「しまった!」
魔理沙は痛恨の叫びを上げた。発動させた後で、そのマスパが完全に余計な一手であったことを知った。
直前にけん制のつもりでばら撒いたミルキーウェイに、パチュリーはポコポコ被弾していたのだ。
まさか当たるとは思っていなかったし、当てるつもりもなかった。魔理沙の見立てでは、天の川の多重弾幕は魔女の退路を塞ぐに留まるはずだった。七曜の魔女を相手では、この程度の弾幕に足止め以上の意味など期待できなかったし、用意していた本命の魔砲すら無難に捌くであろうパチュリーの二手、三手先を考えていた。
だから、喘息の発作か、大きく咳き込んだパチュリーが天の川の星型弾を腹にめり込ませ、苦しそうに顔を歪めたことに、魔理沙の頭は真っ白になった。予想外の結末に思考回路はあっさり焼き切れ、反射的にシミュレート通りのスペルを発動させていた。
恋符『マスタースパーク』
「パチェ、避けろ!!」
悲鳴じみた叫び。
長大な空間を挟み、一瞬確かに目が合った。え? という思いがけない不思議そうな表情が、純白の光に照らされる。直後、多重連結した空間魔方陣を砲身代わりにぶちかました超出力の衝撃熱波が、魔女の華奢な身体を飲み込んでいた。
即座に発動中の恋符を強制停止、行き場を失った魔力のオーバーロードで全身の血液が沸騰しそうになりながらも、魔理沙は魔砲の直撃を浴びた友人の行方を目で追う。
弾幕ごっこ用に殺傷力を徹底的に調整されているとはいえ、元々は例のドSが気に入らないものを残らず焼き払うために構成した殺戮用の大魔法。
直撃の衝撃は尋常ではなく、パチュリーは壊れた人形のように吹き飛び、背高のっぽの書架にぶつかり、たくさんの蔵書と共にどさっと落ちた。
受身を取った様子はなかった。
「やばい……」
顔を強ばらせ、魔理沙は隼のような速度でパチュリーの元へと飛ぶ。たどり着くより早く、床に折り重なった本の山が崩れ、下からパチュリーがよろよろと身を起こした。
「……く、げほっ、やってくれるじゃない」
咳き込みながらも、いつものような不機嫌な声を出すパチュリーに、魔理沙は少しほっとする。
「よかった。パチュリー、無事だったか」
「無事じゃ、ごほごほっ、ないわよ」
「しゃべれるようなら、それは無事だぜ。死人に口無しとならなくて良かった」
立ち上がるのを助けるために差し出された魔理沙の手が掴まれることはなかった。
「パチェ?」
問いかけた言葉がしぼむ。パチュリーは顔を上げない。返事もしない。三日月の飾りがついた柔らかなルームキャップはどこかにいってしまっている。リボンで結わえた髪は解け、細く、長い髪が脂汗で頬に張り付いている。
その眠たげな瞳は固く瞑られ、短く、荒い呼吸を壊れたように繰り返している。目尻から零れた涙が汗に混じり、上気して赤くなった頬に広がっていく。
「うっ……い、いたい」
ぺたんと尻をつき、全身を小刻みに震わせながら、パチュリーは泣いていた。左手で、魔砲の衝撃波でボロボロになったローブからのぞくむき出しの右腕を、固く抱いている。
その右腕は、手首の少し下辺りで変な風に曲がり、青紫に大きく腫れ上がっている。
「いたい、いたいよぅ」
魔理沙は息を飲んだ。
折れてる。
肉体の脆弱さでは人間と大差のない魔女にとって、骨折は洒落や冗談で済むような怪我ではない。
「ち、ちょっと待って、すぐ手当を」
何かがぶつかった。よろめいた魔理沙が顔を上げると、もうそこに傷ついた魔女はいなかった。視界の奥で、さっきまで閉まっていたはずの扉が半開きになっていることに気づき、魔理沙はもたもたと近寄る。
「パ、パチュリー……?」
扉を開け、中を覗く。
そこはパチュリーの寝室だった。雑多に積み上がった蔵書の向こうに、上質な拵えのベッドが見える。そこには苦しげに目を閉じて横たわる部屋の主と、よく知るメイドの後姿があった。
「咲夜、か? 良かった。呼びに行こうと思っていたんだ。パチュリーが怪我をしたんだ。手当を……」
「もう済みました」
なるほど、パチュリーの折れた右腕には添え木が当てられ、包帯できつく固定されていた。今は痛みで気絶したパチュリーの頬を冷たいタオルで拭ってやっている。
止まった時間の中で応急処置を終えたのだろう。魔理沙は息を吐き、脱力した。
「さすが咲夜だ。助かったぜ。パチュリーの怪我は……」
弛緩した笑みを浮かべ、二人に歩みかけた魔理沙の足元に、音もなくナイフが突き立った。
「近づかないで」
研ぎ澄まされたナイフより、固く、冷たく、尖った声だった。魔理沙は思わず息を飲み、硬直した。
少しだけ振り返った十六夜咲夜の横顔は、初めて会った頃よりもなお鋭く、害虫を見るような昏い目で魔理沙のことを見ていた。
「よくそんな平然としていられるわね。パチュリー様をこんなにしておいて。これだから子供は嫌なのよ」
「な、なんだよ」
「一部始終を見ていた妖精に聞いたわ。勝負がついているのに、追い討ちを仕掛けたんですってね。最低。筋の通った奴だと思っていたけど、認識を改めるわ。消えなさい。二度と顔を見せないで」
「っ!」
言葉はどんな弾幕よりも巧みに心を貫いた。声が出ない。身体の奥が、不愉快に熱い。
咲夜との仲は悪くないと思っていた。料理の指南を請えば快く応じてくれたし、図書館で本を読んでいるうちに眠ってしまったときは毛布だってかけてくれた。人里で会えば下らない話に花を咲かせるのが常だったし、何かの用事で遅くなったときは家に泊まっていくことすらあった。
だけど、そんなものは帳消しだ。最低なことをしでかした魔理沙は、咲夜にとって床の埃より下らない存在へと成り下がった。
「………」
何も言えないでいる魔理沙を、咲夜はもう見ようともしなかった。汗で張り付いたパチュリーの髪を梳いてやりながら、心から面倒くさそうに言葉をぶつける。
「消えなさいと言ったわ。これは友人だったあなたへの、最後の忠告でもあるのよ。パチュリー様をこんなにされて黙っていられるほど、ここの子たちは淡白じゃないわ。馬鹿なことはするなとは一応言ってあるけど、私はその命令に念を押すつもりはない」
振り返る。開け放たれた扉の向こう。整然と本棚が林立する図書館のそこかしこに、爛々と輝く目が見える。
パチュリーの侍従である小悪魔や、図書館の司書代わりにあてがわれている妖精たち。主人を痛めつけられた彼女たちは、憎しみを通り越した無機質な視線を真っ直ぐに魔理沙に向けていた。
本の場所を尋ねれば、笑顔で教えてくれる連中だった。気まぐれで与えた飴を喜び、野草で編んだ花冠をくれるような子もいた。そういう奴らに明確な殺意を向けられ、魔理沙の心は捩れた。
震えるような息を吐いた。
「……さ、早くしなさい。騒ぎを聞きつけたお嬢様が、あなたを殺せと命令なさる前にね」
そっけなく言ったその言葉が、咲夜に残った最後の優しさだった。魔理沙はとんがり帽子を深く被りなおし、ペコリと頭を下げてから踵を返した。足早に歩き、床に落ちていた箒を拾うと、唇を噛みながら跨った。
周囲から浴びせられる殺気混じりの視線。いっそコイツらに八つ裂きにされれば、パチュリーや咲夜は許してくれるのかな。それは最悪に卑怯な想像だった。魔理沙は頭を振ってそのいじけた考えを追い出すと、彗星のような速度で紅魔館を飛び出していった。
ばぁんと楽しげに扉が開け放たれた。
「さぁ! 誰のどこを改造してほしいって!」
八意永琳のどたまに、どっかりとナイフが突き立つ。
「……すごく痛いわ。ただの蓬莱ジョークじゃない」
「咲夜、そのキチガイを早く追い払って」
ベッドに横たわり、額に脂汗を浮かべたまま、パチュリーは苦々しくメイドに告げる。
「そういうわけには参りませんわ、パチュリー様。私が施したのはあくまで応急措置。ちゃんとしたお医者様に診てもらわないと」
「そいつ、ちゃんとしてるの?」
ナイフを頭に突き刺したまま、永琳は優雅な仕草で腕を組む。
「ご挨拶ね。この八意永琳より優れた医術者など、幻想郷はおろか、月の都を探したって見つかりませんわ。ちゃんとあなたのご希望通り、おっぱいをミサイルに改造して差し上げます。……あら、なんという小型弾頭。これじゃあ私の腕をもってしても、殺傷力は望めませんわね」
頭に二本目のナイフが追加されたところで、永琳はようやくまじめな顔でパチュリーの前に立った。
「ふぅん。応急措置とは言っても、ちゃんとできているじゃない。感心感心。うちの馬鹿弟子に見習わせたいくらいだわ。ちょっと触るわよ。痛いだろうけど我慢して」
ぎゅっと目を瞑り、身を固くするパチュリー。少しでも紛らわせようと、咲夜はパチュリーの肩に優しく手を置いた。
「っ!」
「……ふんふん。なるほど、ボッキリいってるわね。とっても痛そう。でも悪い折れ方じゃないし、手術の必要はないでしょ。後遺症の心配もなさそうね。きつく固定しておくから、しばらく安静にしていなさい。変な風に力がかかるのも良くないから、本なんか読むんじゃないわよ。痛み止めを処方しておくわ。朝夕食後に飲ませること。リハビリができるようになったら、また相談しなさい」
さすがは腐っても月の頭脳。柔らかくも精緻な手さばきであっという間にパチュリーの右腕をギブスで固定すると、永琳はよいしょと立ち上がった。
「永琳、感謝するわ」
ほっとしたように表情を緩めた咲夜に、永琳は穏やかに微笑む。
「良いってことよ。その代わり、あなたが分離変形できる身体になりたいと思ったときは、必ず私に相談してね。必ずよ」
「……何があんたを駆り立てるのよ」
「はっはっは、ではサバラ」
騒々しく、永琳は帰っていった。最後まで頭にナイフを刺したままであった。天才とアレは表裏一体であることを、改めて咲夜は思い知った。
正規の治療を受けて安心したのか、骨折のダメージで心身ともに消耗しきっていたパチュリーは薬を飲むまでもなく、落ちるように眠りについた。咲夜はパチュリーの額の汗を冷たいタオルで拭ってから、燭台の灯を消して静かに魔女の寝室を後にする。
「済んだか、咲夜」
「お嬢様」
スカートを広げ、瀟洒なお辞儀をするメイドを、レミリア・スカーレットは不満そうな顔で軽く睨んだ。
「ね、どうして私は入っちゃだめなの? 私もパチェのお見舞いしたい」
大図書館の一角、魔女が書き物をする卓に、吸血鬼はお行儀悪く腰掛けていた。そこから飛び降り、従者のスカートの裾を掴む。
パチュリー負傷の知らせは、もちろん真っ先に親友であるレミリアの耳に入った。すぐに駆けつけようとした吸血鬼との面会を、しかし激痛に喘ぎながらも、パチュリーは拒絶した。
『や。絶対ダメ。咲夜、お願い、レミィをここには入れないで』
完全性上肢骨折のショックで意識を朦朧とさせながら、メイドにすがり付いて魔女が言った言葉をそのまま伝えると、幼児式ワガママ術免許皆伝のレミリアも、奇声を発しながら怪我人の部屋に乱入するのを諦めざるを得なかった。
それがゆえに、このご尊顔である。まなじりを吊り上げ、頬を力いっぱい膨らませているレミリアを、そう望んでいると分かったので、忠実な咲夜はそっと抱き上げた。
「たぶんですけど、パチュリー様は親友であるお嬢様に、弱りきったご自分の姿を見られたくなかったんだと思いますわ」
「そうなの?」
「さあ? 私はただのメイドですから、魔女様の真意は測りかねます。ただ、馴れ合いでない、互いに尊敬し合える真の友には、自分の弱い部分を見られたくないと思うものです」
「……よく分かんない」
「それはお嬢様がお強いからですわ」
「ふふっ」
従者の言葉に満足したのか、レミリアはコロコロと喉を鳴らし、些か乱暴に咲夜に頬ずりをした。
「友、か。咲夜、おまえにとって霧雨魔理沙はそれに値するのかな?」
咲夜は穏やかに微笑む。
「その名は、聞きたくありませんわ」
「くくく、怖い怖い。殺気が駄々漏れだぞ。別にいいじゃないか、怪我くらい。死んだわけじゃあるまいし。あのコソドロを庇いだてるわけではないが、決着後にパチェを撃ったのだって、故意ではなかったと聞いているぞ」
「……次は怪我くらいじゃ済まないかもしれないのです」
「そりゃそうだ。だが、それはおまえだって、美鈴だって、私ですら同じことだ。どんなルールで縛っても、それが決闘というものだ」
「………」
「くくっ、魔理沙が許せないのではないな。パチェの怪我を防げなかった自分自身が許せないのだろう。まあ、いいさ。手癖の悪い魔法使いがどうなろうと私の知ったことではない。あれへの処置はおまえに任せるよ。よれて絡まった運命線がどんな結末を引き寄せるのか、少しは興味がある。せいぜい面白い運命を紡いで見せてくれ」
運命を弄ぶ悪魔は愉快そうに笑うと、漆黒の翼を緩やかに広げ、ふわりと咲夜の腕から飛び立った。その小さな体躯は揺らぎ、霞み、真っ赤な霧となって図書館に沈殿した暗闇の中に解けて消えた。
難解かつ迂遠な主の言葉を何でもないことのように受け止めると、咲夜は虚空に向かって、深々とお辞儀をするのだった。
紅魔館からの帰路のさなかに降り出した雨は、今や嵐の様相を呈していた。吹き荒れる風、打ち付ける雨に家が軋み、その度に天井から埃がパラパラ落ちた。
びしょ濡れになったエプロンドレスもそのままに、魔理沙はベッドに倒れこんでいた。しばらく洗っていないシーツに水気が移るのにも構わず、止まったままの思考の中に沈む。
今は魔法使いの霧雨魔理沙も、名うての妖怪ハンターである霧雨魔理沙も留守だった。下手を打って友達に大怪我をさせ、別の友達に手痛い絶交を食らった無力な十四の小娘がいるばかりだった。
心が腐っている。考えがまとまらない。濡れた服を着替えるための元気すら湧かず、壊れた映写機のように、ダメになった脳みそが何度も何度も思い出す。
見開かれた鳶色の瞳。迸る純白の光と、熱。倒れ伏した友達。すすり泣く声。無残に腫れ上がり、折れ曲がった右腕。
唇を噛む。あるいは普段の自分なら、咄嗟に恋符の軌道を逸らすことくらい、出来たはずだ。
