私は毎日墓参りをしている。
雨の日も、風の日も。両方合わせた台風の日も。うだるような暑い日でも、一日として欠かさず墓参りを続けている。
長い間続け過ぎて、何のために続けているのかも、この墓が誰の墓だったかも忘れてしまった。
しかしあまりに長い間この習慣を続け過ぎたためか今更やめる気にもなれず、惰性で続けている。
そんな私が彼女に出会ったのはある日の墓参りの最中だった。
出会ったと言っても、その時私は彼女を見る事はできなかったのだけど。
私は気絶していたのだ。
生まれて初めての気絶だった。
あまりに突然の出来事だったので、そのときはなぜ気絶したのかもわからなかった。
あの墓場に、恐ろしい妖怪が住み着いてしまったのかもしれないと恐怖もした。
それでも、次の日になると私の足は墓地へと向かっていた。
もちろん怖かった。しかし、この場所に来なくなる事の方が余程怖かった。
そして何より、何の変化も無かった私の墓参りに、変化が訪れた事が嬉しかった。もしその妖怪に殺される事になろうと、嬉しかった。
そんな訳で私はいつもの墓の前にいたのである。
いつものようにお供え物も持たずに、どこの誰が眠るかもわからない墓石を見つめながら、彼女の襲撃を待っていた。
彼女がくる事を期待してはいたが、同時に、来ない可能性も考えていた。
私を気絶させた妖怪がもしこの墓地を住処にするつもりならば、私は気絶した時点で食われていてもおかしくはなかったはずだ。妖怪とは人を食べる物だろうから。
たとえそうではなかったとしても、ただの通りすがりの妖怪が、何をするでも無く墓場にいた私に面白がってイタズラをしただけかもしれない。
どうにもまともに考えれば現れるとは思えない。
だとしても私は待つしか無かった。
彼女が来ようが来まいが、どちらにせよ私はここにいるしかないのだから。
そんな私の思いが通じたのか、彼女はもう一度私の前に姿を現してくれた。
私以外に誰もいないはずの墓場で、背後から小さな「うらめしや~」という声が聞こえて来たのである。
昨日のように気絶したりしないよう、非常に気を張っていたのだがなんというか、拍子抜けであった。
それはともかくとして、せっかく現れてくれたのだからと、その声の主を確認するために振り向いてみると、そこにいたのは私とさほど変わらない背丈の少女だった。
とはいえ、彼女は自分の背丈程もある傘を軽々と持っているのだからやはり妖怪なのだろう。
よく見ると足が地についておらず、少し浮いているようにも見えるし。傘も大きいだけで無く、目も口も足もある。唐傘お化けというやつだろうか。
どちらかといえば傘の方が妖怪らしさがあるが、どちらにしても昨日目覚めた時に想像した妖怪の恐ろしさには遠く及ばない姿だ。声を聞いた段階で予想してはいたもののやはり物足りない。
もしかしたら昨日私を気絶させた妖怪は彼女とは別の違う妖怪なのではないかと期待してみたが「おかしいなあ。昨日はこれで気絶する程驚いたはずなのに…」と、つぶやいている。
どうやら昨日の妖怪も彼女で間違いないらしい。
しかも残念なことに昨日の私はあの小さな声で気絶してしまったらしい。
非常に恥ずかしくなってきた。
こうなったらとりあえず強がっておこう。
「私がそう簡単に驚くと思ったら大間違いだぞ!そんな簡単な女じゃないんだからな!」
既にあっさりと気絶する様を見られてるのにこんな事を言ってもむなしいけど、こうでも言わないと耐えられない。
「ぐぬぅ~。人間のくせに生意気なぁ~!」
昨日のあの様ではいくら強がったところで笑われるのが精々だと思っていたが、どうやら本気で悔しがっているらしい。強がってみるものだ。
「私が本気になれば、人間の一人や二人、簡単にショック死させられるんだから!」と、彼女は両手で握っていた傘を片手に持ち直し、私に眼前に突きつけてきた。
彼女は元々いた私のすぐ後ろからほとんど動いていなかったので、この時私と彼女の間にはほんの少しの隙間しかなかった。
