古明地さとりは紅茶に舌鼓を打ちながら、微笑みを浮かべた。
「ありがとう、お燐。とても美味しいわ」
「そうですか? えへへ、有り難うございます。でも、いつもと変わらないと思うんですけどね~」
テーブルの向こうで照れくさそうにお燐が笑みを返してきた。
「そうかしら?」
「ええ、そうですよ。あたい、いつもと同じように淹れていますから」
「……その割には、最近のお茶はいつもより美味しい気がするのだけれど?」
自分に内緒で、お燐がどこかに習いに行ったのかとも思ったけれど、そんな様子も無い。茶葉の質が上がったのかとも思うが、そこまで味が大きく変わるものだとも、自分の味覚が鋭いとも自惚れてもいない。
「それはあれじゃないですか? さとり様に何かいい事があったからではないですか?」
「え? いい事?」
首を傾げて思い返してみる。けれど、そんな心当たりは無い。
「だってさとり様、さっきもご機嫌に鼻歌を歌っていましたよ? だから、何かいい事でもあったんだと思ったんですが」
「え? そうだったの? 全然気付かなかったわ。……あ、でもそうね。ひょっとしたら――」
よく考えてみれば、一つだけ心当たりがあった。明確なイベントでは無かったので、さっきは思いつかなかった。
「ひょっとしたら?」
「うん、最近こいしの様子がちょっと変わったと思わない? 感情を表に出すようになったっていうか、生き生きしているというか……あの子のそんな姿、随分と久しぶりに見た気がして、それがちょっと嬉しいの」
こいしが地上に遊びに行って何をしているのかは分からない。けれど、その様子だと楽しく遊んでいるのだろう。
そんな妹の姿は、姉として素直に喜ばしい。
「あー、確かに最近はちょっと様子が変わりましたね。人に見られるのが快感だって言っていましたし」
「そうなの?」
「ええ、そうですよ」
お燐の言葉を聞いて、さとりは大きく息を吐いた。頬の筋肉が緩むのを自覚する。
人に見られる事が嬉しいという事。それは他者の存在を肯定的に認め、自己の存在をアピールしたいという欲求に他ならない。閉ざされた彼女の心が、少しずつ開かれているのだとさとりは理解した。
「そうね。ひょっとしたら、こいしは何か地上でいい事でもあったのかしらね?」
「あれ? さとり様はご存じなかったんですか?」
意外そうに、お燐が訊いてくる。しかし、自分はこいしに何も確認はしていないので何も知らない。
「ん? ええ。こいしに何かあったの?」
「こいし様、地上でお友達が出来たようですよ?」
“お友達!?”
「そりゃあそうでしょ? こいし様だって、ちょくちょく地上に遊びに行っていれば、お友達の一人や二人くらい……って、さとり様。さとり様っ!?」
さとりの手から、ティーカップが滑り落ちる。
お友達。
その言葉がクルクルとさとりの脳内に渦巻いていく。揺れる視界の中で、お燐の声がやけに遠く聞こえた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ベッドの上。ぺたんと座っているこいしの前に、向かい合って男があぐらを掻いて座っている。
そんな状況で、こいしの視線は男の股間へと注がれていた。
「ほら……こいしちゃん、僕のこれ、どう思う?」
「わあ、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だー。完成度高いねー」
「今日はこれで遊ぼうか。とっても気持ちよくしてあげるよ」
「うん。私、お兄さんとの気持ちいい遊び、大好き~☆」
頬を赤らめつつ、こいしは愛おしげに男の股間へと顔を近付け――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わなわなとさとりは肩を震せた。
その瞳は深紅の攻撃色に染まっている。
「おのれええええええぇぇぇ~~~~っ!! 何も知らない純真無垢なこいしを言葉巧みにベッドに連れ込んで、芳しいバラの蕾から滴り落ちる蕩けた雫を熱く暴走した制御棒で掻き混ぜ淫靡な男と女の核融合をしようというのかっ! 許さんっ!」
「いったい何を言っているんですか、さとり様ああああぁぁ~~~っ!?」
「……はっ!?」
さとりは我に返る。
目の前でお燐が自分の襟首を両手で引っ掴み、ガクガクと上半身を揺すっていた。
いつの間にか立ち上がって、部屋の中央まで移動していた。まったく記憶に無い。
「ごめんなさいお燐。ちょっと、取り乱していたみたいね」
「まったくですよ、さとり様ったら……」
はぁ、とお燐は溜息を吐いてきた。