最近は七曜の魔女相手に負けが込んでいたから、必要以上に熱くなっていた。新しく構築したばかりの魔導理論の維持に手一杯だったこともある。余裕をすっかり失っていた自分は、瞬きひとつ反応が遅れた。だけどその一瞬で、何もかもが手遅れになっていた。
言い訳だ。
何もかもがひどく醜い言い訳だ。
どうしようもない。
救いようがない。
『近寄らないで』
冷たい声が聞こえる。頭が痛い。
『消えなさい』
友達だった奴の声だった。
堪らず目を瞑る。降ってきた暗闇の中から、たくさんの目がこっちを見ている。大切な人を傷つけられ、恨みと憎しみが溶け混ざった目だった。絶対に許さないと言われた気がした。
大きく口を開け、喘ぐように呼吸をする。
見開いた目で壁の染みを睨み、魔理沙はもう一度、最初から思い出す。
翌日は、すっかり晴れていた。昨夜の嵐など何かの冗談であったかのような青空の下で、アリス・マーガトロイドはふわりと地面に降り立った。
「こんにちは。今日は暑くなりそうねぇ」
肩にかかった金髪をそっと払い、微笑む。周囲に侍らしている人形がいつもより多い。各々がバスケットだの、綺麗にラッピングされた果物の盛り合わせだの、花束だのを抱えている。
そんなアリスを、赤毛の門番は冷ややかに睨む。
「何の用です?」
「お見舞いよ。友人が怪我をしたと聞いてね」
「お引き取りください。当館は立ち入り禁止ですわ」
「あら、昨日までは万人に広く開かれた館だったと思ったけど?」
「誤解があったようですね。ここは偉大な御方が住まう紅い城。招かれざる客が足を踏み入れてよい場所ではないわ。さ、お引取りください」
気の利いた冗談でも聞いたみたいに、アリスはくすくす上品に笑う。
「手痛いポカをやらかした門番が、らしくもない自責の念を感じて、急にやる気を出したってところかしら。三日坊主にならなければ良いのだけれど」
紅美鈴の目が細まる。
「――そうですよ」
一オクターブ低くなった声を絞り出す。
館の住人、パチュリー・ノーレッジが大怪我を負った。美鈴がいつものように通してしまった霧雨魔理沙の手によってだ。
愕然とした。スペルカードルールが定着し、決闘がゲーム化して以来、本当の意味での危険などあり得ないと思っていた。それで門番の仕事を軽く見ていたつもりなどないが、結果的に、取り返しのつかない失態へと繋がった。
「お嬢様は何の罰も与えては下さらなかった。だけど私は、自分が許せない。償いになるなんて思わないけど、もう誰も通しやしないわ」
紅い門の前に立ち塞がる。背水の陣。不退転の決意が、その瞳には宿っていた。
「さ、これが最後です。お引取りください」
「あんた、馬鹿ね」
美鈴の決意を、アリスはあっさり鼻で笑う。
「レミリアが、あんたにその手の期待をしていると思って? あんたの役目は、そうじゃないでしょ。下らない、下らないわ。あまり下らないことをしていると、しまいにはお嬢様に捨てられるわよ」
「――警告はしましたよ」
門番を見もせずに、アリスは背筋を真っ直ぐに伸ばした綺麗な姿勢のまま、前に、
踏み込みで抉れた地面が土煙となって巻き上がると、遠近法の狂った絵画のように、美鈴はアリスの眼前に肉薄していた。
「しぃっっ!!」
長袍の裾が翻る。左掌で顔を覆って視界を塞ぎ、震脚で更なる踏み込み。密着した位置から固めた右拳がアリスの頬をぶち抜いた。
「………」
ように見えた。実際には美鈴の拳は、アリスの頬に触れるか触れないかの位置で止まっていた。遅れて吹き抜けた風が行き過ぎていく。暴風。美鈴の、アリスの髪がばたばたと乱れ、土埃が舞った。
「避けないのですか?」
「避けるとか避けないとか、意味が分からないわね。私はただ、友達のお見舞いに来ただけだもの。こんなところで野蛮に暴れる理由がない」
「……そうですね」
美鈴は、ゆっくりと引いた。
「パチュリー様への贈り物を台無しにするのは、私としても本意ではありません」
ちらりと、人形たちが大事そうに抱える品々を見やる。
「どうぞ、お通り下さい。パチュリー様のご友人様」
「あら、ありがと。あんたも、もう少し頭が柔っこければ良いのだけれどね」
何でもないことのように、美鈴の脇を通り過ぎていくアリス。すれ違う一瞬、美鈴は帽子を深く被りなおし、人形使いに尋ねた。
「……もし私が拳を止めなかったら、どうするつもりでしたか?」
「今日のあんたは本当に下らないわね。配下の門番が、お客さんと侵入者の区別もつけられないような奴だと思うほど、私は十六夜咲夜を見くびっていない。
でも、もし私の見込み以上にあんたが馬鹿だったら、その首をちょん切ってレミリアのところに持って行っていたでしょうね。そうして、女の子の顔をぶん殴ってくれた部下の非礼を詫びさせていたわ。そんなことにならなくて良かったわね」
ひらひらと手を振り、アリスは館の中に入っていった。美鈴はアリスの後姿が消えるまで見送り、そうして大きなため息をついた。
「ああ、くそ。負けちまった」
拳を交えずして、完膚なきまでの敗北。しかし、不思議と悪い気分ではなかった。
目の前にある扉を、行儀良くノックした。
「パチュリー、起きてる?」
「起きてない。寝ているわ」
「起きているみたいね、入るわよ」
「入ってこないで」
アリスが部屋に入ると、パチュリーはベッドの上から面倒くさそうにアリスを見ていた。
「入ってこないで」
すっかりやつれていた。頬はこけ、髪はパサつき、眠そうな半眼は真っ赤に充血している。力なく枕に体重を預けている。折れた右腕を固定しているギブスの白さが妙に痛々しかった。
「調子は……聞くまでもなく悪そうね。腕、折れているって?」
「誰に聞いたの?」
「幻想郷の住人なら誰だって知っているわ」
アリスが差し出したぺらい紙束。そこには『知識の魔女 再起不能か!?』 という見出しと共に昨日パチュリーの身に降りかかった出来事が、壮大な流言飛語を交えて、詳細に書き綴られていた。その下には主治医の言葉と称して、半笑いの八意永琳の写真と共に天才過ぎて誰もついて来られない意味不明な文章が掲載されていたが、恐ろしくてとてもそこまでは読めなかった。
「……あのカラスめ!」
文々。新聞の号外を左手だけで苦労してくしゃくしゃに握りつぶすと、パチュリーは疲れきった表情でベッドに沈み込んだ。
「辛そうね」
アリスが勝手にその辺の椅子を引きずってきて腰を落ち着けるのを気にも留めず、パチュリーは目を瞑る。
「……ええ、辛いわ。咲夜が本を読ませてくれないし、紅茶を飲んでも美味しいと思えないの。それに、骨折って痛いのね。肉体の苦痛なんて本当に久しぶりだから、忘れてしまっていたわ。あまりに痛くて、私、あのコソドロの前で泣いてしまったのよ。……屈辱だわ。七曜を統べるこの私が、取るに足らない小娘みたいに……。笑いたければ笑いなさい」
「別に笑わないわ。今日はお見舞いに来たんだもの」
「お見舞い?」
パチュリーが目を開けると、アリスは人形たちに持たせていた品々をベッドの周りに小奇麗に並べ終えたところだった。
「何よ、これ」
「何って、皆からのお見舞いの品よ。この果物はさとりから。地熱と人工太陽を利用して栽培したヘルズ・フルーツ盛り合わせだって。あいつも手広くやっているのね。こっちは……やだこれお酒じゃない。萃香ね。酒は百薬の長とでも言いたいのかしら。これは霊夢から。身体平癒のお守り。まあ、博麗神社のだから、ご利益があるかは怪しいところね。この花束は天子。ぷっ、『ぱちゅりー・のーれっじ様江』 だって。天人ってこういう作法に弱いのかしら。それから……」
椅子に座ったままアレコレ説明するアリスを、パチュリーは何ともいえない表情で眺めていた。
「驚いたわ」
「ん?」
「ずいぶんと物好きが多いのね」
アリスは堪らず噴出し、背中を丸めておかしそうに笑う。
「……何よ」
「ご、ごめんごめん。あんたは、あんたが思っているよりずっと慕われているのよ。妖怪の賢者ほど恐ろしくもなければ、人間の賢者ほど面倒くさくもない。そのくせ請われれば惜しげもなく英知を授ける『知識の魔女』さん? あんた変わったわ。前よりずっととっ付きやすい。少なくても、あんたにちょっとでも関わったことがある奴は、皆そう思っているわ。外を出歩くようになったのが効いているのかもね」
「ふん……。ただの気まぐれよ」
照れているのか、ルームキャップを深く被りなおし、寝返りを打ってそっぽを向いてしまう。
「本当は皆、お見舞いに来たがっていたけどね。あんたは騒々しいのが苦手だって知っているから、私にお見舞いの品を託したのよ。打ち合わせたわけでもないのに、律儀よねぇ。……で、これが私からのお見舞い」
椅子から腰を浮かし、そっぽを向いたままのパチュリーの顔の前に、アリスは自分で持っていた小さな何かをぽとりと落とす。
「……なに、これ?」
「んふふ、かわいいでしょ」
それは、アリスが普段連れているものより、一回り小さな人形だった。紫がかった艶やかな髪。柔らかなルームキャップ。たっぷりとした白いローブ。きらきらしたビーズの目から刺繍の涙を一滴垂らし、右手にかわいらしいギブスをつけた、愛くるしい飾り人形。
「傷病のパチュリー人形てところかしら。半日で作ったわりには、我ながら良くできたと思うわ」
「嫌味な奴」
「あら、七色の人形使い謹製の寄り代よ。あんたの身代わりを、立派に果たしてくれるわ。枕元にでも置いておきなさい。鬱屈して澱んだ悪い空気を肩代わりしてくれるから。最低でも博麗神社のお守り以上の効果を保障するわ」
パチュリーはふんと鼻を鳴らし、人形をサイドテーブルの上、水差しの隣に置く。ちゃんと顔が見えるような位置に調整しているのを見て、アリスはこっそり微笑んだ。
それから二人は、お見舞いの果物の中からリンゴを見つけ出し、適当に切って食べた。ヘルズ・フルーツという恐ろしげな呼称とは似つかわしくないシャクシャクとした歯ざわりと甘酸っぱい味に、魔女たちは満足する。
「そういえば、魔理沙だけど」
ネズミのように頬いっぱいにリンゴの果肉を詰め込みながら、パチュリーは何でもないことのように尋ねる。
「私の腕を折ってくれた張本人の、あの馬鹿こそ、どうしてお見舞いに来ないのかしら」
「………」
「どうしたの?」
リンゴに噛り付いたまま一瞬固まったアリスに、パチュリーは小首を傾げる。
「怒ってないの」
「誰が?」
「あんたが」
「何で?」
「何でって。腕、折られたんでしょ?」
「それはそうだけど。別にそこまで目くじらを立てるようなことではないでしょ。わざとやったのならともかく事故みたいなものなんだし、スペルカードルールとはいえ決闘をする以上、この程度の怪我なら当然のリスクとして織り込むべきよ。それに、忌々しいけど、被弾したからって気を抜いた私にも、非はあるわ」
「ふぅむ」
アリスは唸る。正直、パチュリーの言う通りだと思う。しかし、アリスの聞いていた情報とは食い違いが生じていた。
「パチュリー。私は、あんたが激怒の末に、魔理沙に絶縁状を叩き付けたと聞いているわ」
「はぁ?」
パチュリーは、彼女にしては大げさなほど顔をしかめて、アリスに聞き返した。
「誰が、そんなこと?」
黙ってアリスが指差したのは、丸めて床に捨てられていた文々。新聞だった。
「あのカラス……」
パチュリーの可憐なこめかみで、血管がぴくぴく動く。
「よくもまあ、そんな出鱈目を」
「出鱈目ではありませんわ」
二人の魔女は、音も気配も伴わずに出現したメイドを、当然のように受け入れる。
「あら、咲夜。こんにちは」
「こんにちは、アリス。紅茶はいかが?」
「いただくわ」
タネのない手品で、瞬きが終わる頃には、アリスの前には熱い紅茶とクッキーが用意されていた。
「どういうことかしら」
不機嫌そうに、パチュリーは咲夜に問う。サイドテーブルにはパチュリーの分の紅茶も用意されていたが、手をつける気にはなれなかった。
「どう、とは?」
「とぼけないで。私は魔理沙と絶交なんてした覚えはないわよ」
「もちろん。パチュリー様に代わって、私がきちんと絶縁いたしましたわ。あの場にはパチュリー様もおられましたよ。意識はなかったようですが」
なるほど、そういうことか。紅茶を啜りながら、アリスは一人で納得する。パチュリーは、額に掌を当て、ため息をつく。
「余計なことをしてくれたわね」
「余計? まさか。必要な措置ですわ」
「取り消しなさい。あんなコソドロでも、中々に面白いところがあるわ。あれは私の友人よ」
「お断りします。私は私の家族を傷つける存在を許容できません」
「あれは――」
「不幸な事故でも、どんな理由があろうとも、あなたはひどく傷ついたのです、パチュリー様。私は、魔理沙を許しません」
「っ!」
反射的に、ギブスで固定されていない方の手を振り上げた。急激な動きで折れた腕にぴりっと痛みが走る。そんなパチュリーを咲夜は真っ直ぐに見つめる。
「お止め下さい。傷にさわります。叩きたいのなら、完治してから存分にお叩きなさい」
パチュリーは手を下ろす。咲夜は小さくお辞儀をした。
「申し訳ございません、パチュリー様。お嬢様はこの件について、私に任せるとおっしゃいましたわ。だから、好きにやらせて頂きます。たとえ、パチュリー様のご希望に添えなかったとしても――」
「いい、下がりなさい」
一礼をして、十六夜咲夜は掻き消えた。パチュリーは疲れきった表情で、ベッドに深く沈みこんだ。
「重たいわねぇ、あんたの家族」
「過保護なのは、レミィやフランに対してだけにして欲しいわ。まったく」
暢気にぽりぽりクッキーを食べるアリスは、パチュリーは睨まれても顔色一つ変えない。
「まあ、分からなくもないわね。私たち魔法使いは、脆弱さにおいては人間と変わらない。転んで頭を打つくらいでも死に繋がり得る。一方で殺しても死なない吸血鬼なんて化け物を主と仰ぎ見ていれば、その落差からどうしても過保護に……」
「レミィを悪く言わないで」
「これは失礼」
ぺろりと舌を出し、アリスは紅茶で唇を湿らせる。
「で、どうするの?」
「何を?」
