「霊夢、これはどういう事なんですか?」
まだ冷たい風の吹く博麗神社の境内。
一通りの掃除を終え、縁側で霊烏路空の黒い羽に包まり一息ついていた霊夢の所に、華扇が怒鳴り込んで来た。
「あら、いつの間に来てたの」
「たった今来た所です。 そんな事より、これはどういう事なんですか? はっきりと説明してもらいますよ」
そういきり立つ華扇は、手に持っていた紙を霊夢に向かって突き付ける。
何処かで見た事が有るような文字が並んでいて、写真が一緒に載っていた。
擽ったそうに羽を揺らしている文と、蕩けた顔で夢中になって羽をいじっている霊夢の写真が。
「ああ、これの事?」
「これの事、ではありません!」
「いやまあ、それはその」
あの羽触り心地良いし、などという正直な感想を言えるはずも無く、霊夢はお茶を濁そうとする。
霊夢の隣で温泉卵を頬張っているお空は、そんな二人を不思議そうに眺めていた。
「まったくもう、こんなうらやま不純な誘惑に負けてしまって」
「はいはい分かった分かった――今なんて言った」
さらっと、仙人らしからぬ言葉が聞こえた気がして、顔を上げる霊夢。
「どうかしましたか、霊夢?」
「ふーん」
何事も無かったかのように続ける華扇を見て、霊夢は怪しい笑顔を浮かべる。
「あんたも触りたいの?」
「えっ? あっ」
「別に良いわよね、お空」
「うん、いいよ。んぐんぐ……」
お空は笑顔で頷いて羽を広げ、また無心に温泉卵をかじっている。
「わ、私は大丈夫です。それに、それくらいなら普段から触れていますから」
「大丈夫、そんなのよりこっちの方がずっと気持ち良いわよ」
「そんなの……って! 貴女よりずっと愛情を掛けているという自負は有りますよ!」
何処か華扇の逆鱗に触れてしまったらしい。羽に関して負けられない何かが、華扇には有った様だ。
「良いから良いから、一度触ってみれば分かるわよ」
「そこまで言うのなら、一度だけですよ」
華扇は少しご機嫌斜めと言わんばかりにずかずかと歩いて、お空の隣に座り、
ぽふ
と、その羽に身体を預ける。
「こ、これは……!」
その瞬間、華扇に戦慄が走った。
「等しく整った並びにムラの無い濡れ羽色の艶、僅かな風にも靡く軽さは絹の様にきめ細やか。
それだけでも調度品の様に美しいのに、風を纏って揺れる様は正に空を舞う羽衣に匹敵している。
触れば見た目に違わず手首まで埋もれる柔らかさに包まれて、尚も潰れない一枚一枚が肌をくすぐる様。
かつ抜け落ちるという弱さは微塵も感じさせない力強さが有り、手を動かし掻き分けても乱れる事無く元の形に収まる。
そして、仄かに心地良い暖かさが安心感も生み出し……!?」
「気付いた?」
「……匂い? この匂いは自然のものでは……まさか」
「その疑問、私が説明しましょう!」
その声に気付いた華扇は、驚き顔を上げる。
その先、いつの間にか現れていた早苗は、射命丸文を従えてニヤリと口元を歪ませた。
「私は外の世界の技術を惜しみ無く使用しました。これがどういう事か分かりますね」
自信に満ちた早苗を前に、華扇は動揺する。
「わ、私の負けです……!」
華扇は敗北を覚悟して両腕をわなわなと震わせ、お空の羽に顔を埋めて悶えだした。
早苗もまた、文の黒羽に身体を巻かれて、上機嫌で勝ち誇っている。
「あのー……よく分かりませんが、変な勝負に私を出すのはやめてくれませんか、早苗さ……んんっ」
妖怪としての尊厳を軽く失いながら、文は早苗に羽を撫でられて、身体を震わせる。
どうやらお気に入りに認定されてしまったのか、早苗はその羽毛マフラーから離れようとはしていない。
「結局、華仙は何に負けたのよ……まあ、いいか」
この羽の暖かさが有れば割とどうでも良い事だと、お空の温泉卵を一つつまんで、霊夢は思う。
「で、早苗は何しに来たの?」
「天気が良いので文さんと一緒に遊びに来ただけですが、なんだか面白そうなのでつい」
「なるほどね。で、そっちのカラスは?」
「カラスじゃなくて鴉天狗ですっ! ちなみに私もいつも通りネタを探しに来たんですが」
「良いネタならそこに居るわよ、好きなだけとっていって良いわ」
そう言って指差すお空の隣、黒く柔らかい羽に包まって身悶えている華扇は、実に良い表情をしている。
それを容赦無く写真に納める射命丸、こちらも良い表情をしていた。
「助かりました、これで次回の新聞もバッチリです。出来上がったら真っ先にお届けしますね」
「あ、私にも一部お願いしますね文さん」
文は嬉しそうに何かを手帳に纏めて、丁寧に頭を下げる。
「で、本当の所は?」
口の端を持ち上げて、霊夢が訊ねる。
「やはりバレてしまいますか」
ちろり、と舌を覗かせて、顔を赤らめる文。
「それじゃあ、ネタの『代金』を貰いましょうか」
「お手伝いしますよ、霊夢さん」
霊夢と早苗は揃って座り、両手を怪し気に動かして今か今かと待ち構える。
「……優しくしてくださいね」
そう呟く文の羽は、ばさばさと激しく揺れていた。
「はね
もふ」
「うにゅぅ……」
完墜ちあやや美味しいです。
今回も可愛いなー