「そんなことだけはあり得ませんよ。あたいが聞いた話だと、お相手は女の子みたいですよ?」
「え? 女の子?」
それを聞いて、さとりは少しだけ安心する。
だが、再び嫌な想像が脳裏によぎった。相手が女の子だから安心できるなどという理屈は無い。さとりの意識は再び遠のいていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
人里にある、路地裏の片隅。
こいしの前には、ケバケバしい化粧と派手な服装に身を包んだ少女が立っている。
「ほら、さっさと行きなさいよ」
くっちゃくっちゃとガムを噛みながら、その少女は馴れ馴れしくこいしの肩を抱いて言った。
「え……。でも……」
困ったようにこいしは肩を竦めた。その瞳には若干の怯えも混じっている。
「あ? 『でも』じゃねーよ。ほら……私達『お友達』だろー? お友達なら、何だって助けてくれるもんでしょー?」
「う、うんそうだけど……」
優しい笑みとドスの利いた声色に、こいしは迷いながらも頷く。
「ほら、だったらさっさとあれ……盗ってきてよ。大丈夫だって、姿を消せるあんたなら簡単でしょ?」
こいしの肩を少女はポンポンと軽く叩き、顎を向けてターゲットへと視線を誘導する。その先には、貴金属店があった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さとりは頭を抱え、ガタガタと震えていた。その顔は青い。
「い、いけないわこいし。他人様のものを盗むなんて、絶対にしちゃいけない事よ。お姉ちゃん、そんな子に育てた覚えはありません。今すぐそんなお友達とは手を切って頂戴っ! お願いだから、元の優しいあなたに戻ってええぇぇ~~っ!」
「だから、さとり様あああああああぁぁぁぁ~~っ!? 何を考えているんですかああぁぁぁ~~っ! しっかりして下さいよ~っ!」
「……はっ!?」
気が付くと、今度はお燐が必死になって自分の足にしがみついていた。どうやらまた想像の世界に迷い込んでいたらしい。しかも今度は、お燐を引き摺りながら部屋の出口手前まで移動していた。無意識のうちに、妹のお友達を亡き者にしようとしていたのだろうか。
「ご、ごめんなさいお燐。またやっていたみたいね」
「もう……本当に、しっかりして下さいよぅ」
お燐が立ち上がり、大きく肩を落として息を吐いてくる。
「まったく、いくらなんでも、こいし様がそんな悪いお友達と付き合うわけないじゃないですか。もっとこいし様を信用してあげて下さいよ」
「そ、そうよね……。姉である私が信じてあげないとダメよね」
妹を信用してあげられないなんて、姉失格だなあとさとりは反省した。自己嫌悪に肩を落とす。
でも、言われてみればそうだと思う。そんな不良になってしまうような育て方はした覚えは無いし、そんな風に育ってしまったようにも見えない。
今度、どんなお友達なのか探りを入れてみようかとさとりは思った。
と、不意にコンコンと部屋の外からノックの音が響いた。
「あら、開いているわよ? 誰かしら?」
「えへへ~」
扉が僅かに開く。そして、壁と扉の隙間から、こいしが姿を見せた。
「あら、こいしじゃない。帰ってきてたのね。お帰りなさい」
「ただいま~。お姉ちゃん」
にこにこと上機嫌な笑みを浮かべるこいし。それに釣られて、さとりも同じような微笑みを浮かべた。そして、妹の可愛さを再確認する。
「あのねあのね、今日はお姉ちゃんに素敵なお話があるの」
「素敵なお話? ……何かしら?」
さとりは小首を傾げて、口元に人差し指の先を当てる。
「うーん、綺麗な薔薇の咲いているところを見つけたとか?」
「ううん」
「そう? じゃあ、ここ以外で何か可愛い動物を見かけたとか?」
「ううん、それも違うよー」
「あらあら、それじゃあ。とっても面白い本でも見つけたのかしら?」
「ううん、それもハズレ~☆」
首を横に振って、こいしはさとりの答えを否定する。
そして、彼女は扉を大きく開いて見せた。
隠れていた扉の影から、一人の少女が姿を現す。薄紅色の長い髪をしたその少女は、緑がかった青のチェック柄シャツを着て、ふわっと膨らんだピンクのスカートを穿いていた。さとりは初めて見る。少なくとも、地霊殿のペットではない。
“じゃ~ん。地上で出来た私のお友達だよっ!”
その姿を目の当たりにして、さとりは硬直した。思考が停止する。
まさか? 本当に? 現実? 夢じゃない? こいしに……お友達?
「こいしさんの友達の秦こころです。初めまして、お姉さん」
“誰がお義姉さんだこらあああああああああああぁぁぁぁ~~~~~っ!!”