「魔理沙のこと。実は、ここに来る前に魔理沙の家にも寄ってきたのよ。だけど、幾ら呼んでも出てこなかった。魔力の気配はあるから間違いなく家にはいるのにね。咲夜は、よほど酷く魔理沙をやっつけたみたい。あの無神経の権化のような魔理沙を、引きこもらせるなんて」
「魔理沙が無神経? あなたは、もう少し人を見る目を養った方が良いわね」
「む?」
「あの子は繊細よ。ガラス細工みたいにね。ただゴキブリ並みにしぶといから、そうは見えないだけ。そもそも、人間ってそういうものじゃないかしら。あなたも少し前まで人間だったはずなのに、もう忘れてしまったの?」
「……忘れたわ。そんな昔の話は」
「ふふふ。あなたも咲夜も、もしかしたらレミィですら、霧雨魔理沙という人間を過小に評価しているかもしれない。人間的な強さで言えば、あの博麗霊夢よりも上なのに。まあ、いずれにしても私は怪我人だもの。大人しくしている。こんなちっぽけな異変でも、あれが勝手に解決するでしょう」
パチュリーは疲れきった顔に面白そうな笑みを浮かべ、それから静かに目を閉じた。
「………」
「パチュリー?」
「……すぅ」
寝てる。
アリスは呆れたように鼻から息を吐き、それから少し微笑んだ。怪我のせいか、この無愛想な魔女の口から、普段なら聞けないような言葉を聞いた。それだけでも、今日の収穫だ。でも――。
こんな偏屈な魔女にそこまで気に入られるなんて、ちょっと妬ましいわよ、魔理沙。
地獄の橋姫よろしく、小さな嫉妬を楽しみながら、アリスは静かにパチュリー寝室を後にした。
濡れそぼった服を脱ぎ捨て、熱い風呂に漬かった。上がると、手早く身体を拭き、ドロワースを履き、キャミソールを着る。最後に真新しいエプロンドレスに袖を通し、窓辺に干していたトンガリ帽子を被った。
「よし」
鏡を覗き、霧雨魔理沙は笑う。酷い顔だ。一睡もしていないためクマができている。疲労が色濃く出ている。濡れた服を着続けたせいで風邪でも引いたのか、身体の芯が妙に熱い。
だけどそんなことは関係ない。一晩中考え抜き、たどり着いた。パチュリーの嗚咽、咲夜の言葉は相変わらず魔理沙の中心に突き刺さってはいたが、今の魔理沙にできるたったひとつのことがある。
「パチュリーに謝らないと」
簡単なことだった。友人の腕をへし折っておいて、魔理沙はまだ詫びのひとつも入れていない。
咲夜には二度と来るなと言われている。図書館に棲む魍魎共には完全に外敵認定されている。それがどうした。
これは、魔理沙とパチュリーの問題だ。他の奴はすっこんでいろ。痛快なまでの短絡思考。思慮の薄さ。だがこれこそが、霧雨魔理沙の強みでもあった。
ふらつく足腰を叱咤し、愛用の箒を引っ掴み、不敵な笑顔で魔理沙は玄関の扉を開け放つ。
「あ、魔理沙さん。紅魔館の皆さんに絶縁されたそうですが、今のお気持ちを、」
「ずえぃ!」
「うわらばっ!」
報道規制と行き過ぎた取材への粛清を兼ねた延髄斬りをクリティルヒットで頂戴し、パパラッチ・文はひっくり返って気絶した。
パンツ丸出しで五体投地に勤しむ文をその場に残し、魔理沙は箒に跨り、いつも以上の力強さで飛翔する。
魔法の森の枝々の間を縫い、一目散に天を目指す。
蒼穹。
突き抜けた先は、雲ひとつない幻想郷の大空だった。迸る陽光に目を細めることもなく、魔理沙は軽快に首尾を切り、真っ直ぐに紅い城を目指した。
紅美鈴は烈火のごとく怒り狂った。昨日の今日に、性懲りもなく姿を見せたあまりにも厚顔無恥な魔法使いに、本気の殺意が湧いていた。
「………」
怒りのあまり言葉を忘れた美鈴の前に、魔理沙は軽やかに降り立つ。その拍子に少しだけずれた帽子を片手で直し、いつものように笑った。
「よう、美鈴。通るぜ」
「……通すと、思うのか?」
「大事な用があるんだ。通してもらうぜ」
意図せずして高まった闘気に、炎のような赤毛が重力を無視して逆立つ。
「自分が、何をしたか。忘れたと?」
「忘れるか。忘れられるか。大事な用というのがそれだ。今日は侘びを入れに来たんだ。パチェに会わせろ」
「なら、そこで勝手に土下座でも何でもしていて下さい。下種の臭いが移ると厄介ですから、それ以上近づくことは許しません」
「そうはいかん。謝罪ってのは面と向かって本人にするものだぜ」
「あなたの都合なんて知りませんわ。とにかくそこから一歩でも近づけば、もう私は、一切の遠慮を忘れます」
「忠告してくれるのか。相変わらず、おまえは優しい奴だ」
「………」
「でも、今日ばかりは、私も退くわけにはいかんのでな」
少しばかり風が強かった。魔理沙は片手で帽子を押さえながら、無警戒に、あまりにも無遠慮に一歩を踏み出した。
間髪いれずに、魔理沙の側頭部を、美鈴は全力で蹴り飛ばした。
空中に帽子だけを残し、魔理沙は吹き飛んだ。地面を水切りの石のように二度、三度と跳ね、物のように激しく転がって、ようやく止まった。
殺すつもりはなかったが、死ぬかもしれない強さで蹴った。どう転んでもいい。侵入者の末路など、美鈴の与り知るところではない。
だけど、それでも。
「……警告はしたでしょうに。馬鹿な奴」
残心を解き、美鈴は苦々しく呟いた。脚に強く残る、魔理沙を蹴り抜く感触。魔理沙に事を構える気がないのは、相対して一秒で気が付いていた。そんなものは手加減の理由にはなりはしないが、抗う気がない無抵抗な相手を打ちのめすのは、なんて後味が悪いのだろう。
形容できない空しさと胸の痛みを抱えて振り返ると、額を鮮血で染めた魔理沙が、箒を頼りによろよろと立ち上がるところだった。
意表を突かれた美鈴を尻目に、箒に体重を預けながらも、魔理沙は不敵に笑う。
「へ、へ、へ。すごい蹴りじゃないか、美鈴。いつもそんな調子なら、弾幕ごっこでもそうそう遅れを取りはしまい」
「……動けるなんて。少し、手加減が過ぎたようね」
「いや、効いてる。景色はぐるぐる回っているし、頭が燃えるように熱い。それに、耳もよく聞こえん。今にもぶっ倒れちまいそうだ。だけど、あいにく、魔理沙さんは頑丈なのが取り柄なんだ」
目元まで垂れた血を袖口でぐいと拭い取り、魔理沙は真っ直ぐに前を見据え、美鈴のその先を強く睨む。
「通してもらうぜ、美鈴」
「……っ!」
魔理沙の言葉が終わるか終わらないかの際に、一瞬で距離を詰めた美鈴の崩拳が、魔理沙の鳩尾に深く深く埋まっていた。
衝撃のあまり小柄な身体はふわりと浮き、再び足が地に着くとそのまま崩れ落ち、両手で腹を抱いて痙攣する。
感覚の上限を超えた痛みに目の前が真っ白になっていた。息が出来ない。苦しい。空気を求めて口を開けると、意思とは無関係に魔理沙は吐いた。
そんな魔理沙のわき腹を、美鈴は冷徹に蹴り飛ばす。ボロクズのように魔理沙は固い地面を滑り、止まった先で血反吐を撒き散らした。自分のものではないような呻き声が勝手に漏れた。ボロボロ零れた涙が、頭の血と混じり合って地面に落ちた。
耐え難い苦痛でのた打ち回る魔理沙に、美鈴は歩み寄る。冷え切った眼差しで見下ろす。
「そのまま寝ていなさい、魔理沙。立たなければ、これ以上は傷つけません」
ボロボロになった魔理沙の手が、近くに転がっていた箒を掴む。弱々しく地面につき、身体を起こそうとする
「魔理沙!」
「そういうわけには、いかないぜ」
「これ以上は本当に死ぬわよ。私は、あなたの死を厭わない」
「私は死なん。霧雨魔理沙ともあろう者が、ケジメのひとつもつけずに死ねるものか」
「ふざけるな!」
ひどく焦った声で、美鈴は吼えた。箒を蹴り飛ばし、倒れた魔理沙を靴の踵で踏みつける。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
無様に乱れた呼気が自分のものであることに、美鈴は愕然とした。足元には、ぴくりとも動かない魔理沙の身体が横たわっていた。酷い寒気が足元から這い登り、美鈴の全身を震わせた。拳を握り、唇を噛む。
足元を引っ張られる感覚に思わず目を見開くと、血と泥で汚れた小さな魔理沙の手が、真っ赤な手形を残しながら、美鈴の脚にすがり付いたところだった。
「め、いりん。たのむ……」
血染めの髪の隙間から覗く真っ直ぐな眼差し。
「通してくれ」
「ああああああぁぁぁぁぁっ――!」
絶叫。魔理沙の手を振り払い、美鈴は真上に跳躍した。高く高く高く昇る。そして、墜ちる。
しなやかな身体を伸ばし、獲物に迫る猛禽のような速度で降下する。美鈴は、力なく横たわる魔理沙のすぐ側の地面に、頭から墜落した。
地震のような衝撃に、魔理沙が苦労して顔を上げると、脳天から大量に出血した美鈴が勢い良く立ち上がるところだった。
「め……」
「だぁぁぁぁぁぁ!」
炸裂する気合とともに、美鈴は固めた拳を自分の顔に繰り返し叩き込む。鈍い音。飛び散る血潮。唖然とする魔理沙をよそに、美鈴は突然全速力で走り出し、全くスピードを落とさぬまま、紅魔館の城壁に激突した。
固い石造りの城壁が何かの冗談のようにひしゃげ、一部が瓦礫となって崩落する。もうもうと巻き上がる土煙。その中から、美鈴はふらふらと歩みだし、ようやく身を起こしたばかりの魔理沙の前でぐしゃっと倒れた。
「はあはあはあ、ぐ、げほ。ぐふがはげはぐほっ。オエッ」
「美鈴、おまえ?」
「う、ぐ。いてて。……何見てんですか? 通りなさい。通ればいいでしょ。通りたいって言ってたじゃない。ご覧のとおり、お前にやられて私はボロボロです。満身創痍です。げほっ。もう指一本動かせません」
魔理沙は目を丸くし、それから猫の子のように笑って見せた。
「は、はは。おまえ、さてはツンデレだな」
「やかましい。誰がツンデレか。……私だって拳法家の端くれです。無抵抗な者を、これ以上叩けるか」
「損な性格だな。今時流行らないぜ、そういうのは」
「余計なお世話ですよ」
「ま、私にとっては、ありがたい」
魔理沙は、痛みに顔をしかめながら立ち上がり、半分以上塞がった目できょろきょろ周囲を見渡し、思いのほか近くに落ちていた帽子と箒を、苦労して拾い上げた。
そんな魔理沙を大の字になったまま眺め、美鈴は掠れ果てた声で告げる。
「分かっていると思いますけど、もしおまえがこれ以上パチュリー様を傷つけるような真似をすれば、それは私の責任です。そんなことになれば、私は死ぬでしょう。ただ、その前におまえを殺す」
「おお殺せ。そうなれば、好きに殺すがいい。昨日のあれは私のミスだ。大ポカだ。あんなことはもう二度と……」
「言葉はいい。行動で示せ」
「心得たぜ」
箒を杖代わりに、館に向かって歩き出す。魔理沙。その背中に、美鈴は囁く。
「こ、これは独り言だけど、パチュリー様と、仲直りできたら良いですね」
「おまえは最低の門番だよ。だけど私は、おまえが好きだぜ。ありがとよ」
それきり魔理沙は振り返らなかった。よたよたと遠ざかっていく足音が小さくなり、やがて聞こえなくなる。
「好き、ねぇ」
あきれ果てた声で、美鈴は呟く。無抵抗をいいことに、好き放題嬲り尽くした相手に対して、どうしてそんな言葉が吐けるのか。
通すつもりなどなかった。殺してもいいと思っていた。だけど、それをするには相手があまりも馬鹿すぎた。馬鹿を極めた馬鹿には、馬鹿馬鹿しすぎてもう指一本触れられなかった。
魔理沙は強かった。何度も相対してきたが、今まで一番強かった。
大の字になたままピクリとも動かず、ひどく透明な目で、美鈴は黙って空を見上げていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
長い長い廊下を歩く。耳鳴りが酷い。自分の呼気が妙にうるさく、それ以外の音が聞こえない。目も塞がりかけているから、真っ直ぐ進めているのか分からない。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
身体が自由にならない。こんなことは初めてだ。全身の傷やら打ち身やらが熱を持ち、燃えるように熱かった。美鈴の奴にやられ過ぎた。いつぶっ倒れてもおかしくなかった。それでも、歩き続けた。
「はあ、はあ。くそ、何て長い廊下だ」
悪態を吐いた。気を紛らわせていないと、座り込んでしまいそうだった。そして、そうなったら二度と立ち上がれないことを知っていた。血の足跡を残して、ちょっとずつでも進んでいくしかなかった。
「………」
身体が硬直した。唐突に行く手を塞ぐ人影があった。美しく編み上げられた銀髪。一部の隙もなく着こなされた女中用のエプロンドレス。冷たいほどに涼やかな澄んだ眼差し。
十六夜咲夜。
その顔は色が抜け落ちたように表情がなく、何の感情もうかがえない。
『消えなさい』
『二度と顔を見せないで』
投げつけられた言葉が蘇る。それは銀のナイフより鋭く心に刺さったままだった。それでも魔理沙は顔を上げた。こんなことでくじけるわけにはいかなかった。
「――あのさっ」
真っ直ぐに、メイドの冷えた目を見返した。
「私が悪かったんだ。なのにまだごめんも言ってなかったから。もう遅いかもしれないけど、パチュリーにちゃんと謝りたくて。だから、来たんだ。あ、あの、おまえにも悪いことしたと、思ってる。……思ってます。友達だったのに、私だけがそう思ってただけかもしれないけど、もし私を少しでも信頼していてくれていたのなら、それを裏切ることになって。おまえの家族を傷つけちゃって、その……。レミリアも怒っていると思う。もしあいつが、私を殺すように命令して、それでおまえがそこにいるのなら、ちょっとだけ待ってくれ。せめてパチュリーに一言謝らせてくれ……下さい」
必死だった。支離滅裂でひどく無様だったが、魔理沙は必死に自分の心を伝えた。咲夜は彫像のように身じろぎひとつせず、黙って魔理沙の声に耳を傾けていた。やがて言葉が枯れ果て、立ち尽くすばかりとなった魔理沙を、咲夜は黙って見つめた。人形のガラス玉のような涼やかな瞳には何の感情もこもっていない。荒い息を吐き、壁を頼りにどうにか立っている魔理沙を、ただ見つめた。
やがて長い時間が過ぎた。咲夜は小さなため息を吐き、囁くように言った。
「―――」
え?
