~注意点~
・【ピー】=キで始まりイで終わる言葉
・好きなキャラがひどい目にあっても泣かない
『“お笑いで世界を変えることは出来ない” と言っている自分がいる。
でも、ネタを作るたびに、もう一人の自分が、“でも世界を変えたい”と言っているんだ』
「ど、どこだよ、ここは……」
男が目が覚めた時、彼は見知らぬ草原に立っていた。戸惑いながらも、冷静に記憶を呼び戻す。
収録が終わり、荷物をまとめて家に帰る途中だった。今夜は全然人がいないなーなどと歩みを進めていたのだが……
その途中で意識が途絶え、今に至る。
足元には自分の商売道具、もとい魂が入っている鞄があり、それを見るとほっと安堵する。何せこれは特注品で、
なかなかに値段が張るのだ。
あまりの安堵感に思わず鞄を抱きしめていると背後から、
「……おじちゃん、そんなの抱いてて何してるのー?」
不意に、というレベルではなかった。生きた人間が背後から突然現れるにしても気配はする。職業柄、そういった経験も
する方とされる方の両方も味わっていた。
声だけを聞くと女、しかも少女のように感じ取れる。あくまで不思議そうな感じに。だが、それが妙に背筋を冷たくさせる。
おそるおそる振り返ると――その声の通りに――少女が不思議そうに彼を覗き込んでいた。小さな女の子にしか見えないが、
薄く緑がかった癖のある灰色のセミロングの髪に、体に巻き付けていそうな長いコードのようなもの、それに繋がれた、目玉が
閉じているかのように見えるモノ。そして、緑色の瞳。
少なくとも、彼が先ほどまで歩いていた世界では、このような少女は存在しえないものだ。
(まさか、幽霊なのか?)
一瞬そう考えるも、すぐに平静さを取り戻すとまっすぐに少女に視線を向ける。
「これはね……とても大事なものなんだよ。それが無事だったから喜んでたんだ」
「ふーん……でも、こんな夜にこんなところで何してるの?」
「それはっ、こっちがっ、聞きてぇよぉっ!!」
「わわっ!?」
職業柄故か、軽く体をくねらせ、カメラもないのにカメラ目線で叫ぶ。そこでハッとする。
「カメラ!? まさかドッキリか!?」
「ど、ドッキリ? 何それ?」
今度は少女が困惑する番だ。目の前の男性は一人で納得したように頷くと「ふざけやがって~!」とあっちこっちを睨み付けて
いる。
「アッタマきた!」
すると何といきなり服を脱ごうと手をかけた!
「きゃーっ!!」
「ううおおおおおおおおっ!!?」
思わず反射的に弾幕を放ってしまい、男に命中。男はそのまま固まったままどさっと地面に倒れる。が、しかし。しっかりと
受け身をとっているためにダメージはほとんどないようだ。しかし弾幕が当たった痛みはあるので顔はきつそうだったが。
「ご、ごめんっ、おじちゃん大丈夫!?」
慌ててしゃがみ込み男の顔を覗くととりあえず重傷ではないようでほっとする。
「お、おう……」
答えながら、男は考えていた。
(どうする……よく見たらこの子小学生ぐらいじゃないか? 脱いで抱き着くわけには……)
「……初めて会った女の子に全裸で抱き着く、ですか。長く生きていますがそんなことを考える人間は初めてですよ」
ぞくり。またも背後から女の声だ。しかも今の少女よりもやや冷たい声。振り返ると今の少女と同じような目玉の飾りを、
ひとつ違うのは目がくっきりと開かれているのを付けた、紫色の髪をした少女だ。しかも、後ろには猫耳のゴスロリ少女や何か
大きな翼を生やした少女までいる。
何が何だというのだ。コスプレ集団の亡霊か? 夢でも見ているのか? 頭がうまく回らない。
「……幽霊とは少し違いますかね。あと、残念ながら夢である可能性も低いと思います」
紫色の髪の少女がしれっと答える。だが、男の動揺は収まらない。なぜなら――。
「……先に自己紹介を済ませますか。私は古明地さとりという者です。そちらが妹のこいし。
この子はお燐にお空」
灰色の髪の少女、猫耳の少女、翼の少女と順番に視線を送り紹介をし、ぺこりと頭を下げる紫髪の――さとりという少女。
「あ、どうも。自分は――江頭――」
そこで躊躇した。些細なことかもしれないが、自分の職業柄、素直に本名で名乗るべきか否か。
ぐおお、と心の中で悶絶する。しかし、己の道は貫く。
「江頭……2:50だ!!」
「……ヒデハルではないのですか?」
さとりが困惑したように首を傾げる。
「何でわかるんだよ! お前はエスパーか!?」
「……当たらずとも遠からず、ですね」
「へっ?」
「……まあ、せっかくですし、歩きながら説明しましょうか。この世界――幻想郷について」
ここが外とは異なる世界、幻想郷であること。
自分達は人間ではなく妖怪であること。
元の世界に帰るのならば博麗神社に行き巫女に会うのが手っ取り早いということ。その他諸々をかくかくしかじか説明を受け、
江頭はとりあえずは納得した。
そして、さとり達がちょうどその博霊神社にて開かれる宴会に呼ばれて、神社へ向かう途中だったこと。それらを聞いていくうちに目的地である
博麗神社に到着した。
「おいおい……女ばっかりじゃねえかよっ!」
変わった服装ばかりしているが、神社で呑んで騒いでいるのはみんな女性であることに驚く江頭。さとりの話で幻想郷で強いのは女
ばかりだとは聞いていたがまさかこれほどとは。
「巫女は……ああ、あそこですね。今連れてきてまいりますので少々お待ちを」
江頭を境内の入り口に待たせると、さとりはペット達を引き連れて神社の奥へ歩いていく。残されたのはさとりの妹である
こいしだけだ。
「ねえねえ、おじちゃん」
「……何だよ?」
「えと……さっきの……痛くなかった?」
帽子を取ると、申し訳なさそうにしながら訊いてくる。おそらく、先ほど当てた弾幕のことだろう。さとりの話によれば幻想郷の住人の
多くはこれを使うことができるらしい。弾幕ごっこと呼ばれる決闘に主に用いるらしく、基本は避けていくのがルールらしいのだが自分にとっては
物足りなく感じる。
「平気だよ。あれより痛い目には何度も遭ってるからな」
確かにそこそこ痛かったが、かなり加減してくれていたのだろう。高速で走るバイクからのハリセンをくらった時の方がまだ痛かった。
「えっ? そうなんだー。じゃ、改めましてよろしくねーエガちゃん!」
「お、おうっ……」
慣れた呼び名だが、こうした少女に面と向かって言われると照れくさいものがある。伸ばされた手に応えるようにこちらも手を伸ばすと
いきなりぎゅっと握ってブンブン上下に振り回してきた。
「私はこいし、さとりお姉ちゃんの妹ね。エガちゃんって外では何をしてきたのかな?」
「俺か? 俺は――」
「江頭さーんっ」
そこへ、さとり達が戻ってきた。一緒にいるのはこの博麗神社の巫女である博麗霊夢と、幻想郷の賢者の八雲紫だ。
「二人とも、彼が――」
江頭を指差し、さとりが紹介する。すると、紫が頭を下げた。
「初めまして、江頭さん。私は八雲紫という者で、こちらは巫女の博麗霊夢。この度は誠にご迷惑をおかけいたしました」
その後、霊夢がバツの悪そうな顔で説明を始める。今日の昼間から結界に小さいながらも綻びができ、藍から報告はあったが本当に些細なものであったので今夜は宴会も控えているし修復は明日にしても大丈夫だろうと楽観的に考えて疎かにしてしまったという。
霊夢も一応修復を促したがこれでスキマに落ちてくる外の世界の住人はいないだろうと言われそれ以上は追及しなかった。
早い話、結界を管理する二人が揃ってサボタージュしてしまったが故に起きた『事故』である。謝罪の言葉と申し訳なさそうな表情で一見すれば
反省しているように見えるのだが、さとりがふうっ、と溜め息を吐いている様子から見た目ほどは二人とも反省していないようだ。
「そうですわ、これも何かの縁かもしれぬ、今夜はここに泊まって明日の朝帰るというのは如何でしょう?」
「えーと……まあ、部屋は空いてるし、今夜はちょっと……」
霊夢が向いた先は、すっかり大宴会場となっている博麗神社。各々、呑んで騒いでと見ているこっちも酔ってしまいそうなほど盛り上がっており、どうにも結界を開いて云々という雰囲気ではなさそうだ。
「あ、いいですよ。こういうの、場が大事ですからね」
すんなりと返事をする江頭に安堵の息を漏らす霊夢と紫。しかしさとりは内心、少し驚いた。順応力が高いというか、おおらかというか……いや、違う。この人は、こういう宴に水を差すような行為や流れというものを把握している。
「江頭さん、貴方は――」
「エーガーちゃーんっ!」
何者……と口に出そうとしたところを、こいしの声が遮る。
「さっきの質問、答えてよー」
唇を尖らせて、中断された返事を促す。これにはみんなも苦笑いして肩をすくめた。江頭もやれやれといった感じに首を振り、
コホンと咳払いをすると、急に真顔になり。
「俺は――芸人だよ」
『その時の彼の心は……何というか、口に出した言葉にも力が込められていたのですが――それ以上に強いものを感じました。
使命感というか、自分の存在意義というか……とにかく、あそこまで熱い心の持ち主に会ったのは随分と久しぶりでしたね。ですが、
この時は彼の言う『芸人』という言葉の重さには気づけませんでした』
――古明地さとり
「芸人? もしかして早苗が言っていた外の世界のお笑い芸人のことかしら?」
ふと思い出したように霊夢が言う。外の世界ではお笑い芸人たる人間が多く存在し、お茶の間を賑わわせるという。しかし、
少しの時間で面子が度々変わり、忘れられていくとのこと。ある意味、幻想郷入りするものに近いのを感じる。ひょっとしたら
彼もまた、ブームが去り忘れ去れてここに来たのかもしれないと冗談半分だが思った。江頭は頷くことも首を振ることもせず、
無言のまま。そこへ紫がいいことを思いついたとばかりに手を叩く。
「そうだ。せっかくですし、ここはひとつみんなの前で何か芸を披露して貰ったら如何かと。妖怪や神で賑わう宴会で
芸ができるのはきっといい思い出になりますわ」
紫本人からしてみれば、宴会の丁度いい余興程度に思ったのだろう。あとは、自分の不手際で幻想郷入りさせてしまった彼に対しての
お詫びもあったとは思う。江頭も少しの間考えた後、頷いた。そして、準備をさせてほしいと言い一度神社の中に入った。
『その後のアイツのことを考えると、凄く大人しくて控え目で。今思い出すとすっごく新鮮よね、あの姿は。今ならばあの一見したら普通の
人間にしか見えない姿も、暴れまわった姿も彼の姿だとわかる。スイッチが入る前と後……って感じ?』
――博麗霊夢
『外の世界の芸人達はすぐに飽きられて次々と顔ぶれが変わってる、と聞いたときの彼の表情は無表情でした。頷いた時、彼の心の中で強い決意を感じました。あれで、彼の心は決まったのでしょう』
――古明地さとり
紅魔館……レミリア・スカーレット 十六夜咲夜 パチュリー・ノーレッジ
守矢神社……八坂神奈子 洩矢諏訪子 東風谷早苗
地霊殿……古明地さとり 古明地こいし 火焔猫燐 霊烏路空
命蓮寺……聖白蓮 寅丸星 村紗水蜜 雲居一輪 ナズーリン 封獣ぬえ 二ッ岩マミゾウ 幽谷響子
神霊廟……豊聡耳神子 物部布都 蘇我屠自古 霍青娥 宮古芳香
その他……博麗霊夢 八雲紫 霧雨魔理沙 アリス・マーガトロイド 射命丸文 伊吹萃香
幻想郷の住人が見れば息を呑む面子の集まり(永遠亭は輝夜と妹紅の殺し合い延長により参加断念)で、何の能力も持たない人間がいたらきっと輪の中には入れないだろう。
しかし、今夜に限っては――否、今夜、このメンバーは『伝説』の最初の目撃者となるのであった。
江頭が準備をしている間に紫と霊夢が宴会参加者に声を掛け、彼の紹介と幻想郷に来た経緯を説明し、芸を披露してくれること
を伝えたおかげで境内は静まり返っている。正確に言えば小声で外の世界の芸とはいったい何なのだろうと期待する者や、酒がまずくならないものならいいんだが、と渋る者。反応は様々だ。
「……はて、江頭? どこかで聞いたような……」
そこで首を捻ったのは守矢神社の神奈子。元々は外の世界にいた身、早苗と同様テレビ番組にもそれなりに目は通しており、
江頭という名前にどこかが引っ掛かるものを感じたが、思い出せない。そうこうしている間に襖が開き――
……っ!?
多くの人妖、果ては仙人や神までも集まる今夜の宴会のメンバー。ちょっとやそっとのことでは動じない面子の集まりだ。
なのに、今、彼女達はどよめき、驚愕していた。たった一人の、外から来た人間に。
――男、江頭2:50の姿。黒いタイツに見えるスパッツを履き、上半身は裸。
「さ、さとり様。あのオッサンは何を考えてるんですか?」
キョトンとするお空とこいしと対照的に、汗を浮かべて顔を引きつらせるお燐の問いに、さとりはすぐに返事ができなかった。
……無心。頭の中が真っ白というべきか。だから、彼の考えていることは読めない。しかし、彼の目つきは今までで一番真剣で、
もしも近くで、真正面に彼のこの瞳を見たら、すぐに目を反らしたくなるだろう矢を射抜くような鋭い目。獲物を探す獣のようであったり、
真剣勝負に臨む侍のような目にも見える。自分の弱い心がすぐに見抜かれてしまいそうで、気づけば無意識の内にぎゅっと手を握り締め
拳の形を作っていた。
「うおおおおぉぉぉーーーーーっ!!」
両手を後ろに伸ばし、背中を大きく仰け反らせ空に向かって咆哮を上げる。それが終わると突然横に飛び跳ねて肩と腰が地面に着くように
着地し、起き上がると反対方向に跳ぶ。その動きはまるで活きのいい魚が跳ねるのに似ており、彼の細長い体はバネのように弾む。
さらに、シャチホコのように顔を地面につけ、両足をそろえて高く上に向けた三転倒立。見た目は普通の中年男性にしか見えないのに、
常人とは離れたバランス感覚、トリッキーな動き。「おおっ!?」と、一部から歓声が沸く。立ち上がると両足を器用に左右に動かし横に移動
しながら「キヒイイイイ!」等と奇声を上げ目を裏返す。
「お、おい、霊夢。何だよあいつ……き、気が触れてるんじゃないのか……?」
普段は勝気な魔理沙が珍しく弱気になって霊夢に耳打ちする。霊夢の江頭を見る目は人間を見るよりも動物を見るような冷めた色になり、
他の者達も訝しがるように奇声を上げ腕を伸ばしたり飛び跳ねる彼に視線を投げかける。
「う、うにゅっ。あんなに叫んで動いて、喉乾いたりしないのかな?」
その中で、お空は呑気にそんな心配をし、お燐が呆れたように横目で見る。
「……あはっ、何かエガちゃん、面白ーいっ」
唯一、こいしだけが口元に手を当ててクスクス笑っていた。さとりは最愛の妹と、彼女を笑わしている男と交互に見やる。
「……神奈子ー、私、随分前だけどあの男を見たことがある気がする」
唖然としている早苗に気付かれないようにそっと耳打ちをする諏訪子。
「う、うーん……言われてみれば……」
「ほら、昔バラエティ番組見てた時に、早苗の教育上良くないって言ってチャンネル変えたことあったじゃん?
その時の番組に出ていたのが――」
「――ああっ!?」
神奈子が目を団子のように丸くし、思い出す。しかし、既に遅かった。
「あ、あの、江頭さん……?」
明らかに動揺しているのだろう、声を掛けた紫だったが完全に上ずっていた。しかし江頭は意に介した様子はなく
一度、周囲を見渡すと、右手をスパッツに潜り込ませた。
「ドーンっ!!」
そして、股間部分で、その腕を大きく突き出す。それはまさに雄々しく【ピー】がそそり立って【ピー】している様そのもの。
「きゃああああっ!?」
一番早く悲鳴を上げたのは魔理沙、そしてレミリア。続いて早苗、妖夢が硬直を解き絶叫する。
「俺は伝説を残しにここにやってきたんだよっ」
「へっ!?」
奇声やら叫び以外でようやくまともに喋った一言に紫が素っ頓狂な声を上げる。自分の手違いでここに来ただけであり、
そんな大げさな――と。
「話を聞く限り、ここには妖怪とか神様とか、少なくとも普段暮らしていたら目にかかれない連中が暮らしているわけじゃねえか。
そこに呼ばれたということは、俺は伝説を作るしかないと感じたんだよ」
「え、えっと……江頭さん?」
「八雲紫ぃ!」
「ひっ!?」
突然紫の方を向くと、スパッツから右手を抜きその右手を上下に動かす。
「この幻想郷には、お前を始めとした妖怪は長生きが多いんだろ?」
「? そ、そうですが……」
そこで急にニヤつき、舐めまわすように足元から顔まで視線を移し、そして胸へ。
「お前、胸何カップだよ?」
セクハラ発言。いくら幻想入りしたばかりの人間とはいえ、妖怪の賢者である八雲紫に対してこの態度。霊夢やアリスをはじめとした少女達は軽蔑するように冷めた瞳で見つめるが、萃香や諏訪子はくくっ、と小さく笑った。そして、こいしも。
「はっ? じ、女性に対しそのような……」
「【ピー】カップっぽく見えるぜぇ!」
胸を見ながら真顔で言うと、紫が目を見開き黙ってしまう。
「【ピー】カップは犯罪ですっ!」
両手をクロスさせ、満面の笑みで言い放つがその本人が一番犯罪っぽいことをしている。しかしもう彼の暴走は止まらない。
「何百年も生きてるってことは……そっちの経験も豊富ってことだろぉ!? ……お前ヤラせろよ!!」
「きゃああーっ!?」
いきなり紫に飛びかかり、押し倒す。と思えばすぐに起き上がり、何と宴会参加者の列を目がけてダッシュ!
両手をクロスさせながらダイブし、その被害者となったのは――レミリアだった。
「ぎゃあああっ!?」
不意打ちをくらい仰け反り、後ろの控えていた咲夜にぶつかる。
「女ばっかりじゃねえかよっ! 男の強さを見せてやるよっ!」
興奮した江頭がスパッツと、ブリーフを脱ぐ。レミリアの前で。江頭の【ピー】した【ピー】がレミリアの視界のド真ん中に映し出された。
「いっ……」
「お、お嬢……様……」
「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああーーーーーーーーっ!!!!」
夜空を突き破るかのように響くレミリアの絶叫、宴会は阿鼻叫喚へと変わる。
「や、やだっ! やめてっ、あっ……!」
生まれたままの江頭が全速力で走り出す。それに合わせて【ピー】もブラブラと上下に弾むように揺れ、それを見た魔理沙が今にも泣きそうな顔で隣にいたアリスに抱き着く。アリスは魔理沙を支えながら被害が及ばないように距離をとる。しかし江頭は文の元へ行きカメラのレンズに【ピー】を押し付け腰を振っている。
「ひいいい!? や、やめてくださいっ、そんな汚いモノ押し付けないでぇぇ!!」
外の世界の芸人という珍しい記事を収めようとカメラを構えていた文の油断をついて走りよっていた、文はカメラを離そうとするが江頭はしつこく押し付けてくる。
「記事にしろよ! 神社でAV大宴会があったって記事にしろよっ! 男の読者増えるぞ! むしろ増やせよ!
幻想郷だとお前ら女の方がいい身分みたいだからいいじゃねえかっ! 男達に夢ぐらい見させてやれよ!」
「こ、このっ……!!」
キッと睨み付ける目はもはや人間を見る目というよりは外敵を見るような明確な敵意が籠っている。怒りのままに風を起こすと江頭の体が
吹き飛び、神社の池に落ちる。
「おおおぁああっ!!?」
ここでようやく江頭も相手が本当に人間ではないと頭で理解した。私人としてなら、この状況に恐怖を覚えるべきだろう。
しかし今の彼は芸人だ。ザブン、と池から立ち上がるとずぶ濡れでまるで浪人のようだ。が、彼の瞳は妖怪の恐怖に怯えるどころか反骨心
溢れる炎が宿っていた。
「アッタマきたっ!!」
池から上がると再び文目掛けて弾丸のように駆け出す江頭。
「止めろ! 誰か止めろ! 止めて! お願い、止めて!!」
魔理沙の懇願じみた叫びが響く。
「うらめしやー! おどろ……ウギャー!?」
驚かせようと待機していた小傘が姿を現すと、彼女の目には全裸の男が宴会参加者を追い掛け回しているという驚愕の光景が広がっていた。
「お、おおうっ……?」
だが、そこはやはりただの人間一人と妖怪ほか大勢。その後あっさりと萃香に取り押さえられ御用となった。そして神社の一室に放り込まれ、江頭は畳の上で大の字になってのびていた(服は着ている)。そこへ、さとりと霊夢、紫がやってくる。
「江頭さん、大丈夫ですか?」
「はあ、はあ……萃香って鬼、マジで鬼みたいなバカ力だぜえ……!」
「いや、鬼ですから。……紫さん?」
さとりに促され、紫が一歩歩み出る。顔はまだ少し青ざめて引きつっているようで、よほどさっきのが
衝撃的だったのがわかるほどだ。
「え、江頭さん……申し訳ないのですが朝になったら早急に帰っていただいてもよろしいでしょうか?」
するとムクっと起き上がり、激しく首を横に振る。
「もうちょっと! もうちょっとだけここに残らせてくれ!」
「はあ? 何を言ってるのよ」
霊夢が冷たく言う。しかし止まらない。
「やれる! 俺ならやれる! ここで伝説を作れる! だから……やらせてくれ!」
やらせてくれ、との言葉に紫と霊夢が素早く後退するがさとりは逆に江頭の肩をポンと叩く。彼自身も熱くなっていて
言葉だけ空回りしているのが読み取れた。ふう、と肩を竦めて息をつくと二人へと振り返り、
「お二方。確かにこの者が先ほどしでかしたことは多くの者に不愉快さを与えたことと思われます。しかし、
ここは彼の我儘を受け入れてもらえませんでしょうか? 責任として彼は地霊殿で保護します」
そう言うと、互いに顔を見合わせすぐにさとりを信じられないといった様子で見る二人に深々と頭を下げた。
「まあまあ、いいじゃないか二人とも」
「そうそう、久しぶりに面白そうな男に会えたんだしさー」
そこへ諏訪子と萃香がやってきてさとりへ援護射撃を送る。萃香は酔いも回っているのか顔は赤く、諏訪子は茶目っ気たっぷりに笑う。
「さとり、うちの神社も少し協力させてもらっていいかな?」
「……はい。ありがとうございます」
ほっとしたように頬を緩ませると、さとりは再びお辞儀をした。霊夢と紫、そして江頭だけがポカンと口を開けたまま立っていた。
こうして、江頭は大半の者達からは批判を受けた。
しかし、さとりにこいし(お燐は渋々納得しお空は最後まで「うにゅ?」と首を傾げてた)、萃香、諏訪子(神奈子はうーん、と唸りながらも
納得し、早苗は二人に諭され頷いた)、聖(それ以外の者は渋い顔で)、神子(これも芳香以外は苦い顔をしていた。芳香は何もわからず
「ドーン?」と言ったがすぐに青蛾が「芳香ちゃんは真似しちゃいけません!」と必死に止めていた)らのフォローにより彼はしばらくの
間幻想郷で生活することになったのだ。驚くことに3大宗教勢力の筆頭が彼を認めたのだが、この時は彼女達は真意を語らなかった。
『ああいう大馬鹿者は本当に久しぶりに見たからね。外の世界では芸人だって言ってたけど
あいつの生き様は古き良き男の片鱗を感じさせてくれた。これは面白くなりそうだ、酒が美味くなりそうだ、と』
――伊吹萃香
『あの男が暴れ回ってるのを見ながら「あ、そういえば昔テレビで観たことある顔だ」と思い出したのさ。神奈子が早苗の教育に悪いと
必死こいてチャンネル変えてたのも記憶に蘇ってそれも重なって不覚にも笑ってしまったよ。もちろん早苗を守りながら。彼の本質があの
全裸で暴れまわってる通りだったら即座に迎撃していたけど。……しかし、あの男が偶然ここに来た、そのこと自体がとんでもなく大きな
奇跡だったんじゃないかなあとは今、みんなでうんうんと頷き合ってるよ』
――洩矢諏訪子
翌朝、江頭は地霊殿に向かう前に人里へと赴き、幻想郷縁起を手に入れた。幻想郷の住人のことを知りたいと霊夢に聞いたら、
この書物を読むのが一番手っ取り早いと教えられたことだ。この時、地霊殿のメンバーの他に早苗が同行し、里に入りたくないというさとり
に代わり人里を案内することになった。ちなみに、二柱から彼のサポートをしてやってくれと頼まれたと言う。幻想入りした人間同士、助けに
なるだろうと言われれば頷かざるを得ない。なお、他の地霊殿の面子もさとりにつくということで今、里を歩いているのは早苗と江頭の二人。もちろん、彼もちゃんと私服に着替えている。
「悪いね、案内してくれて」
「いえ、困ったときはお互い様ですし。それに、外のお話を聞かせてもらってこちらも楽しいですし」
「向こうも妖怪顔負けに怖いヤツラが多いぜ~? どっちもどっちだよなー」
こうして会話をしていると、本当に普通の男性と変わらない。昨日大暴れした姿が自分を含めてみんなの見間違いだったのではないか、
そう錯覚してしまうほど私服に身を包んだ彼は常識人の振る舞いをしていた。まだ里に彼の情報は流れてないだろうが、昨日あれほど勝気な魔理沙を泣かせてレミリアを絶叫させ、そしてあの八雲紫を押し切った勢いはどこへ行ったのか。
「江頭さん、本当に地底に行かれるんですか? よければうちの神社でも――」
地底の住人の多くは忌み嫌われて厄介な能力を持つ者ばかりだ。地霊殿の主であるさとりが面倒を見ると言っているから
悪い境遇には遭わないだろうが、普通の人間に太陽の光も空も見えないあの世界で生活していけるのだろうか?
「いいんだよ」
ピシャリと一刀両断するようにはっきりと言い切る。
「地底がどういう場所なのかとか、そこら辺はさとりから聞いてる。俺にぴったりの場所だからすっげえ嬉しい」
ニヤリと笑う。顔は穏やかだが、不敵そのもので。
「底から這い上がるのが俺だから。さて、そろそろ戻ろうぜ」
「え……? は、はいっ」
さとりと合流した江頭は未だに釈然としていない様子の早苗と別れ、地上の人間や妖怪達も恐れる連中の集まりが暮らす
地底へと足を踏み入れる。
「まるで映画の世界だよ」
と、瞳を輝かせる江頭だがさとり達は映画については知らなく、こいしが映画について尋ねると嬉々として自分の好きな映画について
語りだす。映画の登場人物やあらすじを身振り手振り交えて説明し、登場人物が熱演するシーンでは全員が息を呑むほどの演技をして再現
したし、効果音までも言葉で鮮明に表現する。彼が語り、叫び、まるで語られている光景が目に浮かぶように。お空やこいしはいちいち
驚き、感嘆の声を漏らしたりしていた。
そうしている間にあっという間に地霊殿へと到着し、客室のひとつが江頭に与えられることになった。江頭は食事の時以外は部屋に籠り、
その日はずっと幻想郷縁起を広げて幻想郷の人妖達のページを見入っていた。
夜も回り、そろそろ寝ようかと思った時、ドアが3回ノックされる。
「あい」
「こいしだよー、エガちゃん入ってもいいかなー?」
「おうよ」
小さな音を立てて開かれたドアにはこれまた小さな訪問客。トコトコと部屋に入るとドアを閉め、彼が読んでいた幻想郷縁起に目を止める。
「ずっとそれ読んでるけど、気に入った子でもできたのー?」
「そんなんじゃねえよ。伝説を作るための下準備」
「伝説ってどんなのするのよ?」
「……考え中だよ」
あらら、と拍子抜けしたように肩を竦めるとベッドにぽふっと座る。
「エガちゃん、昨日に比べたら今日すっごく大人しいねー、疲れてるとか? あ、それとも今頃になってとんでもないことを
したってびびっちゃってたりー?」
腕を組んで考え込み、ふとこいしのサードアイに目がいく。閉じている。さとりから聞いたが、心を読める能力に恐怖を抱き
閉ざされてしまったといわれるサードアイ。
「……俺も若くねえからなあ……」
「あははっ、確かにー。人間でいえばもうおじさんだったね」
思い出したようにポンと手を叩くと、ヘラヘラ笑う。
「そうそう。だから今日はもう寝るの。というわけでまた明日な?」
「はーい。ゆっくり休んでね、エガちゃーん」
少し残念そうにしたが疲れているのなら、と納得し腰を上げ、部屋を出ていく。パタンとドアが閉まった後、
大きく息を吐いた。寝巻に着替えると明かりを消し、ベッドに潜り込む。
さとり達の前では普通に振る舞っていたつもりであったが、やはりここは自分の暮らしていた世界とは明らかに違う世界。
まるで自分が映画の主役になった気分ではあったが、相応には疲れる。若くないとこいしに言った言葉は本当ではある。目を閉じれば
たちまち眠気が津波のように押し寄せ、すぐに夢の世界へと旅立っていった。
翌日、朝食を終えた江頭はこいしが散歩に出かけたのを見計らい部屋にさとりを呼んだ。
「……こいしを同行させてもよいか、ですか?」
驚くべき提案だった。これから自分の行う伝説に彼女を立ち会わせたい、と言うのだ。行う予定らしい伝説の内容は決して
褒められるものではなく、むしろ大勢を敵に回しかねないものばかり。彼だけが罰を受けるのならいいが、巻き添えにされては――。
沈黙するさとり。彼の「心」はわかっている。まっすぐ見つめている、目でも、心でも。
「どうして――そこまであの子のことを――」
聞かなくてもわかってる。しかし、彼の口から聞きたいと思う。さとり妖怪である故の矛盾。しかし彼は誠実だった。
「笑わせたいんだよ。笑いすぎて瞳がドーンと開くぐらいに。あ、これ以上は何も言うな。わかってても言うんじゃねえぞ。
言ったらお前のサードアイに俺の【ピー】をズームインさせてトラウマ残してやるよ」
と黒スパッツに手を入れようとする仕草を見せる。
「……わかりました。では、こいしを呼んできましょう。すぐに見つかればの話ですが……」
立ち上がり、ドアへ向かう。すると奥からこいしの声が聞こえてくる。ちょうど戻ってきたみたいだ。
振り返ると江頭が満面の笑みを浮かべていた。
「よーし! 伝説作るぜーっ!!」
『彼の中では、こいしの話を聞いた時からきっとそう考えていたのでしょう。これが完全な私利私欲のためだったならば
私は断固反対し、もしくは命を奪おうとしたかもしれません。私欲のために妹の過去を利用するのならば――。しかし、その程度の
人物だったら私はそもそもここに連れてきませんでした。言葉も心も完全に一致させたのならばまずは信じてみようと思ったんです』
――古明地さとり
戻ってきたこいしに事情を説明すると、「面白そう!」と乗り気で、すんなりと頷いた。さとりは予想していたとはいえ、あっさりと話がまとまったことに苦笑いしながらも「お願いします」と江頭に頭を下げた。この時、彼はちょっと照れくさそうだったという。
「夕飯までには帰って来てくださいな」
さとりは二人にそう声を掛け、見送った。その様子をこっそりと窺っていたお燐がそわそわしながら顔を出す。
「ここにクレームが来なければいいんですが……」
「大丈夫。彼は真面目に痛快な行動を取っているのだから。地上にもわかる者はいるでしょう」
二人の姿が完全に見えなくなると、そう呟き踵を返した。
この日から、幻想郷に数々の伝説が生まれる。
伝説1 河童と相撲取り
「で、エガちゃん。妖怪の山に着いたけど何をするの?」
「外の世界では、河童は相撲が得意だという話があるんだよ。そして、河童がお尻が大好きだってことも」
「あー……尻子玉だったっけ? 見たことはないけど」
「河童と相撲を取って勝つ。そして逆に俺が河童の尻子玉抜いてペロペロしてやるよ」
こいし、絶句。
「……ま、まあ。まずは河童を探さないとね」
記念すべき幻想郷に残る伝説の1回目は河童相手の真剣相撲。
今回、江頭が相手に選んだのは河城にとり。規格の内容は彼女と相撲を取り勝利を収めること。
河童と相撲を取るときはお辞儀をして相手もお辞儀をしたところ頭の皿から水がこぼれて弱体化したところを倒すといった
話が多く聞かれるが江頭はこれに反発。ベストの状態の河童を相撲で倒し日本男児はまだまだ強いということを示すというのだ。
にとりをよく見かけるという川を目指し歩く二人。幸い、こいしが道のりを知っているということで問題なく川に
辿り着くことができた。にとりは仲間の河童数人と談笑しているようだ。
「いよおおおおおおおーーーっ!!」
姿を見かけるや否や奇声を上げて走り出す江頭。
「わあああっ!?」
突然、上半身裸で黒スパッツ姿の男がこちらに向かって走りってくる珍事に驚く河童達。だが江頭はその中でにとりの姿だけを捉え
彼女の前に立った。
「たのもーっ!!」
「ひ、ひゅいっ!?」
いきなり指で差されて声をかけられれば普通は驚く。彼女の反応は至極当然だ。
「お前ら河童は相撲が好きだって言うだろ? 俺は外の世界から来たから向こうの進化した相撲を知ってるんだよ。
俺と相撲で勝負じゃ!!」
「は、はいっ?」
「俺が勝ったらお前の【ピー】に手を突っ込んで尻子玉引っこ抜くからな!」
ヒートアップする江頭と圧倒されてタジタジになっているにとりの間にこいしが入り、慌ててルールの説明を始める。とりあえず
ベストの状態で挑めることを聞き、納得してくれた(しなかったらしなかったで暴れられそうだったから)。
「いよおおおし!」
ガッツポーズを取る江頭。そこへ――。
「え、江頭さん……?」
通りかかった早苗が江頭達の姿を発見し、何をしているのかと近づいてきた。丁度いい、と言わんばかりに江頭が今回の企画の
説明を始め(【ピー】に手を突っ込んで云々という話は語らず)、せっかくなので協力しろと言ってくる。鞄からビデオカメラを
取り出すとそれを早苗に渡す。
「え? えええっ!?」
「待ったなしだからな! 伝説は待ってくれねぇんだよっ!!」
抗議する暇を与えず、颯爽と土俵作りに勤しむ江頭。もっとも、河原の石を集めて土俵のような形にするだけの子供にもできる
超即席の土俵だったが。
(そんな……まさかこんなことになるなんて……)
実は、早苗がここを通りかかったのは偶然ではなかった。偶然は、この男と出会ったことだ。
今朝、文の新聞が届き目を通すと、昨晩の宴会のことが書かれていた。
『惨劇の神社! 幻想入りした外来人が全裸で大暴れ!』
『要注意人物江頭2:50。実は新種の妖怪か? 八雲紫に大胆接吻未遂!?』
等々、少し誇大化された部分もあるが大体は江頭が危険人物であることが書かれている記事だった。
「いやあ、愉快痛快」
諏訪子は笑いながら新聞に目を通し、早苗にこう言った。
「まあ、ただの人間ではないかもしれないね。なあ神奈子」
「う、うーん」
こちらは反対に渋い表情で唸る神奈子。しかし、首は横に振らない。
「ただの人間ではないって、どういうことですか?」
ん、と諏訪子が腕を組む。
「言葉ではうまく言えないんだけど……あの男から……不思議な力を感じたんだ。早苗や霊夢のとも、私らとかとも違う
んだけど……強いて言うなら、何かが憑いている? ああ、邪悪なものではないんだけどね。だろ、神奈子」
「まあ……そうだな。寺の連中や仙人共もそこら辺はわかってるはずだ」
「は、はあ……私には、ただの変……破廉恥な人にしか見えないのですが」
ここ、幻想郷では常識に囚われてはいけない。というのはわかっているのだが、相手は外の世界から来た人間で、しかも
来たその日の夜にあれだけのことをやらかした。まともな神経ではできないだろう――しかし。
彼が人里で幻想郷での生活のため準備をしてきた時の姿は間違いなく常人の振る舞いそのものだ。演じているわけではなく、
自然体に見えたし。外の世界の話をしている時も政治等の話題ではしっかりとした自分の考えを持ちそれを話してたではないか。
そう……彼は、常識を知っている。普通の人間の生活を知っている。ならば、あの晩はどうしてあのような行動に?
そういえば、彼は芸人だと言っていた。――それだけで?
色々と試行錯誤し困惑する早苗に、諏訪子がニンマリと笑う。
「そんなに気になるなら、会ってみたらいいじゃないか。もしかしたら、あの男はこれから幻想郷で
誰もできないことをやるかもしらん」
「まさか、彼を信仰に利用しようと――」
「それはない」
きっぱりと神奈子が言い切る。
そこへ「すみませーん」と誰かが神社を訪ねてきたので早苗が応対に向かうと雛だった。
「何だか、川の方で大きな厄を感じるのですが……様子を見に行ってもらえませんでしょうか? えと……
何か、この厄にはあまり近づいてはダメだと私の中で何かが――」
というわけで川へ向かい。現在に至る。そして、なぜかビデオカメラを構えている。
ルール説明
・にとりと江頭の相撲一本勝負(にとりの希望により服は着たまま)
・にとりは水の力を取り入れて全開となった状態で挑む
・張り手は禁止
「は、はい。どういうわけか全く持ってわかりませんがとりあえず常識に囚われてはいけないという
ことで早速勝負の方を始めたいと思います」
石を並べただけの土俵モドキ、向かい合う江頭とにとり。人間に友好的な河童達でよかったとカメラを構えながら司会のような
言葉を述べる早苗は心からそう思った。
「よーし、カメラしっかり撮ってろよ。幻想郷の男達が喜ぶ映像にするんだからな!」
早苗の方へスマイルを浮かべながら腰に手を当てポーズをとる。こいしはといえば他の河童達に交じって
観戦モードに入っている。
(撮れたとしてもうっかり足が滑った振りをして川にカメラ落としちゃいましょう)
にとりに心配いらない、とアイコンタクトを送ると一瞬安堵の表情を見せた。行司役の河童が声をかけ、二人とも身構える。
「待ったなし。はっけよい……のこった!!」
「うおりゃああーーーっ!」
パンっ! 江頭が両手を大きく叩く。猫だましだ。「わっ!?」と怯むにとり。そこへ掴みかかる江頭。
「くっ、この……!? き、きゃあーっ!!」
こちらもスパッツを掴む――その瞬間、江頭が顔をぐっと近づけてキスをしようと迫る!
「ちょっ!? え、えーがーしーらーさーんっ!!」
カメラを落とし絶句する早苗。騒然とする河童達。目を大きく丸くするこいし。さらに、こっそりとお尻まで揉んでいる。
「い、嫌、嫌だーっ! やめてっ!」
引きはがそうとするにとりだが離れない。それどころかこのままだと押し出しで負けてしまう。そうなれば何をされるかわからないという
女としての本能が警戒の鐘を鳴らす。相手がただの人間であることも忘れて、妖怪としての力が籠る。
「おおーーっ!?」
江頭のスパッツをマワシを掴む要領で持ち上げるとそのまま川へ豪快に放り投げた。
ザッブーン!!
大きな音を立てて川に沈む江頭。大歓声と拍手が響き渡る。あっさりと敗北した江頭が立ち上がると薄い髪の毛が濡れて垂れ、
まるで落ち武者のような顔になっていた。
「ぷっ! エガちゃん、あはははっ!!」
その姿が可笑しかったらしく、こいしがお腹を抱えて笑う。河童達もつられて笑う。早苗も、にとりさえも口元を抑えて
笑いをこらえている。
肩を落とし無言で土俵に戻る江頭。二人の間にこいしが入り、にとりの右腕を掲げた。それと同時に地面に大の字になり倒れる江頭。
幻想郷初めての挑戦は何ともあっさりと無様な失敗に終わった。
と、普通ならば誰もがこれで彼がすごすごと撤退するだろうと思うはず。
「ふざけやがって~~!」
「うわっ!?」
まだ力を残していたのか、にとりに掴みかかるとそのまま押し倒し、スパッツを脱ぎだし、ポロリと【ピー】が飛び出た。
馬乗りになり【ピー】をにとりの顔に近づけ「キュウリ食べろ!」と叫びだす。
「え、えがしらさーんっ!」
片手で顔を隠しながらも必死に制止の声を上げる早苗だが聞く耳持たない、そこへ騒ぎを聞きつけた男の河童達が怒声を上げながらこちらに
向かって走ってくる。これを見て江頭も慌ててスパッツを穿き直し。
「逃げろ、逃げろーっ!」
と、早苗とこいしに呼びかける。
「えっ!?」
「ほら、早苗さん逃げるよっ」
こいしに手を引かれながら走り出す。
(えっ!? えっ!? どうして私まで!?)
確かにカメラは持たされたが、まさかあんな行動に出るなんてこっちも予想していない。無我夢中で走っているうちに3人は
山を下りていた。3人とも息が荒い。全力疾走したから当たり前なのだが。
「ぜえ、ぜえ……え、えがしら……さーん……」
「ふう、ふう……こんなに走ったの久しぶり、かもぉ……」
疲弊しながらも立っている二人と対照的に膝をついて満身創痍な江頭。人間の年齢でいえば中年だからこの中で
体力がないのは当然かもしれない。
「ブリーフだったら、勝ってたぜぇ……」
意味不明な負け惜しみをか細い声で言うと、大の字で仰向けになった。
伝説1 河童と相撲取り チャレンジ失敗!!
その後、息を吹き返した江頭は二人を連れて人里へ出向いた。新聞の効果もあるだろうが、黒スパッツで上半身裸の姿の江頭は道行く人間全てに
奇異な目で見られた。子供が指させば母親が抱きかかえて小走りで去っていく。早苗は少し距離を置いてこいしと手を繋いで歩く。
「おーいっ、こいし、早苗っ! 飯でも食おうぜ!」
「はううっ!?」
が、呼ばれてしまい哀れこちらもみんなから変な目で見られてしまうのだった。
当の本人はどこ吹く風といった感じで店に入り、椅子に腰かけるので二人も座り、注文をとる。
「私、こういう所でご飯食べるの初めてなんだ」
こいしが水の入ったコップを片手に嬉しそうに話す。今日はとにかく彼女の表情がコロコロ変わる。さっきの騒動でも相撲を興味津々で
眺めていたし江頭の暴挙にも驚き、一緒に逃げた時も必死そのもの。
(……そういえばこの子って……まさか江頭さんは……?)
