巫女二人と魔法使いに私は負けた。正体不明を売りにしていたこの私が負けた。
――――――封印される前から人間を敵だと思っていた。何故なのか、それが自分にも分からなかった。
正体を知られていないのをいい事に、人々に悪戯をして困ってる所を見るのが何よりも大好きだった。寧ろ生き甲斐だった。
ある時正体がバレてしまい、源頼政とかいう人に弓矢で撃たれて、気が付いたら地底にいた。
そんな私を地底の住民は、マヌケ妖怪と嘲笑った。悔しかった。でも言い返すこともできない。事実だったから。
最初の百年は悔しかった。ムカついた。今に見てろよとも思った。けど、二百年、三百年と時が経つにつれて、
そんなことはどうでもよくなってきた。だって誰も何も言わなくなったんだもの。
丁度この頃だったかな、「ムラサ」とかいう舟幽霊と出会ったのは。
彼女は元々は人間だったけど、海難事故で帰らぬ人となり、海に対する未練で成仏することが出来ず、
いつしか船を転覆させて人々を恐怖の淵に陥れる。理由は違えど、人間が嫌いという点で彼女にシンパシーみたいなのを抱き、
ずっと一人ぼっちだった私の、初めての友達だった。
それから数百年程経ってから、ムラサの様子がおかしかった。私の知らない妖怪(ひと)達と一緒にいる事が多くなっていた。
私もあの中に入りたい。そう思っていたんだけど、入ることができなかった。何故だろう。分からない。
少し後になって知ったんだけど、ムラサは過去に自分を助けてくれた人間が何処か遠い場所に封印されているから、その人を
助けに行く計画を立てていた。それも、かつて一緒にいた仲間達と。
何で人間なんか助けるの……人間が嫌いなんでしょ? なのに……何で……?
ねぇ……、私はまた、一人ぼっちになっちゃうの? 嫌……もうあんな寂しい思いはしたくない……
折角見つけた居場所を失いたくない…………だったら…………だったら…………
――――――その人間が復活するのを邪魔してやればいいんだ。
邪魔してやった。その人間が復活するのに必要なモノに、正体不明の種を仕掛けて幻想郷中にバラ撒いてやった。
これで例の人間は復活出来ない。私は一人ぼっちにならなくてもいいのよ。私を省くから罰が当たったの。
――――――でも、現実は上手く行かなかった。
巫女と魔法使いが邪魔をした。だから「人間」は復活した。もう気分はサイアク。
それだけでなく、自慢の正体不明の弾幕が彼女らに敗れてしまった。いつ以来だろう、こんな悔しい思いをしたのは。
悔しくて涙が出そうだった時、赤い巫女がこんな事を言った。
――――――あの人間(白蓮)はね、人と妖怪が平等になる世界を目指してるんだって。
その言葉を聞いて耳を疑った。人間ってさ、目の前にいる巫女みたいに妖怪を退治する生き物じゃないの?
妖怪を助けてた? 保護してた? 信じられない。本当なの?
気になって、赤い巫女から話を聞いた。さっき言った事は本当だったんだ…………
何とも言えないような気持ちになった。何てバカな事をしてしまったんだろう。そんな気持ちで胸がいっぱい。
張り裂けそうになった。泣きたくもなった。けれど時間は戻せない。だめだな自分…………
聖に謝りたい。その一心で私は命蓮寺に行った。だけど復活の邪魔をずっとしてた私が許して貰えるだろうか。
不安で不安で仕方なかった。不安と緊張で押し潰されそうな私は、門の中に一歩踏み出す事すら出来なくて、ただ門の前をウロウロしてた。
「あら…………、貴方はぬえ…………でしたよね? 」
後ろから、お目当ての人物の声がした。彼女は迷子の子猫になったような私を、簡単に見つけ出してくれた。
一言じゃ言い表せないのだけど、例えるならそんな心境だった。
「はい…………」
「怖がらなくてもいいのよ? 私は貴方の敵じゃないから。 」
つい最近まで敵視してた私に彼女は屈託のない笑顔を向けた。そして敵じゃないと言った。
普通の人間だったらそんな事はまずない。大昔都でヤンチャしてた頃色んな人間を見てきたけど、私に向かって敵じゃないと言ったのは彼女が初めてだった。
正気なの? そう言って私を油断させて、安心しきった所で殺すんでしょう。
いけない考えが頭の中をぐるぐると回っていた時、私は赤い巫女の言葉を思い出した。「彼女は妖怪を助ける事に生き甲斐を感じている」という。
人間は嫌い。…………だけど、この人は嫌いじゃない。謝るより、少しでも彼女の役に立てたら…………
「あのさ、聖! 」
「何でしょう? 」
「復活の邪魔しちゃった事は…………悪いと思ってるの。だけど聖が妖怪の為に頑張ってるって知ってね、
凄く申し訳ないって…………うぅっ…………無理なお願いかもしれないけど…………ぐすっ………………一緒に…………いても…………いい…………? 」
あれ…………、何で私泣いてるんだ。悔しくないのに。悔しいと感じた時ぐらいしか泣いた事なんてなかった。
だけど今は別に悔しくなんてない。何で…………?
