※この話は時系列上、拙作である『客星な二人』の後日譚となっています。別に読んでいなくてもわかるように作ってあるつもりですが、一読していただいているとより分かりやすいと思います。
※誰(だれ)いむ注意です。
「あれ、私って天才じゃね?」
そう私は呟いた。
最近早苗と魔理沙がくっついた。それについてとやかく言う資格はないし、二人ともそれなりにうまくやれているようなので心配も要らない。元々似た者同士だと思っていたから、やっとかという気持ちもあった。
私の周りにいたやつらだったからそれなりに寂しくも思う。早苗は呼びもしないのによく神社に来て駄弁って帰っていくだけで、正直発想はアホっぽかった。たまに面白そうなことも持ち込むが、面白そう止まりで結局つまらない結果になってしまいがちだ。
私の方としては魔理沙の方が気になる。魔理沙も早苗と過ごしている今を楽しく思っているようで、早苗といるときのあいつの笑顔が眩しくてしょうがない。魔理沙にそんな顔をさせる早苗が一時期羨ましいとも思ったが、親友の嬉しそうなところを見るとなんにも言えなくなるのが辛いところだ。
魔理沙とは相当長い付き合いで、一部からは夫婦だの結婚しちゃえだのと言われていた。魔理沙は顔を真っ赤に染めて慌てて否定したが、正直私の本心ではそうなれば良いのになぁとぼんやりと考えていたりしてたのだが…………。
過ぎてしまったことはしょうがないとして、私は新たな挑戦を試みようとしていた。それはこの虚無心や寂寥感を紛らわせるための手段でもある。
誰からも距離を置くということは、誰にでも平等に接しなければならないということ。と解釈すると、誰にでも優しくすれば結局は同じなのではないかと、そう私は思ったのだった。
そこに至るまで九時間。ふと考え耽ってからからここまで完全なる徹夜である。
そして私は呟いた、「私って天才じゃね?」と。
手に持っている湯飲みの中の薄目なお茶を飲み干す。
そうとわかれば実行に移そう。まずは人里でまるで女神のように人々の依頼をこなし、イメージアップから心がけることによって、優しさ全体の底上げを狙うつもりだ。
まるで体は寝起きのようにだるかったが、精神だけは普段の何倍も活性化されていた。
よし、張り切っていきましょうか。
泣いて慧音の土下座されて謝られた。意味がわからない。
私が人里に行くのは何も不思議なことではない。むしろ妖怪退治の依頼を受けにいくときにいつも行っているし、今回だって妖怪退治がメインでなくとも里のための善意の行動を起こしたはずだ。
里について、道行く人々に私はこう声をかけた。
「なにか私が人里のためにできることがあれば是非言いなさい。もちろん報酬はもらうけどあんたたちのために一肌脱ぐわよ」
もちろん満面の営業スマイルでだ。心の底からの業務用だからこれできっと人間たちから頼られる巫女さんになるだろうと思っていた。何故か声をかけられた人たちは皆一様に肩を振るわせそそくさと逃げていったのだがなぜだろう。
「霊夢はどこだ!」
五分後、慧音が血相を変えて駆け込んできた。息も絶え絶えで帽子の位置もずれている。よほど急いでいるのだろう。
「あら慧音じゃない、早速私の助けを借りに来たのかしら。いいわよ、何でも言って」
そんなに必死なものだから切羽詰まった状況だろうと思い、なるべく慧音を落ち着かせるために堂々と答えてやる。
そうしたら慧音の顔から血の気が引いていくのが目に見えてわかった。何事かと思っているうちに、
「な、なななななななななにか里の者が粗相でも犯したのでしょうきゃ!」
まるで鬼を見たような及び腰に慧音はなった。出だしを壮絶につっかえさせていたのに加え、最後に舌を噛んでしまっていた。すごく痛そうだったが、慧音は痛みを感じている様子は見せなかった。
「里の人たちがそんなことするはずないでしょ、むしろ私が何かしたんじゃないかって心配になってくるわ」
とにかく慧音が平静にならないことには始まらない。少し苦笑いを見せながら、里を気遣うような仕草をやった。
「…………そこまでお怒りになっているとは露知らず申し訳ありませんでした!」
「申し訳ありませんでした!」
するとどうだろう、私の側にいた里のやつらが慧音と一緒に土下座をし始めたのだ。額が土に汚れることもいとわず一心不乱に。
その後ろから数人の男女が現れて私に抱えきれないほどの野菜や米を押し付けてきた。
「どうかそれで怒りをお納めください…………」
今にも消えそうな声で私に懇願をする老婆に私も狼狽するが、周りの嘆願する目と訳のわからない状況に対する私のキャパシティーが限界に達し、とにかくここを立ち去ることに決めた。
まあそれでも大きめの袋をもらって食料を持って帰ることにした。くれると言っている物を無闇に返すことも失礼だろう。いや、返せと言われても返さん。
