんなにも暖かで、一人じゃ無い。でも、そういった全てのことが自分と無関係にも思えて、私は何もかもから浮いている。
 誰か教えてほしい、私は何でここに居るんだろう。何故その答えを自分で出せないんだろう。
 妖怪みたいに長く生きればその答えが出るのだろうか。
読んでいただきありがとうございました。
つつみ
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コメント



0.360簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
切ないけど良いね
密かなレイマリ最高ー
2.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
この雰囲気が大好きです。
動画の方も楽しみにしています。
8.100名前が無い程度の能力削除
寂しいというか、彼女の力になれなくてもどかしいというか何と言うか
答えが出る日が来て欲しいものですね
9.80名前が無い程度の能力削除
切なさと希望が行ったり来たり
それが人生ってものでしょうね