Coolier - 新生・東方創想話

感情共有!

2013/07/26 02:31:09
最終更新
サイズ
45.7KB
ページ数
1
閲覧数
1941
評価数
8/11
POINT
790
Rate
13.58

分類タグ

【感情共有!】

 それは突然訪れた。
「眠い…けど、もう真っ暗ね。脅かし時真っ盛り…なんだけど…」
 日が沈んでからしばらく経ち、眠りに就く人間も出始める時間。そんな時間に小傘は目覚めた。
「なんか変な感じ…。なんだろう、これ…」
 何だか体調がすぐれない。
 体調不良と言う程のものでもないのだが、全身になんとなく違和感を感じる。
「これだと本気は出せそうも無いなあ。…少し散歩でもして様子見しようかしら」
 もしかしたら寝起きだから体が本調子じゃないだけかもしれない。少し動けば目も覚めて本調子になってくるだろう。
 自らの半身である大きな傘を担ぎ、そんな軽い気持ちで小傘は歩き出した。
 自分の体に起きている変化に、まだ気づくこともなく。

◇  ◆

「うーん…クラクラしてきた…。これはもう今日一日大人しくしてた方がいいかな…」
 時間を置いても体調はよくならず、むしろ悪化していた。
 大した距離を歩いたわけでも無いのに大きな疲労感を感じている。
「私、太ったのかなぁ…」
 人間を驚かそうとしても失敗続きで、太りようが無いのは自身が一番わかっているが、体が重い。
 何より、普段なら重さを全く感じないはずの傘が重かった。
 人間が妖怪を恐れていた時代は実りが多く、肉付きが良い時代もあったがそんな時でも傘は常に軽く、負担を感じることなど無かった。
 そもそも、妖怪となってから一度たりともこの半身を重いと思ったことなど無い。
 小傘も新人妖怪ではないのでそれなりに長く生きている。
 当然、軽い体調不良を患うことも何度かあった。
 しかし傘も体調もここまで重いのは始めてである。
 目覚めた時から悪化する一方の体調。未だかつてない重量感。
 この二つに関係性があるのかはわからないが、小傘は、非常に不安になってきた。
「遺書…あぁ、違う医者よ…医者に行こう…」
 心に余裕が無くなり、独り言も満足に言えなくなる。
 幸か不幸か、今までそれなりに健康な生活を送っていた小傘にはまるで縁が無かったが、妖怪でも診てくれる医者の噂を耳にした事があった。
 自分の体がどうなっているのかわからないことには不安が大きくなる一方なので、小傘はその医者の元へ向かうことにした。

◇  ◆

 妖怪医の診療所を目指す道中、小傘は道の隅で小さく屈み一人すすり泣く子供を見つけた。
 日の沈んだ真っ暗な道で、一人泣く子供。
 驚かすターゲット、シチュエーションとしてここまで絶好なものは滅多に巡り会えない。小傘は思わず舌なめずりをしようとしたが、舌がうまく動かなかった。
 体調はある程度まで悪化してからは落ち着いているが、一向によくなる気配は無い。
「だけど…ここであの子を驚かして、一生物のトラウマを植え付けてやらなきゃあ多々良小傘の名が廃る…!」
 自らの傘を杖代わりにしなければ立っていられない程弱っていた小傘だったが、妖怪としてのプライドに火を灯し、ふらつく体を引きずりながら、泣き続ける子供の側へと近づいていく。
 気配を断ち、足音を殺し、子供の背後を取り、傘を振り上げさあ驚かそう。というところで小傘は。
 頭の中が真っ白になってしまった。
 しかし不思議なことに、頭の中が真っ白になると同時に、頭の何処かではいつも通りの思考が働いていた。そちらの思考では真っ白なもう一つの思考に戸惑いつつも、早く子供驚かすのだと体に指示を送ろうとしている。
 だが体が動かない。突如現れた白い空間に、もう一つの思考も巻き込まれつつあったのだ。
 もう一つの思考も白くなりはじめ、意識が遠のきつつある小傘を引き戻したのは遠くから聞こえて来た男の声だった。
 子供が男の声に反応し、顔を上げる。
「父ちゃん…!」
 どうやら男は足元にいる子供の父親らしい。
 迷子になった子供を、父親が見つける。感動的なシーンだが、小傘としてはそんなことを言ってる場合ではない。重い体を引きずってまで食べようとしたご馳走が目の前から逃げようとしているのだ。
 このまま行かせるわけにはいかない。こうなっては一生物のトラウマを植え付けるのは難しいだろうが、それでも最低限驚かさなければ骨折り損どころではない。頭の中も徐々に戻りつつある。
 幸い、父親も子供も自分の存在には気づいていないようなので、立ち上がり、父親の元へ駆け出そうとする子供の首に手を回し引き寄せる。
 父親に発見され、救われたと思ったのも束の間、突如背後から現れた腕が首に巻きつき、引き寄せられ、子供は恐怖に耐えきれず気を失った。
 子供を捕らえ、それと軽い脅し文句で父親も少し脅かしてやるつもりだったのだが、子どもを引き寄せた勢いで小傘は体勢を崩してしまった。
 それと同時に、父親は小傘に向かって突進する。
 小傘は、二つ計算を間違えた。
 まず一つは、子供が気絶する程驚くとは思っていなかったこと。
 そしてもう一つ、父親が体つきといい顔といい情けない男であったため、どうせ度胸の無い心臓の小さい男なのであろうと舐めていた。子を思う親の力を、考えていなかったのだ。
 結果、小傘は宙を舞った。
 気がつけば頭の中の空白は全て無くなっていたのだが、今度は頭が完全に真っ白になった。
 地面に叩きつけられ、小傘は気を失った。

◇  ◆

「うっ…あぁー。首が痛い」
 父親の体当たりに吹き飛ばされ、気絶していた小傘が目を覚ました。
 空はまだ暗く、日が登る様子もない。時間はそれ程経っていないらしい。
「特に取られた物は無さそうね…よかったよかった」
 首を痛めた以外は気絶する前と変わりが無いことを確認して安堵する小傘。
 人を驚かすのに失敗し捕まると、時と場合によっては人里に連行され吊るし上げられることもある。
 小傘はまだそこまでの失敗をした事は無かったが、同じように人間を驚かすことを生き甲斐にする妖怪が捕まり、二度と戻ってくる事はなかったという噂も聞いていたので不安がるのも無理は無い。
 幸い、小傘が気を失った後、父親は小傘などには目もくれず子供を抱きかかえ一目散に去って行き、人里に戻ってからも妻と共に泣きじゃくる子供をあやすと同時に妖怪に襲われながらも無事に生きて帰ることができた幸運を喜んでいた。
 もっとも、相手は小傘なのでとって食われたりするはずもなく、最悪でも子供がいつまで経っても暗闇を恐れ続けることになる程度だったのだが、彼は妖怪は妖怪、と全て一括りに恐れるような小傘の思っていた通りの小心者だったのでそんなことを知るはずもない。
 そんな小心者が勇気を奮い立たせ妖怪に立ち向かうというのだから、子を思う親の力というのはすごい物である。
 「くぅ…首が痛い。本当に痛いわ。早く医者に診てもらわないと…」
 絶好のカモに出会ってしまったため寄り道をしてしまったが、小傘は元々医者に診てもらいに行くはずだった。なので当初の目的通り診療所を目指そうとしたのだが。
「あれ?そもそも何で医者に行こうとしてたんだっけ?」
 首を痛めたのは道中での出来事。と、なると首を診てもらうのはあくまでついでであって本来の目的は別にあるはずである。
「あっ、そうか~」
 気がつけば気を失う前に感じていた違和感倦怠感を、綺麗サッパリ感じなくなっていた。
 首は痛むが、大げさに痛がるような物でもない。安静にしていればすぐに引くだろう。医者にかかる必要も感じない。
 これがもし心配性ならば、ぶり返した時のことを考えて念のために診てもらいに行っていただろうが、小傘はあまりそういう事を考えない方だった。
「どうしよっかな~。お腹も空いてないし」
 結果的に吹き飛ばされることとなったが、子供を気絶させる程驚かしていたため、空腹も感じない。
 予定が潰れ、日課をする気にもならないので、とりあえずその辺りをうろつく事にした。
 とにかく、いつまでもここにいてもしょうがないので何処かへ行こうと歩き出そうした小傘だったが、ここで一つ目に見える変化に気がついた。
 「こんな目つきだったっけ…?」
 傘の目の雰囲気が、いつもと違う。
 妖怪となり人の形を成した小傘ではあるが、半身である傘の方はほとんど元々の形を保っている。
 目や口、舌などが生えているものの、どれも基本的には動かず、たまに動くことがあってもそこに生き物らしさは無い。
 そんな傘の瞳に、まるで生きているかのような光が宿っているのだ。
「これってもしかして…レベルアップしちゃったんじゃないの私!」
 人間が子供から大人になるように、力をつけた妖怪はその姿を力に見合うよう変化させる。
 自らの半身の眼に宿った光を、小傘は成長の証拠と取った。
「って言ってもこれといって変わった感じはしないわ。これからに期待ね!」
 半身だけでなく、小傘自身にも既に変化は訪れていたのだが、やはりまだ気づいてはいなかった。