さとりは跳んだ。素早く間合いを詰め、両手でこころの首を締め上げる。そして彼女をそのまま持ち上げた。
「お、お前なんかにっ! お前なんかに妹を嫁にはやらんぞ~っ! どうせお前も裏切るんだ、そうに違いない。この家の財産をしゃぶり尽くしたらポイするんだろう。分かっているのよ。分かっているんだからねっ!? 嫌われ者の私らサトリ妖怪に、お友達なんて出来るわけないでしょうがああああぁぁぁ~~っ!?」
「お姉ちゃんっ!? お姉ちゃ~んっ!?」
「お止め下さい、さとり様~っ!?」
羽交い締めにしてくる妹とペットを意識の余所に追いやって、さとりはネックハンギングツリーの格好でこころをぶんぶか振り回した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
こころに襲いかかってから数分後。
さとりは、こほんと咳払いをした。
「見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんね。あまりに突然の事で、びっくりしてしまったものですから。いつもは来客も皆無ですし」
「まったくだよお姉ちゃん。いくら何でも取り乱しすぎだよ」
「びっくりした」
そう言いつつも、無表情なままのこころ。無表情ではあるが、その内心はまだ動揺が収まっていないようだ。大飛出の仮面を半分被っている。
「そう、あなたは仮面で表情を表現するのね。でも、その心はとても感情豊かのようね。こいしと似ているようで違う。だからかしらね。こいしがあなたの事を気にするのは」
そう言って、さとりは微笑んだ。どうやら、自分が心を読むことは既にこいしから聞いていたらしい。それほどの動揺はこころからは視えなかった。
「でも、どうやってこいしと知り合ったのかしら? ははぁ……希望の仮面? え? こいしが拾って持ったまま?」
さとりは驚いた。
こくこくとこころが頷く。嘘を考えている様子は無い。そもそも、嘘は自分に通じない。
「ちょっとこいし、どういうことなの? 他人様のものを盗ってはいけないわ。今すぐ返して――。え? 今はもう代わりがあるから大丈夫? ごめんなさい、それとお気遣い有り難うございます」
さとりは心に頭を下げた。
「えへへ。私の宝物なのー。あれがあると、すっごく楽しい気分になるんだよ」
妹に視線を向けて、さとりは嘆息した。悪い事をしたという反省は見られない。
さとりは考え直す。悪い事はしないように教えてきたつもりだったが、その根拠となる罪悪感というものがまだ希薄なのかも知れない。
どうやら、まだまだこの妹からは目が離せそうにない。
でも、感情を取り戻すきっかけになればとさとりは思う。
「こいし。でももう、二度と他人様のものを盗ってはいけないわ。今度から、拾った物は持ち主にちゃんと返す事。いいわね?」
「はーい」
明るく元気な返事がこいしから返ってくる。本当に理解しているのか疑わしいけれど。
「それと、こころさんが大事にしていた仮面なんだから、こいしも大事にしなさいよ?」
「うんっ!」
こいしが大きく頷く。それを見て、さとりもよしと頷いた。
カチャリ、と音を立ててテーブルの上にティーカップが並べられる。そして、お燐がそれぞれのカップに紅茶を注いだ。
「あの……こころさん、さとり様をあまり悪く思わないであげて下さいね。さとり様は、心を読めるサトリ妖怪として生まれて、忌み嫌われ疎まれて生きて、辛い思いをされてきたんです。妹のこいし様はそれで、心を閉ざしてしまって……さとり様は、そんなこいし様の事が心配で仕方ないんです。本当は、とっても心のお優しい方なんですよ」
「なるほど」
お燐のフォローを聞きながら、さとりはこころに微笑みを浮かべた。「気にしないで」と伝えたかったつもりだが、きっとそれも寂しげなものにしか見られなかったことだろう。
頷くこころの中には、小さな悲しみと寂しさ、そして思いやりの感情が浮かんでいた。
「こころさん。こいしと仲良くしてあげてね」
「うん。任せて」
こころが頷く、それを見てさとりは胸に熱いものが湧き上がるのを感じた。
つぅっと、その瞳から涙が零れる。
“嘘”
『へ?』
さとりを除いて、彼女の目の前にいる面々が目を丸くした。
心を見れば分かる。目の前の少女は優しい心の持ち主だ。だからこそ、これからの事を考えると胸が痛い。
「嘘よおおおぉぉぉ~~っ! どうせ、今はそう思っていても、後で結局新しいお友達が出来たら、こいしを用済みだと言わんばかりに捨てるのよ~。馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがってえええぇぇぇ~~~~っ!」
「お姉ちゃあああああああああぁぁぁぁ~~~~んっ!?」
「さとり様~~っ!!」
さとりは号泣しながらテーブルに突っ伏した。
「同情なんて止めてよ。そういう一時見せてくれた優しさが、一番辛いのよっ! 知っているのよ。『幸せ』という字から一本棒が欠けると『辛い』になるのよ~っ!」
涙を流しながら、さとりはお燐からポットを奪い取り、浴びるように紅茶を次から次へと飲み干す。
「お姉ちゃん、紅茶で辛さを誤魔化すのは止めてよ~っ!」
あっという間にポットから紅茶が無くなった。
「ちっ、もう切れたか。おらお燐、紅茶だ紅茶。さっさと次の紅茶持ってこいっ!」
「さとり様~っ! もう、それ以上は体に毒ですから止めて下さい~っ!」
「うるせぇっ! ペットは黙って紅茶持ってくればいいんだよっ!」
「お姉ちゃん、もう止めてよ~っ! というか、どうして紅茶で酔っ払うの?」
お燐とこいしの悲鳴が木霊する中、もう一つ別の音が響いた。さとりの視界がほんの少しだけ暗くなる。
さとりが見上げると、そこには立ち上がって、身を乗り出したこころの姿があった。反射的にさとりは我が身を抱いた。
「な、何よ? 何をするつもり? 止めて、美人で可愛くて母性的カリスマに溢れる私に酷い事するつもりなのねっ!? エロ同人みたいにっ!」
「そんなことしない。私の心を見て」
しかし、さとりは首を横に振る。
「嘘……嫌、嫌よ。そんなもの見せないで。どうせランドセル背負わせた私に『お兄様、そんな大きいのらめぇ!』とか言わせたり、発情期のペットに襲われていたり、荒縄で縛って無理矢理にんっしんっ! させたりする妄想を見せるんでしょうっ!」
「いったい、どんだけそんな本を読んでいるんですかさとり様?」
「嫌とか言いながら、どうしてそんなに詳しいのよ、お姉ちゃん?」
ぐっと、こころが肩を掴んでくる。反射的に悲鳴を上げそうになるのをさとりは堪えた。睨み返す。
「大丈夫。恐くない。私は、友達のこいしのお姉さんとも仲良くしたいだけ。私を……信じて……」
この場に金属バットがあれば迷わず頭をふぉんぐしゃしていたのにと、さとりは残念に思った。
こころが仮面を被る。さとりはその仮面を見て、何だかパ○リシアとかいう名前の馬を手に入れたらポイ捨てされそうな顔だと思った。
「こ、これは……」
さとりはこころの中に映し出されるイメージに驚く。
それは、とても美しく澄み切った宝石の姿であった。目を離す事が出来ない。
荒れ果てていた自分の感情が、静かに落ち着いていく。満たされていく。
「ああ、何て美しい。心が洗われていくみたい。信じる心……私は、大切な事を見失っていたのね。皮肉なものね、裏切りと欲望だらけと思っていた心の中に、信じる心が眠っていたなんて……」
そう、かつてはこのような心もまた見ていたのだ。だから、自分はそれを見る希望だけは失いたくなくて、第三の瞳を閉ざすような真似はしなかったのだ。
「お姉ちゃん」
「……こいし」
さとりは妹を見上げる。見せられるものなら、彼女にもこの心を見せてあげたい。だって、こんなにも美しいのだから。
ううん、いつかきっと、二人で見られる日が来る事だろう。その日を信じて生きていこう。それが、自分の希望。
“――って、信じられるかああああああああああああぁぁぁぁ~~~っ!!”