なんだ。よく聞こえない。美鈴のやつにぶん殴られすぎて、耳が。
咲夜は少し笑った。友達のような笑みだった。
周囲を見渡すわけでもなく、自分が古めかしい扉の前に立っていることに気が付く。身を浸す静謐な空気。数多の紙切れと時間が沈殿した匂い。扉には見覚えがあった。つい昨日もここに来た。パチュリーの寝室の扉だった。
……あれ?
確かに、ここを目指して歩いてはいたが、どうも意識がはっきりしない。記憶の辻褄が合わない気がする。
しかし、考えがまとまるより先に、触ってもいない扉が勝手に開いていく。
「あ……」
招き入れられたわけでもないのに、魔理沙はふらふらと、部屋の中に吸い寄せられた。頭の中がぐちゃぐちゃだった。覚悟は決めてきたはずなのに、いざとなると、それなりに回転が早いと自負している脳みそも、無様に空回りをするばかりだ。
だから、ベッドに横たわり、童話の中の眠り姫のように静かに寝息を立てている友人の前に立っても、魔理沙は言葉を発することも、指一本触れることさえできなかった。
ただ、ぼんやりと見ていた。同性から見ても整ったパチュリーの顔には、ひどくやつれていた。何より、折れた右腕を固定している真っ白なギブスが、魔理沙の目を釘付けにしていた。
もぞもぞと動き、やがてパチュリーは、静かに目を開けた。
「ん……。あら、魔理沙」
「ぱ、パチェ」
寝起きの顔で、パチュリーは魔理沙を流し見た。いつもの半眼を漬物石のように重たくし、パチュリーは辛らつな棘の塊を、その小さな口から吐き出した。
「ようやく来たわね、このグズ」
「え?」
「待ちくたびれたわ。私をこんなにしたあんたが、真っ先にお見舞いに来なくてどうするの」
「わ、悪かった。ちょっと、その、心の準備が」
「心の準備? あんた、そんなタマじゃないでしょ。面白くもない冗談を言わないでくれる」
「う、うん」
「それにしてもあんた、ずいぶんボロボロね。どうしたの?」
「まあ、あれだ。凶暴な番犬に、ちょっとな」
「ふぅん。ま、いいわ。それで、何か言いたいことがあるんじゃない?」
魔理沙は、ひゅうと息を飲み込んだ。意地の悪い魔女そのままに、パチュリーは笑っている。笑いながら、辛抱強く、魔理沙の勇気が湧くのを待っている。
魔理沙は部屋の真ん中に立っていた。背後の扉は開ききっている。扉の向こうには、図書館の大空間が広がっている。無限の本の海原で、たくさんの目が光っている。小悪魔や、大勢の妖精メイド。騒がず、慌てず、不自然なまでの静寂を纏った視線が真っ直ぐに、魔理沙に向けられている。
そんなことにも気づかず、魔理沙はパチュリーと向き合っていた。ぎゅうと拳を握り、無数の視線を背負ったまま、魔理沙は友人に向け、勢いよく頭を下げた。
「ごめん! ごめんね、パチュリー」
言えた。魔理沙の言葉とその表情を、パチュリーだけが受け止めた。ベッドの上で、疲労にまみれた身体で、折れた腕に走るぴりぴりした痛みをものともせずに、パチュリーは安らかに目を瞑った。
魔理沙によってもたらされたものが、しっかりと染み渡ってから、そっと、囁くように言った。
「許すわ。魔理沙」
「……あぁ」
それが限界だった。
蓄積した疲労、寝不足、傷。緊張の糸が切れ、弛緩した魔理沙の精神はそれらを到底受け止め切れなかった。
魔理沙の意識は一発で吹き飛び、漢らしい前のめりダウンでパチュリーの前に崩れ落ちた。
やれやれ、と。パチュリーは嘆息し、片腕で苦労して立ち上がる。ふらつきながらベッドから降り、ボロ雑巾のようになりながらも安らかな寝息を立てている、粗忽で憎めない友人の側にしゃがみ込む。
「ずいぶんと頑張ったようね。そんなになってまで、私との友人関係を諦めなかったことが、私はとっても嬉しいのよ。ありがとうね、魔理沙」
白い指先が血と泥で汚れるのも構わず、パチュリーは魔理沙の頬を撫でた。
それから立ち上がり、倒れた魔理沙を眺めにいつの間にか寝室の前に集まっていた侍従どもを、少しだけ睨む。
「何をやっているの、あんたたち」
『………っ!?』
彼女たちにとっては鬼よりも恐ろしい主人の半眼を向けられ、パニックになって散りかけるも、次の言葉を聞いてぴたりと止まる。
「油を売っている暇があったら、この子をもっとマシなところに寝かせるのを手伝いなさい。あんたたち、まさか怪我人にこんな重労働をさせるつもりじゃないでしょうね」
どうして良いか分からずに、小悪魔や妖精は互いに顔を見合わせる。そんな中、おずおずと近寄っていく妖精の姿があった。いつか、魔理沙に野草の花冠を贈ったことがある小さなメイドだった。
自分達のひとりが主人を手伝い、華奢な魔法使いを抱き起こしたのが契機になり、他のメイド達も一斉に動く。たちまちパチュリーの寝室に積み上がっていた本の山が整理され、お見舞いの品々も一箇所に集められ、場所が作られる。そこに小悪魔が、倉庫の奥で埃を被っていた予備の寝台を運び込むと、あっという間にベッドメイクが済んでしまう。
そうこうしている間に裸に剥かれ、身体を綺麗に拭かれて、パチュリー用の予備の寝巻きに着替えさせられていた魔理沙が、出来上がったばかりの寝台に寝かされる。最後に、暖かな毛布が優しく掛けられた。
ねてるの?
ねてるね。
けがしてたけどだいじょうぶかな。
しんぱい?
だいじょうぶだよ、まりさはつよいもん。
つよいよね。
つよいし、おもしろいよ。
あ、いまねごとをいった。
え、うそ。
きこえなかった。
なんかわらっているよ。
へんなかお。
へんなまりさ。
くすくす。
くすくすくすくす。
「あんたたち、あまり煩くしてはだめよ。魔理沙が起きてしまうわ」
はーい。
はい。
はい。
はぁい。
……。
………。
くすくす。
しーっ。
魔理沙が眠る寝台の端に、パチュリーは腰をかけていた。左手で、あどけない友人の寝顔にかかった前髪を、優しく払ってやる。そんな二人を囲むように、小悪魔や妖精たちが鈴なりになって集まっている。幼い顔に揃いの笑顔を浮かべ、いつになく穏やかな眼差しの主人と、その風変わりな友人の寝姿を、飽きもせずに眺めている。
魔理沙は痛恨の叫びを上げた。発動させた後で、そのマスパが完全に余計な一手であったことを知った。
直前にけん制のつもりでばら撒いたミルキーウェイに、パチュリーはポコポコ被弾していたのだ。
まさか当たるとは思っていなかったし、当てるつもりもなかった。魔理沙の見立てでは、天の川の多重弾幕は魔女の退路を塞ぐに留まるはずだった。七曜の魔女を相手では、この程度の弾幕に足止め以上の意味など期待できなかったし、用意していた本命の魔砲すら無難に捌くであろうパチュリーの二手、三手先を考えていた。
だから、喘息の発作か、大きく咳き込んだパチュリーが天の川の星型弾を腹にめり込ませ、苦しそうに顔を歪めたことに、魔理沙の頭は真っ白になった。予想外の結末に思考回路はあっさり焼き切れ、反射的にシミュレート通りのスペルを発動させていた。
恋符『マスタースパーク』
「パチェ、避けろ!!」
悲鳴じみた叫び。
長大な空間を挟み、一瞬確かに目が合った。え? という思いがけない不思議そうな表情が、純白の光に照らされる。直後、多重連結した空間魔方陣を砲身代わりにぶちかました超出力の衝撃熱波が、魔女の華奢な身体を飲み込んでいた。
即座に発動中の恋符を強制停止、行き場を失った魔力のオーバーロードで全身の血液が沸騰しそうになりながらも、魔理沙は魔砲の直撃を浴びた友人の行方を目で追う。
弾幕ごっこ用に殺傷力を徹底的に調整されているとはいえ、元々は例のドSが気に入らないものを残らず焼き払うために構成した殺戮用の大魔法。
直撃の衝撃は尋常ではなく、パチュリーは壊れた人形のように吹き飛び、背高のっぽの書架にぶつかり、たくさんの蔵書と共にどさっと落ちた。
受身を取った様子はなかった。
「やばい……」
顔を強ばらせ、魔理沙は隼のような速度でパチュリーの元へと飛ぶ。たどり着くより早く、床に折り重なった本の山が崩れ、下からパチュリーがよろよろと身を起こした。
「……く、げほっ、やってくれるじゃない」
咳き込みながらも、いつものような不機嫌な声を出すパチュリーに、魔理沙は少しほっとする。
「よかった。パチュリー、無事だったか」
「無事じゃ、ごほごほっ、ないわよ」
「しゃべれるようなら、それは無事だぜ。死人に口無しとならなくて良かった」
立ち上がるのを助けるために差し出された魔理沙の手が掴まれることはなかった。
「パチェ?」
問いかけた言葉がしぼむ。パチュリーは顔を上げない。返事もしない。三日月の飾りがついた柔らかなルームキャップはどこかにいってしまっている。リボンで結わえた髪は解け、細く、長い髪が脂汗で頬に張り付いている。
その眠たげな瞳は固く瞑られ、短く、荒い呼吸を壊れたように繰り返している。目尻から零れた涙が汗に混じり、上気して赤くなった頬に広がっていく。
「うっ……い、いたい」
ぺたんと尻をつき、全身を小刻みに震わせながら、パチュリーは泣いていた。左手で、魔砲の衝撃波でボロボロになったローブからのぞくむき出しの右腕を、固く抱いている。
その右腕は、手首の少し下辺りで変な風に曲がり、青紫に大きく腫れ上がっている。
「いたい、いたいよぅ」
魔理沙は息を飲んだ。
折れてる。
肉体の脆弱さでは人間と大差のない魔女にとって、骨折は洒落や冗談で済むような怪我ではない。
「ち、ちょっと待って、すぐ手当を」
何かがぶつかった。よろめいた魔理沙が顔を上げると、もうそこに傷ついた魔女はいなかった。視界の奥で、さっきまで閉まっていたはずの扉が半開きになっていることに気づき、魔理沙はもたもたと近寄る。
「パ、パチュリー……?」
扉を開け、中を覗く。
そこはパチュリーの寝室だった。雑多に積み上がった蔵書の向こうに、上質な拵えのベッドが見える。そこには苦しげに目を閉じて横たわる部屋の主と、よく知るメイドの後姿があった。
「咲夜、か? 良かった。呼びに行こうと思っていたんだ。パチュリーが怪我をしたんだ。手当を……」
「もう済みました」
なるほど、パチュリーの折れた右腕には添え木が当てられ、包帯できつく固定されていた。今は痛みで気絶したパチュリーの頬を冷たいタオルで拭ってやっている。
止まった時間の中で応急処置を終えたのだろう。魔理沙は息を吐き、脱力した。
「さすが咲夜だ。助かったぜ。パチュリーの怪我は……」
弛緩した笑みを浮かべ、二人に歩みかけた魔理沙の足元に、音もなくナイフが突き立った。
「近づかないで」
研ぎ澄まされたナイフより、固く、冷たく、尖った声だった。魔理沙は思わず息を飲み、硬直した。
少しだけ振り返った十六夜咲夜の横顔は、初めて会った頃よりもなお鋭く、害虫を見るような昏い目で魔理沙のことを見ていた。
「よくそんな平然としていられるわね。パチュリー様をこんなにしておいて。これだから子供は嫌なのよ」
「な、なんだよ」
「一部始終を見ていた妖精に聞いたわ。勝負がついているのに、追い討ちを仕掛けたんですってね。最低。筋の通った奴だと思っていたけど、認識を改めるわ。消えなさい。二度と顔を見せないで」
「っ!」
言葉はどんな弾幕よりも巧みに心を貫いた。声が出ない。身体の奥が、不愉快に熱い。
咲夜との仲は悪くないと思っていた。料理の指南を請えば快く応じてくれたし、図書館で本を読んでいるうちに眠ってしまったときは毛布だってかけてくれた。人里で会えば下らない話に花を咲かせるのが常だったし、何かの用事で遅くなったときは家に泊まっていくことすらあった。
だけど、そんなものは帳消しだ。最低なことをしでかした魔理沙は、咲夜にとって床の埃より下らない存在へと成り下がった。
「………」
何も言えないでいる魔理沙を、咲夜はもう見ようともしなかった。汗で張り付いたパチュリーの髪を梳いてやりながら、心から面倒くさそうに言葉をぶつける。
「消えなさいと言ったわ。これは友人だったあなたへの、最後の忠告でもあるのよ。パチュリー様をこんなにされて黙っていられるほど、ここの子たちは淡白じゃないわ。馬鹿なことはするなとは一応言ってあるけど、私はその命令に念を押すつもりはない」
振り返る。開け放たれた扉の向こう。整然と本棚が林立する図書館のそこかしこに、爛々と輝く目が見える。
パチュリーの侍従である小悪魔や、図書館の司書代わりにあてがわれている妖精たち。主人を痛めつけられた彼女たちは、憎しみを通り越した無機質な視線を真っ直ぐに魔理沙に向けていた。
本の場所を尋ねれば、笑顔で教えてくれる連中だった。気まぐれで与えた飴を喜び、野草で編んだ花冠をくれるような子もいた。そういう奴らに明確な殺意を向けられ、魔理沙の心は捩れた。
震えるような息を吐いた。
「……さ、早くしなさい。騒ぎを聞きつけたお嬢様が、あなたを殺せと命令なさる前にね」
そっけなく言ったその言葉が、咲夜に残った最後の優しさだった。魔理沙はとんがり帽子を深く被りなおし、ペコリと頭を下げてから踵を返した。足早に歩き、床に落ちていた箒を拾うと、唇を噛みながら跨った。
周囲から浴びせられる殺気混じりの視線。いっそコイツらに八つ裂きにされれば、パチュリーや咲夜は許してくれるのかな。それは最悪に卑怯な想像だった。魔理沙は頭を振ってそのいじけた考えを追い出すと、彗星のような速度で紅魔館を飛び出していった。
ばぁんと楽しげに扉が開け放たれた。
「さぁ! 誰のどこを改造してほしいって!」
八意永琳のどたまに、どっかりとナイフが突き立つ。
「……すごく痛いわ。ただの蓬莱ジョークじゃない」
「咲夜、そのキチガイを早く追い払って」
ベッドに横たわり、額に脂汗を浮かべたまま、パチュリーは苦々しくメイドに告げる。