◇  ◆

 小傘は自身の変化に気づかないままふらふらと飛び回り、これまたふらりと守屋神社の近くに降り立った。
 東風谷早苗に自身の変化を見せびらかせに来たのだ。
 目に見える変化は傘の瞳だけなのだが。
 そもそも、妖怪退治を信仰を集める為の手段の一つとしている早苗の下にそんなものを持ち込めばその場で退治。よくても目をつけられそうなものだが。
「ふふん!この私の進化した姿を見せつけて、度肝を抜かせてやるわ!」
 能天気な節がある小傘が浮かれてしまえば、そこまで考えずに行動してしまうのはそれはもう仕方が無い。
 小傘が泣きながら守屋神社から逃げ出さないように祈るだけである。
「あら?いつぞやの唐傘お化けじゃないですか」
 境内には狙い通り東風谷早苗がいた。
 手には箒が握られている。これから掃除をするつもりだったのだろう。
 その顔には普段妖怪と対峙した時に見せる興奮や、満ち溢れる自信がまるで見られない。
 それもそのはずで、今はまだ日も登り切っていないような時間だった。
 妖怪達は最後の輝きを見せる時間だが早苗は人間である。余程特別な事が無い限り人間は寝てて当然な時間なのだ。
 早苗は比較的生真面目で、早寝早起きを心がけ境内の掃除もしっかりと行う人間だったのでこうして会う事ができたが、これがもっとゆっくりと寝る人間であれば小傘は早苗が起きるまでここで何時間と待たされる事になっていただろう。小傘にそこまでの忍耐力があるかは謎だが。
「何か用ですか?」
 早苗はそう言うと両手で箒を握ったまま口を隠す事もなく大きなあくびをした。
 寝起きで調子が出ない早苗を見て、小傘の気持ちは更に大きくなる。
「新しい私を見て…驚けー!!」
 傘を開き、瞳の部分が早苗の眼前にくるように突き付ける小傘。
「なんですかこれ。なーんにも変わってないじゃないですか。朝からこんな趣味の悪い傘突きつけられて、今日はついてませんね」
 早苗は眼前に突き付けられた傘を無視してもう一度大きなあくびをする。
「な…な…なんだとー!私の進化を理解できないだけじゃなく、またもや色を馬鹿にしたな~!」
「えっ!?いや、何を言ってるんですか。今私何も言ってないですよ」
「なんですか…言いがかりをつけてがみがみ言って驚かすスタイルに変えたんですかね…。図星突かれちゃって少し驚きましたけど、このやり口って幻想郷にもあったんですね。妖怪がこんな方法を取るなんて想郷は少しずつ荒んでいるんですね。やはり私達が救わなければならないようです」
「やっぱり図星なんじゃない!あと私はスタイルを変える気なんてないよ!」
「なんで図星だって私が自分で認めるんですか!私は言った事は曲げない主義ですよ!それに今の貴方のやっている事は外の世界でもかなりたちの悪いやり口です!」
「ただの馬鹿な妖怪だと思ってましたけど意外とめんどくさいですね…。勘がいいのか知りませんけど私の考えがさとられてるみたいで少しドキッとします」
「私はそんなたちの悪いやり口に変える気は無いって言ってるでしょ!あとさりげなく私をただの馬鹿とか言わないでよ!」
 言い合いに夢中になり気づいていないが、小傘の腹の中はほんの少しだけ、膨れていた。
 早苗はこのやりとりの中で、小傘の発言に、ほんの少しだけ、驚かされていたのだ。
「だいたい貴方さっきから長々と喋り過ぎ!しかもほとんど私を馬鹿にしてるだけだし!」
 また少し、小傘の腹が膨れる。
「何を言ってるんですか。私そんなに長く喋ってないですよ。貴方を馬鹿にしてる事に関しては否定しませんが」
「むきぃー!」
「私が長々と喋ってるって、どれだけ短気なんですか…。もう面倒臭くなってきました…何がしたいのかもわからないですし早く帰ってくれませんかね…」
「私はむしろ気が長い方だよ!それにそっちの対応が悪いからこうなってるんじゃない!」
「なんだかさっきから私が言ったことじゃなくて、頭の中で考えた事に反論されてる気がしてきました。これはもう勘がいいを飛び越えて私の考えを読まれてる…わけないですよね。化け傘にそんな能力あるわけ…」
「あるわけないでしょ!」
「あるじゃないですか!」
 不毛なやり取りを続けた末、遂に早苗は気がついた。
 目の前の唐傘お化けに、自分は心を読まれている。
 ただの唐傘お化けがさとりのような読心ができるなど信じられないが、信じるしかない。
 今小傘に反論されたことのいくつかは早苗が一切口に出さず、心の中で思っただけの物だったのだから。
 それでもやはり信じきれない早苗はひとまず実験をしてみることにした。
「私の声が聞こえますか?」
「聞こえるけど…なんで?」
 早苗は唇を一切動かしてはいない。
 言い争いに熱くなり、早苗の声が聞こえれば即反論。という状態だったため、小傘も聞こえている言葉と、早苗の口の動きがまったく合っていないことにきがついていなかった。
「どうやら…本当に私の心が読めるみたいですね」
 冷静な状態で試して、結果が出た以上早苗も認めるしかない。
 しかし小傘は理解が追いついていなかった。
「えっ?どういうことなの?」
「やっぱり馬鹿じゃないですか…。貴方は人の心が読めるようになったんですよ」
 言われてみても、小傘はピンとこなかった。
 だがそれが本当ならば、子供に近寄ったあのとき、頭の中が真っ白になりながらも別の部分ではいつも通りの思考を行う事ができたのも説明がつく。
「私は傘だよ?そんなのおかしいじゃない」
 そうだとしてもやはり納得がいかない。妖怪の生まれ持った力が成長して大きくなる事はあれど、全く新しい別の力に目覚める事などはそうそうないのだから。完全に無いというわけではないが。
「はぁぁ~…そんなこと私に言われても困ります…。でもいいじゃないですか。相手の心が読めるって事は相手の怖い物がわかるってことですよ?それさえ用意できれば、貴方はどんな相手でも驚かす事ができるでしょう。貴方はもう食に困る事は無いんです」
「あっ、なるほど~!確かにそうね!」
「わかってもらえましたか?」
「うんうん!わかったわかった!」
 妖怪を退治する側の人間である自分が妖怪に力の使い方を説明するなんておかしい。と思ったものの、この厄介者が早く帰ってくれればそれでいいとも思った。
 寝起きにわけわのわからないやり取りをさせられて、早苗は疲れたのだ。
「こんな素晴らしい力が私の手に!やっぱり私は進化してるのね!」
「そうですね。貴方は進化したんです。だから頑張ってください」
「うん!私は妖怪の威厳を取り戻すよ!」
 小傘は神社を飛び出した。
 早苗は小傘の後ろ姿に手を振って送り出す。
「ようやく行ってくれましたか…。今日はもう掃除は無しです。もう寝ます…」
 疲れた早苗は箒を引きずりながら引き上げた。
 心を読めるようになり、手始めに早苗を驚かそうかと思った小傘だったが手を出すことができなかった。手を出さなかったのには理由があった。
 何度か痛い目を合わされている相手であるし、できれば仕返しの一つもしたいと思ってはいた。
 仕返しの仕返しが怖かったわけではない。余程の事をしなければ、何かしてくるつもりがない事はわかっている。
 心を読めてしまったからこそ、小傘は早苗に手を出すことができなくなってしまった。
 早苗の心に怖い物、恐れている物を見つけることができなかったのだ。
 もちろん早苗もあくまで人間なので怖い物は無いというわけではない。だがその恐怖は今の小傘では知ったところで到底仕掛けられないような、規模の大きな物ばかりだった。
 早苗が力の使い方を教えたのもそのためである。
 いくら自分の心を読まれようと、心の底にある弱点を突かれるとも思っていなければ、負けるわけがないという自信があった。余裕である。
 東風谷早苗という人間の規模の大きさを思い知らされた小傘は、いつか早苗を超えることを目標とする。