その狭い間で背丈程もある傘を向けられれば当然直撃する。
ぶつかる。私は体を後ろに引こうとしたがこの近さでは避けきれるはずもない。傘は私の眉間に突っ込んできた。
だが傘は私にぶつからなかった。
当たる寸前に彼女が傘を逸らしたとか、私がなんとか避けたとかいうわけではない。
傘が私を、通り抜けてしまったのだ。
傘が自分の頭を通り過ぎるのを感じながらも、自分の身に何が起きたのか、瞬時に理解することはできなかったけど顔を真っ青にした彼女の一言で理解できた。
「お…お化け…!」
なんと、私は死んでいるらしい。
私の正体を知った彼女はその場にへたり込み、そのまま倒れてしまった。どうやら気絶してしまったようだ。妖怪も幽霊は怖いというのだろうか。
私の眉間を突くはずだった傘も持ち主が倒れると同時に放り出された。この傘も白目を向いて気を失っているように見える、もしかしたら彼女とこの傘は一心同体なのかもしれない。
だがしかし今はそんなことはどうでもいい。まさか自分が既に死んでいるとは思わなかった。
生きていたころと、何一つとして変わらない姿をしていたから、本当に気づかなかった。
いつ死んだのかもわからない。何故死んだのかもわからない。それでもとにかく死んでいる。
しかしおかげで思い出した事もある。
まず私が毎日足を運んでいたこの墓。これは私の墓だ。
私は生前、自分の墓に自分で墓参りをしてみたい。などと思っていたのだ。
今思えばまるで意味がわからないが、あの時は本当にそう思っていた。そしてその思いが私を死して尚ここにとどまらせたのだろう。
そんなに強く願っていたつもりも無いのだけど、わからないものだ。
こういうのを地縛霊というのだろうか。
思ったところで、霊の区分なんてわからない。そんなことよりも、自分が死んでいるということに気づいたからだろうか。なんだか体が軽くなってきた。
霊の事はわからないがきっと私はこれから成仏するのだろう。
本来なら自分で自分に墓参りをするという目的を達成し、思い残すこと無く成仏できたのだろうけど、この期に及んで心残りができてしまった。
私の足元に倒れている彼女に、仕返しができていないのだ。
彼女が気絶しているのは私が幽霊だったことが原因だが、これに関しては私も十分過ぎるほど驚いたのでこれは仕返しというよりも、痛み分けの方が正しい気がする。
なので何とかして彼女を驚かしてやりたいのだけど、彼女が目を覚ます頃には私は既に成仏しているだろう。
今こうして幽霊になったように、彼女を脅かしたいと強く思えばまた元の霊体に戻る事が出来るかもしれないけど、そういう気分にもなれない。
こうなると最早仕返しをするためには生まれ変わるしかない。
生まれ変わるまでにどれだけの時間がかかるかわからないけど、幸い彼女は妖怪だ。私のような人間より、余程長く生きるだろう。
もし間に合いそうもなければ、この墓の下に眠る私の体に戻ってこよう。
私の体が残っているか怪しいけど、死んだというのにここまで綺麗な姿でいられた私の思いなら、既に土に帰っていてもきっとなんとかなるでしょう。
いつかきっとこの墓場で驚かし返すから。
その時までさよなら、趣味の悪い唐傘お化け。
雨の日も、風の日も。両方合わせた台風の日も。うだるような暑い日でも、一日として欠かさず墓参りを続けている。
長い間続け過ぎて、何のために続けているのかも、この墓が誰の墓だったかも忘れてしまった。
しかしあまりに長い間この習慣を続け過ぎたためか今更やめる気にもなれず、惰性で続けている。
そんな私が彼女に出会ったのはある日の墓参りの最中だった。
出会ったと言っても、その時私は彼女を見る事はできなかったのだけど。
私は気絶していたのだ。
生まれて初めての気絶だった。
あまりに突然の出来事だったので、そのときはなぜ気絶したのかもわからなかった。
あの墓場に、恐ろしい妖怪が住み着いてしまったのかもしれないと恐怖もした。
それでも、次の日になると私の足は墓地へと向かっていた。
