古びた家屋が並ぶ旧街道沿いの街。
新しい国道が出来るまでは、狭い路地を沢山の人と車が行き交っていたという。
その街道沿いの店のベンチでくつろぐ影二つ。
「旧道とは聞いていたけど、中々趣があっていいわね。」
黒い帽子に白いワイシャツの女性、宇佐見 蓮子は周りを見回しながらしみじみ言う。
それに答えるは、ナイトキャップ風のフリル帽に紫色のワンピースの女性、マエリベリー=ハーン。
「うん。今時木造で昔ながらのアイスキャンディ売ってる所なんて初めて見たわ。」
メリーはベンチから離れて店の概観をじっくりと見つつ、アイスキャンディをかじっている。
常陸の国、シモマゴの街に彼女達がやってきたのは、ただ単に教授の実家の話を聴いて観光に来ただけの話。
メリーの見ている看板は錆びてはいるが、コーラやスプライトの看板が鎮座している、昔の商店の看板。
毛筆体で「かどや」と書かれたそこは昔の製法でアイスキャンディを作り、ほかに和菓子や駄菓子も置いている、古きよき時代の名残りの店だった。
「商店街の角にあるから『かどや』なのね。」
蓮子は左の旧街道を見ながら言う。
どうも店主のこだわりなのか、向かいに並ぶ店はコンクリートのビルなのに、この店だけは木造平屋の開放型で、閉店の時は
シャッターではなく木戸を閉める形になっている。時代に四十年は置き忘れられた雰囲気の店だ。
「そう言えば駅にも昔のホームの遺構があったわね。」
デジカメのメモリを点検しながら蓮子が何気なく言った。
「んー、話に聞いたところだとすぐ近くにある工場の専用線のホームだったらしいわよ。」とメリー。
シモマゴの駅の裏手…海岸口の方には大企業の工場があり、かつては工場に勤める人々が三両編成の専用車に乗って
引込み線の向こうへと働きに行く姿が見られた。今では草に覆われて見る影も無いが、時折引込み線から大型の荷物が出荷されていると言う。
「似たような引込み線がカツタの駅とサワの駅にもあったわね。そう言えば。常陸の国は企業城下町なんだっけ?」
デジカメで周りの風景を撮りながら、蓮子がメリーに確認する。
「教授の話ではね。何か日本で初のモーターを作った会社の街だって言ってたわ。モーターは五馬力だったとか。」
メリーはもう動いていない自動販売機を撮影している。硬貨を入れてボトルを引き抜くタイプのシンプルな型だ。
「昔から進んだ街だったのね。」
「教授の話ではシモマゴではなくて隣のスケガワの方が賑やかだったそうよ?」
メリーの言葉に蓮子は教授の思い出話を反芻する。
『スケガワの方は昔、銅山があってね、モトヤマ銅山とスケガワを行き来する人と鉱山電車で賑わっていたんだよ。
建てられた当時は東洋一といわれた大煙突がシンボルマークだった。平成の春ごろに折れてしまったけどね。鉱山電車に使われていたのがさっき話した五馬力モーターだ。』
その話に興味をそそられてやって来たのだが、表通りはほとんどシャッター通り、教授が子供の頃によく遊びに言ったと言う玩具屋もすでに無く、話の内容とはずいぶん変わった寂れ方だった。
しかし、それでもこう言う店や京では見られない機械がしれっと残っているのは面白い。
そこで考えを切って周りを見ると、メリーが居ない。
興味を引かれると何も言わずに、ふらっとそっちに行く癖は何とかならないものなのか、と蓮子は少しげんなりした。
メリーを呼ぼうとして、回りを確認し…蓮子は固まる。
向かいのビルの隣の薬屋。そこの前にメリーは居たのだが、彼女は硬貨を入れると三分間ほど動く、象の遊具に乗っかって楽しそうに揺られている。
いい年して…とは思ったが、何故か不思議にマッチしてるのは何故だろう?
蓮子は少し離れてデジカメのメモリを交換し、動画撮影モードにして録画する。後でディスクに焼いて、からかうネタに使おうと。
やがて遊具が止まったが、メリーはおもむろに財布から硬貨を取り出してまた遊具を動かし始めた。
とりあえずズームも利かせて表情などを取り終えてから、デジカメのメモリを元に戻し、メリーへ小走りに駆け寄る。
「…いい年して何やってんのよ…。」
蓮子の呆れ顔もどこ吹く風でメリーは楽しそうに答えた。
「なんか盛り上がっちゃって、しかもこの機械、一回三十円だって。蓮子も乗ろうよ。」
「遠慮するわ。」
そう言って薬屋を窓越しから見ると、カウンターで店主らしい白衣の男性がにこやかにこちらを見ている。
機械が止まるのを待って、蓮子はまた財布を出そうとするメリーの手を引っ張って、駅の方へ逃げるように歩いた。
「どうしたの?」
不思議そうに見つめるメリーに、蓮子は声を潜めて、
「どうしたも何も、いくら旅先だからって羽目はずしすぎでしょ!」
彼女の言葉にメリーはブーイングで返した。
「えー?旅の恥はかき捨てってよく言うじゃない?」
「限度があるのよ。そうでなくても旅行者って事で目立つんだから突飛な事はしない方がいいわ。」
蓮子のその言葉にメリーがジト目になる。
「その突飛な行動を撮影してた人が言う言葉じゃないわよ、それ。」
「いや、何か似合ってたんで他人の振りで…。」
「後でメモリ消去ね。」
「あんたの行動いかんによるわ。」
絶対にデータは死守するつもりで蓮子は話を切った。
空を見て、大体午後二時くらいと判断し、次の移動場所のマップを見てみる。
メリーは何かを熱心に見ているので覗きこむと、シモマゴ周辺のグルメマップのパンフレットだった。
蓮子は何かを言いかけたが、よくよく考えれば調査旅行ではないのだ。
シラヌヒの街では注意を受けたものの、こう言う街の中の歴史や不思議な事に素で触れる機会がありそうだと
ついつい忘れてしまいそうになる。が、かと言ってメリーのようにはっちゃけられる程の、心の切り替えは蓮子にはできない。
見学場所の確認をしながら「われながら面倒くさい性格だ。」と心の中で自嘲する。
大体の見学場所の目星をつけた所で、メリーがタイミングよく声をかけてきた。
「この通りの並びに餃子が名物の中華料理屋があるって。値段も安いし食べて見ようよ。」
目を輝かせるメリーは本当にこの旅行を満喫してる風だ。
「そうね、ちょうどランチタイムも終わる頃だし行って見よ。」
中華料理屋に入り、チャーハンと餃子のランチセットを頼んだ二人は、運ばれてきたそれを見て後悔していた。
とにかく量と大きさが半端ではないのだ。食べきれるのだろうか?
特に餃子は皿からはみ出す大きさで、中身がぎっしり詰まっている。三つなのが幸いだが、チャーハンの盛りも普通のはずなのに、特盛りと変わりない。
メニューを見ると餃子二十五個チャレンジというメニューまで貼ってある。「約4kg」という文字まで丁寧に付記して。
とりあえず、覚悟を決めて彼女達は箸を手に取った。
四十分後、店を出て、近くのベンチにて。
「蓮子ぉ…動ける?」
ぐったりしたメリーの声に、か弱く蓮子は返す。
「…無理。」
メリーは腹に手を当てながら苦しそうに言った。
「シラヌヒでは結構食べられたから、大丈夫だと思ってたけど…甘かったわ。」
「あんた、それ憑いてた人達に分けてたからでしょ。でもアレを完食して元気に出てく人達って…。」
蓮子の驚きに近い言葉にメリーが口を挟む。
「出る時、おかみさんが言ってたじゃない。この街のの大学卒業したあとも、わざわざ食べに帰って来る人がいるって。味も量もアレなら納得できるわ。」
言い終えて、うぷ、と不穏な音がメリーの口から漏れ出す。
蓮子もきつくなったスカートを気にしながら言った。
「これじゃしばらく動けないわね。スケガワには動けるようになったら行ってみようか?」
「さんせーい。って動けるのは夜になりそうな感じね。まだ日数はあるし今日は宿に戻ったほうが無難だと思う。」
「問題はいつ動けるようになるか、かなあ?」
夕方の宿にて。
何とか動けるようになった二人は、途中の薬局で胃薬を買ってベッドの上で唸っていた。
予備知識もなしでその界隈の名物になっている「安くて量が多い」食堂に行くと、大抵こう言う罠が潜んでいる。
「メリー。」
「なーにー?」
「今度から注文する前に、私達が完食できる量かどうかきちんと訊こうか。」
満腹の苦しみに耐えつつ声を搾り出す蓮子に、メリーもさすがに懲りたと見て、
「うん…さすがに怪異以外の自業自得で行動を制限されるのは洒落にならないわ…。一応予定では老舗のバーに行く予定だったんだけどね。」
「食べ物の話はもうやめましょ。流石に夢にまで見たくないわ。」
彼女達が真っ当に眠れたのは夜もかなり遅くなってからの事だった。
次の日。
食べ過ぎの苦しみから解放された二人は、シモマゴの駅からそのままスケガワの駅へと移動した。
電車から降りると、潮の香りが漂ってくる。
「ここって海がとても近いみたいね。海岸口から一キロも無いみたいよ?」
駅の名所案内板を見てメリーが言う。
「シラヌヒよりも海に近いんだ。でも漁港とかは無いのね。」
蓮子が車窓からの風景を思い出しながら言う。
「途中の海岸だと崖が多かったし、工場が集中してたようだから立地的なものかもね。地図だとシモマゴの方から南へ漁港が集まってるわね。
ここから少し離れたオオセの街にも漁港があるようだけど…規模は小さいみたい。」
そう言って海岸とは反対の駅舎の方を見やる。