◇  ◆

第三の目を開き、それを使い人々を驚愕による混乱の渦に落とし入れようと神社を飛び出した小傘であったが、早苗とのやり取りで少し疲れていた。
 首の痛みもまだ引くはずもなく、少し気になる。
 まだ日は登りきっていない。日が登る前に人里に行ったところでほとんどの人間が寝ている。ならば今すぐに人里へ行く必要は無い。
 それに守屋神社から人里へ行くとなるとそうすぐに着くものでもない。ここに来るだけでもそれなりに体力を使ったのだから、少しくらい体を休めた方がいい。
 無理をしては人間を前にしても良いパフォーマンスを見せる事ができない可能性もある。
 そんなわけで小傘は神社へと続く階段の途中に腰を下ろす。
 小傘が階段に座り込んでから少しすると、下から何かがぶつかった。
 ぶつかった感じからすると人だと思われるが、周りに人影は見えない。しかし周りを見渡しても誰も見当たらないので、気のせいだったのだろうと判断し、探すのをやめると背後から声が聞こえてきた。
「私ならここよ」
 振り返ると、一つ上の段に少女が立っている。
「なっ、なんで!?」
 近くには誰もいなかったはず。前後左右に当然上下も確認した。
 階段を外れれば周りは木々に囲まれているので見渡しは悪いが、階段の上には何も無い。誰かいれば見逃したりするはずは無いのに、彼女は小傘の背後にいた。
「ごめんね、私は古明地こいし。私はどうしても存在感が無くてね、声をかけないと誰も気づいてくれないの」
「へっ…へぇ~」
 小傘の声は震えていた。
 こいしの態度は友好的で、表情もにこやかだ。
 にも関わらず小傘は怯えている。
 相手が自分より格上の、力ある妖怪だから。というわけではない。こいしの表情は確かににこやかで、態度も友好的だ。これといった害意は感じられない。
 本能がこいしを怖がっている。その手に巻きつけられているリードの先端にある、何も繋がれていない首輪や、こいしの胸にぶら下げられた触手を生やした球体ははなんだかとてもグロテスクで、不気味だった。
「あ、この子は私のペットよ。今散歩中なの」
 小傘の視線が首輪に集中しているのに気づいたこいしはリードを軽く揺らしながら答える。
 しかし散歩中と言われても、どう見ても首輪には何も繋がれてはいない。
 もしかしたら、万が一、自分の目には見えないだけでそこには本当にこいしのペットがいるのかもしれない。力を持った妖怪ならばそれくらい飼っていてもおかしくないかもしれない。こいしは危ない奴じゃない可能性だってある。
 たとえ胸に触手まみれの謎の球体をぶら下げていようと、首輪の動きが完全に何も繋がれていないことを示していても、小傘はその可能性に賭けるしかなかった。
「そっ…その…そのペ…ペペペットって…どんな生き物なの…?」
 恐怖で舌がうまく回らないが、なんとか質問することはできた。後はこいしの答えに賭けるだけである。
 残念ながらこいしの反応は想像を遥かに越える物だったが。
 もちろん悪い意味で。
「えっ?ペット?私今日は連れて来てないよ?」
 小傘は命の危機を感じた。
 こいしはまだ何もしていないし、何かしてくる気配も見せていないが、こいつは何をしてきてもおかしくない。一秒ごとに考えてる事が変わるような奴だ。
 それが小傘がこいしに対して下した判断だった。
 そこで小傘は気がついた。
 ついさっき、自分は心が読めるようになったはず。
 にも関わらず、こいしの考えている事がわからない。
 心を読めるようになったというのは自分をさっさと追い払いたかった早苗のついた嘘だったのだろうか。だが確かに早苗の考えは読めていた。子供の時もそうだったはず。
 小傘は考えようとしたが、考えるには少し精神状態が乱れ過ぎていた。
 そんなことよりも、こいしが何か変な事をする前になんとかこの状況を切り抜ける方が先である。
「じゃっあ…くっくびっ、じゃなくて…その首輪…は…なんのために持ってる…のかな…?」
 途切れ途切れになんとか言葉を捻り出してから小傘はしまった。と思った。
 できるだけ早くどこかへ行ってほしいのに、自分から話を振ってしまうとは。これで話に乗られてしまったらその分こいしに怯える時間が長くなってしまうというのに。
「これはねぇ…一週間前に川に落として死んじゃった犬の首輪なんだ」
 こいしは首輪を拾いあげる。
「散歩が好きだったからよく連れてってあげてたんだよ。忘れられなくてね、これを持っていればあの子と一緒に散歩してる気になれる気がしてこうして持ってるの。あの子には、悪いことしちゃったな…」
「そ…そうなの…」
 死んでしまったペットを忘れられない。理由を聞いてみればいい話ではないか。
 何も繋がれていない首輪を引きずっているのはどうにも不思議だが、思い出に浸るためと思えば納得できなくは無い。
 話を聞いて小傘の警戒心も少し弱まったが、どうしても胸の球体が気になってしまう。かといってそれが何なのかと踏み込む気にもなれず、小傘はとりあえずこいしの反応を伺うことにした。
「あぁ、思い出したら悲しくなってきたなあ。今日はもう帰ろう」
 そう言ってこいしは飛び去ってしまった。
 後に残された小傘は緊張から解放され大きなため息を吐く。
「た…助かったぁ~」
 最後まで何かされることはなかったが、それでも怖い物は怖い。
 気がつけば日も昇り、人間も大方目覚める時間となっていたが、もはや小傘に人間を驚かす気力は残されていなかった。
「はぁ~…すっごい疲れた。ちょっと早いけど、今日はもう寝よう…」
 小傘は今度こそ本当に守屋神社を後にして、本日の寝床を探しに行った。