少しだけしょっぱいお茶を啜る。この一杯だけのために淹れるというのも寂しいので、何杯分かとっておいてある。このちょうどいいときに誰か来てくれないものか。
例えばレミリアが来るとか…………、
「おーい、愛しの霊夢ー! いるー?」
私がいつも寛いでいる一室のすぐそば、いつも障子が開け放たれている外側にレミリアが降り立った。噂をすれば影だ。挨拶がちょっと気にくわないものの来客が来るのは嬉しい。
ここでいつもの私なら冷たく返すところだろうが、今日の私はまるで違う、霊夢二式なのだ。ちなみに二式というのは早苗が前言っていたロボットの強化型につける名称らしい。
「いらっしゃいレミリア」
にこやかにレミリアを迎える。日傘で見えなかったがレミリアの後ろに咲夜が立っていた。相変わらず鉄面皮のような見た目だが、実はかなりお転婆らしい。なんだかキャラ的に負けた気がする。
「お、おう……珍しいじゃないか、霊夢がそんな風に言ってくれるなんて」
「そう? 別になにもないんだけど」
レミリアの頬が引き攣り気味なのは見間違えじゃないはずだ。咲夜も口元は動いていないが器用に目だけを見開いている。人に対してなんたる失礼なと思ったが、ここで怒ってしまえば前までの二の舞になりかねない。ここは抑えておくべきだろう。
「そうだ、お茶飲んでいくでしょう? 今ちょうど淹れたてなの……そうだ、お茶菓子も用意するわね」
内心の怒りを悟らせないため笑みをさらに濃くする。すると、面白いようにレミリアたちから汗が出てくるではないか。表情に変化はないが、顔が白みを帯びているような感じもする。
「霊夢、怒ってるの?」
涙を目を浮かべて馬鹿げた質問をしてくるレミリアだが、これ以上こいつらといるといつ当たってしまうかわからないからそそくさと奥に引っ込むことにした。
「何をいってるのよ、いいからそこに座ってなさい」
「う、うん」
「…………」
レミリアは呆然自失になったまま咲夜に誘導されようやく縁側に座った。その様子を見届けると、私は給湯室に向かい一息吐いた。
「ふんっ!」
無意識の命ずるままに近くのテーブルに思いきり拳を叩きつける。関節が痛いしテーブルもみしみしと悲鳴をあげていたのでそれ以上はやらなかったが、ほんの少しだけ鬱憤を晴らすことができた。
かなり笑顔を取り繕う作業がきつい。他人に親切にすることがこんなに重労働だとは思いもよらなかった。レミリアにぶつけられなかった感情がまだ私の中に渦巻いている。
とりあえず湯飲みと茶菓子を用意すると、衝動的に近くの壁を蹴飛ばした。
「ひっ!」
かなり音が響いたようでレミリアたちにも聞こえていたようで、レミリアの小さな悲鳴が聞こえた。まあ私が暴れているだろうとは予想もしているまい。
「お待たせー」
煎餅の用意をすませ居間に戻るとレミリアが咲夜の後ろに隠れてガタガタと震えていた。なにかに怯えているみたいなので、安心させてあげようとできるだけ優しい声をかけてやる。
「あぅ…………」
「ちょっと霊夢、これ以上お嬢様をいじめないでもらえるかしら」
レミリアがさらに震えを強くさせた。それを見て咲夜が私を非難してくるが、なぜ私のせいになるのだろうか。
「いじめてなんかないわよ、ふざけたこといってると茶ぁあげないから」
イライラがぶり返してきてついぶっきらぼうに返してしまう。まずい、と思ったのだが、むしろレミリアたちがほっとした様子を見せた。一体私が知らないところで何が完結したのだろう。
「じ、じゃあいただくわ」
先程までの怯えようはどこにいったのやら無理に強がっているレミリア。少しだけ可愛かった。
「…………」
「っ!」
思わず頬が緩んでしまっていたのに私が気がついたのは、レミリアがその表情を緊張したものに変えたときだった。特段珍しいものでもなかったはずだが、レミリアと咲夜は小町がサービス残業をしているところやウザくない文を目撃したような衝撃を受けていた。
「咲夜、ちょっと食べてみて」
「……なぜですか」
「だって、ど……お味の方はどうかなぁって思ったから」
いつも出している煎餅をレミリアが咲夜に食べさせようとしている。咲夜の分ももちろん用意してあり、咲夜も対応に困っているようだ。
「別に毒が入ってるわけじゃないし、湿気る前にさっさと食べちゃいなさいよ」
「う、うん」
私に促されてもしばらく煎餅を凝視していたレミリアだが、とうとう意を決して頬張った。
軽い音を鳴らし咀嚼する吸血鬼は最初は恐る恐るだったものの、害がないことがわかると普通に飲み込んだ。
「……なんともならない」
「だから大丈夫だっていったでしょ」
「…………もしかして私、そろそろ死んじゃうの?」
「はぁ?」