スケガワの駅は切り立った崖の下にホームが存在し、駅舎は階段を上り、二百メートル程の陸橋を渡った所にある。
その陸橋の下にはコンテナが積みあがり、近くにはセメント工場の引込み線が見えた。
「あそこにタンク車を止めて、セメントを直接タンクに流し込む構造なのか…。初めて見るわね。」
蓮子が感心した様に引込み線の内容を見ていると、蓮子が袖をクイクイと引っ張る。
「どうしたの?」
メリーの目が輝いている。その先には売店があり、藁に包まれた納豆を売っていた。
「藁納豆ってこんなんなんだ。納豆の国って言われるのって伊達じゃないのね。」
感動のベクトルが明後日の方向に行っている。
「メリー、納豆食べられるの?」
「ううん、好きじゃない。ただ単にパック詰めしか見たこと無かったから盛り上がっただけ。」
そこで蓮子がメリーを止める。
「はいはい、写真には撮らなくていいから。先に行きましょ先に。」
駅舎を出た二人は、右手のパイプと鉄骨だけで出来た塔に注目する。
「アレなんだろ?」とメリー。
蓮子は地図を見ながら確認する。
「セメント工場のセメントを作る塔みたいね。この辺は駅を出て左のほうの、シビックセンターとショッピングモールがメインみたいよ?」
そこでメリーが思い出したように言う。
「確か銀座通りがあったって教授は言ってたけど、どの辺りなの?」
「結構歩くわね。中央通りからも離れてるから路地裏を遡って行く方が近いみたい。」
メリーはその言葉に地図を覗き込む。
「普通なら路地裏ってあまり通らないけど、今回は大丈夫かな?」
蓮子は少し不安を感じたが、調査でもないので関わりそうになったら回避する事を提案して、駅の左手の路地裏へ歩を進めた。
前にシラヌヒの街でもらった守り鈴を持っているのも心強い、が、それはあくまで霊的なものからの守護であって、裏通りに突然開く異界の扉を回避するような効果は無い。
「裏路地行くのはいいけど、細い道には気をつけないとね。」と蓮子。
「んー、境界がその程度ならいいけど、ごくまれに時期や時間帯でいきなり開く時もあるから何とも言えないわね。」
メリーはそれでも鼻歌交じりに周りを見ながら歩く。
数十分後
「…メリー、何かおかしくない?」
歩き疲れた蓮子が道端のベンチで一息つきながらメリーに訊く。
「そうね。かれこれ一時間近く歩いているのに目的の場所に着かないし、風景が変わらない。」
メリーはそれでも落ち着いている。
二人の通った道は最初、古いビルや店の続く旧商店街の跡を辿っていたのに、今の道はレンガを所々に敷いて、旧字体で看板が書いてある店の連なる、賑やかな通りになっていた。
行き交う人の服装もモンペを履いていたり、着物の女性が多かったりと明らかに時代が違う。
電柱も木造で碍子も今のものより形が古く、大きい。
「来た道を逆に辿れば戻れる保証はある?」無駄だと判って蓮子は訊いた。
「多分無いわ。私も気づかなかったんだから完璧に迷い込んだわね。」
それでもメリーは周りの店を食い入るように見つめている。値札には「十五円」や「十円」などの文字が並ぶ。
「…参ったわね。私たちお金持ってないわよ?」
「この時代の通貨は持ってないわね…。」事ここに及んでまだ食い気が優先するメリーを蓮子は『もうどうにでもなれ』と見ている。
途方にくれてこの先の事を考えていると、不意に声がかかった。
「お姉ちゃん、変わったカッコしてるね。外国の人?」
声の方を見やると、年のころ十二歳くらいの着物姿の少年が屈託の無い笑みで蓮子を見ていた。
「生憎と日本人よ。迷い込んじゃっただけで。こっちのメリーは日本生まれの外国人だけどね。」
蓮子の言葉に、少年は目を輝かせて、
「へえ、まだこの時代に迷い込んでくる人って居たんだ。」
驚きの色が蓮子の顔に浮かぶ。
「え?」
「お姉ちゃん達以外にもこの時代に迷い込んでくる人がこの街は多いって事。僕も何人か案内したんだ。」
「…そうなんだ。そういえばこの時代はどんな時代?」
「昭和三十年だよ。戦争が終わって十年しかたってないのにこんなに賑やかになってるんだ。」
そこで、いつの間にか戻ってきたメリーが少年に訊く。
「ここから出る方法とか、知らない?」
少年は笑いながら
「うん。今は午前中だけど、夕方になったら戻れるよ。ただ、お姉ちゃん達は戻れる方法知らないでしょ?僕が案内するよ。」
そう言うと少年は「こっちこっち!」と二人に手を振って細い路地に入っていく。
少年について道を抜けると、大通りに出る。
五階建てのビルが所々に立ち並び、ボンネット型のバスが停留所で客を乗せており、車掌の腕章をつけた女性がお金の受け渡しをしていた。
「映画の世界にリアルで飛び込んだ感じね。」と蓮子。
「…うん。」
メリーは写真の撮影に余念が無い。未来の世界の人間には伝聞でしか知る事が出来ないものがそこにあるのだ。
そこで少年が戻ってくる。
「スケガワの駅に鉱山電車があるから、それで僕の居る町まで行くよ。ついて来て。」
「あ、ちょっと。」
「ん?なに?」
「私達、お金を持ってないんだけど…。」
蓮子の不安を少年はにっこりと笑って、
「鉱山電車はタダで乗れるんだ。だから鉱山にいる人はみんなバスなんかより電車を使うんだよ。」
少年はそう言って駅の方向に歩き出す。
「そうだ、僕に小銭を一応見せてみてよ。」
メリーがすかさず財布から小銭を出し、少年に見せると、彼はいくつかを見て確認する。
「一円玉と5円玉、十円玉はギリギリ使えるね。でも十円は気をつけないと怪しまれるよ。」
「え?何か違うの?」蓮子が意外そうに訊く。
すると彼はポケットから小さいガマグチを出して、十円玉を二人に見せた。
「このふちの所、ギザギザがあるでしょ?この時代はみんなそうなんだ。五円玉は新しいのが出てそんなにたってないから、穴が無いのもあるよ。」
少年の出した五円玉は古臭いデザインで、穴が開いておらず、五円の文字も明朝体だ。
「五十円と百円はデザインも違うし、五十円には穴が開いてないから使っちゃ駄目だよ。」
彼は注意深く念を押した。
そしてスケガワ駅。
木造の古い作りにがらんどうの駅周り。見通しが良く遠くには海が見える。
「昔のスケガワはこんなところだったのか…。」
蓮子は自分の実家の東京もこんな時期があった事は博物館の写真で見ている。が、実際の景色はとても鮮やかだ。
そこでメリーがぽそっと呟く。
「小さい頃に『貴方は世界がきれいに見える?』って訊かれた事があったけど、今なら『はい』って言えるかな。」
僅かな感傷を帯びた声は、直後の少年の声にかき消される。
「早くしないと電車が出ちゃうよ。こっちに来て。」
駅の正面口から左側の方に大きな荷物置き場の建物と木造の柱にスレートのひさしで屋根を葺いた駅舎が見える。
駅には、貨車と客車の繋がれた、簡素なつくりの列車が止まっていた。
先頭車両はトロッコにモーターをつけて簡単なパンタグラフをつけたシンプルなモノだ。
「もうちょっと大きい列車だと思ってたけど、以外に簡素ね。」写真を撮りながらメリーが言う。
「昔はもっと大きかったんだけど、改良されてこうなったって言ってたよ。」
少年が慣れた感じで説明する。
「もっと昔は牛に貨車を引かせてたんだって聞いた。その時のレールを利用してるんだってさ。」
客車に乗り込み、油の匂いのする木張りの床を踏みしめて椅子に座る。
乗客はずだ袋を抱えていたり、沢山のモノが詰め込まれた大風呂敷を背負っていたり、背負子を床に置いて肩を揉んでいる人も居る。
「あそこを見て。」
少年の指差した先に、はっきりと目立つ大煙突が建っている。
「あそこが僕の住んでる町。あの煙突は鉱石の精錬所なんだ。」
「と言うことは、あそこに鉱山があるの?」
蓮子の問いに、少年は当然と言うように答える。
「うん。ダイオウインって言う鉱山があるんだけど、ほかにも別の県からスケガワに運ばれてきた鉱石も精錬してるんだって。この列車はそう言うのも運んでるんだよ。」
「工場とかはこの辺には無いの?」
「工場はここから少し山側に行くとあるよ。一回戦争で全部焼けちゃったんだけど、みんな建て直されてるんだ。」
少年が言い終わると同時に、駅の柱の発車ベルがけたたましく鳴った。
駅員の笛の音を合図に、ゆっくりと電車は走り出す。
風景がゆっくりと流れ、少し経つと、かつてノコギリ工場と呼ばれていた、直角三角形のように尖った屋根の工場群が見える。
「僕が生まれる前は、ここは瓦礫の山だったって近所の婆ちゃんが言ってた。」
蓮子は自分の知っている事を頼りに訊いて見る。
「やっぱり空襲にあったの?」
少年は肯定したあとに付け加えた。
「うん、でも海からも戦艦の艦砲射撃を受けたんだって。十キロ先から撃ってきたって聞いた。僕のおじいちゃんもそのとき工場に居たんだけど…。」
彼の顔に暗い影が射す。
「…防空壕の入り口に焼夷弾が落ちてきて、蒸し焼きにされちゃったんだ。ほかの工場でも入り口が崩れて、何とか抜け出そうとしたんだけど、
そのまま閉じ込められて二、三年後にようやく見つかった人も居たよ。」
沈黙が落ちる。
街の反映の影に隠れて見えない傷跡は、未だにその影を残しているのだ。
空襲と艦砲射撃による徹底的な破壊。それはこの街が工場で構成されて居た為に他ならない。