「そういうわけには参りませんわ、パチュリー様。私が施したのはあくまで応急措置。ちゃんとしたお医者様に診てもらわないと」
「そいつ、ちゃんとしてるの?」
ナイフを頭に突き刺したまま、永琳は優雅な仕草で腕を組む。
「ご挨拶ね。この八意永琳より優れた医術者など、幻想郷はおろか、月の都を探したって見つかりませんわ。ちゃんとあなたのご希望通り、おっぱいをミサイルに改造して差し上げます。……あら、なんという小型弾頭。これじゃあ私の腕をもってしても、殺傷力は望めませんわね」
頭に二本目のナイフが追加されたところで、永琳はようやくまじめな顔でパチュリーの前に立った。
「ふぅん。応急措置とは言っても、ちゃんとできているじゃない。感心感心。うちの馬鹿弟子に見習わせたいくらいだわ。ちょっと触るわよ。痛いだろうけど我慢して」
ぎゅっと目を瞑り、身を固くするパチュリー。少しでも紛らわせようと、咲夜はパチュリーの肩に優しく手を置いた。
「っ!」
「……ふんふん。なるほど、ボッキリいってるわね。とっても痛そう。でも悪い折れ方じゃないし、手術の必要はないでしょ。後遺症の心配もなさそうね。きつく固定しておくから、しばらく安静にしていなさい。変な風に力がかかるのも良くないから、本なんか読むんじゃないわよ。痛み止めを処方しておくわ。朝夕食後に飲ませること。リハビリができるようになったら、また相談しなさい」
さすがは腐っても月の頭脳。柔らかくも精緻な手さばきであっという間にパチュリーの右腕をギブスで固定すると、永琳はよいしょと立ち上がった。
「永琳、感謝するわ」
ほっとしたように表情を緩めた咲夜に、永琳は穏やかに微笑む。
「良いってことよ。その代わり、あなたが分離変形できる身体になりたいと思ったときは、必ず私に相談してね。必ずよ」
「……何があんたを駆り立てるのよ」
「はっはっは、ではサバラ」
騒々しく、永琳は帰っていった。最後まで頭にナイフを刺したままであった。天才とアレは表裏一体であることを、改めて咲夜は思い知った。
正規の治療を受けて安心したのか、骨折のダメージで心身ともに消耗しきっていたパチュリーは薬を飲むまでもなく、落ちるように眠りについた。咲夜はパチュリーの額の汗を冷たいタオルで拭ってから、燭台の灯を消して静かに魔女の寝室を後にする。
「済んだか、咲夜」
「お嬢様」
スカートを広げ、瀟洒なお辞儀をするメイドを、レミリア・スカーレットは不満そうな顔で軽く睨んだ。
「ね、どうして私は入っちゃだめなの? 私もパチェのお見舞いしたい」
大図書館の一角、魔女が書き物をする卓に、吸血鬼はお行儀悪く腰掛けていた。そこから飛び降り、従者のスカートの裾を掴む。
パチュリー負傷の知らせは、もちろん真っ先に親友であるレミリアの耳に入った。すぐに駆けつけようとした吸血鬼との面会を、しかし激痛に喘ぎながらも、パチュリーは拒絶した。
『や。絶対ダメ。咲夜、お願い、レミィをここには入れないで』
完全性上肢骨折のショックで意識を朦朧とさせながら、メイドにすがり付いて魔女が言った言葉をそのまま伝えると、幼児式ワガママ術免許皆伝のレミリアも、奇声を発しながら怪我人の部屋に乱入するのを諦めざるを得なかった。
それがゆえに、このご尊顔である。まなじりを吊り上げ、頬を力いっぱい膨らませているレミリアを、そう望んでいると分かったので、忠実な咲夜はそっと抱き上げた。
「たぶんですけど、パチュリー様は親友であるお嬢様に、弱りきったご自分の姿を見られたくなかったんだと思いますわ」
「そうなの?」
「さあ? 私はただのメイドですから、魔女様の真意は測りかねます。ただ、馴れ合いでない、互いに尊敬し合える真の友には、自分の弱い部分を見られたくないと思うものです」
「……よく分かんない」
「それはお嬢様がお強いからですわ」
「ふふっ」
従者の言葉に満足したのか、レミリアはコロコロと喉を鳴らし、些か乱暴に咲夜に頬ずりをした。
「友、か。咲夜、おまえにとって霧雨魔理沙はそれに値するのかな?」
咲夜は穏やかに微笑む。
「その名は、聞きたくありませんわ」
「くくく、怖い怖い。殺気が駄々漏れだぞ。別にいいじゃないか、怪我くらい。死んだわけじゃあるまいし。あのコソドロを庇いだてるわけではないが、決着後にパチェを撃ったのだって、故意ではなかったと聞いているぞ」
「……次は怪我くらいじゃ済まないかもしれないのです」
「そりゃそうだ。だが、それはおまえだって、美鈴だって、私ですら同じことだ。どんなルールで縛っても、それが決闘というものだ」
「………」
「くくっ、魔理沙が許せないのではないな。パチェの怪我を防げなかった自分自身が許せないのだろう。まあ、いいさ。手癖の悪い魔法使いがどうなろうと私の知ったことではない。あれへの処置はおまえに任せるよ。よれて絡まった運命線がどんな結末を引き寄せるのか、少しは興味がある。せいぜい面白い運命を紡いで見せてくれ」
運命を弄ぶ悪魔は愉快そうに笑うと、漆黒の翼を緩やかに広げ、ふわりと咲夜の腕から飛び立った。その小さな体躯は揺らぎ、霞み、真っ赤な霧となって図書館に沈殿した暗闇の中に解けて消えた。
難解かつ迂遠な主の言葉を何でもないことのように受け止めると、咲夜は虚空に向かって、深々とお辞儀をするのだった。
紅魔館からの帰路のさなかに降り出した雨は、今や嵐の様相を呈していた。吹き荒れる風、打ち付ける雨に家が軋み、その度に天井から埃がパラパラ落ちた。
びしょ濡れになったエプロンドレスもそのままに、魔理沙はベッドに倒れこんでいた。しばらく洗っていないシーツに水気が移るのにも構わず、止まったままの思考の中に沈む。
今は魔法使いの霧雨魔理沙も、名うての妖怪ハンターである霧雨魔理沙も留守だった。下手を打って友達に大怪我をさせ、別の友達に手痛い絶交を食らった無力な十四の小娘がいるばかりだった。
心が腐っている。考えがまとまらない。濡れた服を着替えるための元気すら湧かず、壊れた映写機のように、ダメになった脳みそが何度も何度も思い出す。
見開かれた鳶色の瞳。迸る純白の光と、熱。倒れ伏した友達。すすり泣く声。無残に腫れ上がり、折れ曲がった右腕。
唇を噛む。あるいは普段の自分なら、咄嗟に恋符の軌道を逸らすことくらい、出来たはずだ。
最近は七曜の魔女相手に負けが込んでいたから、必要以上に熱くなっていた。新しく構築したばかりの魔導理論の維持に手一杯だったこともある。余裕をすっかり失っていた自分は、瞬きひとつ反応が遅れた。だけどその一瞬で、何もかもが手遅れになっていた。
言い訳だ。
何もかもがひどく醜い言い訳だ。
どうしようもない。
救いようがない。
『近寄らないで』
冷たい声が聞こえる。頭が痛い。
『消えなさい』
友達だった奴の声だった。
堪らず目を瞑る。降ってきた暗闇の中から、たくさんの目がこっちを見ている。大切な人を傷つけられ、恨みと憎しみが溶け混ざった目だった。絶対に許さないと言われた気がした。
大きく口を開け、喘ぐように呼吸をする。
見開いた目で壁の染みを睨み、魔理沙はもう一度、最初から思い出す。
翌日は、すっかり晴れていた。昨夜の嵐など何かの冗談であったかのような青空の下で、アリス・マーガトロイドはふわりと地面に降り立った。
「こんにちは。今日は暑くなりそうねぇ」
肩にかかった金髪をそっと払い、微笑む。周囲に侍らしている人形がいつもより多い。各々がバスケットだの、綺麗にラッピングされた果物の盛り合わせだの、花束だのを抱えている。
そんなアリスを、赤毛の門番は冷ややかに睨む。
「何の用です?」
「お見舞いよ。友人が怪我をしたと聞いてね」
「お引き取りください。当館は立ち入り禁止ですわ」
「あら、昨日までは万人に広く開かれた館だったと思ったけど?」
「誤解があったようですね。ここは偉大な御方が住まう紅い城。招かれざる客が足を踏み入れてよい場所ではないわ。さ、お引取りください」
気の利いた冗談でも聞いたみたいに、アリスはくすくす上品に笑う。
「手痛いポカをやらかした門番が、らしくもない自責の念を感じて、急にやる気を出したってところかしら。三日坊主にならなければ良いのだけれど」
紅美鈴の目が細まる。
「――そうですよ」
一オクターブ低くなった声を絞り出す。
館の住人、パチュリー・ノーレッジが大怪我を負った。美鈴がいつものように通してしまった霧雨魔理沙の手によってだ。
愕然とした。スペルカードルールが定着し、決闘がゲーム化して以来、本当の意味での危険などあり得ないと思っていた。それで門番の仕事を軽く見ていたつもりなどないが、結果的に、取り返しのつかない失態へと繋がった。
「お嬢様は何の罰も与えては下さらなかった。だけど私は、自分が許せない。償いになるなんて思わないけど、もう誰も通しやしないわ」
紅い門の前に立ち塞がる。背水の陣。不退転の決意が、その瞳には宿っていた。
「さ、これが最後です。お引取りください」
「あんた、馬鹿ね」
美鈴の決意を、アリスはあっさり鼻で笑う。
「レミリアが、あんたにその手の期待をしていると思って? あんたの役目は、そうじゃないでしょ。下らない、下らないわ。あまり下らないことをしていると、しまいにはお嬢様に捨てられるわよ」
「――警告はしましたよ」
門番を見もせずに、アリスは背筋を真っ直ぐに伸ばした綺麗な姿勢のまま、前に、
踏み込みで抉れた地面が土煙となって巻き上がると、遠近法の狂った絵画のように、美鈴はアリスの眼前に肉薄していた。
「しぃっっ!!」
長袍の裾が翻る。左掌で顔を覆って視界を塞ぎ、震脚で更なる踏み込み。密着した位置から固めた右拳がアリスの頬をぶち抜いた。
「………」
ように見えた。実際には美鈴の拳は、アリスの頬に触れるか触れないかの位置で止まっていた。遅れて吹き抜けた風が行き過ぎていく。暴風。美鈴の、アリスの髪がばたばたと乱れ、土埃が舞った。
「避けないのですか?」
「避けるとか避けないとか、意味が分からないわね。私はただ、友達のお見舞いに来ただけだもの。こんなところで野蛮に暴れる理由がない」
「……そうですね」
美鈴は、ゆっくりと引いた。
「パチュリー様への贈り物を台無しにするのは、私としても本意ではありません」
ちらりと、人形たちが大事そうに抱える品々を見やる。
「どうぞ、お通り下さい。パチュリー様のご友人様」
「あら、ありがと。あんたも、もう少し頭が柔っこければ良いのだけれどね」
何でもないことのように、美鈴の脇を通り過ぎていくアリス。すれ違う一瞬、美鈴は帽子を深く被りなおし、人形使いに尋ねた。
「……もし私が拳を止めなかったら、どうするつもりでしたか?」
「今日のあんたは本当に下らないわね。配下の門番が、お客さんと侵入者の区別もつけられないような奴だと思うほど、私は十六夜咲夜を見くびっていない。
でも、もし私の見込み以上にあんたが馬鹿だったら、その首をちょん切ってレミリアのところに持って行っていたでしょうね。そうして、女の子の顔をぶん殴ってくれた部下の非礼を詫びさせていたわ。そんなことにならなくて良かったわね」
ひらひらと手を振り、アリスは館の中に入っていった。美鈴はアリスの後姿が消えるまで見送り、そうして大きなため息をついた。
「ああ、くそ。負けちまった」
拳を交えずして、完膚なきまでの敗北。しかし、不思議と悪い気分ではなかった。
目の前にある扉を、行儀良くノックした。
「パチュリー、起きてる?」
「起きてない。寝ているわ」
「起きているみたいね、入るわよ」
「入ってこないで」
アリスが部屋に入ると、パチュリーはベッドの上から面倒くさそうにアリスを見ていた。
「入ってこないで」
すっかりやつれていた。頬はこけ、髪はパサつき、眠そうな半眼は真っ赤に充血している。力なく枕に体重を預けている。折れた右腕を固定しているギブスの白さが妙に痛々しかった。
「調子は……聞くまでもなく悪そうね。腕、折れているって?」
「誰に聞いたの?」
「幻想郷の住人なら誰だって知っているわ」
アリスが差し出したぺらい紙束。そこには『知識の魔女 再起不能か!?』 という見出しと共に昨日パチュリーの身に降りかかった出来事が、壮大な流言飛語を交えて、詳細に書き綴られていた。その下には主治医の言葉と称して、半笑いの八意永琳の写真と共に天才過ぎて誰もついて来られない意味不明な文章が掲載されていたが、恐ろしくてとてもそこまでは読めなかった。
「……あのカラスめ!」
文々。新聞の号外を左手だけで苦労してくしゃくしゃに握りつぶすと、パチュリーは疲れきった表情でベッドに沈み込んだ。
「辛そうね」
アリスが勝手にその辺の椅子を引きずってきて腰を落ち着けるのを気にも留めず、パチュリーは目を瞑る。
「……ええ、辛いわ。咲夜が本を読ませてくれないし、紅茶を飲んでも美味しいと思えないの。それに、骨折って痛いのね。肉体の苦痛なんて本当に久しぶりだから、忘れてしまっていたわ。あまりに痛くて、私、あのコソドロの前で泣いてしまったのよ。……屈辱だわ。七曜を統べるこの私が、取るに足らない小娘みたいに……。笑いたければ笑いなさい」
「別に笑わないわ。今日はお見舞いに来たんだもの」
「お見舞い?」
パチュリーが目を開けると、アリスは人形たちに持たせていた品々をベッドの周りに小奇麗に並べ終えたところだった。
「何よ、これ」
「何って、皆からのお見舞いの品よ。この果物はさとりから。地熱と人工太陽を利用して栽培したヘルズ・フルーツ盛り合わせだって。あいつも手広くやっているのね。こっちは……やだこれお酒じゃない。萃香ね。酒は百薬の長とでも言いたいのかしら。これは霊夢から。身体平癒のお守り。まあ、博麗神社のだから、ご利益があるかは怪しいところね。この花束は天子。ぷっ、『ぱちゅりー・のーれっじ様江』 だって。天人ってこういう作法に弱いのかしら。それから……」