「お姉ちゃああああああ~~~~んっ!?」
「さとり様~っ!!」
さとりはテーブルの端を掴み、ひっくり返した。
ティーカップも宙に飛び、手が付いていなかったこいしとこころの紅茶も飛び散る。
「うおおおおおおぉぉぉ~~~~っ! 感情を操る程度の能力……大した力だが、この私も心のスペシャリスト。そうそう簡単にデレたりはしないっ! お前を信じさせたいというのなら、力で以て示すがいいっ!」
そう言って、ビシッとさとりはこころを指差した。
好戦的な性格をしているのだろう。その挑発にこころの中に炎が燃え上がった。
「なんと、私の感情を操る程度の能力が効かないというのか。ふっふっふっ! 面白い。ならば信じる心を掛けて私と勝負だ」
「こいしは……地霊殿は、私が守るっ!」
さとりは拳を握りしめ、再びこころへと跳びかかっていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数時間後。
さとりは自室のベッドの上で、壁に向かって体育座りをしていた。
弾幕勝負には辛うじてだが勝った。厳しい戦いだった。流石に、地上の実力者相手にも勝利するような妖怪を相手にするのは大変だった。しかし、妹を想う姉に勝てるわけがないのである。
しかし「よっしゃああぁぁぁ~~っ!」と腕を上げてガッツポーズをする自分に対して、妹の目は冷たいものだった。
「お姉ちゃんばっかりこころと弾幕ごっこしてずるい」「こころに意地悪するお姉ちゃんなんて大嫌い」「お姉ちゃんの方こそ、もっと心を開いたら?」などと言われ、新たなトラウマを刻む事となってしまった。
「どうして……どうして分かってくれないの、こいし? 私はただ、あなたを守ろうとしただけなのに」
「いや、どうしてって……さとり様……」
部屋には、放っておけないからとお燐がいる。どんなときでも主のことを心配してくれる彼女は、本当にいい子だとさとりは思った。
何故か、呆れるような声を漏らすあたり、自分に非があると思っているようだが。まあ、妹を想う姉心を理解しきれないあたりは、妖怪化したといっても所詮は動物だということだろう。
はらはらと、さとりは涙を流し続ける。
妹は勝利した自分ではなく、負けたこころへと駆け寄っていった。今頃は彼女の自室で看病していることだろう。それどころか、あの子の笑顔を独り占めして楽しくおしゃべりなんかもしちゃったりして……。
はたとさとりは気付く。
「はっ? 違う。違うわ。これはきっとあいつの罠。私とこいしを仲違いさせて、こいしに不信感を抱かせて、怪しい宗教に引き摺り込むための……。おのれ秦こころ、許すまじっ!」
「ねーよ」
ペットの不敬な言葉が聞こえた気がするが、そんなことは些細な事である。さとりは早速、愛する妹の救出作戦を考えるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
うふ……うふふふ。と不気味に笑う主の背中を見ながら、お燐は思った。
こりゃあ、打ち解けるにはまだまだ時間が掛かりそうだなと。あと、医者を呼ぶのが先だなあと。
―END―
「ありがとう、お燐。とても美味しいわ」
「そうですか? えへへ、有り難うございます。でも、いつもと変わらないと思うんですけどね~」
テーブルの向こうで照れくさそうにお燐が笑みを返してきた。
「そうかしら?」
「ええ、そうですよ。あたい、いつもと同じように淹れていますから」
「……その割には、最近のお茶はいつもより美味しい気がするのだけれど?」
自分に内緒で、お燐がどこかに習いに行ったのかとも思ったけれど、そんな様子も無い。茶葉の質が上がったのかとも思うが、そこまで味が大きく変わるものだとも、自分の味覚が鋭いとも自惚れてもいない。
「それはあれじゃないですか? さとり様に何かいい事があったからではないですか?」
「え? いい事?」
首を傾げて思い返してみる。けれど、そんな心当たりは無い。
「だってさとり様、さっきもご機嫌に鼻歌を歌っていましたよ? だから、何かいい事でもあったんだと思ったんですが」
「え? そうだったの? 全然気付かなかったわ。……あ、でもそうね。ひょっとしたら――」
よく考えてみれば、一つだけ心当たりがあった。明確なイベントでは無かったので、さっきは思いつかなかった。
「ひょっとしたら?」
「うん、最近こいしの様子がちょっと変わったと思わない? 感情を表に出すようになったっていうか、生き生きしているというか……あの子のそんな姿、随分と久しぶりに見た気がして、それがちょっと嬉しいの」
こいしが地上に遊びに行って何をしているのかは分からない。けれど、その様子だと楽しく遊んでいるのだろう。
そんな妹の姿は、姉として素直に喜ばしい。
「あー、確かに最近はちょっと様子が変わりましたね。人に見られるのが快感だって言っていましたし」
「そうなの?」
「ええ、そうですよ」
お燐の言葉を聞いて、さとりは大きく息を吐いた。頬の筋肉が緩むのを自覚する。
人に見られる事が嬉しいという事。それは他者の存在を肯定的に認め、自己の存在をアピールしたいという欲求に他ならない。閉ざされた彼女の心が、少しずつ開かれているのだとさとりは理解した。
「そうね。ひょっとしたら、こいしは何か地上でいい事でもあったのかしらね?」
「あれ? さとり様はご存じなかったんですか?」
意外そうに、お燐が訊いてくる。しかし、自分はこいしに何も確認はしていないので何も知らない。
「ん? ええ。こいしに何かあったの?」
「こいし様、地上でお友達が出来たようですよ?」
“お友達!?”