◇  ◆

「うわぁぁぁ!」
 今は使われていない小屋の中、小傘は飛び起きた。
「よ…よかった…何も刺さってない…」
 小傘は夢を見た。
 再びこいしに出会い、胸の球体に生えている触手が突如小傘に襲いかかり全身を突き刺され身体中の血を吸い上げられて絶命してしまうのだ。
 夢の中で刺された場所を何箇所かさすりながらそれが夢であったことを確認する。
「あー…もう!なんでこれからって時に邪魔するのよあいつは!次に会ったら…」
 仕返ししてやる!と続けたかったが、自分と相手の力の差を考えれば返り討ちに会うのは目に見えている。本当に全身に触手を刺されるかもしれない。
 それを考えると、たとえ相手が目の前にいなくとも口にする気になれなかった。
「はぁ…本当、あいつのせいでなんかもうわけわかんないわ…」
 結局、自分は相手の心を読むことができるのか、できないのか。
 読めるのならばこいしの考えが読めなかったこと。読めないのならば子供や早苗の感情が頭に入って来たこと。
 読めても読めなくても、どちらであっても矛盾が生じてしまう。
「う~…こういうの考えるの苦手だわ…」
 いつまでも考えていると頭が痛くなる。
 そんな時は無理矢理に、何か適当な理由をつけてこれまた無理矢理納得するしか無い。
「あの時は体調もよくなかったし頭が少しおかしくなっちゃったから真っ白になったんでしょ。早苗のところに行った時はかなり興奮してたし、私がこうしたら早苗はこう考えるって予測してて、それがたまたま全部当たったとか、そんなとこよね」
 子供の一件はともかく、早苗の件に関してはそんな理由で納得できるわけもなかったが考えないことにした。考えた所で正しい答えが出るわけでも無い。
「化け傘が読心なんかできるわけないものねー」
 こうなると神社を出た時に、開かれた第三の目の力で道行く人々を恐怖の底に陥れてやろう!などと息巻いていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。恥ずかしいとすら思える。
「はぁ…新しい驚かし方を考えないとね…」
 早苗の言った通り、第三の目があれば人を驚かすことには困らない。小傘自身そう考えていた。
 その当てが無くなったとなるとまた自力で人を驚かさねばならない。
「あーあ…普段は気にしないようにしてるけど、こういう風に意識させられると結構くるなあ…」
 一月の内に一人と驚かす事もできない。と言うほどのものではないが、それでも小傘の驚かしの成功率は芳しくない。
 それを激変させる希望を手に入れたと思ったのも束の間、ただの勘違いだったとなればそのショックも大きい。
「痛いのも治んないし…」
 首がまだ少し痛む。そんな首が煩わしかった。この首を外して飛ばすことができればもっと簡単に人を驚かすことができただろうに。
 なまじ人に近い姿で妖怪化してしまった為に姿で驚かすこともできない。いいアイディアも浮かばない。
 この頭は、本当に役に立たない。
 首が外れるとなれば、心が読めるか読めないか。などと悩む事などなかっただろうに。
「はぁ~…考えてもしょうがないか…。無い物は無い。むしろいつも通りの私に戻っただけ…だけど…はぁ…」
 本当にそう割り切ることができるのならば最初から悩んだりはしない。
「どうしようかなあ…」
 何をする気にもなれず、寝転んだ。
 眠いわけでは無い。悪夢で目覚めたとは言え睡眠時間そのものは長かったし、質もよかった。
 とにかく体を動かす気になれなかった。
「あーあ…本当に元の傘に戻っちゃおうかなあ…」
 今この瞬間、傘に戻ったらどうなるかを考える。
 今自分がいるのは使われ無くなって久しい小屋。夏になれば物好きな人間が肝試しなどと言って訪れることもあるが今はその時期ではなく、他には来る者などいないような場所。そんな場所で動かず物も言わぬ傘へと戻れば誰にも気づかれないだろう。
「あぁ…やっぱやめよう…」
 妖怪となって意思を持ち考えることを知った小傘は、少しだけだが人間の考え方も知った。なので人間がこんなところに落ちている傘など、見つけたとしても余程の事がなければわざわざ拾われないこともわかっていた。
「嫌になっちゃうわね…。やけ酒でもしようかしら…」
 日は沈みはじめてはいるが酒をあおるにはまだ早い。酒は夜に飲むもの、という考え方は妖怪も人もそう変わらない。
 朝から晩まで酒を飲む者がいるのも変わらない。
「そうよ!時間なんか関係無い!こんな時は飲まなきゃやってられないわ!」
 小傘はさっと飛び起きた。
 ここで考え事を続けていても心が沈んでいくだけだ。
 そんな気分から逃げるように人里を目指す。
 その手に握られた傘の瞳は、明け方と変わってはいない。

◇  ◆

 人っ気が無い場所というのは、やはり人里から離れた場所が多い。今日、小傘が寝床に選んだ場所もその例の通りであった。
「疲れた…!」
 人里を目指して飛んでいたものの、人里どころか人っ子一人見当たらない。
 人里を目指してから既に半刻は経っている。
 まともに人を驚かせず、満足に食事もできないために体力が落ちる一方の小傘には少々辛い。
「私この辺の地理なんか全然わかんないからなあ…」
 体力に余裕があるのならばとりあえず飛び続ける、というのもいいのだが今の小傘ではそういうわけにもいかない。
「はぁ…とりあえずちょっと休もうかな…急がなきゃいけないもんでもないし、ね」
 無理をしてまで人里行く必要も無い。それにもしかしたら誰かが通りかかるかもしれない。
 期待はしていなかったが、どちらにせよ休憩はしたいので、手頃な岩の上に腰を降ろした。
「なんか、降りそうな空模様ね」
 気がつけば太陽はほとんどが沈み、ほんの少し残されているその姿もほとんどが雲に隠されている。
「って言ってる間に降ってきた」
 ポツリポツリとにわかに雨が降ってきた。
「これはどうなるかな…」
 この程度の小雨のままならば何の問題も無いが、これが強くなってくると飛ぶには少し困る。
 そうなると歩いて人里へ向かわねばならなくなるがそれは面倒である。その場合は先程の小屋に戻ろう。小傘はそう考えた。
 古い小屋だったが、雨風を凌ぐ分には問題は無いだろう。
 それに、このように突然雨が降ってきた日は何の備えも無いものがその場しのぎとしてそのような小屋にやってくることがある。もし暗い小屋の中でそのような人間と出くわすことができれば驚かすチャンスである。
 突然の雨がプラスに働くことになるかもしれないというのは、やはり自分が傘であるからだろうか。半身を開きながら小傘は思う。
「ひゃぁー、いきなり雨が降るなんてついてねぇや。さっさとやんでくれねぇかねぇ」
「うん…?」
 どこからか声が聞こえる。声のする方を見てみると男が一人走ってくる。
「ちょうどいいね」
 男に里がどのくらいの場所にあるか聞くことができればこの後の動きも考えやすくなる。
「あれっ?でも話声が聞こえたような気がするけど…」
 男は一人しかいなかった。独り言だったのだろうか。それにしては声が大きかったような気もするが、それ程気にするような事でも無い。小傘は男に話かけるタイミングを見計らっていた。
 男が近づいてくる。男も小傘の存在に気がついたらしい。目をこちらに向けている。
 今がチャンスと声をかけようとした、そのときである。
「なんだ、あの趣味の悪りぃ傘は?」
「ぐっ…ぐぐっ…!」
 すれ違いざま、どころかすれ違う前に吐かれた暴言に心を乱されるもなんとか堪える小傘。
 笑顔を作りながら声をかける。
「すみません、そこの方」
「なんだい?俺ぁ傘持ってねぇんだよ。風邪引いちまうから用があるならさっさと言ってくれよ」
 少し口が悪いが突然の雨に降られているのでしょうがないと小傘は気にしない事にしていた。先程の暴言も気にしないようにしていた。
 しかし。
「近くで見ると益々気持ち悪りぃ傘だな。こいつは妖怪なんだろうが、どっちが妖怪かわからねぇな」
「ま…益々って…!ちょっと言い過ぎなんじゃないの」
 言われ慣れているとは言え、自身のデザインを趣味が悪いと言われるのは辛い。それが何度もとなれば小傘としても面白くない。
 それでも小傘は声を少し荒げはしたものの表情を崩しはしなかった。慣れとは恐ろしいものである。
 男は妙な顔をしている。
「俺は今何も言ってねぇはずだぞ…」
 ほんの少し、小傘の腹にくるものがあった。
 男が小傘の何かに驚いたという事だ。その小さな感覚に、小傘は気がついていなかったが。
 そんな事よりも今は男の発言の方が問題だった。
 確かに小傘は男の声を聞いていた。目の前で言っておきながらそれでもとぼけるということは男が自分をそれで押し通せる相手と見たということだ。これには小傘も少し頭に来る。
「とぼけないでよ!趣味が悪いって言ったじゃない!」
「なんだこいつは…気味が悪りぃ…」
 再び小傘の腹に来るものがあった。男はまた、小傘に驚かされる。
 その瞬間、小傘は気がついた。
 最初に声をかけた時の反応以外、男は一度も口を開いていなかった。勘違いだと思い気にしていなかったが、これはつまり。
「ねぇねぇ、貴方は一言も、この傘について喋ってないよね?」
「そ…そうだよ…。俺は何も言っちゃいねぇのにあんたが一人で勝手に怒りはじめたんじゃねぇか」
「やっぱりできるじゃない!私は!」
 心を読む能力は勘違いではなかった、と小傘が喜ぶ一方で。
「お…おぉぅ…」
 突如立ち上がり、大声を出した小傘に腰を抜かす男。
「そうとわかればこうしちゃいられないわ!」
 目の前で腰を抜かしへたり込んでいる男の事などもはや完全に意識の外に行ってしまった。
 心を読む力が嘘でなかったのなら、やけ酒をする必要も無い。ならば人里にいく必要も無い。となると男に用も無くなるのでしょうがないのだが。
 雨に濡れる男を横目に、小傘は飛び発った。
 残された男は、小傘が見えなくなると、雨が降っていることを思い出してまた走り出した。