「貴方は悪くない……、ただ少し寂しかっただけなのよね……? だから謝る必要なんてないの……、もう泣かないで…………ね……? 」
――――――この数分間のやり取りが、御伽噺のようだった。嫌いだった筈の人間がほんの少しだけ好きになった事が、
自分でも信じる事が出来なくて。ねぇ……、お願いだから、私の元から離れないで、ずっと傍にいて。あの時差し延べられた柔らかな手を私だけのモノにしたいんだ。
一緒に暮らしていくうちに、寝ても覚めても、彼女の事が気になってしまうようになっていた。
終わりのない夢を見ているみたいで、今まで抱いた事のない感情に支配されているような。
時々ね、人間嫌いな私がたった一人の人間を本気で好きになる事が凄く変だって自分でも思うんだ。
彼女を思う気持ちに余計なプライドなんて要らないのにね。
私は貴女の役に立ててるかどうかは自分では分からないけど、私の事……ずっと見てて。不安になる前に傍にいて。
同じ気持ちで、同じ時間を共有したいから…………
だけどそれを上手く伝えられなくて、彼女には、臆病なばっかりに強がってしまう全然可愛げのない子に映ってしまいそうで怖い。
貴女は、私をどう思っているの?
「だーれだっ! 」
「わわっ! 」
郷愁に浸っていたら、不意に後ろから目隠しをされた。こんな子供だましな事をするのはあの子しかいない。
「ちょっと小傘! いきなり何なのよ!? 」
「わらび餅売ってたから買ってきたの。ぬえの分も買ってきたよ! 」
わらび餅…………、もうそんな季節か…………
「ぬえー? どうしたのー? いらないのー? じゃあ私が食べちゃうよー? 」
「あー! いるから! だから食うな! 」
「ちょっとー! 食べるのは冗談だから! ぬえちゃんこわーい! 」
「あの二人っていつも元気よねー。」
「うふふ。元気が一番ですわよ。」
「なんか元気すぎて疲れないかしら…………あの子達……」
私にとって一番楽しいのは、今みたいに小傘と形振り構わず走り回ったり、墓地に来た人を驚かせる事かもしれない。
だって、こうしてる時は何も考えなくていいんだもの。
――――――封印される前から人間を敵だと思っていた。何故なのか、それが自分にも分からなかった。
正体を知られていないのをいい事に、人々に悪戯をして困ってる所を見るのが何よりも大好きだった。寧ろ生き甲斐だった。
ある時正体がバレてしまい、源頼政とかいう人に弓矢で撃たれて、気が付いたら地底にいた。
そんな私を地底の住民は、マヌケ妖怪と嘲笑った。悔しかった。でも言い返すこともできない。事実だったから。
最初の百年は悔しかった。ムカついた。今に見てろよとも思った。けど、二百年、三百年と時が経つにつれて、
そんなことはどうでもよくなってきた。だって誰も何も言わなくなったんだもの。
丁度この頃だったかな、「ムラサ」とかいう舟幽霊と出会ったのは。
彼女は元々は人間だったけど、海難事故で帰らぬ人となり、海に対する未練で成仏することが出来ず、
いつしか船を転覆させて人々を恐怖の淵に陥れる。理由は違えど、人間が嫌いという点で彼女にシンパシーみたいなのを抱き、
ずっと一人ぼっちだった私の、初めての友達だった。
それから数百年程経ってから、ムラサの様子がおかしかった。私の知らない妖怪(ひと)達と一緒にいる事が多くなっていた。
私もあの中に入りたい。そう思っていたんだけど、入ることができなかった。何故だろう。分からない。
少し後になって知ったんだけど、ムラサは過去に自分を助けてくれた人間が何処か遠い場所に封印されているから、その人を
助けに行く計画を立てていた。それも、かつて一緒にいた仲間達と。
何で人間なんか助けるの……人間が嫌いなんでしょ? なのに……何で……?
ねぇ……、私はまた、一人ぼっちになっちゃうの? 嫌……もうあんな寂しい思いはしたくない……
折角見つけた居場所を失いたくない…………だったら…………だったら…………
――――――その人間が復活するのを邪魔してやればいいんだ。
邪魔してやった。その人間が復活するのに必要なモノに、正体不明の種を仕掛けて幻想郷中にバラ撒いてやった。
これで例の人間は復活出来ない。私は一人ぼっちにならなくてもいいのよ。私を省くから罰が当たったの。
――――――でも、現実は上手く行かなかった。
巫女と魔法使いが邪魔をした。だから「人間」は復活した。もう気分はサイアク。
それだけでなく、自慢の正体不明の弾幕が彼女らに敗れてしまった。いつ以来だろう、こんな悔しい思いをしたのは。
悔しくて涙が出そうだった時、赤い巫女がこんな事を言った。
――――――あの人間(白蓮)はね、人と妖怪が平等になる世界を目指してるんだって。
その言葉を聞いて耳を疑った。人間ってさ、目の前にいる巫女みたいに妖怪を退治する生き物じゃないの?