頭にふと、ひとつの考えが浮かぶ。しかし、ここで彼に直接訪ねるのも無粋だ。今は心の中にしまっておく。
「そういえば、ビデオカメラなんだけど」
「あっ、落としたままで……す、すみませんっ!」
ぺこぺこ頭を下げる早苗だが、江頭は手を振りながら「それはいいんだよ」と言う。
「今更気づいたんだけど、幻想郷ってテレビがなかったんだよなぁ」
「はい」
しくじった、と言いたげに首を振る。
「それじゃあ映像にしても意味ないよなー……。せっかく男性視聴者を喜ばせられると思ったのに。なあ?」
「へっ?」
調理中の店主に声をかける江頭。驚いて顔を上げた店主(小太りの男性)。
「お前モテないだろ? ぶっちゃけ未だに【ピー】だろ?」
「ちょっ、ストーップ! 江頭さぁんっ!!」
傍若無人。店主、苦笑いしながらも頷く。
「この幻想郷って、女ばっか目立つじゃないか? 男って肩身が狭いと思うんだよなあ」
腕を組み、深刻そうに表情を硬くする。眉間に皺まで寄せて。
「だからさ、見てみたいだろ? そういう女達が【ピー】してあられもない姿になったり喘いだりする姿」
「ま、まあ……」
店主。わりとマジで返事を返す。こいしは我関せずと水を飲んでいる。
「いやー、ワクワクしてきましたな。これは伝説になるぜ!」
料理が運ばれてきた後も江頭の話は止まらない。
「ここにテレビがあればお前らが喜びそうな映像バンバン流してやるのになあ」
「つまりAVもないってことだろ? この世界の男共はアッチの処理はどうやってんだよ? エロ本か?」
「俺は妖怪はみんなおぞましいヤツとしか思ってなかった。ここの妖怪って女ばかりじゃん。どうして男共は
積極的に妖怪退治しないんだ? こっちが襲えるぜ」
いつの間にか彼の話には店内の客みんなが聞き入っていた。女性陣は顔をしかめ、男性陣は苦笑いを浮かべながら。それでも
一部の男性は嬉しそうに。
彼の話には基本的に品性はない。欲望に忠実なものであったり暴言だ。それでも、一部の人間には夢を抱かせた。
「なっ! お前らも八雲紫の【ピー】見たいだろ? 俺は胸揉んでやったけど」
「にとりって河童と相撲をとったんだが、いいケツしてたぜ~。ありゃ自分で自分の【ピー】に手を突っ込んで尻子玉抜いて
【ピー】してそうだよな」
食事を終えても話が止むことはなく、口コミで寄せられたのか店の外にまで人が寄ってきた。中には同席している早苗を見て
ヒソヒソ話を始める連中も。また何かよからぬことでも企んでいるのではないか、という感じに見える。ますます早苗の
肩身が狭くなる。
「よーしっ! 近いうちにお前らが喜ぶようなすげえ写真とか持ってくるからな。待ってろよ!」
最後にそう言い放つと、すっかり打ち解けた店主を指さし、
「こいつは絶対、俺のいる世界にいたら性犯罪に手を染めてるぜ。というか、AVもないこの世界だとお前らも
犯罪者予備軍だぜ!」
本来、こういうことを言えば反発を招きヘタすれば暴動沙汰にさえなるだろう。しかし、この男が言うと不思議と
笑い話で済んでしまう。
それだけ彼の話し方は清々しいほどストレートで小気味がよく、不思議な力を持っていた。女性である早苗ですら、途中から
何回か吹き出してしまったし、こいしに至っては感心しきり。
「犯罪予備軍の男がやってる店だって宣伝していい?」
「お願いします」
「おいおい、コイツ【ピー】かよ!?」
漫才のようなやりとりをし、店を出た。しかし二人は知っている。勘定を済ませる時、江頭が店主に
金額以上のお金を店主に渡していたことを。
「エガちゃんってさー、いい人だよね」
江頭と肩を並べ歩くこいしが笑う。彼が喋っている間に店には彼の話を聞くため人が押し寄せ、満席になった。
店主も「ここまで客でいっぱいになったのは初めてです」と戸惑うほど。そして最後に「だからコイツが犯罪に走らないように、
誰か嫁さん立候補してやってくれ」と言ってさりげなくアピールまでしてくれていた。
「そうですね……接し方とか、色々変えれば、妖怪のみなさんも見直してくれたり……」
今からでも普通に振る舞って、宴会で植えつけたマイナスイメージを払拭したらどうかと早苗が提案するが、
「俺が反省したら面白くないだろ?」と一蹴。
「お姉ちゃんも悪い人じゃないって認めてるんだし、みんなもエガちゃんがいい人だってこと、わかってくれる
と思うよー? 話もうまいし」
しかし頑なに首を振った。
「お前の姉ちゃんは……まあ、恩もあるし、さ」
『そこだけ、エガちゃんはちょっと歯切れ悪かったんだ。その時はやっぱりお姉ちゃんの能力が嫌なのかなって思って……それを
はっきり言われたら辛いから……追及はしなかった。でも今だったら……照れてたんだなって思う。あんまりそれを知られたくなかった
なーって、さ』
――古明地こいし
『当時の人々の反応ですか? 半分半分だったかと。熱狂する人もいれば嫌悪感丸出しにして視線を送る人達も
いましたし。もっと素の姿を見せていれば支持者というか、好感を持たれたと思うんですが、芸人としての彼の
信念が許さなかったのではないでしょうか』
――東風谷早苗
次に江頭が目指したのは里にある貸本屋、鈴奈庵。映画が無いのでせめて読書を、と言い
尋ねると丁度店番をしていた小鈴と鉢合わせになった。
「あっ、貴方は確か新聞に載ってた……」
「いや~、春ですね~」
にこやかに挨拶をすると間髪入れずに本を探す。新聞での情報を知っていた小鈴は少し身構えていたが
拍子抜けしたように顔を首を傾げた。
「あ、あれ?」
「お客として来てるだけなので問題ないと思いますよ」
「うん」
すかさずフォローを入れる二人。やはり新聞の記事だけだと彼は危険人物この上ないらしい。
これからも行く先々でカバーしなかればならないんだろうなあ、と早苗は心の中で苦笑いを浮かべる。
そこへ幻想郷縁起の作者である阿求が店を訪れた。
「早苗さんと……確か貴女は……こいしさんでしたね? 珍しい」
「初めましてー」
ぺこりと一礼。そこへ江頭が戻ってきた。
「古い本ばっかりだな、おい。映画の原作となった物語がいっぱいあるよ」
「あっ……」
「江頭さん、この方が幻想郷縁起を書いた阿求さんですよ」
それを聞き、驚いた顔を浮かべる江頭。こんな女の子があれだけの内容の書物を書いたのか。
驚きと感心を込めて「おお~~」と唸る。
「初めまして、江頭さんですよね? 稗田阿求と申します」
「いやあ~、読ませてもらったよ。すごいよな、あんなに膨大な情報をまとめるなんてマジすごい。
妖怪の小説とか書いたらきっと売れるぜえ? 少なくとも俺のいる世界だったら妖怪マニアの間では
すげえ人気を得ると思うぜ」
「えっ?」
「しかも美少女! これは男の読者増えるよー!」
阿求は珍しく頬を染め狼狽えていた。ここまでストレートに、堂々とお褒めの言葉を貰うなんて殆ど経験にない。
「そうだ、せっかくだし、本に書かれてた以外にも聞きたいことがあるんだけど時間とか大丈夫?」
「わわっ。あ、はい。せっかくですし、私達も外の世界のお話が聞きたいです。ね、小鈴?」
いつの間にか数に含まれており一瞬口をポカンと開けていた小鈴だったが、すぐに好奇心が上回り頷き返すと
一行を奥の座敷に案内した。
「それで、これが原作となった映画なんだけど……クッッソつまんねえ!!」
「ええーっ!? そうなんですかーっ!? あれ、阿求も気に入ってたのにー」
「何だかショックー……」
「この本が幻想入りしたのは、きっとその映画のせいだな! それぐらいひどい出来だったぜぇ~」
「え、えっと……私が生まれるよりもずっと前のだから、何とも言えないですね……はは……」
「エガちゃんがそう言うんだからきっと暇潰しに使う時間も勿体無いぐらいなんだろうねー」
こんな映画よりも幻想郷の巨乳美女達の【ピー】を上映した方がずっと面白いと言う江頭を早苗は
「えーがーしーらーさーんっ!」と顔を真っ赤にして耳を引っ張りながら止め、阿求と小鈴も意味を理解してたので
だんまりを決め、こいしは首を傾げていたがとりあえずエッチな話題なんだろうということはわかった。
この後も日が沈むまで江頭の映画談議は続き、こと阿求と小鈴は聞き入るうちに映画というものに思いを馳せた。
「読んでて物語を想像するだけだったのが、映像としてこの目で見れるって、ちょっと素敵かも」
「だけど、原作を知れば知るだけ自分の中で持ってるイメージとのギャップがあると思うのよね。
その作品に愛着を持っていれば尚更のこと。んー……」
興味津々の阿求と、原作と映像の違いに真剣に悩む小鈴。そこへこいしが疑問を投げる。
「でも、幻想郷ってエガちゃんが言う映画ってできそうな場所かな?」
「映画館はもちろんのこと、機材とかもありませんからねぇ……テレビさえもありませんし」
外の世界から移り住んだ早苗が言うと説得力が倍増。うーむ、と腕を組みしばらく考え込み、ふと思いつく。
「小鈴、ここには映画関連の本とかは流れ込んでいないのか?」
「んーと……ちょっと待ってて」
立ち上がり、店内を探し回る。そして一冊の本を手にするとパタパタと小走りで戻ってきた。
「ありました! 映画の機材とか設備とかが描かれてますね。ここ(幻想郷)で生きている限りは縁がないだろうと
印象に残ってなかったのですが……」
どうやら図解本のようだ。受け取ってページを頷きながらめくる。そして。
「幻想郷に映画館建てようぜ」
あっさりと、そして壮大なことを言ってのけた。みんなが目を丸くし黙り込む。
「いや、まずはエイガー館だな。俺の活躍を観てくれー! と言って俺の番組を
ひたすら流して伝説にしてから映画館建設だよ」
彼の語った夢はこうだ。
エイガー館について
小屋みたいなのを作り、映写機を使っての上映。映し方は映画館というよりは学校や会社のプレゼンテ-ション
で使っているようなスクリーンを使用する。
映写機は幻想郷に流れ着いているものがあればベストだが、無ければ河童に作ってもらう、それも無理なら紫を脅して
機材一式を持ってこさせる。
まずは自分が幻想郷各地に赴き活動してそれを撮影。翌日に放送する。
客が増えてきたら週に一度、直接自分が赴き外の世界の映画を話すトークショーを行う。
映画館建設署名を集めて八雲紫に提出。伝説達成。
「完璧だよ!」
根拠もなく、すでにこれは未来でそうなるとわかっているように不敵に笑う。映像技術や電波云々は色んな能力を持ってる
幻想郷の住人達に何とかしてもらうらしく、彼女らも納得させるうえでの署名活動とアピールのための活動を行うという。
にとりに仕掛けた相撲を騙ったセクハラまがいのことも含まれるのかと聞いてみると曖昧に微笑むだけだった。あまりにもアホらしくて
無謀な夢をぶち上げたが、予想に反してこの二人は感心したように頷く。
「それは……とっても面白そうだと思いますよ」
「うん。漫画みたいなことだけど。漫画みたいなのばっかりの幻想郷でも。それでも凄いです」
誰もができないようなことをやろうと邁進する者には誰かを引き寄せる力がある。実際、映画館建設を話す彼の表情は真剣そのもので、
そのためなら全身全霊、何を言われようとやってやるという気迫が、情熱があった。映画に興味を引かれた二人が賛同するのは
当然かもしれない。
「よーし、待ってろよお前ら。伝説の存在が多いこの幻想郷でそいつらよりもずっと凄い伝説を見せてやるからな」
そして早苗とこいしにも視線を送り。
「お前らには、特等席で俺の伝説見せてやる。生き証人になってくれ」
二人も頷いた。というか、自然に頷いてしまっていた。
『生きてきた中で一番はしゃいだかもしれませんね。彼の言葉は言葉だけならば凡庸的なものが多い。でも、彼が言えばどんな発言も
力強く胸を打つ。その後の彼の起こした行動を見れば一目瞭然でしょう?』
――本居小鈴
『ワクワクはしてました。でも、やっぱり心のどこかで「そんなことできるわけがない」と呟く冷めた自分もいました。
それでも、不思議でしたがあの人なら本当に……と、思わせてしまうんですよね。色々な意味で罪な人でしたよ』
――稗田阿求
二人と別れ、里の出口にて早苗とも別れる。
「うーん、やっぱりちょっと不安ですね。河童の皆様が騒いで一悶着なければいいのですが……」
「エイガー館計画のことを話せばきっとそっちに乗り気になって忘れるよ」
早苗に声を掛け励まそうとするこいしの横で江頭は小さく「すまん」と言う。ハイになるとどんな妖怪よりも
恐ろしいが落ち着くと常識人の顔になるのだ。
「あの置いてったビデオカメラ、よかったらあのにとりって子に渡しといてくれないか? 機械好きって言ってただろ」
そしてすかさずエイガー館計画のことを話してみれ、と。意外と姑息だ。小鈴の店から借りた映画機材の本も持たされて。
「まあ……見つかれば渡しておきますよ。直接謝ればいいのに」
「俺が反省したら面白くないだろ」
はあ、と大きく息をつき。
「テンパってまた暴走されても大変ですし……こっちで何とかしてみます」
「すまん」
本当に、こうして会話をすれば普通の人なのになあ。
「くすっ。いいですよ。私も江頭さんの伝説とやらに興味がありますし。今後ともご贔屓に。こいしさんも、今日は
楽しかったです。また逢いましょう!」
と言い、颯爽と飛んでいく。姿が見えなくなり江頭が呟いた。
「空飛んでるなんて……スパッツとか履いた方がいいぜ、性欲がみなぎった妖怪とかに見つかったら大変だろ」
「あはは、てっきり「本当に人間かよー!」って言うと思ったら。エッチなのか、心配してるのか……」
「そりゃあなあ。結構いい体してるしよ。でもまあ、いいヤツだよな」
「うん」
こうして幻想郷1日目は終わった。結論で言えば、相撲の件については河童達からはお咎めはなく、ビデオカメラも拾われていたが
早苗が江頭の伝言を伝えるとにとりは目を輝かせて喜んだ。確かに驚かされたがその後の彼の逃げ回る姿やらが愉快で、下ネタ好きな男の河童達も話を聞き爆笑していたらしい。
安心してにとりにエイガー館計画のことを話すとこれまた関心を持ち、できることがあれば協力したいと言った。ただ、機材などについては
今の自分の技術では難しいかもしれないと述べる。
それを聞いてガッカリしていた自分に気づいた早苗は、とことんまで彼を見守ろうと決意したのだった。
私室にて。さとりは椅子に座り、ぼんやりと天井を見ながら妹・こいしのことを想う。
あの外来人――江頭に連れられて遊びまわったことを実に嬉しそうに話し、人里の飯屋で初めて食事を取ったことや、
阿求と小鈴と早苗を交えてみんなで談笑したことも。
妹・こいしの能力は「無意識を操る程度の能力」である。これにより他人に認識されずに行動することができて、
目の前に立っていたとしても相手が彼女を認識できない。仮に視界に入って認知されようと、道端に転がる小石のように
すぐに記憶から消えてしまう。相手に嫌われて傷つくことはないが、後ろに引くことも前に進むこともない。
それこそ、世界は自分自身だけの閉ざされた空間と言えよう。
しかし、あの男は――。
「エガちゃんが声を掛けてくれて――」
相手と楽しく会話をしていても、ふと相手の視界から消えたり、別の人物と話を始めたりして意識が向けば
忘れられてしまう。それが今日は殆どなかったという。
心を閉ざした上で無意識。どんな行動を取るかはこいし自身にもわからない。普通に彼らから離れてどこかを
フラフラしていた可能性だってある。むしろ、そっちの方が極めて高い。
だが、彼はこいしがそうなる前に声をかけ、引っ張り込む。輪の中に。それは実に自然な形で。だから、
他の者もこいしを認知する。個性の塊ともいえる彼の存在感がまるで能力を掻き消してかの如く。
「……」
トントン。
自分の開いたサードアイに視線を戻したのとタイミングを合わせたかのようにドアがノックされる。
「お燐ね? 入りなさい」
静かにドアが開くと、恐る恐るといった感じにお燐が入ってくる。そしてパタンと後ろ手で閉じる。
「こいし様は寝ると言って部屋に戻られました。江頭のおじさんはお空と遊んでます」
「その……『ドーン!』とかじゃないでしょうね?」
探るように、細い目でじっと見る。
「い、いやいやいや! それはないです! ええと……『取って、入れて、出す』とか言って腰を引いて両手を出すポーズ
みたいなのをやってました。まあ、アレも意味不明なんですがお空のヤツはノリノリで楽しんでますっ」
最初はお燐自身も『ドーン』を教えるのではないかと肝を冷やしまくったのだが、事前にお空の性格等を知っていた江頭が
「ドーン教えて間違ってここをドーンと爆発させたら笑えないだろ?」と配慮してくれた。これから幻想郷で色んな無茶なことを
仕出かすらしいが、こういう所はきっちりと線を引いて守ってくれているのは助かる。さとりも納得したらしく、安堵したように頬を
緩ませると目を閉じ。
「不思議な人間。外から来たのに、この幻想郷に溶け込むどころか、逆に引っ張りまわしている。自分のためではなく、誰かを
楽しませるためというのを根底に動く。あんなに嬉しそうなこいしの顔、長い間見なかった気がする」
無感情な子ではない。表情はむしろ結構変わる。しかし、それさえも無意識に、本人もその感情を忘れてしまう。
「――彼に期待を抱いてしまうのは、我儘でしょうか?」
項垂れながら、か細い声で。お燐に問うよりも、自分の心に呟くように。
「いえ、当然の感情かと思いますよ。こいし様はさとり様のたった一人の妹なのですから」
「……」
顔をゆっくりと上げ、じっと見る。お燐もニカっと笑い大丈夫と言わんばかりに頷く。「ありがとう」と
今度はしっかりと彼女を見て、頭を下げた。
「うにゅ! 取って、入れて、出ーすっ!!」
「いよぉぉし、完璧!」
そんな二人のやりとりは全く知らず、お空に芸を仕込む江頭。パチパチと拍手を送り微笑む。
「わーいっ!」
これに対し両手を上げて喜ぶお空。最初は「ドーンをやってみたい!」と言い制御棒を撃とうとしていたので
「それよりも面白い芸がある」と言いくるめこっちにした。思惑通り、彼女の興味は完全にこっちに逸れた。
お世話になってる人(妖怪)に迷惑をかけるわけにはいかない。
「ねえねえ江頭さん、江頭さんの髪の毛にメガフレア撃っていい!? 何か、すっごく燃えそう!」
「うおぉぉいっ!? やめろよぉぉぉっ!!」
そして、物騒だし。
この叫びが聞こえたのか、駆けつけたさとりとお燐が仲裁に入り一同は就寝に入るのだった。
翌日も、江頭はこいしを連れて地上へと向かった。向かった先は昨日訪れた飯屋だ。客はまばらだったが江頭の姿を見て散って行く人と
近づいてくる人が見事に二つに分かれ、騒然となる。集まる顔ぶれは男性ばかりで、お世辞にもいい男とは言えず、結婚どころか生まれて
このかた女性と付き合ったこともない連中ばかりだ。
「幻想郷は何でも受け入れるとか言ってるけど嘘ばっかじゃねーか。それならお前らも俺もモテモテになってるだろ」
と笑わせたり、ガリガリの男性を捕まえて傍に置き、自分の持ちネタのひとつである「がっぺむかつく」(「がっぺ」と言い片方の手を後頭部に持っていくことで露出した自身の腋毛をむしり、「むかつく」で腹が立った者に向かって腋毛を投げつける。脚はクロスさせるのが伝統)
を披露した後「お前もやってみろ!」と服を脱がせて真似させたり。エスカレートしそうになる度にこいしが「エガちゃん、エガちゃん」と
間に入って止める。早苗がいないのでストッパーは自分がやるしかないと思っているようだ。
その後ひとしきり店内を笑い声でいっぱいにして店を出ると、袋を持った早苗と顔を合わせた。
「あ、江頭さんにこいしさん! やはりここに来てたのですね」
「早苗だー。買い物してたの?」
袋を見て尋ねるこいしに早苗は小さく首を振り、袋を江頭に渡す。「えっ?」と驚く江頭に対し「いいから中身取ってみてください」
と急かす。こちらもかなり打ち解けたようだ。
「おっ、これは……」
それは、昨日落として、そしてにとりにあげたはずのビデオカメラだ。話によると、エイガー館のことを聞いたにとりが「それなら
、これを使って撮影するのが手っ取り早いでしょ」と貸してくれたらしい。それで江頭を探しに来たというわけだ。
「これは河童の協力も得られたってことだよねー、エガちゃん」
自分の事のように喜ぶこいしに力強く頷く。現在は地霊殿、一部の里人、そして早苗の神社と河童の支持がある。
「……よし。特攻かけるぞ。特攻して一番インパクトがある場所ってどこだ?」
「そうですねー……紅魔館でしょうか? レミリアさん、目立ちたがりですし」
「私、あそこにいるフランちゃんとたまに話すから道案内はまかせてー」
ビデオカメラを取り、ピースサインを出すこいし。
「操作方法とか、わかります?」
「全然! だから教えてー」
初めて目にした玩具を手にしてはしゃぐ子供同然の彼女に丁寧に説明をする。本当ならカメラの使い手である天狗の記者らの協力を
得たいのだが、どうも天狗からは受けが悪いらしく。
「新聞に載せられない愚行は撮影できない」と言うのだ。早苗から聞いた話である。
「ここのマスコミは外の世界よりも優しいな。あっちのマスコミはゴミだぜ」
「……そうですね」
外にいた早苗もこれには同意。
「覚えたよー二人とも。で、どうするの?」
「もちろん紅魔館だ。吸血鬼とか色々言われてるけど所詮人間でいう小学生だろ? 楽勝だよ」
「相変わらず無意味に自信満々ですねえ……」
伝説2 紅魔館特攻
紅魔館を拝啓にこいしがカメラを構え、江頭と早苗が並ぶ。
「はい、それでは江頭さん。今回は紅魔館で何をするのでしょうか?」
「あいつら(里の男達)に聞いたんだけどな。幼女にメイドに巨乳と色とりどりな館らしいんだよ」
「ま……まあ、確かによりどりみどりですよね、はい」
「これはもう潜入して視聴者諸君が喜ぶような映像や秘密をゲットしてくるしかないでしょ?」
「えっ?」
「メイド長がPADを使ってるのかどうかとかも気にしてる野郎もいてさ。俺もそれを聞いて思ったのよ。これは実際に
揉んで確かめるしかないってさ」
どこからか早苗が笛を取り出すと。思い切りピーッと吹く。
「死にますっ! 死んじゃいますって! 幾らなんでも相手が悪すぎます! 咲夜さんだけでなくレミリアさんも妹のフランさんも
すごい実力を持ってるんですよ!? 門番さんでも正面から挑んだら……」
「上等だよ! それぐらいやらないと伝説にならないだろ?」
焦る早苗とは裏腹にカメラに向かって指を差し。
「よーしっ! 視聴者諸君! お前らの欲望、実現させてやるからよーく見ておけ。ティッシュ用意しとけよ!!」
ロリコンもメイド好きも巨乳好きもとくと見よ。
今宵、紅い館に黒い男が降臨する!
早速門番の美鈴のもとに向かう一同。こいしから裏口を使い忍び込む提案が最初はされたのだが江頭が
「門番の女のチェックもしないといけない」と言い正面から堂々と挑む。珍しい来客に目を丸くしながらも穏やかに出迎える美鈴
だったが、江頭の姿を見て首を傾げた。
「ええと……そちらの方は見慣れない方ですね。外来人の方でしょうか?」
「はい、江頭2:50です」
「江頭さんですか……失礼ですが何か拳法でもやってるので?」
黒スパッツに上半身裸の姿を見て変人とか変態ではなくまずは拳法家という発想に至ったのはさすがに
門番といったところか。
「いや、何も――」
「ドーン拳法!」
早苗の言葉を遮るように一歩前に出る。「えっ?」と早苗とこいしが顔を見合わす。
(いや、それは)
(出まかせだよねえ……)
だがこの男は止まらない。加速するだけだ。
「今から手本を見せてやる。よーく見とけよ」
「はいっ!」
これまた真面目に返事をしてしまうのだから。
「うおお……ドーン!!」
案の定、スパッツの中に手を突っ込み突き上げ、咆哮する。
そしてそのまま美鈴に体当たりをかます。
「わっ!?」
咄嗟に受け身を取ると素早く起き上がり、臨戦態勢を取り、早苗が慌てて笛を鳴らす。
「えーがーしーらーさんっ!」
何だか、こうして叫んで止めるのが絵になってきた。
「どうじゃー!」
全然悪びれることなくガッツポーズ。カメラを回すこいしも少し狼狽えていたり。
「ん~……不意打ちとしてならかなり有効だと思いますよ~。特に女性が相手だと大抵の女の人は
一瞬動きが止まるはずです」
不覚を取ったことを恥と思ったのか、それとも単純に恥じらいを感じたのか、美鈴の頬は少し赤い。
これに調子づく江頭は美鈴に勝負を挑んだ。勝負の内容は「ビンタ文字当て」。
ルールは美鈴が掌に自分の恥ずかしい秘密を書いて江頭にビンタする。江頭はそこで書かれた正解を当てるという単純なもの。
幻想郷縁起や新聞に書かれていないのはもちろん、紅魔館の住人さえも知らないであろう美鈴の秘密がわかるという夢見る男達にとって
はまさに夢のような企画だ。
あまりにも女性にとってはアホらしい企画故に3人は「あちゃー」と言いたげな顔を浮かべたが、
「あいつら(里の男達)の夢がかかってるんだよ! やらせてくれ!」とまさかの土下座。何だかんだでお人好しな性格の
美鈴は最終的にコクンと頷いた。
「男性視聴者諸君! 俺に任せろ! 男の生き様みせるぜぇ! 鼻が折れても! 歯が折れても!
文字を見るぞぉぉいっ!」
カメラに向かって目を血走らせながら、いずれこの映像を見るだろう視聴者に宣言をする。
「大丈夫なんですか? 美鈴さん」
「あはは……加減はしますから心配ないですよ~。これでもプロですし」
「いやその……いいです、始めちゃいましょう!」
「うわー……」
「えっと……それじゃあ、最初の問題はどうしますか?」
早苗に促されると、腕を組んで目を閉じてしばらく考え込む。そして。
『今まで【ピー】した人数』
「あのー、美鈴さん? 本当に書いちゃったみたいなんですがいいんですか?」
「うう……何だかノリに流されて……まあ、当てられなければいいんですよ」
美鈴は一応仕事中なのでチャンスは3回までということに。江頭と美鈴が対峙するように向かい合い、
こいしがカメラを構える。
「男性諸君! これは聞きてえだろ? 俺も聞きてぇ! いつでも来ぉぉぉいっ!!」
血走った目で突き刺すように睨み付ける。普通の人間のはずなのにこの眼光と気迫にさっきまで苦笑いしたり困惑気味だった
美鈴の顔が引き締まる。そして右手を上げて――。
「……いきます!」
バッチーン!!!
乾いた音と共に江頭が左の頬を抑えて「うっ!」と小さく唸り膝を崩し、横に倒れこむ。目は見開いたまま。
かなり力を抑えてビンタしたので幸い顔の形が変わるとか、顔が吹っ飛ぶことはなかったが。
「わあ……大丈夫、エガちゃん?」
カメラから顔を離してこいしが声をかける。早苗は江頭と美鈴を見てオロオロ。しかしバネのように体を弾ませて
立ち上がると、少し足がフラついたが大丈夫なようだ。
「一瞬、目の前に星が見えた」
「そ、そうですか。江頭さん、数字は見えましたか?」
加減したとはいえ、早苗とこいしの目にはビンタはかなり速いように見えた。しかし彼は美鈴を指さすと。
「……【ピー】」
「えぇぇぇっ!? そ、そんなに……その……たくさんの男性と……?」
「うっわー……」
その人数に、二人とも絶句。「嘘でしょう?」と引きつった作り笑いを浮かべて美鈴を見やる。
「――正解……です……」
「えええっ!?」
「おっしゃーーっ!!」
歓声とどよめき。しかし、歓声を上げた江頭もやがて驚いた顔になる。
「お前【ピー】人とヤってんのか!? ドッス黒いぜ~~~~っ!!」
「いや、その……」
「紅美鈴から黒美鈴に改名しとけよーっ!」
自分の股間を撫でまわしながら美鈴に追い打ちをかける。完全に墓穴を掘った。
「男性視聴者諸君! 紅魔館の門番はガバガバだぜ~~! 夜に来たらヤらせてくれるよー!!」
「わーっ! わーっ!!」
焦る美鈴だが、早苗もこいしもフォローしない。というか、できない。
「妖怪は長生きなのは知ってますけど、その人数はちょっと……常識を遥かに逸脱してますよ」
「うちのペット達でも、そこまで交尾した子はいないなー」
「ぐふう」
あまりの恥ずかしさからか、頭を抱えてしゃがみ込む美鈴。これはこれでチャンスなので早速紅魔館へと侵入する一行。
「それで、フランさんのいる地下室ってどこですか、こいしさん?」
「えっとー……」
そこへ、「キャーっ!」と悲鳴が切り裂くように響く。掃除中だった妖精メイドが江頭を指さしてわなわな震えている。
「へ、変態ーっ!!」
スパッツ姿で上半身裸なのを見てそう判断したのだろう。ウブな子のようだ。などと関心している場合ではない。メイドは顔を真っ赤にして
首を振りながら弾幕を撃ってくる。
「うおぉぉいっ!?」
弾幕が江頭の薄い頭を掠めた。未だに幻想郷で慣れていないものの一つがこの弾幕。悲鳴を聞きどんどん妖精メイドが駆けつけてくる。
このままだとメイド長である咲夜にも知れ渡るのは時間の問題であろう。とはいえ、ここで一戦交えるわけにもいかない。早苗とこいしだけだったら
容易にメイド達を撃破できるだろうが江頭は弾幕も撃てないし空も飛べない。
「二人とも、こっち!」
こいしが自分についてこいと言うように駆け出す。二人も後に続き、早苗が適度にメイド達に弾幕を撃ち牽制しながら逃げる。
「ぬおおおおっ!!」
流れ弾が襲い掛かってきたがこれを江頭は横っ飛びで軽快にかわす。
「あはっ、エガちゃんいい避けっぷりー!」
「そうですね……グレイズのセンスは抜群だと思います」
「弾幕とか……無理でしょっ……弾幕ごっことかやってるヤツら、人間じゃないぜぇ……」
息を切らしながらも一言物申すのは忘れない。
「いえ……私も含めて人間でもやってる人いますよ。そしてスペルカードルールを決めたのも人間である霊夢さんです」
「……じゃー私はっ、人間以外の人間ですっ!」
「ぷっ。何それーエガちゃん」
などと珍妙なやりとりをしながらメイド達の追撃を振り切り……否、途中からメイド達が青白い顔をして引き返して行った。
紅魔館で働くメイド達が最も恐れる場所といえば――。
「とーちゃくっ。ふー、ちょっと疲れたねー」
「はあ、はあっ……流石にずっと走るのって疲れますねー」
「普段飛んで怠けてるってことだろぉ? 地に足着けて進む大切さがわかったじゃねえか」
ひとつ息を吐くこいし。肩で息をしながらも腰に手を置き立つ江頭。膝をつきそうになる早苗。
「というか……江頭さん、ぜえぜえ……タフですっ」
「48時間不眠不休で歩いて走ったのに比べたらこんなの楽勝だよ」
「それじゃあ、ドア開けちゃいまーす」
ギギギ……と、重たそうな扉が開く。衣装箪笥に机と椅子、本棚にベッド。思っていたよりも普通の部屋だ。そして、ベッドの中に誰かが寝ているのを
発見。相手の様子をばれないように窺うにはうってつけのこいしが率先してベッドに近づき、両手で丸を作る。どうやら熟睡しているようだ。江頭はニンマリと笑い、親指を立てる。チャンスだと思っている彼とは対照的に早苗は安堵の息を吐いた。
「そ、それで江頭さん、何をするつもりなのですか? なるべく早く終わらせたいのですが……」
「お前はアホか。子供相手に何をビビってるんだよ、ぶぁ~か」
「いやいやいや、幻想郷縁起とか色々読んでるでしょ!? この子は危険ですってば」
「フランちゃん、別に悪い子じゃないよ?」
「こいしの言う通り。お前らは先入観で決めすぎ! 吸血鬼だとか500年近く生きてるとか恐れられているとか
言うけどぶっちゃけ人間でいえば子供だろ? 俺はいい歳こいた大人だぜえ?」
子供を怖がる大人はダメな大人だと言わんばかりに胸を叩く。
「いざとなったらニンニクを口の中にいっぱい詰め込んで、そのままほっぺにチューしてやるよ」
「いえ、それもそれで問題ではないかと……」
「視聴者はあの子の無邪気な姿を見たがってるからな。よーしっ、今日からあいつを全てを破壊する吸血鬼から全てを笑わせる
吸血鬼に教育してやるよ! よし、起こすぞ」
こいしの隣まで忍び歩きをし、しゃがんでベッドに眠る少女、フランドール・スカーレットの寝顔を覗く。
「これは……いよいよ犯罪っぽくなってきたぜ~」
カメラに向かい言うと、早苗に視線を送り彼女が持っている鞄を指さす。今回の為の秘密道具が入っているらしい。鞄の中から
取り出させたのは……一個のニンニクだ。そっと手渡すと、その愛らしい顔の近くにニンニクを近づける。
「……んっ……」
寝ていても苦手なものがわかるのか、不快そうに唇を真一文字にする。何という無謀で命知らずの行為だ、と絶句する早苗。
「あはは、フランちゃん嫌がってる顔だー。きっと夢の中もニンニク三昧だろうねー」
などと呑気そうに笑うこいし。ああ、彼女なら能力も考えて一番安全だろう。気楽なものだ。
「ん~……くっさぁい……」
目がパチパチ動く。早苗がさりげなく後方に下がりドアに背中をつける。だが江頭はむしろさらにニンニクを近づけて、とうとう
鼻にピトっとくっつけて、何とグリグリと押し付け始めたのだ。
(え、ええええぇぇぇっ!? ちょっ、何やってんのよこの人ぉぉ!?)
無謀、ひたすらに無謀。幻想郷縁起等に目を通したのならフランドールの危険性は知っているはず。それなのに、こんなことを。
幻想郷の住人でも、これをできる度胸を持つ者はいるかどうか。
などとオロオロしているうちに、とうとう悪魔の妹の瞳が開かれてしまった。
「んーっ……誰?」
目を開けたら見知らぬ中年男が立っていたら年頃の少女はどう思うだろう?
悲鳴を上げる。
何が何だかわからず呆然とした後悲鳴を上げる。
とりあえず誰かを呼ぶため叫ぶ。
ここ、幻想郷でなら無言で弾幕をぶっ放すのも不思議ではない。
「今日から配属された執事です」
「私の知ってる執事は、少なくとも上半身裸ではなかったんだけど」
(うわあ……割と冷静にツッコミされてるよ……)
自分がツッコミを入れるまでもなかった。
「やっほー、フランちゃん」
「ん? あ、こいしちゃん久しぶりー。もしかしてこの人達知り合い?」
自分が含まれていることに何となくショックを覚える早苗であったが、そう思われても仕方なかったので
結局折れて挨拶を済ませた。
こいしがエガちゃんと連呼するのでフランもエガちゃんと呼ぶようになり、落ち着いたところで江頭が切り出す。
「今日はな、お前を指導しに来たんだよ!」
「ええーっ!?」
江頭を除く三人が驚きの声を上げる。
「お前は何か破壊する能力だとか持ってるみたいだけどな、今日からお前には腹筋を崩壊させる程度の能力を身に着けてもらう!」
つまり、お笑いを教えるというのだ。
「いいか、俺がまず手本を見せてやる。よーく見てろっ!」
後ろに数歩下がり。
「キュッとして」
右手の拳を握り、「キュッ」と何かを握り締めているように動かして。
――そのままスパッツの中に突っ込む。
(あっ)
(あーっ)
二人は何をするのか察し、早苗は両手を頬にやった。
「ドーン!!」
スパッツがグングニル級に膨らむ。
「お、おーっ?」
目を丸くする。
さらに腰を引いて両手を出し(取って、入れて、出すのポーズ)、お尻を突き出すとそのまま壁に向かって跳び、
壁にお尻を当てる。江頭アタックだ。
「ドーンはまだまだ早いから、江頭アタックを伝授してやるよ!」
「う、うんっ」
図書館にて。今日は珍しく魔理沙、アリス、パチュリーの魔法使い3人が揃って読書していた。小悪魔が
紅茶を運んできて、談笑タイムに突入しているようだ。
「あの江頭って外来人、まだ帰る気はないのかしら。全く、隙間妖怪も負い目があるからってあんな下品な男を
野放しにするのも大概じゃない? 霊夢は霊夢でただの人間に大きな異変は起こせないだろうって楽観してるし……」
「レミィもあの宴会以来、男性に対して恐怖が芽生えたみたい……魔理沙?」
会話をしていた二人が、魔理沙の顔が青ざめていて紅茶を持っている手が震えているのに気付いた。
「じ、実はあの男、昨日も暴れていたみたいなんだ。にとりと相撲を取って、ドサクサに紛れて襲い掛かろうと
してたって文から――」
宴会での一件以来、地上の妖怪達からは江頭の評判は軒並み悪い。すでに「史上最低の外来人」と呼ばれてたり、
人里でも一部を除いて彼の事は要注意人物と扱われている。女性の夜の一人歩きは禁止にしようとか、近いうちに博麗の巫女に
相談した方がいいのではないか、とまで囁かれている。
その大きな理由は彼が外来人で幻想郷のことをほとんど無知だということを差し引いても妖怪の賢者である八雲紫に対しとんでもない
暴挙を働いたり、幻想郷の実力者の揃った中でも裸になって暴れまわるといった無謀にして大胆、普通はマネしないようなことを
あっさりとやってのけた行動力と狂人振りを恐れているからである。
文も彼の暴走を目のあたりにした一人として彼を警戒しているものの、その行動力には関心を持っており内密に取材を続けているらしく、
今朝たまたま見合わせた魔理沙に昨日の一部始終を話したのだ。もうちょっと泳がせれば何かやらかしてくれるのではないか、ということで
敢えてにとり達との一件は公にしなかったとのこと。
「な、なあ二人とも。外の世界の男ってのはみんなあいつみたいにすぐにその……服を脱いで裸になって抱き着いたり
暴れたりする奴ばっかりなのかな……?」
「いや、それはない」
二人の、いや、傍で聞いていた小悪魔の声も重なり3人が同時にぴしゃりと言い放つ。
「……でも、あの男と一緒に守矢のとこの風祝がいるってのを聞いてるから、またあそこの神社が何か今回も
関わっているのかしら?」
「また守矢か、というやつですね?」
すっかり会話に参加する小悪魔がパチュリーの言葉に相槌を打ちながら席に腰掛ける。
「それともう一人いたって話なんだけど……魔理沙は知らないの?」
「んー……確か地霊殿の……あれ、誰だったかな……」
うっすらと、ぼんやりと。会ったことはあると思うが、わからない。異変の時に道中で蹴散らしていた毛玉や妖精達のような
わざわざ記憶に留める必要もないような存在とは似ているようだが違う。
魔理沙が必死に記憶を呼び戻すと苦戦苦闘していたその時だった。
「あはははははっ!!」
「うおおおおおっ!!」
「ちょっ、フランさん、えーがーしらーさーんっ!?」
「みんな、待ってーっ」
図書館の壁の向こうから声が聞こえる。はしゃいでいる声と焦っている声とあとは……雄叫び?
「ええと……こっちに近づいてきてる、よな?」
「ええ。……あれ、どこかで聞いたような……」
「パチュリー様、あの声って妹様じゃありません?」
「……み、みんな逃げ――」
ドゴオッ! 壁が崩れて二人の姿が魔理沙達の視界に映る。一人は壁を壊したであろう、右手を突き出し満面の笑顔で笑うフラン。
そしてもう一人は――。
「ねえねえ、エガちゃんの髪の毛をドカーンしたいんだけどいいっ!? いいよねっ!?」
「うおおぉぉいっ!! やめろよーーーっ!!」
全速力でフランから逃げる江頭だった。
「つまりですね、江頭アタックは覚えたフランさんですがやっぱりドーンがやりたいと駄々をこねましてですね。しかし江頭さんも
頑固な方でなかなか首を縦に振りません。業を煮やしたフランさんが追い掛け回して今に至るというわけです。ちなみに私は
止めました、ええ、全力で止めましたとも。力の限り叫んで」
「……どうせだったら間に入って止めるとか、誰かに知らせるとかしてほしかったんだけど」
数分後、二人の鬼ごっこの被害を受け壊滅状態になった館内には本棚が倒れてあちこちに本が散らばっていた。
「ああ、図書館が……本が……ガクッ」
「ひいいいっ……ドーンが、ドーンが……ガクっ」
図書館が崩壊したショックでパチュリーが、江頭の姿を見たショックで魔理沙が気を失う。残ったのは
主人の肩を揺さぶり必死に呼びかける健気な小悪魔と、冷や汗をダラダラ流しながら弁明をする早苗に冷たい言葉を放つ
アリスだけであった。ちなみにこいしの姿はない。きっと二人についていっているのだろう。
「ちょ、いやそんな無理ですって。フランさんがとんでもなく強いのって知ってるでしょう!? 私如きが出てもドカンと
されるのがオチですよ、もっと常識的に考えてください!」
「お前が言うな!」
今までが今までだった悲劇か、早苗の懸命の弁解もただツッコミと共に人形の弾幕をくらうという
壮絶なる悲しい結果となった。
「あ~~~う~~~、どうして~~~~っ!!」
ピチューン!!
一方、紅魔館当主・レミリアの自室にて。先ほどまで優雅にティータイムを満喫していたレミリアだったが、今は紅茶のカップを
持つ手が震えている。傍らで佇んでいた咲夜もそれに気づいた。
「どうなされました?」
「……何だか……嫌な予感ががが……するのだだわわ……」
ここまで顔面蒼白になる主人の姿を見るのは初めてかもしれない。余程とんでもない運命が見えたというのだろうか。
こういう時の予感というのは、特別な能力を持っていない人間でも妙に的中するものだ。
「そ、それじゃあ日傘を持って一度外へ避難した方が――」
だが、日傘の出番はなかった。
「ドーンっ!!」
扉が勢いよく開き、レミリアの予感が見事に当たる。
「ギャアアアアアアっ!!」
レミリアと咲夜が同時に叫んだ。江頭は相変わらずスパッツの中に手を入れて「テポドン」状態のまま。
そして江頭は二人が呆気にとられた隙に走りだし、叫んだ。
「うおおおい、今だフランっ!!」
素早く江頭が横に避けるとフランの姿が出て、腰を引いて両手を出した。
「へっ!? フラン!? 何でっ!?」
持っていたカップを落としてカップは粉々に砕け散ったがそんな些細なことはどうでもよかった。
「いくよお姉さま、どーんっ!」
勢いよく小さなお尻を突き出すとそのままレミリア目掛けて飛翔、見事顔面に江頭直伝の「江頭アタック」
が命中し、レミリアの顔にフランの純白のショーツがのめりこんだ。
「ぶふうっ!!」
「い、妹様……ぶっ!!」
床に大の字になり転がるレミリアと、盛大に鼻血を噴きだしうつ伏せで倒れる咲夜。
「うっわーっ……メイドのお姉さんから大量出血が……」
いつの間にか現れたこいしが驚きながらも撮影を始め、フランも満足そうに飛び跳ねる。
「エガちゃん、これできたから今度こそドーンを……ありゃ?」
だが既に江頭の姿はなかった。ついでにこいしの姿も。
後にはノックアウトされたレミリアとポカンと突っ立っているフランと、血の海に沈む咲夜だけが残った。
「はあ、はあ……し、しばらくは紅魔館には行けませんね」
「ぜえ、ぜえ……あの人形遣いさん、えげつなかったよー」
アリスの容赦ない攻撃を掻い潜りながら早苗は二人と合流し、妖精メイド隊の追撃をかろうじて
交わして人里まで逃げてきた。江頭も完全に息が上がっていたがそれでも表情には無念さが出ている。
「どしたの、エガちゃん」
「……メイド長のPAD確認ができなかった……これじゃあ俺、何のために紅魔館に……」
「そ、そんなことで落ち込まなくても……むしろ女性の立場的にはしないほうが」
早苗のフォローになっていないフォローを背に、項垂れる。野球で言うならば渾身のストレートを
完璧なまでにスタンドに運ばれてホームランを浴びたエースピッチャーのようだ。今の早苗には江頭の
悲しみの何がわかるというのだろう。もし早苗がもう少し熟練されていたら「わからないこそ夢があるんですよ」ぐらいは
言えたかもしれない。
しかし彼女はまだ若く、清かった。視聴者に対し「俺にまかせろ!」と宣言しておきながらこの体たらく。紅魔館で暴れていた時と
違い、完全に、本気で凹んでいる。こいしがポムっと肩に手を置き。
「でも……フランちゃん、楽しそうだったよ? エガちゃんのおかげだと思う」
「ちょっとやりづらかったけどな、素直すぎて」
そう言うと、力なく笑う。大体の連中は彼の芸を見ると引いたり悲鳴を上げたりするのに、あの少女はむしろ関心して、
自分も真似したいと言い、ついにはしてしまった。
「……もしかして、フランさんに真似されたのまずかったんですか?」
恐る恐る早苗が尋ねると、江頭はこいしがカメラを回していないのを確認した後、小さく呟くように言葉を絞り出した。
「心がちょっと痛む」
「あー……」
(妖怪の寿命や年齢はこの場合無視して)年頃の若き乙女が「ドーン!」をやっているのを想像すれば、彼の言うこともわかる。
仮に自分が「ドーン!」を神奈子と諏訪子の前でやったら諏訪子の方は案外面白がってくれるかもしれないが神奈子はまずショックを
受けて最悪発狂するだろう。
反対に、二人がそれをやったらと思うと――うん。
しかし、本当にこの人は芸に臨む時とそれが無い時のプライベートモードの差が激しい。あの宴会での大暴走やこれまでの
噂話を聞いた人妖が今の彼を見れば同一人物と思わず、双子か誰かが化けたのではないかと思うだろう。
咲夜の……確認だって、カメラの前で宣言はしたが、できなかったとはいえそこまで気にして落ち込むことはない。
フランの前で「芸を伝授する」と言ったがきっと彼自身あそこまで食いつかれるとは予想していなかったのではないか。
そう考えれば、やはり芸人から江頭個人に戻った彼は真面目な人間なのだ。
愚かしく、泥臭く、どこまでも。
諏訪子や神奈子が彼を評価していた意味がほんの少しだけわかったような気がした。
『彼は常識を知っています。むしろ熟知しています。わかった上でそれを正面から破るんですよ。
だからこそ、誰よりも常識に囚われてなかったのでしょう』
――東風谷早苗
しかし、いつまでも落ち込むわけではなかった。そう、カメラにどれだけいい映像を収めてもそれを再生する機械が、
設備が何もかもが足りていない。
つまり、今のままだとみんなに自分が起こしてきた伝説を見せることができないのだ。
「大丈夫、鬼に協力してもらうから」
だがこの男はそんなことを言ってのけた。
伝説3 鬼とガチンコで勝負する男
地底に住む鬼、星熊勇儀に江頭は宴会に参加しないかと打診されたことがある。萃香から宴会でのことを聞いた彼女は
是非とも宴会を盛り上げるために彼の芸を所望したのだが幻想郷にまだ慣れてないからと言って辞退していた。
幻想郷の妖怪達の中でも鬼は最上位の位置だ。その鬼の協力が得られれば野望実現にググッと、ドーンと近づく。
そう考えた江頭は満を持して地底の旧市街に赴き、勇儀に話を持ち掛けた。
彼女達は酒や宴会、勝負事が大好きである。江頭が目を付けたのはこれともう一つ、彼女が「盃に入った酒を零さず戦う」
という一種の縛りを用いて勝負に臨んでいることだ。
「俺と本気で勝負をしろ!!」
江頭が啖呵を切り一瞬キョトンとした勇儀だったがこれも自分なりのルールだから、と笑う。しかし、その眼は明らかに彼に
強く興味を引いていることがわかった。
そこで、ガチンコ勝負を仕掛けて、勇儀の持つ盃の酒を少しでも零させたら江頭の勝ち、というルールで挑むことになる。だが
ここでも男・江頭はハードルを上げる。
「むしろ、その盃を奪って舐めまわしてやるよ!!」
「言うじゃないかこの男。ははっ、やってみるがいいさ!」
ぞろぞろと観客が集まってくる。ヤマメ、キスメ、パルスィを始めとした地底の住人達が観衆となり、久しぶりに人間が
鬼相手に勝負を仕掛けるというので興味津々といった感じだ。
「おー、こんなにみんなが集まるのって滅多にないかも」
こいしと早苗の驚き方は実に対照的であった。びっくりしたー、程度にキョロキョロ周囲を見渡すこいしと
目を丸くしたまま呆然と事の成り行きを見る早苗。
「リアル鬼退治じゃ!!」
勇儀と対峙した江頭が腰を落とし、じっと様子を窺う。相手は涼しい表情だ。
「いつでもいいよ」
「いくぞオラぁっ!」
常に無謀と勇敢を間違える男はどんな相手にもぶつかっていく。弾幕ごっこではなく体でぶつかっていくというのが
大きな違いで、その姿はある意味では武士といえよう。
早速江頭アタックをかます。が、勇儀は避けようとせず盃を持っていない左手でそれを受け止めると。
「ふっ――!」
そのまま突き返し、江頭の体が地面に叩きつけられた。
「おおぉぉおおぉーーっ!!」
見事に受け身を取りダメージを最小限に受け止めたものの、驚愕で目を大きく丸くする。そして勇儀を指さしながら
「こいつ人間じゃねえだろぉ~!」と叫んだ。
「だって鬼ですし」
さらりと言い返す早苗。この女、段々と成長してきた。
「もう終わりかい?」
「アッタマきた! 絶対アンアン鳴かせてやるぜ~!」
「目的違いますよ江頭さん!」
「俺の棍棒を受けてみろ~!」
そう言うとスパッツと下着を脱ぎ捨て、全裸になる。「おおっ!?」とどよめき立つ。が、それも一瞬。明らかに地上の
連中とは違う。こいつらは、こういうのにも慣れているのか? だから地上の妖怪人間に疎まれて地底に追いやられたのか?
考えている場合ではない。とにかく勝負に勝たなければ。
「オラぁぁぁっ!!」
ドーンとぶつかり、押し倒そうとする――が。
「威勢は買うが、それぐらいで負けてやるわけにもいかんねぇ」
杯を持つ手を横に伸ばしたまま、不動。つまり、全力で体当たりをしたが勇儀の体は全く動いていない。まるで壁にダイブしたようだ。
そして、ドンと突き飛ばされてまたも無様に地面に転がされる。
「というかその――棍棒にしては……あまり器がよくないんじゃないかね?」
そして、大の字に転がり丸見えの江頭の【ピー】を見て苦笑いする。勇儀がそう言い数秒後、どっと観衆が笑い出す。
「え、江頭さんが手玉に取られてる……?」
手で目を隠しながらもチラチラ様子を見ていた早苗が驚く。その後も江頭は体当たりや江頭アタックを繰り返すが
その都度はじき返され、地面にたたきつけられた。
「おおおぅ……」
流石に体のダメージが蓄積してきたのか、次第に声の力も弱くなっている。倒れ方のリアクションが見事なためはじかれる度に
周囲からは笑いが沸いていたがそろそろみんなの目も「こいつはいつギブアップするのだろうか」と冷たくなっていた。
「いやー、人間にしては結構骨があるねー」
ヤマメが関心したように笑えばキスメは、
「……でも、体は細いから……それに、食べるとお腹を壊しそう」
と恐ろしいことを言い、「食べない、食べない」とパルスィがたしなめる。
「地底は手強いぜ……」
幻想郷に来て初めてかもしれない。江頭が冷や汗を浮かべて焦っている。鬼というのはどうやら本当らしい。元いた世界でも
プロレスラーとやりあったことがあるが全く比較にならない。全力でぶつかっても微動だにせず跳ね返す。
このままでは負ける。さらに、観衆を白けさせてしまっている。目つきが変わった。
「むっ?」
江頭の変化に勇儀も気づく。これまでも本気でぶつかってきているのは顔にも行動にも出ているからわかるが、表情は険しくなり、
悲壮な決意を決め込んでいるように見える。周りも察知したようで江頭の出方を無言で窺っている。
「ちょっと待ってろ。俺も弾幕用意する」
「へっ?」
「男が弾幕撃っちゃいけねえのかよ!?」
キョトンとした様子の勇儀にほぼ逆ギレ。弾幕ごっこ自体は別に男性でも参加は可能だろうが、幻想郷では基本的にこれに
興じるのは少女達のみである。
「いや、それは構わないんだが、アンタって弾幕撃てるのかい?」
「こ、こいしさん、どうなんですか?」
早苗が尋ねるがこいしは首を横に振る。
「んー、私が知る限りはー」
「準備するからちょっと待ってろ。お前らに男の弾幕ってやつを見せてやるよ! 早苗、鞄よこせ」
早苗から鞄を受け取るとそのまま民家に走り物陰に隠れて姿が見えなくなる。
数十分後、江頭が戻ってきたが、足取りが何だか重そうだ。
「待たせたな……」
息も上がっており、額に汗が浮かぶ。
(何を準備したんだ!?)