◆ ◇

 自分の力を確信してから、小傘は絶好調だった。
 たった三日の間に42人の人間を驚かすことに成功した。42人中42人である。
 成功率ももちろんそうだが、この短期間でこれだけの人数を驚かしたのは小傘が妖怪となってから初めての事である。
 このかつてない上がり調子に小傘は浮かれ、こいしの事などすっかり忘れていた。
 忘れていたのだが。
「おっとと、不注意だったよ。ごめんね」
「いえいえ、こちらこ…そ…」
 運の悪い事に小傘は再びこいしに出会ってしまった。
「顔色が悪いけど、大丈夫?」
 こいしの言うとおり、小傘の顔は一瞬のうちに青ざめていた。
「今のでどこか痛めた?それだったら謝るし、医者にも連れてくよ?どうする?」
 自分が、他人の心を読めるようになったのは間違っていなかった。この三日間、その力を使って散々人間を脅かしてきたのだから。
 それでも、それでもやはり読めない。こいしの考えている事が何一つとしてわからない。
「あっ、ごめん。よく考えたら私医者がどこにいるかなんてわかんないや」
 怖い。わからないことなんて無いはずなのに、これっぽっちもわからない。何でわからないのかわからない。
 わからない、こいつが怖い。
 自分の力を確信した今だからこそ、前回のように平静を取り繕うこともできない。
「まあ今の貴方は医者に連れてってもしょうがないから、別にいいよね」
 こいしの雰囲気が変わる。
「だって、私の考えてる事がわからなくって怯えてるんだもんね」
 こいしの一言で小傘は意識を取り戻す。
「な…なんでわかるの…?」
「何考えてるかわからないって、よく言われるんだ。でも貴方が知りたいのはそんな事じゃないよね。いいよ、教えてあげる。何故貴方が私の心を読めないのか」
 こいしは自らの胸にぶら下がる触手の生えた球体を手にした。
 「これはね、第三の目って言うの。私達はこの瞳で見つめる事で、心を読む事ができる」
「私…そんなの持ってないよ」
 傘を握る手に力が入る。その傘が第三の目なのだという事にはまだ気づいていない。
「私達っていうのは種族のこと。さとりという種族。基本的にみんなシャイだから貴方は知らないかもね」
 小傘も新米の妖怪ではないので、さとりという種族の噂は聞いた事があった。
「貴方が本当にサトリだっていうなら確かに会うのは初めてよ」
「そう?じゃあ貴方は幸運だよ。私は他のサトリと違って他人の心を読むなんて気持ちの悪いことはできないから」
「…?どういうこと…?」
 会うのが初めてとはいえ、噂でさとりの能力は聞いた事がある。さとりの力は読心の力。
 今の小傘と、同じ力。
「サトリなのに心が読めないなんておかしいじゃない…」
 混乱と恐怖により怯え続ける小傘とは対照的に笑顔を崩さないこいしが答える。
「私は、目を閉じたからね」
 こいしは自分の第三の目を撫でた。
「これを閉じる事で私達はさとりとしての力を失う。だから私は、名前だけで実際にはちょっと物足りない存在なんだよね。って言っても、さとりであることには変わりないからさとりなんだけど」
 なんでもない事のように話すこいしだが、小傘にはその感情が少しも理解できなかった。
 通常、妖怪として生まれた以上その力を捨てることなど普通はしないし、もししたしてもそれは自分の存在そのもの否定する事に繋がる。
 こいしのように、本当に力を捨てた妖怪など、小傘は噂ですら聞いた事が無かった。
「なんで貴方はその目を閉じたの…?」
 妖怪など余程の使命を持って生まれない限り皆気楽で能天気な者ばかりで、自分の力に満足が行かず更なる力を求める者こそあれど、誕生したときからの付き合いである自分の力を疎ましく思うなどまずあり得ない。
 それでも、目の前にいる妖怪は力を捨てたのだ。小傘は未だ恐怖していたものの、少しだけ興味が湧いた。
「さっきも少し言ったけどね、私は人の心を読むなんてこと好きじゃないの。そりゃ昔はね、好きも嫌いも無く何にも考えないで力を使ってたけど、ある日知ったのよ。その力のせいで私達は嫌われている、って」
「嫌われる…?」
「そう。私も目を閉じてからなんとなくわかったよ。一方的に自分の考えてる事が全て筒抜けになるって、相当気分が悪いだろうね。私はこの目を閉じてしまって、もう誰も私の心を読む事はできないから実際にその気持ちを体験する事はできないけど」
 さとりに心を読まれた事も無ければ、第三の目が開いてから三日しか経っておらず、その間も一方的に人間を驚かす事しかしていない小傘には、こいしがさとりの力を嫌う気持ちがどうしても理解できなかった。
「それでも…たとえそれで皆から嫌われることになったとしても私にこの力は必要なのよ」
  手に入れたばかりだが、さとりの力は小傘の生活を大きく変えた。
 妖怪としての自信を喪失しかけていた小傘を助けたのは第三の目あり、その力を使わない。ましてや捨てるなど小傘にとってあり得ない選択であった。
「その力に、依存しちゃってるんだね、しかもかなり強烈に。私にはわからないな、そんな気持ちの悪い力をありがたがるなんて。貴方は生まれつきのさとりじゃないんだから、目を閉じたところで私みたいになるわけじゃないのに」
 いつの間にかこいしの顔から笑みが消えていた。
「これでも一応貴方のために話してるんだけどな。でもわかってもらえないなら仕方ないね。私は消えるよ、じゃあね」
 手を振ったと思った次の瞬間小傘の視界からこいしは消えていた。
 以前ほど小傘は驚かなかった。よくわからないが、今はこれがこいしの能力なのだろう。
 それでも以前と同じように小傘はため息を吐く。
「嫌われるのがなによ…。この力が無きゃ私はもう妖怪でいる意味が無いんだから…!」
 こいしの言う通り小傘は自分を変えたさとりの力に強く依存していた。
 こいしから解放され、ホッとしていた小傘だが一つ気になる事があった。
「そういえば…。私みたいに…って、どういうことなんだろう…」
 去り際に呟いた「目を閉じたところで私みたいになるわけじゃないのに」という言葉が引っかかていたのだ。
「やっぱり生まれつきの力を捨てて、何も無いわけないよね…」
 見ただけではわからないが、何かしらの不都合を抱えているのだろう。
 たとえそうだとしてもこいしを哀れむ気にはならなった。
 さとりの力という、今の小傘にとって何よりも大切な物を自分から投げ出すようなこいしには何があろうと自業自得とさえ思った。
「はぁ…またすっごい疲れた…。もう会いたくないなあ…」
 こいしを前にすると自然と身体が強張りとにかく疲れる。
 小傘は最初にこいしに会った後と同じように寝場所を探して寝る事にした。