もちろん怖かった。しかし、この場所に来なくなる事の方が余程怖かった。
そして何より、何の変化も無かった私の墓参りに、変化が訪れた事が嬉しかった。もしその妖怪に殺される事になろうと、嬉しかった。
そんな訳で私はいつもの墓の前にいたのである。
いつものようにお供え物も持たずに、どこの誰が眠るかもわからない墓石を見つめながら、彼女の襲撃を待っていた。
彼女がくる事を期待してはいたが、同時に、来ない可能性も考えていた。
私を気絶させた妖怪がもしこの墓地を住処にするつもりならば、私は気絶した時点で食われていてもおかしくはなかったはずだ。妖怪とは人を食べる物だろうから。
たとえそうではなかったとしても、ただの通りすがりの妖怪が、何をするでも無く墓場にいた私に面白がってイタズラをしただけかもしれない。
どうにもまともに考えれば現れるとは思えない。
だとしても私は待つしか無かった。
彼女が来ようが来まいが、どちらにせよ私はここにいるしかないのだから。
そんな私の思いが通じたのか、彼女はもう一度私の前に姿を現してくれた。
私以外に誰もいないはずの墓場で、背後から小さな「うらめしや~」という声が聞こえて来たのである。
昨日のように気絶したりしないよう、非常に気を張っていたのだがなんというか、拍子抜けであった。
それはともかくとして、せっかく現れてくれたのだからと、その声の主を確認するために振り向いてみると、そこにいたのは私とさほど変わらない背丈の少女だった。
とはいえ、彼女は自分の背丈程もある傘を軽々と持っているのだからやはり妖怪なのだろう。
よく見ると足が地についておらず、少し浮いているようにも見えるし。傘も大きいだけで無く、目も口も足もある。唐傘お化けというやつだろうか。
どちらかといえば傘の方が妖怪らしさがあるが、どちらにしても昨日目覚めた時に想像した妖怪の恐ろしさには遠く及ばない姿だ。声を聞いた段階で予想してはいたもののやはり物足りない。
もしかしたら昨日私を気絶させた妖怪は彼女とは別の違う妖怪なのではないかと期待してみたが「おかしいなあ。昨日はこれで気絶する程驚いたはずなのに…」と、つぶやいている。
どうやら昨日の妖怪も彼女で間違いないらしい。
しかも残念なことに昨日の私はあの小さな声で気絶してしまったらしい。
非常に恥ずかしくなってきた。
こうなったらとりあえず強がっておこう。
「私がそう簡単に驚くと思ったら大間違いだぞ!そんな簡単な女じゃないんだからな!」
既にあっさりと気絶する様を見られてるのにこんな事を言ってもむなしいけど、こうでも言わないと耐えられない。
「ぐぬぅ~。人間のくせに生意気なぁ~!」
昨日のあの様ではいくら強がったところで笑われるのが精々だと思っていたが、どうやら本気で悔しがっているらしい。強がってみるものだ。
「私が本気になれば、人間の一人や二人、簡単にショック死させられるんだから!」と、彼女は両手で握っていた傘を片手に持ち直し、私に眼前に突きつけてきた。
彼女は元々いた私のすぐ後ろからほとんど動いていなかったので、この時私と彼女の間にはほんの少しの隙間しかなかった。
その狭い間で背丈程もある傘を向けられれば当然直撃する。
ぶつかる。私は体を後ろに引こうとしたがこの近さでは避けきれるはずもない。傘は私の眉間に突っ込んできた。
だが傘は私にぶつからなかった。
当たる寸前に彼女が傘を逸らしたとか、私がなんとか避けたとかいうわけではない。
傘が私を、通り抜けてしまったのだ。
傘が自分の頭を通り過ぎるのを感じながらも、自分の身に何が起きたのか、瞬時に理解することはできなかったけど顔を真っ青にした彼女の一言で理解できた。
「お…お化け…!」
なんと、私は死んでいるらしい。
私の正体を知った彼女はその場にへたり込み、そのまま倒れてしまった。どうやら気絶してしまったようだ。妖怪も幽霊は怖いというのだろうか。