江頭以外の誰もがそう思った。
後にパルスィはこう振り返る。「そういえばアイツのお腹がちょっと膨らんでいた気がする」と。
「よーし! いくぞーっ! これが本当の鬼退治じゃーっ!!」
(弾幕といったがあの子らの話からしたら誰かに教わったわけでも、それどころか習得さえも
してなさそうだが……)
そうなのだが、この男の目は本気だ。ここまで本気の人間の目を見たのは随分と久しぶりに思えて、奇妙な
懐かしさを憶える。自分達鬼や、強大な妖怪達を退けてきたかつての古い時代の強い人間の目。
(……面白い、受けて立とうじゃあないか)
足に力を入れ、身構える。どこからでも来いと言っているようだ。
「これが俺の弾幕じゃあああーーっ!!」
再びスパッツを脱ぎ、下半身を生まれたままにすると勇儀に背中を向けて四つん這いになる。
「っ!?」
流石にこれは予想外だったらしく、身構えていた勇儀にも一瞬隙ができた。
「うおおおおーーーーっ!!」
江頭の咆哮と共に、彼のお尻の穴から白い粉が発射された!
「ぬわあああっ!?」
尻からの粉塵爆発。こんな攻撃は前代未聞、震天動地だ。観衆からも悲鳴やどよめきが巻き起こり、
早苗はもちろんこいしさえも「きゃあああっ!?」と咄嗟に両手で顔を隠そうとした。周りがそうなのだから、攻撃の
標的にされた勇儀の驚きは想像できない。
生き物としての生存本能よりも鬼としての誇りよりも、一人の女性としてこの攻撃を浴びるわけにはいかないと無意識に
反応してしまったのだろう。咄嗟に回避するため後方へ飛びのき、そして――。
「あっ――」
杯に溜まっていた酒が地面に零れ落ちた。
「し、しまったっ」
思わずしゃがみ込んで既に染みとなって大地に広がる酒に視線を落とす。正面から迎え撃つはずが、驚いて
後方に下がってしまい酒を零すなんて。
してやられた、と首を小さく振るとまたも悲鳴が上がった。はっとして顔を上げるとスパッツ(と下着)を脱ぎ去り
全裸となった江頭が勇儀に抱き着き、そのまま押し倒した。
「俺の刀受けてみろコラァっ!」
「ぬあっ!?」
組み伏せられ、完全に杯は地面に落ちて、酒が空っぽになった。空になった盃を江頭がベロベロ舐め、その唇を勇儀の顔に近づける。
「ひいいい、え、えがしらさーんっ!?」
この後、止めに入ったパルスィ達の弾幕によって吹っ飛ばされてノックダウンした江頭だったが、当初の約束通り勇儀の持つ盃の酒を零し、
更には押し倒して空っぽにしてしまった。
「気に入った! 江頭、今日からアンタは私ら地底住人の仲間だ!」
早苗は江頭が暴挙に出て勇儀に潰されるのではないかと心配していたが彼女の心配とは180度違って勇儀は笑みを浮かべ、
勝負の負けを認めただけでなく江頭を気に入り、自分達地底の妖怪達の仲間として見てくれることになった。
地上から嫌われ、恐れられた妖怪達の集まりの地底。そこに、つい先日来たばかりの外来人が、鬼の四天王の一人でもある星熊勇儀に
勝負を挑み、勝ったのだ。そして隙を突いたとはいえ勇儀を押し倒した。「鬼退治」を果たしたのだ。
「まさか私が文字通り倒されるなんてねぇ。完敗だったよ」
下品で口調も乱暴で、弾幕とは名ばかりのとんでもないものをやらかした男。だが、この男は自分の言ったことを実行した。
勇儀が認め、そして見物していた妖怪達も異を唱える者はいなかった。この日を境に、江頭は地底の住人達から顔と名前を覚えられ、
何度か宴会に呼ばれてその都度芸を披露したり、外の世界のことについてのトークショーを開いたりと交流が盛んとなる。
地底の住人は地上の人妖よりも江頭のネタに寛大で、最後の方では江頭が全裸になれば待ってましたとばかりに割れんばかりの大歓声が響き、それはそれは地上にまで聞こえてきそうなほどの盛り上がりを見せていたという。
どうしてそこまで地底で彼が受け入れられたのか、後に彼女達はこう語った。
『地上に出かけた時は必ずお土産に珍しいお酒を持って来てくれました。その時はまるで別人のような姿でしたよ。丁寧にカツラ被って
服も和服で。幻想郷にずっと住んでる人間みたいでした。ちょっと笑っちゃいましたですね、うん。普段の彼の姿? 今だから言いますけど……
本当の紳士って、あの人のことを指すのではないでしょうか。食べたいと思う? 嫌ですよ、人格が乗っ取られそうですもん(笑)』
――キスメ
『あんな細い体で、一種の狂気とも言えるほど凄いエネルギーを秘めている。外の世界で爪弾き者だったと聞いたけど、地上の奴らの
肝っ玉を冷やしまくったのだから本物だろうね。褒め言葉としてキ○○イと呼ぼうか。私らがあいつの芸で笑うのはあいつが命を燃やして
笑わせにきているからさ。キスメとか、凶暴な連中もあいつの前だと一人の観客になっちまう』
――黒谷ヤマメ
『地霊殿の主みたいに心は読めないけど、大体ここの連中は人や妖怪を見る目はそれなりにある。だから彼が上っ面だけの男だったり
ただ脱いで襲うだけの暴漢だったらもうこの世にはいなかったでしょ。打算とかそういうのを無視して突っ走るというか……その真っ直ぐさ
は実に妬ましいものがあるわ。……あれこれ下品なことやってるけど、恋人ができたら絶対尽くすタイプでしょうね』
――水橋パルスィ
この勇儀との一件により地底妖怪達との信頼を築いた江頭。勇儀自身にも気に入られ、河童達にも持ち掛けていた映画館の話をすると
面白そうだと乗り、萃香と一緒に館の方を建ててやろうと提案してくれた。さらに、河童達が撮影機材やスクリーン等の開発に成功し、
これにより江頭の野望であった映画館プロジェクトは一気に実現の道を進む。数日後、人里からやや離れた場所に寺子屋ぐらいの大きさの
家が建造され、大きなスクリーンがつけられた。撮影機材・道具に関わった河童達は8割が男性で、「映画とやらにも興味はあるけど、
あの男が幻想郷の女の子達の恥ずかしい姿とかを見せてくれるのにも期待している」と不純な動機で取り組んだとのこと。残り2割はにとりをはじめとした江頭の活きの良さに感銘を受けた物好きである。
これには江頭も大層に喜び、男の河童(エロ河童)達に「絶対にお前らの期待に応える」と約束、勇儀らには里で買った(自分が出て行ったら騒ぎになるかもしれないから早苗に頼んで買ってきてもらった)貴重な酒をプレゼント。
実際にできた映画館に足を運べば、ズラリと椅子が並べられており、ざっと50人は座れる。構造は体育館のようにステージがあり、壇上に
上がることもできる。そこへスクリーンがあるのだ。
「映画館というよりも体育館じゃねえか!」
そう思わずツッコミを入れる江頭であったが顔は笑っておりご満悦のよう。「ここでならトークショーも行えるな」と
早苗とこいしに向けてニヤリと笑ったという。
記念すべき第一回の放送には、にとりとの相撲と紅魔館潜入のテープが使用され、以前江頭一行が訪れた飯屋の主人をはじめとした
一部の里人と協力してくれた河童達、鬼達を招待した。妖怪相手に下品に勇敢に立ち向かう彼の姿に驚き、
または貴重な少女達の恥じらう姿や悲鳴を上げる姿に興奮し。
観衆の殆どは男性で、大いに盛り上がったが紅魔館で恐れられる悪魔の妹と命を懸けたスキンシップのシーンには笑いよりもどよめきが巻き起こった。
数少ない女性参加者の勇儀さえも最初は目を丸くしたという。
「この男は、今までの外来人とは違う」
訪れた観衆の全員がそう思った。
「全てを破壊するとか、危険だとか言うけどよ。こいつは単にちょっと力が強くて加減がうまくできないだけ。
そこら辺の小学生とかと大した変わんねーよ。というか、俺の芸を真似するとかやめろよ! 恥ずかしいしあんな女の子が
ドーンなんてやったら絶対俺よりも受けるしな。というわけでしばらくあそこには行かない」
しかし、一番みんなを驚かせたのは江頭のその一言だった。フランドールが「ドーン!」する姿も色々な意味で衝撃的では
あるが、幻想郷でも危険な存在として認知されている彼女に対しそこらの子供と同じと言ってのけたのだ。強がりとかではなく、
本当にそう思っている風に言い切ったのだ。
(この上半身裸のおっさん、只者じゃない)
実は、この場には呼ばれていない客が忍び込んでいた。ご存じ、文々。新聞記者の射命丸文である。最初こそ記事に出したら
逆に自分の新聞の評判が下がるだろうと直接取材はしなかったが、彼がやってきたことは知っていた。お笑い芸人とやらが外の世界で
どんな身分なのかは知らないが、特別何か能力を持っているわけでもない普通の人間が短期間で次々と事件を巻き起こしている。そして、
大半の民衆からは嫌われる一方で一部の人間、そして妖怪から一目置かれている。
最初は守矢神社の風祝が同行しているのを見てまたあそこの神社が何か企んでいるのかと思った車はそれとなく二柱に探りを入れてみたが、神奈子は複雑そうに腕を組んで唸り、諏訪子はそんな神奈子をなだめつつさも愉快とばかりにクスクス笑っていた。彼女らは元々は外の世界からやってきたので江頭のことについて何か知っているだろうと踏みこめば、自分達が知っている範囲のことなら……とこう話した。
まず、彼はお笑い芸人。時々テレビ番組に姿を見せればその都度事件を起こしている。多くは突然服を脱いで暴れだしたり、
出演者に向かい体当たり等をぶちかましたり、生放送でとある出演者にキスをしたり、挙句の果てには外国でも全裸になって肛門にでんでん太鼓を刺して逆立ちをするという前代未聞の行動を取り国際問題にまで発展したとのこと。
これだけを聞けば彼は単なる【ピー】であり、ただの変態男だという記事しか書けない。しかし、本当にただの【ピー】だったら、こうして
外の世界でいう所の映画の話をしたりして幻想郷にも映画館をと計画は立てないだろうし、増して地底の連中から信頼を得てここまで
来れるわけがない。そして、彼を世話するといったのは何よりもあの古明地さとりである。妹のこいしを彼につけている点からも、彼には
普通の人間ではない何かを感じているのは歴然だ。
しかし、天狗の間や地上の人妖の多くから毛嫌いされているのも事実。こちらも迂闊には動けない。それに仮に思い切って彼に取材を申しこんだとしても、宴会や紅魔館で行った暴挙に出られて有耶無耶にされてしまう可能性が高い。
だから、彼の件に関しては自分も表立つことはせず、影から見守ることにした。幻想郷の危機と捉えたら博麗の巫女も動くし、間違って彼をここに連れてきてしまって強く言えない紫も動くし大きな問題もあるまい――と。
『……この時は記者はもちろん、幻想郷の……少なくとも、地上の妖怪は彼をまだ見くびっていた。しかし我々はこの後の彼の桁外れの行動力、そして精神力に常に驚かされることになる。特に妖怪は精神に依存する割合が人間よりも多く、あれほどの精神力、信念を持った人間には弱い面が多い。
そして勇敢だ。もしも時代が違えば彼は英雄になれたのかもしれない。そんな男のことを、記者は畏敬の念を込めてこう記す。
ミラクル・クレイジーガイ』
――文々。新聞特別号より
最初の放送が反響を呼び、江頭の知名度はますます広まった。
「無謀」。「下品」。「女の敵」。「子供の教育に悪い」と言った非難。その一方で「凄い行動力」だとか「男の夢を見せてくれる」と
言った少数ながらも称賛する声が里に響く。
「次は何をやらかすのか」
支持者もそうでない者も、共通意識としてそれを持っていた。
それを知ってか知らずか、いや知っていても知らなくてもこの男には影響はない。
次に江頭が目指したのは――。
その頃、紅魔館のレミリアの部屋では。
「お姉様ーっ、私もアイツが履いてたタイツみたいなのが欲しいっ!」
「ぶっふぉおっ!?」
「お、お嬢様ぁぁぁぁっ!!」
フランのおねだりを聞き江頭の悪夢を思い出したレミリアが飲んでいた紅茶を吹きだしていた。
そして椅子から転げ落ち倒れるレミリアに駆け寄る咲夜の姿があった……。
伝説4 5つの難題に体で挑む男
「はい、どうも皆さんこんにちは。東風谷早苗です! えー、私達は今、迷いの竹林の入り口に来ております。
さて江頭さん、今日は一体どんな伝説に挑戦するのでしょうか!?」
既に嫌な予感しかしないのだが、それでも爽やかな笑顔を浮かべて江頭に尋ねる。
「俺はなー……怒ってるんだよ」
「誰にですか?」
「蓬莱山輝夜ことかぐや姫だよ! 昔話で抱いていたイメージがガラガラ崩れてマジで腹立つぜぇ~」
早苗の笑顔に汗が流れる。
「えーと……どんなイメージを持ってたんですか?」
「悪女だよ」
ピーっ!!
今回から持参していた笛を鳴らす。
「ちょっ、イメージ最悪じゃないですかー!」
「だってそうだろ? 求婚してきた男みんなにできるわけがない無理難題を言いつけて帝まで手玉に取って弄んだ上で
月に帰ったんだぜ~!? 充分悪女じゃねえかよ。これAV女優だったら最高だよ! 伝説になるよ絶対!」
ピーッ! ピーッ!
「そんなイメージ崩れた方がいいですよ~!」
「実際はお供の死者を始末するとかもろコイツ【ピー】じゃねえか。ドス黒いってレベルじゃないだろ~」
「え、えーと……で、今から何をするんですか?」
これ以上話が進むと放送後に永遠亭の連中から報復を受けそうだったので話題を転換。
「あいつが出す5つの難題あるだろ? あれを解く」
「へっ? でも江頭さん弾幕ごっことかしたことないじゃないですか。輝夜さんのあのスペルに挑むのは流石に
経験のない人にはちょっと……」
「大丈夫、俺に秘策がある。視聴者諸君、今夜。新しいかぐや姫のお話をよーく目に焼き付けておけ!!」
姫がショックで月に帰ると言い出しても当番組は一切責任を負いません。
「それでは、目的地の永遠亭まで向かうのですが、この竹林は非常に迷いやすいということで、今回は道案内役として
藤原妹紅さんに来ていただきました!」
「どんどんぱふぱふー」
こいしの口だけファンファーレと共に姿を見せる妹紅。
「……えーと……ど、どうも」
表情はぎこちなく緊張気味のようだ。
「連れてくのはいいんだけど、私には何もしないでよ? 変な真似したら燃やすからね?」
江頭の方を警戒感を露わにして見る。江頭はニヤリと笑う。
「……お前なら俺の履いてるコレ似合うかもな」
「やめて!!」
本気で嫌がっているらしく激しく首を振る。こういう美味しいシーンもばっちりとこいしの持つカメラに収められる。しかし
これ以上案内人を困らせると最悪収録が中止になってしまうのでほどほどに切り上げて一行は竹林の中に入る。
「……もう少しで着くはずよ」
同じような風景をグルグル回っているような錯覚に囚われるがそれでも着実に目的地へと近づいているらしい。
そして、左右に分かれた道に出くわした。
「ここは左なんだけど……きっとてゐの奴が落とし穴を掘っているはずよ。昨日もここらへんで鈴仙が落っこちて
ひどい目に遭ったと言ってたし」
「あはは……妹紅さんに道案内を頼んで正解でしたよ」
苦笑いする早苗。こいしも「それなら飛んじゃえば余裕だね」と安心している様子。
「そうね。そこの人間は飛ばなさそうだから私に掴まっ――へっ?」
妹紅が横で並んで歩いていた江頭の方を向くと姿はなく。
「うおおおおおっ!!」
咆哮を上げながら全速力で左の道を走り出していた。
「えっ!?」
「うわー、エガちゃん足速いーっ」
「えがしらさーんっ!!」
早苗の制止の声にも応じず突っ走り、そして――。
ズボッ!!
「うおおぉぉぉぉーーーーーっ……」
地面が沈み、咆哮と共に江頭の姿が消えた。
「きゃーっ、えがしらさーんっ!」
「おいおい、正気かアイツ!? 何で忠告したのに自分で走ってくんだよ!?」
「エガちゃーんっ」
慌てて落とし穴に駆け寄る三人。恐る恐る中を覗き込む。
……いた。10メートル以上はある深さだが生きている。こっちを見上げながらじっと立っていた。
「江頭さんっ、怪我はありませんか!? 今助けますっ!」
その後、「二人ともスカートだから」と言い妹紅が穴に入り江頭を引き上げた。
「あれは人を殺すための落とし穴だよ」
開口一番にそれを口にする江頭。実際打ち所が悪ければヒヤリとするものがあるのは確かだが、
そこまで切羽詰った様子には見えない。
「この穴を掘ったのはきっとプロの殺し屋か軍人だぜ。みんな気を付けろよ」
「いや……あのさー」
ポリポリと気怠そうに頭を掻いていた妹紅が呆れたようにため息を吐く。
「人の忠告を無視してその危険な穴に突っ込んでいった馬鹿が何言ってんだか……」
しかし、これで江頭が懲りて大人しくなったわけがなかった。その後も妹紅はてゐの仕掛けた罠を教えて
近づかないように諭したが江頭はそれを振り切り自ら罠にかかっていく。永遠亭前に辿り着いた頃には、江頭の体のあちこちに
擦り傷や切り傷ができていた。いや、これだけで済んだのは周りの迅速なカバーと致命傷のトラップはギリギリで直撃を避けるという
彼の運の良さもあるのだが。
「……空も飛べない、本当にただの人間のくせに、どうしてそう命を投げ出そうとするかね」
問いかけるというよりはぼやきに近い言葉だが、この男は真面目に答えた。
「俺は笑わせ屋なんだよ。それで充分な理由だろ?」
「……はぁー……」
再び息を吐く。しかし、今度は呆れだけではなく、感嘆の意味も込められていた。
そして、妹紅以外にも彼の行動に驚きを隠せない者がいた。遠くから木の陰に隠れて一行を眺める小さな影。
数々の罠を作った張本人の因幡てゐである。普段ならば罠にかかって慌てふためく様を見て悦に浸りクスクスと笑うところだが、
この日ばかりは戸惑うような表情を浮かべていた。
(蓬莱人でも妖怪でもない普通の人間なのに、どうして自ら突っ込んでいくんだろう……いや、そもそも罠があると教えられているのに
わざわざ引っ掛かりにいくってこと自体が……)
自分で罠に走っていき罠にかかり、なぜか逆ギレ同然に怒り出して文句を垂れる。悪戯が成功したのかがよくわからず、喜べない。
というか、あの男の考えが全く読めない。ここは素直に永遠亭に行かせて精神安定剤でも飲ませてあげた方がいいかもしれない、とまで
考えてしまう。
(――いやいや、何で罠を仕掛けた私がわざと掛かったアホの心配をしないといけないんだ……)
首をブンブン横に振ると、そそくさと姿を消した。
『あの男は騙せない――なぜなら、騙されてもそれもお笑いとして消化しちゃうから無意味になる』
――因幡てゐ
こうして一行は無事に永遠亭の前まで辿り着いた。
「たのもーっ! たのもーっ!!」
そして第一声で道場破りめいた言葉を叫ぶとともに江頭が突撃。
「ちょっ、おま――」
またしても暴走だ。しかしこの男の悪運は凄まじい。走って行って最初に開けた部屋が丁度輝夜の部屋だった。
「たのもーっ!!」
「キャッ!?」
突然の半裸の男の乱入に目を丸くする輝夜。途方もなく長い年月を過ごしてきた彼女にとってもこれは
かなりのサプライズのようで、珍しくたじろいでいた。
「蓬莱山輝夜っ、お前に一言物申すっ!!」
「えっ? な、何っ?」
片手を腰に当てて指さしながら。
「お前は今まで色んな男に言い寄られてそいつらを全部フってきただろ? 俺と付き合え!
お前にチ○コをズームイン!」
「ぶっ!? こ、この痴れ者っ!!」
その瞬間、膨大な数の弾幕が江頭を襲った。まるで黄金の天井のような形に並んだ弾幕が江頭を直撃したのだ。
「おぉぉおっ!?」
そして、江頭は勢いよく吹っ飛んで庭に放り出された。
「え、えがしらさーんっ!?」
早苗の絶叫と共に「言わんこっちゃない」と妹紅が駆け寄るが小さく呻き声を上げたものの傷は浅かった。
後にも先にも輝夜に初対面で不埒なことを言い赤面させ、出会い頭に「金閣寺の一枚天井」をくらった外来人は彼だけであろう。
一連の騒動で早苗達だけでなく永琳、鈴仙も駆けつけ、早くも追放されるかと思ったが早苗が謝罪と共に「向こう百年分の暇潰しができます」、
「彼は芸人でさっきのも彼の芸風の一つです(何をしたのかは早苗も知らない)」と必死に援護してどうにか収まった。
そして江頭の復活を待ち、とうとう今回の挑戦の内容が明かされた。
「……五つの難題に挑みたい? それはいいけど、貴方って弾幕ごっこできるの?」
『仏の御石の鉢』
『蓬莱の玉の枝』
『火鼠の皮衣』
『龍の頸の五色の玉』
『燕の子安貝』
お伽噺の「かぐやひめ」ではあくまでも5人の男達に対し出した難題だが、ここではこの五つの難題はスペルカード、弾幕として
扱われており、かつての永夜の異変でも霊夢をはじめとした幻想郷の実力者を苦しめたと言われている。多少常人とは色々と違う
江頭だが、もちろん弾幕も撃てないし空も飛べない。幻想郷の全員が「ただの無謀」と言うだろう。
「やめとけって。当たり所が悪ければ命に関わるぞ?」
「いや、まあ……ここには私や師匠もいますから緊急時の対応はできますが……」
「うどんげ、貴女地味に挑戦を推奨してない?」
案の定、妹紅が止めに入り鈴仙と永琳は漫才のようなやりとりをし、早苗は「またか」と言いたげに
渋い表情を浮かべ、こいしはワクワクした様子で眺めている。
「弾幕ごっこなんて女の遊びだろ? 余裕で耐え抜いてやるよ」
「耐えるっ!?」
江頭以外のメンバーが声を揃えた。
「お前らの弾幕ごっこは避けて撃ち合うみたいだが俺は男だぜ? 全部の弾幕に耐え抜いてエガスマイルで締めてやるよ。
幻想郷の男共の弾幕ごっこは全部の弾幕を受けて耐えるという新ルールに今日から決定だ」
相変わらずの傍若無人にして強気な姿勢。
今回の江頭の挑戦とは輝夜の五つの難題(スペルカード)を避けることなく浴び続け、耐え抜くというガチの耐久スペルであった。
弾幕の華やかさとかグレイズとか、そういうのを重視するこれまでの弾幕ごっこの常識をぶち破る、まさに男の挑戦。
「いや、無理だから! マジでやめろよ!」
「大怪我しちゃいますよ!」
「エガちゃんちょっと無理だよー」
「江頭さん、流石にそこは常識的に考えましょうよ」
必死に止める四人に、困惑する永琳。今まで静かだった輝夜が聞いた。
「……江頭とやら。何を企んでいるのかしら?」
「伝説を残す。それだけだよ」
「伝説?」
今度は永琳も反応した。
「お前らがどれだけ長生きして、どれだけ色んなことを見てきたかは知らないが俺はお前らがそれこそ一生忘れられない
ような伝説を残すんだよ」
庭の木の陰に隠れて様子を窺うてゐも珍しく真剣に聞き入る。
「俺は伝説を残すために幻想郷(ここ)にやってきたんだよ!」
(いや、紫さんの手違いでしょうがーっ!?)
心の中にだけツッコミを入れた早苗は、すっかり空気を読む力を得たのであった。
「――いいでしょう」
が、何と輝夜が快諾。
「輝夜?」
「姫様?」
「江頭――せいぜいボロボロになって私を笑わせてみせなさいな」
『どうしてあの時に了承したのかって? そりゃあ、ああいう不埒で馬鹿な男と接したのが随分懐かしいと思ったから。
それと、真顔で馬鹿なことを本当に言う本物の馬鹿者。興味が出て当然じゃない?』
――蓬莱山輝夜
一同、部屋を出て庭を歩き、永遠亭を出て竹林へ。永遠亭に被害が及ばないように、と永琳が考えたものだ。
しばらく歩いてここまで来れば被害は被らないだろう、と言い遂に江頭の無謀な(いつものことだが)挑戦が
始まるのだ。10メートルほど離れて向かい合う輝夜と江頭。他の面子は離れた場所で見守る。こいしだけは得意の能力を
生かして江頭の勇姿を写そうと二人に近づく。
江頭が構える――と思ったらいきなり両手をスパッツにかけ、脱いだ。早苗と鈴仙が悲鳴を上げそうになるが何と、その下には
ブリーフが履かれていた。
「……外の世界の褌は進化しているのねえ……」
と言いながら何故か頬を赤らめる輝夜。無論江頭は怯まない。
「これはブリーフと言って男が戦に臨む時の正式な衣装なんだよ」
「違いますよ!? むしろ、最近履いてる人少なくなってますからね!?」
「ブリーフと俺は一心同体なんだよ。つまりこれは侍の鎧同然!」
胸を張って堂々と勇ましいことを行っていますがブリーフ一丁の中年男である。
「いいか輝夜! やるからには全力(ルナティックレベル)で来いよ!」
「えーっ!? そこまで来ると私も責任が持てないんだけど……」
「うるせー! それじゃ伝説にならないだろぉ! 本気で来なかったらレ○プするぞ!」
「この男もう駄目です、全力で相手なさい」
とうとう永琳も本気で匙を投げた。ここまで来たらもう、永遠亭も一切責任は負わない。間違って
命を落としても事故と言うことで処理されることになった。
一方。
「て、てゐさん、あれは何をやっているのでしょう?」
所用で永遠亭に向かっていた妖夢は突然の光景に、木に隠れて様子を見ていたてゐに思わず尋ねていた。
近くまで来たら男の声がして声の方に進んだら下着だけであとは裸の男と輝夜が向かい合っている。そして永琳や鈴仙達はなぜか
距離を置いて二人を見守っているように佇んでいるではないか。
「……馬鹿だよ。本物の馬鹿」
てゐは呆れながらも、これまでの経緯を説明。そこで妖夢も男の正体が宴会で大暴れして紫達をパニックに陥れた変態男だという
ことを思い出した。
「生身の人間が弾幕をずっと耐え続けるだなんて……無茶苦茶な……」
「全くだね。私の仕掛けた罠にも自分からかかりに行くしさ。しかも罠があるって教えられているにも関わらず、だ。
お笑い芸人とかいうのがなければ完全に変態として見てるわ」
「そう……ですよね……」
「よーーーーし! 来ーーーーいっ!」
お尻を突き出すような体勢になり、輝夜に向けて叫ぶ。輝夜は少しの間早苗達に困惑した顔を向けていたが
やがて目を閉じて息を吸うと小さく吐き、一枚のカードを取り出した。
「難題『燕の子安貝』もとい――神宝『ライフスプリングインフィニティ』!」
この挑戦は幻想郷で生きる者はもちろん、外から来た人間でも一目見れば無謀なものだと思うだろう。相手がカードを掲げたと思ったら
まるで映画や漫画に出てきそうな弾幕やらレーザーが自分に襲い掛かってくるのだ。普通なら逃げるし、幻想郷でも弾幕ごっことして応戦する。
それをこの男は正面から受けて耐えるというのだ。正気の沙汰ではない。事実、江頭も襲い掛かる弾幕に何度も吹っ飛ばされ、嗚咽を漏らし、
苦痛に満ちた表情で悶え苦しんだ。当然のこと。4、5回被弾した時点で全員が彼に向って「もうやめて」とか「ギブアップしましょうよ」と
声を掛け、輝夜自身も何度かこれ以上続けるのを躊躇った場面がある。
しかし、彼は何度も立ち上がった。そして輝夜を挑発した。
「現代の男なめんじゃねえぞっ!!」
みんなが困惑していた。彼は無様に豪快に吹っ飛ぶ。その姿は滑稽で、笑いを誘えた。もしもこれが外の世界だったら
コメディー映画か何かとして見られて爆笑する者も現れただろう。
「うっ……」
挑戦の終わり。それは輝夜の最後に放った神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』の弾幕が消えた時だった。
結論から言えば、江頭は無様に地面に大の字になって倒れていた。「最後まで耐え抜く」という言葉だけ考えるのならば
この挑戦は予想通りの失敗だと言える。
しかし、この場にいる誰もが失敗だとは思わなかった。
「……江頭。見事だったわ」
お世辞ではない。この男は言葉通り正面から弾幕にぶつかり、無様に吹っ飛び醜く悶え、みじめに倒れていった。その吹っ飛び方や
倒れ方、あまりにも無様で滑稽に決まりすぎている。そう、本当に体を張って、笑いを誘うリアクションを取ったのだ、彼は。
そして、妖夢は江頭が所々で受け身を取り、ダメージを最小限にしていたことを見抜く。まともに受ければ江頭といえどこのスペカ五連続
になんて耐えられるわけがない。しかし、すぐにやられて沈んでしまったらあっけなさすぎて逆に視聴者を白けさせてしまう。だからこそ
さりげなくダメージを抑え、粘って盛り上がらせて最後に失敗に終わる展開にまで持ってきたのだ。とはいえ、彼が満身創痍には変わりないので
とりあえず永琳に応急処置を――と輝夜が判断したその時。
「ふざけやがって~~っ!」
そう言うとまるでゾンビのようにゆっくりと江頭が立ち上がった。これにはさすがの輝夜も予想できなかったらしく、「えっ?」と
目を満月のように丸くして驚きの声を上げる。だがこの男の快進撃は止まらない。何とブリーフに手を掛けると一気に膝まで脱ぎ、またも全裸
となり輝夜へ向かい突進したのだ。どこまでも常識を逸脱した江頭の行動に呆気に取られて反応が遅れたのがこの後の悲劇を生む。
「きゃっ!? きゃあーっ!!」
獲物に飛びかかる肉食獣の動きそのもので輝夜を押し倒すと颯爽と跨り、輝夜の顔に己のチ○コを見せつけた。
「俺の竹を味わえ! そしてズームインしてやるっ!」
「ひ、姫様ーっ!!」
「江頭さぁぁぁぁんっ!!」
「……で、たまたま近くにいた妖夢さんが動揺して刀を持ち出して斬りかかってきた時はいよいよ江頭さんが
死ぬかと思いましたよ」
「いやー、あれは凄かったぜぇ。俺、剣道やってたんだけどあの動きと太刀筋はガチでやばかった。マジでチ○コが
斬られるかと思ったね」
「心配するところ違いますよ!?」
「違わねえよ! 男にとってチ○コは侍の刀と同じなんだよ。弾幕でボロボロになってなかったら俺、あいつに勝てたぜ」
「だーかーらー……私達や妹紅さんが止めなかったらみなさんの前でこうやって話すこともできなかったんですよ?
わかってますか江頭さん!? てか妖夢さんに勝てる根拠って何なのですか?」
「あんなの楽勝だよ。チ○コ出しながら面を取りに行く」
「ちょっと!?」
「ついでにチ○コから白い弾幕まき散らしてあの子の顔面に『面!』取りたいね」
「剣道どころか弾幕ごっこでさえないし! 完璧犯罪じゃないですかー!」
「でも、あいつってすっげえ生娘じゃん。チ○コ見ただけで顔真っ赤にして涙目になるなんて
すごい貴重だよ。清純派AVアイドルになれる大器だぜえ!? とりあえず剣道部を題材にした学生ものの
企画から入って……」
「あの人は本当にそういうシャレは通じないんですよ!? しかも幽々子さんもついてますし、あの人の能力も
ガチでやばいし……どうしてそう自ら死地に向かおうとするんですか!?」
「あー……そのことなんだけどさ。実は俺、翌日こっそりと白玉楼に行ったんだよ」
「ええっ!?」
「魂魄は買い物に行ってていなかったんだけどさ代わりに西行寺に会ったわけ。『おたくのお嬢さんの様子は
どうですか?』って、菓子折り持ってってさ」
「意外と律儀ですね」
「だって、外の世界でもチ○コ見たりフ○ラとかア○ルとか下ネタ言っても顔真っ赤にして涙目になる女の子
なんて絶滅危惧種だよ。ああ、だから幻想郷にいるんだな、あいつ」
「違いますよ!? しかも外の世界の女性が誤解されるじゃないですか」
「それで西行寺って女に菓子折り渡して頭下げたわけ。したら笑って許してくれたんだよ。その理由わかる?」
「……」
「『私の好きなお菓子を持って来てくれたから』だぜ? さすがに俺もちょっと絶句した」
「うわあ……妙に納得してしまうのが悲しい……」
「あの女【ピー】だな」
「ちょおおお!? まずいですって!!」
「みんなも里で魂魄に会ったらさりげなく何か恵んでやってくれ。主が【ピー】だからきっと
ロクなもん食べてねえから。あとエロ本も持たせた方がいい。性知識つけないと良からぬ男に騙されちゃうから
セ○○スとレ○プ教えてやってくれ」
「本当に恵んだり本渡さなくていいですからね?」
「でさ、魂魄に限ったことじゃないんだけど、俺は幻想郷の女達に共通点があることに気づいた」
「嫌な予感しかしませんが、どんなのですか?」
「幻想郷の女は生娘が多い」
「は、はあ……」
「輝夜を見ただろ? とんでもないぐらい長生きしてるっていうのに俺がチ○コ見せただけでビクっとしたんだぜ?
俺、あいつ相当な○ッチだと思ったんだけどすごく驚いたよ。逆にあの八意ってやつはかなり経験を積んでるに見えた。
今度永遠亭に行ったらあの人と女医さんプレイしたい」
「ひいいい!? 皆さん、永琳さんはそんな人じゃありませんからね!?」
「俺があの時代、輝夜に求婚したら絶対にモノにできた自信があるぜ。難題出された瞬間に抱きかかえて逃げる」
「力ずくじゃないですかー」
「案外ああいう箱入り娘はそういうのが効果的だぜ? 映画とか観ても多いよそういうの」
「ま、まあ全否定はできませんけど……」
「幻想郷の女がそういうの多い、は本当にそう思うぜ。ただし東風谷、お前は論外!」
「ええぇぇぇっ!!? 何でっ!?」
「お前は淫乱っぽいから! 俺が裸になっても一番リアクション薄いんだもん。絶対幻想郷来る前から男と遊びまくって
ただろぉ? みんなー、この風祝はドスケベでヤ○○ンだぞ!」
「違いますっ! 皆さん、デタラメですからね! 信じないでくださいね!」
「じゃあここで脱いで○○膜をみんなに見せればいいだろ? 疑いも晴れるし守矢神社に男の参拝者がグっと
増えて神社も繁盛して一石二鳥!!」
「発想が飛びすぎです! もーっ、どうして輝夜さんの話題から私に切り替わるんですか、しかもエッチな方向に」
「それはだって……ここに集まってる奴らの顔見てみろよ! 結婚どころか生涯かけても彼女できそうにない男達ばっかり
だろぉ! ここの幻想郷は弾幕ごっこができる女達が偉そうにふんぞり返ってる世界なんだから、こいつらにも夢を
見せるべきじゃねえかよ! 弾幕ごっこに男は参加しない代わりに一回セ○○スとまではいかなくても胸触っていいとか
そういうサービスぐらいつけないとここの男達が可哀相じゃねえかっ!」
「うわー……皆さんまで歓声上げちゃってるよ……」
「というわけで諸君、永遠亭に行って全裸になったら天下の輝夜姫の赤面した顔が見れるぞ! ただし、押し倒そうとしたら
とんでもない弾幕が飛んでくるから用心しておくように! 以上!!」
永遠亭での騒動の放送翌日に行われたトークショーで江頭と早苗はこのようなやりとりを行った。江頭の大胆発言や下ネタに
ツッコミを入れる早苗。幻想郷の男達の間でも高嶺の花、雲の上の存在のような憧れの的だった輝夜の恥ずかしがる様子に観衆は
歓声を上げ、真っ赤になった妖夢に真剣で斬られそうになった話にはどよめき。しかし彼らは心から江頭(と早苗)のトークに
酔いしれていた。それは、江頭にツッコミを入れながらもチラチラ観衆を見ていた早苗にも感じることができた。
(この人には、不思議な力があるかもしれない)
むさ苦しい男達から少し離れたところに、こいしがいた。彼女はいつものような無邪気な笑みを浮かべて二人のトークに
笑ったり驚いたり、男達同様に楽しんでいるように見えた。彼女自身の能力故か、男達は気づいていないようだが。最初はこいしも
トークに参加しないかと話を持ち掛けたが、そういうのには慣れてないからと断られ、気を悪くしてしまったかなと思ったが
この様子だったら問題なさそうだ。
(江頭さんも、こいしさんにはあまり下品な話は持ってこないし……何だかんだで気にかけてるのね)
まあ、居候先である地霊殿の主の妹だし、それに妖怪なので自分達よりもずっと年上なのだろうが振る舞いなどを見れば子供
そのものだし、江頭もそこは気を使っているのだろう。実際、カメラを回さない時はよくこいしに話しかけて外の世界の映画のことを
熱烈に語り、こいしも興味津々に耳を傾ける光景が多々ある。自分も知っている映画の時は早苗も自ら話に割り込んだりして、三人で
談笑することもあったのだ。
しかし、無邪気な瞳の中に隠されたこいしの本心は、この時は早苗は――いや、おそらく江頭もまだ気づいていなかったのかもしれない。
永遠亭では縁側に座った輝夜がぼんやりと夜空を眺めていた。江頭のあの騒動以来、こうしてぼけーっと空を見上げることが
やや増えたという。それを永琳から聞いた妹紅は珍しく彼女の隣に座って一緒に空を見ていた。なお、永琳、鈴仙、てゐもこっそりと
廊下の角から二人の様子を見守っている。
「どうしたんだよ、輝夜。もしかしてまだ江頭のことを気にしているのか?」
「んー……まあ……」
「そ、そのだな、えーと……ま、まああれだ、ちょっとした事故に遭遇してしまったと考えて――じゃなくて――」
どうにか励まそうとするが言葉にするのが難しい。妹紅が慌てふためいていると輝夜がクスっと笑う。
「ふふ、心配してくれてるんだ?」
「うっ! ……同じ女としてちょっと同情しただけだ」
ゴホン、と誰でもわざととわかるぐらいの大きな咳払い。
「あそこまで動揺したのももう随分と昔のように感じるわね……なにせ、初めて殿方に押し倒されたのですもの」
全裸になった江頭の姿が脳裏に浮かんだのだろう、二人とも押し黙った。
「……あの様子だと妹紅もそういうのには疎いようね」
永琳の呟きに鈴仙が驚く。
「わかるんですか師匠?」
「経験者の説得力はやっぱり違うねー」
「……ノーコメントで」
「で、ちょっと思うのよ。もしもあの時……貴族たちに難題を出した時。もし、その中にあの男がいたら、
少なくとも彼らよりはずっと心を惹かれていたことでしょう」
「……結構、押しに弱かったり?」
「下品で粗野な面が多い。しかし、ああいう男は惚れた女を命を懸けても守り抜くものよ。恋に狂い、そこには
理屈も摂理も何もない。難題を出そうとそれを力ずくで吹っ飛ばして相手をさらうタイプでしょう」
「……もしかして、惚れてたりする?」
まさか、と輝夜が笑う。
「仮にあの時代にあの男にさらわれたら、思いきり頬にビンタして逃げてるわ」
「私も同じことをするだろうなー……うん」
他愛もない会話だったが、途方もない程の永い時間を生きてきた彼女達だからこそわかる。彼がやることには
笑い以外には一切見返りを求めない、一つの笑いのために平気で命を燃やす。やってることが下品でとてつもなく
カッコ悪いはずなのに、どこかでちょっとカッコイイと思ってしまう、大した男だということ。
妹紅はちょっとだけ嘘をついた。
もしも、求婚を申し込んだ貴族の他にあの男が混ざっていて、難題も無視して抱きかかえられたら――当時の自分は、
結婚云々は別として、彼に誰よりも強く興味を持ったことだろう。
永く生きてきて、また改めて人間のことを学んだような気がしたのだった。
江頭は早苗やこいしと活動する以外にも、一人で幻想郷を歩くことが多い。
「ちぇっけちぇっけちぇけがっぺー?」
「いやここはもう少しこうして……チェッケ、チェッケ、チェケガッペ! 俺の生まれは佐賀県で……あ、お前は違うか。
何もないけど出さなきゃね、それがお笑い難しいっ……というリズムで」
「ふんふん」
紅魔館に行ってフランに自分の持ちネタのひとつ、エガラップを伝授したり。
「ドーン!」
「ギャアアアアアアアっ!!」
その帰りにレミリアの部屋の壁を破ったり。
「俺のア○ルに傘を入れてくれ~~っ!!」
「ひいいっ!? よ、寄るな変態、頼むから帰って! 帰ってくださいっ!!」
太陽の丘に向かって幽香相手に変態プレイをお願いし、幽香を涙目になって拒否させたり。
「ならばお前の傘の先端をしゃぶって○○○してやるっ!」
「いやぁぁ! 来るなぁあ!!」
「幽香をいじめるなー、やっちゃえスーさん!」
「うおおおおい!? 鈴蘭の毒とかやめろよぉぉぉ!!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたメディスンの毒で危うく死にかけたり。
「流石に一日に二度は来ないわよね……」
「と思っただろドーン!」
「ギョエエエエエっ!?」
生きている実感を感じるためにレミリアの部屋を襲撃したり。
「ダッチワイフは俺の婚約者なんだよ!!」
「そう。じゃあ死になさい」
「これ人形じゃなくてホラー映画に出てくるアレじゃねーかオイ!」
アリスにダッチワイフ制作を依頼して断られたり。
「それは私のせいじゃないでしょぉぉぉ!!」
「うるせー、がっぺむかつく!!」
腹いせにレミリアに抜いた自分の腋毛を投げつけたり。
「ほほう、これが外の世界の……何て名前だい?」
「TENGA(テンガ)だよ! これは外の世界の男達の間ですっげえ流行ってるものなんだ!
退屈な時間を楽しい時間に変えられる魔法の道具だぜぇ~! 使い方は……」
と、香霖堂に未使用のオ○カップやオ○ホールを渡したり。
「うおおお! 確かにこれは幻想郷の革命だ! 僕のチ○ポにこんなにも息吹を!」
「だろお! よーし、一緒にホワイトマスタースパークぶちかまそうぜええ!!」
「いや、ここだと商品が汚れるから場所を変えた方が――」
「おーっす、香り――キャアアアアアアアーーーっ!!」
二人でTENGAのオ○ホールでオ○ニーに耽っているところを魔理沙に目撃され、二人仲良く
本物のマスタースパークで吹き飛ばされたりもした。
「ここのホフゴブリン達にTENGA支給しろ! ドーン!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!? こ、ここで実践しないで! 嫌ぁあああーーっ!!」
ゴブリン達にTENGA製品をあげるようにとレミリアに交渉(実践付き)し、
半ば強制的に認めさせたり。
「驚かせるといえばやっぱりアレだよ、目の前に現れて脱ぐ!」
「お、おー。確かにそれは効果的かもしれないけど恥ずかしいかも……」
「笑いも驚かせるのも同じ、恥を捨てることだよ。常識は捨てるものだって東風谷も言ってたしな」
「む、むむむ……」
どうすれば人を驚かせるのかを小傘に相談され、アドバイスもしたり。そして――。
「バイバイ、小鈴お姉ちゃんにヒデおじちゃん!」
「おう、気を付けて帰れよ」
「また面白いお話聞かせてね!」
「いーや、今度はクッソつまんねえ話を持ってくるからな! 覚悟しとけよ!」
「こらこらヒデさん。うん、みんなまたねー」
子供達に手を振る小鈴と、サングラスに麦わら帽子を被った和服の男。子供達の姿が見えなくなると
そっとサングラスを外す。江頭である。
「お疲れ様です、江頭さん。お茶でもどうですか?」
「いや、今日はまっすぐ帰るから」
「そうですか。何か本でも持ってきますか?」
「いや、大丈夫。しかし子供の相手ってのは大変だよな。よく やってるよ小鈴は」
いえいえそんな、と謙遜するように笑みを返す。
「こちらも珍しいお話を聞かせてもらって楽しませてもらってますし。阿求にもいいお土産話が
できるというものです」
週に一度行われる小鈴が本を買えない子供達のために行っている朗読会。江頭は服装を他の里人が
着るような服装に着替えてサングラスをつけて別人に扮装して参加している。帽子を深々と被り、さらに
万が一帽子が取れた場合でも正体がバレないようにと精巧に作られたカツラを着けているのだ。身分も「ヒデ」という
山奥に住む人間という偽りのものを名乗り、趣味が小説書きということで小鈴とはちょっとした
読書仲間だということも子供達には意外とすんなりと受け入れられた。
子供達には自分の作った創作と偽り、自分が外の世界で観てきた映画を朗読できるようにアレンジして
聞かせていた。台本等はなく、彼の頭の中に記載されている映画を身振り手振りの動作に加えて登場人物の台詞にも
感情をこめたり、効果音も自らが言葉に発し実にリアルに語る。これが子供達には大反響だった。
また、江頭自身も朗読以外にも子供達と鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだりしたので、彼らも親から聞かされる
妖怪も神も恐れず変態行為に及ぶ変質者まがいの男とは思わなかった。これも支持を得た要因だろう。
そして、小鈴にしても外の世界のお話というのは興味深いものであり、子供達と共に驚き、笑う。今日は来ていないが、
時々阿求も彼の話を聞きに来る。彼のトーク力は二人も唸らせるほどなのだ。
「そういえば、阿求はどうしたんだ? まさか体の調子でも悪いのか?」
「いいえ、確か新しい本の執筆中と言ってました」
そうか、と安心したように頷く江頭。阿求、というよりは稗田家の事情は江頭も知っており、色んな人妖に無茶を仕掛ける江頭も
阿求と接する時は普段やってるようなことは仕掛けず、外の話を面白おかしく聞かせるだけに終始していた。話をしている時もこまめに
表情を窺い、疲れていたら切り上げようという気配りまでしていた。そういう点では彼女達は早苗よりも彼の裏の顔を知っており、人里では
もちろん、地上の人妖達の中では一番彼のことを理解していたかもしれない。
「しかし、本当に笑わせるのが好きなんですね江頭さんって」
「俺は笑わせ屋だからな。ただ――」
そこで言葉が切れた。少し歯切れが悪い。敢えて返事を促すことはせず無言でいると、
「何年やっても、どんな場所でも。笑わせるのは難しいんだよな……」
まるで誰もいない部屋で鏡に立ち、鏡の中の自分にでも語り掛けるように。それは、幻想郷の人妖をも
怯ませた暴れ者ではなく、江頭という一人の人間の表情ではないかと思わせた。
「……何か気がかりでも?」
小鈴の問いに首を振る。
「いいや、もっともっと笑わせたい。そう思っただけさ」
この話はここまでにしてくれ、と言いたげにしていたので追及はしなかった。ただ、彼が心の底から笑わせたい、
そう思っている相手がいるのだけはわかった。誰かを笑顔にしたい、そのために暴走しがちな江頭であったがその思いだけは
真摯で、だからこそ小鈴も阿求も人里の大人達が彼を非難する中で反対に彼にエールを送っていた。実際に言葉で伝えると
恥ずかしがるのであくまでも心の中で、だが。
「そうですか。……あ、そういえば最近ですね――」
そこでふと思い出した。最近、里で起こっていること。それは最初は小さな変化で、この時点でも些細なものだ。しかし、
これは後に幻想郷の異変の一つへと発展することになる。
「何となく、里のみんなの気持ちが……何ですかね、高まっているというか……」
江頭がお世話になっている地霊殿。そこの主のさとりの部屋で、彼女の妹にして早苗と一緒に江頭と行動している
こいしがいた。いつも掴みどころのないヘラヘラした笑顔を浮かべるこいしが珍しく真剣な顔で、さとりと向かい合っている。
「こいし、珍しいわね。貴女から相談なんて……」
ん、と気のない返事と共に帽子を脱いで膝に置く。心の中は読めないが、それでも姉として誰よりも長く一緒にいた。なので
何を悩んでいるのかは察しがつく。
「江頭さんのこと?」
案の定、一瞬だがこいしが驚くように目をぱちくりさせて自分を見た。「どうしてわかったの?」と言いたげだったが、
それは言わずに単刀直入に。
「エガちゃんと……あと早苗と、三人で色んなとこ行って遊んで騒いだりしたのは楽しい。とっても楽しいよ。でも、エガちゃん
の姿を見ると時々わからないことがあるんだ」
「わからないこと?」
「うん。エガちゃん、嫌われるのって怖くないのかな?」
こいしの瞳の中に、ほんの僅かにであるが「怯え」の色が見える。他の者ならば不思議そうな顔で何となく疑問に思っているという
風に見られるだろうがさとりにはわかるのだ。
妹――こいしがサードアイを閉じた原因。それは他者に心を読むことにより忌み嫌われることへの強い恐怖からだ。
それから随分長い間彼女は無意識を操る能力に目覚め、他者から嫌われることがなくなった……というよりは、己の存在を
認知されなくなったので嫌われることがなくなったのだ。だが自分自身もその能力を完全には制御できず、時に自分で自分のことさえも
見失ってしまうこともある。
そんな彼女にとって、江頭という人間は実に不思議な存在であった。確かに彼といると面白い。常に予想外の行動を起こし、幻想郷の
住人を次々と引っ張りまわす彼の後についていけば退屈とは無縁の時間が過ごせる。
しかし同時にそれは多くの者達から非難の目を向けられることであるのだ。裸になって暴れまわる姿は女性受けがいいわけがなく、霊夢や
アリスは下品な男と彼を軽蔑しているし天狗達もいい顔はしていない。人里の一部を除いた人間にもあまりいい印象は与えておらず、
変装しないで普通に里を歩いたら道行く人は距離を置いてヒソヒソと話し合う。
それは彼のやってきたことを考えれば仕方ないことではあるが、地底の住人達と交流を深めていたり小鈴の朗読会に顔を出したりしている
彼からはむしろ、人のいい紳士にも見えた。実際、朗読会の様子をこっそりと見た慧音も「話し方の上手さや子供達の心をとらえるという点では
教師としてもやっていけるかもしれない」と評され、「こういう活動をもっと多くやってみんなにも大々的に伝えれば幻想郷史上一番みんなに
慕われる外来人になれたかもしれないのに」と苦笑いを浮かべていた。
しかし、彼は自分のそういう良い部分が出るのを極度に嫌う。慧音にも「頼むからみんなには秘密にしておいてくれ」と土下座したほどだ。
みんなに好かれる要素は充分なのに自ら汚れた人間になりたがる。これはこいしには到底理解ができなかった。
「お姉ちゃんならわかるでしょ? エガちゃんが何を考えてるかって?」
いつになく真剣な目を向けて答えを求めてくる。さとりが目を閉じ、しばらくそのまま沈黙。この間、何を思っていたのだろうか。
ゆっくりと目を開けると、こいしと瞳を合わせた。
「ええ、まずは貴女が思うように、彼はああいう振る舞いをしていますが優しい心を持ってる。そしてもう一つの心は――私は
外の世界の芸人というのが彼みたいな人間ばかりなのかそうでないのかまでは知らない。ただ言えるのは――彼はその芸人として、
嫌われようと罵倒されようと構わないと――とにかく、とても強い心の持ち主ということよ」
「……つまり、どういうこと?」
そこでさとりは目を伏せた。
「……これ以上は、江頭さん本人から聞いた方がいいと思うわ。貴女にとっても……」
何とも歯切れが悪い返事だ。
「……何なのよ、もうっ!!」
声を、肩を震わせてこいしが立ち上がり、ドアを乱暴に開けて出て行った。さとりは制止することもなく、妹の背中を見ていた。
……こいしがあそこまで感情を露わにするのを久しぶりに見た。実に皮肉なことに。
――しばらくして、お燐が慌てて駆けつけるように部屋に現れた。
その内容とは――こいしが変なお面を広い、そのまま外へと出て行ったこと。
それと――江頭が腰を痛めて永遠亭で療養している知らせであった。
「江頭さーん!」
江頭が療養している部屋に早苗がお見舞いに来た。リンゴやバナナといった果物が乗せられた籠を床に置くと江頭が横になっている布団に
正座する。当の江頭は寝巻姿で布団に横になっていた。
「おお、東風谷ぁ。あんまり俺と会うとお前の神社の評判下がるから来ない方がいいぞ」
何を今更、との言葉の代わりにクスっと笑みを返す。
「ざーんねんでした! 何と、いつも江頭さんのお話聞きに来てるお客さん達が参拝に来てそこまで衰退してませんでした!