 ◇  ◆

 こいしに会ってからも小傘はさとりの力を使い、人を驚かしていた。
 もちろん人間に恨まれ目の敵にされるような過激なこともしていない。さとりの力により、小傘は脅かし方だけではなく、越えてはいけないラインも知る事ができた。
 そしてさとりの力を得てから半月が過ぎ、小傘の体に再び変化が訪れていた。
「誰…誰かいるの…?」
 今日は人気の無い森にある木の上で寝ているはずだが、何故だか声がする。
 周囲は薄暗いが、それでも人間の姿が無いのは確認できる。しかし間違い無く何者かの心の声が聞こえる。
 だがその声はいつもと違い、何を言ってるのかわからない。
 こいしのように何も聞こえないというわけではないが、普通の人間のように口に出して発音しているかのように聞こえるわけでもない。ただ何か言っているというのがわかるだけ。
 しかし小傘は臆さなかった。
 周りから、強い力を感じなかったからだ。
 力を手に入れる前の小傘であればただ見えないというだけでこの相手に怯えていたかもしれないが、今の小傘は違う。
「私を驚かそうなんていい度胸ね!じきに幻想郷最驚の妖怪となるこの私に驚かそうだなんて!」
 さとりの力を得てから、狙った獲物を逃さず驚かし続けるうちに小傘は確かな自信を身につけ、その自信は小傘を強くした。
 今はまだ途中だが、時間が経てば大妖怪になる事もできると思っている。
 そこにはもう、妖怪をやめて元の傘に戻る事を考えていた小傘はいない。
「こいつ誰と話してるんだろ?」
 鮮明に聞き取れた心の声は、酷い物だった。
「誰って…あんたよ!」
「俺ぇ?そいつはすげーや!」
「ふふん、隠れてるのが見破られてすぐに私を褒められるその素直さはいいと思うわ」
「隠れてるぅ?何言ってんだよ」
「せっかく素直な所を褒めたのに、負け惜しみを言うなんて」
「負け惜しみもクソも、俺はどこにも隠れてないじゃないか」
「隠れてるじゃない!現に私はあんたがどこにいるかわからないよ!」
「何でそんなに訳のわからないことを言うんだ。俺はあんたのすぐ近く、隣の枝にいるじゃないか」
 声の言う通り他の枝を眺めてみるが鳥が一羽いるだけでどこにも人影は無い。
「ほら、やっぱり誰もいないわ。鳥がいるだけじゃない」
「はぁ?あんた俺を何だと思ってるんだ!俺は鳥だよ!」
「冗談でしょう!?」
 妖鳥ならともかく、目の前にとまる鳥からはまるで妖気を感じない。どう見てもただの鳥である。
 この半月で人の心はいくらも読んできたが、人外というか会話ができない相手の心はまだ一度も読んだことはない。
 何度か試していたが、会話ができない相手だと力を得る前と同じように何も聞こえてこなかった。
 そのため、言葉の通じる相手でなければ読む事ができないという結論を出していた。
 鳥や虫の心を読んだところで役に立つとも思わなかったのでその時はそれ以上考えなかったのだが、今聞いている声は鳥の物だという。
 だが小傘は、一度調べた上で鳥の心は読めないと思っているため、今聞こえているのは鳥ではなく何処かに隠れている誰かの物と考えた。
「いやあ、それにしても俺の言葉がわかってもらえるなんて嬉しいねぇ。長く生きる内に人間が言ってるがわかるようになったってのに俺の言葉は伝わらねぇんだもんな。さみしいったらありゃしないぜェッ!?」
 自分の考えを証明するため、小傘
は鳥の話に耳を貸さず、隣の枝に手を伸ばして鳥の首を締めた。
「こいつが作り物か本物かはわからないけど、これで嘘はつけないわ!」
 首を締めれば鳥は苦しむ。そうすれば頭の中は息苦しさなどでいっぱいになるだろう。
 それに対して隠れているはずの相手は苦しいわけがない。そのズレはつまり隠れている何者かの存在を証明するはずだ。
 鳥には少し申し訳ないやり方だが、恨むなら隠れて私を馬鹿にしようとする愚か者を恨んでほしい。
 しかし小傘の推理は外れる事になる。
「くるしい!くるしい!死ぬー!苦しい!」
 締め上げられ死が迫る恐怖の叫びが聞こえる。
 さとりの力に嘘はつけない。小傘が聞いていた声は、この鳥の物だったのだ。
「嘘でしょ…!」
 更なる成長を遂げた自らの力に、手の中で暴れ続ける鳥を忘れて震える小傘。
「私の進化はとどまるところを知らないわ!」
 鳥を手離し両手を上げて喜ぶ。解放された鳥は一目散に逃げ出す。
「死ぬかと思ったぜ!いくら俺の考えてることをわかってくれるからって、こんな危ない奴に関わるんじゃなかった!」
 小傘に興味を持った事を後悔しながら鳥は逃げていった。
 鳥の後悔は小傘にも聞こえていたが、自身の成長を喜ぶ小傘は気に留めなかった。
 ここで小傘はあることに気付く。
「鳥とか犬とか、畜生の気持ちが読めても使い道なんかあるかなあ」
 小傘が食べるのはあくまで人間の心なので、それ以外の生き物の考えをわかるようになったところで使い道が無いのだ。
「まあいっか!新しい力が増えるっていうのは、私が力を付けてる証だもんね!」
 使える使えないではなく、持っているというのが重要なことだとして、その喜びを胸に今日も人を驚かすために飛び立つ。
 その力がどういう物なのか、考えることも無く。

