「うーん、きゅうりだけというのは味気ないなあ。まあ、米がないから仕方ないんだけど」
「別にそれもタダってわけじゃないんだけどね」
朝、米びつにもはやどう調理しようと成人女性の一食に見合うだけの量が残っていないことに慄きながらも前向きに生きる犬走椛は、ひとまず友人の河城にとりのきゅうりを齧ることで難を逃れていた。
「だからお金貸してっていってるじゃーん」
「やだよ。あんたにはトイチでも貸さん」
見かねて貸した金の返済日に、涙を浮かべながら業者の刀を携えてきたのは未だ脳裏に焼き付いている。
誠意は評価したが、要求したいのは現金払いだった。
「だいたい、あんた先週が給料日だったんじゃないの」
「いやあ、話すと長くなるんだけど、店前にわたしを買ってーと呼びかける本つげの駒があってだね」
「はいはい」
カロリーの消費を抑えるためきゅうりを齧りながら寝そべったままのもみじは鞘に入った脇差しをいじくっている。
剣を眺めているだけで暇が潰せるというのは優れた資質かもしれない。
「うーむ、決闘とかで稼げた頃はよかった。今は用心棒とかの仕事もないし」
「妖怪の山であんたの決闘受けるような奴はいないよ」
「金がなくなったら適当に若い衆いじめるだけでよかった時代はよかった」
それなりに名は知れ渡っている程度の業前だが、誰も不当に役職が低いとは言わない。彼女に責任のある仕事を押し付けるのは少々リスキーだ。
巡り巡って安月給……という程ではないのせよ、趣味に自由に金が使えるほど裕福ではないのは自業自得でもある。
「なんかないの。WANTED! とか書かれた紙とか」
「ふつーはないけど、似たようなのなら」
「ほほう。詳しく聞かせろ」
* * *
「……なるほど、理屈はわかりました。わかりましたが」
「うむ。何の問題もない。さとり妖怪は奇襲に限る」
将棋の強者募集、勝負受けます 地霊殿、と書かれたポスターだかチラシじみたもの。
謝礼の文字を確認した椛はこうして地霊殿に押し入り、正々堂々意識外からの強襲を加えたのだった。
「わたし、将棋の強者。ゆえに勝負挑む。格闘で」
「いやいやいやいや」
「さあ謝礼をよこせ」
地霊殿の主、古明地さとりに蹴りを加える阿呆は喧嘩っ早い地底にもまずおらず、まあ本職には違いない椛の奇襲を防ぐのはなかなか難しい。
馬乗りになったまま楽しげに脇差しを手でもてあそぶが、強引に古明地さとりに跳ね上げられた。
「おおう、さすが大妖怪。勝負を受けるというだけある」
「ええまあぜんぜん違う意味でなんですけどね」
「まあいい、謝礼をよこせ」
「なにこの人の思考回路すごい」
まあとりあえず座って下さい、と言われさとり妖怪の本領を発揮する歓待、つまりは高カロリーのお茶菓子を用意された椛はまあおとなしく従っておくことにした。
「たしかにまあ、将棋の方も自信があるというのは本当のようですね。自称であって客観的な実力まではわかりませんが」
「シンプルにしておけ、この間抜け! という諺が妖怪の山にあってだな、面倒だからはやく謝礼くれ。ひもじいんだ」
ふう、と溜息を付く。
「流石に一局指してからでも遅くはないでしょう」
「お前とか? こんな辺鄙な地底の、更に奥にいるお前がか? 妖怪の山まで宣伝しなけりゃ指す相手も見つけられないお前がか?」
ふん、と椛は鼻を鳴らす。
「妖怪の山の層の厚さを舐めるんじゃないぞ」
「はて、あなたも私の能力はご存知のはずでしたが……」
はっ、と失笑するかのごとく声を出した。いや、間違いなく失笑だ。少々下手だが。
「だから言ってるんだ。そんな能力をアテにしてる時点で、深い深い将棋の海の、浜辺にいるようなものだとな。 ……たかが、相手の思考を読めるぐらいで、な。」
少しばかり紅潮したような顔だが、負けじと返す。
「言いますね。では、負かしてみればいいでしょう」
* * *
「結構うまいな、地底の羊羹。はい6本目」
「ぬ、ぬぐぐぐ……」
平手で3連敗、角落ちで2連敗。ついに手合は飛車落ちとなったが、”謝礼”が椛の側に再度増えた。
「おかしいです……地底じゃ五分の相手はいないのに」
「だから言ったろうに。妖怪の山の層の厚さを舐めるなと」
謝礼の羊羹をかじりならが、まあ、とつぶやき椛は座り直す。
「まあ、実力差を受け入れるのはいいことだ。謝礼もしっかり頂いたし、指導モードでやってやろう」