椅子に座ったままアレコレ説明するアリスを、パチュリーは何ともいえない表情で眺めていた。
「驚いたわ」
「ん?」
「ずいぶんと物好きが多いのね」
アリスは堪らず噴出し、背中を丸めておかしそうに笑う。
「……何よ」
「ご、ごめんごめん。あんたは、あんたが思っているよりずっと慕われているのよ。妖怪の賢者ほど恐ろしくもなければ、人間の賢者ほど面倒くさくもない。そのくせ請われれば惜しげもなく英知を授ける『知識の魔女』さん? あんた変わったわ。前よりずっととっ付きやすい。少なくても、あんたにちょっとでも関わったことがある奴は、皆そう思っているわ。外を出歩くようになったのが効いているのかもね」
「ふん……。ただの気まぐれよ」
照れているのか、ルームキャップを深く被りなおし、寝返りを打ってそっぽを向いてしまう。
「本当は皆、お見舞いに来たがっていたけどね。あんたは騒々しいのが苦手だって知っているから、私にお見舞いの品を託したのよ。打ち合わせたわけでもないのに、律儀よねぇ。……で、これが私からのお見舞い」
椅子から腰を浮かし、そっぽを向いたままのパチュリーの顔の前に、アリスは自分で持っていた小さな何かをぽとりと落とす。
「……なに、これ?」
「んふふ、かわいいでしょ」
それは、アリスが普段連れているものより、一回り小さな人形だった。紫がかった艶やかな髪。柔らかなルームキャップ。たっぷりとした白いローブ。きらきらしたビーズの目から刺繍の涙を一滴垂らし、右手にかわいらしいギブスをつけた、愛くるしい飾り人形。
「傷病のパチュリー人形てところかしら。半日で作ったわりには、我ながら良くできたと思うわ」
「嫌味な奴」
「あら、七色の人形使い謹製の寄り代よ。あんたの身代わりを、立派に果たしてくれるわ。枕元にでも置いておきなさい。鬱屈して澱んだ悪い空気を肩代わりしてくれるから。最低でも博麗神社のお守り以上の効果を保障するわ」
パチュリーはふんと鼻を鳴らし、人形をサイドテーブルの上、水差しの隣に置く。ちゃんと顔が見えるような位置に調整しているのを見て、アリスはこっそり微笑んだ。
それから二人は、お見舞いの果物の中からリンゴを見つけ出し、適当に切って食べた。ヘルズ・フルーツという恐ろしげな呼称とは似つかわしくないシャクシャクとした歯ざわりと甘酸っぱい味に、魔女たちは満足する。
「そういえば、魔理沙だけど」
ネズミのように頬いっぱいにリンゴの果肉を詰め込みながら、パチュリーは何でもないことのように尋ねる。
「私の腕を折ってくれた張本人の、あの馬鹿こそ、どうしてお見舞いに来ないのかしら」
「………」
「どうしたの?」
リンゴに噛り付いたまま一瞬固まったアリスに、パチュリーは小首を傾げる。
「怒ってないの」
「誰が?」
「あんたが」
「何で?」
「何でって。腕、折られたんでしょ?」
「それはそうだけど。別にそこまで目くじらを立てるようなことではないでしょ。わざとやったのならともかく事故みたいなものなんだし、スペルカードルールとはいえ決闘をする以上、この程度の怪我なら当然のリスクとして織り込むべきよ。それに、忌々しいけど、被弾したからって気を抜いた私にも、非はあるわ」
「ふぅむ」
アリスは唸る。正直、パチュリーの言う通りだと思う。しかし、アリスの聞いていた情報とは食い違いが生じていた。
「パチュリー。私は、あんたが激怒の末に、魔理沙に絶縁状を叩き付けたと聞いているわ」
「はぁ?」
パチュリーは、彼女にしては大げさなほど顔をしかめて、アリスに聞き返した。
「誰が、そんなこと?」
黙ってアリスが指差したのは、丸めて床に捨てられていた文々。新聞だった。
「あのカラス……」
パチュリーの可憐なこめかみで、血管がぴくぴく動く。
「よくもまあ、そんな出鱈目を」
「出鱈目ではありませんわ」
二人の魔女は、音も気配も伴わずに出現したメイドを、当然のように受け入れる。
「あら、咲夜。こんにちは」
「こんにちは、アリス。紅茶はいかが?」
「いただくわ」
タネのない手品で、瞬きが終わる頃には、アリスの前には熱い紅茶とクッキーが用意されていた。
「どういうことかしら」
不機嫌そうに、パチュリーは咲夜に問う。サイドテーブルにはパチュリーの分の紅茶も用意されていたが、手をつける気にはなれなかった。
「どう、とは?」
「とぼけないで。私は魔理沙と絶交なんてした覚えはないわよ」
「もちろん。パチュリー様に代わって、私がきちんと絶縁いたしましたわ。あの場にはパチュリー様もおられましたよ。意識はなかったようですが」
なるほど、そういうことか。紅茶を啜りながら、アリスは一人で納得する。パチュリーは、額に掌を当て、ため息をつく。
「余計なことをしてくれたわね」
「余計? まさか。必要な措置ですわ」
「取り消しなさい。あんなコソドロでも、中々に面白いところがあるわ。あれは私の友人よ」
「お断りします。私は私の家族を傷つける存在を許容できません」
「あれは――」
「不幸な事故でも、どんな理由があろうとも、あなたはひどく傷ついたのです、パチュリー様。私は、魔理沙を許しません」
「っ!」
反射的に、ギブスで固定されていない方の手を振り上げた。急激な動きで折れた腕にぴりっと痛みが走る。そんなパチュリーを咲夜は真っ直ぐに見つめる。
「お止め下さい。傷にさわります。叩きたいのなら、完治してから存分にお叩きなさい」
パチュリーは手を下ろす。咲夜は小さくお辞儀をした。
「申し訳ございません、パチュリー様。お嬢様はこの件について、私に任せるとおっしゃいましたわ。だから、好きにやらせて頂きます。たとえ、パチュリー様のご希望に添えなかったとしても――」
「いい、下がりなさい」
一礼をして、十六夜咲夜は掻き消えた。パチュリーは疲れきった表情で、ベッドに深く沈みこんだ。
「重たいわねぇ、あんたの家族」
「過保護なのは、レミィやフランに対してだけにして欲しいわ。まったく」
暢気にぽりぽりクッキーを食べるアリスは、パチュリーは睨まれても顔色一つ変えない。
「まあ、分からなくもないわね。私たち魔法使いは、脆弱さにおいては人間と変わらない。転んで頭を打つくらいでも死に繋がり得る。一方で殺しても死なない吸血鬼なんて化け物を主と仰ぎ見ていれば、その落差からどうしても過保護に……」
「レミィを悪く言わないで」
「これは失礼」
ぺろりと舌を出し、アリスは紅茶で唇を湿らせる。
「で、どうするの?」
「何を?」
「魔理沙のこと。実は、ここに来る前に魔理沙の家にも寄ってきたのよ。だけど、幾ら呼んでも出てこなかった。魔力の気配はあるから間違いなく家にはいるのにね。咲夜は、よほど酷く魔理沙をやっつけたみたい。あの無神経の権化のような魔理沙を、引きこもらせるなんて」
「魔理沙が無神経? あなたは、もう少し人を見る目を養った方が良いわね」
「む?」
「あの子は繊細よ。ガラス細工みたいにね。ただゴキブリ並みにしぶといから、そうは見えないだけ。そもそも、人間ってそういうものじゃないかしら。あなたも少し前まで人間だったはずなのに、もう忘れてしまったの?」
「……忘れたわ。そんな昔の話は」
「ふふふ。あなたも咲夜も、もしかしたらレミィですら、霧雨魔理沙という人間を過小に評価しているかもしれない。人間的な強さで言えば、あの博麗霊夢よりも上なのに。まあ、いずれにしても私は怪我人だもの。大人しくしている。こんなちっぽけな異変でも、あれが勝手に解決するでしょう」
パチュリーは疲れきった顔に面白そうな笑みを浮かべ、それから静かに目を閉じた。
「………」
「パチュリー?」
「……すぅ」
寝てる。
アリスは呆れたように鼻から息を吐き、それから少し微笑んだ。怪我のせいか、この無愛想な魔女の口から、普段なら聞けないような言葉を聞いた。それだけでも、今日の収穫だ。でも――。
こんな偏屈な魔女にそこまで気に入られるなんて、ちょっと妬ましいわよ、魔理沙。
地獄の橋姫よろしく、小さな嫉妬を楽しみながら、アリスは静かにパチュリー寝室を後にした。
濡れそぼった服を脱ぎ捨て、熱い風呂に漬かった。上がると、手早く身体を拭き、ドロワースを履き、キャミソールを着る。最後に真新しいエプロンドレスに袖を通し、窓辺に干していたトンガリ帽子を被った。
「よし」
鏡を覗き、霧雨魔理沙は笑う。酷い顔だ。一睡もしていないためクマができている。疲労が色濃く出ている。濡れた服を着続けたせいで風邪でも引いたのか、身体の芯が妙に熱い。
だけどそんなことは関係ない。一晩中考え抜き、たどり着いた。パチュリーの嗚咽、咲夜の言葉は相変わらず魔理沙の中心に突き刺さってはいたが、今の魔理沙にできるたったひとつのことがある。
「パチュリーに謝らないと」
簡単なことだった。友人の腕をへし折っておいて、魔理沙はまだ詫びのひとつも入れていない。
咲夜には二度と来るなと言われている。図書館に棲む魍魎共には完全に外敵認定されている。それがどうした。
これは、魔理沙とパチュリーの問題だ。他の奴はすっこんでいろ。痛快なまでの短絡思考。思慮の薄さ。だがこれこそが、霧雨魔理沙の強みでもあった。
ふらつく足腰を叱咤し、愛用の箒を引っ掴み、不敵な笑顔で魔理沙は玄関の扉を開け放つ。
「あ、魔理沙さん。紅魔館の皆さんに絶縁されたそうですが、今のお気持ちを、」
「ずえぃ!」
「うわらばっ!」
報道規制と行き過ぎた取材への粛清を兼ねた延髄斬りをクリティルヒットで頂戴し、パパラッチ・文はひっくり返って気絶した。
パンツ丸出しで五体投地に勤しむ文をその場に残し、魔理沙は箒に跨り、いつも以上の力強さで飛翔する。
魔法の森の枝々の間を縫い、一目散に天を目指す。
蒼穹。
突き抜けた先は、雲ひとつない幻想郷の大空だった。迸る陽光に目を細めることもなく、魔理沙は軽快に首尾を切り、真っ直ぐに紅い城を目指した。
紅美鈴は烈火のごとく怒り狂った。昨日の今日に、性懲りもなく姿を見せたあまりにも厚顔無恥な魔法使いに、本気の殺意が湧いていた。
「………」
怒りのあまり言葉を忘れた美鈴の前に、魔理沙は軽やかに降り立つ。その拍子に少しだけずれた帽子を片手で直し、いつものように笑った。
「よう、美鈴。通るぜ」
「……通すと、思うのか?」
「大事な用があるんだ。通してもらうぜ」
意図せずして高まった闘気に、炎のような赤毛が重力を無視して逆立つ。
「自分が、何をしたか。忘れたと?」
「忘れるか。忘れられるか。大事な用というのがそれだ。今日は侘びを入れに来たんだ。パチェに会わせろ」
「なら、そこで勝手に土下座でも何でもしていて下さい。下種の臭いが移ると厄介ですから、それ以上近づくことは許しません」
「そうはいかん。謝罪ってのは面と向かって本人にするものだぜ」
「あなたの都合なんて知りませんわ。とにかくそこから一歩でも近づけば、もう私は、一切の遠慮を忘れます」
「忠告してくれるのか。相変わらず、おまえは優しい奴だ」
「………」
「でも、今日ばかりは、私も退くわけにはいかんのでな」
少しばかり風が強かった。魔理沙は片手で帽子を押さえながら、無警戒に、あまりにも無遠慮に一歩を踏み出した。
間髪いれずに、魔理沙の側頭部を、美鈴は全力で蹴り飛ばした。
空中に帽子だけを残し、魔理沙は吹き飛んだ。地面を水切りの石のように二度、三度と跳ね、物のように激しく転がって、ようやく止まった。
殺すつもりはなかったが、死ぬかもしれない強さで蹴った。どう転んでもいい。侵入者の末路など、美鈴の与り知るところではない。
だけど、それでも。
「……警告はしたでしょうに。馬鹿な奴」
残心を解き、美鈴は苦々しく呟いた。脚に強く残る、魔理沙を蹴り抜く感触。魔理沙に事を構える気がないのは、相対して一秒で気が付いていた。そんなものは手加減の理由にはなりはしないが、抗う気がない無抵抗な相手を打ちのめすのは、なんて後味が悪いのだろう。
形容できない空しさと胸の痛みを抱えて振り返ると、額を鮮血で染めた魔理沙が、箒を頼りによろよろと立ち上がるところだった。
意表を突かれた美鈴を尻目に、箒に体重を預けながらも、魔理沙は不敵に笑う。
「へ、へ、へ。すごい蹴りじゃないか、美鈴。いつもそんな調子なら、弾幕ごっこでもそうそう遅れを取りはしまい」
「……動けるなんて。少し、手加減が過ぎたようね」
「いや、効いてる。景色はぐるぐる回っているし、頭が燃えるように熱い。それに、耳もよく聞こえん。今にもぶっ倒れちまいそうだ。だけど、あいにく、魔理沙さんは頑丈なのが取り柄なんだ」
目元まで垂れた血を袖口でぐいと拭い取り、魔理沙は真っ直ぐに前を見据え、美鈴のその先を強く睨む。
「通してもらうぜ、美鈴」
「……っ!」
魔理沙の言葉が終わるか終わらないかの際に、一瞬で距離を詰めた美鈴の崩拳が、魔理沙の鳩尾に深く深く埋まっていた。
衝撃のあまり小柄な身体はふわりと浮き、再び足が地に着くとそのまま崩れ落ち、両手で腹を抱いて痙攣する。
感覚の上限を超えた痛みに目の前が真っ白になっていた。息が出来ない。苦しい。空気を求めて口を開けると、意思とは無関係に魔理沙は吐いた。
そんな魔理沙のわき腹を、美鈴は冷徹に蹴り飛ばす。ボロクズのように魔理沙は固い地面を滑り、止まった先で血反吐を撒き散らした。自分のものではないような呻き声が勝手に漏れた。ボロボロ零れた涙が、頭の血と混じり合って地面に落ちた。