 ◇  ◆

「うるさい…うるさい…!うるさいうるさいうるさい!!」
 小傘がさとりの力を手に入れ一月。その力は日に日に強くなっていた。
 初めは言葉の通じる相手以外に使うことができなかったが、今では鳥に始まり犬猫狐に兎虫。
 試していないだけでそれ以外の目に見える生き物でもはや小傘の前に隠し事をできるものはいないだろう。
 最初は自分の進化を喜んでいた小傘だったが、今の小傘にそんな余裕は残されていなかった。
 自らの半身を振り回し、いかなる生物も近づけないように暴れ狂う小傘。
「お前達がいると…!私は寝ることもできないッ!!消えろ!消えろ消えろ消えろオォッ!」
 成長し、対象の増えたさとりの力。その目は閉じることは出来ず、小傘の頭に近くにいる生き物全ての心を送り続ける。
 昼も夜も無く聞こえ続ける心に生まれつきのさとりでは無い小傘は耐えることができなかった。
「黙れって…言ってるじゃない!」
 半身を振り回し、叩きつければもちろん小傘自身にもその影響は現れる。既に身体のいたるところに痛みが走り出しているがそんなことはお構いなしに小傘は傘を振り回し続ける。
 さとりの力を使って一月の間人を驚かし続け、小傘の力は強くなっていた。その小傘が我を忘れ、何の加減もせず力任せに傘を振り続けた結果、地面は抉れ、木は倒れている。周囲には小傘に心を読まれる生物は既に一匹たりとも残ってはいない。
 今ここには小傘と、
「私の心は黙ってるから、いてもいいよね」
 心を読まれることの無いこいししかいない。
「何よ…!離してよ!」
 気づかれること無く小傘の背後に現れたこいしは素早く羽交い締めにし
「ちょっと荒っぽいけど、ごめんね」
放り投げた。
「ぐぇっ」
 こいしの体は綺麗なブリッジを描き、小傘を羽交い締めにしたまま地面に叩きつけた。俗に言うドラゴン・スープレックスという投げ技である。
 技は完璧に決まり、小傘は一瞬でノックアウトされることとなった。
「うーん、動きを止めるつもりでやったけど完全に動かなくなっちゃうと少し不安になるね。まあこうでもしなきゃじきに死んでただろうし、いいよね」
 ピクリともしない小傘の横にしゃがみ込み、こいしは一人話始めた。
「うるさくて耐えられなくなっちゃったんだね。だから言ったのに。そんな力持ってたところで、良いことなんて何も無いよって。みんなから気持ち悪がられるし、うるさいし、何より、サプライズパーティがサプライズにならないし。それが嫌で眼を閉じたら、私が歩くサプライズになっちゃったし」
 意識の無い小傘はこいしの言葉に反応しない。
「でも貴方は依存しちゃったんだね。貴方の生き方にぴったりの力だったから。まあ、もし使いたくなかったとしてもさとりじゃない貴方には瞳の閉じ方がわからなかっただろうけど」
 こいしは投げ出された小傘の手に握られた傘を手に取る。
「うるさくて嫌になっちゃうよね。お姉ちゃんだって難しい事言って地底で生活するようになったけど、結局、うるさいのが耐えるのが嫌になっただけなんだから。私もそうだけどさ」
 こいしは手の中にある傘を優しく撫で始めた。
「こんなことしたら貴方は怒るだろうね。この力無しで、どうしたらいいかわからなくなって。でも、この力は貴方が持っているべきじゃないんだよ。どうして開いてしまったのか、私にはわからないけど…。それでも、貴方が力を使い続けてお姉ちゃんみたいになることも、瞳を閉じて私のようになる必要もないんだから」
 撫でられているうちに、いつしかこの一月開き続けていた傘の瞳は閉じられていた。
 小傘が再び眼を覚ました時、既に人も、鳥も犬も猫も狐も虫も。一つとして小傘に読める心は無いだろう。
 第三の眼は、閉じられた。

 ◇  ◆

「うっ…うわっ!またあなた!?」
 眼を覚ました小傘は、すぐそばで微笑んでいるこいしに驚いた。
「貴方が驚いてちゃあ駄目なんじゃないの?」
「う…うるさい!私はあなたが苦手なのよ!」
 こいしを牽制するように傘を突きつけながら小傘は後ずさる。
「冷たいなぁ」
「うっ…痛っ…!」
 こいしに投げられた際に叩きつけられた頭部に痛みが走り足を止める小傘。
「大丈夫?」
「そういえば誰かに投げ飛ばされたんだった…。うぅ…誰よあんな荒い投げ技かける奴って…。貴方知らない?」
「え~?そうだなあ、知らないよ」
 こいしの心が読めなくても、こいしが嘘を吐いていることがわかる。
「そういえば、投げられる前に貴方の声が聞こえたような気がする…。つまり貴方が犯人よ!」
「あ~。ばれちゃった?そうなの。私が投げたんだよ」
 特に隠すつもりも無いこいしはあっさりと白状する。
「何なのよもう…。私に何の恨みがあるのよ貴方は~」
「せっかく助けてあげたのに、酷い言われようね」
「助けた…?いきなり投げ飛ばしておいて何を訳のわからないこと言ってるのよ!」
「うーん…確かに、私しかいないんじゃわかんないよね。あ、ちょうど良いところに鳥が飛んできたわ」
「鳥がなんだって言うのよ~」
 相変わらずこいしにの考えていることがわからない。小傘は打った場所とはまた別に頭が痛くなってきたような気がした。
「わかる?あの鳥の気持ち」
「えっ?あれ…?あれ…!?」
 気絶する前ならば既に頭の中に鳥の心が入っている距離にいるにも関わらず、小傘は鳥の気持ちが全くわからなかった。
「ちょっ…ちょっと…。そんな…嘘…でしょ…?」
「本当だよ。貴方の第三の目は、私が閉じたの。だからもう貴方は誰の心も読めないよ」
「はぁ…!?そんな…そんなの…。私は…あの力で私の進化は止まらなくて私はすごい妖怪に…!そんな…そんなそんなそんなぁぁー!!」
 こいしが予測した通り小傘は怒り、傘を持っていない方の腕でこいしに掴みかかる。
 こいしはその腕を軽く払いのけ、もう片方の拳を握り、小傘の腹に打ち付ける。
「うぐ…ぇ…」
 的確に叩き込まれた拳に小傘はその場に崩れ落ちる。
「なんで…なんで私がこんな目に会わなきゃいけないのよ…。私の力返してよお…」
「甘えるな!」
 崩れ落ち、今にも泣き出しそうな小傘を見下ろしながらこいしが叫ぶ。
「私が貴方の目を閉じなかったら、貴方は心の声に押し潰されていたよ。間違いなく」
「でも…あの力は私には必要だった!」
「あんな力、最初から無かったんだよ。貴方は普通の唐傘お化けで、さとりもどきなんかじゃないんだ」
「ただの唐傘お化けが生き残るためなら、さとりもどきでもなんでもならなきゃいけないのよ!」
「そうかもね。確かに妖怪として生まれた以上、力はあった方がいいよ。だからね、貴方の力を奪った私が責任を持って貴方を鍛えるよ」
「はぁ!?」
 どうしてそうなるのか。
 こいしに鍛えられるということは、こいしと一緒にいなければならないということだ。
 そんな話、小傘としては是非とも御免こうむりたい。
「さとりの力は確かに貴方の生きがいによく合った力だったかもしれないよ。でもさ、今の私の力も貴方によく合うと思うんだよね」
「貴方の力…?」
「私はね、誰にも気付かれないの。いくら目の前にいても、どれだけ近くにいようと、気付かれずにいる事ができる」
「そういうことだったの…」
 初めて神社の階段で会った時、確かに存在感が無いと話していたが、いくら存在感が無いからと言ってぶつかっても尚どこにいるのかわからないなど、おかしいと思ってはいた。
 そういう能力なのならば小傘も納得である。
「驚かしの基本と、良く合った能力だと思わない?」
「確かに、使えれば魅力的な能力だけど…」
 たまたまさとりの力に目覚めはしたが、この力を欲しい!と思ってそれを手に入れられるならば、最初から苦労はしない。
「大丈夫。能力としてじゃなく、技術として、私が全力で貴方に全てを伝えてあげる。さとりの力に目覚めた貴方ならできるはずだよ。私と、貴方自身を信用してほしいな」
「貴方と私を信用…?」
 初め小傘はこいしに対し、得体の知れない恐怖を感じていた。
 二度目に会った時はその恐怖も少し薄れ、同時に少しの興味が湧いた。
 そして今の自分に対する真剣な態度を見ているうちに、残りの恐怖もほとんど薄れているのに小傘は気がついた。
 もし信用できなかったとしてもさとりの力を失った以上、もはや他に頼る物は何も無い。
「わかった…私やるよ!」
 失う物は何も無い。小傘は藁にも縋る思いでこいしの申し出を受けることにした。
「こうなったら私の名前を出すだけで泣く子が更に泣くくらいの妖怪になってやるわ!」
「なら私は、全力で貴方に私の全てを伝授するよ。私の修行は厳しいよ、頑張ってね」
 こうしてこいしと小傘の間に、奇妙な師弟関係の様なものが生まれた。