恋愛成就のお守りを勧めたのですがこれはあまり効果がなかったですね」
「そりゃそうだよ。だってあいつらダッチワイフとしか婚約できない男達なんだぜぇ」
互いにニヤリ。
「でも永琳ってお医者さん、すっげえなあ。薬飲んだだけで結構腰も回復したし、明日の昼ぐらいには完治するでしょうって
言われたぜえ。最初『これぐらいならすぐに良くなりますよ』と言った時はヤブ医者だと思ったけど本物だった」
「それはもう幻想郷一番の名医……もとい薬師さんですから」
「俺も薬師だぜ?」
「嘘だー」
「俺、新井薬師からやって来たもん」
「そっちか!」
思わずツッコミを入れてしまうのだがすっかり板についてしまったので自分で笑ってしまう。それを見て江頭も小さく笑う。
「よかった、安心しましたよ。命蓮寺の皆さんもお大事にと言ってましたし」
それを聞いて江頭は両手で顔を覆った。まるで恥ずかしがっているようだ。
江頭がどうして腰を痛めて永遠亭のお世話になったのか、それは数日前のトークイベントに遡る。
「今、幻想郷では神霊廟とか東風谷んとこの神社や命蓮寺とか、宗教で溢れかえっているじゃない?」
「そうですね……それぞれに信仰者がいて、賑わっています……あ、一応霊夢さんの神社も忘れないでくださいね」
「そこで俺も一つ宗教を立ち上げようと思うんだ」
「いやな予感しかしませんが、どんな宗教ですか?」
「ドーン教。男による男の夢の為の宗教団体にしようかと思ってる。恋愛もできないような男だけ入れるの。そして
修行としてまずは全裸になって座禅組んで跳び跳ねながら人里を横断」
「アウトぉぉぉ! その地点で変態集団ですから!!」
「で、修行して俺に認められたヤツにだけ信者専用スパッツをあげるの。そしてみんなでドーンする。んで弾幕ごっこに対抗して
新しい幻想郷の決闘ルールを持ち出すわけだ」
「ええーっ!?」
「男の弾幕ごっこを提案する。まず幻想郷の女ども見つけたらみんなで集まって目の前でオ○ニーすんの」
「はあぁぁぁっ!? 弾幕ごっこ関係ない!」
「そんで誰が一番早くに射○して女に白い弾幕ぶっかけるかを競う」
「却下!! 霊夢さんが言う前に私が却下しますよそんなのは!!」
「まあそれは置いといて……」
「……」
「まずはドーン教の教祖として挨拶に伺うわけよ。新しく立ち上げたまだまだ小さい宗教ですがお互い切磋琢磨して
頑張りましょう! で、お近づきの印に交流を深めませんか?って。で、とりあえず――」
「あれをやるにしても、せめて天候が穏やかで風の無い日にすればここまで……」
「普通はそうだよな。現に白蓮達も凄い必死に止めに入ったもん」
「でもそこは――」
「やめてと言うことは、やってくださいということ」
「ですよねー」
江頭にとって、タブーとは破るもの。まずいことはやるもの。周りが止めたり無理だろうと言う度に彼の
芸人としての魂は燃え上がり、それが結果的には伝説を残してきた。
故に、トークの翌日に一同は早速命蓮寺に突撃していったのだ。
「でもあの座禅飛びは意外と好評でしたねえ」
命蓮寺の面子の前で披露した持ちネタの一つ。座禅を組んでジャンプをするものだが見た目の滑稽さと裏腹に実は
相応の体力や身体能力を要するもので、これで寺の廊下を往復した江頭を見て聖は普通に感嘆の声を上げて称賛し、
予想に反して最初は好印象で迎えられた。
相手に好感を持たれるというハプニング?も前向きに受け止めた江頭は互いに親交を深めようとあることを提案した。
それは『ダッチワイフで荒波を乗り越える幻想郷編』であった。聖輦船に繋がれたダッチワイフに何秒間乗り続けてられるかに
挑戦するといったシンプルで馬鹿くさい内容。香霖堂がたまたま流れ着いたダッチワイフを拾い、それを江頭が買い取ったことで
この企画が生まれた。
船と言うことで紅魔館付近の湖を選び臨んだ今回の伝説であったが当初は江頭は聖輦船を空に飛ばせて全速力で飛び続けさせた
中でダッチワイフにしがみつくと主張したのだがもちろん彼以外は反対し、最終的に折れることになった。
船を操縦する村紗は最初はスピードもそこそこに抑えて船を進めていたが中途半端を嫌う江頭は激怒し、ダッチワイフにしがみつきながら
「もっとスピード上げろ! じゃねえと寺の前でウ○コするぞ!」等と挑発。キレた村紗が速度を最大限に上げてしばらくして江頭は
吹っ飛ばされて体をくの字に曲げながら水中に沈んだが救命具を着けていたので溺れることはなく自力で岸まで泳ぎ、息も絶え絶えになったところをみんなに保護された。そこで腰をひどく痛めてしまい最後は聖に担がれるようにして永遠亭まで運ばれていったのだ。
命蓮寺に向かった当初は快晴であったがいざ伝説に挑戦の時間帯に急に大雨と強風が幻想郷を訪れてしまい、波の高さや激しさも
半端ないことになりそれも江頭の腰をノックアウトするには充分過ぎていた。
「ああー……白蓮の優しさがちょっとだけ心を痛めさせたなあ、あの時は」
「はあ、全く……こいしさんもオロオロしてましたし大変でしたよ……どうせまた同じようなことやるでしょうけど」
これには肯定も否定もせず、小さく笑うだけ。
「……そういえば、こいしの姿見ないなあ。忙しいのかな?」
そこで早苗の表情が一変。今までは笑ったり江頭にツッコミを入れたりと通常運転で話していたのだがここで
何か言いたげに、しかし言いづらそうに視線を下に落としていた。
「江頭さん……あの異変のことは知ってますよね?」
早苗が口にした異変と言うのは、江頭が永遠亭で療養している間に霊夢や聖、神子らが解決に乗り出した、急に
里の人々が賑やかになりだした異変のことである。一部では宗教戦争とも言われていたこの異変だったが、昨日遂に
完全に解決を迎えたというのだ。
「おう、ちょっと惜しいことしたなー。俺も異変解決に乗り込みたかったぜ」
心底ガッカリしたようにため息を吐く江頭。ここで本来は早苗が何かツッコミを入れるのだがばつが悪そうに視線をあちこちに
移し、いつもとは違う意味で落ち着きがない。江頭も怪訝な顔つきになるが、意を決したように早苗が顔を上げた。
「実はですね――その異変には――その、こいしさんが関わってまして――」
今回の異変を起こした犯人は秦こころという付喪神の少女であったが、異変の元凶でもあった希望のお面を持っていたのが
何とこいしであったという。
早苗は今回の異変は参加しなかったが、霊夢や聖、神子らから異変の真相を教えられ最初は衝撃を受けた。お面自体はこいしが
たまたま拾ったものだが、お面の力によってこいしの感情も活発化し、そして彼女の存在も周囲に認知されるようになったらしい。
……しかし、希望のお面は新しく作り直され、こいしが持つ古い希望のお面はやがて効力を失ってしまうだろう、とも言われた。
「おい、それって――」
早苗は答えず、黙って首を縦に振る。
こいしのことはさとりから聞いていた。サードアイを閉じた理由も。何もかも。だからわかる。希望のお面とやらの効果とはいえ、
感情が豊かになり、表情と感情が一体となり、みんなにも自分のことが認められ。どんなに楽しかったことか。
だからこそ――お面の効力が消えれば――誰も彼女を見なくなるだろう。路上の小石のように。
ドサドサと何かが落ちて床に転がる音に、二人は振り向いた。
……お見舞いに持ってきたのだろう果物が籠ごと落とされていた。
そして――項垂れるさとりの姿があった。
「……すみません、江頭さん」
開口一番、謝罪の言葉と共に江頭に頭を下げるさとり。
「おそらく知っていたとは思いますが――貴方を利用するようなことを――」
「違う」
さとりが江頭を地霊殿に招いた最大の理由。それは、破天荒で痛快で不思議な彼だったならば、もしかしたら
妹の閉じた瞳が開くきっかけを作ってくれるのではないだろうか、という期待から。芸人というのは詳しくは知らないが、
誰かを笑わせることに関しては真摯で、「何かをやってくれる」という期待を抱かせるには充分な存在。
それは妹のためになればという姉心であるが、エゴでもある。
「……しかし……今のあの子は無理にそうさせるべきではなかったのかと……」
ガバっと布団を跳ね除けて江頭が起き上がる。腰に痛みが走ったのだろう、一瞬歯を食いしばって痛みに耐える素振りを見せたが
すぐにさとりに目を向けた。
「あいつはいつも笑ってたけど、どこかでは悲しんでいた。俺は笑わせ屋なんだよ。悲しんでいる人がいたら何としてでも
笑わせたいんだよ」
そして、布団の上で正座すると深々とさとりに向けて土下座した。
「やらせてくれ! 頼む」
「江頭さん……」
江頭の声は上ずり、時に鼻を啜る音も聞こえた。
「このままじゃ俺……何のために……」
「江頭さん、貴方が幻想郷に来たのは偶然です、そしてこいしのことは私のエゴで――」
「やらせてくれ!」
顔を上げる。目は充血し、涙をこらえているようにさえも見えた。
さとりにこいしのことを聞かされた時から、江頭は幻想郷で伝説を残すのと別な目標ができていた。
それこそ、こいしの閉ざされた瞳を開き、心の底から笑わせようという目標。
笑えることの幸せを、幸福を伝えたい。自分のやっている馬鹿で下品な行動にも時に驚き、笑い、
こいしの感情は少しずつだが戻っていった。
「そんなお面の一つぐらいで落ち込む必要ねえじゃねえかよ!」
突然周囲に認められ騒ぎ立てられれば、こいしにとっては新鮮で楽しく、嬉しくもあったはずだ。しかし、それは
やはり偽りのものにしか過ぎない。お面の効力が無くなったらまた元のように感情が無くなっていく?
あまりにも救われないではないか。
「……俺ならできる! 俺ならやれる! だから俺にまかせてくれ!」
「江頭さん……気持ちは嬉しいですが……」
「さとり、長く生きているお前でもわからないのか? というか忘れたのか?」
何を――と聞く前に。
「目が前についているのは、前に進むためなんだよ」
その目が孤独や恐怖で閉じたままならば――笑わせて開ければいい。本心からの思いだ。
「――っ!!」
さとりは言い返すことができなかった。
「私からもお願いします。こいしさんのこと、江頭さんに任せてみてください!」
そして。
「貴女――!?」
早苗もまた、江頭と同様に土下座をして懇願した。
「お、おい東風谷っ?」
「江頭さんは確かに外来人ですし幻想郷の皆さんと違って特別な能力は持っていないです。
でも、この人にはそれを補ってお釣りが出るほどの高い信念、行動力があります」
笑いのために。笑顔のために。
そのためにならば平気で無茶なことをするし、命がけで動く。誰よりも一生懸命に、一途に。
相棒と言うにはおこがましいだろうが、少なくとも幻想郷では一番長く一緒に行動を共にしてきた
から、彼がただ下品な男でないことはわかっている。
さとりは黙って二人を見ていたが。
「二人とも、顔を上げてください。もし誰かに見られたら私が説教してる風に見られるじゃないですか」
おどけるような口調で、二人が顔を上げると。
「ふふ……前に進むため、か……。私もまだまだね」
二人も驚くほど、穏やかに微笑んでいた。
――これが、江頭が幻想郷で起こす最後の伝説の幕開けとなる。
一週間後、深夜の誰もいない人里にふらりとこいしが現れた。かつては里人のほとんどがお祭り騒ぎで賑わい、
自分もその興奮の中で心を躍らせた。
しかし、異変も収束しこころにも新しい希望の面が着けられ、こいしの持つ古いお面は完全に効力を無くしていた。
つまりは、彼女はまた元のようにみんなから知られない存在になったのである。
右手に持った古いお面をじっと見る。もはやこいしにとっては効果を無くしたこのお面は希望の面などではない、むしろ
なまじ希望に溢れた時間を与えておいてあっさりと奪い取ってしまったので絶望の面と言っていいだろう。
瞼を閉じ、立ち尽くす。うっすらと思い浮かんだのは江頭という奇想天外な外来人が現れて、彼の巻き起こす珍騒動に
ついていった日々。彼が起こす行動は常に波乱を起こし、多くの人妖を驚かせ、そして反発を招いた。と思ったら、
彼に感心をしエールを送る者も現れた。そんな不思議な男はこいしを楽しくし、そして戸惑わせた。
「こんな希望なんて――いらない!」
お面を持つ手を振り上げる。地面に叩きつけて割るつもりだ。効力もなくしてただのお面となったそれを割っても
何かが変わるわけではない、ただの八つ当たりである。そう、八つ当たりしたいという感情。それが今湧いている。
だがこいしはそれに気づくこともなく、怒りのままにお面を――割れなかった。
「エガ……ちゃん?」
こいしの手をしっかりと掴む腕。たくましいというような太い腕ではないが、力強くこいしをせき止める腕。上半身は裸で
闇に溶けるような黒いスパッツ。薄くなった頭髪。挑戦する時にいつも鋭くなった瞳。しかし、今夜のこの男の目つきは
いつになく優しさに満ちていた。
「明日。明日、お前に最高の笑いを届けてやるよ」
「どうして? エガちゃんは怖くないの? みんなに嫌われて相手にされなくなったりすること、怖くないの?」
口を開いて出てきた第一声。普通ならばいきなりそんなことを言われても狼狽して返事を返すのは困難だ。しかし、こいしとさとり
と接してきたこの男には、否、この男だからこそ、答えが出せる。
江頭はこいしに自分の過去を話した。それは、過去に大きな病気にかかり、表情がなくなり、感情表現が出来なく
なった時期があったということだ。こいしは当然驚いた。今までどんなに危険な妖怪相手でも、無謀なことにも体当たりで
挑んでいった彼の姿を見てきただけに最初は嘘をついているんじゃないのかとも思ったほどだ。
だから、尚更疑問が大きくなる。
「一時は引退も考えた。でも、周囲の仲間やスタッフが、ファンが励ましてくれてさ。それに、やっぱり驚かせたり
笑わせたりするのが好きなんだ」
「でも、みんなに好かれることなんかないでしょ?」
「気持ち悪いって言われたことは結構ある。覚えてないぐらいに。たまに死ねって言われることもある。俺は
言ってやりたいよ、こんな人生死んだも同然だってね」
そう言いながら笑顔を浮かべる。これも理解できない。なぜ笑えるのか、と。
――心が覗けたら。
一瞬、ほんの一瞬だけ、こいしに矛盾した気持ちが湧いた。
「明日は俺を見てろよ。 笑え! 笑って泣け!」
そう言うと背中を向けて走って行った。黙って見送った。
彼の背中は、自分が見てきた通りの背中で変わっていなかった。きっと、明日になったら彼が言葉では
言わなかったことが明らかになるだろう。彼は今までもずっと行動で示してきたのだから。
(笑って、泣く……)
割るはずだったお面は懐にしまい込み、空を見上げる。真っ暗ではなく、星空で明るかった。
伝説の一日。
幕開けは午前、天気のいい空が急に黒くなったと思ったら映画の画面のようにどこかの光景が映った。これが宇宙空間だったならば
幻想郷の空が外の世界で言うプラネタリウムになったと言っていいだろう。
住人達はまた新たな異変かと家を飛び出し、映画のスクリーンの映像のような奇妙な空を見上げた。
今は朝なのだがその映像の中は暗い空で、ただし夜空とも少し違うように見えた。言うなれば、
「空が黒い」と表現した方がしっくりとくる。
「いよぉぉぉぉぉ!!」
呆然としていた人々の意識が急に戻された。この声は知っている者は知っている。史上最低の外来人として
妖怪や人間達から恐れられている【ピー】な男。しかし、この声が聞こえてくるのは……上からだ。
「江頭2:50です!」
上空いっぱいに黒いスパッツを履いた半裸の男が浮かび上がった。ある者は今にも卒倒しそうなほどの悲鳴を、ある者は
ヒーローが来た時はしゃぐ子供のような歓声を上げた。
「今、俺は博麗の巫女達が行ったという月にいます!」
大きなどよめきが幻想郷に響き渡る。
「な、何だって!?」
「何を考えてるのあの男!?」
魔法の森で、魔理沙とアリスが。
「……」
「お、お嬢様……」
「エガちゃん……」
紅魔館の門の前で、レミリアを始めとする紅魔館の住人達が。
「こ、これは……前代未聞の阿保だわ……」
妖怪の山で、文が集まった天狗や河童達の気持ちを代弁した。
月の都。一切の穢れを排除した浄土にこの男が立っているというのだ。
「……紫、引きずり戻すのなら今の内よ」
博麗神社にて、境内の真ん中で霊夢が言う。
「う、ううっ……こちらとしてもそうしたいんだけど……」
オロオロと困惑するばかりの紫の肩を聖がポンと叩く。
「しばらくは彼にまかせましょう。本当に、本当に命の危険がある時に助ければ良いと」
「それに、我々も結局は協力してしまったわけですし。覚悟決めましょう」
「全くだね」
神子、神奈子も続く。
「早苗、気持ちはわかるけど彼を信じようよ」
「いえ、私は……。ですが――」
心配そうに声をかける諏訪子に返事をしながら早苗が視線を送る先には――さとりとこいし。
二人はみんなと距離を置いてじっと空を見ている。
聖、神子、神奈子、諏訪子、早苗。幻想郷に集う宗教勢力のトップが、そして地霊殿の姉妹がこの
博麗神社に集まり、江頭の最後の伝説を見守っている。さらに、地底の妖怪達も「自分達の仲間である江頭の
最後の大舞台をこの目に焼き付けておきたい」と言い地上に出ていた。
「たのもーっ! たのもーっ!! 綿月姉妹はいるかー!?」
月の門番の前に立つとまるで道場破りをするかのように声を張り上げる。
「な、何だ貴様は!?」
「とりあえず服を着ろ!」
「これが俺の正装じゃ!」
門番が武器に手をかけようと怯まない。しかしタイミングがいいことに、たまたま近くにいた綿月姉妹が門の異変に気づいて
姿を現した。
「どうしたので――きゃああっ!!」
目の前の男の風貌に思わず可愛らしい悲鳴を上げたのは依姫。豊姫も一瞬硬直し目を泳がせていたが流石というべきか、
咳払いをすると「何の用でしょうか?」と丁寧に応じた。
「綿月依姫! 綿月豊姫! お前らに一言物申すっ!!」
ビシっと指を差し。
「お前ら月にいる奴らは地上が穢れているとかどうのこうのとか言って悦に浸ってるそうじゃねえか。
ふっざけんなよ! 地上の奴も月の奴もウ○コもするしセ○○スもする、同じだろぉ!!」
「えっ!?」
「えぇぇぇっ!?」
依姫達同様、幻想郷も驚愕の声を上げる。ただ、一部の、江頭という人間のやり方をずっと見て聞いてきた者達だけは
歓声を上げた。早苗も内心では彼なら言いかねないと思っていた。
「それに神が降ろせて自分はすっごく強いんですーとかピーチクパーチク自慢しやがって。神様ぐらい俺にだって
降ろせる! 今日はお前らに人間はやれるってこと見せてやるよ!」
そして振り返り。
「今日はね、俺、神になるから! 伝説じゃないよ、今日は。神話に残す!!」
江頭がそう宣言したと同時に、彼の背後に大人一人は悠々に入れるほどの大きさの水槽が現れ、さらに広辞苑ほどの大きさの石と
砂時計、ハシゴ、そしてデンデン太鼓も出てきた。
「これは――」
この現象を見て豊姫はピンと来た。以前ちょっかいをかけてきた地上の妖怪がこんな能力を持っていたのだ。なるほど、
今回も何か悪戯を仕掛けてきたのだろうか。しかし、この男自身にはこれといって不思議な力は感じない。ただの頭のおかしい
【ピー】を処分するのが面倒だからこっちに送り込んできたのか? そうでもなさそうだ。
門番と依姫がチラチラと視線を投げかけてくる。まずは様子を見ましょう、と目で合図を送る。
「俺は水中で4分14秒息を止めたことがある。今回はそれを1分上回る。そうしないと神が降りてこないんだよ」
「は、はあ……」
門番に砂時計を渡すと、江頭がスパッツを脱ぐ。見事な褌がなびく。そして水槽にハシゴをかけると石を持ちハシゴを上がっていく。
どうやら自分が水槽に潜ったら砂時計を置いて時間を計ってくれということらしい。とりあえず好きなようにやらせておこうと
指示を出し、水槽のすぐ近くに砂時計を持ったまま移動する門番。
「よーーーーし!! 行くぞーーーーっ!!」
そう叫ぶと息を思いきり吸い込んで水槽に飛び込み、底まで行くと胡坐をかいて足に石を乗せ、鼻を摘んだ。
「始まった……」
早苗が江頭の元にあるのと同じ砂の量が入った砂時計を逆さまして置く。全員が息を呑み、江頭と砂時計に交互に視線を送りはじめた。
こいしは既に青い顔をしていたがさとりに両肩を掴まれ、どうにか立位を保っている。
妖怪や修行を積んだ者ならばいざしらず、普通の人間が水中で五分以上息を止めていることなど常識的に考えれば不可能だ。だが、
無理だとか駄目ということをわかっていてそれを破りに体を張って来た。良くも悪くも。
「あそこまでぶっ飛んだヤツ、たぶん私が生きている限りはもう見ないわね」
霊夢が呆れ半分に呟いた。
「確かに。まさか月にまで行くとは――それも、笑いの為だなんて」
「はい。――ですが、不思議とあの方には心を動かされます」
神子と聖が肩を並べて笑う。
江頭が最後に選んだ伝説は、月にいるという連中の度肝を抜くということ。話を聞けば月の連中は地上のみんなよりもずっと
強くて、特に綿月依姫、豊姫の姉妹には依然コテンパンにされた過去もあるらしい。
穢れを嫌う――それならば一番穢れまくっている自分ならばそいつらの腰を抜かすことができるだろう。
そして、高貴な月の連中を驚かせる芸は――あれしかない。
紫と霊夢に月に行くために力を貸してほしいと最初に頼み込んだ。もちろん何を馬鹿なと二人は断るが「やらせてくれ!!」
と土下座し、何度も何度も地面に額を押し付けて、声を荒げて懇願した。この男は笑いのためならば自分自身のことはどうでもよく、
保身とか見返りとか、権力とかそういったものも全く意に介さない。紫の得意とする人を食ったような態度は彼の前では全く無力で、
何よりこの男の精神的なものの強さに圧倒されてしまっていた。霊夢でさえ、江頭のその鬼気とした、そして切実な様子を見て
今まで戦ったどんな相手よりも戦いたくない相手と感じたほどだ。
困惑する二人に、江頭の援軍がやってきた。守矢神社の三人に命蓮寺・神霊廟を代表して聖と神子。さらに地底の住人達の署名を
集めてきたさとりである。彼女達も江頭の願いを叶えてほしいと要請し、遂に二人も首を縦に振ってしまった。
この時、江頭は感極まって泣き出し、泣きながら全員にお礼を言ったという。
二分が経過。江頭は目を閉じて鼻を摘み、頬を膨らませたり凹ませたりする以外の動きはない。
「そうか……最近湖に出没していたのは練習のためだったのか」
レミリアが目を大きく開く。そういえば……と、美鈴も続く。そこへ「普通なら貴女が一番先に気付くでしょ」と
咲夜が突っ込む。
「普通の人間では一、二分が限界よ。四分でさえもある程度の訓練を積んだりしないといけないんだから……五分以上は未知の
領域ね。……しかし、過去に4分ちょっと……か」
パチュリーのいつもの無愛想な顔に、目が少しだけ感心したように細くなっていた。
「エガちゃん……頑張ってーっ!」
フランは祈るように手を合わせるとせめて……とエールを送った。
「江頭さんっ!!」
三分を過ぎると頬の動きも早くなり、明らかに苦しくなってきているのがわかる。早苗がいつも無茶をする彼に
ツッコミを入れるかのように声を掛ける。
――今回の江頭の月までの移動には紫や霊夢の力だけではなく聖に神子、守矢の協力も加わっている。だから月にも
すぐに行けたし、巨大水槽をはじめ様々な道具も送ることができた。そして何より、幻想郷の空いっぱいに空間を広げて
映画の上映のように、幻想郷の住人全員が江頭の様子を見ることができるようになった。
しかし――こちらの声は、月にいる江頭には届かない。生中継のテレビを観ているかのように。
それでも早苗は呼びかけ続けた。
「江頭さんっ! あと二分ですっ! 江頭さーんっ!!」
頑張れともやめてとも言わない。残り時間と名前だけを呼ぶ。
今回、早苗も月への同行を希望したが江頭に却下された。
「俺は野垂れ死になっても絵になるけどお前だとシャレになんないだろ」
仮に月の住人の怒りを買っても、犠牲になるのは自分だけで充分。
「こういう時だけ常識に囚われないでくださいよ!」
泣きそうな顔で抗議したが結局神奈子と諏訪子に宥められた。
「江頭さん……」
阿求の家の前では阿求と小鈴も心配そうに江頭を見ていた。
一度、どうしてそこまで芸に自分の全てを懸けるのかを聞いたことがある。そこへ
彼ははにかみながら返事を返した。
「みんなが最後に見た江頭が手抜きだったら申し訳ないから」
自分も、見てくれているみんなもいつ死ぬのかわからない。だからその時その時に
全部を出し尽くしていきたい。
『このおじさん、かっこいい』
二人の少女がそう思ってしまうのも仕方がないだろう。彼の生き様を知った彼女達は
目を反らさず、江頭を見た。
3分になってから、一秒が長く感じる。
「あっ!!」
こいしが叫んだ。
今まで瞑想するかのように閉じていた江頭の目が開き、瞳がカッと大きくなった。
顔色もあからさまに悪くなっている。
「エガちゃんもういい! もういいよ! 死んじゃう! もうやめさせて!」
瞳を潤ませて紫達の方を見るが、首を振られる。問い詰めようかと思った時、さとりに
肩を叩かれ、江頭の方を向かされた。
「こいし……あの人が何を考えているか、わかる?」
わかるわけがない、と突っぱねようとした。が、できなかった。
「こ、この男……」
最初は怪訝そうに江頭の様子を見ていた綿月姉妹だったが、今は息を呑んでいた。
限界を迎えているのは明らかにわかる。だが彼は一向に上がろうとせず、首を横に振っている。
まるで何かを拒むかのように。まだ限界じゃないと言っているかのように。
最初は【ピー】を遠目に見る感じであった依姫だったが、この男の何処から来て何を思ってかは
わからないが凄まじい執念に押され始めていた。
砂時計の中がとうとう一割になった。4分を超えたのだ。
その時、彼女達は江頭から何かを感じ取った。
「これは……!?」
霊夢達も江頭から不思議な力を感じ取っていた。
「まさか、本当に神を降ろしたというの……?」
「い、いや……あいつはそんな修行はしてなかったぞ」
「はい、私も彼がそうしたことをしているのは――」
みんなが慌てふためく中、諏訪子が「あっ」と手を叩いた。
「そういえば、あの人うちの神社にお参りしてたよ」
関係ないだろ……と突っ込む者は、いなかった。そういえば……と思い出す。
命蓮寺・神霊廟・守矢神社・博麗神社。江頭はこれら四か所に訪れると最初と最後に必ず
手を合わせてしばらく何かを祈っていた。
「いや、しかしそれだけで神様が味方になんて――」
霊夢の言葉を早苗が遮った。
「あるかも……しれませんよ?」
そして、こいしの元に歩み寄るとぎゅっと手を握る。
「こいしさん、江頭さんがどうして5分14秒を宣言したのか、わかりますか?」
「そんなの……5分14? 5……1……4……514……まさか」
空いた方の手を今度はさとりが優しく握る。目は、潤んでいた。
「貴女へのメッセージなのでしょう……彼なりの」
こいしの笑顔の中に潜む悲しみに江頭は気づいていた。それは本当の、心の底からの笑顔ではない。
彼女は悲しんでいる。俺は笑わせ屋。目の前で悲しんでいるヤツがいたらどうする?
笑わせたい。心の底から。それが芸人として生きてきた自分の証なのだ。自分では想像できないほど長い間
そんな悲しみを抱いて、そして自分は幻想郷にやってきた。
つまり、彼女を心から笑わせなければどんなに伝説を残しても悔いが残る。そのためならば危険と言われる月に行って、
仮に連行されても構わない。笑ってくれれば。
失神寸前となって何も聞こえなくなりそうになる。が、遠くから何かが聞こえてきた。
『えーがしら!!』
『えーがしら!!』
『えーがしら!!』
『えーがしら!!』
男女入り混じっての大合唱。ずっと遠い昔に、拍手や大歓声の中で立っていた気がする。
視界が暗くなっていく中、なぜか鮮明にこいしの姿が浮かび上がった。それは涙をポロポロ流して
自分の名前を呼んでいる姿。
江頭が耳にした大歓声は、何と依姫達にも聞こえていた。
「ど、どこから声が……?」
「彼の背中?」
まるで幻のようだった。色んな人間達が江頭の名前を呼びながら手を叩き、みんながみんな、
眩しいぐらいの笑顔で彼の名前を呼んでいた。
二人は江頭の背中から神懸った力を感じ、一、二歩後ずさりした。神の力に近いものを感じる。しかし、
どんな力がわからない。強いていうなら、たくさんの笑顔。
「あの二人が後ずさりするなんて……」
紫と霊夢も依姫達同様、ただ圧倒されていた。
「悟りを開いた……のに少し似ているような気もしますが……」
「希望の感情にも近い……けど」
聖と神子も江頭に舞い降りた不思議な力に戸惑いを隠せない。神奈子も諏訪子も同様に。
しかし、早苗だけは違った。
「笑いの神様――かもしれませんね」
みんなが早苗を驚嘆した表情で見た。
「本気で笑ってもらうためには本気でやるしかない――いつもそうしてきた江頭さんに、
もしかしたら奇跡が起きたのかも……いえ、奇跡を引っ張り込んできたのかも」
何となく、納得できてしまった。そこで砂時計の砂が全部なくなった。
すると、合わせたかのように江頭が覚醒し石をどかすと水上に浮かび上がり、ザブっと音と共に水中から生還した。
幻想郷中から地鳴りのような歓声が湧き、博麗神社にも届く。
「エガちゃんっ!!」
江頭がハシゴから降り、大地に立つ。こいしは泣きながら笑っていた。カッコイイと言いたいけどずぶ濡れの頭髪は
まるで河童、または落ち武者みたいになっていて、それが可笑しくて、そして安堵して。とにかく、色んな感情がゴチャゴチャになって
よくわからないけど、笑った。さとりも早苗もつられるように目を擦り、鼻を啜る。
「大した男だねえ……」
神奈子がそう言うと、誰もが頷いた。
凄まじいまでの笑いに対する生き様。凄まじいまでの精神力。精神力だけで勝負が決まるルールだったら、今の幻想郷で彼に敵う者は
いないだろう。ひょっとしたら、彼を見て呆然としている依姫達も同様かもしれなかった。
かろうじて立っているだけの男に、依姫も豊姫も言葉を失い動けなくなっていた。よくわからない、馬鹿らしいことに
全力で、魂も体も燃やし尽くした男。だからこそ、恐ろしい。
江頭が褌に手を伸ばし、解くと全裸になった。
「ひっ!?」
依姫は刀も取れず、尻餅をついた。豊姫も膝を震わせ、門番も蛇に睨まれた蛙のように動けない。
江頭がデンデン太鼓に手を伸ばして掴むと、四つん這いになった。そして。
ずぼっ!!
あろうことか、デンデン太鼓の持ち手の棒をお尻の穴に深々と挿入し、逆立ちした。
「きゃああああああーーーーっ!!」
姉妹の絶叫が響くと江頭は満足げに笑い、棒を外すと力尽きたように倒れた。そこで水槽もスパッツも砂時計も、江頭も
きえた。残ったのは先ほどまでお尻に突き刺さっていたデンデン太鼓だけだった。
「エガちゃん!」
「江頭さんっ!」
聞き慣れた二人の言葉に目を開ける。嬉しそうにする早苗とこいしだ。下半身から履きなれたスパッツの感触がするので誰か
履かせてくれたんだなと感じながら。夢かもしれないなと思った。
――空は何色だろう……?
「青ですよ」
「青だよ」
心の中で呟いた言葉に返答する二つの声。……二つ?
「こいし、貴女……!」
「あっ……!?」
気絶する前に最後の力を振り絞って目を開いた。
そこには。
開かれた二つのサードアイと。
泣き笑いして抱き合う姉妹と。
もらい泣きをして鼻水まで流れてしまっている幻想郷での相棒の姿があった。
あの伝説の一日から三日後、江頭さんは帰っていきました。本人曰く、「外の世界でバイトをサボリっぱなしにしてたから帰る」との
ことでしたが、いい人と思われるのを嫌って早めに去ろうと決めたのでしょう。
最後の最後の一日は地底の住人も交えた大宴会となり、照れ臭そうにする彼の姿が印象的でした。もっとも、最後に全裸になって紫さん
達に抱き着いたのは流石としか言えませんでしたが。
そうそう、江頭さんがトークショーとやらに使っていた館は、正式に映画館として現在は機能しています。月の連中の腰を抜かさせたギャラ代わりに
やってもらったと言ってましたが、これもきっと映画を知らない人々に映画の魅力を伝えたかったのでしょう。阿求さんや小鈴さんも
よく足を運んでいるようです。
紅魔館ではフランさんが芸人を目指すといって毎日妖精メイドやホフゴブリン相手に芸を披露しているそうです。誰かを笑顔にする喜びを
今では一番の楽しみとしているようで、今度こいしも連れて彼女の芸を見に行こうかと思っています。
月からは特に何もありません。紫さんがしばらくビクビクしていましたが、今は落ち着いています。ただ、彼女自身も他者に接するときに
ほんの少しだけ優しくなったのではないかと思います。つまり胡散臭さが減ったのです。
それと霊夢さん。最近、アリスさんという人形遣いさんと弾幕ごっこをする機会が多くなりました。しかも二人とも結構本気でやり
合っているようで、魔理沙さんがちょっと戸惑っているようです。
早苗さんは相変わらず皆さんから人気があるようで、守矢神社も参拝客で賑わっています。本人いわく、「最近いわゆる下ネタ系の話にも
すっかり受け答えできてしまっている自分がいてちょっと恥ずかしい」そうですが。
そして――こいし。
結論から言えば、まだあの子は完全には心を開いてはいません。ですが、感情や意識は色づいてきてるように思えるのです。
今は地霊殿にいる時にはサードアイを開けて生活しており、早苗さんなど一部の信頼する相手と話すときもサードアイを開けるように
なりました。宴会で江頭さんに帰らないでと泣きついて、その節は大変ご迷惑をかけてしまいました。なにせ、あの人もちょっと泣きそうな
顔を浮かべて困っていましたもの。
帰る際にお礼は手厚く申しましたが、それでも私は、私達は彼に助けられました。心の底から笑える幸せ、長い間忘れてきたものを
思い出させてくれたのだから。できればもう一度また会いたいものです。
その時は、あの子もきっと――。
「お姉ちゃん、準備できたよー!」
元気な声と共にこいしが飛び込んできた。後ろで早苗さんも笑っている。
私は筆を置き、返事をするとこいしの頭を撫でた。今日は三人で映画を観に行く約束の日。
しかも、その映画は江頭さんが阿求さん達にこれは絶対お勧めだと言った作品だ。
「大丈夫、私やこいしさんだったら入場料も無料でしかも特等席に案内してくれますよ」
ドヤ顔で胸を張りながら早苗さんは言う。江頭さんの相棒的存在だったし、確かに
そうなる可能性もあるけど。
「うんうん、それじゃあ出発しよう」
こいしもノリノリで頷くと私の手を引く。
「ええ。行きましょうか」
江頭さん。貴方も今頃は映画を観ているのでしょうか?
またここに来たら、私達にも映画の話をしてくださいね――。
紅魔館、レミリアの自室
「フランは妖精達と遊んでいるか――ふむ」
あの男が去って随分と経った。フランは誰かを笑顔にすることに喜びを感じ、
生きがいとした。
かつては全てを破壊する悪魔として恐れられてきたあの子が、今ではみんなを喜ばせる、
笑顔にさせることができる子になってきている。
「アイツのおかげだな……」
下品で強烈な男だったが、それでも妹の恩人だ。しかし、お礼を言う前に去られてしまった。
それがちょっと悔いが残る。
「江頭、か。もしもまた逢えたらその時は……」
デレレレー♪ デレレレー♪
ん? 何処からか音楽が聞こえる。随分とノリのいい音楽だな……あれ、壁が何だか膨れて……。
「ドーーーーーーーーーーーーーーンっ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアーっ!!?」
「いよおおおおお!! ちょっと向こうでやらかして干されたんでこっちで
またしばらく伝説作りにきたぞおお!!」
「お嬢様ぁぁあぁあぁあっ!!」
主の悲鳴を聞いて慌てて駆けつけた咲夜の目には。
泡を吹いて仰向けに倒れ失神しているレミリアと。
スパッツを大きく膨らます男の姿があった。
↓これより先はあとがきを見てからご覧頂けるとありがたいです。
作業用に使用したBGM
・Let`s Go! EGASHIRA(JETTER MIC)
・スリル(布袋寅泰)
※もしも幻想入り動画を作るのならばOPには上、EDには下の曲を推奨する。
上の曲はパチンコCR江頭2:50の大当たり中に流れる曲で、下はテレビで江頭さんの
登場曲として使われることが多い。
ちなみに、エピローグでレミリアが聴いた音楽というのはスリルのイントロである。
小町と映姫様
※物語中盤に登場し、映姫様が江頭さんに対し下品な芸のことを説教するが途中でキレた
江頭さんが「俺の芸の何がわかるんだよ!」と全裸になって襲い掛かり、小町に泣きついて
逃げる映姫様を書く予定だった。また、終盤に江頭が彼岸に訪れて渡し船に乗る前の魂達に芸を見せて
完全にあの世に行く前に最後に笑いをプレゼントするプロットもあった。
神霊廟
※江頭さんが聖徳太子が女だったという事実を信じられず神子に勝負を挑む。10人の話を一度に聞けるか対決で
当然のごとく神子が勝利し撃沈。最後に「本当に女か確かめさせろ!」と神子に襲い掛かるも途中で芳香に身ぐるみ剥されそうに
なり撤退するというエピソード。
こころ
※「エガじゃないか運動」と称し自分も異変解決に乗り出そうとするも弾幕が撃てないので撃墜され、寝込みを襲うとし
夜の人里に訪れたところ、こころを鉢合わせする。「希望のお面用意するからセ○○スさせろ」と言うと本気にして服を脱ぎだす
こころに逆に江頭がツッコミに回り、未遂に終わる。それからこころと一緒にお面を探すが見つからず、また一緒に探そうと約束
した後にこいしと一悶着するも異変解決と共に仲直りする。終盤では江頭さんの最後の伝説を心配そうに見守るこいしを勇気づけ、江頭さん
を大きな希望と強い信念を身にまとった人間と評し讃える。最後の宴会では江頭さんの希望を吸いすぎて無表情なはずの顔が大爆笑して
しまうという内容。こいしのエピソードに深く関わらせるつもりだった。
天狗達
※主に文やはたてに対し「俺のチ○コを撮ってくれ~」などとセクハラまがいのことを言ったりして困らせる。ただし、一方で外の世界の
マスコミと比べたらお前らは真面目で凄いと称賛もしている。江頭さんの巻き起こす騒動を新聞に書くも写真はモザイク入りがほとんどで
スクープなのに売り上げが落ちそうだと苦笑いしたりと苦労人ポジション。
永遠亭
※月での伝説挑戦中に江頭さんのメンタルの強さに永琳も息を呑み、そして依姫達も勝てないかもと言わせる。
エピローグでは江頭さんに永遠の命はいらないかと聞くが不死身になったら俺の芸(常に命がけの全力でやるスタイル)ができない
と言われ輝夜もそれに納得し外の世界での活躍を祈る。
プリズムリバー三姉妹
※スリルを演奏させて最後の伝説でも演奏し江頭さんにエールを送る。
妖夢
※幽々子に江頭さんについていけばきっとためになるとアドバイスされるも戸惑う。
竹刀での剣道勝負をするが一瞬の油断で一本を取られ、ショックを受ける。
私生活の江頭さんの顔を見て、少しずつ考え方を変え始める……という熱い展開があった。
・【ピー】=キで始まりイで終わる言葉
・好きなキャラがひどい目にあっても泣かない
『“お笑いで世界を変えることは出来ない” と言っている自分がいる。
でも、ネタを作るたびに、もう一人の自分が、“でも世界を変えたい”と言っているんだ』
「ど、どこだよ、ここは……」
男が目が覚めた時、彼は見知らぬ草原に立っていた。戸惑いながらも、冷静に記憶を呼び戻す。
収録が終わり、荷物をまとめて家に帰る途中だった。今夜は全然人がいないなーなどと歩みを進めていたのだが……
その途中で意識が途絶え、今に至る。
足元には自分の商売道具、もとい魂が入っている鞄があり、それを見るとほっと安堵する。何せこれは特注品で、
なかなかに値段が張るのだ。
あまりの安堵感に思わず鞄を抱きしめていると背後から、
「……おじちゃん、そんなの抱いてて何してるのー?」
不意に、というレベルではなかった。生きた人間が背後から突然現れるにしても気配はする。職業柄、そういった経験も
する方とされる方の両方も味わっていた。
声だけを聞くと女、しかも少女のように感じ取れる。あくまで不思議そうな感じに。だが、それが妙に背筋を冷たくさせる。
おそるおそる振り返ると――その声の通りに――少女が不思議そうに彼を覗き込んでいた。小さな女の子にしか見えないが、
薄く緑がかった癖のある灰色のセミロングの髪に、体に巻き付けていそうな長いコードのようなもの、それに繋がれた、目玉が
閉じているかのように見えるモノ。そして、緑色の瞳。
少なくとも、彼が先ほどまで歩いていた世界では、このような少女は存在しえないものだ。
(まさか、幽霊なのか?)
一瞬そう考えるも、すぐに平静さを取り戻すとまっすぐに少女に視線を向ける。
「これはね……とても大事なものなんだよ。それが無事だったから喜んでたんだ」
「ふーん……でも、こんな夜にこんなところで何してるの?」
「それはっ、こっちがっ、聞きてぇよぉっ!!」
「わわっ!?」
職業柄故か、軽く体をくねらせ、カメラもないのにカメラ目線で叫ぶ。そこでハッとする。
「カメラ!? まさかドッキリか!?」
「ど、ドッキリ? 何それ?」
今度は少女が困惑する番だ。目の前の男性は一人で納得したように頷くと「ふざけやがって~!」とあっちこっちを睨み付けて
いる。
「アッタマきた!」
すると何といきなり服を脱ごうと手をかけた!