「そりゃあそうでしょ? こいし様だって、ちょくちょく地上に遊びに行っていれば、お友達の一人や二人くらい……って、さとり様。さとり様っ!?」
さとりの手から、ティーカップが滑り落ちる。
お友達。
その言葉がクルクルとさとりの脳内に渦巻いていく。揺れる視界の中で、お燐の声がやけに遠く聞こえた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ベッドの上。ぺたんと座っているこいしの前に、向かい合って男があぐらを掻いて座っている。
そんな状況で、こいしの視線は男の股間へと注がれていた。
「ほら……こいしちゃん、僕のこれ、どう思う?」
「わあ、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だー。完成度高いねー」
「今日はこれで遊ぼうか。とっても気持ちよくしてあげるよ」
「うん。私、お兄さんとの気持ちいい遊び、大好き~☆」
頬を赤らめつつ、こいしは愛おしげに男の股間へと顔を近付け――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わなわなとさとりは肩を震せた。
その瞳は深紅の攻撃色に染まっている。
「おのれええええええぇぇぇ~~~~っ!! 何も知らない純真無垢なこいしを言葉巧みにベッドに連れ込んで、芳しいバラの蕾から滴り落ちる蕩けた雫を熱く暴走した制御棒で掻き混ぜ淫靡な男と女の核融合をしようというのかっ! 許さんっ!」
「いったい何を言っているんですか、さとり様ああああぁぁ~~~っ!?」
「……はっ!?」
さとりは我に返る。
目の前でお燐が自分の襟首を両手で引っ掴み、ガクガクと上半身を揺すっていた。
いつの間にか立ち上がって、部屋の中央まで移動していた。まったく記憶に無い。
「ごめんなさいお燐。ちょっと、取り乱していたみたいね」
「まったくですよ、さとり様ったら……」
はぁ、とお燐は溜息を吐いてきた。
「そんなことだけはあり得ませんよ。あたいが聞いた話だと、お相手は女の子みたいですよ?」
「え? 女の子?」
それを聞いて、さとりは少しだけ安心する。
だが、再び嫌な想像が脳裏によぎった。相手が女の子だから安心できるなどという理屈は無い。さとりの意識は再び遠のいていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
人里にある、路地裏の片隅。
こいしの前には、ケバケバしい化粧と派手な服装に身を包んだ少女が立っている。
「ほら、さっさと行きなさいよ」
くっちゃくっちゃとガムを噛みながら、その少女は馴れ馴れしくこいしの肩を抱いて言った。
「え……。でも……」
困ったようにこいしは肩を竦めた。その瞳には若干の怯えも混じっている。
「あ? 『でも』じゃねーよ。ほら……私達『お友達』だろー? お友達なら、何だって助けてくれるもんでしょー?」
「う、うんそうだけど……」
優しい笑みとドスの利いた声色に、こいしは迷いながらも頷く。
「ほら、だったらさっさとあれ……盗ってきてよ。大丈夫だって、姿を消せるあんたなら簡単でしょ?」
こいしの肩を少女はポンポンと軽く叩き、顎を向けてターゲットへと視線を誘導する。その先には、貴金属店があった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さとりは頭を抱え、ガタガタと震えていた。その顔は青い。
「い、いけないわこいし。他人様のものを盗むなんて、絶対にしちゃいけない事よ。お姉ちゃん、そんな子に育てた覚えはありません。今すぐそんなお友達とは手を切って頂戴っ! お願いだから、元の優しいあなたに戻ってええぇぇ~~っ!」
「だから、さとり様あああああああぁぁぁぁ~~っ!? 何を考えているんですかああぁぁぁ~~っ! しっかりして下さいよ~っ!」
「……はっ!?」
気が付くと、今度はお燐が必死になって自分の足にしがみついていた。どうやらまた想像の世界に迷い込んでいたらしい。しかも今度は、お燐を引き摺りながら部屋の出口手前まで移動していた。無意識のうちに、妹のお友達を亡き者にしようとしていたのだろうか。
「ご、ごめんなさいお燐。またやっていたみたいね」
「もう……本当に、しっかりして下さいよぅ」
お燐が立ち上がり、大きく肩を落として息を吐いてくる。
「まったく、いくらなんでも、こいし様がそんな悪いお友達と付き合うわけないじゃないですか。もっとこいし様を信用してあげて下さいよ」
「そ、そうよね……。姉である私が信じてあげないとダメよね」
妹を信用してあげられないなんて、姉失格だなあとさとりは反省した。自己嫌悪に肩を落とす。
でも、言われてみればそうだと思う。そんな不良になってしまうような育て方はした覚えは無いし、そんな風に育ってしまったようにも見えない。