妖怪を助けてた? 保護してた? 信じられない。本当なの?
気になって、赤い巫女から話を聞いた。さっき言った事は本当だったんだ…………
何とも言えないような気持ちになった。何てバカな事をしてしまったんだろう。そんな気持ちで胸がいっぱい。
張り裂けそうになった。泣きたくもなった。けれど時間は戻せない。だめだな自分…………
聖に謝りたい。その一心で私は命蓮寺に行った。だけど復活の邪魔をずっとしてた私が許して貰えるだろうか。
不安で不安で仕方なかった。不安と緊張で押し潰されそうな私は、門の中に一歩踏み出す事すら出来なくて、ただ門の前をウロウロしてた。
「あら…………、貴方はぬえ…………でしたよね? 」
後ろから、お目当ての人物の声がした。彼女は迷子の子猫になったような私を、簡単に見つけ出してくれた。
一言じゃ言い表せないのだけど、例えるならそんな心境だった。
「はい…………」
「怖がらなくてもいいのよ? 私は貴方の敵じゃないから。 」
つい最近まで敵視してた私に彼女は屈託のない笑顔を向けた。そして敵じゃないと言った。
普通の人間だったらそんな事はまずない。大昔都でヤンチャしてた頃色んな人間を見てきたけど、私に向かって敵じゃないと言ったのは彼女が初めてだった。
正気なの? そう言って私を油断させて、安心しきった所で殺すんでしょう。
いけない考えが頭の中をぐるぐると回っていた時、私は赤い巫女の言葉を思い出した。「彼女は妖怪を助ける事に生き甲斐を感じている」という。
人間は嫌い。…………だけど、この人は嫌いじゃない。謝るより、少しでも彼女の役に立てたら…………
「あのさ、聖! 」
「何でしょう? 」
「復活の邪魔しちゃった事は…………悪いと思ってるの。だけど聖が妖怪の為に頑張ってるって知ってね、
凄く申し訳ないって…………うぅっ…………無理なお願いかもしれないけど…………ぐすっ………………一緒に…………いても…………いい…………? 」
あれ…………、何で私泣いてるんだ。悔しくないのに。悔しいと感じた時ぐらいしか泣いた事なんてなかった。
だけど今は別に悔しくなんてない。何で…………?
「貴方は悪くない……、ただ少し寂しかっただけなのよね……? だから謝る必要なんてないの……、もう泣かないで…………ね……? 」
――――――この数分間のやり取りが、御伽噺のようだった。嫌いだった筈の人間がほんの少しだけ好きになった事が、
自分でも信じる事が出来なくて。ねぇ……、お願いだから、私の元から離れないで、ずっと傍にいて。あの時差し延べられた柔らかな手を私だけのモノにしたいんだ。
一緒に暮らしていくうちに、寝ても覚めても、彼女の事が気になってしまうようになっていた。
終わりのない夢を見ているみたいで、今まで抱いた事のない感情に支配されているような。
時々ね、人間嫌いな私がたった一人の人間を本気で好きになる事が凄く変だって自分でも思うんだ。
彼女を思う気持ちに余計なプライドなんて要らないのにね。
私は貴女の役に立ててるかどうかは自分では分からないけど、私の事……ずっと見てて。不安になる前に傍にいて。
同じ気持ちで、同じ時間を共有したいから…………
だけどそれを上手く伝えられなくて、彼女には、臆病なばっかりに強がってしまう全然可愛げのない子に映ってしまいそうで怖い。
貴女は、私をどう思っているの?
「だーれだっ! 」
「わわっ! 」
郷愁に浸っていたら、不意に後ろから目隠しをされた。こんな子供だましな事をするのはあの子しかいない。
「ちょっと小傘! いきなり何なのよ!? 」
「わらび餅売ってたから買ってきたの。ぬえの分も買ってきたよ! 」
わらび餅…………、もうそんな季節か…………
「ぬえー? どうしたのー? いらないのー? じゃあ私が食べちゃうよー? 」
「あー! いるから! だから食うな! 」
「ちょっとー! 食べるのは冗談だから! ぬえちゃんこわーい! 」
「あの二人っていつも元気よねー。」
「うふふ。元気が一番ですわよ。」
「なんか元気すぎて疲れないかしら…………あの子達……」
私にとって一番楽しいのは、今みたいに小傘と形振り構わず走り回ったり、墓地に来た人を驚かせる事かもしれない。
だって、こうしてる時は何も考えなくていいんだもの。
改めて白連の心の広さを感じとれました。
ぬえ頑張れ!
冗談はさておき、星蓮船の後にこういった挿話があるとはずっと思ってた