しかし空襲に飽き足らず、そこまで徹底的な破壊をした理由は何故なのか、今の蓮子には知るすべは無かった。
沈黙を載せて列車は走り、開けたところに出る。
「あ、もう半分来たんだ。」
少年はいつもの調子に戻っていた。
「もう少しで着くけど、店で買い物するなら気をつけてね。」
メリーが目を丸くして訊く。
「え?なんで?やっぱりお金?」
彼は首を横に振る。
「じゃなくて、僕の住んでる所は、工場や鉱山関係者にしか物を売ってないんだ。僕は家族用の社員カードを持ってるから僕と一緒なら大丈夫だよ。」
「ああ、福利厚生の関係なのね。」
蓮子が納得したように言うと、メリーが訊いて来た。
「福利厚生は判るけど、他の人が使えないって何で?」
「簡単に言うと、関係者は安くモノが買える仕組みなんだけど、そう言うお店は関係者しか使えないようになっているのよ。工場の本社が全部お金を出してるから。
多分病院もそれ専用になっているモノがいくつかあると思うわ。他の人は使えるけど社員証を見せれば医療費が一割とか天引きになるようなシステムとか。」
メリーが不便そうな面持ちになる。
「それって閉鎖的過ぎて外から来た人間には不便よね。」
「企業城下町のシステムは教授から少し聞いたからね。この街だけではないわよ。下総の製鉄都市だってかつてはそうだったもの。逆を言えば企業にもよるけど、
そこの清掃人として雇われてるだけでもその恩恵を受けられるということ。」
少年がそこで話に入ってくる。
「お姉ちゃんよく知ってるね。お姉ちゃんの時代の街もまだそうなの?」
蓮子は首を振って
「ううん、ウチの教授の言う事には昭和四十年頃には一般の人も使えるようになっていたって。この時代は関係者専用なの?」
「そうだよ。昔の城跡の近くの病院がそうだし、僕の街の鉱山記念病院もそうだよ。」
この時代の文化等の違いや街の構造などに興味が湧いてくる。が、タイムリミットは夕方までだ。カメラのメモリの残量をチェックしておかねばならない。
やがて、電車が止まり、客席や立ちんぼうの客が降りていく。
「着いたよ。ここが僕らの街。」
ぐるりと見渡すと、まず一番最初に目に入ったのは巨大な煙突。
「これが大煙突…。」
メリーが興奮して写真を取り捲る。その周りには工場や鉄筋コンクリートのアパートが所狭しと並ぶ、巨大な団地。
「すごいわね。このアパート、みんな工場や鉱山関係の?」
「うん。すぐ近くに小学校や中学校もあるよ。」
「東京のニュータウンみたいな所ね。」
蓮子が感心していると、不意に腹が鳴る。太陽の位置から見ると昼くらいか。遠くからサイレンとベルの音が聞こえてくる。
「正午のサイレンだ。今から行く食堂なら一般の人にも解放されてるから大丈夫だよ。着いてきて。お金の心配も要らないよ。」
途中の大きな商店に「福利サービス」の看板がぶら下がっている。その横には蚊取り線香などの、ひし形看板が並んでいる。
ネットでしか見たことの無い看板、蓮子はカメラのシャッターを切りながら少年の後をついていく。
「この頃ってレトルトって無かったのかしらね?」とメリー。
店の軒先においてある品物は殆どが生ものか簡易的に包装された品ばかりだ。値段は比べ物にならないほど安いが。
「レトルトはこの時代はまだ無いはずね。ギリギリインスタントラーメンがあるかどうかって所かも。」と蓮子。
そこで「お姉ちゃん、レトルトって何?」
少年が振り向いて問うてくる。
「インスタントラーメン。即席ラーメンとか簡単に料理して食べられるものよ。」
「それならこの店で袋入りの中華麺が売ってるけど、それかな?美味しくないって言ってたけど。」
蓮子とメリーは少年の反応が薄いのに驚いていた。この時代の人間なら積極的に未来の事も訊いて来るはずなのに。
「なんか、君は落ち着いてるわね。」
メリーの言葉に少年は何のことも無く答える。
「これでもお姉ちゃん達以外の人たちも案内してるからね。大体質問できる事はしちゃったし、この街がどうなるかも知ってるよ。」
淡々と放たれた言葉は、何の感情も無い。ただ、あるがままを受け入れて行く強さのようなものが感じられた。
「だから、少なくとも僕は覚えていてほしいんだ。そんな時代があったって事を。」
道の反対側の広場では、子供達がベーゴマを回したり、メンコを地面にたたきつけあっている。
その近くではプロレスごっこか、「力道山チョーップ!」と言いながら取っ組み合いをしてる子供達がいる。
自分達が生まれた頃には、既になくなっていた広場での遊び。
アパート群には干された布団が垂れ下がり、街に備え付けのスピーカーからはラジオの放送が流れている。
多分、日本がこれから発展していく時代の入り口、人がもっとも、がっついていた年代。
「私たちの時代よりもこう、強い何かを感じるわ」とメリーが言った。
昼食の匂いに混じる僅かなオイルと煤の匂い。電柱に塗られたタールの香り。多少の嘘はあっても偽善は無い人々。
誰も彼もが生きることに一生懸命で前だけを向いている。
「着いたよ。」
少年の声に我に返ると、木造の建物に「大衆食堂」の暖簾がかかっている。
中はカウンターと簡素なテーブルに調味料とパイプ椅子。カウンターの隅には古い型のラジオが歌謡曲を流していた。
「おう、らっしゃい!って坊主、また違うとこのお客さんかよ?おめえも人好きだねえ!」
威勢のいい声とともに店主が蓮子達を見て、少年に声をかける。
「うん、スケガワで迷ってたから連れてきたよ。」
「っつーことは、あんたらスケガワの裏路地で迷い込んだのか。」
店主も慣れているらしい。蓮子がいきさつを話すと、店主はうんうんとうなづきながら、
「多分、あんたらが迷い込んだ裏路地はアレだ。鉱山電車の通っていたところだろうな?」
「そうなんですか?」とメリー。
店主は笑いながらメリーに種明かしをする。
「大抵の奴ぁ、あそこや小学校や中学校のある所からここに来るんだよ。ちょっと怪奇な話だが、昔栄えていたとこってのはそう言うことが時折起きる。」
「それは…どう言う事ですか?」と蓮子。
「信じるかどうかは任せっけどな、そう言う所には人の想いが染み付くもんだ。で、その想いは街が寂れても褪せる事も滅びることもねえ。
そう言う想いと同調できる人間や望郷の心を持ってる人間が来ると、街がな、そう言う奴らを自分の時代に連れてくるんだ。」
蓮子は腑に落ちない顔で質問する。
「からくりは解りましたけど、何故そんな事を?」
店主は少し難しい顔をして言った。
「そりゃあ、この街の事とこの時代の風景を誰かに話して貰いてえにきまってっからだろ。そうする事で新しい人間が一人でも訪れてくれる事を願ってな。」
彼はそう言って、
「ああ、そう言や注文まだだったな?品書き見て決めてくれや。坊主はいつもので良いか?」
少年は「うん」と言って水を飲んだ。
店主は、
「あんたらの持ってる金はうちでは特別に使えるよ。坊主が知らせてくれるからな。」
メリーが少年に訊く
「君、ここの常連さん?」
少年ははにかみながら、
「・・・僕の叔父さんなんだ。いろいろ教えてくれたのは近所のばあちゃんとこの叔父さんだよ。」
数分後。
「へい!お待たせ!」
皿に盛られた餃子と味噌汁とご飯。付け合せにお新香が乗っている盆が置かれた。
「坊主、ラーメン一丁な。」
「ありがとう。」
店は七分の入りになっている。背広を着てカバンを持ったサラリーマン風の男や、作業着にヘルメットの鉱山関係者と思われる人々、近所の店に居そうな
おばさんも何人か居る。
みんな生き生きと話している。何号棟の娘さんの輿入れが決まったとか、何号室の赤ちゃんがかわいいとか。
「蓮子。」
メリーが小さく聴いて来る。
「何でここの人たち、部屋番で話してるのかな?」
その質問に少年が答える。
「ああ、ここって、スケガワって言う苗字が凄く多いんだ。街で呼べば十人中、八人はスケガワ、他の苗字でも実家がスケガワって人も居るし、僕のクラスも
苗字が違っても従兄弟とか、はとことかいっぱいだよ。」
そこでメリーが訊く
「駅もスケガワだったけど、何か関係があるの?」
少年は慣れた風に説明する。
「ここって助川氏の領地だったんだよ。佐竹氏の出自なんだけど、佐竹氏が移封されてからも残り続けたんだって。」
メリーは合点が行ったらしい。
「だから町の名前にも人の苗字にも多いのね。そう言えば大名や豪族が居た所って同じ苗字が多かったわよね。」
蓮子は頷きながら、
「下総大網の山田家もそうだったわね…。もっともあそこは豪農だったけど。」
下総大網に足を伸ばしたのは、河童の噂があったためと幽霊が出るという噂があったからだが、別に何の因縁もなさそうな所で
河童の目撃例も殆ど無く、空振りだった覚えがある。
その土地も山田という姓が非常に多く、「どこの山田さん」と言わないと話が通じず疲れた覚えしかない。
そうこうしている内に食事が終わって、代金は全部で二十円後半。
店主は十円玉を見て「あんたらはずっと未来の人なんだなぁ。とりあえず色々見て、覚えて、折見て話にしてくれよ。」と三人を送り出した。
店を出て、少年が訊いて来る。
「お姉ちゃん達、まだ食べられるなら珍しい饅頭がそこの『供給』で売ってるよ。」