今度、どんなお友達なのか探りを入れてみようかとさとりは思った。
と、不意にコンコンと部屋の外からノックの音が響いた。
「あら、開いているわよ? 誰かしら?」
「えへへ~」
扉が僅かに開く。そして、壁と扉の隙間から、こいしが姿を見せた。
「あら、こいしじゃない。帰ってきてたのね。お帰りなさい」
「ただいま~。お姉ちゃん」
にこにこと上機嫌な笑みを浮かべるこいし。それに釣られて、さとりも同じような微笑みを浮かべた。そして、妹の可愛さを再確認する。
「あのねあのね、今日はお姉ちゃんに素敵なお話があるの」
「素敵なお話? ……何かしら?」
さとりは小首を傾げて、口元に人差し指の先を当てる。
「うーん、綺麗な薔薇の咲いているところを見つけたとか?」
「ううん」
「そう? じゃあ、ここ以外で何か可愛い動物を見かけたとか?」
「ううん、それも違うよー」
「あらあら、それじゃあ。とっても面白い本でも見つけたのかしら?」
「ううん、それもハズレ~☆」
首を横に振って、こいしはさとりの答えを否定する。
そして、彼女は扉を大きく開いて見せた。
隠れていた扉の影から、一人の少女が姿を現す。薄紅色の長い髪をしたその少女は、緑がかった青のチェック柄シャツを着て、ふわっと膨らんだピンクのスカートを穿いていた。さとりは初めて見る。少なくとも、地霊殿のペットではない。
“じゃ~ん。地上で出来た私のお友達だよっ!”
その姿を目の当たりにして、さとりは硬直した。思考が停止する。
まさか? 本当に? 現実? 夢じゃない? こいしに……お友達?
「こいしさんの友達の秦こころです。初めまして、お姉さん」
“誰がお義姉さんだこらあああああああああああぁぁぁぁ~~~~~っ!!”
さとりは跳んだ。素早く間合いを詰め、両手でこころの首を締め上げる。そして彼女をそのまま持ち上げた。
「お、お前なんかにっ! お前なんかに妹を嫁にはやらんぞ~っ! どうせお前も裏切るんだ、そうに違いない。この家の財産をしゃぶり尽くしたらポイするんだろう。分かっているのよ。分かっているんだからねっ!? 嫌われ者の私らサトリ妖怪に、お友達なんて出来るわけないでしょうがああああぁぁぁ~~っ!?」
「お姉ちゃんっ!? お姉ちゃ~んっ!?」
「お止め下さい、さとり様~っ!?」
羽交い締めにしてくる妹とペットを意識の余所に追いやって、さとりはネックハンギングツリーの格好でこころをぶんぶか振り回した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
こころに襲いかかってから数分後。
さとりは、こほんと咳払いをした。
「見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんね。あまりに突然の事で、びっくりしてしまったものですから。いつもは来客も皆無ですし」
「まったくだよお姉ちゃん。いくら何でも取り乱しすぎだよ」
「びっくりした」
そう言いつつも、無表情なままのこころ。無表情ではあるが、その内心はまだ動揺が収まっていないようだ。大飛出の仮面を半分被っている。
「そう、あなたは仮面で表情を表現するのね。でも、その心はとても感情豊かのようね。こいしと似ているようで違う。だからかしらね。こいしがあなたの事を気にするのは」
そう言って、さとりは微笑んだ。どうやら、自分が心を読むことは既にこいしから聞いていたらしい。それほどの動揺はこころからは視えなかった。
「でも、どうやってこいしと知り合ったのかしら? ははぁ……希望の仮面? え? こいしが拾って持ったまま?」
さとりは驚いた。
こくこくとこころが頷く。嘘を考えている様子は無い。そもそも、嘘は自分に通じない。
「ちょっとこいし、どういうことなの? 他人様のものを盗ってはいけないわ。今すぐ返して――。え? 今はもう代わりがあるから大丈夫? ごめんなさい、それとお気遣い有り難うございます」
さとりは心に頭を下げた。
「えへへ。私の宝物なのー。あれがあると、すっごく楽しい気分になるんだよ」
妹に視線を向けて、さとりは嘆息した。悪い事をしたという反省は見られない。
さとりは考え直す。悪い事はしないように教えてきたつもりだったが、その根拠となる罪悪感というものがまだ希薄なのかも知れない。
どうやら、まだまだこの妹からは目が離せそうにない。
でも、感情を取り戻すきっかけになればとさとりは思う。
「こいし。でももう、二度と他人様のものを盗ってはいけないわ。今度から、拾った物は持ち主にちゃんと返す事。いいわね?」
「はーい」
明るく元気な返事がこいしから返ってくる。本当に理解しているのか疑わしいけれど。
「それと、こころさんが大事にしていた仮面なんだから、こいしも大事にしなさいよ?」
「うんっ!」
こいしが大きく頷く。それを見て、さとりもよしと頷いた。