「きゃーっ!!」
「ううおおおおおおおおっ!!?」
思わず反射的に弾幕を放ってしまい、男に命中。男はそのまま固まったままどさっと地面に倒れる。が、しかし。しっかりと
受け身をとっているためにダメージはほとんどないようだ。しかし弾幕が当たった痛みはあるので顔はきつそうだったが。
「ご、ごめんっ、おじちゃん大丈夫!?」
慌ててしゃがみ込み男の顔を覗くととりあえず重傷ではないようでほっとする。
「お、おう……」
答えながら、男は考えていた。
(どうする……よく見たらこの子小学生ぐらいじゃないか? 脱いで抱き着くわけには……)
「……初めて会った女の子に全裸で抱き着く、ですか。長く生きていますがそんなことを考える人間は初めてですよ」
ぞくり。またも背後から女の声だ。しかも今の少女よりもやや冷たい声。振り返ると今の少女と同じような目玉の飾りを、
ひとつ違うのは目がくっきりと開かれているのを付けた、紫色の髪をした少女だ。しかも、後ろには猫耳のゴスロリ少女や何か
大きな翼を生やした少女までいる。
何が何だというのだ。コスプレ集団の亡霊か? 夢でも見ているのか? 頭がうまく回らない。
「……幽霊とは少し違いますかね。あと、残念ながら夢である可能性も低いと思います」
紫色の髪の少女がしれっと答える。だが、男の動揺は収まらない。なぜなら――。
「……先に自己紹介を済ませますか。私は古明地さとりという者です。そちらが妹のこいし。
この子はお燐にお空」
灰色の髪の少女、猫耳の少女、翼の少女と順番に視線を送り紹介をし、ぺこりと頭を下げる紫髪の――さとりという少女。
「あ、どうも。自分は――江頭――」
そこで躊躇した。些細なことかもしれないが、自分の職業柄、素直に本名で名乗るべきか否か。
ぐおお、と心の中で悶絶する。しかし、己の道は貫く。
「江頭……2:50だ!!」
「……ヒデハルではないのですか?」
さとりが困惑したように首を傾げる。
「何でわかるんだよ! お前はエスパーか!?」
「……当たらずとも遠からず、ですね」
「へっ?」
「……まあ、せっかくですし、歩きながら説明しましょうか。この世界――幻想郷について」
ここが外とは異なる世界、幻想郷であること。
自分達は人間ではなく妖怪であること。
元の世界に帰るのならば博麗神社に行き巫女に会うのが手っ取り早いということ。その他諸々をかくかくしかじか説明を受け、
江頭はとりあえずは納得した。
そして、さとり達がちょうどその博霊神社にて開かれる宴会に呼ばれて、神社へ向かう途中だったこと。それらを聞いていくうちに目的地である
博麗神社に到着した。
「おいおい……女ばっかりじゃねえかよっ!」
変わった服装ばかりしているが、神社で呑んで騒いでいるのはみんな女性であることに驚く江頭。さとりの話で幻想郷で強いのは女
ばかりだとは聞いていたがまさかこれほどとは。
「巫女は……ああ、あそこですね。今連れてきてまいりますので少々お待ちを」
江頭を境内の入り口に待たせると、さとりはペット達を引き連れて神社の奥へ歩いていく。残されたのはさとりの妹である
こいしだけだ。
「ねえねえ、おじちゃん」
「……何だよ?」
「えと……さっきの……痛くなかった?」
帽子を取ると、申し訳なさそうにしながら訊いてくる。おそらく、先ほど当てた弾幕のことだろう。さとりの話によれば幻想郷の住人の
多くはこれを使うことができるらしい。弾幕ごっこと呼ばれる決闘に主に用いるらしく、基本は避けていくのがルールらしいのだが自分にとっては
物足りなく感じる。
「平気だよ。あれより痛い目には何度も遭ってるからな」
確かにそこそこ痛かったが、かなり加減してくれていたのだろう。高速で走るバイクからのハリセンをくらった時の方がまだ痛かった。
「えっ? そうなんだー。じゃ、改めましてよろしくねーエガちゃん!」
「お、おうっ……」
慣れた呼び名だが、こうした少女に面と向かって言われると照れくさいものがある。伸ばされた手に応えるようにこちらも手を伸ばすと
いきなりぎゅっと握ってブンブン上下に振り回してきた。
「私はこいし、さとりお姉ちゃんの妹ね。エガちゃんって外では何をしてきたのかな?」
「俺か? 俺は――」
「江頭さーんっ」
そこへ、さとり達が戻ってきた。一緒にいるのはこの博麗神社の巫女である博麗霊夢と、幻想郷の賢者の八雲紫だ。
「二人とも、彼が――」
江頭を指差し、さとりが紹介する。すると、紫が頭を下げた。
「初めまして、江頭さん。私は八雲紫という者で、こちらは巫女の博麗霊夢。この度は誠にご迷惑をおかけいたしました」
その後、霊夢がバツの悪そうな顔で説明を始める。今日の昼間から結界に小さいながらも綻びができ、藍から報告はあったが本当に些細なものであったので今夜は宴会も控えているし修復は明日にしても大丈夫だろうと楽観的に考えて疎かにしてしまったという。
霊夢も一応修復を促したがこれでスキマに落ちてくる外の世界の住人はいないだろうと言われそれ以上は追及しなかった。
早い話、結界を管理する二人が揃ってサボタージュしてしまったが故に起きた『事故』である。謝罪の言葉と申し訳なさそうな表情で一見すれば
反省しているように見えるのだが、さとりがふうっ、と溜め息を吐いている様子から見た目ほどは二人とも反省していないようだ。
「そうですわ、これも何かの縁かもしれぬ、今夜はここに泊まって明日の朝帰るというのは如何でしょう?」
「えーと……まあ、部屋は空いてるし、今夜はちょっと……」
霊夢が向いた先は、すっかり大宴会場となっている博麗神社。各々、呑んで騒いでと見ているこっちも酔ってしまいそうなほど盛り上がっており、どうにも結界を開いて云々という雰囲気ではなさそうだ。
「あ、いいですよ。こういうの、場が大事ですからね」
すんなりと返事をする江頭に安堵の息を漏らす霊夢と紫。しかしさとりは内心、少し驚いた。順応力が高いというか、おおらかというか……いや、違う。この人は、こういう宴に水を差すような行為や流れというものを把握している。
「江頭さん、貴方は――」
「エーガーちゃーんっ!」
何者……と口に出そうとしたところを、こいしの声が遮る。
「さっきの質問、答えてよー」
唇を尖らせて、中断された返事を促す。これにはみんなも苦笑いして肩をすくめた。江頭もやれやれといった感じに首を振り、
コホンと咳払いをすると、急に真顔になり。
「俺は――芸人だよ」
『その時の彼の心は……何というか、口に出した言葉にも力が込められていたのですが――それ以上に強いものを感じました。
使命感というか、自分の存在意義というか……とにかく、あそこまで熱い心の持ち主に会ったのは随分と久しぶりでしたね。ですが、
この時は彼の言う『芸人』という言葉の重さには気づけませんでした』
――古明地さとり
「芸人? もしかして早苗が言っていた外の世界のお笑い芸人のことかしら?」
ふと思い出したように霊夢が言う。外の世界ではお笑い芸人たる人間が多く存在し、お茶の間を賑わわせるという。しかし、
少しの時間で面子が度々変わり、忘れられていくとのこと。ある意味、幻想郷入りするものに近いのを感じる。ひょっとしたら
彼もまた、ブームが去り忘れ去れてここに来たのかもしれないと冗談半分だが思った。江頭は頷くことも首を振ることもせず、
無言のまま。そこへ紫がいいことを思いついたとばかりに手を叩く。
「そうだ。せっかくですし、ここはひとつみんなの前で何か芸を披露して貰ったら如何かと。妖怪や神で賑わう宴会で
芸ができるのはきっといい思い出になりますわ」
紫本人からしてみれば、宴会の丁度いい余興程度に思ったのだろう。あとは、自分の不手際で幻想郷入りさせてしまった彼に対しての
お詫びもあったとは思う。江頭も少しの間考えた後、頷いた。そして、準備をさせてほしいと言い一度神社の中に入った。
『その後のアイツのことを考えると、凄く大人しくて控え目で。今思い出すとすっごく新鮮よね、あの姿は。今ならばあの一見したら普通の
人間にしか見えない姿も、暴れまわった姿も彼の姿だとわかる。スイッチが入る前と後……って感じ?』
――博麗霊夢
『外の世界の芸人達はすぐに飽きられて次々と顔ぶれが変わってる、と聞いたときの彼の表情は無表情でした。頷いた時、彼の心の中で強い決意を感じました。あれで、彼の心は決まったのでしょう』
――古明地さとり
紅魔館……レミリア・スカーレット 十六夜咲夜 パチュリー・ノーレッジ
守矢神社……八坂神奈子 洩矢諏訪子 東風谷早苗
地霊殿……古明地さとり 古明地こいし 火焔猫燐 霊烏路空
命蓮寺……聖白蓮 寅丸星 村紗水蜜 雲居一輪 ナズーリン 封獣ぬえ 二ッ岩マミゾウ 幽谷響子
神霊廟……豊聡耳神子 物部布都 蘇我屠自古 霍青娥 宮古芳香
その他……博麗霊夢 八雲紫 霧雨魔理沙 アリス・マーガトロイド 射命丸文 伊吹萃香
幻想郷の住人が見れば息を呑む面子の集まり(永遠亭は輝夜と妹紅の殺し合い延長により参加断念)で、何の能力も持たない人間がいたらきっと輪の中には入れないだろう。
しかし、今夜に限っては――否、今夜、このメンバーは『伝説』の最初の目撃者となるのであった。
江頭が準備をしている間に紫と霊夢が宴会参加者に声を掛け、彼の紹介と幻想郷に来た経緯を説明し、芸を披露してくれること
を伝えたおかげで境内は静まり返っている。正確に言えば小声で外の世界の芸とはいったい何なのだろうと期待する者や、酒がまずくならないものならいいんだが、と渋る者。反応は様々だ。
「……はて、江頭? どこかで聞いたような……」
そこで首を捻ったのは守矢神社の神奈子。元々は外の世界にいた身、早苗と同様テレビ番組にもそれなりに目は通しており、
江頭という名前にどこかが引っ掛かるものを感じたが、思い出せない。そうこうしている間に襖が開き――
……っ!?
多くの人妖、果ては仙人や神までも集まる今夜の宴会のメンバー。ちょっとやそっとのことでは動じない面子の集まりだ。
なのに、今、彼女達はどよめき、驚愕していた。たった一人の、外から来た人間に。
――男、江頭2:50の姿。黒いタイツに見えるスパッツを履き、上半身は裸。
「さ、さとり様。あのオッサンは何を考えてるんですか?」
キョトンとするお空とこいしと対照的に、汗を浮かべて顔を引きつらせるお燐の問いに、さとりはすぐに返事ができなかった。
……無心。頭の中が真っ白というべきか。だから、彼の考えていることは読めない。しかし、彼の目つきは今までで一番真剣で、
もしも近くで、真正面に彼のこの瞳を見たら、すぐに目を反らしたくなるだろう矢を射抜くような鋭い目。獲物を探す獣のようであったり、
真剣勝負に臨む侍のような目にも見える。自分の弱い心がすぐに見抜かれてしまいそうで、気づけば無意識の内にぎゅっと手を握り締め
拳の形を作っていた。
「うおおおおぉぉぉーーーーーっ!!」
両手を後ろに伸ばし、背中を大きく仰け反らせ空に向かって咆哮を上げる。それが終わると突然横に飛び跳ねて肩と腰が地面に着くように
着地し、起き上がると反対方向に跳ぶ。その動きはまるで活きのいい魚が跳ねるのに似ており、彼の細長い体はバネのように弾む。
さらに、シャチホコのように顔を地面につけ、両足をそろえて高く上に向けた三転倒立。見た目は普通の中年男性にしか見えないのに、
常人とは離れたバランス感覚、トリッキーな動き。「おおっ!?」と、一部から歓声が沸く。立ち上がると両足を器用に左右に動かし横に移動
しながら「キヒイイイイ!」等と奇声を上げ目を裏返す。
「お、おい、霊夢。何だよあいつ……き、気が触れてるんじゃないのか……?」
普段は勝気な魔理沙が珍しく弱気になって霊夢に耳打ちする。霊夢の江頭を見る目は人間を見るよりも動物を見るような冷めた色になり、
他の者達も訝しがるように奇声を上げ腕を伸ばしたり飛び跳ねる彼に視線を投げかける。
「う、うにゅっ。あんなに叫んで動いて、喉乾いたりしないのかな?」
その中で、お空は呑気にそんな心配をし、お燐が呆れたように横目で見る。
「……あはっ、何かエガちゃん、面白ーいっ」
唯一、こいしだけが口元に手を当ててクスクス笑っていた。さとりは最愛の妹と、彼女を笑わしている男と交互に見やる。
「……神奈子ー、私、随分前だけどあの男を見たことがある気がする」
唖然としている早苗に気付かれないようにそっと耳打ちをする諏訪子。
「う、うーん……言われてみれば……」
「ほら、昔バラエティ番組見てた時に、早苗の教育上良くないって言ってチャンネル変えたことあったじゃん?
その時の番組に出ていたのが――」
「――ああっ!?」
神奈子が目を団子のように丸くし、思い出す。しかし、既に遅かった。
「あ、あの、江頭さん……?」
明らかに動揺しているのだろう、声を掛けた紫だったが完全に上ずっていた。しかし江頭は意に介した様子はなく
一度、周囲を見渡すと、右手をスパッツに潜り込ませた。
「ドーンっ!!」
そして、股間部分で、その腕を大きく突き出す。それはまさに雄々しく【ピー】がそそり立って【ピー】している様そのもの。
「きゃああああっ!?」
一番早く悲鳴を上げたのは魔理沙、そしてレミリア。続いて早苗、妖夢が硬直を解き絶叫する。
「俺は伝説を残しにここにやってきたんだよっ」
「へっ!?」
奇声やら叫び以外でようやくまともに喋った一言に紫が素っ頓狂な声を上げる。自分の手違いでここに来ただけであり、
そんな大げさな――と。
「話を聞く限り、ここには妖怪とか神様とか、少なくとも普段暮らしていたら目にかかれない連中が暮らしているわけじゃねえか。
そこに呼ばれたということは、俺は伝説を作るしかないと感じたんだよ」
「え、えっと……江頭さん?」
「八雲紫ぃ!」
「ひっ!?」
突然紫の方を向くと、スパッツから右手を抜きその右手を上下に動かす。
「この幻想郷には、お前を始めとした妖怪は長生きが多いんだろ?」
「? そ、そうですが……」
そこで急にニヤつき、舐めまわすように足元から顔まで視線を移し、そして胸へ。
「お前、胸何カップだよ?」
セクハラ発言。いくら幻想入りしたばかりの人間とはいえ、妖怪の賢者である八雲紫に対してこの態度。霊夢やアリスをはじめとした少女達は軽蔑するように冷めた瞳で見つめるが、萃香や諏訪子はくくっ、と小さく笑った。そして、こいしも。
「はっ? じ、女性に対しそのような……」
「【ピー】カップっぽく見えるぜぇ!」
胸を見ながら真顔で言うと、紫が目を見開き黙ってしまう。
「【ピー】カップは犯罪ですっ!」
両手をクロスさせ、満面の笑みで言い放つがその本人が一番犯罪っぽいことをしている。しかしもう彼の暴走は止まらない。
「何百年も生きてるってことは……そっちの経験も豊富ってことだろぉ!? ……お前ヤラせろよ!!」
「きゃああーっ!?」
いきなり紫に飛びかかり、押し倒す。と思えばすぐに起き上がり、何と宴会参加者の列を目がけてダッシュ!
両手をクロスさせながらダイブし、その被害者となったのは――レミリアだった。
「ぎゃあああっ!?」
不意打ちをくらい仰け反り、後ろの控えていた咲夜にぶつかる。
「女ばっかりじゃねえかよっ! 男の強さを見せてやるよっ!」
興奮した江頭がスパッツと、ブリーフを脱ぐ。レミリアの前で。江頭の【ピー】した【ピー】がレミリアの視界のド真ん中に映し出された。
「いっ……」
「お、お嬢……様……」
「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああーーーーーーーーっ!!!!」
夜空を突き破るかのように響くレミリアの絶叫、宴会は阿鼻叫喚へと変わる。
「や、やだっ! やめてっ、あっ……!」
生まれたままの江頭が全速力で走り出す。それに合わせて【ピー】もブラブラと上下に弾むように揺れ、それを見た魔理沙が今にも泣きそうな顔で隣にいたアリスに抱き着く。アリスは魔理沙を支えながら被害が及ばないように距離をとる。しかし江頭は文の元へ行きカメラのレンズに【ピー】を押し付け腰を振っている。
「ひいいい!? や、やめてくださいっ、そんな汚いモノ押し付けないでぇぇ!!」
外の世界の芸人という珍しい記事を収めようとカメラを構えていた文の油断をついて走りよっていた、文はカメラを離そうとするが江頭はしつこく押し付けてくる。
「記事にしろよ! 神社でAV大宴会があったって記事にしろよっ! 男の読者増えるぞ! むしろ増やせよ!
幻想郷だとお前ら女の方がいい身分みたいだからいいじゃねえかっ! 男達に夢ぐらい見させてやれよ!」
「こ、このっ……!!」
キッと睨み付ける目はもはや人間を見る目というよりは外敵を見るような明確な敵意が籠っている。怒りのままに風を起こすと江頭の体が
吹き飛び、神社の池に落ちる。
「おおおぁああっ!!?」
ここでようやく江頭も相手が本当に人間ではないと頭で理解した。私人としてなら、この状況に恐怖を覚えるべきだろう。
しかし今の彼は芸人だ。ザブン、と池から立ち上がるとずぶ濡れでまるで浪人のようだ。が、彼の瞳は妖怪の恐怖に怯えるどころか反骨心
溢れる炎が宿っていた。
「アッタマきたっ!!」
池から上がると再び文目掛けて弾丸のように駆け出す江頭。
「止めろ! 誰か止めろ! 止めて! お願い、止めて!!」
魔理沙の懇願じみた叫びが響く。
「うらめしやー! おどろ……ウギャー!?」
驚かせようと待機していた小傘が姿を現すと、彼女の目には全裸の男が宴会参加者を追い掛け回しているという驚愕の光景が広がっていた。
「お、おおうっ……?」
だが、そこはやはりただの人間一人と妖怪ほか大勢。その後あっさりと萃香に取り押さえられ御用となった。そして神社の一室に放り込まれ、江頭は畳の上で大の字になってのびていた(服は着ている)。そこへ、さとりと霊夢、紫がやってくる。
「江頭さん、大丈夫ですか?」
「はあ、はあ……萃香って鬼、マジで鬼みたいなバカ力だぜえ……!」
「いや、鬼ですから。……紫さん?」
さとりに促され、紫が一歩歩み出る。顔はまだ少し青ざめて引きつっているようで、よほどさっきのが
衝撃的だったのがわかるほどだ。
「え、江頭さん……申し訳ないのですが朝になったら早急に帰っていただいてもよろしいでしょうか?」
するとムクっと起き上がり、激しく首を横に振る。
「もうちょっと! もうちょっとだけここに残らせてくれ!」
「はあ? 何を言ってるのよ」
霊夢が冷たく言う。しかし止まらない。
「やれる! 俺ならやれる! ここで伝説を作れる! だから……やらせてくれ!」
やらせてくれ、との言葉に紫と霊夢が素早く後退するがさとりは逆に江頭の肩をポンと叩く。彼自身も熱くなっていて
言葉だけ空回りしているのが読み取れた。ふう、と肩を竦めて息をつくと二人へと振り返り、
「お二方。確かにこの者が先ほどしでかしたことは多くの者に不愉快さを与えたことと思われます。しかし、
ここは彼の我儘を受け入れてもらえませんでしょうか? 責任として彼は地霊殿で保護します」
そう言うと、互いに顔を見合わせすぐにさとりを信じられないといった様子で見る二人に深々と頭を下げた。
「まあまあ、いいじゃないか二人とも」
「そうそう、久しぶりに面白そうな男に会えたんだしさー」
そこへ諏訪子と萃香がやってきてさとりへ援護射撃を送る。萃香は酔いも回っているのか顔は赤く、諏訪子は茶目っ気たっぷりに笑う。
「さとり、うちの神社も少し協力させてもらっていいかな?」
「……はい。ありがとうございます」
ほっとしたように頬を緩ませると、さとりは再びお辞儀をした。霊夢と紫、そして江頭だけがポカンと口を開けたまま立っていた。
こうして、江頭は大半の者達からは批判を受けた。
しかし、さとりにこいし(お燐は渋々納得しお空は最後まで「うにゅ?」と首を傾げてた)、萃香、諏訪子(神奈子はうーん、と唸りながらも
納得し、早苗は二人に諭され頷いた)、聖(それ以外の者は渋い顔で)、神子(これも芳香以外は苦い顔をしていた。芳香は何もわからず
「ドーン?」と言ったがすぐに青蛾が「芳香ちゃんは真似しちゃいけません!」と必死に止めていた)らのフォローにより彼はしばらくの
間幻想郷で生活することになったのだ。驚くことに3大宗教勢力の筆頭が彼を認めたのだが、この時は彼女達は真意を語らなかった。
『ああいう大馬鹿者は本当に久しぶりに見たからね。外の世界では芸人だって言ってたけど
あいつの生き様は古き良き男の片鱗を感じさせてくれた。これは面白くなりそうだ、酒が美味くなりそうだ、と』
――伊吹萃香
『あの男が暴れ回ってるのを見ながら「あ、そういえば昔テレビで観たことある顔だ」と思い出したのさ。神奈子が早苗の教育に悪いと
必死こいてチャンネル変えてたのも記憶に蘇ってそれも重なって不覚にも笑ってしまったよ。もちろん早苗を守りながら。彼の本質があの
全裸で暴れまわってる通りだったら即座に迎撃していたけど。……しかし、あの男が偶然ここに来た、そのこと自体がとんでもなく大きな
奇跡だったんじゃないかなあとは今、みんなでうんうんと頷き合ってるよ』
――洩矢諏訪子
翌朝、江頭は地霊殿に向かう前に人里へと赴き、幻想郷縁起を手に入れた。幻想郷の住人のことを知りたいと霊夢に聞いたら、
この書物を読むのが一番手っ取り早いと教えられたことだ。この時、地霊殿のメンバーの他に早苗が同行し、里に入りたくないというさとり
に代わり人里を案内することになった。ちなみに、二柱から彼のサポートをしてやってくれと頼まれたと言う。幻想入りした人間同士、助けに
なるだろうと言われれば頷かざるを得ない。なお、他の地霊殿の面子もさとりにつくということで今、里を歩いているのは早苗と江頭の二人。もちろん、彼もちゃんと私服に着替えている。
「悪いね、案内してくれて」
「いえ、困ったときはお互い様ですし。それに、外のお話を聞かせてもらってこちらも楽しいですし」
「向こうも妖怪顔負けに怖いヤツラが多いぜ~? どっちもどっちだよなー」
こうして会話をしていると、本当に普通の男性と変わらない。昨日大暴れした姿が自分を含めてみんなの見間違いだったのではないか、
そう錯覚してしまうほど私服に身を包んだ彼は常識人の振る舞いをしていた。まだ里に彼の情報は流れてないだろうが、昨日あれほど勝気な魔理沙を泣かせてレミリアを絶叫させ、そしてあの八雲紫を押し切った勢いはどこへ行ったのか。
「江頭さん、本当に地底に行かれるんですか? よければうちの神社でも――」
地底の住人の多くは忌み嫌われて厄介な能力を持つ者ばかりだ。地霊殿の主であるさとりが面倒を見ると言っているから
悪い境遇には遭わないだろうが、普通の人間に太陽の光も空も見えないあの世界で生活していけるのだろうか?
「いいんだよ」
ピシャリと一刀両断するようにはっきりと言い切る。
「地底がどういう場所なのかとか、そこら辺はさとりから聞いてる。俺にぴったりの場所だからすっげえ嬉しい」
ニヤリと笑う。顔は穏やかだが、不敵そのもので。
「底から這い上がるのが俺だから。さて、そろそろ戻ろうぜ」
「え……? は、はいっ」
さとりと合流した江頭は未だに釈然としていない様子の早苗と別れ、地上の人間や妖怪達も恐れる連中の集まりが暮らす
地底へと足を踏み入れる。
「まるで映画の世界だよ」
と、瞳を輝かせる江頭だがさとり達は映画については知らなく、こいしが映画について尋ねると嬉々として自分の好きな映画について
語りだす。映画の登場人物やあらすじを身振り手振り交えて説明し、登場人物が熱演するシーンでは全員が息を呑むほどの演技をして再現
したし、効果音までも言葉で鮮明に表現する。彼が語り、叫び、まるで語られている光景が目に浮かぶように。お空やこいしはいちいち
驚き、感嘆の声を漏らしたりしていた。
そうしている間にあっという間に地霊殿へと到着し、客室のひとつが江頭に与えられることになった。江頭は食事の時以外は部屋に籠り、
その日はずっと幻想郷縁起を広げて幻想郷の人妖達のページを見入っていた。
夜も回り、そろそろ寝ようかと思った時、ドアが3回ノックされる。
「あい」
「こいしだよー、エガちゃん入ってもいいかなー?」
「おうよ」
小さな音を立てて開かれたドアにはこれまた小さな訪問客。トコトコと部屋に入るとドアを閉め、彼が読んでいた幻想郷縁起に目を止める。
「ずっとそれ読んでるけど、気に入った子でもできたのー?」
「そんなんじゃねえよ。伝説を作るための下準備」
「伝説ってどんなのするのよ?」
「……考え中だよ」
あらら、と拍子抜けしたように肩を竦めるとベッドにぽふっと座る。
「エガちゃん、昨日に比べたら今日すっごく大人しいねー、疲れてるとか? あ、それとも今頃になってとんでもないことを
したってびびっちゃってたりー?」
腕を組んで考え込み、ふとこいしのサードアイに目がいく。閉じている。さとりから聞いたが、心を読める能力に恐怖を抱き
閉ざされてしまったといわれるサードアイ。
「……俺も若くねえからなあ……」
「あははっ、確かにー。人間でいえばもうおじさんだったね」
思い出したようにポンと手を叩くと、ヘラヘラ笑う。
「そうそう。だから今日はもう寝るの。というわけでまた明日な?」
「はーい。ゆっくり休んでね、エガちゃーん」
少し残念そうにしたが疲れているのなら、と納得し腰を上げ、部屋を出ていく。パタンとドアが閉まった後、
大きく息を吐いた。寝巻に着替えると明かりを消し、ベッドに潜り込む。
さとり達の前では普通に振る舞っていたつもりであったが、やはりここは自分の暮らしていた世界とは明らかに違う世界。
まるで自分が映画の主役になった気分ではあったが、相応には疲れる。若くないとこいしに言った言葉は本当ではある。目を閉じれば
たちまち眠気が津波のように押し寄せ、すぐに夢の世界へと旅立っていった。
翌日、朝食を終えた江頭はこいしが散歩に出かけたのを見計らい部屋にさとりを呼んだ。
「……こいしを同行させてもよいか、ですか?」
驚くべき提案だった。これから自分の行う伝説に彼女を立ち会わせたい、と言うのだ。行う予定らしい伝説の内容は決して
褒められるものではなく、むしろ大勢を敵に回しかねないものばかり。彼だけが罰を受けるのならいいが、巻き添えにされては――。
沈黙するさとり。彼の「心」はわかっている。まっすぐ見つめている、目でも、心でも。
「どうして――そこまであの子のことを――」
聞かなくてもわかってる。しかし、彼の口から聞きたいと思う。さとり妖怪である故の矛盾。しかし彼は誠実だった。
「笑わせたいんだよ。笑いすぎて瞳がドーンと開くぐらいに。あ、これ以上は何も言うな。わかってても言うんじゃねえぞ。
言ったらお前のサードアイに俺の【ピー】をズームインさせてトラウマ残してやるよ」
と黒スパッツに手を入れようとする仕草を見せる。
「……わかりました。では、こいしを呼んできましょう。すぐに見つかればの話ですが……」
立ち上がり、ドアへ向かう。すると奥からこいしの声が聞こえてくる。ちょうど戻ってきたみたいだ。
振り返ると江頭が満面の笑みを浮かべていた。
「よーし! 伝説作るぜーっ!!」
『彼の中では、こいしの話を聞いた時からきっとそう考えていたのでしょう。これが完全な私利私欲のためだったならば
私は断固反対し、もしくは命を奪おうとしたかもしれません。私欲のために妹の過去を利用するのならば――。しかし、その程度の
人物だったら私はそもそもここに連れてきませんでした。言葉も心も完全に一致させたのならばまずは信じてみようと思ったんです』
――古明地さとり
戻ってきたこいしに事情を説明すると、「面白そう!」と乗り気で、すんなりと頷いた。さとりは予想していたとはいえ、あっさりと話がまとまったことに苦笑いしながらも「お願いします」と江頭に頭を下げた。この時、彼はちょっと照れくさそうだったという。
「夕飯までには帰って来てくださいな」
さとりは二人にそう声を掛け、見送った。その様子をこっそりと窺っていたお燐がそわそわしながら顔を出す。
「ここにクレームが来なければいいんですが……」
「大丈夫。彼は真面目に痛快な行動を取っているのだから。地上にもわかる者はいるでしょう」
二人の姿が完全に見えなくなると、そう呟き踵を返した。
この日から、幻想郷に数々の伝説が生まれる。
伝説1 河童と相撲取り
「で、エガちゃん。妖怪の山に着いたけど何をするの?」
「外の世界では、河童は相撲が得意だという話があるんだよ。そして、河童がお尻が大好きだってことも」
「あー……尻子玉だったっけ? 見たことはないけど」
「河童と相撲を取って勝つ。そして逆に俺が河童の尻子玉抜いてペロペロしてやるよ」
こいし、絶句。
「……ま、まあ。まずは河童を探さないとね」
記念すべき幻想郷に残る伝説の1回目は河童相手の真剣相撲。
今回、江頭が相手に選んだのは河城にとり。規格の内容は彼女と相撲を取り勝利を収めること。
河童と相撲を取るときはお辞儀をして相手もお辞儀をしたところ頭の皿から水がこぼれて弱体化したところを倒すといった
話が多く聞かれるが江頭はこれに反発。ベストの状態の河童を相撲で倒し日本男児はまだまだ強いということを示すというのだ。
にとりをよく見かけるという川を目指し歩く二人。幸い、こいしが道のりを知っているということで問題なく川に
辿り着くことができた。にとりは仲間の河童数人と談笑しているようだ。
「いよおおおおおおおーーーっ!!」
姿を見かけるや否や奇声を上げて走り出す江頭。
「わあああっ!?」
突然、上半身裸で黒スパッツ姿の男がこちらに向かって走りってくる珍事に驚く河童達。だが江頭はその中でにとりの姿だけを捉え
彼女の前に立った。
「たのもーっ!!」
「ひ、ひゅいっ!?」
いきなり指で差されて声をかけられれば普通は驚く。彼女の反応は至極当然だ。
「お前ら河童は相撲が好きだって言うだろ? 俺は外の世界から来たから向こうの進化した相撲を知ってるんだよ。
俺と相撲で勝負じゃ!!」
「は、はいっ?」
「俺が勝ったらお前の【ピー】に手を突っ込んで尻子玉引っこ抜くからな!」
ヒートアップする江頭と圧倒されてタジタジになっているにとりの間にこいしが入り、慌ててルールの説明を始める。とりあえず
ベストの状態で挑めることを聞き、納得してくれた(しなかったらしなかったで暴れられそうだったから)。
「いよおおおし!」
ガッツポーズを取る江頭。そこへ――。
「え、江頭さん……?」
通りかかった早苗が江頭達の姿を発見し、何をしているのかと近づいてきた。丁度いい、と言わんばかりに江頭が今回の企画の
説明を始め(【ピー】に手を突っ込んで云々という話は語らず)、せっかくなので協力しろと言ってくる。鞄からビデオカメラを
取り出すとそれを早苗に渡す。
「え? えええっ!?」
「待ったなしだからな! 伝説は待ってくれねぇんだよっ!!」
抗議する暇を与えず、颯爽と土俵作りに勤しむ江頭。もっとも、河原の石を集めて土俵のような形にするだけの子供にもできる
超即席の土俵だったが。
(そんな……まさかこんなことになるなんて……)
実は、早苗がここを通りかかったのは偶然ではなかった。偶然は、この男と出会ったことだ。
今朝、文の新聞が届き目を通すと、昨晩の宴会のことが書かれていた。
『惨劇の神社! 幻想入りした外来人が全裸で大暴れ!』
『要注意人物江頭2:50。実は新種の妖怪か? 八雲紫に大胆接吻未遂!?』
等々、少し誇大化された部分もあるが大体は江頭が危険人物であることが書かれている記事だった。
「いやあ、愉快痛快」
諏訪子は笑いながら新聞に目を通し、早苗にこう言った。
「まあ、ただの人間ではないかもしれないね。なあ神奈子」
「う、うーん」
こちらは反対に渋い表情で唸る神奈子。しかし、首は横に振らない。
「ただの人間ではないって、どういうことですか?」
ん、と諏訪子が腕を組む。
「言葉ではうまく言えないんだけど……あの男から……不思議な力を感じたんだ。早苗や霊夢のとも、私らとかとも違う
んだけど……強いて言うなら、何かが憑いている? ああ、邪悪なものではないんだけどね。だろ、神奈子」
「まあ……そうだな。寺の連中や仙人共もそこら辺はわかってるはずだ」
「は、はあ……私には、ただの変……破廉恥な人にしか見えないのですが」
ここ、幻想郷では常識に囚われてはいけない。というのはわかっているのだが、相手は外の世界から来た人間で、しかも
来たその日の夜にあれだけのことをやらかした。まともな神経ではできないだろう――しかし。
彼が人里で幻想郷での生活のため準備をしてきた時の姿は間違いなく常人の振る舞いそのものだ。演じているわけではなく、
自然体に見えたし。外の世界の話をしている時も政治等の話題ではしっかりとした自分の考えを持ちそれを話してたではないか。
そう……彼は、常識を知っている。普通の人間の生活を知っている。ならば、あの晩はどうしてあのような行動に?
そういえば、彼は芸人だと言っていた。――それだけで?
色々と試行錯誤し困惑する早苗に、諏訪子がニンマリと笑う。
「そんなに気になるなら、会ってみたらいいじゃないか。もしかしたら、あの男はこれから幻想郷で
誰もできないことをやるかもしらん」
「まさか、彼を信仰に利用しようと――」
「それはない」
きっぱりと神奈子が言い切る。
そこへ「すみませーん」と誰かが神社を訪ねてきたので早苗が応対に向かうと雛だった。
「何だか、川の方で大きな厄を感じるのですが……様子を見に行ってもらえませんでしょうか? えと……
何か、この厄にはあまり近づいてはダメだと私の中で何かが――」
というわけで川へ向かい。現在に至る。そして、なぜかビデオカメラを構えている。
ルール説明
・にとりと江頭の相撲一本勝負(にとりの希望により服は着たまま)
・にとりは水の力を取り入れて全開となった状態で挑む
・張り手は禁止
「は、はい。どういうわけか全く持ってわかりませんがとりあえず常識に囚われてはいけないという
ことで早速勝負の方を始めたいと思います」
石を並べただけの土俵モドキ、向かい合う江頭とにとり。人間に友好的な河童達でよかったとカメラを構えながら司会のような
言葉を述べる早苗は心からそう思った。
「よーし、カメラしっかり撮ってろよ。幻想郷の男達が喜ぶ映像にするんだからな!」
早苗の方へスマイルを浮かべながら腰に手を当てポーズをとる。こいしはといえば他の河童達に交じって
観戦モードに入っている。
(撮れたとしてもうっかり足が滑った振りをして川にカメラ落としちゃいましょう)
にとりに心配いらない、とアイコンタクトを送ると一瞬安堵の表情を見せた。行司役の河童が声をかけ、二人とも身構える。
「待ったなし。はっけよい……のこった!!」
「うおりゃああーーーっ!」
パンっ! 江頭が両手を大きく叩く。猫だましだ。「わっ!?」と怯むにとり。そこへ掴みかかる江頭。
「くっ、この……!? き、きゃあーっ!!」
こちらもスパッツを掴む――その瞬間、江頭が顔をぐっと近づけてキスをしようと迫る!
「ちょっ!? え、えーがーしーらーさーんっ!!」
カメラを落とし絶句する早苗。騒然とする河童達。目を大きく丸くするこいし。さらに、こっそりとお尻まで揉んでいる。
「い、嫌、嫌だーっ! やめてっ!」
引きはがそうとするにとりだが離れない。それどころかこのままだと押し出しで負けてしまう。そうなれば何をされるかわからないという
女としての本能が警戒の鐘を鳴らす。相手がただの人間であることも忘れて、妖怪としての力が籠る。
「おおーーっ!?」
江頭のスパッツをマワシを掴む要領で持ち上げるとそのまま川へ豪快に放り投げた。
ザッブーン!!
大きな音を立てて川に沈む江頭。大歓声と拍手が響き渡る。あっさりと敗北した江頭が立ち上がると薄い髪の毛が濡れて垂れ、
まるで落ち武者のような顔になっていた。
「ぷっ! エガちゃん、あはははっ!!」
その姿が可笑しかったらしく、こいしがお腹を抱えて笑う。河童達もつられて笑う。早苗も、にとりさえも口元を抑えて
笑いをこらえている。
肩を落とし無言で土俵に戻る江頭。二人の間にこいしが入り、にとりの右腕を掲げた。それと同時に地面に大の字になり倒れる江頭。
幻想郷初めての挑戦は何ともあっさりと無様な失敗に終わった。
と、普通ならば誰もがこれで彼がすごすごと撤退するだろうと思うはず。
「ふざけやがって~~!」
「うわっ!?」
まだ力を残していたのか、にとりに掴みかかるとそのまま押し倒し、スパッツを脱ぎだし、ポロリと【ピー】が飛び出た。
馬乗りになり【ピー】をにとりの顔に近づけ「キュウリ食べろ!」と叫びだす。
「え、えがしらさーんっ!」
片手で顔を隠しながらも必死に制止の声を上げる早苗だが聞く耳持たない、そこへ騒ぎを聞きつけた男の河童達が怒声を上げながらこちらに
向かって走ってくる。これを見て江頭も慌ててスパッツを穿き直し。
「逃げろ、逃げろーっ!」
と、早苗とこいしに呼びかける。
「えっ!?」
「ほら、早苗さん逃げるよっ」
こいしに手を引かれながら走り出す。
(えっ!? えっ!? どうして私まで!?)
確かにカメラは持たされたが、まさかあんな行動に出るなんてこっちも予想していない。無我夢中で走っているうちに3人は
山を下りていた。3人とも息が荒い。全力疾走したから当たり前なのだが。
「ぜえ、ぜえ……え、えがしら……さーん……」
「ふう、ふう……こんなに走ったの久しぶり、かもぉ……」
疲弊しながらも立っている二人と対照的に膝をついて満身創痍な江頭。人間の年齢でいえば中年だからこの中で
体力がないのは当然かもしれない。
「ブリーフだったら、勝ってたぜぇ……」
意味不明な負け惜しみをか細い声で言うと、大の字で仰向けになった。
伝説1 河童と相撲取り チャレンジ失敗!!
その後、息を吹き返した江頭は二人を連れて人里へ出向いた。新聞の効果もあるだろうが、黒スパッツで上半身裸の姿の江頭は道行く人間全てに
奇異な目で見られた。子供が指させば母親が抱きかかえて小走りで去っていく。早苗は少し距離を置いてこいしと手を繋いで歩く。
「おーいっ、こいし、早苗っ! 飯でも食おうぜ!」
「はううっ!?」
が、呼ばれてしまい哀れこちらもみんなから変な目で見られてしまうのだった。
当の本人はどこ吹く風といった感じで店に入り、椅子に腰かけるので二人も座り、注文をとる。
「私、こういう所でご飯食べるの初めてなんだ」
こいしが水の入ったコップを片手に嬉しそうに話す。今日はとにかく彼女の表情がコロコロ変わる。さっきの騒動でも相撲を興味津々で
眺めていたし江頭の暴挙にも驚き、一緒に逃げた時も必死そのもの。
(……そういえばこの子って……まさか江頭さんは……?)