「くっ」
「まずだな、とりあえず筋が悪いな、お前。全体的に」
「え、ええっ」
駒がぶつかり始めたあたりまで盤面を戻す。
「ほら、ここで取れる歩を取らない」
「いや、だって、取るとそこから猛攻するってあなたが」
「それでも取るんだよ、これは」
取ったあと、軽く局面を進める。
「ぶつかった駒は取ることから考える。基本中の基本だ。確かにそっから攻めることは攻めるが、堂々としてりゃいいんだよ」
できた局面は難しいながらも、それなりに均衡がとれた局面だ。
「うう……」
「だから言っただろうに。たかが、相手の思考を読めるぐらい、と。そりゃ、細かいアドバンテージは取れるかもしれんがね。勝負を決めるには急所の地点で相手を上回らなきゃいかん。読んで追従してミス待ちじゃ伸びん」
だがまあ、と言いながら駒がぶつかる前の局面に戻す。
「この一手はよかった。自慢の一手、だろう?」
駒を進め、この時点ではさとりの方が指しやすかったことを示す。
「相手にならん、とは言ったがね。飛車落ちの相手はなんかあれば一発入る相手だ」
そういってお茶を飲む。
「もっとも、飛車角――二枚落ちでも勝つけどね」
* * *
「いかん。主食がない」
「うん。知ってる」
戦利品を瞬く間に食い尽くしたが、菓子だけでは膨れない腹がある。
「にとりー、なんかないのー、あるいは金貸せー」
「わー、クズっぽい。あるいはクズのヒモっぽい」
きゅうりと羊羹を交互に齧る。お世辞にも相性は良くないが、ないものねだりは仕方がない。
「こんなのならあるけど」
「紅魔館。パンかー私和食派なんだけどなー」
新聞の紅魔館の偉大さを示す一面広告の隅っこに、図書館の魔女の告知があった。
「でも椛、チェスなんてやれるの」
「大丈夫だ。私に任せなさい。なせばなんとかなる。私がやる限りあらゆることは無駄にならない」
「そうそうならないって地霊殿で偉そうなこといってきたばっかじゃないの」
いやいや、と言いながら胸を張る。
「私の能力は知ってるだろう? 先の見通しには自信があるんだ」
「別にそれもタダってわけじゃないんだけどね」
朝、米びつにもはやどう調理しようと成人女性の一食に見合うだけの量が残っていないことに慄きながらも前向きに生きる犬走椛は、ひとまず友人の河城にとりのきゅうりを齧ることで難を逃れていた。
「だからお金貸してっていってるじゃーん」
「やだよ。あんたにはトイチでも貸さん」
見かねて貸した金の返済日に、涙を浮かべながら業者の刀を携えてきたのは未だ脳裏に焼き付いている。
誠意は評価したが、要求したいのは現金払いだった。
「だいたい、あんた先週が給料日だったんじゃないの」
「いやあ、話すと長くなるんだけど、店前にわたしを買ってーと呼びかける本つげの駒があってだね」
「はいはい」
カロリーの消費を抑えるためきゅうりを齧りながら寝そべったままのもみじは鞘に入った脇差しをいじくっている。
剣を眺めているだけで暇が潰せるというのは優れた資質かもしれない。
「うーむ、決闘とかで稼げた頃はよかった。今は用心棒とかの仕事もないし」
「妖怪の山であんたの決闘受けるような奴はいないよ」
「金がなくなったら適当に若い衆いじめるだけでよかった時代はよかった」
それなりに名は知れ渡っている程度の業前だが、誰も不当に役職が低いとは言わない。彼女に責任のある仕事を押し付けるのは少々リスキーだ。
巡り巡って安月給……という程ではないのせよ、趣味に自由に金が使えるほど裕福ではないのは自業自得でもある。
「なんかないの。WANTED! とか書かれた紙とか」
「ふつーはないけど、似たようなのなら」
「ほほう。詳しく聞かせろ」
* * *
「……なるほど、理屈はわかりました。わかりましたが」
「うむ。何の問題もない。さとり妖怪は奇襲に限る」
将棋の強者募集、勝負受けます 地霊殿、と書かれたポスターだかチラシじみたもの。
謝礼の文字を確認した椛はこうして地霊殿に押し入り、正々堂々意識外からの強襲を加えたのだった。
「わたし、将棋の強者。ゆえに勝負挑む。格闘で」
「いやいやいやいや」
「さあ謝礼をよこせ」
地霊殿の主、古明地さとりに蹴りを加える阿呆は喧嘩っ早い地底にもまずおらず、まあ本職には違いない椛の奇襲を防ぐのはなかなか難しい。
馬乗りになったまま楽しげに脇差しを手でもてあそぶが、強引に古明地さとりに跳ね上げられた。