耐え難い苦痛でのた打ち回る魔理沙に、美鈴は歩み寄る。冷え切った眼差しで見下ろす。
「そのまま寝ていなさい、魔理沙。立たなければ、これ以上は傷つけません」
ボロボロになった魔理沙の手が、近くに転がっていた箒を掴む。弱々しく地面につき、身体を起こそうとする
「魔理沙!」
「そういうわけには、いかないぜ」
「これ以上は本当に死ぬわよ。私は、あなたの死を厭わない」
「私は死なん。霧雨魔理沙ともあろう者が、ケジメのひとつもつけずに死ねるものか」
「ふざけるな!」
ひどく焦った声で、美鈴は吼えた。箒を蹴り飛ばし、倒れた魔理沙を靴の踵で踏みつける。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
無様に乱れた呼気が自分のものであることに、美鈴は愕然とした。足元には、ぴくりとも動かない魔理沙の身体が横たわっていた。酷い寒気が足元から這い登り、美鈴の全身を震わせた。拳を握り、唇を噛む。
足元を引っ張られる感覚に思わず目を見開くと、血と泥で汚れた小さな魔理沙の手が、真っ赤な手形を残しながら、美鈴の脚にすがり付いたところだった。
「め、いりん。たのむ……」
血染めの髪の隙間から覗く真っ直ぐな眼差し。
「通してくれ」
「ああああああぁぁぁぁぁっ――!」
絶叫。魔理沙の手を振り払い、美鈴は真上に跳躍した。高く高く高く昇る。そして、墜ちる。
しなやかな身体を伸ばし、獲物に迫る猛禽のような速度で降下する。美鈴は、力なく横たわる魔理沙のすぐ側の地面に、頭から墜落した。
地震のような衝撃に、魔理沙が苦労して顔を上げると、脳天から大量に出血した美鈴が勢い良く立ち上がるところだった。
「め……」
「だぁぁぁぁぁぁ!」
炸裂する気合とともに、美鈴は固めた拳を自分の顔に繰り返し叩き込む。鈍い音。飛び散る血潮。唖然とする魔理沙をよそに、美鈴は突然全速力で走り出し、全くスピードを落とさぬまま、紅魔館の城壁に激突した。
固い石造りの城壁が何かの冗談のようにひしゃげ、一部が瓦礫となって崩落する。もうもうと巻き上がる土煙。その中から、美鈴はふらふらと歩みだし、ようやく身を起こしたばかりの魔理沙の前でぐしゃっと倒れた。
「はあはあはあ、ぐ、げほ。ぐふがはげはぐほっ。オエッ」
「美鈴、おまえ?」
「う、ぐ。いてて。……何見てんですか? 通りなさい。通ればいいでしょ。通りたいって言ってたじゃない。ご覧のとおり、お前にやられて私はボロボロです。満身創痍です。げほっ。もう指一本動かせません」
魔理沙は目を丸くし、それから猫の子のように笑って見せた。
「は、はは。おまえ、さてはツンデレだな」
「やかましい。誰がツンデレか。……私だって拳法家の端くれです。無抵抗な者を、これ以上叩けるか」
「損な性格だな。今時流行らないぜ、そういうのは」
「余計なお世話ですよ」
「ま、私にとっては、ありがたい」
魔理沙は、痛みに顔をしかめながら立ち上がり、半分以上塞がった目できょろきょろ周囲を見渡し、思いのほか近くに落ちていた帽子と箒を、苦労して拾い上げた。
そんな魔理沙を大の字になったまま眺め、美鈴は掠れ果てた声で告げる。
「分かっていると思いますけど、もしおまえがこれ以上パチュリー様を傷つけるような真似をすれば、それは私の責任です。そんなことになれば、私は死ぬでしょう。ただ、その前におまえを殺す」
「おお殺せ。そうなれば、好きに殺すがいい。昨日のあれは私のミスだ。大ポカだ。あんなことはもう二度と……」
「言葉はいい。行動で示せ」
「心得たぜ」
箒を杖代わりに、館に向かって歩き出す。魔理沙。その背中に、美鈴は囁く。
「こ、これは独り言だけど、パチュリー様と、仲直りできたら良いですね」
「おまえは最低の門番だよ。だけど私は、おまえが好きだぜ。ありがとよ」
それきり魔理沙は振り返らなかった。よたよたと遠ざかっていく足音が小さくなり、やがて聞こえなくなる。
「好き、ねぇ」
あきれ果てた声で、美鈴は呟く。無抵抗をいいことに、好き放題嬲り尽くした相手に対して、どうしてそんな言葉が吐けるのか。
通すつもりなどなかった。殺してもいいと思っていた。だけど、それをするには相手があまりも馬鹿すぎた。馬鹿を極めた馬鹿には、馬鹿馬鹿しすぎてもう指一本触れられなかった。
魔理沙は強かった。何度も相対してきたが、今まで一番強かった。
大の字になたままピクリとも動かず、ひどく透明な目で、美鈴は黙って空を見上げていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
長い長い廊下を歩く。耳鳴りが酷い。自分の呼気が妙にうるさく、それ以外の音が聞こえない。目も塞がりかけているから、真っ直ぐ進めているのか分からない。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
身体が自由にならない。こんなことは初めてだ。全身の傷やら打ち身やらが熱を持ち、燃えるように熱かった。美鈴の奴にやられ過ぎた。いつぶっ倒れてもおかしくなかった。それでも、歩き続けた。
「はあ、はあ。くそ、何て長い廊下だ」
悪態を吐いた。気を紛らわせていないと、座り込んでしまいそうだった。そして、そうなったら二度と立ち上がれないことを知っていた。血の足跡を残して、ちょっとずつでも進んでいくしかなかった。
「………」
身体が硬直した。唐突に行く手を塞ぐ人影があった。美しく編み上げられた銀髪。一部の隙もなく着こなされた女中用のエプロンドレス。冷たいほどに涼やかな澄んだ眼差し。
十六夜咲夜。
その顔は色が抜け落ちたように表情がなく、何の感情もうかがえない。
『消えなさい』
『二度と顔を見せないで』
投げつけられた言葉が蘇る。それは銀のナイフより鋭く心に刺さったままだった。それでも魔理沙は顔を上げた。こんなことでくじけるわけにはいかなかった。
「――あのさっ」
真っ直ぐに、メイドの冷えた目を見返した。
「私が悪かったんだ。なのにまだごめんも言ってなかったから。もう遅いかもしれないけど、パチュリーにちゃんと謝りたくて。だから、来たんだ。あ、あの、おまえにも悪いことしたと、思ってる。……思ってます。友達だったのに、私だけがそう思ってただけかもしれないけど、もし私を少しでも信頼していてくれていたのなら、それを裏切ることになって。おまえの家族を傷つけちゃって、その……。レミリアも怒っていると思う。もしあいつが、私を殺すように命令して、それでおまえがそこにいるのなら、ちょっとだけ待ってくれ。せめてパチュリーに一言謝らせてくれ……下さい」
必死だった。支離滅裂でひどく無様だったが、魔理沙は必死に自分の心を伝えた。咲夜は彫像のように身じろぎひとつせず、黙って魔理沙の声に耳を傾けていた。やがて言葉が枯れ果て、立ち尽くすばかりとなった魔理沙を、咲夜は黙って見つめた。人形のガラス玉のような涼やかな瞳には何の感情もこもっていない。荒い息を吐き、壁を頼りにどうにか立っている魔理沙を、ただ見つめた。
やがて長い時間が過ぎた。咲夜は小さなため息を吐き、囁くように言った。
「―――」
え?
なんだ。よく聞こえない。美鈴のやつにぶん殴られすぎて、耳が。
咲夜は少し笑った。友達のような笑みだった。
周囲を見渡すわけでもなく、自分が古めかしい扉の前に立っていることに気が付く。身を浸す静謐な空気。数多の紙切れと時間が沈殿した匂い。扉には見覚えがあった。つい昨日もここに来た。パチュリーの寝室の扉だった。
……あれ?
確かに、ここを目指して歩いてはいたが、どうも意識がはっきりしない。記憶の辻褄が合わない気がする。
しかし、考えがまとまるより先に、触ってもいない扉が勝手に開いていく。
「あ……」
招き入れられたわけでもないのに、魔理沙はふらふらと、部屋の中に吸い寄せられた。頭の中がぐちゃぐちゃだった。覚悟は決めてきたはずなのに、いざとなると、それなりに回転が早いと自負している脳みそも、無様に空回りをするばかりだ。
だから、ベッドに横たわり、童話の中の眠り姫のように静かに寝息を立てている友人の前に立っても、魔理沙は言葉を発することも、指一本触れることさえできなかった。
ただ、ぼんやりと見ていた。同性から見ても整ったパチュリーの顔には、ひどくやつれていた。何より、折れた右腕を固定している真っ白なギブスが、魔理沙の目を釘付けにしていた。
もぞもぞと動き、やがてパチュリーは、静かに目を開けた。
「ん……。あら、魔理沙」
「ぱ、パチェ」
寝起きの顔で、パチュリーは魔理沙を流し見た。いつもの半眼を漬物石のように重たくし、パチュリーは辛らつな棘の塊を、その小さな口から吐き出した。
「ようやく来たわね、このグズ」
「え?」
「待ちくたびれたわ。私をこんなにしたあんたが、真っ先にお見舞いに来なくてどうするの」
「わ、悪かった。ちょっと、その、心の準備が」
「心の準備? あんた、そんなタマじゃないでしょ。面白くもない冗談を言わないでくれる」
「う、うん」
「それにしてもあんた、ずいぶんボロボロね。どうしたの?」
「まあ、あれだ。凶暴な番犬に、ちょっとな」
「ふぅん。ま、いいわ。それで、何か言いたいことがあるんじゃない?」
魔理沙は、ひゅうと息を飲み込んだ。意地の悪い魔女そのままに、パチュリーは笑っている。笑いながら、辛抱強く、魔理沙の勇気が湧くのを待っている。
魔理沙は部屋の真ん中に立っていた。背後の扉は開ききっている。扉の向こうには、図書館の大空間が広がっている。無限の本の海原で、たくさんの目が光っている。小悪魔や、大勢の妖精メイド。騒がず、慌てず、不自然なまでの静寂を纏った視線が真っ直ぐに、魔理沙に向けられている。
そんなことにも気づかず、魔理沙はパチュリーと向き合っていた。ぎゅうと拳を握り、無数の視線を背負ったまま、魔理沙は友人に向け、勢いよく頭を下げた。
「ごめん! ごめんね、パチュリー」
言えた。魔理沙の言葉とその表情を、パチュリーだけが受け止めた。ベッドの上で、疲労にまみれた身体で、折れた腕に走るぴりぴりした痛みをものともせずに、パチュリーは安らかに目を瞑った。
魔理沙によってもたらされたものが、しっかりと染み渡ってから、そっと、囁くように言った。
「許すわ。魔理沙」
「……あぁ」
それが限界だった。
蓄積した疲労、寝不足、傷。緊張の糸が切れ、弛緩した魔理沙の精神はそれらを到底受け止め切れなかった。
魔理沙の意識は一発で吹き飛び、漢らしい前のめりダウンでパチュリーの前に崩れ落ちた。
やれやれ、と。パチュリーは嘆息し、片腕で苦労して立ち上がる。ふらつきながらベッドから降り、ボロ雑巾のようになりながらも安らかな寝息を立てている、粗忽で憎めない友人の側にしゃがみ込む。
「ずいぶんと頑張ったようね。そんなになってまで、私との友人関係を諦めなかったことが、私はとっても嬉しいのよ。ありがとうね、魔理沙」
白い指先が血と泥で汚れるのも構わず、パチュリーは魔理沙の頬を撫でた。
それから立ち上がり、倒れた魔理沙を眺めにいつの間にか寝室の前に集まっていた侍従どもを、少しだけ睨む。
「何をやっているの、あんたたち」
『………っ!?』
彼女たちにとっては鬼よりも恐ろしい主人の半眼を向けられ、パニックになって散りかけるも、次の言葉を聞いてぴたりと止まる。
「油を売っている暇があったら、この子をもっとマシなところに寝かせるのを手伝いなさい。あんたたち、まさか怪我人にこんな重労働をさせるつもりじゃないでしょうね」
どうして良いか分からずに、小悪魔や妖精は互いに顔を見合わせる。そんな中、おずおずと近寄っていく妖精の姿があった。いつか、魔理沙に野草の花冠を贈ったことがある小さなメイドだった。
自分達のひとりが主人を手伝い、華奢な魔法使いを抱き起こしたのが契機になり、他のメイド達も一斉に動く。たちまちパチュリーの寝室に積み上がっていた本の山が整理され、お見舞いの品々も一箇所に集められ、場所が作られる。そこに小悪魔が、倉庫の奥で埃を被っていた予備の寝台を運び込むと、あっという間にベッドメイクが済んでしまう。
そうこうしている間に裸に剥かれ、身体を綺麗に拭かれて、パチュリー用の予備の寝巻きに着替えさせられていた魔理沙が、出来上がったばかりの寝台に寝かされる。最後に、暖かな毛布が優しく掛けられた。
ねてるの?
ねてるね。
けがしてたけどだいじょうぶかな。
しんぱい?
だいじょうぶだよ、まりさはつよいもん。
つよいよね。
つよいし、おもしろいよ。
あ、いまねごとをいった。
え、うそ。
きこえなかった。
なんかわらっているよ。
へんなかお。
へんなまりさ。
くすくす。
くすくすくすくす。
「あんたたち、あまり煩くしてはだめよ。魔理沙が起きてしまうわ」
はーい。
はい。
はい。
はぁい。
……。
………。
くすくす。
しーっ。
魔理沙が眠る寝台の端に、パチュリーは腰をかけていた。左手で、あどけない友人の寝顔にかかった前髪を、優しく払ってやる。そんな二人を囲むように、小悪魔や妖精たちが鈴なりになって集まっている。幼い顔に揃いの笑顔を浮かべ、いつになく穏やかな眼差しの主人と、その風変わりな友人の寝姿を、飽きもせずに眺めている。
全部が全部とまではいかないが一部のキャラの行動が度を越してる。
読んでいて不愉快な気持ちになりました。
それが何かはわかるでしょうから具体的には指摘いたしません。
内容だけ考慮してこの点数とさせていただきます。
面白く良かったです
あと、家族思いの魑魅魍魎が集った吸血鬼の館って雰囲気もすごく良かったです。
メンゴッ!!
この場合、コメント消して書き直した方が良いの?