頭にふと、ひとつの考えが浮かぶ。しかし、ここで彼に直接訪ねるのも無粋だ。今は心の中にしまっておく。
「そういえば、ビデオカメラなんだけど」
「あっ、落としたままで……す、すみませんっ!」
ぺこぺこ頭を下げる早苗だが、江頭は手を振りながら「それはいいんだよ」と言う。
「今更気づいたんだけど、幻想郷ってテレビがなかったんだよなぁ」
「はい」
しくじった、と言いたげに首を振る。
「それじゃあ映像にしても意味ないよなー……。せっかく男性視聴者を喜ばせられると思ったのに。なあ?」
「へっ?」
調理中の店主に声をかける江頭。驚いて顔を上げた店主(小太りの男性)。
「お前モテないだろ? ぶっちゃけ未だに【ピー】だろ?」
「ちょっ、ストーップ! 江頭さぁんっ!!」
傍若無人。店主、苦笑いしながらも頷く。
「この幻想郷って、女ばっか目立つじゃないか? 男って肩身が狭いと思うんだよなあ」
腕を組み、深刻そうに表情を硬くする。眉間に皺まで寄せて。
「だからさ、見てみたいだろ? そういう女達が【ピー】してあられもない姿になったり喘いだりする姿」
「ま、まあ……」
店主。わりとマジで返事を返す。こいしは我関せずと水を飲んでいる。
「いやー、ワクワクしてきましたな。これは伝説になるぜ!」
料理が運ばれてきた後も江頭の話は止まらない。
「ここにテレビがあればお前らが喜びそうな映像バンバン流してやるのになあ」
「つまりAVもないってことだろ? この世界の男共はアッチの処理はどうやってんだよ? エロ本か?」
「俺は妖怪はみんなおぞましいヤツとしか思ってなかった。ここの妖怪って女ばかりじゃん。どうして男共は
積極的に妖怪退治しないんだ? こっちが襲えるぜ」
いつの間にか彼の話には店内の客みんなが聞き入っていた。女性陣は顔をしかめ、男性陣は苦笑いを浮かべながら。それでも
一部の男性は嬉しそうに。
彼の話には基本的に品性はない。欲望に忠実なものであったり暴言だ。それでも、一部の人間には夢を抱かせた。
「なっ! お前らも八雲紫の【ピー】見たいだろ? 俺は胸揉んでやったけど」
「にとりって河童と相撲をとったんだが、いいケツしてたぜ~。ありゃ自分で自分の【ピー】に手を突っ込んで尻子玉抜いて
【ピー】してそうだよな」
食事を終えても話が止むことはなく、口コミで寄せられたのか店の外にまで人が寄ってきた。中には同席している早苗を見て
ヒソヒソ話を始める連中も。また何かよからぬことでも企んでいるのではないか、という感じに見える。ますます早苗の
肩身が狭くなる。
「よーしっ! 近いうちにお前らが喜ぶようなすげえ写真とか持ってくるからな。待ってろよ!」
最後にそう言い放つと、すっかり打ち解けた店主を指さし、
「こいつは絶対、俺のいる世界にいたら性犯罪に手を染めてるぜ。というか、AVもないこの世界だとお前らも
犯罪者予備軍だぜ!」
本来、こういうことを言えば反発を招きヘタすれば暴動沙汰にさえなるだろう。しかし、この男が言うと不思議と
笑い話で済んでしまう。
それだけ彼の話し方は清々しいほどストレートで小気味がよく、不思議な力を持っていた。女性である早苗ですら、途中から
何回か吹き出してしまったし、こいしに至っては感心しきり。
「犯罪予備軍の男がやってる店だって宣伝していい?」
「お願いします」
「おいおい、コイツ【ピー】かよ!?」
漫才のようなやりとりをし、店を出た。しかし二人は知っている。勘定を済ませる時、江頭が店主に
金額以上のお金を店主に渡していたことを。
「エガちゃんってさー、いい人だよね」
江頭と肩を並べ歩くこいしが笑う。彼が喋っている間に店には彼の話を聞くため人が押し寄せ、満席になった。
店主も「ここまで客でいっぱいになったのは初めてです」と戸惑うほど。そして最後に「だからコイツが犯罪に走らないように、
誰か嫁さん立候補してやってくれ」と言ってさりげなくアピールまでしてくれていた。
「そうですね……接し方とか、色々変えれば、妖怪のみなさんも見直してくれたり……」
今からでも普通に振る舞って、宴会で植えつけたマイナスイメージを払拭したらどうかと早苗が提案するが、
「俺が反省したら面白くないだろ?」と一蹴。
「お姉ちゃんも悪い人じゃないって認めてるんだし、みんなもエガちゃんがいい人だってこと、わかってくれる
と思うよー? 話もうまいし」
しかし頑なに首を振った。
「お前の姉ちゃんは……まあ、恩もあるし、さ」
『そこだけ、エガちゃんはちょっと歯切れ悪かったんだ。その時はやっぱりお姉ちゃんの能力が嫌なのかなって思って……それを
はっきり言われたら辛いから……追及はしなかった。でも今だったら……照れてたんだなって思う。あんまりそれを知られたくなかった
なーって、さ』
――古明地こいし
『当時の人々の反応ですか? 半分半分だったかと。熱狂する人もいれば嫌悪感丸出しにして視線を送る人達も
いましたし。もっと素の姿を見せていれば支持者というか、好感を持たれたと思うんですが、芸人としての彼の
信念が許さなかったのではないでしょうか』
――東風谷早苗
次に江頭が目指したのは里にある貸本屋、鈴奈庵。映画が無いのでせめて読書を、と言い
尋ねると丁度店番をしていた小鈴と鉢合わせになった。
「あっ、貴方は確か新聞に載ってた……」
「いや~、春ですね~」
にこやかに挨拶をすると間髪入れずに本を探す。新聞での情報を知っていた小鈴は少し身構えていたが
拍子抜けしたように顔を首を傾げた。
「あ、あれ?」
「お客として来てるだけなので問題ないと思いますよ」
「うん」
すかさずフォローを入れる二人。やはり新聞の記事だけだと彼は危険人物この上ないらしい。
これからも行く先々でカバーしなかればならないんだろうなあ、と早苗は心の中で苦笑いを浮かべる。
そこへ幻想郷縁起の作者である阿求が店を訪れた。
「早苗さんと……確か貴女は……こいしさんでしたね? 珍しい」
「初めましてー」
ぺこりと一礼。そこへ江頭が戻ってきた。
「古い本ばっかりだな、おい。映画の原作となった物語がいっぱいあるよ」
「あっ……」
「江頭さん、この方が幻想郷縁起を書いた阿求さんですよ」
それを聞き、驚いた顔を浮かべる江頭。こんな女の子があれだけの内容の書物を書いたのか。
驚きと感心を込めて「おお~~」と唸る。
「初めまして、江頭さんですよね? 稗田阿求と申します」
「いやあ~、読ませてもらったよ。すごいよな、あんなに膨大な情報をまとめるなんてマジすごい。
妖怪の小説とか書いたらきっと売れるぜえ? 少なくとも俺のいる世界だったら妖怪マニアの間では
すげえ人気を得ると思うぜ」
「えっ?」
「しかも美少女! これは男の読者増えるよー!」
阿求は珍しく頬を染め狼狽えていた。ここまでストレートに、堂々とお褒めの言葉を貰うなんて殆ど経験にない。
「そうだ、せっかくだし、本に書かれてた以外にも聞きたいことがあるんだけど時間とか大丈夫?」
「わわっ。あ、はい。せっかくですし、私達も外の世界のお話が聞きたいです。ね、小鈴?」
いつの間にか数に含まれており一瞬口をポカンと開けていた小鈴だったが、すぐに好奇心が上回り頷き返すと
一行を奥の座敷に案内した。
「それで、これが原作となった映画なんだけど……クッッソつまんねえ!!」
「ええーっ!? そうなんですかーっ!? あれ、阿求も気に入ってたのにー」
「何だかショックー……」
「この本が幻想入りしたのは、きっとその映画のせいだな! それぐらいひどい出来だったぜぇ~」
「え、えっと……私が生まれるよりもずっと前のだから、何とも言えないですね……はは……」
「エガちゃんがそう言うんだからきっと暇潰しに使う時間も勿体無いぐらいなんだろうねー」
こんな映画よりも幻想郷の巨乳美女達の【ピー】を上映した方がずっと面白いと言う江頭を早苗は
「えーがーしーらーさーんっ!」と顔を真っ赤にして耳を引っ張りながら止め、阿求と小鈴も意味を理解してたので
だんまりを決め、こいしは首を傾げていたがとりあえずエッチな話題なんだろうということはわかった。
この後も日が沈むまで江頭の映画談議は続き、こと阿求と小鈴は聞き入るうちに映画というものに思いを馳せた。
「読んでて物語を想像するだけだったのが、映像としてこの目で見れるって、ちょっと素敵かも」
「だけど、原作を知れば知るだけ自分の中で持ってるイメージとのギャップがあると思うのよね。
その作品に愛着を持っていれば尚更のこと。んー……」
興味津々の阿求と、原作と映像の違いに真剣に悩む小鈴。そこへこいしが疑問を投げる。
「でも、幻想郷ってエガちゃんが言う映画ってできそうな場所かな?」
「映画館はもちろんのこと、機材とかもありませんからねぇ……テレビさえもありませんし」
外の世界から移り住んだ早苗が言うと説得力が倍増。うーむ、と腕を組みしばらく考え込み、ふと思いつく。
「小鈴、ここには映画関連の本とかは流れ込んでいないのか?」
「んーと……ちょっと待ってて」
立ち上がり、店内を探し回る。そして一冊の本を手にするとパタパタと小走りで戻ってきた。
「ありました! 映画の機材とか設備とかが描かれてますね。ここ(幻想郷)で生きている限りは縁がないだろうと
印象に残ってなかったのですが……」
どうやら図解本のようだ。受け取ってページを頷きながらめくる。そして。
「幻想郷に映画館建てようぜ」
あっさりと、そして壮大なことを言ってのけた。みんなが目を丸くし黙り込む。
「いや、まずはエイガー館だな。俺の活躍を観てくれー! と言って俺の番組を
ひたすら流して伝説にしてから映画館建設だよ」
彼の語った夢はこうだ。
エイガー館について
小屋みたいなのを作り、映写機を使っての上映。映し方は映画館というよりは学校や会社のプレゼンテ-ション
で使っているようなスクリーンを使用する。
映写機は幻想郷に流れ着いているものがあればベストだが、無ければ河童に作ってもらう、それも無理なら紫を脅して
機材一式を持ってこさせる。
まずは自分が幻想郷各地に赴き活動してそれを撮影。翌日に放送する。
客が増えてきたら週に一度、直接自分が赴き外の世界の映画を話すトークショーを行う。
映画館建設署名を集めて八雲紫に提出。伝説達成。
「完璧だよ!」
根拠もなく、すでにこれは未来でそうなるとわかっているように不敵に笑う。映像技術や電波云々は色んな能力を持ってる
幻想郷の住人達に何とかしてもらうらしく、彼女らも納得させるうえでの署名活動とアピールのための活動を行うという。
にとりに仕掛けた相撲を騙ったセクハラまがいのことも含まれるのかと聞いてみると曖昧に微笑むだけだった。あまりにもアホらしくて
無謀な夢をぶち上げたが、予想に反してこの二人は感心したように頷く。
「それは……とっても面白そうだと思いますよ」
「うん。漫画みたいなことだけど。漫画みたいなのばっかりの幻想郷でも。それでも凄いです」
誰もができないようなことをやろうと邁進する者には誰かを引き寄せる力がある。実際、映画館建設を話す彼の表情は真剣そのもので、
そのためなら全身全霊、何を言われようとやってやるという気迫が、情熱があった。映画に興味を引かれた二人が賛同するのは
当然かもしれない。
「よーし、待ってろよお前ら。伝説の存在が多いこの幻想郷でそいつらよりもずっと凄い伝説を見せてやるからな」
そして早苗とこいしにも視線を送り。
「お前らには、特等席で俺の伝説見せてやる。生き証人になってくれ」
二人も頷いた。というか、自然に頷いてしまっていた。
『生きてきた中で一番はしゃいだかもしれませんね。彼の言葉は言葉だけならば凡庸的なものが多い。でも、彼が言えばどんな発言も
力強く胸を打つ。その後の彼の起こした行動を見れば一目瞭然でしょう?』
――本居小鈴
『ワクワクはしてました。でも、やっぱり心のどこかで「そんなことできるわけがない」と呟く冷めた自分もいました。
それでも、不思議でしたがあの人なら本当に……と、思わせてしまうんですよね。色々な意味で罪な人でしたよ』
――稗田阿求
二人と別れ、里の出口にて早苗とも別れる。
「うーん、やっぱりちょっと不安ですね。河童の皆様が騒いで一悶着なければいいのですが……」
「エイガー館計画のことを話せばきっとそっちに乗り気になって忘れるよ」
早苗に声を掛け励まそうとするこいしの横で江頭は小さく「すまん」と言う。ハイになるとどんな妖怪よりも
恐ろしいが落ち着くと常識人の顔になるのだ。
「あの置いてったビデオカメラ、よかったらあのにとりって子に渡しといてくれないか? 機械好きって言ってただろ」
そしてすかさずエイガー館計画のことを話してみれ、と。意外と姑息だ。小鈴の店から借りた映画機材の本も持たされて。
「まあ……見つかれば渡しておきますよ。直接謝ればいいのに」
「俺が反省したら面白くないだろ」
はあ、と大きく息をつき。
「テンパってまた暴走されても大変ですし……こっちで何とかしてみます」
「すまん」
本当に、こうして会話をすれば普通の人なのになあ。
「くすっ。いいですよ。私も江頭さんの伝説とやらに興味がありますし。今後ともご贔屓に。こいしさんも、今日は
楽しかったです。また逢いましょう!」
と言い、颯爽と飛んでいく。姿が見えなくなり江頭が呟いた。
「空飛んでるなんて……スパッツとか履いた方がいいぜ、性欲がみなぎった妖怪とかに見つかったら大変だろ」
「あはは、てっきり「本当に人間かよー!」って言うと思ったら。エッチなのか、心配してるのか……」
「そりゃあなあ。結構いい体してるしよ。でもまあ、いいヤツだよな」
「うん」
こうして幻想郷1日目は終わった。結論で言えば、相撲の件については河童達からはお咎めはなく、ビデオカメラも拾われていたが
早苗が江頭の伝言を伝えるとにとりは目を輝かせて喜んだ。確かに驚かされたがその後の彼の逃げ回る姿やらが愉快で、下ネタ好きな男の河童達も話を聞き爆笑していたらしい。
安心してにとりにエイガー館計画のことを話すとこれまた関心を持ち、できることがあれば協力したいと言った。ただ、機材などについては
今の自分の技術では難しいかもしれないと述べる。
それを聞いてガッカリしていた自分に気づいた早苗は、とことんまで彼を見守ろうと決意したのだった。
私室にて。さとりは椅子に座り、ぼんやりと天井を見ながら妹・こいしのことを想う。
あの外来人――江頭に連れられて遊びまわったことを実に嬉しそうに話し、人里の飯屋で初めて食事を取ったことや、
阿求と小鈴と早苗を交えてみんなで談笑したことも。
妹・こいしの能力は「無意識を操る程度の能力」である。これにより他人に認識されずに行動することができて、
目の前に立っていたとしても相手が彼女を認識できない。仮に視界に入って認知されようと、道端に転がる小石のように
すぐに記憶から消えてしまう。相手に嫌われて傷つくことはないが、後ろに引くことも前に進むこともない。
それこそ、世界は自分自身だけの閉ざされた空間と言えよう。
しかし、あの男は――。
「エガちゃんが声を掛けてくれて――」
相手と楽しく会話をしていても、ふと相手の視界から消えたり、別の人物と話を始めたりして意識が向けば
忘れられてしまう。それが今日は殆どなかったという。
心を閉ざした上で無意識。どんな行動を取るかはこいし自身にもわからない。普通に彼らから離れてどこかを
フラフラしていた可能性だってある。むしろ、そっちの方が極めて高い。
だが、彼はこいしがそうなる前に声をかけ、引っ張り込む。輪の中に。それは実に自然な形で。だから、
他の者もこいしを認知する。個性の塊ともいえる彼の存在感がまるで能力を掻き消してかの如く。
「……」
トントン。
自分の開いたサードアイに視線を戻したのとタイミングを合わせたかのようにドアがノックされる。
「お燐ね? 入りなさい」
静かにドアが開くと、恐る恐るといった感じにお燐が入ってくる。そしてパタンと後ろ手で閉じる。
「こいし様は寝ると言って部屋に戻られました。江頭のおじさんはお空と遊んでます」
「その……『ドーン!』とかじゃないでしょうね?」
探るように、細い目でじっと見る。
「い、いやいやいや! それはないです! ええと……『取って、入れて、出す』とか言って腰を引いて両手を出すポーズ
みたいなのをやってました。まあ、アレも意味不明なんですがお空のヤツはノリノリで楽しんでますっ」
最初はお燐自身も『ドーン』を教えるのではないかと肝を冷やしまくったのだが、事前にお空の性格等を知っていた江頭が
「ドーン教えて間違ってここをドーンと爆発させたら笑えないだろ?」と配慮してくれた。これから幻想郷で色んな無茶なことを
仕出かすらしいが、こういう所はきっちりと線を引いて守ってくれているのは助かる。さとりも納得したらしく、安堵したように頬を
緩ませると目を閉じ。
「不思議な人間。外から来たのに、この幻想郷に溶け込むどころか、逆に引っ張りまわしている。自分のためではなく、誰かを
楽しませるためというのを根底に動く。あんなに嬉しそうなこいしの顔、長い間見なかった気がする」
無感情な子ではない。表情はむしろ結構変わる。しかし、それさえも無意識に、本人もその感情を忘れてしまう。
「――彼に期待を抱いてしまうのは、我儘でしょうか?」
項垂れながら、か細い声で。お燐に問うよりも、自分の心に呟くように。
「いえ、当然の感情かと思いますよ。こいし様はさとり様のたった一人の妹なのですから」
「……」
顔をゆっくりと上げ、じっと見る。お燐もニカっと笑い大丈夫と言わんばかりに頷く。「ありがとう」と
今度はしっかりと彼女を見て、頭を下げた。
「うにゅ! 取って、入れて、出ーすっ!!」
「いよぉぉし、完璧!」
そんな二人のやりとりは全く知らず、お空に芸を仕込む江頭。パチパチと拍手を送り微笑む。
「わーいっ!」
これに対し両手を上げて喜ぶお空。最初は「ドーンをやってみたい!」と言い制御棒を撃とうとしていたので
「それよりも面白い芸がある」と言いくるめこっちにした。思惑通り、彼女の興味は完全にこっちに逸れた。
お世話になってる人(妖怪)に迷惑をかけるわけにはいかない。
「ねえねえ江頭さん、江頭さんの髪の毛にメガフレア撃っていい!? 何か、すっごく燃えそう!」
「うおぉぉいっ!? やめろよぉぉぉっ!!」
そして、物騒だし。
この叫びが聞こえたのか、駆けつけたさとりとお燐が仲裁に入り一同は就寝に入るのだった。
翌日も、江頭はこいしを連れて地上へと向かった。向かった先は昨日訪れた飯屋だ。客はまばらだったが江頭の姿を見て散って行く人と
近づいてくる人が見事に二つに分かれ、騒然となる。集まる顔ぶれは男性ばかりで、お世辞にもいい男とは言えず、結婚どころか生まれて
このかた女性と付き合ったこともない連中ばかりだ。
「幻想郷は何でも受け入れるとか言ってるけど嘘ばっかじゃねーか。それならお前らも俺もモテモテになってるだろ」
と笑わせたり、ガリガリの男性を捕まえて傍に置き、自分の持ちネタのひとつである「がっぺむかつく」(「がっぺ」と言い片方の手を後頭部に持っていくことで露出した自身の腋毛をむしり、「むかつく」で腹が立った者に向かって腋毛を投げつける。脚はクロスさせるのが伝統)
を披露した後「お前もやってみろ!」と服を脱がせて真似させたり。エスカレートしそうになる度にこいしが「エガちゃん、エガちゃん」と
間に入って止める。早苗がいないのでストッパーは自分がやるしかないと思っているようだ。
その後ひとしきり店内を笑い声でいっぱいにして店を出ると、袋を持った早苗と顔を合わせた。
「あ、江頭さんにこいしさん! やはりここに来てたのですね」
「早苗だー。買い物してたの?」
袋を見て尋ねるこいしに早苗は小さく首を振り、袋を江頭に渡す。「えっ?」と驚く江頭に対し「いいから中身取ってみてください」
と急かす。こちらもかなり打ち解けたようだ。
「おっ、これは……」
それは、昨日落として、そしてにとりにあげたはずのビデオカメラだ。話によると、エイガー館のことを聞いたにとりが「それなら
、これを使って撮影するのが手っ取り早いでしょ」と貸してくれたらしい。それで江頭を探しに来たというわけだ。
「これは河童の協力も得られたってことだよねー、エガちゃん」
自分の事のように喜ぶこいしに力強く頷く。現在は地霊殿、一部の里人、そして早苗の神社と河童の支持がある。
「……よし。特攻かけるぞ。特攻して一番インパクトがある場所ってどこだ?」
「そうですねー……紅魔館でしょうか? レミリアさん、目立ちたがりですし」
「私、あそこにいるフランちゃんとたまに話すから道案内はまかせてー」
ビデオカメラを取り、ピースサインを出すこいし。
「操作方法とか、わかります?」
「全然! だから教えてー」
初めて目にした玩具を手にしてはしゃぐ子供同然の彼女に丁寧に説明をする。本当ならカメラの使い手である天狗の記者らの協力を
得たいのだが、どうも天狗からは受けが悪いらしく。
「新聞に載せられない愚行は撮影できない」と言うのだ。早苗から聞いた話である。
「ここのマスコミは外の世界よりも優しいな。あっちのマスコミはゴミだぜ」
「……そうですね」
外にいた早苗もこれには同意。
「覚えたよー二人とも。で、どうするの?」
「もちろん紅魔館だ。吸血鬼とか色々言われてるけど所詮人間でいう小学生だろ? 楽勝だよ」
「相変わらず無意味に自信満々ですねえ……」
伝説2 紅魔館特攻
紅魔館を拝啓にこいしがカメラを構え、江頭と早苗が並ぶ。
「はい、それでは江頭さん。今回は紅魔館で何をするのでしょうか?」
「あいつら(里の男達)に聞いたんだけどな。幼女にメイドに巨乳と色とりどりな館らしいんだよ」
「ま……まあ、確かによりどりみどりですよね、はい」
「これはもう潜入して視聴者諸君が喜ぶような映像や秘密をゲットしてくるしかないでしょ?」
「えっ?」
「メイド長がPADを使ってるのかどうかとかも気にしてる野郎もいてさ。俺もそれを聞いて思ったのよ。これは実際に
揉んで確かめるしかないってさ」
どこからか早苗が笛を取り出すと。思い切りピーッと吹く。
「死にますっ! 死んじゃいますって! 幾らなんでも相手が悪すぎます! 咲夜さんだけでなくレミリアさんも妹のフランさんも
すごい実力を持ってるんですよ!? 門番さんでも正面から挑んだら……」
「上等だよ! それぐらいやらないと伝説にならないだろ?」
焦る早苗とは裏腹にカメラに向かって指を差し。
「よーしっ! 視聴者諸君! お前らの欲望、実現させてやるからよーく見ておけ。ティッシュ用意しとけよ!!」
ロリコンもメイド好きも巨乳好きもとくと見よ。
今宵、紅い館に黒い男が降臨する!
早速門番の美鈴のもとに向かう一同。こいしから裏口を使い忍び込む提案が最初はされたのだが江頭が
「門番の女のチェックもしないといけない」と言い正面から堂々と挑む。珍しい来客に目を丸くしながらも穏やかに出迎える美鈴
だったが、江頭の姿を見て首を傾げた。
「ええと……そちらの方は見慣れない方ですね。外来人の方でしょうか?」
「はい、江頭2:50です」
「江頭さんですか……失礼ですが何か拳法でもやってるので?」
黒スパッツに上半身裸の姿を見て変人とか変態ではなくまずは拳法家という発想に至ったのはさすがに
門番といったところか。
「いや、何も――」
「ドーン拳法!」
早苗の言葉を遮るように一歩前に出る。「えっ?」と早苗とこいしが顔を見合わす。
(いや、それは)
(出まかせだよねえ……)
だがこの男は止まらない。加速するだけだ。
「今から手本を見せてやる。よーく見とけよ」
「はいっ!」
これまた真面目に返事をしてしまうのだから。
「うおお……ドーン!!」
案の定、スパッツの中に手を突っ込み突き上げ、咆哮する。
そしてそのまま美鈴に体当たりをかます。
「わっ!?」
咄嗟に受け身を取ると素早く起き上がり、臨戦態勢を取り、早苗が慌てて笛を鳴らす。
「えーがーしーらーさんっ!」
何だか、こうして叫んで止めるのが絵になってきた。
「どうじゃー!」
全然悪びれることなくガッツポーズ。カメラを回すこいしも少し狼狽えていたり。
「ん~……不意打ちとしてならかなり有効だと思いますよ~。特に女性が相手だと大抵の女の人は
一瞬動きが止まるはずです」
不覚を取ったことを恥と思ったのか、それとも単純に恥じらいを感じたのか、美鈴の頬は少し赤い。
これに調子づく江頭は美鈴に勝負を挑んだ。勝負の内容は「ビンタ文字当て」。
ルールは美鈴が掌に自分の恥ずかしい秘密を書いて江頭にビンタする。江頭はそこで書かれた正解を当てるという単純なもの。
幻想郷縁起や新聞に書かれていないのはもちろん、紅魔館の住人さえも知らないであろう美鈴の秘密がわかるという夢見る男達にとって
はまさに夢のような企画だ。
あまりにも女性にとってはアホらしい企画故に3人は「あちゃー」と言いたげな顔を浮かべたが、
「あいつら(里の男達)の夢がかかってるんだよ! やらせてくれ!」とまさかの土下座。何だかんだでお人好しな性格の
美鈴は最終的にコクンと頷いた。
「男性視聴者諸君! 俺に任せろ! 男の生き様みせるぜぇ! 鼻が折れても! 歯が折れても!
文字を見るぞぉぉいっ!」
カメラに向かって目を血走らせながら、いずれこの映像を見るだろう視聴者に宣言をする。
「大丈夫なんですか? 美鈴さん」
「あはは……加減はしますから心配ないですよ~。これでもプロですし」
「いやその……いいです、始めちゃいましょう!」
「うわー……」
「えっと……それじゃあ、最初の問題はどうしますか?」
早苗に促されると、腕を組んで目を閉じてしばらく考え込む。そして。
『今まで【ピー】した人数』
「あのー、美鈴さん? 本当に書いちゃったみたいなんですがいいんですか?」
「うう……何だかノリに流されて……まあ、当てられなければいいんですよ」
美鈴は一応仕事中なのでチャンスは3回までということに。江頭と美鈴が対峙するように向かい合い、
こいしがカメラを構える。
「男性諸君! これは聞きてえだろ? 俺も聞きてぇ! いつでも来ぉぉぉいっ!!」
血走った目で突き刺すように睨み付ける。普通の人間のはずなのにこの眼光と気迫にさっきまで苦笑いしたり困惑気味だった
美鈴の顔が引き締まる。そして右手を上げて――。
「……いきます!」
バッチーン!!!
乾いた音と共に江頭が左の頬を抑えて「うっ!」と小さく唸り膝を崩し、横に倒れこむ。目は見開いたまま。
かなり力を抑えてビンタしたので幸い顔の形が変わるとか、顔が吹っ飛ぶことはなかったが。
「わあ……大丈夫、エガちゃん?」
カメラから顔を離してこいしが声をかける。早苗は江頭と美鈴を見てオロオロ。しかしバネのように体を弾ませて
立ち上がると、少し足がフラついたが大丈夫なようだ。
「一瞬、目の前に星が見えた」
「そ、そうですか。江頭さん、数字は見えましたか?」
加減したとはいえ、早苗とこいしの目にはビンタはかなり速いように見えた。しかし彼は美鈴を指さすと。
「……【ピー】」
「えぇぇぇっ!? そ、そんなに……その……たくさんの男性と……?」
「うっわー……」
その人数に、二人とも絶句。「嘘でしょう?」と引きつった作り笑いを浮かべて美鈴を見やる。
「――正解……です……」
「えええっ!?」
「おっしゃーーっ!!」
歓声とどよめき。しかし、歓声を上げた江頭もやがて驚いた顔になる。
「お前【ピー】人とヤってんのか!? ドッス黒いぜ~~~~っ!!」
「いや、その……」
「紅美鈴から黒美鈴に改名しとけよーっ!」
自分の股間を撫でまわしながら美鈴に追い打ちをかける。完全に墓穴を掘った。
「男性視聴者諸君! 紅魔館の門番はガバガバだぜ~~! 夜に来たらヤらせてくれるよー!!」
「わーっ! わーっ!!」
焦る美鈴だが、早苗もこいしもフォローしない。というか、できない。
「妖怪は長生きなのは知ってますけど、その人数はちょっと……常識を遥かに逸脱してますよ」
「うちのペット達でも、そこまで交尾した子はいないなー」
「ぐふう」
あまりの恥ずかしさからか、頭を抱えてしゃがみ込む美鈴。これはこれでチャンスなので早速紅魔館へと侵入する一行。
「それで、フランさんのいる地下室ってどこですか、こいしさん?」
「えっとー……」
そこへ、「キャーっ!」と悲鳴が切り裂くように響く。掃除中だった妖精メイドが江頭を指さしてわなわな震えている。
「へ、変態ーっ!!」
スパッツ姿で上半身裸なのを見てそう判断したのだろう。ウブな子のようだ。などと関心している場合ではない。メイドは顔を真っ赤にして
首を振りながら弾幕を撃ってくる。
「うおぉぉいっ!?」
弾幕が江頭の薄い頭を掠めた。未だに幻想郷で慣れていないものの一つがこの弾幕。悲鳴を聞きどんどん妖精メイドが駆けつけてくる。
このままだとメイド長である咲夜にも知れ渡るのは時間の問題であろう。とはいえ、ここで一戦交えるわけにもいかない。早苗とこいしだけだったら
容易にメイド達を撃破できるだろうが江頭は弾幕も撃てないし空も飛べない。
「二人とも、こっち!」
こいしが自分についてこいと言うように駆け出す。二人も後に続き、早苗が適度にメイド達に弾幕を撃ち牽制しながら逃げる。
「ぬおおおおっ!!」
流れ弾が襲い掛かってきたがこれを江頭は横っ飛びで軽快にかわす。
「あはっ、エガちゃんいい避けっぷりー!」
「そうですね……グレイズのセンスは抜群だと思います」
「弾幕とか……無理でしょっ……弾幕ごっことかやってるヤツら、人間じゃないぜぇ……」
息を切らしながらも一言物申すのは忘れない。
「いえ……私も含めて人間でもやってる人いますよ。そしてスペルカードルールを決めたのも人間である霊夢さんです」
「……じゃー私はっ、人間以外の人間ですっ!」
「ぷっ。何それーエガちゃん」
などと珍妙なやりとりをしながらメイド達の追撃を振り切り……否、途中からメイド達が青白い顔をして引き返して行った。
紅魔館で働くメイド達が最も恐れる場所といえば――。
「とーちゃくっ。ふー、ちょっと疲れたねー」
「はあ、はあっ……流石にずっと走るのって疲れますねー」
「普段飛んで怠けてるってことだろぉ? 地に足着けて進む大切さがわかったじゃねえか」
ひとつ息を吐くこいし。肩で息をしながらも腰に手を置き立つ江頭。膝をつきそうになる早苗。
「というか……江頭さん、ぜえぜえ……タフですっ」
「48時間不眠不休で歩いて走ったのに比べたらこんなの楽勝だよ」
「それじゃあ、ドア開けちゃいまーす」
ギギギ……と、重たそうな扉が開く。衣装箪笥に机と椅子、本棚にベッド。思っていたよりも普通の部屋だ。そして、ベッドの中に誰かが寝ているのを
発見。相手の様子をばれないように窺うにはうってつけのこいしが率先してベッドに近づき、両手で丸を作る。どうやら熟睡しているようだ。江頭はニンマリと笑い、親指を立てる。チャンスだと思っている彼とは対照的に早苗は安堵の息を吐いた。
「そ、それで江頭さん、何をするつもりなのですか? なるべく早く終わらせたいのですが……」
「お前はアホか。子供相手に何をビビってるんだよ、ぶぁ~か」
「いやいやいや、幻想郷縁起とか色々読んでるでしょ!? この子は危険ですってば」
「フランちゃん、別に悪い子じゃないよ?」
「こいしの言う通り。お前らは先入観で決めすぎ! 吸血鬼だとか500年近く生きてるとか恐れられているとか
言うけどぶっちゃけ人間でいえば子供だろ? 俺はいい歳こいた大人だぜえ?」
子供を怖がる大人はダメな大人だと言わんばかりに胸を叩く。
「いざとなったらニンニクを口の中にいっぱい詰め込んで、そのままほっぺにチューしてやるよ」
「いえ、それもそれで問題ではないかと……」
「視聴者はあの子の無邪気な姿を見たがってるからな。よーしっ、今日からあいつを全てを破壊する吸血鬼から全てを笑わせる
吸血鬼に教育してやるよ! よし、起こすぞ」
こいしの隣まで忍び歩きをし、しゃがんでベッドに眠る少女、フランドール・スカーレットの寝顔を覗く。
「これは……いよいよ犯罪っぽくなってきたぜ~」
カメラに向かい言うと、早苗に視線を送り彼女が持っている鞄を指さす。今回の為の秘密道具が入っているらしい。鞄の中から
取り出させたのは……一個のニンニクだ。そっと手渡すと、その愛らしい顔の近くにニンニクを近づける。
「……んっ……」
寝ていても苦手なものがわかるのか、不快そうに唇を真一文字にする。何という無謀で命知らずの行為だ、と絶句する早苗。
「あはは、フランちゃん嫌がってる顔だー。きっと夢の中もニンニク三昧だろうねー」
などと呑気そうに笑うこいし。ああ、彼女なら能力も考えて一番安全だろう。気楽なものだ。
「ん~……くっさぁい……」
目がパチパチ動く。早苗がさりげなく後方に下がりドアに背中をつける。だが江頭はむしろさらにニンニクを近づけて、とうとう
鼻にピトっとくっつけて、何とグリグリと押し付け始めたのだ。
(え、ええええぇぇぇっ!? ちょっ、何やってんのよこの人ぉぉ!?)
無謀、ひたすらに無謀。幻想郷縁起等に目を通したのならフランドールの危険性は知っているはず。それなのに、こんなことを。
幻想郷の住人でも、これをできる度胸を持つ者はいるかどうか。
などとオロオロしているうちに、とうとう悪魔の妹の瞳が開かれてしまった。
「んーっ……誰?」
目を開けたら見知らぬ中年男が立っていたら年頃の少女はどう思うだろう?
悲鳴を上げる。
何が何だかわからず呆然とした後悲鳴を上げる。
とりあえず誰かを呼ぶため叫ぶ。
ここ、幻想郷でなら無言で弾幕をぶっ放すのも不思議ではない。
「今日から配属された執事です」
「私の知ってる執事は、少なくとも上半身裸ではなかったんだけど」
(うわあ……割と冷静にツッコミされてるよ……)
自分がツッコミを入れるまでもなかった。
「やっほー、フランちゃん」
「ん? あ、こいしちゃん久しぶりー。もしかしてこの人達知り合い?」
自分が含まれていることに何となくショックを覚える早苗であったが、そう思われても仕方なかったので
結局折れて挨拶を済ませた。
こいしがエガちゃんと連呼するのでフランもエガちゃんと呼ぶようになり、落ち着いたところで江頭が切り出す。
「今日はな、お前を指導しに来たんだよ!」
「ええーっ!?」
江頭を除く三人が驚きの声を上げる。
「お前は何か破壊する能力だとか持ってるみたいだけどな、今日からお前には腹筋を崩壊させる程度の能力を身に着けてもらう!」
つまり、お笑いを教えるというのだ。
「いいか、俺がまず手本を見せてやる。よーく見てろっ!」
後ろに数歩下がり。
「キュッとして」
右手の拳を握り、「キュッ」と何かを握り締めているように動かして。
――そのままスパッツの中に突っ込む。
(あっ)
(あーっ)
二人は何をするのか察し、早苗は両手を頬にやった。
「ドーン!!」
スパッツがグングニル級に膨らむ。
「お、おーっ?」
目を丸くする。
さらに腰を引いて両手を出し(取って、入れて、出すのポーズ)、お尻を突き出すとそのまま壁に向かって跳び、
壁にお尻を当てる。江頭アタックだ。
「ドーンはまだまだ早いから、江頭アタックを伝授してやるよ!」
「う、うんっ」
図書館にて。今日は珍しく魔理沙、アリス、パチュリーの魔法使い3人が揃って読書していた。小悪魔が
紅茶を運んできて、談笑タイムに突入しているようだ。
「あの江頭って外来人、まだ帰る気はないのかしら。全く、隙間妖怪も負い目があるからってあんな下品な男を
野放しにするのも大概じゃない? 霊夢は霊夢でただの人間に大きな異変は起こせないだろうって楽観してるし……」
「レミィもあの宴会以来、男性に対して恐怖が芽生えたみたい……魔理沙?」
会話をしていた二人が、魔理沙の顔が青ざめていて紅茶を持っている手が震えているのに気付いた。
「じ、実はあの男、昨日も暴れていたみたいなんだ。にとりと相撲を取って、ドサクサに紛れて襲い掛かろうと
してたって文から――」
宴会での一件以来、地上の妖怪達からは江頭の評判は軒並み悪い。すでに「史上最低の外来人」と呼ばれてたり、
人里でも一部を除いて彼の事は要注意人物と扱われている。女性の夜の一人歩きは禁止にしようとか、近いうちに博麗の巫女に
相談した方がいいのではないか、とまで囁かれている。
その大きな理由は彼が外来人で幻想郷のことをほとんど無知だということを差し引いても妖怪の賢者である八雲紫に対しとんでもない
暴挙を働いたり、幻想郷の実力者の揃った中でも裸になって暴れまわるといった無謀にして大胆、普通はマネしないようなことを
あっさりとやってのけた行動力と狂人振りを恐れているからである。
文も彼の暴走を目のあたりにした一人として彼を警戒しているものの、その行動力には関心を持っており内密に取材を続けているらしく、
今朝たまたま見合わせた魔理沙に昨日の一部始終を話したのだ。もうちょっと泳がせれば何かやらかしてくれるのではないか、ということで
敢えてにとり達との一件は公にしなかったとのこと。
「な、なあ二人とも。外の世界の男ってのはみんなあいつみたいにすぐにその……服を脱いで裸になって抱き着いたり
暴れたりする奴ばっかりなのかな……?」
「いや、それはない」
二人の、いや、傍で聞いていた小悪魔の声も重なり3人が同時にぴしゃりと言い放つ。
「……でも、あの男と一緒に守矢のとこの風祝がいるってのを聞いてるから、またあそこの神社が何か今回も
関わっているのかしら?」
「また守矢か、というやつですね?」
すっかり会話に参加する小悪魔がパチュリーの言葉に相槌を打ちながら席に腰掛ける。
「それともう一人いたって話なんだけど……魔理沙は知らないの?」
「んー……確か地霊殿の……あれ、誰だったかな……」
うっすらと、ぼんやりと。会ったことはあると思うが、わからない。異変の時に道中で蹴散らしていた毛玉や妖精達のような
わざわざ記憶に留める必要もないような存在とは似ているようだが違う。
魔理沙が必死に記憶を呼び戻すと苦戦苦闘していたその時だった。
「あはははははっ!!」
「うおおおおおっ!!」
「ちょっ、フランさん、えーがーしらーさーんっ!?」
「みんな、待ってーっ」
図書館の壁の向こうから声が聞こえる。はしゃいでいる声と焦っている声とあとは……雄叫び?
「ええと……こっちに近づいてきてる、よな?」
「ええ。……あれ、どこかで聞いたような……」
「パチュリー様、あの声って妹様じゃありません?」
「……み、みんな逃げ――」
ドゴオッ! 壁が崩れて二人の姿が魔理沙達の視界に映る。一人は壁を壊したであろう、右手を突き出し満面の笑顔で笑うフラン。
そしてもう一人は――。
「ねえねえ、エガちゃんの髪の毛をドカーンしたいんだけどいいっ!? いいよねっ!?」
「うおおぉぉいっ!! やめろよーーーっ!!」
全速力でフランから逃げる江頭だった。
「つまりですね、江頭アタックは覚えたフランさんですがやっぱりドーンがやりたいと駄々をこねましてですね。しかし江頭さんも
頑固な方でなかなか首を縦に振りません。業を煮やしたフランさんが追い掛け回して今に至るというわけです。ちなみに私は
止めました、ええ、全力で止めましたとも。力の限り叫んで」
「……どうせだったら間に入って止めるとか、誰かに知らせるとかしてほしかったんだけど」
数分後、二人の鬼ごっこの被害を受け壊滅状態になった館内には本棚が倒れてあちこちに本が散らばっていた。
「ああ、図書館が……本が……ガクッ」
「ひいいいっ……ドーンが、ドーンが……ガクっ」
図書館が崩壊したショックでパチュリーが、江頭の姿を見たショックで魔理沙が気を失う。残ったのは
主人の肩を揺さぶり必死に呼びかける健気な小悪魔と、冷や汗をダラダラ流しながら弁明をする早苗に冷たい言葉を放つ
アリスだけであった。ちなみにこいしの姿はない。きっと二人についていっているのだろう。
「ちょ、いやそんな無理ですって。フランさんがとんでもなく強いのって知ってるでしょう!? 私如きが出てもドカンと
されるのがオチですよ、もっと常識的に考えてください!」
「お前が言うな!」
今までが今までだった悲劇か、早苗の懸命の弁解もただツッコミと共に人形の弾幕をくらうという
壮絶なる悲しい結果となった。
「あ~~~う~~~、どうして~~~~っ!!」
ピチューン!!
一方、紅魔館当主・レミリアの自室にて。先ほどまで優雅にティータイムを満喫していたレミリアだったが、今は紅茶のカップを
持つ手が震えている。傍らで佇んでいた咲夜もそれに気づいた。
「どうなされました?」
「……何だか……嫌な予感ががが……するのだだわわ……」
ここまで顔面蒼白になる主人の姿を見るのは初めてかもしれない。余程とんでもない運命が見えたというのだろうか。
こういう時の予感というのは、特別な能力を持っていない人間でも妙に的中するものだ。
「そ、それじゃあ日傘を持って一度外へ避難した方が――」
だが、日傘の出番はなかった。
「ドーンっ!!」
扉が勢いよく開き、レミリアの予感が見事に当たる。
「ギャアアアアアアっ!!」
レミリアと咲夜が同時に叫んだ。江頭は相変わらずスパッツの中に手を入れて「テポドン」状態のまま。
そして江頭は二人が呆気にとられた隙に走りだし、叫んだ。
「うおおおい、今だフランっ!!」
素早く江頭が横に避けるとフランの姿が出て、腰を引いて両手を出した。
「へっ!? フラン!? 何でっ!?」
持っていたカップを落としてカップは粉々に砕け散ったがそんな些細なことはどうでもよかった。
「いくよお姉さま、どーんっ!」
勢いよく小さなお尻を突き出すとそのままレミリア目掛けて飛翔、見事顔面に江頭直伝の「江頭アタック」
が命中し、レミリアの顔にフランの純白のショーツがのめりこんだ。
「ぶふうっ!!」
「い、妹様……ぶっ!!」
床に大の字になり転がるレミリアと、盛大に鼻血を噴きだしうつ伏せで倒れる咲夜。
「うっわーっ……メイドのお姉さんから大量出血が……」
いつの間にか現れたこいしが驚きながらも撮影を始め、フランも満足そうに飛び跳ねる。
「エガちゃん、これできたから今度こそドーンを……ありゃ?」
だが既に江頭の姿はなかった。ついでにこいしの姿も。
後にはノックアウトされたレミリアとポカンと突っ立っているフランと、血の海に沈む咲夜だけが残った。
「はあ、はあ……し、しばらくは紅魔館には行けませんね」
「ぜえ、ぜえ……あの人形遣いさん、えげつなかったよー」
アリスの容赦ない攻撃を掻い潜りながら早苗は二人と合流し、妖精メイド隊の追撃をかろうじて
交わして人里まで逃げてきた。江頭も完全に息が上がっていたがそれでも表情には無念さが出ている。
「どしたの、エガちゃん」
「……メイド長のPAD確認ができなかった……これじゃあ俺、何のために紅魔館に……」
「そ、そんなことで落ち込まなくても……むしろ女性の立場的にはしないほうが」
早苗のフォローになっていないフォローを背に、項垂れる。野球で言うならば渾身のストレートを
完璧なまでにスタンドに運ばれてホームランを浴びたエースピッチャーのようだ。今の早苗には江頭の
悲しみの何がわかるというのだろう。もし早苗がもう少し熟練されていたら「わからないこそ夢があるんですよ」ぐらいは
言えたかもしれない。
しかし彼女はまだ若く、清かった。視聴者に対し「俺にまかせろ!」と宣言しておきながらこの体たらく。紅魔館で暴れていた時と
違い、完全に、本気で凹んでいる。こいしがポムっと肩に手を置き。
「でも……フランちゃん、楽しそうだったよ? エガちゃんのおかげだと思う」
「ちょっとやりづらかったけどな、素直すぎて」
そう言うと、力なく笑う。大体の連中は彼の芸を見ると引いたり悲鳴を上げたりするのに、あの少女はむしろ関心して、
自分も真似したいと言い、ついにはしてしまった。
「……もしかして、フランさんに真似されたのまずかったんですか?」
恐る恐る早苗が尋ねると、江頭はこいしがカメラを回していないのを確認した後、小さく呟くように言葉を絞り出した。
「心がちょっと痛む」
「あー……」
(妖怪の寿命や年齢はこの場合無視して)年頃の若き乙女が「ドーン!」をやっているのを想像すれば、彼の言うこともわかる。
仮に自分が「ドーン!」を神奈子と諏訪子の前でやったら諏訪子の方は案外面白がってくれるかもしれないが神奈子はまずショックを
受けて最悪発狂するだろう。
反対に、二人がそれをやったらと思うと――うん。
しかし、本当にこの人は芸に臨む時とそれが無い時のプライベートモードの差が激しい。あの宴会での大暴走やこれまでの
噂話を聞いた人妖が今の彼を見れば同一人物と思わず、双子か誰かが化けたのではないかと思うだろう。
咲夜の……確認だって、カメラの前で宣言はしたが、できなかったとはいえそこまで気にして落ち込むことはない。
フランの前で「芸を伝授する」と言ったがきっと彼自身あそこまで食いつかれるとは予想していなかったのではないか。
そう考えれば、やはり芸人から江頭個人に戻った彼は真面目な人間なのだ。
愚かしく、泥臭く、どこまでも。
諏訪子や神奈子が彼を評価していた意味がほんの少しだけわかったような気がした。
『彼は常識を知っています。むしろ熟知しています。わかった上でそれを正面から破るんですよ。
だからこそ、誰よりも常識に囚われてなかったのでしょう』
――東風谷早苗
しかし、いつまでも落ち込むわけではなかった。そう、カメラにどれだけいい映像を収めてもそれを再生する機械が、
設備が何もかもが足りていない。
つまり、今のままだとみんなに自分が起こしてきた伝説を見せることができないのだ。
「大丈夫、鬼に協力してもらうから」
だがこの男はそんなことを言ってのけた。
伝説3 鬼とガチンコで勝負する男
地底に住む鬼、星熊勇儀に江頭は宴会に参加しないかと打診されたことがある。萃香から宴会でのことを聞いた彼女は
是非とも宴会を盛り上げるために彼の芸を所望したのだが幻想郷にまだ慣れてないからと言って辞退していた。
幻想郷の妖怪達の中でも鬼は最上位の位置だ。その鬼の協力が得られれば野望実現にググッと、ドーンと近づく。
そう考えた江頭は満を持して地底の旧市街に赴き、勇儀に話を持ち掛けた。
彼女達は酒や宴会、勝負事が大好きである。江頭が目を付けたのはこれともう一つ、彼女が「盃に入った酒を零さず戦う」
という一種の縛りを用いて勝負に臨んでいることだ。
「俺と本気で勝負をしろ!!」
江頭が啖呵を切り一瞬キョトンとした勇儀だったがこれも自分なりのルールだから、と笑う。しかし、その眼は明らかに彼に
強く興味を引いていることがわかった。
そこで、ガチンコ勝負を仕掛けて、勇儀の持つ盃の酒を少しでも零させたら江頭の勝ち、というルールで挑むことになる。だが
ここでも男・江頭はハードルを上げる。
「むしろ、その盃を奪って舐めまわしてやるよ!!」
「言うじゃないかこの男。ははっ、やってみるがいいさ!」
ぞろぞろと観客が集まってくる。ヤマメ、キスメ、パルスィを始めとした地底の住人達が観衆となり、久しぶりに人間が
鬼相手に勝負を仕掛けるというので興味津々といった感じだ。
「おー、こんなにみんなが集まるのって滅多にないかも」
こいしと早苗の驚き方は実に対照的であった。びっくりしたー、程度にキョロキョロ周囲を見渡すこいしと
目を丸くしたまま呆然と事の成り行きを見る早苗。
「リアル鬼退治じゃ!!」
勇儀と対峙した江頭が腰を落とし、じっと様子を窺う。相手は涼しい表情だ。
「いつでもいいよ」
「いくぞオラぁっ!」
常に無謀と勇敢を間違える男はどんな相手にもぶつかっていく。弾幕ごっこではなく体でぶつかっていくというのが
大きな違いで、その姿はある意味では武士といえよう。
早速江頭アタックをかます。が、勇儀は避けようとせず盃を持っていない左手でそれを受け止めると。
「ふっ――!」
そのまま突き返し、江頭の体が地面に叩きつけられた。
「おおぉぉおおぉーーっ!!」
見事に受け身を取りダメージを最小限に受け止めたものの、驚愕で目を大きく丸くする。そして勇儀を指さしながら
「こいつ人間じゃねえだろぉ~!」と叫んだ。
「だって鬼ですし」
さらりと言い返す早苗。この女、段々と成長してきた。
「もう終わりかい?」
「アッタマきた! 絶対アンアン鳴かせてやるぜ~!」
「目的違いますよ江頭さん!」
「俺の棍棒を受けてみろ~!」
そう言うとスパッツと下着を脱ぎ捨て、全裸になる。「おおっ!?」とどよめき立つ。が、それも一瞬。明らかに地上の
連中とは違う。こいつらは、こういうのにも慣れているのか? だから地上の妖怪人間に疎まれて地底に追いやられたのか?
考えている場合ではない。とにかく勝負に勝たなければ。
「オラぁぁぁっ!!」
ドーンとぶつかり、押し倒そうとする――が。
「威勢は買うが、それぐらいで負けてやるわけにもいかんねぇ」
杯を持つ手を横に伸ばしたまま、不動。つまり、全力で体当たりをしたが勇儀の体は全く動いていない。まるで壁にダイブしたようだ。
そして、ドンと突き飛ばされてまたも無様に地面に転がされる。
「というかその――棍棒にしては……あまり器がよくないんじゃないかね?」
そして、大の字に転がり丸見えの江頭の【ピー】を見て苦笑いする。勇儀がそう言い数秒後、どっと観衆が笑い出す。
「え、江頭さんが手玉に取られてる……?」
手で目を隠しながらもチラチラ様子を見ていた早苗が驚く。その後も江頭は体当たりや江頭アタックを繰り返すが
その都度はじき返され、地面にたたきつけられた。
「おおおぅ……」
流石に体のダメージが蓄積してきたのか、次第に声の力も弱くなっている。倒れ方のリアクションが見事なためはじかれる度に
周囲からは笑いが沸いていたがそろそろみんなの目も「こいつはいつギブアップするのだろうか」と冷たくなっていた。
「いやー、人間にしては結構骨があるねー」
ヤマメが関心したように笑えばキスメは、
「……でも、体は細いから……それに、食べるとお腹を壊しそう」
と恐ろしいことを言い、「食べない、食べない」とパルスィがたしなめる。
「地底は手強いぜ……」
幻想郷に来て初めてかもしれない。江頭が冷や汗を浮かべて焦っている。鬼というのはどうやら本当らしい。元いた世界でも
プロレスラーとやりあったことがあるが全く比較にならない。全力でぶつかっても微動だにせず跳ね返す。
このままでは負ける。さらに、観衆を白けさせてしまっている。目つきが変わった。
「むっ?」
江頭の変化に勇儀も気づく。これまでも本気でぶつかってきているのは顔にも行動にも出ているからわかるが、表情は険しくなり、
悲壮な決意を決め込んでいるように見える。周りも察知したようで江頭の出方を無言で窺っている。
「ちょっと待ってろ。俺も弾幕用意する」
「へっ?」
「男が弾幕撃っちゃいけねえのかよ!?」
キョトンとした様子の勇儀にほぼ逆ギレ。弾幕ごっこ自体は別に男性でも参加は可能だろうが、幻想郷では基本的にこれに
興じるのは少女達のみである。
「いや、それは構わないんだが、アンタって弾幕撃てるのかい?」
「こ、こいしさん、どうなんですか?」
早苗が尋ねるがこいしは首を横に振る。
「んー、私が知る限りはー」
「準備するからちょっと待ってろ。お前らに男の弾幕ってやつを見せてやるよ! 早苗、鞄よこせ」
早苗から鞄を受け取るとそのまま民家に走り物陰に隠れて姿が見えなくなる。
数十分後、江頭が戻ってきたが、足取りが何だか重そうだ。
「待たせたな……」
息も上がっており、額に汗が浮かぶ。
(何を準備したんだ!?)
江頭以外の誰もがそう思った。
後にパルスィはこう振り返る。「そういえばアイツのお腹がちょっと膨らんでいた気がする」と。
「よーし! いくぞーっ! これが本当の鬼退治じゃーっ!!」
(弾幕といったがあの子らの話からしたら誰かに教わったわけでも、それどころか習得さえも
してなさそうだが……)
そうなのだが、この男の目は本気だ。ここまで本気の人間の目を見たのは随分と久しぶりに思えて、奇妙な
懐かしさを憶える。自分達鬼や、強大な妖怪達を退けてきたかつての古い時代の強い人間の目。
(……面白い、受けて立とうじゃあないか)
足に力を入れ、身構える。どこからでも来いと言っているようだ。
「これが俺の弾幕じゃあああーーっ!!」
再びスパッツを脱ぎ、下半身を生まれたままにすると勇儀に背中を向けて四つん這いになる。
「っ!?」
流石にこれは予想外だったらしく、身構えていた勇儀にも一瞬隙ができた。
「うおおおおーーーーっ!!」
江頭の咆哮と共に、彼のお尻の穴から白い粉が発射された!