指差す向こうには「福利サービス」の看板がある。
「福利サービスなのに『供給』なの?」
メリーの疑問に少年が答えた。
「製作所関係の人にはそう呼ばれてるよ。僕達みたいな関係者にだけ『供給』する店だから。僕と入れば大丈夫。」
少年はそう言ってスタスタと入っていく。
トタンの板で葺かれた屋根とひさし、外壁もトタンで覆われて、床はベニヤ張りとプレハブに毛が生えた程度の建物。
しかし、中身は冷凍の肉や魚、パンやお菓子、アイスの冷蔵機とちょっとしたスーパーになっていた。
「これがその饅頭。」
少年がカウンターの一角を指差す。そこには「田舎饅頭五円」と言う札と黄色の、蒸しパンみたいな皮の饅頭が積まれている。
「見た事ない饅頭ね。二個いただこうかな。」
「じゃあ、僕が買うから代金を渡してくれればいいよ。僕の分は要らない。」
少年と一緒に、店の脇のベンチに腰掛ける。彼はラムネを一瓶買っただけだ。
蓮子とメリーは饅頭を包むラップを剥がして一口食べて見た。
「何かほろ苦いわね。皮が。」とメリー
「今まで食べた事のない味だわ。でも慣れると美味しいかも。」
少年はそんな二人を見て種明かしをした。
「その饅頭、皮を重曹で膨らませてるんだよ。だから重曹饅頭って言われてるんだ。」
二人は饅頭を味わいながら納得する。
「昔はそう言う製法もあったのね。京の方では見た事なかったわ。」
笑顔で少年は付け加える。
「オオミカの運平堂とスケガワに行く途中の青柳って言うお店にも行って見るといいよ。あそこも美味しい饅頭や最中があるから。」
向かいの広場の隣では、大きな焼却炉が煤を吐いている。
「まだ、この時代は外でゴミが燃やせたのね。」
「うん、ドラム缶に穴を開けて燃やしてる区画もあるよ。森が多いところは別の区画の焼却炉を使ってるけどね。」
「うちらの時代じゃ罰金モノよ。」
「未来も不便になってるんだね。とりあえず僕はこのままの時代のほうがいいかな。」少年は空を仰いで呟いた。
「そうかもね。」
蓮子は頷きながら思った。
確かに京から東京へは一時間も足らずに着ける様になり、情報の取得はネットで簡単に出来るようになった。
しかしその一方で天然ものの食材は殆ど店では手に入らず、合成で作っているものさえある。
便利になるために、何かを犠牲にしなければならない。そしてそれは人のエゴでずっと繰り返される。
本当は犠牲を払わなくても方法はあるのに。
それが原因で、かつて、東京の一部は川の喫水線よりも陥没した土地が出来、隅田川の近辺は一時期、鳥が近づいただけで落ちて死ぬ状態にまでなった。
この時代の車はまだ、ガソリンに四塩化鉛を入れた燃料で動いているだろう。
それが改善されて陥没地帯以外の被害が無くなって行き、隅田川に魚が戻ってくるのはもっと先の話だ。
少年がぽつりと言った。
「あの大煙突が建って、煙をきれいにする装置がつくまで、この辺はハゲ山だったんだって。」
蓮子は緑豊かな今を見ながら言う。
「想像出来ないわね。今ではこんなにきれいなのに。」
「僕も最初は信じられなかったよ。でも、昔の写真では確かに煙突は短くて、真っ黒い煙を出していたんだ。周りは枯れ木だらけだったよ。そして被害が隣の市にも行っちゃって、
それからこの煙突が造られたんだって。それでもここまで来るのに四十年かかってるんだ。」
「…それでも、土地は懐かしいのかな?」
メリーが唐突に呟いた。
少年は言う。
「人も土地も人を恋うて、想い、会いたくなるのは同じだって婆ちゃんは言ってた。ただ、土地にはモノを言う事が出来ないから、入り口を開けて待ってるんだって。
土地の中には人が恋しすぎて、その中に引き込んだ人を絶対に放さずに、縛り付けてしまうところもあるから気をつけなって言ってた。」
「夕方になれば帰れるのは、昼に食堂のおじさんが言っていた事が理由なのかな?」
蓮子が考え込む。
「人が忘れても土地はあり続けるから、昔を知ってほしくて時間限定でツアー的なことをしてもおかしくない、か。でも何故スケガワが…。」
少年は答えない。が、メリーが仮説を立てる。
「鉱山が閉鎖して、工場の必要性が薄くなる時を予感してる可能性はあるわね。採鉱以外に他の国から鉱石精錬の依頼を受けていても、掘ってる所が
閉山していけば街は寂れるわ。ちょうど私達の時代の東京のように。あるいは炭田で栄えた所みたいに。」
大学に入る前に読んだ詩の一節が蓮子の脳裏に思い出される。
『この壺も、おれと同じ、人を恋う嘆きの姿ーーー』
だから、異邦人を呼び、その話を広めてくれと言うのだろうか?
また賑わう事を信じて、一縷の望みをかけて。またあの賑わいを見せてくれ、と。
答えはない。
何気ない話をしながら時折写真を撮っているうちに、不意に、その静寂をサイレンの音がかき消した。
時間はいつの間にか時間は夕方になっている。
少年がベンチから立ち上がった。
「お姉ちゃん達がそろそろ帰らなければならない時間になっちゃった。スケガワの駅まで送って行くよ。」
彼は何かを振り切るように背を向けて歩き出す。
そのまま三人は無言のまま、鉱山電車の駅へ向かう。
夕暮れの街は眩しく、茜色の世界。漂うのは夕食の支度。魚を焼く香り、肉を炒めている音、カレーの匂い。縁側を開け放した窓からはテレビかラジオの音が聞こえてくる。
駅に着いて、辺りを見ると、鉱山電車は帰宅途中の人で賑わっている。
そのときにふと、蓮子とメリーは景色に違和感を感じた。最初は夕暮れのせいだと思ったが、光の加減ではない。
「もうすぐ、お姉ちゃん達は二人の居た時代に戻るからね。僕らもこの土地ももう、この時間からは今のお姉ちゃん達には過去のモノなんだ。」
少年も、景色も、何もかもがセピア色に変わっている。
鉱山電車から見る風景もセピア一色で、影の色で何がわかるかと言う程度の色彩だ。
メリーは無言でその風景を見つめている。手にはカメラを持っているのに、シャッターは切られない。
写真に残すよりも記憶に残す方を選んだらしい。それとも目の前の景色に目を奪われてしまったのか。
満員の鉱山電車が静かにスケガワ駅に着く。
セピア色の人々は思い思いに町の方へ、または国鉄の駅へ、バス乗り場へと散っていく。
最後に蓮子たちが降り、少年は「こっちへ」と言ったきり、無言で歩き続けた。
そして、最初に少年と会った裏路地に来た時、彼は振り向いて言った。
「このビルの間の道をまっすぐ行けば、中央通りに出られるよ。」
別れる時が来た。少年はにっこりと笑って。
「また僕に会いたかったら、この町のどこかで道に迷ってね。僕達はスケガワとモトヤマの街が覚えているままの存在だから、いつでも歓迎するよ。多分、町が無くなっても、
ここに来れば会えると思う。それまで僕達の事を忘れないでね。」
彼は手を振って見送る。蓮子達も
「ありがとう。機会があればまた来るわ。」と手を振った。
一歩踏み出して振り返ると、少年の姿が色あせて消えていき、それに合わせてセピアの街も光が失せて、今の姿へと形を変えていく。
ビルを抜けて中央通りへと抜けると、すっかり整地された通りへと出た。
近くの看板には、「幸町」と書いてある。
蓮子が地図で確認すると、スケガワ駅の近く、ショッピングモールの近くだ。
「戻ってきたみたいね。」と蓮子。
「夢みたいだったけど…本当の事だったのよね。今日の事って。」来た道を振り返りながらメリーは言った。
「正直、もう少し居たかったかなあ。あんなにエネルギッシュな雰囲気は感じた事がなかったわ。」
蓮子の感想に、メリーも正直に答える。
「うん。それに食べ物が美味しかった。重曹饅頭なんてはじめて食べたもん。」
「あんた、どこまでも食い気ね。」しょうがないな、と言う感じの蓮子に
「今の時代じゃあんな貴重なものはどこ見ても置いてないでしょ?」
「そうね…。」
駅までの道を歩きながら蓮子は思う。
人が忘れてしまっても、土地は覚えている。
長い時が経てばあの少年の事も、あそこで働いていた人の事も、施設も、誰も知る人は居なくなって、その名前も消えてしまう。
その時に吹いていた風だってもう、今には残らない。
それでも、あの土地だけがその当時の賑やかさや人の思いを抱いて、待っている。
古きよき時代を経て、今のお前達があるのだ、それだけは忘れてはならん、と言うように。
幾年が過ぎて、全てが変わってしまっても、街は、土地は覚えている…書物にも記されない些細な事でも。人の息遣いまで。
二人はあの場所の方向を振り返って、「いつか、必ず来るから、その時も案内、よろしくね。」と小さく言った。
その声にならない呟きを風に乗せ、少年達のところへ届くようにと祈りつつ、蓮子とメリーは宿への帰路を静かに歩き出した。
新しい国道が出来るまでは、狭い路地を沢山の人と車が行き交っていたという。
その街道沿いの店のベンチでくつろぐ影二つ。
「旧道とは聞いていたけど、中々趣があっていいわね。」
黒い帽子に白いワイシャツの女性、宇佐見 蓮子は周りを見回しながらしみじみ言う。
それに答えるは、ナイトキャップ風のフリル帽に紫色のワンピースの女性、マエリベリー=ハーン。
「うん。今時木造で昔ながらのアイスキャンディ売ってる所なんて初めて見たわ。」