「おおう、さすが大妖怪。勝負を受けるというだけある」
「ええまあぜんぜん違う意味でなんですけどね」
「まあいい、謝礼をよこせ」
「なにこの人の思考回路すごい」
まあとりあえず座って下さい、と言われさとり妖怪の本領を発揮する歓待、つまりは高カロリーのお茶菓子を用意された椛はまあおとなしく従っておくことにした。
「たしかにまあ、将棋の方も自信があるというのは本当のようですね。自称であって客観的な実力まではわかりませんが」
「シンプルにしておけ、この間抜け! という諺が妖怪の山にあってだな、面倒だからはやく謝礼くれ。ひもじいんだ」
ふう、と溜息を付く。
「流石に一局指してからでも遅くはないでしょう」
「お前とか? こんな辺鄙な地底の、更に奥にいるお前がか? 妖怪の山まで宣伝しなけりゃ指す相手も見つけられないお前がか?」
ふん、と椛は鼻を鳴らす。
「妖怪の山の層の厚さを舐めるんじゃないぞ」
「はて、あなたも私の能力はご存知のはずでしたが……」
はっ、と失笑するかのごとく声を出した。いや、間違いなく失笑だ。少々下手だが。
「だから言ってるんだ。そんな能力をアテにしてる時点で、深い深い将棋の海の、浜辺にいるようなものだとな。 ……たかが、相手の思考を読めるぐらいで、な。」
少しばかり紅潮したような顔だが、負けじと返す。
「言いますね。では、負かしてみればいいでしょう」
* * *
「結構うまいな、地底の羊羹。はい6本目」
「ぬ、ぬぐぐぐ……」
平手で3連敗、角落ちで2連敗。ついに手合は飛車落ちとなったが、”謝礼”が椛の側に再度増えた。
「おかしいです……地底じゃ五分の相手はいないのに」
「だから言ったろうに。妖怪の山の層の厚さを舐めるなと」
謝礼の羊羹をかじりならが、まあ、とつぶやき椛は座り直す。
「まあ、実力差を受け入れるのはいいことだ。謝礼もしっかり頂いたし、指導モードでやってやろう」
「くっ」
「まずだな、とりあえず筋が悪いな、お前。全体的に」
「え、ええっ」
駒がぶつかり始めたあたりまで盤面を戻す。
「ほら、ここで取れる歩を取らない」
「いや、だって、取るとそこから猛攻するってあなたが」
「それでも取るんだよ、これは」
取ったあと、軽く局面を進める。
「ぶつかった駒は取ることから考える。基本中の基本だ。確かにそっから攻めることは攻めるが、堂々としてりゃいいんだよ」
できた局面は難しいながらも、それなりに均衡がとれた局面だ。
「うう……」
「だから言っただろうに。たかが、相手の思考を読めるぐらい、と。そりゃ、細かいアドバンテージは取れるかもしれんがね。勝負を決めるには急所の地点で相手を上回らなきゃいかん。読んで追従してミス待ちじゃ伸びん」
だがまあ、と言いながら駒がぶつかる前の局面に戻す。
「この一手はよかった。自慢の一手、だろう?」
駒を進め、この時点ではさとりの方が指しやすかったことを示す。
「相手にならん、とは言ったがね。飛車落ちの相手はなんかあれば一発入る相手だ」
そういってお茶を飲む。
「もっとも、飛車角――二枚落ちでも勝つけどね」
* * *
「いかん。主食がない」
「うん。知ってる」
戦利品を瞬く間に食い尽くしたが、菓子だけでは膨れない腹がある。
「にとりー、なんかないのー、あるいは金貸せー」
「わー、クズっぽい。あるいはクズのヒモっぽい」
きゅうりと羊羹を交互に齧る。お世辞にも相性は良くないが、ないものねだりは仕方がない。
「こんなのならあるけど」
「紅魔館。パンかー私和食派なんだけどなー」
新聞の紅魔館の偉大さを示す一面広告の隅っこに、図書館の魔女の告知があった。
「でも椛、チェスなんてやれるの」
「大丈夫だ。私に任せなさい。なせばなんとかなる。私がやる限りあらゆることは無駄にならない」
「そうそうならないって地霊殿で偉そうなこといってきたばっかじゃないの」
いやいや、と言いながら胸を張る。
「私の能力は知ってるだろう? 先の見通しには自信があるんだ」
破天荒な性格な椛が印象的です。先まで見通す、を将棋と
からめる解釈が斬新。心を読まれても勝てるということは、頭ではなく眼で打つ手を決めるということなのでしょう。
色々と駄目な椛ですが、さとりに勝つのは不思議と違和感がなかったです
ところでにとりとはどっちが強いんだ?