「ぬわあああっ!?」
尻からの粉塵爆発。こんな攻撃は前代未聞、震天動地だ。観衆からも悲鳴やどよめきが巻き起こり、
早苗はもちろんこいしさえも「きゃあああっ!?」と咄嗟に両手で顔を隠そうとした。周りがそうなのだから、攻撃の
標的にされた勇儀の驚きは想像できない。
生き物としての生存本能よりも鬼としての誇りよりも、一人の女性としてこの攻撃を浴びるわけにはいかないと無意識に
反応してしまったのだろう。咄嗟に回避するため後方へ飛びのき、そして――。
「あっ――」
杯に溜まっていた酒が地面に零れ落ちた。
「し、しまったっ」
思わずしゃがみ込んで既に染みとなって大地に広がる酒に視線を落とす。正面から迎え撃つはずが、驚いて
後方に下がってしまい酒を零すなんて。
してやられた、と首を小さく振るとまたも悲鳴が上がった。はっとして顔を上げるとスパッツ(と下着)を脱ぎ去り
全裸となった江頭が勇儀に抱き着き、そのまま押し倒した。
「俺の刀受けてみろコラァっ!」
「ぬあっ!?」
組み伏せられ、完全に杯は地面に落ちて、酒が空っぽになった。空になった盃を江頭がベロベロ舐め、その唇を勇儀の顔に近づける。
「ひいいい、え、えがしらさーんっ!?」
この後、止めに入ったパルスィ達の弾幕によって吹っ飛ばされてノックダウンした江頭だったが、当初の約束通り勇儀の持つ盃の酒を零し、
更には押し倒して空っぽにしてしまった。
「気に入った! 江頭、今日からアンタは私ら地底住人の仲間だ!」
早苗は江頭が暴挙に出て勇儀に潰されるのではないかと心配していたが彼女の心配とは180度違って勇儀は笑みを浮かべ、
勝負の負けを認めただけでなく江頭を気に入り、自分達地底の妖怪達の仲間として見てくれることになった。
地上から嫌われ、恐れられた妖怪達の集まりの地底。そこに、つい先日来たばかりの外来人が、鬼の四天王の一人でもある星熊勇儀に
勝負を挑み、勝ったのだ。そして隙を突いたとはいえ勇儀を押し倒した。「鬼退治」を果たしたのだ。
「まさか私が文字通り倒されるなんてねぇ。完敗だったよ」
下品で口調も乱暴で、弾幕とは名ばかりのとんでもないものをやらかした男。だが、この男は自分の言ったことを実行した。
勇儀が認め、そして見物していた妖怪達も異を唱える者はいなかった。この日を境に、江頭は地底の住人達から顔と名前を覚えられ、
何度か宴会に呼ばれてその都度芸を披露したり、外の世界のことについてのトークショーを開いたりと交流が盛んとなる。
地底の住人は地上の人妖よりも江頭のネタに寛大で、最後の方では江頭が全裸になれば待ってましたとばかりに割れんばかりの大歓声が響き、それはそれは地上にまで聞こえてきそうなほどの盛り上がりを見せていたという。
どうしてそこまで地底で彼が受け入れられたのか、後に彼女達はこう語った。
『地上に出かけた時は必ずお土産に珍しいお酒を持って来てくれました。その時はまるで別人のような姿でしたよ。丁寧にカツラ被って
服も和服で。幻想郷にずっと住んでる人間みたいでした。ちょっと笑っちゃいましたですね、うん。普段の彼の姿? 今だから言いますけど……
本当の紳士って、あの人のことを指すのではないでしょうか。食べたいと思う? 嫌ですよ、人格が乗っ取られそうですもん(笑)』
――キスメ
『あんな細い体で、一種の狂気とも言えるほど凄いエネルギーを秘めている。外の世界で爪弾き者だったと聞いたけど、地上の奴らの
肝っ玉を冷やしまくったのだから本物だろうね。褒め言葉としてキ○○イと呼ぼうか。私らがあいつの芸で笑うのはあいつが命を燃やして
笑わせにきているからさ。キスメとか、凶暴な連中もあいつの前だと一人の観客になっちまう』
――黒谷ヤマメ
『地霊殿の主みたいに心は読めないけど、大体ここの連中は人や妖怪を見る目はそれなりにある。だから彼が上っ面だけの男だったり
ただ脱いで襲うだけの暴漢だったらもうこの世にはいなかったでしょ。打算とかそういうのを無視して突っ走るというか……その真っ直ぐさ
は実に妬ましいものがあるわ。……あれこれ下品なことやってるけど、恋人ができたら絶対尽くすタイプでしょうね』
――水橋パルスィ
この勇儀との一件により地底妖怪達との信頼を築いた江頭。勇儀自身にも気に入られ、河童達にも持ち掛けていた映画館の話をすると
面白そうだと乗り、萃香と一緒に館の方を建ててやろうと提案してくれた。さらに、河童達が撮影機材やスクリーン等の開発に成功し、
これにより江頭の野望であった映画館プロジェクトは一気に実現の道を進む。数日後、人里からやや離れた場所に寺子屋ぐらいの大きさの
家が建造され、大きなスクリーンがつけられた。撮影機材・道具に関わった河童達は8割が男性で、「映画とやらにも興味はあるけど、
あの男が幻想郷の女の子達の恥ずかしい姿とかを見せてくれるのにも期待している」と不純な動機で取り組んだとのこと。残り2割はにとりをはじめとした江頭の活きの良さに感銘を受けた物好きである。
これには江頭も大層に喜び、男の河童(エロ河童)達に「絶対にお前らの期待に応える」と約束、勇儀らには里で買った(自分が出て行ったら騒ぎになるかもしれないから早苗に頼んで買ってきてもらった)貴重な酒をプレゼント。
実際にできた映画館に足を運べば、ズラリと椅子が並べられており、ざっと50人は座れる。構造は体育館のようにステージがあり、壇上に
上がることもできる。そこへスクリーンがあるのだ。
「映画館というよりも体育館じゃねえか!」
そう思わずツッコミを入れる江頭であったが顔は笑っておりご満悦のよう。「ここでならトークショーも行えるな」と
早苗とこいしに向けてニヤリと笑ったという。
記念すべき第一回の放送には、にとりとの相撲と紅魔館潜入のテープが使用され、以前江頭一行が訪れた飯屋の主人をはじめとした
一部の里人と協力してくれた河童達、鬼達を招待した。妖怪相手に下品に勇敢に立ち向かう彼の姿に驚き、
または貴重な少女達の恥じらう姿や悲鳴を上げる姿に興奮し。
観衆の殆どは男性で、大いに盛り上がったが紅魔館で恐れられる悪魔の妹と命を懸けたスキンシップのシーンには笑いよりもどよめきが巻き起こった。
数少ない女性参加者の勇儀さえも最初は目を丸くしたという。
「この男は、今までの外来人とは違う」
訪れた観衆の全員がそう思った。
「全てを破壊するとか、危険だとか言うけどよ。こいつは単にちょっと力が強くて加減がうまくできないだけ。
そこら辺の小学生とかと大した変わんねーよ。というか、俺の芸を真似するとかやめろよ! 恥ずかしいしあんな女の子が
ドーンなんてやったら絶対俺よりも受けるしな。というわけでしばらくあそこには行かない」
しかし、一番みんなを驚かせたのは江頭のその一言だった。フランドールが「ドーン!」する姿も色々な意味で衝撃的では
あるが、幻想郷でも危険な存在として認知されている彼女に対しそこらの子供と同じと言ってのけたのだ。強がりとかではなく、
本当にそう思っている風に言い切ったのだ。
(この上半身裸のおっさん、只者じゃない)
実は、この場には呼ばれていない客が忍び込んでいた。ご存じ、文々。新聞記者の射命丸文である。最初こそ記事に出したら
逆に自分の新聞の評判が下がるだろうと直接取材はしなかったが、彼がやってきたことは知っていた。お笑い芸人とやらが外の世界で
どんな身分なのかは知らないが、特別何か能力を持っているわけでもない普通の人間が短期間で次々と事件を巻き起こしている。そして、
大半の民衆からは嫌われる一方で一部の人間、そして妖怪から一目置かれている。
最初は守矢神社の風祝が同行しているのを見てまたあそこの神社が何か企んでいるのかと思った車はそれとなく二柱に探りを入れてみたが、神奈子は複雑そうに腕を組んで唸り、諏訪子はそんな神奈子をなだめつつさも愉快とばかりにクスクス笑っていた。彼女らは元々は外の世界からやってきたので江頭のことについて何か知っているだろうと踏みこめば、自分達が知っている範囲のことなら……とこう話した。
まず、彼はお笑い芸人。時々テレビ番組に姿を見せればその都度事件を起こしている。多くは突然服を脱いで暴れだしたり、
出演者に向かい体当たり等をぶちかましたり、生放送でとある出演者にキスをしたり、挙句の果てには外国でも全裸になって肛門にでんでん太鼓を刺して逆立ちをするという前代未聞の行動を取り国際問題にまで発展したとのこと。
これだけを聞けば彼は単なる【ピー】であり、ただの変態男だという記事しか書けない。しかし、本当にただの【ピー】だったら、こうして
外の世界でいう所の映画の話をしたりして幻想郷にも映画館をと計画は立てないだろうし、増して地底の連中から信頼を得てここまで
来れるわけがない。そして、彼を世話するといったのは何よりもあの古明地さとりである。妹のこいしを彼につけている点からも、彼には
普通の人間ではない何かを感じているのは歴然だ。
しかし、天狗の間や地上の人妖の多くから毛嫌いされているのも事実。こちらも迂闊には動けない。それに仮に思い切って彼に取材を申しこんだとしても、宴会や紅魔館で行った暴挙に出られて有耶無耶にされてしまう可能性が高い。
だから、彼の件に関しては自分も表立つことはせず、影から見守ることにした。幻想郷の危機と捉えたら博麗の巫女も動くし、間違って彼をここに連れてきてしまって強く言えない紫も動くし大きな問題もあるまい――と。
『……この時は記者はもちろん、幻想郷の……少なくとも、地上の妖怪は彼をまだ見くびっていた。しかし我々はこの後の彼の桁外れの行動力、そして精神力に常に驚かされることになる。特に妖怪は精神に依存する割合が人間よりも多く、あれほどの精神力、信念を持った人間には弱い面が多い。
そして勇敢だ。もしも時代が違えば彼は英雄になれたのかもしれない。そんな男のことを、記者は畏敬の念を込めてこう記す。
ミラクル・クレイジーガイ』
――文々。新聞特別号より
最初の放送が反響を呼び、江頭の知名度はますます広まった。
「無謀」。「下品」。「女の敵」。「子供の教育に悪い」と言った非難。その一方で「凄い行動力」だとか「男の夢を見せてくれる」と
言った少数ながらも称賛する声が里に響く。
「次は何をやらかすのか」
支持者もそうでない者も、共通意識としてそれを持っていた。
それを知ってか知らずか、いや知っていても知らなくてもこの男には影響はない。
次に江頭が目指したのは――。
その頃、紅魔館のレミリアの部屋では。
「お姉様ーっ、私もアイツが履いてたタイツみたいなのが欲しいっ!」
「ぶっふぉおっ!?」
「お、お嬢様ぁぁぁぁっ!!」
フランのおねだりを聞き江頭の悪夢を思い出したレミリアが飲んでいた紅茶を吹きだしていた。
そして椅子から転げ落ち倒れるレミリアに駆け寄る咲夜の姿があった……。
伝説4 5つの難題に体で挑む男
「はい、どうも皆さんこんにちは。東風谷早苗です! えー、私達は今、迷いの竹林の入り口に来ております。
さて江頭さん、今日は一体どんな伝説に挑戦するのでしょうか!?」
既に嫌な予感しかしないのだが、それでも爽やかな笑顔を浮かべて江頭に尋ねる。
「俺はなー……怒ってるんだよ」
「誰にですか?」
「蓬莱山輝夜ことかぐや姫だよ! 昔話で抱いていたイメージがガラガラ崩れてマジで腹立つぜぇ~」
早苗の笑顔に汗が流れる。
「えーと……どんなイメージを持ってたんですか?」
「悪女だよ」
ピーっ!!
今回から持参していた笛を鳴らす。
「ちょっ、イメージ最悪じゃないですかー!」
「だってそうだろ? 求婚してきた男みんなにできるわけがない無理難題を言いつけて帝まで手玉に取って弄んだ上で
月に帰ったんだぜ~!? 充分悪女じゃねえかよ。これAV女優だったら最高だよ! 伝説になるよ絶対!」
ピーッ! ピーッ!
「そんなイメージ崩れた方がいいですよ~!」
「実際はお供の死者を始末するとかもろコイツ【ピー】じゃねえか。ドス黒いってレベルじゃないだろ~」
「え、えーと……で、今から何をするんですか?」
これ以上話が進むと放送後に永遠亭の連中から報復を受けそうだったので話題を転換。
「あいつが出す5つの難題あるだろ? あれを解く」
「へっ? でも江頭さん弾幕ごっことかしたことないじゃないですか。輝夜さんのあのスペルに挑むのは流石に
経験のない人にはちょっと……」
「大丈夫、俺に秘策がある。視聴者諸君、今夜。新しいかぐや姫のお話をよーく目に焼き付けておけ!!」
姫がショックで月に帰ると言い出しても当番組は一切責任を負いません。
「それでは、目的地の永遠亭まで向かうのですが、この竹林は非常に迷いやすいということで、今回は道案内役として
藤原妹紅さんに来ていただきました!」
「どんどんぱふぱふー」
こいしの口だけファンファーレと共に姿を見せる妹紅。
「……えーと……ど、どうも」
表情はぎこちなく緊張気味のようだ。
「連れてくのはいいんだけど、私には何もしないでよ? 変な真似したら燃やすからね?」
江頭の方を警戒感を露わにして見る。江頭はニヤリと笑う。
「……お前なら俺の履いてるコレ似合うかもな」
「やめて!!」
本気で嫌がっているらしく激しく首を振る。こういう美味しいシーンもばっちりとこいしの持つカメラに収められる。しかし
これ以上案内人を困らせると最悪収録が中止になってしまうのでほどほどに切り上げて一行は竹林の中に入る。
「……もう少しで着くはずよ」
同じような風景をグルグル回っているような錯覚に囚われるがそれでも着実に目的地へと近づいているらしい。
そして、左右に分かれた道に出くわした。
「ここは左なんだけど……きっとてゐの奴が落とし穴を掘っているはずよ。昨日もここらへんで鈴仙が落っこちて
ひどい目に遭ったと言ってたし」
「あはは……妹紅さんに道案内を頼んで正解でしたよ」
苦笑いする早苗。こいしも「それなら飛んじゃえば余裕だね」と安心している様子。
「そうね。そこの人間は飛ばなさそうだから私に掴まっ――へっ?」
妹紅が横で並んで歩いていた江頭の方を向くと姿はなく。
「うおおおおおっ!!」
咆哮を上げながら全速力で左の道を走り出していた。
「えっ!?」
「うわー、エガちゃん足速いーっ」
「えがしらさーんっ!!」
早苗の制止の声にも応じず突っ走り、そして――。
ズボッ!!
「うおおぉぉぉぉーーーーーっ……」
地面が沈み、咆哮と共に江頭の姿が消えた。
「きゃーっ、えがしらさーんっ!」
「おいおい、正気かアイツ!? 何で忠告したのに自分で走ってくんだよ!?」
「エガちゃーんっ」
慌てて落とし穴に駆け寄る三人。恐る恐る中を覗き込む。
……いた。10メートル以上はある深さだが生きている。こっちを見上げながらじっと立っていた。
「江頭さんっ、怪我はありませんか!? 今助けますっ!」
その後、「二人ともスカートだから」と言い妹紅が穴に入り江頭を引き上げた。
「あれは人を殺すための落とし穴だよ」
開口一番にそれを口にする江頭。実際打ち所が悪ければヒヤリとするものがあるのは確かだが、
そこまで切羽詰った様子には見えない。
「この穴を掘ったのはきっとプロの殺し屋か軍人だぜ。みんな気を付けろよ」
「いや……あのさー」
ポリポリと気怠そうに頭を掻いていた妹紅が呆れたようにため息を吐く。
「人の忠告を無視してその危険な穴に突っ込んでいった馬鹿が何言ってんだか……」
しかし、これで江頭が懲りて大人しくなったわけがなかった。その後も妹紅はてゐの仕掛けた罠を教えて
近づかないように諭したが江頭はそれを振り切り自ら罠にかかっていく。永遠亭前に辿り着いた頃には、江頭の体のあちこちに
擦り傷や切り傷ができていた。いや、これだけで済んだのは周りの迅速なカバーと致命傷のトラップはギリギリで直撃を避けるという
彼の運の良さもあるのだが。
「……空も飛べない、本当にただの人間のくせに、どうしてそう命を投げ出そうとするかね」
問いかけるというよりはぼやきに近い言葉だが、この男は真面目に答えた。
「俺は笑わせ屋なんだよ。それで充分な理由だろ?」
「……はぁー……」
再び息を吐く。しかし、今度は呆れだけではなく、感嘆の意味も込められていた。
そして、妹紅以外にも彼の行動に驚きを隠せない者がいた。遠くから木の陰に隠れて一行を眺める小さな影。
数々の罠を作った張本人の因幡てゐである。普段ならば罠にかかって慌てふためく様を見て悦に浸りクスクスと笑うところだが、
この日ばかりは戸惑うような表情を浮かべていた。
(蓬莱人でも妖怪でもない普通の人間なのに、どうして自ら突っ込んでいくんだろう……いや、そもそも罠があると教えられているのに
わざわざ引っ掛かりにいくってこと自体が……)
自分で罠に走っていき罠にかかり、なぜか逆ギレ同然に怒り出して文句を垂れる。悪戯が成功したのかがよくわからず、喜べない。
というか、あの男の考えが全く読めない。ここは素直に永遠亭に行かせて精神安定剤でも飲ませてあげた方がいいかもしれない、とまで
考えてしまう。
(――いやいや、何で罠を仕掛けた私がわざと掛かったアホの心配をしないといけないんだ……)
首をブンブン横に振ると、そそくさと姿を消した。
『あの男は騙せない――なぜなら、騙されてもそれもお笑いとして消化しちゃうから無意味になる』
――因幡てゐ
こうして一行は無事に永遠亭の前まで辿り着いた。
「たのもーっ! たのもーっ!!」
そして第一声で道場破りめいた言葉を叫ぶとともに江頭が突撃。
「ちょっ、おま――」
またしても暴走だ。しかしこの男の悪運は凄まじい。走って行って最初に開けた部屋が丁度輝夜の部屋だった。
「たのもーっ!!」
「キャッ!?」
突然の半裸の男の乱入に目を丸くする輝夜。途方もなく長い年月を過ごしてきた彼女にとってもこれは
かなりのサプライズのようで、珍しくたじろいでいた。
「蓬莱山輝夜っ、お前に一言物申すっ!!」
「えっ? な、何っ?」
片手を腰に当てて指さしながら。
「お前は今まで色んな男に言い寄られてそいつらを全部フってきただろ? 俺と付き合え!
お前にチ○コをズームイン!」
「ぶっ!? こ、この痴れ者っ!!」
その瞬間、膨大な数の弾幕が江頭を襲った。まるで黄金の天井のような形に並んだ弾幕が江頭を直撃したのだ。
「おぉぉおっ!?」
そして、江頭は勢いよく吹っ飛んで庭に放り出された。
「え、えがしらさーんっ!?」
早苗の絶叫と共に「言わんこっちゃない」と妹紅が駆け寄るが小さく呻き声を上げたものの傷は浅かった。
後にも先にも輝夜に初対面で不埒なことを言い赤面させ、出会い頭に「金閣寺の一枚天井」をくらった外来人は彼だけであろう。
一連の騒動で早苗達だけでなく永琳、鈴仙も駆けつけ、早くも追放されるかと思ったが早苗が謝罪と共に「向こう百年分の暇潰しができます」、
「彼は芸人でさっきのも彼の芸風の一つです(何をしたのかは早苗も知らない)」と必死に援護してどうにか収まった。
そして江頭の復活を待ち、とうとう今回の挑戦の内容が明かされた。
「……五つの難題に挑みたい? それはいいけど、貴方って弾幕ごっこできるの?」
『仏の御石の鉢』
『蓬莱の玉の枝』
『火鼠の皮衣』
『龍の頸の五色の玉』
『燕の子安貝』
お伽噺の「かぐやひめ」ではあくまでも5人の男達に対し出した難題だが、ここではこの五つの難題はスペルカード、弾幕として
扱われており、かつての永夜の異変でも霊夢をはじめとした幻想郷の実力者を苦しめたと言われている。多少常人とは色々と違う
江頭だが、もちろん弾幕も撃てないし空も飛べない。幻想郷の全員が「ただの無謀」と言うだろう。
「やめとけって。当たり所が悪ければ命に関わるぞ?」
「いや、まあ……ここには私や師匠もいますから緊急時の対応はできますが……」
「うどんげ、貴女地味に挑戦を推奨してない?」
案の定、妹紅が止めに入り鈴仙と永琳は漫才のようなやりとりをし、早苗は「またか」と言いたげに
渋い表情を浮かべ、こいしはワクワクした様子で眺めている。
「弾幕ごっこなんて女の遊びだろ? 余裕で耐え抜いてやるよ」
「耐えるっ!?」
江頭以外のメンバーが声を揃えた。
「お前らの弾幕ごっこは避けて撃ち合うみたいだが俺は男だぜ? 全部の弾幕に耐え抜いてエガスマイルで締めてやるよ。
幻想郷の男共の弾幕ごっこは全部の弾幕を受けて耐えるという新ルールに今日から決定だ」
相変わらずの傍若無人にして強気な姿勢。
今回の江頭の挑戦とは輝夜の五つの難題(スペルカード)を避けることなく浴び続け、耐え抜くというガチの耐久スペルであった。
弾幕の華やかさとかグレイズとか、そういうのを重視するこれまでの弾幕ごっこの常識をぶち破る、まさに男の挑戦。
「いや、無理だから! マジでやめろよ!」
「大怪我しちゃいますよ!」
「エガちゃんちょっと無理だよー」
「江頭さん、流石にそこは常識的に考えましょうよ」
必死に止める四人に、困惑する永琳。今まで静かだった輝夜が聞いた。
「……江頭とやら。何を企んでいるのかしら?」
「伝説を残す。それだけだよ」
「伝説?」
今度は永琳も反応した。
「お前らがどれだけ長生きして、どれだけ色んなことを見てきたかは知らないが俺はお前らがそれこそ一生忘れられない
ような伝説を残すんだよ」
庭の木の陰に隠れて様子を窺うてゐも珍しく真剣に聞き入る。
「俺は伝説を残すために幻想郷(ここ)にやってきたんだよ!」
(いや、紫さんの手違いでしょうがーっ!?)
心の中にだけツッコミを入れた早苗は、すっかり空気を読む力を得たのであった。
「――いいでしょう」
が、何と輝夜が快諾。
「輝夜?」
「姫様?」
「江頭――せいぜいボロボロになって私を笑わせてみせなさいな」
『どうしてあの時に了承したのかって? そりゃあ、ああいう不埒で馬鹿な男と接したのが随分懐かしいと思ったから。
それと、真顔で馬鹿なことを本当に言う本物の馬鹿者。興味が出て当然じゃない?』
――蓬莱山輝夜
一同、部屋を出て庭を歩き、永遠亭を出て竹林へ。永遠亭に被害が及ばないように、と永琳が考えたものだ。
しばらく歩いてここまで来れば被害は被らないだろう、と言い遂に江頭の無謀な(いつものことだが)挑戦が
始まるのだ。10メートルほど離れて向かい合う輝夜と江頭。他の面子は離れた場所で見守る。こいしだけは得意の能力を
生かして江頭の勇姿を写そうと二人に近づく。
江頭が構える――と思ったらいきなり両手をスパッツにかけ、脱いだ。早苗と鈴仙が悲鳴を上げそうになるが何と、その下には
ブリーフが履かれていた。
「……外の世界の褌は進化しているのねえ……」
と言いながら何故か頬を赤らめる輝夜。無論江頭は怯まない。
「これはブリーフと言って男が戦に臨む時の正式な衣装なんだよ」
「違いますよ!? むしろ、最近履いてる人少なくなってますからね!?」
「ブリーフと俺は一心同体なんだよ。つまりこれは侍の鎧同然!」
胸を張って堂々と勇ましいことを行っていますがブリーフ一丁の中年男である。
「いいか輝夜! やるからには全力(ルナティックレベル)で来いよ!」
「えーっ!? そこまで来ると私も責任が持てないんだけど……」
「うるせー! それじゃ伝説にならないだろぉ! 本気で来なかったらレ○プするぞ!」
「この男もう駄目です、全力で相手なさい」
とうとう永琳も本気で匙を投げた。ここまで来たらもう、永遠亭も一切責任は負わない。間違って
命を落としても事故と言うことで処理されることになった。
一方。
「て、てゐさん、あれは何をやっているのでしょう?」
所用で永遠亭に向かっていた妖夢は突然の光景に、木に隠れて様子を見ていたてゐに思わず尋ねていた。
近くまで来たら男の声がして声の方に進んだら下着だけであとは裸の男と輝夜が向かい合っている。そして永琳や鈴仙達はなぜか
距離を置いて二人を見守っているように佇んでいるではないか。
「……馬鹿だよ。本物の馬鹿」
てゐは呆れながらも、これまでの経緯を説明。そこで妖夢も男の正体が宴会で大暴れして紫達をパニックに陥れた変態男だという
ことを思い出した。
「生身の人間が弾幕をずっと耐え続けるだなんて……無茶苦茶な……」
「全くだね。私の仕掛けた罠にも自分からかかりに行くしさ。しかも罠があるって教えられているにも関わらず、だ。
お笑い芸人とかいうのがなければ完全に変態として見てるわ」
「そう……ですよね……」
「よーーーーし! 来ーーーーいっ!」
お尻を突き出すような体勢になり、輝夜に向けて叫ぶ。輝夜は少しの間早苗達に困惑した顔を向けていたが
やがて目を閉じて息を吸うと小さく吐き、一枚のカードを取り出した。
「難題『燕の子安貝』もとい――神宝『ライフスプリングインフィニティ』!」
この挑戦は幻想郷で生きる者はもちろん、外から来た人間でも一目見れば無謀なものだと思うだろう。相手がカードを掲げたと思ったら
まるで映画や漫画に出てきそうな弾幕やらレーザーが自分に襲い掛かってくるのだ。普通なら逃げるし、幻想郷でも弾幕ごっことして応戦する。
それをこの男は正面から受けて耐えるというのだ。正気の沙汰ではない。事実、江頭も襲い掛かる弾幕に何度も吹っ飛ばされ、嗚咽を漏らし、
苦痛に満ちた表情で悶え苦しんだ。当然のこと。4、5回被弾した時点で全員が彼に向って「もうやめて」とか「ギブアップしましょうよ」と
声を掛け、輝夜自身も何度かこれ以上続けるのを躊躇った場面がある。
しかし、彼は何度も立ち上がった。そして輝夜を挑発した。
「現代の男なめんじゃねえぞっ!!」
みんなが困惑していた。彼は無様に豪快に吹っ飛ぶ。その姿は滑稽で、笑いを誘えた。もしもこれが外の世界だったら
コメディー映画か何かとして見られて爆笑する者も現れただろう。
「うっ……」
挑戦の終わり。それは輝夜の最後に放った神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』の弾幕が消えた時だった。
結論から言えば、江頭は無様に地面に大の字になって倒れていた。「最後まで耐え抜く」という言葉だけ考えるのならば
この挑戦は予想通りの失敗だと言える。
しかし、この場にいる誰もが失敗だとは思わなかった。
「……江頭。見事だったわ」
お世辞ではない。この男は言葉通り正面から弾幕にぶつかり、無様に吹っ飛び醜く悶え、みじめに倒れていった。その吹っ飛び方や
倒れ方、あまりにも無様で滑稽に決まりすぎている。そう、本当に体を張って、笑いを誘うリアクションを取ったのだ、彼は。
そして、妖夢は江頭が所々で受け身を取り、ダメージを最小限にしていたことを見抜く。まともに受ければ江頭といえどこのスペカ五連続
になんて耐えられるわけがない。しかし、すぐにやられて沈んでしまったらあっけなさすぎて逆に視聴者を白けさせてしまう。だからこそ
さりげなくダメージを抑え、粘って盛り上がらせて最後に失敗に終わる展開にまで持ってきたのだ。とはいえ、彼が満身創痍には変わりないので
とりあえず永琳に応急処置を――と輝夜が判断したその時。
「ふざけやがって~~っ!」
そう言うとまるでゾンビのようにゆっくりと江頭が立ち上がった。これにはさすがの輝夜も予想できなかったらしく、「えっ?」と
目を満月のように丸くして驚きの声を上げる。だがこの男の快進撃は止まらない。何とブリーフに手を掛けると一気に膝まで脱ぎ、またも全裸
となり輝夜へ向かい突進したのだ。どこまでも常識を逸脱した江頭の行動に呆気に取られて反応が遅れたのがこの後の悲劇を生む。
「きゃっ!? きゃあーっ!!」
獲物に飛びかかる肉食獣の動きそのもので輝夜を押し倒すと颯爽と跨り、輝夜の顔に己のチ○コを見せつけた。
「俺の竹を味わえ! そしてズームインしてやるっ!」
「ひ、姫様ーっ!!」
「江頭さぁぁぁぁんっ!!」
「……で、たまたま近くにいた妖夢さんが動揺して刀を持ち出して斬りかかってきた時はいよいよ江頭さんが
死ぬかと思いましたよ」
「いやー、あれは凄かったぜぇ。俺、剣道やってたんだけどあの動きと太刀筋はガチでやばかった。マジでチ○コが
斬られるかと思ったね」
「心配するところ違いますよ!?」
「違わねえよ! 男にとってチ○コは侍の刀と同じなんだよ。弾幕でボロボロになってなかったら俺、あいつに勝てたぜ」
「だーかーらー……私達や妹紅さんが止めなかったらみなさんの前でこうやって話すこともできなかったんですよ?
わかってますか江頭さん!? てか妖夢さんに勝てる根拠って何なのですか?」
「あんなの楽勝だよ。チ○コ出しながら面を取りに行く」
「ちょっと!?」
「ついでにチ○コから白い弾幕まき散らしてあの子の顔面に『面!』取りたいね」
「剣道どころか弾幕ごっこでさえないし! 完璧犯罪じゃないですかー!」
「でも、あいつってすっげえ生娘じゃん。チ○コ見ただけで顔真っ赤にして涙目になるなんて
すごい貴重だよ。清純派AVアイドルになれる大器だぜえ!? とりあえず剣道部を題材にした学生ものの
企画から入って……」
「あの人は本当にそういうシャレは通じないんですよ!? しかも幽々子さんもついてますし、あの人の能力も
ガチでやばいし……どうしてそう自ら死地に向かおうとするんですか!?」
「あー……そのことなんだけどさ。実は俺、翌日こっそりと白玉楼に行ったんだよ」
「ええっ!?」
「魂魄は買い物に行ってていなかったんだけどさ代わりに西行寺に会ったわけ。『おたくのお嬢さんの様子は
どうですか?』って、菓子折り持ってってさ」
「意外と律儀ですね」
「だって、外の世界でもチ○コ見たりフ○ラとかア○ルとか下ネタ言っても顔真っ赤にして涙目になる女の子
なんて絶滅危惧種だよ。ああ、だから幻想郷にいるんだな、あいつ」
「違いますよ!? しかも外の世界の女性が誤解されるじゃないですか」
「それで西行寺って女に菓子折り渡して頭下げたわけ。したら笑って許してくれたんだよ。その理由わかる?」
「……」
「『私の好きなお菓子を持って来てくれたから』だぜ? さすがに俺もちょっと絶句した」
「うわあ……妙に納得してしまうのが悲しい……」
「あの女【ピー】だな」
「ちょおおお!? まずいですって!!」
「みんなも里で魂魄に会ったらさりげなく何か恵んでやってくれ。主が【ピー】だからきっと
ロクなもん食べてねえから。あとエロ本も持たせた方がいい。性知識つけないと良からぬ男に騙されちゃうから
セ○○スとレ○プ教えてやってくれ」
「本当に恵んだり本渡さなくていいですからね?」
「でさ、魂魄に限ったことじゃないんだけど、俺は幻想郷の女達に共通点があることに気づいた」
「嫌な予感しかしませんが、どんなのですか?」
「幻想郷の女は生娘が多い」
「は、はあ……」
「輝夜を見ただろ? とんでもないぐらい長生きしてるっていうのに俺がチ○コ見せただけでビクっとしたんだぜ?
俺、あいつ相当な○ッチだと思ったんだけどすごく驚いたよ。逆にあの八意ってやつはかなり経験を積んでるに見えた。
今度永遠亭に行ったらあの人と女医さんプレイしたい」
「ひいいい!? 皆さん、永琳さんはそんな人じゃありませんからね!?」
「俺があの時代、輝夜に求婚したら絶対にモノにできた自信があるぜ。難題出された瞬間に抱きかかえて逃げる」
「力ずくじゃないですかー」
「案外ああいう箱入り娘はそういうのが効果的だぜ? 映画とか観ても多いよそういうの」
「ま、まあ全否定はできませんけど……」
「幻想郷の女がそういうの多い、は本当にそう思うぜ。ただし東風谷、お前は論外!」
「ええぇぇぇっ!!? 何でっ!?」
「お前は淫乱っぽいから! 俺が裸になっても一番リアクション薄いんだもん。絶対幻想郷来る前から男と遊びまくって
ただろぉ? みんなー、この風祝はドスケベでヤ○○ンだぞ!」
「違いますっ! 皆さん、デタラメですからね! 信じないでくださいね!」
「じゃあここで脱いで○○膜をみんなに見せればいいだろ? 疑いも晴れるし守矢神社に男の参拝者がグっと
増えて神社も繁盛して一石二鳥!!」
「発想が飛びすぎです! もーっ、どうして輝夜さんの話題から私に切り替わるんですか、しかもエッチな方向に」
「それはだって……ここに集まってる奴らの顔見てみろよ! 結婚どころか生涯かけても彼女できそうにない男達ばっかり
だろぉ! ここの幻想郷は弾幕ごっこができる女達が偉そうにふんぞり返ってる世界なんだから、こいつらにも夢を
見せるべきじゃねえかよ! 弾幕ごっこに男は参加しない代わりに一回セ○○スとまではいかなくても胸触っていいとか
そういうサービスぐらいつけないとここの男達が可哀相じゃねえかっ!」
「うわー……皆さんまで歓声上げちゃってるよ……」
「というわけで諸君、永遠亭に行って全裸になったら天下の輝夜姫の赤面した顔が見れるぞ! ただし、押し倒そうとしたら
とんでもない弾幕が飛んでくるから用心しておくように! 以上!!」
永遠亭での騒動の放送翌日に行われたトークショーで江頭と早苗はこのようなやりとりを行った。江頭の大胆発言や下ネタに
ツッコミを入れる早苗。幻想郷の男達の間でも高嶺の花、雲の上の存在のような憧れの的だった輝夜の恥ずかしがる様子に観衆は
歓声を上げ、真っ赤になった妖夢に真剣で斬られそうになった話にはどよめき。しかし彼らは心から江頭(と早苗)のトークに
酔いしれていた。それは、江頭にツッコミを入れながらもチラチラ観衆を見ていた早苗にも感じることができた。
(この人には、不思議な力があるかもしれない)
むさ苦しい男達から少し離れたところに、こいしがいた。彼女はいつものような無邪気な笑みを浮かべて二人のトークに
笑ったり驚いたり、男達同様に楽しんでいるように見えた。彼女自身の能力故か、男達は気づいていないようだが。最初はこいしも
トークに参加しないかと話を持ち掛けたが、そういうのには慣れてないからと断られ、気を悪くしてしまったかなと思ったが
この様子だったら問題なさそうだ。
(江頭さんも、こいしさんにはあまり下品な話は持ってこないし……何だかんだで気にかけてるのね)
まあ、居候先である地霊殿の主の妹だし、それに妖怪なので自分達よりもずっと年上なのだろうが振る舞いなどを見れば子供
そのものだし、江頭もそこは気を使っているのだろう。実際、カメラを回さない時はよくこいしに話しかけて外の世界の映画のことを
熱烈に語り、こいしも興味津々に耳を傾ける光景が多々ある。自分も知っている映画の時は早苗も自ら話に割り込んだりして、三人で
談笑することもあったのだ。
しかし、無邪気な瞳の中に隠されたこいしの本心は、この時は早苗は――いや、おそらく江頭もまだ気づいていなかったのかもしれない。
永遠亭では縁側に座った輝夜がぼんやりと夜空を眺めていた。江頭のあの騒動以来、こうしてぼけーっと空を見上げることが
やや増えたという。それを永琳から聞いた妹紅は珍しく彼女の隣に座って一緒に空を見ていた。なお、永琳、鈴仙、てゐもこっそりと
廊下の角から二人の様子を見守っている。
「どうしたんだよ、輝夜。もしかしてまだ江頭のことを気にしているのか?」
「んー……まあ……」
「そ、そのだな、えーと……ま、まああれだ、ちょっとした事故に遭遇してしまったと考えて――じゃなくて――」
どうにか励まそうとするが言葉にするのが難しい。妹紅が慌てふためいていると輝夜がクスっと笑う。
「ふふ、心配してくれてるんだ?」
「うっ! ……同じ女としてちょっと同情しただけだ」
ゴホン、と誰でもわざととわかるぐらいの大きな咳払い。
「あそこまで動揺したのももう随分と昔のように感じるわね……なにせ、初めて殿方に押し倒されたのですもの」
全裸になった江頭の姿が脳裏に浮かんだのだろう、二人とも押し黙った。
「……あの様子だと妹紅もそういうのには疎いようね」
永琳の呟きに鈴仙が驚く。
「わかるんですか師匠?」
「経験者の説得力はやっぱり違うねー」
「……ノーコメントで」
「で、ちょっと思うのよ。もしもあの時……貴族たちに難題を出した時。もし、その中にあの男がいたら、
少なくとも彼らよりはずっと心を惹かれていたことでしょう」
「……結構、押しに弱かったり?」
「下品で粗野な面が多い。しかし、ああいう男は惚れた女を命を懸けても守り抜くものよ。恋に狂い、そこには
理屈も摂理も何もない。難題を出そうとそれを力ずくで吹っ飛ばして相手をさらうタイプでしょう」
「……もしかして、惚れてたりする?」
まさか、と輝夜が笑う。
「仮にあの時代にあの男にさらわれたら、思いきり頬にビンタして逃げてるわ」
「私も同じことをするだろうなー……うん」
他愛もない会話だったが、途方もない程の永い時間を生きてきた彼女達だからこそわかる。彼がやることには
笑い以外には一切見返りを求めない、一つの笑いのために平気で命を燃やす。やってることが下品でとてつもなく
カッコ悪いはずなのに、どこかでちょっとカッコイイと思ってしまう、大した男だということ。
妹紅はちょっとだけ嘘をついた。
もしも、求婚を申し込んだ貴族の他にあの男が混ざっていて、難題も無視して抱きかかえられたら――当時の自分は、
結婚云々は別として、彼に誰よりも強く興味を持ったことだろう。
永く生きてきて、また改めて人間のことを学んだような気がしたのだった。
江頭は早苗やこいしと活動する以外にも、一人で幻想郷を歩くことが多い。
「ちぇっけちぇっけちぇけがっぺー?」
「いやここはもう少しこうして……チェッケ、チェッケ、チェケガッペ! 俺の生まれは佐賀県で……あ、お前は違うか。
何もないけど出さなきゃね、それがお笑い難しいっ……というリズムで」
「ふんふん」
紅魔館に行ってフランに自分の持ちネタのひとつ、エガラップを伝授したり。
「ドーン!」
「ギャアアアアアアアっ!!」
その帰りにレミリアの部屋の壁を破ったり。
「俺のア○ルに傘を入れてくれ~~っ!!」
「ひいいっ!? よ、寄るな変態、頼むから帰って! 帰ってくださいっ!!」
太陽の丘に向かって幽香相手に変態プレイをお願いし、幽香を涙目になって拒否させたり。
「ならばお前の傘の先端をしゃぶって○○○してやるっ!」
「いやぁぁ! 来るなぁあ!!」
「幽香をいじめるなー、やっちゃえスーさん!」
「うおおおおい!? 鈴蘭の毒とかやめろよぉぉぉ!!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたメディスンの毒で危うく死にかけたり。
「流石に一日に二度は来ないわよね……」
「と思っただろドーン!」
「ギョエエエエエっ!?」
生きている実感を感じるためにレミリアの部屋を襲撃したり。
「ダッチワイフは俺の婚約者なんだよ!!」
「そう。じゃあ死になさい」
「これ人形じゃなくてホラー映画に出てくるアレじゃねーかオイ!」
アリスにダッチワイフ制作を依頼して断られたり。
「それは私のせいじゃないでしょぉぉぉ!!」
「うるせー、がっぺむかつく!!」
腹いせにレミリアに抜いた自分の腋毛を投げつけたり。
「ほほう、これが外の世界の……何て名前だい?」
「TENGA(テンガ)だよ! これは外の世界の男達の間ですっげえ流行ってるものなんだ!
退屈な時間を楽しい時間に変えられる魔法の道具だぜぇ~! 使い方は……」
と、香霖堂に未使用のオ○カップやオ○ホールを渡したり。
「うおおお! 確かにこれは幻想郷の革命だ! 僕のチ○ポにこんなにも息吹を!」
「だろお! よーし、一緒にホワイトマスタースパークぶちかまそうぜええ!!」
「いや、ここだと商品が汚れるから場所を変えた方が――」
「おーっす、香り――キャアアアアアアアーーーっ!!」
二人でTENGAのオ○ホールでオ○ニーに耽っているところを魔理沙に目撃され、二人仲良く
本物のマスタースパークで吹き飛ばされたりもした。
「ここのホフゴブリン達にTENGA支給しろ! ドーン!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!? こ、ここで実践しないで! 嫌ぁあああーーっ!!」
ゴブリン達にTENGA製品をあげるようにとレミリアに交渉(実践付き)し、
半ば強制的に認めさせたり。
「驚かせるといえばやっぱりアレだよ、目の前に現れて脱ぐ!」
「お、おー。確かにそれは効果的かもしれないけど恥ずかしいかも……」
「笑いも驚かせるのも同じ、恥を捨てることだよ。常識は捨てるものだって東風谷も言ってたしな」
「む、むむむ……」
どうすれば人を驚かせるのかを小傘に相談され、アドバイスもしたり。そして――。
「バイバイ、小鈴お姉ちゃんにヒデおじちゃん!」
「おう、気を付けて帰れよ」
「また面白いお話聞かせてね!」
「いーや、今度はクッソつまんねえ話を持ってくるからな! 覚悟しとけよ!」
「こらこらヒデさん。うん、みんなまたねー」
子供達に手を振る小鈴と、サングラスに麦わら帽子を被った和服の男。子供達の姿が見えなくなると
そっとサングラスを外す。江頭である。
「お疲れ様です、江頭さん。お茶でもどうですか?」
「いや、今日はまっすぐ帰るから」
「そうですか。何か本でも持ってきますか?」
「いや、大丈夫。しかし子供の相手ってのは大変だよな。よく やってるよ小鈴は」
いえいえそんな、と謙遜するように笑みを返す。
「こちらも珍しいお話を聞かせてもらって楽しませてもらってますし。阿求にもいいお土産話が
できるというものです」
週に一度行われる小鈴が本を買えない子供達のために行っている朗読会。江頭は服装を他の里人が
着るような服装に着替えてサングラスをつけて別人に扮装して参加している。帽子を深々と被り、さらに
万が一帽子が取れた場合でも正体がバレないようにと精巧に作られたカツラを着けているのだ。身分も「ヒデ」という
山奥に住む人間という偽りのものを名乗り、趣味が小説書きということで小鈴とはちょっとした
読書仲間だということも子供達には意外とすんなりと受け入れられた。
子供達には自分の作った創作と偽り、自分が外の世界で観てきた映画を朗読できるようにアレンジして
聞かせていた。台本等はなく、彼の頭の中に記載されている映画を身振り手振りの動作に加えて登場人物の台詞にも
感情をこめたり、効果音も自らが言葉に発し実にリアルに語る。これが子供達には大反響だった。
また、江頭自身も朗読以外にも子供達と鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだりしたので、彼らも親から聞かされる
妖怪も神も恐れず変態行為に及ぶ変質者まがいの男とは思わなかった。これも支持を得た要因だろう。
そして、小鈴にしても外の世界のお話というのは興味深いものであり、子供達と共に驚き、笑う。今日は来ていないが、
時々阿求も彼の話を聞きに来る。彼のトーク力は二人も唸らせるほどなのだ。
「そういえば、阿求はどうしたんだ? まさか体の調子でも悪いのか?」
「いいえ、確か新しい本の執筆中と言ってました」
そうか、と安心したように頷く江頭。阿求、というよりは稗田家の事情は江頭も知っており、色んな人妖に無茶を仕掛ける江頭も
阿求と接する時は普段やってるようなことは仕掛けず、外の話を面白おかしく聞かせるだけに終始していた。話をしている時もこまめに
表情を窺い、疲れていたら切り上げようという気配りまでしていた。そういう点では彼女達は早苗よりも彼の裏の顔を知っており、人里では
もちろん、地上の人妖達の中では一番彼のことを理解していたかもしれない。
「しかし、本当に笑わせるのが好きなんですね江頭さんって」
「俺は笑わせ屋だからな。ただ――」
そこで言葉が切れた。少し歯切れが悪い。敢えて返事を促すことはせず無言でいると、
「何年やっても、どんな場所でも。笑わせるのは難しいんだよな……」
まるで誰もいない部屋で鏡に立ち、鏡の中の自分にでも語り掛けるように。それは、幻想郷の人妖をも
怯ませた暴れ者ではなく、江頭という一人の人間の表情ではないかと思わせた。
「……何か気がかりでも?」
小鈴の問いに首を振る。
「いいや、もっともっと笑わせたい。そう思っただけさ」
この話はここまでにしてくれ、と言いたげにしていたので追及はしなかった。ただ、彼が心の底から笑わせたい、
そう思っている相手がいるのだけはわかった。誰かを笑顔にしたい、そのために暴走しがちな江頭であったがその思いだけは
真摯で、だからこそ小鈴も阿求も人里の大人達が彼を非難する中で反対に彼にエールを送っていた。実際に言葉で伝えると
恥ずかしがるのであくまでも心の中で、だが。
「そうですか。……あ、そういえば最近ですね――」
そこでふと思い出した。最近、里で起こっていること。それは最初は小さな変化で、この時点でも些細なものだ。しかし、
これは後に幻想郷の異変の一つへと発展することになる。
「何となく、里のみんなの気持ちが……何ですかね、高まっているというか……」
江頭がお世話になっている地霊殿。そこの主のさとりの部屋で、彼女の妹にして早苗と一緒に江頭と行動している
こいしがいた。いつも掴みどころのないヘラヘラした笑顔を浮かべるこいしが珍しく真剣な顔で、さとりと向かい合っている。
「こいし、珍しいわね。貴女から相談なんて……」
ん、と気のない返事と共に帽子を脱いで膝に置く。心の中は読めないが、それでも姉として誰よりも長く一緒にいた。なので
何を悩んでいるのかは察しがつく。
「江頭さんのこと?」
案の定、一瞬だがこいしが驚くように目をぱちくりさせて自分を見た。「どうしてわかったの?」と言いたげだったが、
それは言わずに単刀直入に。
「エガちゃんと……あと早苗と、三人で色んなとこ行って遊んで騒いだりしたのは楽しい。とっても楽しいよ。でも、エガちゃん
の姿を見ると時々わからないことがあるんだ」
「わからないこと?」
「うん。エガちゃん、嫌われるのって怖くないのかな?」
こいしの瞳の中に、ほんの僅かにであるが「怯え」の色が見える。他の者ならば不思議そうな顔で何となく疑問に思っているという
風に見られるだろうがさとりにはわかるのだ。
妹――こいしがサードアイを閉じた原因。それは他者に心を読むことにより忌み嫌われることへの強い恐怖からだ。
それから随分長い間彼女は無意識を操る能力に目覚め、他者から嫌われることがなくなった……というよりは、己の存在を
認知されなくなったので嫌われることがなくなったのだ。だが自分自身もその能力を完全には制御できず、時に自分で自分のことさえも
見失ってしまうこともある。
そんな彼女にとって、江頭という人間は実に不思議な存在であった。確かに彼といると面白い。常に予想外の行動を起こし、幻想郷の
住人を次々と引っ張りまわす彼の後についていけば退屈とは無縁の時間が過ごせる。
しかし同時にそれは多くの者達から非難の目を向けられることであるのだ。裸になって暴れまわる姿は女性受けがいいわけがなく、霊夢や
アリスは下品な男と彼を軽蔑しているし天狗達もいい顔はしていない。人里の一部を除いた人間にもあまりいい印象は与えておらず、
変装しないで普通に里を歩いたら道行く人は距離を置いてヒソヒソと話し合う。
それは彼のやってきたことを考えれば仕方ないことではあるが、地底の住人達と交流を深めていたり小鈴の朗読会に顔を出したりしている
彼からはむしろ、人のいい紳士にも見えた。実際、朗読会の様子をこっそりと見た慧音も「話し方の上手さや子供達の心をとらえるという点では
教師としてもやっていけるかもしれない」と評され、「こういう活動をもっと多くやってみんなにも大々的に伝えれば幻想郷史上一番みんなに
慕われる外来人になれたかもしれないのに」と苦笑いを浮かべていた。
しかし、彼は自分のそういう良い部分が出るのを極度に嫌う。慧音にも「頼むからみんなには秘密にしておいてくれ」と土下座したほどだ。
みんなに好かれる要素は充分なのに自ら汚れた人間になりたがる。これはこいしには到底理解ができなかった。
「お姉ちゃんならわかるでしょ? エガちゃんが何を考えてるかって?」
いつになく真剣な目を向けて答えを求めてくる。さとりが目を閉じ、しばらくそのまま沈黙。この間、何を思っていたのだろうか。
ゆっくりと目を開けると、こいしと瞳を合わせた。
「ええ、まずは貴女が思うように、彼はああいう振る舞いをしていますが優しい心を持ってる。そしてもう一つの心は――私は
外の世界の芸人というのが彼みたいな人間ばかりなのかそうでないのかまでは知らない。ただ言えるのは――彼はその芸人として、
嫌われようと罵倒されようと構わないと――とにかく、とても強い心の持ち主ということよ」
「……つまり、どういうこと?」
そこでさとりは目を伏せた。
「……これ以上は、江頭さん本人から聞いた方がいいと思うわ。貴女にとっても……」
何とも歯切れが悪い返事だ。
「……何なのよ、もうっ!!」
声を、肩を震わせてこいしが立ち上がり、ドアを乱暴に開けて出て行った。さとりは制止することもなく、妹の背中を見ていた。
……こいしがあそこまで感情を露わにするのを久しぶりに見た。実に皮肉なことに。
――しばらくして、お燐が慌てて駆けつけるように部屋に現れた。
その内容とは――こいしが変なお面を広い、そのまま外へと出て行ったこと。
それと――江頭が腰を痛めて永遠亭で療養している知らせであった。
「江頭さーん!」
江頭が療養している部屋に早苗がお見舞いに来た。リンゴやバナナといった果物が乗せられた籠を床に置くと江頭が横になっている布団に
正座する。当の江頭は寝巻姿で布団に横になっていた。
「おお、東風谷ぁ。あんまり俺と会うとお前の神社の評判下がるから来ない方がいいぞ」
何を今更、との言葉の代わりにクスっと笑みを返す。
「ざーんねんでした! 何と、いつも江頭さんのお話聞きに来てるお客さん達が参拝に来てそこまで衰退してませんでした!