メリーはベンチから離れて店の概観をじっくりと見つつ、アイスキャンディをかじっている。
常陸の国、シモマゴの街に彼女達がやってきたのは、ただ単に教授の実家の話を聴いて観光に来ただけの話。
メリーの見ている看板は錆びてはいるが、コーラやスプライトの看板が鎮座している、昔の商店の看板。
毛筆体で「かどや」と書かれたそこは昔の製法でアイスキャンディを作り、ほかに和菓子や駄菓子も置いている、古きよき時代の名残りの店だった。
「商店街の角にあるから『かどや』なのね。」
蓮子は左の旧街道を見ながら言う。
どうも店主のこだわりなのか、向かいに並ぶ店はコンクリートのビルなのに、この店だけは木造平屋の開放型で、閉店の時は
シャッターではなく木戸を閉める形になっている。時代に四十年は置き忘れられた雰囲気の店だ。
「そう言えば駅にも昔のホームの遺構があったわね。」
デジカメのメモリを点検しながら蓮子が何気なく言った。
「んー、話に聞いたところだとすぐ近くにある工場の専用線のホームだったらしいわよ。」とメリー。
シモマゴの駅の裏手…海岸口の方には大企業の工場があり、かつては工場に勤める人々が三両編成の専用車に乗って
引込み線の向こうへと働きに行く姿が見られた。今では草に覆われて見る影も無いが、時折引込み線から大型の荷物が出荷されていると言う。
「似たような引込み線がカツタの駅とサワの駅にもあったわね。そう言えば。常陸の国は企業城下町なんだっけ?」
デジカメで周りの風景を撮りながら、蓮子がメリーに確認する。
「教授の話ではね。何か日本で初のモーターを作った会社の街だって言ってたわ。モーターは五馬力だったとか。」
メリーはもう動いていない自動販売機を撮影している。硬貨を入れてボトルを引き抜くタイプのシンプルな型だ。
「昔から進んだ街だったのね。」
「教授の話ではシモマゴではなくて隣のスケガワの方が賑やかだったそうよ?」
メリーの言葉に蓮子は教授の思い出話を反芻する。
『スケガワの方は昔、銅山があってね、モトヤマ銅山とスケガワを行き来する人と鉱山電車で賑わっていたんだよ。
建てられた当時は東洋一といわれた大煙突がシンボルマークだった。平成の春ごろに折れてしまったけどね。鉱山電車に使われていたのがさっき話した五馬力モーターだ。』
その話に興味をそそられてやって来たのだが、表通りはほとんどシャッター通り、教授が子供の頃によく遊びに言ったと言う玩具屋もすでに無く、話の内容とはずいぶん変わった寂れ方だった。
しかし、それでもこう言う店や京では見られない機械がしれっと残っているのは面白い。
そこで考えを切って周りを見ると、メリーが居ない。
興味を引かれると何も言わずに、ふらっとそっちに行く癖は何とかならないものなのか、と蓮子は少しげんなりした。
メリーを呼ぼうとして、回りを確認し…蓮子は固まる。
向かいのビルの隣の薬屋。そこの前にメリーは居たのだが、彼女は硬貨を入れると三分間ほど動く、象の遊具に乗っかって楽しそうに揺られている。
いい年して…とは思ったが、何故か不思議にマッチしてるのは何故だろう?
蓮子は少し離れてデジカメのメモリを交換し、動画撮影モードにして録画する。後でディスクに焼いて、からかうネタに使おうと。
やがて遊具が止まったが、メリーはおもむろに財布から硬貨を取り出してまた遊具を動かし始めた。
とりあえずズームも利かせて表情などを取り終えてから、デジカメのメモリを元に戻し、メリーへ小走りに駆け寄る。
「…いい年して何やってんのよ…。」
蓮子の呆れ顔もどこ吹く風でメリーは楽しそうに答えた。
「なんか盛り上がっちゃって、しかもこの機械、一回三十円だって。蓮子も乗ろうよ。」
「遠慮するわ。」
そう言って薬屋を窓越しから見ると、カウンターで店主らしい白衣の男性がにこやかにこちらを見ている。
機械が止まるのを待って、蓮子はまた財布を出そうとするメリーの手を引っ張って、駅の方へ逃げるように歩いた。
「どうしたの?」
不思議そうに見つめるメリーに、蓮子は声を潜めて、
「どうしたも何も、いくら旅先だからって羽目はずしすぎでしょ!」
彼女の言葉にメリーはブーイングで返した。
「えー?旅の恥はかき捨てってよく言うじゃない?」
「限度があるのよ。そうでなくても旅行者って事で目立つんだから突飛な事はしない方がいいわ。」
蓮子のその言葉にメリーがジト目になる。
「その突飛な行動を撮影してた人が言う言葉じゃないわよ、それ。」
「いや、何か似合ってたんで他人の振りで…。」
「後でメモリ消去ね。」
「あんたの行動いかんによるわ。」
絶対にデータは死守するつもりで蓮子は話を切った。
空を見て、大体午後二時くらいと判断し、次の移動場所のマップを見てみる。
メリーは何かを熱心に見ているので覗きこむと、シモマゴ周辺のグルメマップのパンフレットだった。
蓮子は何かを言いかけたが、よくよく考えれば調査旅行ではないのだ。
シラヌヒの街では注意を受けたものの、こう言う街の中の歴史や不思議な事に素で触れる機会がありそうだと
ついつい忘れてしまいそうになる。が、かと言ってメリーのようにはっちゃけられる程の、心の切り替えは蓮子にはできない。
見学場所の確認をしながら「われながら面倒くさい性格だ。」と心の中で自嘲する。
大体の見学場所の目星をつけた所で、メリーがタイミングよく声をかけてきた。
「この通りの並びに餃子が名物の中華料理屋があるって。値段も安いし食べて見ようよ。」
目を輝かせるメリーは本当にこの旅行を満喫してる風だ。
「そうね、ちょうどランチタイムも終わる頃だし行って見よ。」
中華料理屋に入り、チャーハンと餃子のランチセットを頼んだ二人は、運ばれてきたそれを見て後悔していた。
とにかく量と大きさが半端ではないのだ。食べきれるのだろうか?
特に餃子は皿からはみ出す大きさで、中身がぎっしり詰まっている。三つなのが幸いだが、チャーハンの盛りも普通のはずなのに、特盛りと変わりない。
メニューを見ると餃子二十五個チャレンジというメニューまで貼ってある。「約4kg」という文字まで丁寧に付記して。
とりあえず、覚悟を決めて彼女達は箸を手に取った。
四十分後、店を出て、近くのベンチにて。
「蓮子ぉ…動ける?」
ぐったりしたメリーの声に、か弱く蓮子は返す。
「…無理。」
メリーは腹に手を当てながら苦しそうに言った。
「シラヌヒでは結構食べられたから、大丈夫だと思ってたけど…甘かったわ。」
「あんた、それ憑いてた人達に分けてたからでしょ。でもアレを完食して元気に出てく人達って…。」
蓮子の驚きに近い言葉にメリーが口を挟む。
「出る時、おかみさんが言ってたじゃない。この街のの大学卒業したあとも、わざわざ食べに帰って来る人がいるって。味も量もアレなら納得できるわ。」
言い終えて、うぷ、と不穏な音がメリーの口から漏れ出す。
蓮子もきつくなったスカートを気にしながら言った。
「これじゃしばらく動けないわね。スケガワには動けるようになったら行ってみようか?」
「さんせーい。って動けるのは夜になりそうな感じね。まだ日数はあるし今日は宿に戻ったほうが無難だと思う。」
「問題はいつ動けるようになるか、かなあ?」
夕方の宿にて。
何とか動けるようになった二人は、途中の薬局で胃薬を買ってベッドの上で唸っていた。
予備知識もなしでその界隈の名物になっている「安くて量が多い」食堂に行くと、大抵こう言う罠が潜んでいる。
「メリー。」
「なーにー?」
「今度から注文する前に、私達が完食できる量かどうかきちんと訊こうか。」
満腹の苦しみに耐えつつ声を搾り出す蓮子に、メリーもさすがに懲りたと見て、
「うん…さすがに怪異以外の自業自得で行動を制限されるのは洒落にならないわ…。一応予定では老舗のバーに行く予定だったんだけどね。」
「食べ物の話はもうやめましょ。流石に夢にまで見たくないわ。」
彼女達が真っ当に眠れたのは夜もかなり遅くなってからの事だった。
次の日。
食べ過ぎの苦しみから解放された二人は、シモマゴの駅からそのままスケガワの駅へと移動した。
電車から降りると、潮の香りが漂ってくる。
「ここって海がとても近いみたいね。海岸口から一キロも無いみたいよ?」
駅の名所案内板を見てメリーが言う。
「シラヌヒよりも海に近いんだ。でも漁港とかは無いのね。」
蓮子が車窓からの風景を思い出しながら言う。
「途中の海岸だと崖が多かったし、工場が集中してたようだから立地的なものかもね。地図だとシモマゴの方から南へ漁港が集まってるわね。
ここから少し離れたオオセの街にも漁港があるようだけど…規模は小さいみたい。」
そう言って海岸とは反対の駅舎の方を見やる。
スケガワの駅は切り立った崖の下にホームが存在し、駅舎は階段を上り、二百メートル程の陸橋を渡った所にある。
その陸橋の下にはコンテナが積みあがり、近くにはセメント工場の引込み線が見えた。
「あそこにタンク車を止めて、セメントを直接タンクに流し込む構造なのか…。初めて見るわね。」
蓮子が感心した様に引込み線の内容を見ていると、蓮子が袖をクイクイと引っ張る。
「どうしたの?」
メリーの目が輝いている。その先には売店があり、藁に包まれた納豆を売っていた。