カチャリ、と音を立ててテーブルの上にティーカップが並べられる。そして、お燐がそれぞれのカップに紅茶を注いだ。
「あの……こころさん、さとり様をあまり悪く思わないであげて下さいね。さとり様は、心を読めるサトリ妖怪として生まれて、忌み嫌われ疎まれて生きて、辛い思いをされてきたんです。妹のこいし様はそれで、心を閉ざしてしまって……さとり様は、そんなこいし様の事が心配で仕方ないんです。本当は、とっても心のお優しい方なんですよ」
「なるほど」
お燐のフォローを聞きながら、さとりはこころに微笑みを浮かべた。「気にしないで」と伝えたかったつもりだが、きっとそれも寂しげなものにしか見られなかったことだろう。
頷くこころの中には、小さな悲しみと寂しさ、そして思いやりの感情が浮かんでいた。
「こころさん。こいしと仲良くしてあげてね」
「うん。任せて」
こころが頷く、それを見てさとりは胸に熱いものが湧き上がるのを感じた。
つぅっと、その瞳から涙が零れる。
“嘘”
『へ?』
さとりを除いて、彼女の目の前にいる面々が目を丸くした。
心を見れば分かる。目の前の少女は優しい心の持ち主だ。だからこそ、これからの事を考えると胸が痛い。
「嘘よおおおぉぉぉ~~っ! どうせ、今はそう思っていても、後で結局新しいお友達が出来たら、こいしを用済みだと言わんばかりに捨てるのよ~。馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがってえええぇぇぇ~~~~っ!」
「お姉ちゃあああああああああぁぁぁぁ~~~~んっ!?」
「さとり様~~っ!!」
さとりは号泣しながらテーブルに突っ伏した。
「同情なんて止めてよ。そういう一時見せてくれた優しさが、一番辛いのよっ! 知っているのよ。『幸せ』という字から一本棒が欠けると『辛い』になるのよ~っ!」
涙を流しながら、さとりはお燐からポットを奪い取り、浴びるように紅茶を次から次へと飲み干す。
「お姉ちゃん、紅茶で辛さを誤魔化すのは止めてよ~っ!」
あっという間にポットから紅茶が無くなった。
「ちっ、もう切れたか。おらお燐、紅茶だ紅茶。さっさと次の紅茶持ってこいっ!」
「さとり様~っ! もう、それ以上は体に毒ですから止めて下さい~っ!」
「うるせぇっ! ペットは黙って紅茶持ってくればいいんだよっ!」
「お姉ちゃん、もう止めてよ~っ! というか、どうして紅茶で酔っ払うの?」
お燐とこいしの悲鳴が木霊する中、もう一つ別の音が響いた。さとりの視界がほんの少しだけ暗くなる。
さとりが見上げると、そこには立ち上がって、身を乗り出したこころの姿があった。反射的にさとりは我が身を抱いた。
「な、何よ? 何をするつもり? 止めて、美人で可愛くて母性的カリスマに溢れる私に酷い事するつもりなのねっ!? エロ同人みたいにっ!」
「そんなことしない。私の心を見て」
しかし、さとりは首を横に振る。
「嘘……嫌、嫌よ。そんなもの見せないで。どうせランドセル背負わせた私に『お兄様、そんな大きいのらめぇ!』とか言わせたり、発情期のペットに襲われていたり、荒縄で縛って無理矢理にんっしんっ! させたりする妄想を見せるんでしょうっ!」
「いったい、どんだけそんな本を読んでいるんですかさとり様?」
「嫌とか言いながら、どうしてそんなに詳しいのよ、お姉ちゃん?」
ぐっと、こころが肩を掴んでくる。反射的に悲鳴を上げそうになるのをさとりは堪えた。睨み返す。
「大丈夫。恐くない。私は、友達のこいしのお姉さんとも仲良くしたいだけ。私を……信じて……」
この場に金属バットがあれば迷わず頭をふぉんぐしゃしていたのにと、さとりは残念に思った。
こころが仮面を被る。さとりはその仮面を見て、何だかパ○リシアとかいう名前の馬を手に入れたらポイ捨てされそうな顔だと思った。
「こ、これは……」
さとりはこころの中に映し出されるイメージに驚く。
それは、とても美しく澄み切った宝石の姿であった。目を離す事が出来ない。
荒れ果てていた自分の感情が、静かに落ち着いていく。満たされていく。
「ああ、何て美しい。心が洗われていくみたい。信じる心……私は、大切な事を見失っていたのね。皮肉なものね、裏切りと欲望だらけと思っていた心の中に、信じる心が眠っていたなんて……」
そう、かつてはこのような心もまた見ていたのだ。だから、自分はそれを見る希望だけは失いたくなくて、第三の瞳を閉ざすような真似はしなかったのだ。
「お姉ちゃん」
「……こいし」
さとりは妹を見上げる。見せられるものなら、彼女にもこの心を見せてあげたい。だって、こんなにも美しいのだから。
ううん、いつかきっと、二人で見られる日が来る事だろう。その日を信じて生きていこう。それが、自分の希望。
“――って、信じられるかああああああああああああぁぁぁぁ~~~っ!!”