恋愛成就のお守りを勧めたのですがこれはあまり効果がなかったですね」
「そりゃそうだよ。だってあいつらダッチワイフとしか婚約できない男達なんだぜぇ」
互いにニヤリ。
「でも永琳ってお医者さん、すっげえなあ。薬飲んだだけで結構腰も回復したし、明日の昼ぐらいには完治するでしょうって
言われたぜえ。最初『これぐらいならすぐに良くなりますよ』と言った時はヤブ医者だと思ったけど本物だった」
「それはもう幻想郷一番の名医……もとい薬師さんですから」
「俺も薬師だぜ?」
「嘘だー」
「俺、新井薬師からやって来たもん」
「そっちか!」
思わずツッコミを入れてしまうのだがすっかり板についてしまったので自分で笑ってしまう。それを見て江頭も小さく笑う。
「よかった、安心しましたよ。命蓮寺の皆さんもお大事にと言ってましたし」
それを聞いて江頭は両手で顔を覆った。まるで恥ずかしがっているようだ。
江頭がどうして腰を痛めて永遠亭のお世話になったのか、それは数日前のトークイベントに遡る。
「今、幻想郷では神霊廟とか東風谷んとこの神社や命蓮寺とか、宗教で溢れかえっているじゃない?」
「そうですね……それぞれに信仰者がいて、賑わっています……あ、一応霊夢さんの神社も忘れないでくださいね」
「そこで俺も一つ宗教を立ち上げようと思うんだ」
「いやな予感しかしませんが、どんな宗教ですか?」
「ドーン教。男による男の夢の為の宗教団体にしようかと思ってる。恋愛もできないような男だけ入れるの。そして
修行としてまずは全裸になって座禅組んで跳び跳ねながら人里を横断」
「アウトぉぉぉ! その地点で変態集団ですから!!」
「で、修行して俺に認められたヤツにだけ信者専用スパッツをあげるの。そしてみんなでドーンする。んで弾幕ごっこに対抗して
新しい幻想郷の決闘ルールを持ち出すわけだ」
「ええーっ!?」
「男の弾幕ごっこを提案する。まず幻想郷の女ども見つけたらみんなで集まって目の前でオ○ニーすんの」
「はあぁぁぁっ!? 弾幕ごっこ関係ない!」
「そんで誰が一番早くに射○して女に白い弾幕ぶっかけるかを競う」
「却下!! 霊夢さんが言う前に私が却下しますよそんなのは!!」
「まあそれは置いといて……」
「……」
「まずはドーン教の教祖として挨拶に伺うわけよ。新しく立ち上げたまだまだ小さい宗教ですがお互い切磋琢磨して
頑張りましょう! で、お近づきの印に交流を深めませんか?って。で、とりあえず――」
「あれをやるにしても、せめて天候が穏やかで風の無い日にすればここまで……」
「普通はそうだよな。現に白蓮達も凄い必死に止めに入ったもん」
「でもそこは――」
「やめてと言うことは、やってくださいということ」
「ですよねー」
江頭にとって、タブーとは破るもの。まずいことはやるもの。周りが止めたり無理だろうと言う度に彼の
芸人としての魂は燃え上がり、それが結果的には伝説を残してきた。
故に、トークの翌日に一同は早速命蓮寺に突撃していったのだ。
「でもあの座禅飛びは意外と好評でしたねえ」
命蓮寺の面子の前で披露した持ちネタの一つ。座禅を組んでジャンプをするものだが見た目の滑稽さと裏腹に実は
相応の体力や身体能力を要するもので、これで寺の廊下を往復した江頭を見て聖は普通に感嘆の声を上げて称賛し、
予想に反して最初は好印象で迎えられた。
相手に好感を持たれるというハプニング?も前向きに受け止めた江頭は互いに親交を深めようとあることを提案した。
それは『ダッチワイフで荒波を乗り越える幻想郷編』であった。聖輦船に繋がれたダッチワイフに何秒間乗り続けてられるかに
挑戦するといったシンプルで馬鹿くさい内容。香霖堂がたまたま流れ着いたダッチワイフを拾い、それを江頭が買い取ったことで
この企画が生まれた。
船と言うことで紅魔館付近の湖を選び臨んだ今回の伝説であったが当初は江頭は聖輦船を空に飛ばせて全速力で飛び続けさせた
中でダッチワイフにしがみつくと主張したのだがもちろん彼以外は反対し、最終的に折れることになった。
船を操縦する村紗は最初はスピードもそこそこに抑えて船を進めていたが中途半端を嫌う江頭は激怒し、ダッチワイフにしがみつきながら
「もっとスピード上げろ! じゃねえと寺の前でウ○コするぞ!」等と挑発。キレた村紗が速度を最大限に上げてしばらくして江頭は
吹っ飛ばされて体をくの字に曲げながら水中に沈んだが救命具を着けていたので溺れることはなく自力で岸まで泳ぎ、息も絶え絶えになったところをみんなに保護された。そこで腰をひどく痛めてしまい最後は聖に担がれるようにして永遠亭まで運ばれていったのだ。
命蓮寺に向かった当初は快晴であったがいざ伝説に挑戦の時間帯に急に大雨と強風が幻想郷を訪れてしまい、波の高さや激しさも
半端ないことになりそれも江頭の腰をノックアウトするには充分過ぎていた。
「ああー……白蓮の優しさがちょっとだけ心を痛めさせたなあ、あの時は」
「はあ、全く……こいしさんもオロオロしてましたし大変でしたよ……どうせまた同じようなことやるでしょうけど」
これには肯定も否定もせず、小さく笑うだけ。
「……そういえば、こいしの姿見ないなあ。忙しいのかな?」
そこで早苗の表情が一変。今までは笑ったり江頭にツッコミを入れたりと通常運転で話していたのだがここで
何か言いたげに、しかし言いづらそうに視線を下に落としていた。
「江頭さん……あの異変のことは知ってますよね?」
早苗が口にした異変と言うのは、江頭が永遠亭で療養している間に霊夢や聖、神子らが解決に乗り出した、急に
里の人々が賑やかになりだした異変のことである。一部では宗教戦争とも言われていたこの異変だったが、昨日遂に
完全に解決を迎えたというのだ。
「おう、ちょっと惜しいことしたなー。俺も異変解決に乗り込みたかったぜ」
心底ガッカリしたようにため息を吐く江頭。ここで本来は早苗が何かツッコミを入れるのだがばつが悪そうに視線をあちこちに
移し、いつもとは違う意味で落ち着きがない。江頭も怪訝な顔つきになるが、意を決したように早苗が顔を上げた。
「実はですね――その異変には――その、こいしさんが関わってまして――」
今回の異変を起こした犯人は秦こころという付喪神の少女であったが、異変の元凶でもあった希望のお面を持っていたのが
何とこいしであったという。
早苗は今回の異変は参加しなかったが、霊夢や聖、神子らから異変の真相を教えられ最初は衝撃を受けた。お面自体はこいしが
たまたま拾ったものだが、お面の力によってこいしの感情も活発化し、そして彼女の存在も周囲に認知されるようになったらしい。
……しかし、希望のお面は新しく作り直され、こいしが持つ古い希望のお面はやがて効力を失ってしまうだろう、とも言われた。
「おい、それって――」
早苗は答えず、黙って首を縦に振る。
こいしのことはさとりから聞いていた。サードアイを閉じた理由も。何もかも。だからわかる。希望のお面とやらの効果とはいえ、
感情が豊かになり、表情と感情が一体となり、みんなにも自分のことが認められ。どんなに楽しかったことか。
だからこそ――お面の効力が消えれば――誰も彼女を見なくなるだろう。路上の小石のように。
ドサドサと何かが落ちて床に転がる音に、二人は振り向いた。
……お見舞いに持ってきたのだろう果物が籠ごと落とされていた。
そして――項垂れるさとりの姿があった。
「……すみません、江頭さん」
開口一番、謝罪の言葉と共に江頭に頭を下げるさとり。
「おそらく知っていたとは思いますが――貴方を利用するようなことを――」
「違う」
さとりが江頭を地霊殿に招いた最大の理由。それは、破天荒で痛快で不思議な彼だったならば、もしかしたら
妹の閉じた瞳が開くきっかけを作ってくれるのではないだろうか、という期待から。芸人というのは詳しくは知らないが、
誰かを笑わせることに関しては真摯で、「何かをやってくれる」という期待を抱かせるには充分な存在。
それは妹のためになればという姉心であるが、エゴでもある。
「……しかし……今のあの子は無理にそうさせるべきではなかったのかと……」
ガバっと布団を跳ね除けて江頭が起き上がる。腰に痛みが走ったのだろう、一瞬歯を食いしばって痛みに耐える素振りを見せたが
すぐにさとりに目を向けた。
「あいつはいつも笑ってたけど、どこかでは悲しんでいた。俺は笑わせ屋なんだよ。悲しんでいる人がいたら何としてでも
笑わせたいんだよ」
そして、布団の上で正座すると深々とさとりに向けて土下座した。
「やらせてくれ! 頼む」
「江頭さん……」
江頭の声は上ずり、時に鼻を啜る音も聞こえた。
「このままじゃ俺……何のために……」
「江頭さん、貴方が幻想郷に来たのは偶然です、そしてこいしのことは私のエゴで――」
「やらせてくれ!」
顔を上げる。目は充血し、涙をこらえているようにさえも見えた。
さとりにこいしのことを聞かされた時から、江頭は幻想郷で伝説を残すのと別な目標ができていた。
それこそ、こいしの閉ざされた瞳を開き、心の底から笑わせようという目標。
笑えることの幸せを、幸福を伝えたい。自分のやっている馬鹿で下品な行動にも時に驚き、笑い、
こいしの感情は少しずつだが戻っていった。
「そんなお面の一つぐらいで落ち込む必要ねえじゃねえかよ!」
突然周囲に認められ騒ぎ立てられれば、こいしにとっては新鮮で楽しく、嬉しくもあったはずだ。しかし、それは
やはり偽りのものにしか過ぎない。お面の効力が無くなったらまた元のように感情が無くなっていく?
あまりにも救われないではないか。
「……俺ならできる! 俺ならやれる! だから俺にまかせてくれ!」
「江頭さん……気持ちは嬉しいですが……」
「さとり、長く生きているお前でもわからないのか? というか忘れたのか?」
何を――と聞く前に。
「目が前についているのは、前に進むためなんだよ」
その目が孤独や恐怖で閉じたままならば――笑わせて開ければいい。本心からの思いだ。
「――っ!!」
さとりは言い返すことができなかった。
「私からもお願いします。こいしさんのこと、江頭さんに任せてみてください!」
そして。
「貴女――!?」
早苗もまた、江頭と同様に土下座をして懇願した。
「お、おい東風谷っ?」
「江頭さんは確かに外来人ですし幻想郷の皆さんと違って特別な能力は持っていないです。
でも、この人にはそれを補ってお釣りが出るほどの高い信念、行動力があります」
笑いのために。笑顔のために。
そのためにならば平気で無茶なことをするし、命がけで動く。誰よりも一生懸命に、一途に。
相棒と言うにはおこがましいだろうが、少なくとも幻想郷では一番長く一緒に行動を共にしてきた
から、彼がただ下品な男でないことはわかっている。
さとりは黙って二人を見ていたが。
「二人とも、顔を上げてください。もし誰かに見られたら私が説教してる風に見られるじゃないですか」
おどけるような口調で、二人が顔を上げると。
「ふふ……前に進むため、か……。私もまだまだね」
二人も驚くほど、穏やかに微笑んでいた。
――これが、江頭が幻想郷で起こす最後の伝説の幕開けとなる。
一週間後、深夜の誰もいない人里にふらりとこいしが現れた。かつては里人のほとんどがお祭り騒ぎで賑わい、
自分もその興奮の中で心を躍らせた。
しかし、異変も収束しこころにも新しい希望の面が着けられ、こいしの持つ古いお面は完全に効力を無くしていた。
つまりは、彼女はまた元のようにみんなから知られない存在になったのである。
右手に持った古いお面をじっと見る。もはやこいしにとっては効果を無くしたこのお面は希望の面などではない、むしろ
なまじ希望に溢れた時間を与えておいてあっさりと奪い取ってしまったので絶望の面と言っていいだろう。
瞼を閉じ、立ち尽くす。うっすらと思い浮かんだのは江頭という奇想天外な外来人が現れて、彼の巻き起こす珍騒動に
ついていった日々。彼が起こす行動は常に波乱を起こし、多くの人妖を驚かせ、そして反発を招いた。と思ったら、
彼に感心をしエールを送る者も現れた。そんな不思議な男はこいしを楽しくし、そして戸惑わせた。
「こんな希望なんて――いらない!」
お面を持つ手を振り上げる。地面に叩きつけて割るつもりだ。効力もなくしてただのお面となったそれを割っても
何かが変わるわけではない、ただの八つ当たりである。そう、八つ当たりしたいという感情。それが今湧いている。
だがこいしはそれに気づくこともなく、怒りのままにお面を――割れなかった。
「エガ……ちゃん?」
こいしの手をしっかりと掴む腕。たくましいというような太い腕ではないが、力強くこいしをせき止める腕。上半身は裸で
闇に溶けるような黒いスパッツ。薄くなった頭髪。挑戦する時にいつも鋭くなった瞳。しかし、今夜のこの男の目つきは
いつになく優しさに満ちていた。
「明日。明日、お前に最高の笑いを届けてやるよ」
「どうして? エガちゃんは怖くないの? みんなに嫌われて相手にされなくなったりすること、怖くないの?」
口を開いて出てきた第一声。普通ならばいきなりそんなことを言われても狼狽して返事を返すのは困難だ。しかし、こいしとさとり
と接してきたこの男には、否、この男だからこそ、答えが出せる。
江頭はこいしに自分の過去を話した。それは、過去に大きな病気にかかり、表情がなくなり、感情表現が出来なく
なった時期があったということだ。こいしは当然驚いた。今までどんなに危険な妖怪相手でも、無謀なことにも体当たりで
挑んでいった彼の姿を見てきただけに最初は嘘をついているんじゃないのかとも思ったほどだ。
だから、尚更疑問が大きくなる。
「一時は引退も考えた。でも、周囲の仲間やスタッフが、ファンが励ましてくれてさ。それに、やっぱり驚かせたり
笑わせたりするのが好きなんだ」
「でも、みんなに好かれることなんかないでしょ?」
「気持ち悪いって言われたことは結構ある。覚えてないぐらいに。たまに死ねって言われることもある。俺は
言ってやりたいよ、こんな人生死んだも同然だってね」
そう言いながら笑顔を浮かべる。これも理解できない。なぜ笑えるのか、と。
――心が覗けたら。
一瞬、ほんの一瞬だけ、こいしに矛盾した気持ちが湧いた。
「明日は俺を見てろよ。 笑え! 笑って泣け!」
そう言うと背中を向けて走って行った。黙って見送った。
彼の背中は、自分が見てきた通りの背中で変わっていなかった。きっと、明日になったら彼が言葉では
言わなかったことが明らかになるだろう。彼は今までもずっと行動で示してきたのだから。
(笑って、泣く……)
割るはずだったお面は懐にしまい込み、空を見上げる。真っ暗ではなく、星空で明るかった。
伝説の一日。
幕開けは午前、天気のいい空が急に黒くなったと思ったら映画の画面のようにどこかの光景が映った。これが宇宙空間だったならば
幻想郷の空が外の世界で言うプラネタリウムになったと言っていいだろう。
住人達はまた新たな異変かと家を飛び出し、映画のスクリーンの映像のような奇妙な空を見上げた。
今は朝なのだがその映像の中は暗い空で、ただし夜空とも少し違うように見えた。言うなれば、
「空が黒い」と表現した方がしっくりとくる。
「いよぉぉぉぉぉ!!」
呆然としていた人々の意識が急に戻された。この声は知っている者は知っている。史上最低の外来人として
妖怪や人間達から恐れられている【ピー】な男。しかし、この声が聞こえてくるのは……上からだ。
「江頭2:50です!」
上空いっぱいに黒いスパッツを履いた半裸の男が浮かび上がった。ある者は今にも卒倒しそうなほどの悲鳴を、ある者は
ヒーローが来た時はしゃぐ子供のような歓声を上げた。
「今、俺は博麗の巫女達が行ったという月にいます!」
大きなどよめきが幻想郷に響き渡る。
「な、何だって!?」
「何を考えてるのあの男!?」
魔法の森で、魔理沙とアリスが。
「……」
「お、お嬢様……」
「エガちゃん……」
紅魔館の門の前で、レミリアを始めとする紅魔館の住人達が。
「こ、これは……前代未聞の阿保だわ……」
妖怪の山で、文が集まった天狗や河童達の気持ちを代弁した。
月の都。一切の穢れを排除した浄土にこの男が立っているというのだ。
「……紫、引きずり戻すのなら今の内よ」
博麗神社にて、境内の真ん中で霊夢が言う。
「う、ううっ……こちらとしてもそうしたいんだけど……」
オロオロと困惑するばかりの紫の肩を聖がポンと叩く。
「しばらくは彼にまかせましょう。本当に、本当に命の危険がある時に助ければ良いと」
「それに、我々も結局は協力してしまったわけですし。覚悟決めましょう」
「全くだね」
神子、神奈子も続く。
「早苗、気持ちはわかるけど彼を信じようよ」
「いえ、私は……。ですが――」
心配そうに声をかける諏訪子に返事をしながら早苗が視線を送る先には――さとりとこいし。
二人はみんなと距離を置いてじっと空を見ている。
聖、神子、神奈子、諏訪子、早苗。幻想郷に集う宗教勢力のトップが、そして地霊殿の姉妹がこの
博麗神社に集まり、江頭の最後の伝説を見守っている。さらに、地底の妖怪達も「自分達の仲間である江頭の
最後の大舞台をこの目に焼き付けておきたい」と言い地上に出ていた。
「たのもーっ! たのもーっ!! 綿月姉妹はいるかー!?」
月の門番の前に立つとまるで道場破りをするかのように声を張り上げる。
「な、何だ貴様は!?」
「とりあえず服を着ろ!」
「これが俺の正装じゃ!」
門番が武器に手をかけようと怯まない。しかしタイミングがいいことに、たまたま近くにいた綿月姉妹が門の異変に気づいて
姿を現した。
「どうしたので――きゃああっ!!」
目の前の男の風貌に思わず可愛らしい悲鳴を上げたのは依姫。豊姫も一瞬硬直し目を泳がせていたが流石というべきか、
咳払いをすると「何の用でしょうか?」と丁寧に応じた。
「綿月依姫! 綿月豊姫! お前らに一言物申すっ!!」
ビシっと指を差し。
「お前ら月にいる奴らは地上が穢れているとかどうのこうのとか言って悦に浸ってるそうじゃねえか。
ふっざけんなよ! 地上の奴も月の奴もウ○コもするしセ○○スもする、同じだろぉ!!」
「えっ!?」
「えぇぇぇっ!?」
依姫達同様、幻想郷も驚愕の声を上げる。ただ、一部の、江頭という人間のやり方をずっと見て聞いてきた者達だけは
歓声を上げた。早苗も内心では彼なら言いかねないと思っていた。
「それに神が降ろせて自分はすっごく強いんですーとかピーチクパーチク自慢しやがって。神様ぐらい俺にだって
降ろせる! 今日はお前らに人間はやれるってこと見せてやるよ!」
そして振り返り。
「今日はね、俺、神になるから! 伝説じゃないよ、今日は。神話に残す!!」
江頭がそう宣言したと同時に、彼の背後に大人一人は悠々に入れるほどの大きさの水槽が現れ、さらに広辞苑ほどの大きさの石と
砂時計、ハシゴ、そしてデンデン太鼓も出てきた。
「これは――」
この現象を見て豊姫はピンと来た。以前ちょっかいをかけてきた地上の妖怪がこんな能力を持っていたのだ。なるほど、
今回も何か悪戯を仕掛けてきたのだろうか。しかし、この男自身にはこれといって不思議な力は感じない。ただの頭のおかしい
【ピー】を処分するのが面倒だからこっちに送り込んできたのか? そうでもなさそうだ。
門番と依姫がチラチラと視線を投げかけてくる。まずは様子を見ましょう、と目で合図を送る。
「俺は水中で4分14秒息を止めたことがある。今回はそれを1分上回る。そうしないと神が降りてこないんだよ」
「は、はあ……」
門番に砂時計を渡すと、江頭がスパッツを脱ぐ。見事な褌がなびく。そして水槽にハシゴをかけると石を持ちハシゴを上がっていく。
どうやら自分が水槽に潜ったら砂時計を置いて時間を計ってくれということらしい。とりあえず好きなようにやらせておこうと
指示を出し、水槽のすぐ近くに砂時計を持ったまま移動する門番。
「よーーーーし!! 行くぞーーーーっ!!」
そう叫ぶと息を思いきり吸い込んで水槽に飛び込み、底まで行くと胡坐をかいて足に石を乗せ、鼻を摘んだ。
「始まった……」
早苗が江頭の元にあるのと同じ砂の量が入った砂時計を逆さまして置く。全員が息を呑み、江頭と砂時計に交互に視線を送りはじめた。
こいしは既に青い顔をしていたがさとりに両肩を掴まれ、どうにか立位を保っている。
妖怪や修行を積んだ者ならばいざしらず、普通の人間が水中で五分以上息を止めていることなど常識的に考えれば不可能だ。だが、
無理だとか駄目ということをわかっていてそれを破りに体を張って来た。良くも悪くも。
「あそこまでぶっ飛んだヤツ、たぶん私が生きている限りはもう見ないわね」
霊夢が呆れ半分に呟いた。
「確かに。まさか月にまで行くとは――それも、笑いの為だなんて」
「はい。――ですが、不思議とあの方には心を動かされます」
神子と聖が肩を並べて笑う。
江頭が最後に選んだ伝説は、月にいるという連中の度肝を抜くということ。話を聞けば月の連中は地上のみんなよりもずっと
強くて、特に綿月依姫、豊姫の姉妹には依然コテンパンにされた過去もあるらしい。
穢れを嫌う――それならば一番穢れまくっている自分ならばそいつらの腰を抜かすことができるだろう。
そして、高貴な月の連中を驚かせる芸は――あれしかない。
紫と霊夢に月に行くために力を貸してほしいと最初に頼み込んだ。もちろん何を馬鹿なと二人は断るが「やらせてくれ!!」
と土下座し、何度も何度も地面に額を押し付けて、声を荒げて懇願した。この男は笑いのためならば自分自身のことはどうでもよく、
保身とか見返りとか、権力とかそういったものも全く意に介さない。紫の得意とする人を食ったような態度は彼の前では全く無力で、
何よりこの男の精神的なものの強さに圧倒されてしまっていた。霊夢でさえ、江頭のその鬼気とした、そして切実な様子を見て
今まで戦ったどんな相手よりも戦いたくない相手と感じたほどだ。
困惑する二人に、江頭の援軍がやってきた。守矢神社の三人に命蓮寺・神霊廟を代表して聖と神子。さらに地底の住人達の署名を
集めてきたさとりである。彼女達も江頭の願いを叶えてほしいと要請し、遂に二人も首を縦に振ってしまった。
この時、江頭は感極まって泣き出し、泣きながら全員にお礼を言ったという。
二分が経過。江頭は目を閉じて鼻を摘み、頬を膨らませたり凹ませたりする以外の動きはない。
「そうか……最近湖に出没していたのは練習のためだったのか」
レミリアが目を大きく開く。そういえば……と、美鈴も続く。そこへ「普通なら貴女が一番先に気付くでしょ」と
咲夜が突っ込む。
「普通の人間では一、二分が限界よ。四分でさえもある程度の訓練を積んだりしないといけないんだから……五分以上は未知の
領域ね。……しかし、過去に4分ちょっと……か」
パチュリーのいつもの無愛想な顔に、目が少しだけ感心したように細くなっていた。
「エガちゃん……頑張ってーっ!」
フランは祈るように手を合わせるとせめて……とエールを送った。
「江頭さんっ!!」
三分を過ぎると頬の動きも早くなり、明らかに苦しくなってきているのがわかる。早苗がいつも無茶をする彼に
ツッコミを入れるかのように声を掛ける。
――今回の江頭の月までの移動には紫や霊夢の力だけではなく聖に神子、守矢の協力も加わっている。だから月にも
すぐに行けたし、巨大水槽をはじめ様々な道具も送ることができた。そして何より、幻想郷の空いっぱいに空間を広げて
映画の上映のように、幻想郷の住人全員が江頭の様子を見ることができるようになった。
しかし――こちらの声は、月にいる江頭には届かない。生中継のテレビを観ているかのように。
それでも早苗は呼びかけ続けた。
「江頭さんっ! あと二分ですっ! 江頭さーんっ!!」
頑張れともやめてとも言わない。残り時間と名前だけを呼ぶ。
今回、早苗も月への同行を希望したが江頭に却下された。
「俺は野垂れ死になっても絵になるけどお前だとシャレになんないだろ」
仮に月の住人の怒りを買っても、犠牲になるのは自分だけで充分。
「こういう時だけ常識に囚われないでくださいよ!」
泣きそうな顔で抗議したが結局神奈子と諏訪子に宥められた。
「江頭さん……」
阿求の家の前では阿求と小鈴も心配そうに江頭を見ていた。
一度、どうしてそこまで芸に自分の全てを懸けるのかを聞いたことがある。そこへ
彼ははにかみながら返事を返した。
「みんなが最後に見た江頭が手抜きだったら申し訳ないから」
自分も、見てくれているみんなもいつ死ぬのかわからない。だからその時その時に
全部を出し尽くしていきたい。
『このおじさん、かっこいい』
二人の少女がそう思ってしまうのも仕方がないだろう。彼の生き様を知った彼女達は
目を反らさず、江頭を見た。
3分になってから、一秒が長く感じる。
「あっ!!」
こいしが叫んだ。
今まで瞑想するかのように閉じていた江頭の目が開き、瞳がカッと大きくなった。
顔色もあからさまに悪くなっている。
「エガちゃんもういい! もういいよ! 死んじゃう! もうやめさせて!」
瞳を潤ませて紫達の方を見るが、首を振られる。問い詰めようかと思った時、さとりに
肩を叩かれ、江頭の方を向かされた。
「こいし……あの人が何を考えているか、わかる?」
わかるわけがない、と突っぱねようとした。が、できなかった。
「こ、この男……」
最初は怪訝そうに江頭の様子を見ていた綿月姉妹だったが、今は息を呑んでいた。
限界を迎えているのは明らかにわかる。だが彼は一向に上がろうとせず、首を横に振っている。
まるで何かを拒むかのように。まだ限界じゃないと言っているかのように。
最初は【ピー】を遠目に見る感じであった依姫だったが、この男の何処から来て何を思ってかは
わからないが凄まじい執念に押され始めていた。
砂時計の中がとうとう一割になった。4分を超えたのだ。
その時、彼女達は江頭から何かを感じ取った。
「これは……!?」
霊夢達も江頭から不思議な力を感じ取っていた。
「まさか、本当に神を降ろしたというの……?」
「い、いや……あいつはそんな修行はしてなかったぞ」
「はい、私も彼がそうしたことをしているのは――」
みんなが慌てふためく中、諏訪子が「あっ」と手を叩いた。
「そういえば、あの人うちの神社にお参りしてたよ」
関係ないだろ……と突っ込む者は、いなかった。そういえば……と思い出す。
命蓮寺・神霊廟・守矢神社・博麗神社。江頭はこれら四か所に訪れると最初と最後に必ず
手を合わせてしばらく何かを祈っていた。
「いや、しかしそれだけで神様が味方になんて――」
霊夢の言葉を早苗が遮った。
「あるかも……しれませんよ?」
そして、こいしの元に歩み寄るとぎゅっと手を握る。
「こいしさん、江頭さんがどうして5分14秒を宣言したのか、わかりますか?」
「そんなの……5分14? 5……1……4……514……まさか」
空いた方の手を今度はさとりが優しく握る。目は、潤んでいた。
「貴女へのメッセージなのでしょう……彼なりの」
こいしの笑顔の中に潜む悲しみに江頭は気づいていた。それは本当の、心の底からの笑顔ではない。
彼女は悲しんでいる。俺は笑わせ屋。目の前で悲しんでいるヤツがいたらどうする?
笑わせたい。心の底から。それが芸人として生きてきた自分の証なのだ。自分では想像できないほど長い間
そんな悲しみを抱いて、そして自分は幻想郷にやってきた。
つまり、彼女を心から笑わせなければどんなに伝説を残しても悔いが残る。そのためならば危険と言われる月に行って、
仮に連行されても構わない。笑ってくれれば。
失神寸前となって何も聞こえなくなりそうになる。が、遠くから何かが聞こえてきた。
『えーがしら!!』
『えーがしら!!』
『えーがしら!!』
『えーがしら!!』
男女入り混じっての大合唱。ずっと遠い昔に、拍手や大歓声の中で立っていた気がする。
視界が暗くなっていく中、なぜか鮮明にこいしの姿が浮かび上がった。それは涙をポロポロ流して
自分の名前を呼んでいる姿。
江頭が耳にした大歓声は、何と依姫達にも聞こえていた。
「ど、どこから声が……?」
「彼の背中?」
まるで幻のようだった。色んな人間達が江頭の名前を呼びながら手を叩き、みんながみんな、
眩しいぐらいの笑顔で彼の名前を呼んでいた。
二人は江頭の背中から神懸った力を感じ、一、二歩後ずさりした。神の力に近いものを感じる。しかし、
どんな力がわからない。強いていうなら、たくさんの笑顔。
「あの二人が後ずさりするなんて……」
紫と霊夢も依姫達同様、ただ圧倒されていた。
「悟りを開いた……のに少し似ているような気もしますが……」
「希望の感情にも近い……けど」
聖と神子も江頭に舞い降りた不思議な力に戸惑いを隠せない。神奈子も諏訪子も同様に。
しかし、早苗だけは違った。
「笑いの神様――かもしれませんね」
みんなが早苗を驚嘆した表情で見た。
「本気で笑ってもらうためには本気でやるしかない――いつもそうしてきた江頭さんに、
もしかしたら奇跡が起きたのかも……いえ、奇跡を引っ張り込んできたのかも」
何となく、納得できてしまった。そこで砂時計の砂が全部なくなった。
すると、合わせたかのように江頭が覚醒し石をどかすと水上に浮かび上がり、ザブっと音と共に水中から生還した。
幻想郷中から地鳴りのような歓声が湧き、博麗神社にも届く。
「エガちゃんっ!!」
江頭がハシゴから降り、大地に立つ。こいしは泣きながら笑っていた。カッコイイと言いたいけどずぶ濡れの頭髪は
まるで河童、または落ち武者みたいになっていて、それが可笑しくて、そして安堵して。とにかく、色んな感情がゴチャゴチャになって
よくわからないけど、笑った。さとりも早苗もつられるように目を擦り、鼻を啜る。
「大した男だねえ……」
神奈子がそう言うと、誰もが頷いた。
凄まじいまでの笑いに対する生き様。凄まじいまでの精神力。精神力だけで勝負が決まるルールだったら、今の幻想郷で彼に敵う者は
いないだろう。ひょっとしたら、彼を見て呆然としている依姫達も同様かもしれなかった。
かろうじて立っているだけの男に、依姫も豊姫も言葉を失い動けなくなっていた。よくわからない、馬鹿らしいことに
全力で、魂も体も燃やし尽くした男。だからこそ、恐ろしい。
江頭が褌に手を伸ばし、解くと全裸になった。
「ひっ!?」
依姫は刀も取れず、尻餅をついた。豊姫も膝を震わせ、門番も蛇に睨まれた蛙のように動けない。
江頭がデンデン太鼓に手を伸ばして掴むと、四つん這いになった。そして。
ずぼっ!!
あろうことか、デンデン太鼓の持ち手の棒をお尻の穴に深々と挿入し、逆立ちした。
「きゃああああああーーーーっ!!」
姉妹の絶叫が響くと江頭は満足げに笑い、棒を外すと力尽きたように倒れた。そこで水槽もスパッツも砂時計も、江頭も
きえた。残ったのは先ほどまでお尻に突き刺さっていたデンデン太鼓だけだった。
「エガちゃん!」
「江頭さんっ!」
聞き慣れた二人の言葉に目を開ける。嬉しそうにする早苗とこいしだ。下半身から履きなれたスパッツの感触がするので誰か
履かせてくれたんだなと感じながら。夢かもしれないなと思った。
――空は何色だろう……?
「青ですよ」
「青だよ」
心の中で呟いた言葉に返答する二つの声。……二つ?
「こいし、貴女……!」
「あっ……!?」
気絶する前に最後の力を振り絞って目を開いた。
そこには。
開かれた二つのサードアイと。
泣き笑いして抱き合う姉妹と。
もらい泣きをして鼻水まで流れてしまっている幻想郷での相棒の姿があった。
あの伝説の一日から三日後、江頭さんは帰っていきました。本人曰く、「外の世界でバイトをサボリっぱなしにしてたから帰る」との
ことでしたが、いい人と思われるのを嫌って早めに去ろうと決めたのでしょう。
最後の最後の一日は地底の住人も交えた大宴会となり、照れ臭そうにする彼の姿が印象的でした。もっとも、最後に全裸になって紫さん
達に抱き着いたのは流石としか言えませんでしたが。
そうそう、江頭さんがトークショーとやらに使っていた館は、正式に映画館として現在は機能しています。月の連中の腰を抜かさせたギャラ代わりに
やってもらったと言ってましたが、これもきっと映画を知らない人々に映画の魅力を伝えたかったのでしょう。阿求さんや小鈴さんも
よく足を運んでいるようです。
紅魔館ではフランさんが芸人を目指すといって毎日妖精メイドやホフゴブリン相手に芸を披露しているそうです。誰かを笑顔にする喜びを
今では一番の楽しみとしているようで、今度こいしも連れて彼女の芸を見に行こうかと思っています。
月からは特に何もありません。紫さんがしばらくビクビクしていましたが、今は落ち着いています。ただ、彼女自身も他者に接するときに
ほんの少しだけ優しくなったのではないかと思います。つまり胡散臭さが減ったのです。
それと霊夢さん。最近、アリスさんという人形遣いさんと弾幕ごっこをする機会が多くなりました。しかも二人とも結構本気でやり
合っているようで、魔理沙さんがちょっと戸惑っているようです。
早苗さんは相変わらず皆さんから人気があるようで、守矢神社も参拝客で賑わっています。本人いわく、「最近いわゆる下ネタ系の話にも
すっかり受け答えできてしまっている自分がいてちょっと恥ずかしい」そうですが。
そして――こいし。
結論から言えば、まだあの子は完全には心を開いてはいません。ですが、感情や意識は色づいてきてるように思えるのです。
今は地霊殿にいる時にはサードアイを開けて生活しており、早苗さんなど一部の信頼する相手と話すときもサードアイを開けるように
なりました。宴会で江頭さんに帰らないでと泣きついて、その節は大変ご迷惑をかけてしまいました。なにせ、あの人もちょっと泣きそうな
顔を浮かべて困っていましたもの。
帰る際にお礼は手厚く申しましたが、それでも私は、私達は彼に助けられました。心の底から笑える幸せ、長い間忘れてきたものを
思い出させてくれたのだから。できればもう一度また会いたいものです。
その時は、あの子もきっと――。
「お姉ちゃん、準備できたよー!」
元気な声と共にこいしが飛び込んできた。後ろで早苗さんも笑っている。
私は筆を置き、返事をするとこいしの頭を撫でた。今日は三人で映画を観に行く約束の日。
しかも、その映画は江頭さんが阿求さん達にこれは絶対お勧めだと言った作品だ。
「大丈夫、私やこいしさんだったら入場料も無料でしかも特等席に案内してくれますよ」
ドヤ顔で胸を張りながら早苗さんは言う。江頭さんの相棒的存在だったし、確かに
そうなる可能性もあるけど。
「うんうん、それじゃあ出発しよう」
こいしもノリノリで頷くと私の手を引く。
「ええ。行きましょうか」
江頭さん。貴方も今頃は映画を観ているのでしょうか?
またここに来たら、私達にも映画の話をしてくださいね――。
紅魔館、レミリアの自室
「フランは妖精達と遊んでいるか――ふむ」
あの男が去って随分と経った。フランは誰かを笑顔にすることに喜びを感じ、
生きがいとした。
かつては全てを破壊する悪魔として恐れられてきたあの子が、今ではみんなを喜ばせる、
笑顔にさせることができる子になってきている。
「アイツのおかげだな……」
下品で強烈な男だったが、それでも妹の恩人だ。しかし、お礼を言う前に去られてしまった。
それがちょっと悔いが残る。
「江頭、か。もしもまた逢えたらその時は……」
デレレレー♪ デレレレー♪
ん? 何処からか音楽が聞こえる。随分とノリのいい音楽だな……あれ、壁が何だか膨れて……。
「ドーーーーーーーーーーーーーーンっ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアーっ!!?」
「いよおおおおお!! ちょっと向こうでやらかして干されたんでこっちで
またしばらく伝説作りにきたぞおお!!」
「お嬢様ぁぁあぁあぁあっ!!」
主の悲鳴を聞いて慌てて駆けつけた咲夜の目には。
泡を吹いて仰向けに倒れ失神しているレミリアと。
スパッツを大きく膨らます男の姿があった。
↓これより先はあとがきを見てからご覧頂けるとありがたいです。
作業用に使用したBGM
・Let`s Go! EGASHIRA(JETTER MIC)
・スリル(布袋寅泰)
※もしも幻想入り動画を作るのならばOPには上、EDには下の曲を推奨する。
上の曲はパチンコCR江頭2:50の大当たり中に流れる曲で、下はテレビで江頭さんの
登場曲として使われることが多い。
ちなみに、エピローグでレミリアが聴いた音楽というのはスリルのイントロである。
小町と映姫様
※物語中盤に登場し、映姫様が江頭さんに対し下品な芸のことを説教するが途中でキレた
江頭さんが「俺の芸の何がわかるんだよ!」と全裸になって襲い掛かり、小町に泣きついて
逃げる映姫様を書く予定だった。また、終盤に江頭が彼岸に訪れて渡し船に乗る前の魂達に芸を見せて
完全にあの世に行く前に最後に笑いをプレゼントするプロットもあった。
神霊廟
※江頭さんが聖徳太子が女だったという事実を信じられず神子に勝負を挑む。10人の話を一度に聞けるか対決で
当然のごとく神子が勝利し撃沈。最後に「本当に女か確かめさせろ!」と神子に襲い掛かるも途中で芳香に身ぐるみ剥されそうに
なり撤退するというエピソード。
こころ
※「エガじゃないか運動」と称し自分も異変解決に乗り出そうとするも弾幕が撃てないので撃墜され、寝込みを襲うとし
夜の人里に訪れたところ、こころを鉢合わせする。「希望のお面用意するからセ○○スさせろ」と言うと本気にして服を脱ぎだす
こころに逆に江頭がツッコミに回り、未遂に終わる。それからこころと一緒にお面を探すが見つからず、また一緒に探そうと約束
した後にこいしと一悶着するも異変解決と共に仲直りする。終盤では江頭さんの最後の伝説を心配そうに見守るこいしを勇気づけ、江頭さん
を大きな希望と強い信念を身にまとった人間と評し讃える。最後の宴会では江頭さんの希望を吸いすぎて無表情なはずの顔が大爆笑して
しまうという内容。こいしのエピソードに深く関わらせるつもりだった。
天狗達
※主に文やはたてに対し「俺のチ○コを撮ってくれ~」などとセクハラまがいのことを言ったりして困らせる。ただし、一方で外の世界の
マスコミと比べたらお前らは真面目で凄いと称賛もしている。江頭さんの巻き起こす騒動を新聞に書くも写真はモザイク入りがほとんどで
スクープなのに売り上げが落ちそうだと苦笑いしたりと苦労人ポジション。
永遠亭
※月での伝説挑戦中に江頭さんのメンタルの強さに永琳も息を呑み、そして依姫達も勝てないかもと言わせる。
エピローグでは江頭さんに永遠の命はいらないかと聞くが不死身になったら俺の芸(常に命がけの全力でやるスタイル)ができない
と言われ輝夜もそれに納得し外の世界での活躍を祈る。
プリズムリバー三姉妹
※スリルを演奏させて最後の伝説でも演奏し江頭さんにエールを送る。
妖夢
※幽々子に江頭さんについていけばきっとためになるとアドバイスされるも戸惑う。
竹刀での剣道勝負をするが一瞬の油断で一本を取られ、ショックを受ける。
私生活の江頭さんの顔を見て、少しずつ考え方を変え始める……という熱い展開があった。
小説ってのは低俗でも良いんだよな、娯楽だから(昔も小説読んでるとバカになるとか言われてたらしいし)
その意味ではこれは良い娯楽小説であると言える
常識に囚われない行為ってのは常識に囚われないと逸脱できないんだよね
檻から出る為には、まず檻に入ってないといけないって言う…何そのアンビバレンツ
そういう目的の話ならともかく(薄い本とか最初から18禁とかイラストとか)、それ以外でここまで放送禁止レベルのエピソードと言うのは東方二次創作では中々できない事なので、その意味でも確かに神は降りてた
最低でカッコ悪い男と、最高にカッコ悪い男なら最高が良いに決まってるよな
特に一般小説で美鈴のエロエロな点を見出してくれたのは素晴らしい事である
あとゆかりん可愛い
惜しい点が二箇所。何か変な場所で文が改行されてる事。なんだか読み辛い
もう一つは笑いが取れるかどうか不明な状況等で、追い詰められて脂汗をたらしながら不気味な笑顔で周囲を伺うという、彼がよくやる仕草がスポイルされている事
作者さんはかなり江頭のエピソードを拾ってくれて話作りに過不足無く突っ込んでくれてたけど、欲を言えばそれも再現して欲しかった
それでも面白かったのは事実…と言うか、面白いと言うよりは「楽しかった」と言った方が合ってるかもしれない
彼のエンターテイナーである点をちゃんと描写できてたって事なのかなそれは
勇儀に尻から白い粉はちょっと拍手しそうになりましたね。ありゃ誰でも驚くし怯むと思う
しかしこれ、こいしちゃんのエピソードに重きを置いてて、ヒロインでもあるんだな…「実在の人物」「幻想入り」と言うだけでもムズいのにようやるわw
でも幻想入りと言う点で考えると、誰かにスポットを当てなきゃただの江頭SSになっちゃうので、一応正しいのか
あ、レミリアには同情しておきますね…
削ったであろうエピソードも、まぁテーマをこれ以上増やすと冗長になると思うので良い判断だったとは思います
少し見たかったけど
長い感想ですんませんでした
作内の時間の進みが速かったり遅かったりして、混乱する。
重要な描写を擬音一つで終わらせていて、表現がチープ。
もう10回は読み直してこいと言うくらいひどい出来だけれど。
でも、このやっちまった感は江頭以外では表現できないね!
っていうか、いったい何が江頭幻想入り執筆へ作者を駆り立てたのか……。
しょっぱなからゆかりんに抱きついてワロタw斬首ものだろこれw
レミリアがエガちゃんに目をつけられててカワイソスw
月に行くとかその発想は無かったわw
もう作中で何回全裸になってるんだよw誰か数えろw
ああ、幻想の世界にドーン!が満ちる――。
ちょっと読んでいて気になった点。
私の読み違いかも知れませんが報告。
・宴会は阿鼻叫喚へと変わる。
→宴会は阿鼻叫喚の巷と化した。
・叫んで止めるのが絵になってきた。
→お約束? 定形化? 定番?
・特に女性が相手だと大抵の女の人は一瞬動きが止まるはずです
→特に女性が相手ならば大抵は怯む筈です
・業を煮やしたフランさんが追い掛け回して今に至るというわけです。
→業を煮やしたフランさんが癇癪を起こして? ついに我慢できなくなって?
・持っていたカップを落としてカップは粉々に砕け散った
→持っていたカップが落ち、粉々に砕け散った
・胸を張って堂々と勇ましいことを行っていますがブリーフ一丁の中年男である。
→言っているが
・太陽の丘に向かって幽香相手に変態プレイをお願いし、幽香を涙目になって拒否させたり。
→幽香にお願いした変態プレイは、割と自然に拒否されたり?
→幽香相手に変態プレイをお願いし涙目にさせたり?
・小鈴とはちょっとした読書仲間だということも子供達には意外とすんなりと受け入れられた。
→小鈴の読書仲間という事で口裏を合わせて貰うと、子供たちはすんなりと受け入れてくれた。
(阿求小鈴とは映画の話はしましたが、本の話はしませんでしたよね?)
・これが子供達には大反響だった。
→大反響を巻き起こした?
→大盛況だった?
宣言通りのテポドンでした。だめだこりゃ!
色々諸々そっくり丸々全部減点して100点!
エガスレであげられた要望全てをただごちゃ混ぜにするのではなく、上手い事やったので違和感を感じない
期待を裏切らなかった、いやそれ以上の出来
もちろん推敲不足と感じたところもあったが、それでも100点だ
完成に至るまでの複雑な経緯も考えると、これは記念碑的な作品である
なにより熱くて泣けるのが悔しいですw
個人的には100点を入れたいですが、江頭2:50は高評価かつ好評価を望まない男。
その彼の意思を尊重して最低の点を付けます。
これは作者様と彼に対する敬意として捧げます。
輝針城編もあれば楽しみにさせて頂きます。
他にも多々おかしなところはあったけど、
エガファンがニヤニヤできる描写も多くて面白かった!
それにこんな分量でよく書き切ってくれたと思う。
小ネタは出せても1つの作品にするのは大変だし。
スレで執筆宣言されてから楽しみにしてた甲斐はあったよ。
それでも圧倒されてしまったのは、エガちゃんの笑いに命をかける姿勢に感銘を受けたからなのかもしれない。作者さんとエガちゃんに乾杯!
良くも悪くも伝説ですよこれ。
これは伝説だ
書式的に読みにくい箇所が多々見られますが、それも気にならないほどの勢いある展開に飲み込まれました
エガちゃんと異変を絡めた作者さんの発想力と、エガちゃん自身の魅力にあっぱれ
SSでもエガちゃんが活き活きしていてホントに面白かった。
早苗さんが完全に早川になってたのが妙に似合ってて脱帽。
とうとう月に行ってしまった展開には笑いを禁じえず脱シャツ。
恥じらう姫様が見られたのは新鮮で脱パンツ。
エガちゃんの記録の4分14秒をうまいこと使ったのにはもはや脱毛。
最高。
あの板のあのスレですなぁ
(当初はスレ削除が検討されたが、向こうの管理人さんの配慮でOKとなった)
しかし今回も六本木でやり過ぎこいたもんだ
でも面白かった。
レミリアが受難過ぎな気もするが……
江頭好きには堪らない作品でした。
素晴らしい
SSでこれだけ多くの人が読んでるし動画でも見てみたい
早苗さんかわいいよ早苗さん
この作品は彼の味(良くも悪くも)を十二分に発揮した作品だと思います。
人を選ぶ作品ですが、幻想入りの中でも傑作の部類に入る作品ではないでしょうか。
たくさん笑わせてもらった!
ありがとう!