 ◇  ◆

 何も無い原っぱに、こいしは一人で立っていた。
「私はここだぁー!!」
 こいしが何かを探す様に、周辺に意識を集中させていると突如としてこいしの背後に現れた小傘が、こいしの帽子を奪い取った。
「今のどうだった!?」
 奪い取った帽子をこいしに渡す小傘。
「完璧だったよ、私じゃ見つけられなかった。これでもう貴方は立派な小石だ」
 帽子を受け取りかぶり直すこいし。
 一ヶ月を越える特訓の末、ついに小傘はこいしの能力を技術として習得することに成功した。
「これで貴方の宿敵も驚くこと間違いなしだよ」
「うん!この技があれば、絶対に敵わないと思ってたあいつにも勝てる!」
「勝てるかどうかはまた別だと思うけどね」
「驚かしたら私の勝ちだから、それでいいのよ!」
「そうだね。それが貴方の生き方だもんね。じゃあ早速、行って来たら?」
「そのつもりだよ!私は、今日あいつを驚かせることで、さとりの力があっても敵わないと思っていた一ヶ月前の私を超えるんだ!」
「じゃあ行ってらっしゃい。興奮し過ぎて、驚かすタイミングを間違えないようにね」
「当たり前よ!私は驚かしのプロなんだからそんなミスするわけないわ!」
 そういうミスをしそうな雰囲気を持っているのがこの小傘なのだと、この一ヶ月の特訓でこいしはよーく知っていた。
「よ~し!行ってくる!」
 しかしどれだけ心配で、不安だとしてもこれは小傘の問題で、こいしが手を貸す訳にはいかない。
 今自分には宿敵のもとへ飛んで行く小傘の背に、手を振って応援するしかできないのもわかっていた。
 宿敵・東風谷早苗を驚かすことができますように、と。
 この一ヶ月、小傘は打倒東風谷早苗をスローガンに特訓を続けた。
 ターゲットを早苗に選んだのはこいしだった。
 当初は早苗を驚かすことが目標と言われ、小傘はそんなことは無理だと反論したが、こいしは頑として譲らなかった。
 さとりの力をもってしても驚かす事ができないと判断した相手を驚かすことができれば、それはさとりの力など必要無いのだと、小傘へ証明できると思ったからだ。
 最初は反対していた小傘だったが、元々早苗をいつか驚かしたいと思ってはいたので折れるのは早かった。
「今の貴方なら驚かせるよ。多分」
 しょうもないミスをする可能性を考えると、確実に成功するとは言い切れないがそれでも今の小傘ならば、きっと成功して戻ってくるはずだと、こいしは信じていた。
 さとりの力など必要無いと、目を閉じた自分は間違っていなかったことを小傘が証明するのだ。
 こいしは待った。小傘が戻ってくるのを。
 そして数時間後、戻ってきた小傘を見てこいしは確信した。
 自分は間違っていなかったのだ。
 こいしが目を閉じた時、姉は何も言わなかった。
 何かを言おうとしていたのかもしれない。その行為は愚かなものだと言いたかったのかもしれない。もしかしたら、姉も自分の様にさとりの力を捨ててしまいたかったのかもしれない。
 どちらにせよ、瞳を閉じてしまったこいしにはその心を知ることはできなかった。
 その時から、こいしはずっと悩んでいた。自分のしたことは間違いだったのかもしれない。目を閉じたのはただの逃げでしかなかったのかもしれない、と。
 その長い葛藤は、戻ってきた小傘の表情によって終わりを告げられた。
 私は、間違ってはいなかったのだ。
 姉があの時何を思ったのか。今何を思っているのか。今となってはそれを知ることはできない。
 それでも、自分のしたことは間違ってはいなかったと今なら言える。
 さとりの力なんて無くたって私達は分かりあえる。
 繋いで、分かりあって、分かちあって、感動も、感情も、共有しよう!
前回投稿した作品でいただきましたコメントにピンときたので書いてみました。
書いてる途中で気がついたんですがこいしと小傘。略すとこいこがになるんですね。
恋い焦がれ、みたいでいいですね。
ヘルバナナ狸地
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.130簡易評価
1.90名前か無い程度の能力削除
子傘のアレがサードアイって発想は無かった。
読みやすい文章で楽しめました。
ただ、子傘の物語のはずが最後のさいごでこいしの物語にすり替わってたことに違和感が…
2.90名前が無い程度の能力削除
前回読んでるからか、展開がある程度わかることで、いいようにwktkできました。面白かったです。
こいしが出てきた時の緊張感がいいね。欲を言うならラストでもう一つ驚かせて欲しかったか。

脱字っぽいもの
「甘えるな!」の2つ下のこいしの台詞
5.100絶望を司る程度の能力削除
こいしめっちゃかっこいいな。そして、こいこが流行れ!
7.100名前が無い程度の能力削除
こいこがで恋焦がれるとは…天才か…。
とても素敵なお話で、楽しませていただきました。
8.80奇声を発する程度の能力削除
良いですね、もっと流行って欲しいです
9.70名前が無い程度の能力削除
前半のこいしの無意識っぷりが秀逸だっただけに、後半の筋の通ったこいしの男前っぷりにびっくりしました。
これはこれでかっこいいからアリ……か? まあこいしだしなぁ。

後半がとても面白かっただけに、前半の文章がややかったるかったのが残念でした。
何かこう、地の文が若干回りくどいというか。全部の心情を説明しようとしすぎているというか。もうちょっと文章をすっきりとしてもらえるとありがたかったと思います。
10.無評価ヘルバナナ狸地削除
評価、コメントありがとうございます。

>>1
人様のアイディアですが、面白い発想だと思います。
気がついたらこいしに取ってかわられてました。無意識の力ですね

>>2
前回に引き続き、今回も読んでいただいてありがとうございます。
オチがあった方が小傘っぽいような気もしたのですが、思い浮かびませんでした。残念
脱字報告ありがとうございます。おそらく修正できたと思います。

>>5
特に意識していませんでしたが、かっこよく書けていたでしょうか。ありがとうございます。
自分で言っておいてなんですが、どう絡ませれば良いんでしょうね。

>>7
そう言っていただけると感動です。感動を共有しましょう

>>8
響きはいいと思います。

>>9
地の文はもっとあっさりしててもいいんですかね。
地の文って難しいです。
11.70名前が無い程度の能力削除
説明がくどい感じはしましたが、発想の斬新さがそれを補って余りあります。
12.603削除
うーん、なるほど。
まずアイデアは非常に面白いです。小傘の3つ目の目がサードアイ。考えもしませんでした。
そしてラスト、視点がこいし視点になり不思議な感じのENDになるのも面白いです。
苦言を呈すならば展開が無理やりすぎるかと。あとは小傘が何故さとりやこいしの能力を得られたのか、の説明が欲しかったかなー。