「藁納豆ってこんなんなんだ。納豆の国って言われるのって伊達じゃないのね。」
感動のベクトルが明後日の方向に行っている。
「メリー、納豆食べられるの?」
「ううん、好きじゃない。ただ単にパック詰めしか見たこと無かったから盛り上がっただけ。」
そこで蓮子がメリーを止める。
「はいはい、写真には撮らなくていいから。先に行きましょ先に。」
駅舎を出た二人は、右手のパイプと鉄骨だけで出来た塔に注目する。
「アレなんだろ?」とメリー。
蓮子は地図を見ながら確認する。
「セメント工場のセメントを作る塔みたいね。この辺は駅を出て左のほうの、シビックセンターとショッピングモールがメインみたいよ?」
そこでメリーが思い出したように言う。
「確か銀座通りがあったって教授は言ってたけど、どの辺りなの?」
「結構歩くわね。中央通りからも離れてるから路地裏を遡って行く方が近いみたい。」
メリーはその言葉に地図を覗き込む。
「普通なら路地裏ってあまり通らないけど、今回は大丈夫かな?」
蓮子は少し不安を感じたが、調査でもないので関わりそうになったら回避する事を提案して、駅の左手の路地裏へ歩を進めた。
前にシラヌヒの街でもらった守り鈴を持っているのも心強い、が、それはあくまで霊的なものからの守護であって、裏通りに突然開く異界の扉を回避するような効果は無い。
「裏路地行くのはいいけど、細い道には気をつけないとね。」と蓮子。
「んー、境界がその程度ならいいけど、ごくまれに時期や時間帯でいきなり開く時もあるから何とも言えないわね。」
メリーはそれでも鼻歌交じりに周りを見ながら歩く。
数十分後
「…メリー、何かおかしくない?」
歩き疲れた蓮子が道端のベンチで一息つきながらメリーに訊く。
「そうね。かれこれ一時間近く歩いているのに目的の場所に着かないし、風景が変わらない。」
メリーはそれでも落ち着いている。
二人の通った道は最初、古いビルや店の続く旧商店街の跡を辿っていたのに、今の道はレンガを所々に敷いて、旧字体で看板が書いてある店の連なる、賑やかな通りになっていた。
行き交う人の服装もモンペを履いていたり、着物の女性が多かったりと明らかに時代が違う。
電柱も木造で碍子も今のものより形が古く、大きい。
「来た道を逆に辿れば戻れる保証はある?」無駄だと判って蓮子は訊いた。
「多分無いわ。私も気づかなかったんだから完璧に迷い込んだわね。」
それでもメリーは周りの店を食い入るように見つめている。値札には「十五円」や「十円」などの文字が並ぶ。
「…参ったわね。私たちお金持ってないわよ?」
「この時代の通貨は持ってないわね…。」事ここに及んでまだ食い気が優先するメリーを蓮子は『もうどうにでもなれ』と見ている。
途方にくれてこの先の事を考えていると、不意に声がかかった。
「お姉ちゃん、変わったカッコしてるね。外国の人?」
声の方を見やると、年のころ十二歳くらいの着物姿の少年が屈託の無い笑みで蓮子を見ていた。
「生憎と日本人よ。迷い込んじゃっただけで。こっちのメリーは日本生まれの外国人だけどね。」
蓮子の言葉に、少年は目を輝かせて、
「へえ、まだこの時代に迷い込んでくる人って居たんだ。」
驚きの色が蓮子の顔に浮かぶ。
「え?」
「お姉ちゃん達以外にもこの時代に迷い込んでくる人がこの街は多いって事。僕も何人か案内したんだ。」
「…そうなんだ。そういえばこの時代はどんな時代?」
「昭和三十年だよ。戦争が終わって十年しかたってないのにこんなに賑やかになってるんだ。」
そこで、いつの間にか戻ってきたメリーが少年に訊く。
「ここから出る方法とか、知らない?」
少年は笑いながら
「うん。今は午前中だけど、夕方になったら戻れるよ。ただ、お姉ちゃん達は戻れる方法知らないでしょ?僕が案内するよ。」
そう言うと少年は「こっちこっち!」と二人に手を振って細い路地に入っていく。
少年について道を抜けると、大通りに出る。
五階建てのビルが所々に立ち並び、ボンネット型のバスが停留所で客を乗せており、車掌の腕章をつけた女性がお金の受け渡しをしていた。
「映画の世界にリアルで飛び込んだ感じね。」と蓮子。
「…うん。」
メリーは写真の撮影に余念が無い。未来の世界の人間には伝聞でしか知る事が出来ないものがそこにあるのだ。
そこで少年が戻ってくる。
「スケガワの駅に鉱山電車があるから、それで僕の居る町まで行くよ。ついて来て。」
「あ、ちょっと。」
「ん?なに?」
「私達、お金を持ってないんだけど…。」
蓮子の不安を少年はにっこりと笑って、
「鉱山電車はタダで乗れるんだ。だから鉱山にいる人はみんなバスなんかより電車を使うんだよ。」
少年はそう言って駅の方向に歩き出す。
「そうだ、僕に小銭を一応見せてみてよ。」
メリーがすかさず財布から小銭を出し、少年に見せると、彼はいくつかを見て確認する。
「一円玉と5円玉、十円玉はギリギリ使えるね。でも十円は気をつけないと怪しまれるよ。」
「え?何か違うの?」蓮子が意外そうに訊く。
すると彼はポケットから小さいガマグチを出して、十円玉を二人に見せた。
「このふちの所、ギザギザがあるでしょ?この時代はみんなそうなんだ。五円玉は新しいのが出てそんなにたってないから、穴が無いのもあるよ。」
少年の出した五円玉は古臭いデザインで、穴が開いておらず、五円の文字も明朝体だ。
「五十円と百円はデザインも違うし、五十円には穴が開いてないから使っちゃ駄目だよ。」
彼は注意深く念を押した。
そしてスケガワ駅。
木造の古い作りにがらんどうの駅周り。見通しが良く遠くには海が見える。
「昔のスケガワはこんなところだったのか…。」
蓮子は自分の実家の東京もこんな時期があった事は博物館の写真で見ている。が、実際の景色はとても鮮やかだ。
そこでメリーがぽそっと呟く。
「小さい頃に『貴方は世界がきれいに見える?』って訊かれた事があったけど、今なら『はい』って言えるかな。」
僅かな感傷を帯びた声は、直後の少年の声にかき消される。
「早くしないと電車が出ちゃうよ。こっちに来て。」
駅の正面口から左側の方に大きな荷物置き場の建物と木造の柱にスレートのひさしで屋根を葺いた駅舎が見える。
駅には、貨車と客車の繋がれた、簡素なつくりの列車が止まっていた。
先頭車両はトロッコにモーターをつけて簡単なパンタグラフをつけたシンプルなモノだ。
「もうちょっと大きい列車だと思ってたけど、以外に簡素ね。」写真を撮りながらメリーが言う。
「昔はもっと大きかったんだけど、改良されてこうなったって言ってたよ。」
少年が慣れた感じで説明する。
「もっと昔は牛に貨車を引かせてたんだって聞いた。その時のレールを利用してるんだってさ。」
客車に乗り込み、油の匂いのする木張りの床を踏みしめて椅子に座る。
乗客はずだ袋を抱えていたり、沢山のモノが詰め込まれた大風呂敷を背負っていたり、背負子を床に置いて肩を揉んでいる人も居る。
「あそこを見て。」
少年の指差した先に、はっきりと目立つ大煙突が建っている。
「あそこが僕の住んでる町。あの煙突は鉱石の精錬所なんだ。」
「と言うことは、あそこに鉱山があるの?」
蓮子の問いに、少年は当然と言うように答える。
「うん。ダイオウインって言う鉱山があるんだけど、ほかにも別の県からスケガワに運ばれてきた鉱石も精錬してるんだって。この列車はそう言うのも運んでるんだよ。」
「工場とかはこの辺には無いの?」
「工場はここから少し山側に行くとあるよ。一回戦争で全部焼けちゃったんだけど、みんな建て直されてるんだ。」
少年が言い終わると同時に、駅の柱の発車ベルがけたたましく鳴った。
駅員の笛の音を合図に、ゆっくりと電車は走り出す。
風景がゆっくりと流れ、少し経つと、かつてノコギリ工場と呼ばれていた、直角三角形のように尖った屋根の工場群が見える。
「僕が生まれる前は、ここは瓦礫の山だったって近所の婆ちゃんが言ってた。」
蓮子は自分の知っている事を頼りに訊いて見る。
「やっぱり空襲にあったの?」
少年は肯定したあとに付け加えた。
「うん、でも海からも戦艦の艦砲射撃を受けたんだって。十キロ先から撃ってきたって聞いた。僕のおじいちゃんもそのとき工場に居たんだけど…。」
彼の顔に暗い影が射す。
「…防空壕の入り口に焼夷弾が落ちてきて、蒸し焼きにされちゃったんだ。ほかの工場でも入り口が崩れて、何とか抜け出そうとしたんだけど、
そのまま閉じ込められて二、三年後にようやく見つかった人も居たよ。」
沈黙が落ちる。
街の反映の影に隠れて見えない傷跡は、未だにその影を残しているのだ。
空襲と艦砲射撃による徹底的な破壊。それはこの街が工場で構成されて居た為に他ならない。
しかし空襲に飽き足らず、そこまで徹底的な破壊をした理由は何故なのか、今の蓮子には知るすべは無かった。
沈黙を載せて列車は走り、開けたところに出る。
「あ、もう半分来たんだ。」
少年はいつもの調子に戻っていた。
「もう少しで着くけど、店で買い物するなら気をつけてね。」
メリーが目を丸くして訊く。
「え?なんで?やっぱりお金?」
彼は首を横に振る。
「じゃなくて、僕の住んでる所は、工場や鉱山関係者にしか物を売ってないんだ。僕は家族用の社員カードを持ってるから僕と一緒なら大丈夫だよ。」