私の眉間を突くはずだった傘も持ち主が倒れると同時に放り出された。この傘も白目を向いて気を失っているように見える、もしかしたら彼女とこの傘は一心同体なのかもしれない。
だがしかし今はそんなことはどうでもいい。まさか自分が既に死んでいるとは思わなかった。
生きていたころと、何一つとして変わらない姿をしていたから、本当に気づかなかった。
いつ死んだのかもわからない。何故死んだのかもわからない。それでもとにかく死んでいる。
しかしおかげで思い出した事もある。
まず私が毎日足を運んでいたこの墓。これは私の墓だ。
私は生前、自分の墓に自分で墓参りをしてみたい。などと思っていたのだ。
今思えばまるで意味がわからないが、あの時は本当にそう思っていた。そしてその思いが私を死して尚ここにとどまらせたのだろう。
そんなに強く願っていたつもりも無いのだけど、わからないものだ。
こういうのを地縛霊というのだろうか。
思ったところで、霊の区分なんてわからない。そんなことよりも、自分が死んでいるということに気づいたからだろうか。なんだか体が軽くなってきた。
霊の事はわからないがきっと私はこれから成仏するのだろう。
本来なら自分で自分に墓参りをするという目的を達成し、思い残すこと無く成仏できたのだろうけど、この期に及んで心残りができてしまった。
私の足元に倒れている彼女に、仕返しができていないのだ。
彼女が気絶しているのは私が幽霊だったことが原因だが、これに関しては私も十分過ぎるほど驚いたのでこれは仕返しというよりも、痛み分けの方が正しい気がする。
なので何とかして彼女を驚かしてやりたいのだけど、彼女が目を覚ます頃には私は既に成仏しているだろう。
今こうして幽霊になったように、彼女を脅かしたいと強く思えばまた元の霊体に戻る事が出来るかもしれないけど、そういう気分にもなれない。
こうなると最早仕返しをするためには生まれ変わるしかない。
生まれ変わるまでにどれだけの時間がかかるかわからないけど、幸い彼女は妖怪だ。私のような人間より、余程長く生きるだろう。
もし間に合いそうもなければ、この墓の下に眠る私の体に戻ってこよう。
私の体が残っているか怪しいけど、死んだというのにここまで綺麗な姿でいられた私の思いなら、既に土に帰っていてもきっとなんとかなるでしょう。
いつかきっとこの墓場で驚かし返すから。
その時までさよなら、趣味の悪い唐傘お化け。
欲を言えばもっと話が続いて欲しかったなあ て所です 次作も楽しみに待ってます!
ヘルと言うからには地霊殿も書いてくれるんですよね? 3rdアイ(唐傘)可愛い。
これからの作品も楽しみにしています。
後半のやっつけ仕事っぽさがマイナス。読みきり短編としては、良さそうな題材なだけに、ちょっと惜しいって思ってしまった。
初投稿にも関わらずこれだけ相手をしてもらえて舞い上がっております。
>>1
最初はあの幽霊は後の芳香、という話にする予定だったのですが、イマイチうまくまとめられず没にしてしまいました。
なんとかまとめるべきでした。反省。
>>3
次に投稿するのは地霊殿の話の予定で、既に書いていたのですが、小傘rdアイに心揺さぶられました。
そのアイディアを使わせてもらいます。
>>9
できる限り出した要素は処理できるよう頑張りたいところですが、なかなかうまく行きませんね。
いつか解決したいところです。
>>11
その言葉が胸に染みてグッと来ました。
>>15
ちょっと軽過ぎたかもしれません。軽いにしても、そのノリに持っていくための理由があればよかったかもしれないですね。
後半が駆け足気味なのは芳香を出そうとしてまとめられなかった影響をモロに受けていますね。やはり芳香をなんとかするべきでした。
でも良さそうな題材と言ってもらえてすごくウキウキしてます。ありがとうございます。
でも個人的には内容とタイトルのイメージが噛み合わないかなあ、とも
小傘が気絶しちゃうのが可笑しい。
幽霊を脅かしても小傘は満腹になるのかなぁ。