「お姉ちゃああああああ~~~~んっ!?」
「さとり様~っ!!」
さとりはテーブルの端を掴み、ひっくり返した。
ティーカップも宙に飛び、手が付いていなかったこいしとこころの紅茶も飛び散る。
「うおおおおおおぉぉぉ~~~~っ! 感情を操る程度の能力……大した力だが、この私も心のスペシャリスト。そうそう簡単にデレたりはしないっ! お前を信じさせたいというのなら、力で以て示すがいいっ!」
そう言って、ビシッとさとりはこころを指差した。
好戦的な性格をしているのだろう。その挑発にこころの中に炎が燃え上がった。
「なんと、私の感情を操る程度の能力が効かないというのか。ふっふっふっ! 面白い。ならば信じる心を掛けて私と勝負だ」
「こいしは……地霊殿は、私が守るっ!」
さとりは拳を握りしめ、再びこころへと跳びかかっていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数時間後。
さとりは自室のベッドの上で、壁に向かって体育座りをしていた。
弾幕勝負には辛うじてだが勝った。厳しい戦いだった。流石に、地上の実力者相手にも勝利するような妖怪を相手にするのは大変だった。しかし、妹を想う姉に勝てるわけがないのである。
しかし「よっしゃああぁぁぁ~~っ!」と腕を上げてガッツポーズをする自分に対して、妹の目は冷たいものだった。
「お姉ちゃんばっかりこころと弾幕ごっこしてずるい」「こころに意地悪するお姉ちゃんなんて大嫌い」「お姉ちゃんの方こそ、もっと心を開いたら?」などと言われ、新たなトラウマを刻む事となってしまった。
「どうして……どうして分かってくれないの、こいし? 私はただ、あなたを守ろうとしただけなのに」
「いや、どうしてって……さとり様……」
部屋には、放っておけないからとお燐がいる。どんなときでも主のことを心配してくれる彼女は、本当にいい子だとさとりは思った。
何故か、呆れるような声を漏らすあたり、自分に非があると思っているようだが。まあ、妹を想う姉心を理解しきれないあたりは、妖怪化したといっても所詮は動物だということだろう。
はらはらと、さとりは涙を流し続ける。
妹は勝利した自分ではなく、負けたこころへと駆け寄っていった。今頃は彼女の自室で看病していることだろう。それどころか、あの子の笑顔を独り占めして楽しくおしゃべりなんかもしちゃったりして……。
はたとさとりは気付く。
「はっ? 違う。違うわ。これはきっとあいつの罠。私とこいしを仲違いさせて、こいしに不信感を抱かせて、怪しい宗教に引き摺り込むための……。おのれ秦こころ、許すまじっ!」
「ねーよ」
ペットの不敬な言葉が聞こえた気がするが、そんなことは些細な事である。さとりは早速、愛する妹の救出作戦を考えるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
うふ……うふふふ。と不気味に笑う主の背中を見ながら、お燐は思った。
こりゃあ、打ち解けるにはまだまだ時間が掛かりそうだなと。あと、医者を呼ぶのが先だなあと。
―END―
どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!!(AA略)
取り分けこころちゃんが可哀想だ。
ほんと何でこんなになったんだろうか。
ハーメルの母親のひねくれっぷりに通じるものがあるよな、さとり妖怪の境遇w
読みやすさにはちょっと拘って書いているつもりなので、そう言って頂けて嬉しいです。
お読み頂き、有り難うございました。
>奇声を発する程度の能力さん
お読み頂き有り難うございました。
今後も、少しでも楽しんで頂けるような話を書けるよう、頑張りたいです。
>oblivionさん
きっと、こいしの事が心配しすぎて自分の事まで心のケアが間に合わなかったんですよ(涙
お読み頂き、有り難うございました。
>非現実世界に棲む者さん
こころは天使のような子なので、きっといつかさとりも救ってくれる……んじゃ、ないかなあ(汗
さとりも傷が癒えたら、いつか分かってくれるんじゃないかと。
自分の中では、さとりは基本的に母性的カリスマ溢れるキャラだと思うので、今後はそんな風に書く事が多いとも思いますが。
お読み頂き、有り難うございました。
>9さん
色々な側面を書いても、それなりに受け入れてしまうキャラの強さというか包容力や器の大きさというのが、東方キャラにはあると思います、
それこそ、汚れ役なさとりでも。
お読み頂き、有り難うございました。
>11
さとりも、基本的には優しいんですよ。
ただ、今回の設定では捻くれてしまうほどに酷い境遇だったという事で。
書いておいてなんなんですが、さとりには救われて欲しいものです。
お読み頂き、有り難うございました。
>12さん
笑って頂けて、嬉しい限りです。
拙作をお読み頂き、多謝です。
>13さん
いつ治るのか……時間掛かりそうですけどね。
まあ、優しいこころと触れ合っていれば、そのうち治るかも知れないというか、治って欲しいなあと。
お読み頂き、有り難うございました。
>20さん
橙大好き藍しゃまといい、妹監禁れみりゃといい、蓬莱ニート甘やかし永琳といい、確かに過保護な保護者が多いかも(苦笑
病人、多いっすね。(おい
お読み頂き、有り難うございました。