「ああ、福利厚生の関係なのね。」
蓮子が納得したように言うと、メリーが訊いて来た。
「福利厚生は判るけど、他の人が使えないって何で?」
「簡単に言うと、関係者は安くモノが買える仕組みなんだけど、そう言うお店は関係者しか使えないようになっているのよ。工場の本社が全部お金を出してるから。
多分病院もそれ専用になっているモノがいくつかあると思うわ。他の人は使えるけど社員証を見せれば医療費が一割とか天引きになるようなシステムとか。」
メリーが不便そうな面持ちになる。
「それって閉鎖的過ぎて外から来た人間には不便よね。」
「企業城下町のシステムは教授から少し聞いたからね。この街だけではないわよ。下総の製鉄都市だってかつてはそうだったもの。逆を言えば企業にもよるけど、
そこの清掃人として雇われてるだけでもその恩恵を受けられるということ。」
少年がそこで話に入ってくる。
「お姉ちゃんよく知ってるね。お姉ちゃんの時代の街もまだそうなの?」
蓮子は首を振って
「ううん、ウチの教授の言う事には昭和四十年頃には一般の人も使えるようになっていたって。この時代は関係者専用なの?」
「そうだよ。昔の城跡の近くの病院がそうだし、僕の街の鉱山記念病院もそうだよ。」
この時代の文化等の違いや街の構造などに興味が湧いてくる。が、タイムリミットは夕方までだ。カメラのメモリの残量をチェックしておかねばならない。
やがて、電車が止まり、客席や立ちんぼうの客が降りていく。
「着いたよ。ここが僕らの街。」
ぐるりと見渡すと、まず一番最初に目に入ったのは巨大な煙突。
「これが大煙突…。」
メリーが興奮して写真を取り捲る。その周りには工場や鉄筋コンクリートのアパートが所狭しと並ぶ、巨大な団地。
「すごいわね。このアパート、みんな工場や鉱山関係の?」
「うん。すぐ近くに小学校や中学校もあるよ。」
「東京のニュータウンみたいな所ね。」
蓮子が感心していると、不意に腹が鳴る。太陽の位置から見ると昼くらいか。遠くからサイレンとベルの音が聞こえてくる。
「正午のサイレンだ。今から行く食堂なら一般の人にも解放されてるから大丈夫だよ。着いてきて。お金の心配も要らないよ。」
途中の大きな商店に「福利サービス」の看板がぶら下がっている。その横には蚊取り線香などの、ひし形看板が並んでいる。
ネットでしか見たことの無い看板、蓮子はカメラのシャッターを切りながら少年の後をついていく。
「この頃ってレトルトって無かったのかしらね?」とメリー。
店の軒先においてある品物は殆どが生ものか簡易的に包装された品ばかりだ。値段は比べ物にならないほど安いが。
「レトルトはこの時代はまだ無いはずね。ギリギリインスタントラーメンがあるかどうかって所かも。」と蓮子。
そこで「お姉ちゃん、レトルトって何?」
少年が振り向いて問うてくる。
「インスタントラーメン。即席ラーメンとか簡単に料理して食べられるものよ。」
「それならこの店で袋入りの中華麺が売ってるけど、それかな?美味しくないって言ってたけど。」
蓮子とメリーは少年の反応が薄いのに驚いていた。この時代の人間なら積極的に未来の事も訊いて来るはずなのに。
「なんか、君は落ち着いてるわね。」
メリーの言葉に少年は何のことも無く答える。
「これでもお姉ちゃん達以外の人たちも案内してるからね。大体質問できる事はしちゃったし、この街がどうなるかも知ってるよ。」
淡々と放たれた言葉は、何の感情も無い。ただ、あるがままを受け入れて行く強さのようなものが感じられた。
「だから、少なくとも僕は覚えていてほしいんだ。そんな時代があったって事を。」
道の反対側の広場では、子供達がベーゴマを回したり、メンコを地面にたたきつけあっている。
その近くではプロレスごっこか、「力道山チョーップ!」と言いながら取っ組み合いをしてる子供達がいる。
自分達が生まれた頃には、既になくなっていた広場での遊び。
アパート群には干された布団が垂れ下がり、街に備え付けのスピーカーからはラジオの放送が流れている。
多分、日本がこれから発展していく時代の入り口、人がもっとも、がっついていた年代。
「私たちの時代よりもこう、強い何かを感じるわ」とメリーが言った。
昼食の匂いに混じる僅かなオイルと煤の匂い。電柱に塗られたタールの香り。多少の嘘はあっても偽善は無い人々。
誰も彼もが生きることに一生懸命で前だけを向いている。
「着いたよ。」
少年の声に我に返ると、木造の建物に「大衆食堂」の暖簾がかかっている。
中はカウンターと簡素なテーブルに調味料とパイプ椅子。カウンターの隅には古い型のラジオが歌謡曲を流していた。
「おう、らっしゃい!って坊主、また違うとこのお客さんかよ?おめえも人好きだねえ!」
威勢のいい声とともに店主が蓮子達を見て、少年に声をかける。
「うん、スケガワで迷ってたから連れてきたよ。」
「っつーことは、あんたらスケガワの裏路地で迷い込んだのか。」
店主も慣れているらしい。蓮子がいきさつを話すと、店主はうんうんとうなづきながら、
「多分、あんたらが迷い込んだ裏路地はアレだ。鉱山電車の通っていたところだろうな?」
「そうなんですか?」とメリー。
店主は笑いながらメリーに種明かしをする。
「大抵の奴ぁ、あそこや小学校や中学校のある所からここに来るんだよ。ちょっと怪奇な話だが、昔栄えていたとこってのはそう言うことが時折起きる。」
「それは…どう言う事ですか?」と蓮子。
「信じるかどうかは任せっけどな、そう言う所には人の想いが染み付くもんだ。で、その想いは街が寂れても褪せる事も滅びることもねえ。
そう言う想いと同調できる人間や望郷の心を持ってる人間が来ると、街がな、そう言う奴らを自分の時代に連れてくるんだ。」
蓮子は腑に落ちない顔で質問する。
「からくりは解りましたけど、何故そんな事を?」
店主は少し難しい顔をして言った。
「そりゃあ、この街の事とこの時代の風景を誰かに話して貰いてえにきまってっからだろ。そうする事で新しい人間が一人でも訪れてくれる事を願ってな。」
彼はそう言って、
「ああ、そう言や注文まだだったな?品書き見て決めてくれや。坊主はいつもので良いか?」
少年は「うん」と言って水を飲んだ。
店主は、
「あんたらの持ってる金はうちでは特別に使えるよ。坊主が知らせてくれるからな。」
メリーが少年に訊く
「君、ここの常連さん?」
少年ははにかみながら、
「・・・僕の叔父さんなんだ。いろいろ教えてくれたのは近所のばあちゃんとこの叔父さんだよ。」
数分後。
「へい!お待たせ!」
皿に盛られた餃子と味噌汁とご飯。付け合せにお新香が乗っている盆が置かれた。
「坊主、ラーメン一丁な。」
「ありがとう。」
店は七分の入りになっている。背広を着てカバンを持ったサラリーマン風の男や、作業着にヘルメットの鉱山関係者と思われる人々、近所の店に居そうな
おばさんも何人か居る。
みんな生き生きと話している。何号棟の娘さんの輿入れが決まったとか、何号室の赤ちゃんがかわいいとか。
「蓮子。」
メリーが小さく聴いて来る。
「何でここの人たち、部屋番で話してるのかな?」
その質問に少年が答える。
「ああ、ここって、スケガワって言う苗字が凄く多いんだ。街で呼べば十人中、八人はスケガワ、他の苗字でも実家がスケガワって人も居るし、僕のクラスも
苗字が違っても従兄弟とか、はとことかいっぱいだよ。」
そこでメリーが訊く
「駅もスケガワだったけど、何か関係があるの?」
少年は慣れた風に説明する。
「ここって助川氏の領地だったんだよ。佐竹氏の出自なんだけど、佐竹氏が移封されてからも残り続けたんだって。」
メリーは合点が行ったらしい。
「だから町の名前にも人の苗字にも多いのね。そう言えば大名や豪族が居た所って同じ苗字が多かったわよね。」
蓮子は頷きながら、
「下総大網の山田家もそうだったわね…。もっともあそこは豪農だったけど。」
下総大網に足を伸ばしたのは、河童の噂があったためと幽霊が出るという噂があったからだが、別に何の因縁もなさそうな所で
河童の目撃例も殆ど無く、空振りだった覚えがある。
その土地も山田という姓が非常に多く、「どこの山田さん」と言わないと話が通じず疲れた覚えしかない。
そうこうしている内に食事が終わって、代金は全部で二十円後半。
店主は十円玉を見て「あんたらはずっと未来の人なんだなぁ。とりあえず色々見て、覚えて、折見て話にしてくれよ。」と三人を送り出した。
店を出て、少年が訊いて来る。
「お姉ちゃん達、まだ食べられるなら珍しい饅頭がそこの『供給』で売ってるよ。」
指差す向こうには「福利サービス」の看板がある。
「福利サービスなのに『供給』なの?」
メリーの疑問に少年が答えた。
「製作所関係の人にはそう呼ばれてるよ。僕達みたいな関係者にだけ『供給』する店だから。僕と入れば大丈夫。」
少年はそう言ってスタスタと入っていく。
トタンの板で葺かれた屋根とひさし、外壁もトタンで覆われて、床はベニヤ張りとプレハブに毛が生えた程度の建物。
しかし、中身は冷凍の肉や魚、パンやお菓子、アイスの冷蔵機とちょっとしたスーパーになっていた。