最初に取り入れた紅魔館がこの対応だと後に示しつかない気はするんだけどな
東方の書籍方面は読んでいないので、このキャラも実際はありなのかも分かりませんが…
文章は画がない分、話し方でキャラクターを想像させることが大事だと思います。ですからコロコロ口調が変わってしまうとホントに同じ奴が今のしゃべったの?とわけがわからなくなる読者(自分もその一人です)もいるので、口調を激しく変える理由、その説明文や地の文を添えるなどで解決できるかも知れません。
ですが個人的に紅魔勢が魔理沙に冷たく当たる描写は(魔理沙好きの方々には申し訳ないですが)非常にメシウマでした。そこは楽しめたので50点を入れさせていただきました。
>絶望を司る程度の能力様
ありがとうございます。楽しんでいただけたようで、幸いです。
>非現実世界に棲む者様
いやいや、貶めたいつもりなど毛頭ありません。
ご不快に思われたのなら申し訳ない。
謝りますので、是非仲良くやりましょう。
実は、ご指摘と思われる某キャラ周りのやり取りはそれなりに面白おかしくできたつもりでした。
それに対してこのようなご指摘を頂戴し、驚きを覚えながらも、なるほど深く考えさせられます。
どうも、感覚が少しずれているようです。
大変貴重なご意見ありがとうございました。
>5様
ありがとうございます。そのように言っていただけること、大変嬉しく思います。
>奇声を発する程度の能力様
ありがとうございます。励みになります。
>11様
ご指摘の通りだと思います。少しやりすぎました。ありがとうございます。
>13、15様
ありがとうございます。仲の良い奴ほど、ちゃんと謝るのは難しいものです。私は割とできない人間です・・・。
・家族思いの魑魅魍魎が集った吸血鬼の館って雰囲気もすごく良かったです。
→とてもありがたいお言葉です。描きたいと思った要素のひとつでした。
コメントはそのままで結構です。わざわざ点数を入れ直していただき、しかも100点ありがとうございました。染みました。
>16様
ご指摘ありがとうございます。不慮の事故で死ぬかもしれないことをよく弁えているからこそ、自身も死にやすい咲夜は、ルール違反を犯したことに対してブチ切れました。しかも、ルールを破った魔理沙こそがとても死にやすい存在。「おいおい、おまえ分かっているはずだよね? おまえを守るためのルールでもあるんだよ? 何やってくれちゃってんの?」という強い憤りが咲夜にはありました(この点について、大変死ににくいレミリアは割と淡白な反応になっております)。上記の説明は当然本編に盛り込むべきものであり、このように後出しでダラダラ書き流すのはとてもみっともないことであることを自覚しております。恥ずかしい。次があれば、もう少し上手くできるよう努力します。
>17様
楽しんでいただけなかったのは残念です。魔理沙、そんなに違和感ありました?
>19様
丁寧なご指摘ありがとうございます。稚拙とは、これまた耳が痛い。
・パチュリーが骨折したはいいけれど、後半にはほとんど話に出てこない
→なるほど、おっしゃる通り。参考に致します。
・美鈴の口調に統一性がない
→丁寧語や乱暴な口調をまぜこぜにしたのは、わざとです。ご推察のとおり、感情の昂ぶりを表現したい意図がありました。誰テメエ、と感じさせてしまったことはとても残念。ゲーム中でのやり取りから、このようなしゃべり口は「有り」と判断しており、また好ましいと思っているのですが。
・アリスの性格
→アリス絡みのパートは良い出来だったと思っていたので、落胆しております。私のイメージではアリスはこれくらい皮肉屋で優しい奴なのですが。なかなか上手くいかないものです。
・起承転結の転が急すぎで説得力がない。言わばご都合主義みたいに感じました。
→大変耳の痛いご指摘です。全くもっておっしゃる通りだと思います。
・魔理沙はあのまま美鈴、咲夜に許されずに話が終わってしまったほうがよかった
→それはなかなか、救いがないですねえ。考えもしませんでした。
・話し方でキャラクターを想像させることが大事だと思います(中略)口調を激しく変える理由、その説明文や地の文を添えるなどで解決できるかも知れません。
→悩みどころです。個人的には、同一キャラクターでも口調を変えることは有りだと思っています。美鈴のところでも言及しましたが、感情の昂ぶりや挑発的な態度などが表現できます。ただし、それで読者を混乱させるならば、また別の話。一方でいちいち説明文を挟んでしまうと、話のテンポを著しく損ないます。このあたりが、文章の構成力の勝負になってくるのでしょうね。よく考えます。
・紅魔勢が魔理沙に冷たく当たる描写は(魔理沙好きの方々には申し訳ないですが)非常にメシウマでした。
→ドSですね。
耳の痛いご指摘ばかりでしたが、参考になりました。ありがとうございました。次があれば、あなたから80点くらいは取りたいですね。
脆さでは確実に人間の魔理沙の方が上なんだから、骨折程度でそんなカリカリするなら人間相手に弾幕ごっこする妖怪なんてみんな外道じゃね?そもそも紅魔館の妖怪って人喰ってるんじゃなかったか。身勝手としか思えない。
ただ美鈴、ことあるごとにそれだけ猛ってちゃ身がもたんでしょw
ラストシーンがなんだか気に入りました。ひらがなのささやき、耳に聞こえるようです。
>27様
とても残念です。
>28様
なるほど。ご指摘は参考に致します。
>29様
好意的な解釈、痛み入ります。
また拙作を見かける機会があれば、是非読んでやってください。
ラストを気に入って頂けたこと、心より嬉しく思います。
>31様
そうですね。他の方のご指摘でも思いましたが、少しやりすぎたようです。
評価の基準や点の付け方は人それぞれなんだなってしみじみ思った。
パチュリー骨折事故(事件?)による各キャラの対応とか心情とかが本当良かった。
当事者が気にしていなくても周りが過剰に猛ってしまうのも仕方の無いことかもしれない。そう考えれば美篶や咲夜の対応はまあ分からなくもない。これが本当のモンスターペアレントか(咲夜は人間だけど)
ただそれを差し引いても美鈴が魔理沙に攻撃を加えたのはいただけない。魔理沙は謝罪に訪れたのであって戦いを仕掛けに来たわけではない。紅魔館の門番で家族を守る楯であるのならばその本質はあくまで専守防衛にならねばならないのであって、美鈴から攻撃を加えるのは完全にNGだと思うわけです。
行く手を阻むならばともかく、戦意の無い危害を加えた時点でこの美鈴は門番としても家族のメイン楯としてもちょっと失格かなぁ。
という理由で文章やストーリーは素敵だったけどその一点のみが残念だったのでこの点数にしました。美鈴がメイン楯としてもっとしっかりしてれば満点入れてもよかったと思えるだけに残念です。
>33様
心より感謝申し上げます。
厳しい評価が多い中、このようなお言葉を頂けることは本当に嬉しい。
励みになりました。
拙作をまた見かける機会があったら、是非読んでやってください。
>34様
丁寧なご指摘を賜り、ありがとうございます。
美鈴の一連の行動に対しては、近似のご意見は他の複数の方からも頂いており、やりすぎだったかなという思いは持っております。
制裁の平手一発鼻血ブーくらいで済ませておくべきでした。
ただ、この点について恥を承知で解説を加えさせて頂きますと、美鈴はパチェの怪我に対して他の誰よりも責任を感じていました。その怪我が、本来あらゆる危難を排除するべきである自分が、惰性で通してしまった侵入者(=魔理沙)によってもたらされたものだからです。これに過剰に反応した美鈴は、すべての訪問者の排除を門番の職責として、完璧に全うすることを決意しました。このあたりの心情はアリスパートの冒頭で美鈴に吐露させております。
もちろん、これは独善的で誤った対応であり、その点についてはアリスに指摘させた通りです。それでもなお魔理沙に攻撃を加えたのは、上記の決意に加えて、パチェに怪我をさせたことに対しての憎悪、また誰かに怪我をさせるのではないかという強い不審があったからです。
この美鈴の対応はご指摘の通り門番としては完全にNGであり、失格ですが、(間接的とはいえ)自分の過失で家族が重傷を負ってし待っている以上、美鈴は冷静に門番として正解の対応を取ることなど、できないと私は考えました。
パチェの骨折に対して半殺しは明らかにやりすぎというのは、全くその通りだと思うし、蛇足で説明させて頂いたロジックの立て方も、下手くそだったと読み返してみて思います。他の方が「稚拙」とおっしゃったのは耳が痛い限りです。
その他文章、ストーリーについてお褒めいただけたことは、本当に嬉しく思っています。満点をもらえる要素があったことを喜びつつも、もう少し丁寧な構成を肝に銘じます。
勉強になりました。ありがとうございました。
でもやっぱピリピリしすぎかな、事故と関係ないアリスがお見舞いにきたのに通そうとしなかったりも、そりゃずれてんじゃないのとか思いました。
楽しんでいただけて、とても嬉しい。
ありがとうございます。
美鈴についてはたくさんのご指摘を頂いており、反省しておるところです。
またいつか拙作を目にしたら、読んでやってください。
物語の起承転結がはっきりしていて、わりとわかりやすい文章に好感が持てます。
魔理沙を許さないのは自分の勝手だと自覚してる描写はありますが、それでもこれほどパチェの気持ちが無視されるのはひどい。
パチュリーに謝るべきなのは魔理沙だけではないだろうと思いました。
だから最後のほうで咲夜が魔理沙に笑顔で何かを言うシーンは、咲夜に対して何様だよと感じてしまう。
そして永琳の存在が謎。
タグに彼女の名前があるので話を動かす役回りなのかと思いきや、パチェの怪我を治しただけなので拍子抜けしました。
文々丸新聞の記事でもどの様な立ち位置でコメントしたのかわからないです。
>43様
紅魔組は拒絶こそすれイジメに走らせたつもりはありません。もちろん、そのように読者に見せられなかったのであればそれは書き手の不徳の致すところ。よく勉強します。
起承転結がしっかりしているとお褒め頂けましたが、残念ながら自分では「転」がとても弱かった思い、反省しておるところです(他の方にもご指摘いただきました)。わかりやすい文章であったという点は、素直に嬉しいです。
>44様
一大勢力紅魔館をまとめ上げるメイド長、十六夜咲夜には、気持ちを切り捨ててでも家族の身の安全を優先する、冷たいほどの非情さがあっても良いと思っておるのですよ。いずれにしても、咲夜さんにはちと損な役回りを与えてしまったと反省しております。
永琳は、ヘビィで陰鬱になった雰囲気をひっくり返すためだけのキャラクターでした。話の切れ目に唐突に登場させたので、インパクトもあるかなーと思ったのですが、他の方のご指摘も合わせて見るに、今回は悪い方向に振れてしまったようですね。個人的には、一番面白く書けたパートだったので、残念です。こればかりは他人に読んで頂かないと分からない要素ですので、とても参考になります。
点数は伸びませんでしたが思いがけず貴重なご意見をたくさんいただけたので、とても楽しかったです。簡易評を入れていただけた方々にも、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
読者の包容力が試されすぎるように感じました。
序盤は先がどうなるんだろう?と惹きこまれましたし、あと美鈴がかっこよかったです。
>48様
後味が悪いと感じさせてしまったのは残念。
咲夜さんの「」の中身については十分に分かるご指摘ですが、タイトルが「ごめんね、パチェさん」であるとおり、最後に魔理沙にごめんねを言わせるまで、何びとたりとも謝らせるわけにはいかなかったという経緯があります。
読者様の包容力というよりも、ひとえに書き手の力不足によるものでしょうね。重ねて残念です。
美鈴について初めて肯定的なご意見をいただけたのは嬉しいです。
いや、永琳呼びましょうよ、寝たまま魔理沙亡くなりますよパッチェさん
ただ、各キャラに思い入れのある読者にとっては許容しがたいであろう描写もあったことは確かです。
賑やかしのキチガイ永琳、および下世話なパパラッチの文は最たるもので、作者さんからすれば
>ヘビィで陰鬱になった雰囲気をひっくり返すためだけのキャラクター
だったのでしょうけど、それは裏を返せば特に思い入れもないキャラクターを都合よくピエロにしていると見られても仕方のないことです。
みんなしてピエロを演じている物語であれば別ですが、一部のキャラクターだけをそんな風に扱うのは二次創作者として失礼な行為とさえ捉えられかねません。
全読者を代弁するつもりはありませんが、このように感じる人間もいるということで、ご念頭に留め置きください。
>50様
やりすぎでしたね。
>51様
なるほど、よくわかります。以後は肝に命じます。
ありがとうございます。今一番嬉しい言葉。
主に事の次第を任された咲夜が魔理沙を拒絶した以上、来訪目的が強盗だろうが謝罪だろうが、門番の美鈴が魔理沙を追い返すのは正当な職務行為じゃね?
まず最初に思ったのは
「スペルカードルールってある程度こういうことが起こり得るものじゃなかったっけ?
気持ちは分かるけれど咲夜は何故ここまで怒っている?」
というものでした。
それが説明されないままでしたら、消化不良で終わっているところでしたが、
それ以降の会話文でその理由が示されたので、なるほど、と。
アリスが訪ねてくるパートは、
美鈴の覚悟と立場や、
咲夜、パチュリーのそれぞれの魔理沙への気持ちが描かれ、
ストーリーをまとめる上で大事なポイントになっていたと思いました。
やや納得出来なかったのは、
魔理沙がパチュリーに会いに行くパートで、
美鈴の魔理沙への攻撃が過剰ではないかという点、
そして咲夜が魔理沙をあっさり通しすぎなのではないかという点です。
まず前者の攻撃を仕掛けたシーンは、作中でも触れられていましたが、独善的であり、
またパチュリーの意志を汲まないなど門番としてはいかがなものかと思います。
ですが、その時の美鈴の心情を慮ればやむなし、という面もあるとも思います。
現実世界の例で例えるなら、
「野球のデッドボールで相手を骨折させてしまった、骨折した選手は報復はするなと言ったが憤ったチームメートは報復死球を与えた」
といったところでしょうか。
問題なのはやはり「やりすぎ」という点ではないかと思います。
ボロボロの姿の魔理沙でないと咲夜やパチュリーとの会話が成り立たないのは分かりますが、
例え幻想郷とは言え本気で殺るつもりなのはいささか過剰と言わざるを得ません。
後者については、
何度も読み返したのですが、会話の中身も分からなければ、
何故咲夜がそれまでの態度を一変させたのか、についてもよく分からない部分がありました。
咲夜が怒っていたのはパチュリーを怪我させた魔理沙の行動に対してではなく
それを止めることが出来なかった自らの責任であり、
それを自らの中で完結(消化)させて、友人として接することが出来た?
など、考えることは出来ますが……。
以上否定的な意見も幾つか述べてしまいましたが、
点数の通り非常に楽しんで読むことが出来た作品であることは間違いありません。
一番好きなのは、魔理沙の真っ直ぐなところです。
他の登場人物も皆、複雑な人間模様の中に生きて魅力的でした。
なんだ、ちっとも反省してないじゃん。
要するに、時間をかけて誠意と謝意をわかって貰うための努力が嫌って事でしょ。
近年稀に見るクソ魔理沙でした。