「これがその饅頭。」
少年がカウンターの一角を指差す。そこには「田舎饅頭五円」と言う札と黄色の、蒸しパンみたいな皮の饅頭が積まれている。
「見た事ない饅頭ね。二個いただこうかな。」
「じゃあ、僕が買うから代金を渡してくれればいいよ。僕の分は要らない。」
少年と一緒に、店の脇のベンチに腰掛ける。彼はラムネを一瓶買っただけだ。
蓮子とメリーは饅頭を包むラップを剥がして一口食べて見た。
「何かほろ苦いわね。皮が。」とメリー
「今まで食べた事のない味だわ。でも慣れると美味しいかも。」
少年はそんな二人を見て種明かしをした。
「その饅頭、皮を重曹で膨らませてるんだよ。だから重曹饅頭って言われてるんだ。」
二人は饅頭を味わいながら納得する。
「昔はそう言う製法もあったのね。京の方では見た事なかったわ。」
笑顔で少年は付け加える。
「オオミカの運平堂とスケガワに行く途中の青柳って言うお店にも行って見るといいよ。あそこも美味しい饅頭や最中があるから。」
向かいの広場の隣では、大きな焼却炉が煤を吐いている。
「まだ、この時代は外でゴミが燃やせたのね。」
「うん、ドラム缶に穴を開けて燃やしてる区画もあるよ。森が多いところは別の区画の焼却炉を使ってるけどね。」
「うちらの時代じゃ罰金モノよ。」
「未来も不便になってるんだね。とりあえず僕はこのままの時代のほうがいいかな。」少年は空を仰いで呟いた。
「そうかもね。」
蓮子は頷きながら思った。
確かに京から東京へは一時間も足らずに着ける様になり、情報の取得はネットで簡単に出来るようになった。
しかしその一方で天然ものの食材は殆ど店では手に入らず、合成で作っているものさえある。
便利になるために、何かを犠牲にしなければならない。そしてそれは人のエゴでずっと繰り返される。
本当は犠牲を払わなくても方法はあるのに。
それが原因で、かつて、東京の一部は川の喫水線よりも陥没した土地が出来、隅田川の近辺は一時期、鳥が近づいただけで落ちて死ぬ状態にまでなった。
この時代の車はまだ、ガソリンに四塩化鉛を入れた燃料で動いているだろう。
それが改善されて陥没地帯以外の被害が無くなって行き、隅田川に魚が戻ってくるのはもっと先の話だ。
少年がぽつりと言った。
「あの大煙突が建って、煙をきれいにする装置がつくまで、この辺はハゲ山だったんだって。」
蓮子は緑豊かな今を見ながら言う。
「想像出来ないわね。今ではこんなにきれいなのに。」
「僕も最初は信じられなかったよ。でも、昔の写真では確かに煙突は短くて、真っ黒い煙を出していたんだ。周りは枯れ木だらけだったよ。そして被害が隣の市にも行っちゃって、
それからこの煙突が造られたんだって。それでもここまで来るのに四十年かかってるんだ。」
「…それでも、土地は懐かしいのかな?」
メリーが唐突に呟いた。
少年は言う。
「人も土地も人を恋うて、想い、会いたくなるのは同じだって婆ちゃんは言ってた。ただ、土地にはモノを言う事が出来ないから、入り口を開けて待ってるんだって。
土地の中には人が恋しすぎて、その中に引き込んだ人を絶対に放さずに、縛り付けてしまうところもあるから気をつけなって言ってた。」
「夕方になれば帰れるのは、昼に食堂のおじさんが言っていた事が理由なのかな?」
蓮子が考え込む。
「人が忘れても土地はあり続けるから、昔を知ってほしくて時間限定でツアー的なことをしてもおかしくない、か。でも何故スケガワが…。」
少年は答えない。が、メリーが仮説を立てる。
「鉱山が閉鎖して、工場の必要性が薄くなる時を予感してる可能性はあるわね。採鉱以外に他の国から鉱石精錬の依頼を受けていても、掘ってる所が
閉山していけば街は寂れるわ。ちょうど私達の時代の東京のように。あるいは炭田で栄えた所みたいに。」
大学に入る前に読んだ詩の一節が蓮子の脳裏に思い出される。
『この壺も、おれと同じ、人を恋う嘆きの姿ーーー』
だから、異邦人を呼び、その話を広めてくれと言うのだろうか?
また賑わう事を信じて、一縷の望みをかけて。またあの賑わいを見せてくれ、と。
答えはない。
何気ない話をしながら時折写真を撮っているうちに、不意に、その静寂をサイレンの音がかき消した。
時間はいつの間にか時間は夕方になっている。
少年がベンチから立ち上がった。
「お姉ちゃん達がそろそろ帰らなければならない時間になっちゃった。スケガワの駅まで送って行くよ。」
彼は何かを振り切るように背を向けて歩き出す。
そのまま三人は無言のまま、鉱山電車の駅へ向かう。
夕暮れの街は眩しく、茜色の世界。漂うのは夕食の支度。魚を焼く香り、肉を炒めている音、カレーの匂い。縁側を開け放した窓からはテレビかラジオの音が聞こえてくる。
駅に着いて、辺りを見ると、鉱山電車は帰宅途中の人で賑わっている。
そのときにふと、蓮子とメリーは景色に違和感を感じた。最初は夕暮れのせいだと思ったが、光の加減ではない。
「もうすぐ、お姉ちゃん達は二人の居た時代に戻るからね。僕らもこの土地ももう、この時間からは今のお姉ちゃん達には過去のモノなんだ。」
少年も、景色も、何もかもがセピア色に変わっている。
鉱山電車から見る風景もセピア一色で、影の色で何がわかるかと言う程度の色彩だ。
メリーは無言でその風景を見つめている。手にはカメラを持っているのに、シャッターは切られない。
写真に残すよりも記憶に残す方を選んだらしい。それとも目の前の景色に目を奪われてしまったのか。
満員の鉱山電車が静かにスケガワ駅に着く。
セピア色の人々は思い思いに町の方へ、または国鉄の駅へ、バス乗り場へと散っていく。
最後に蓮子たちが降り、少年は「こっちへ」と言ったきり、無言で歩き続けた。
そして、最初に少年と会った裏路地に来た時、彼は振り向いて言った。
「このビルの間の道をまっすぐ行けば、中央通りに出られるよ。」
別れる時が来た。少年はにっこりと笑って。
「また僕に会いたかったら、この町のどこかで道に迷ってね。僕達はスケガワとモトヤマの街が覚えているままの存在だから、いつでも歓迎するよ。多分、町が無くなっても、
ここに来れば会えると思う。それまで僕達の事を忘れないでね。」
彼は手を振って見送る。蓮子達も
「ありがとう。機会があればまた来るわ。」と手を振った。
一歩踏み出して振り返ると、少年の姿が色あせて消えていき、それに合わせてセピアの街も光が失せて、今の姿へと形を変えていく。
ビルを抜けて中央通りへと抜けると、すっかり整地された通りへと出た。
近くの看板には、「幸町」と書いてある。
蓮子が地図で確認すると、スケガワ駅の近く、ショッピングモールの近くだ。
「戻ってきたみたいね。」と蓮子。
「夢みたいだったけど…本当の事だったのよね。今日の事って。」来た道を振り返りながらメリーは言った。
「正直、もう少し居たかったかなあ。あんなにエネルギッシュな雰囲気は感じた事がなかったわ。」
蓮子の感想に、メリーも正直に答える。
「うん。それに食べ物が美味しかった。重曹饅頭なんてはじめて食べたもん。」
「あんた、どこまでも食い気ね。」しょうがないな、と言う感じの蓮子に
「今の時代じゃあんな貴重なものはどこ見ても置いてないでしょ?」
「そうね…。」
駅までの道を歩きながら蓮子は思う。
人が忘れてしまっても、土地は覚えている。
長い時が経てばあの少年の事も、あそこで働いていた人の事も、施設も、誰も知る人は居なくなって、その名前も消えてしまう。
その時に吹いていた風だってもう、今には残らない。
それでも、あの土地だけがその当時の賑やかさや人の思いを抱いて、待っている。
古きよき時代を経て、今のお前達があるのだ、それだけは忘れてはならん、と言うように。
幾年が過ぎて、全てが変わってしまっても、街は、土地は覚えている…書物にも記されない些細な事でも。人の息遣いまで。
二人はあの場所の方向を振り返って、「いつか、必ず来るから、その時も案内、よろしくね。」と小さく言った。
その声にならない呟きを風に乗せ、少年達のところへ届くようにと祈りつつ、蓮子とメリーは宿への帰路を静かに歩き出した。
でもこんなに幻想臭いのはなんで
科学が発達した今の時代では、あの頃の賑やかさを再現することは難しいでしょう。
未来のことなど一切考えず、ただ家族や友達と他愛ない会話をしたり遊んだりして一日を過ごしていく。
現在とはなにもかもがまったく違う昭和の時代は、現代人にとってはある意味憧れる、夢の世界かもしれません。
私は平成の生まれですが、現在とは違う賑やかさがあった時代には憧れを感じたりします。
当時の人々はこういった考えで生き、生活していたのか等、非常に興味深いです。
今回もまた非常に不可思議で、魅力ある旅をしてきた連子とメリーは昭和の時代への郷愁や憧れを感じたのでしょうか。私はそうであったと思っています。
今回も素晴らしい作品を読ませていただきました。
前作のコメントでは興奮してしまい、はしゃぎ過ぎたコメントになってしまいました。
不快な気持ちを抱いてしまったなら本当に申し訳ありませんでした。本気で反省してます。
それでは次回作を心待ちにしております。
失礼しました。
知的好奇心がくすぐられますね。