奇想天外突飛的な発言がレミリアの口から飛び出した。さっきは得体の知れない冒涜的な何かに言い知れない不安を抱えているようだったのに対し、今度はハッキリと自分の身を守るような怯え方だ。それに、毒は入っていないとわかったのになぜ死ぬということに繋がるのか甚だ謎だ。やはり人外の思考は理解できない。
「気が狂ったように日光浴をするとか聖水風呂に入るとかそんな馬鹿な真似しなきゃあんた死なないでしょうに……まあ後は心臓に杭打たれたら死ぬか」
「……」
ずいぶん体を張ったジョークだと私は判断したが、なかなか自虐的だ。傲岸不遜な彼女からそんな言葉が出るとは思いもよらなかったが、いつもの応酬の延長だろう。
私の杭打ち発言に少しレミリアが反応したように見えたが、本当に私がすると思ったのだろうか。かわいいやつだ。
「じゃあ霊夢が死ぬの?!」
急にレミリアが飛びかかってきた。油断していたから簡単に押し倒されてしまい、完全にマウントポジションを取られてしまっている。しかも頭を打ち付けた。痛い。
「イタタ……あんたになら殺されかねないわね」
多少の皮肉も込めて苦笑をする。本当のところを言うとレミリアに夢想封印をかましてやりたかったが、私は我慢強いのだ。ここで弾幕を張ってしまえば元の木阿弥になってしまう。
「おかしい、霊夢が反撃してこない……」
「お、お嬢様…………!」
「アアアアアアアリエナイ、ウワアアアアアアアアアァァァァ!」
「おじょおおおおおおさまあああああああ!」
身を起こすこともできないのでしばらくその体勢になっていたが、レミリアの涙腺が決壊し泣きわめきながら神社を飛び出してしまった。日傘も忘れていったようで、咲夜が慌てて後を追っかけていく。
「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!」
馬鹿みたいなレミリアの金切り声が聞こえてきた。一体何がしたいのだろうかあいつらは。
「霊夢ー、遊びに来たよー」
騒がしい奴等が帰ったと思ったら、今度は厄介なやつがやって来た。
「ああ、萃香か」
ちっこい鬼だがその実力は四天王級、伊吹萃香だ。今日もまた昼間っからきつい酒を飲んでいる。こいつが携帯している酒を飲んでいるときにうまそうにしているのを見たことがない。慣れというやつだろうか。
「たまには肝を休ませないとダメよ」
萃香には何も出す必要はない。茶菓子は熱燗に合わないと思うし、今すぐつまみを作ろうにも時間がかかりすぎる。放っておくのが得策だ。
「……まさか霊夢からそんなこと聞くとは思わなかったなー」
萃香が頬の筋肉をひきつらせている。私の年齢で酒が飲めないというのは外の世界の法律で、この幻想郷で適応するのは意味がないのではないか。私の体を心配しているのであればそれは的外れだ。絶対に禁酒はしたくない。
ともかく私は訪れる客にも気を配って好感度を上げていきたいと思っていただけで他意はなかったのだが、萃香にはそうは聞こえなかったようだ。
「何よ、あんたが鬼だからって体の心配しちゃいけないっていうのかしら」
「……い、いや、そんなわけじゃないんだけどさ、意外だなーって思っただけだよ、うん」
歯切れ悪く答える萃香にも私はだんだん腹が立ってきた。いくらなんでもこいつら失礼すぎやしないか。
「ま、萃香がそれでいいっていうんだったらいいんだけどさ……って萃香どこ行くのよ」
萃香は来たばかりだというのにまた何処かへと行ってしまった。単なる冷やかしだったというのか。賽銭ぐらい入れていきやがれ。
「ちょっと萃香、いきなり来て霊夢がおかしいなんて言われても」
どこからか人の声がした。否、人ではない妖怪だ。辺りを見回してみても声の主を見ることはできない。恐らくはあのスキマ妖怪だ。
「ああわかったから押さないでちょうだい」
私の横に亀裂が生じた。文字通り、なにもなかった空間に亀裂が突如として現れた。それが口を開けると、紫が上半身を乗り出してきた。
「頼むよ紫、異変かもしれない」
「そんな霊夢自身が異変の元凶になったらすぐにわかるのに……あら霊夢、ごきげんよう」
体を薄めて瞬時に紫の家に移動したのだろう、スキマの奥から萃香の声が聞こえてくる。それにしても大騒ぎしすぎなのではないか。
「あら紫、ごきげんよう」
まあレミリアや萃香が来るよりかはいくらかましだ。取り繕うのもそう苦労しないだろう。
「いつもみたいに素直な霊夢じゃないの、別に変じゃありませんわ」
「いつ私が素直になったのよ……まあいいわ、歓迎するわ」
「…………は?」
やはり紫は格が違う。私の態度に違和感を覚えずいつも通り接してくれた。が、私が歓迎するわと言ったとき目が点になった。
「? 何がおかしいのよ」
「……別になにもないわ」
それもすぐのことだったが、紫があんな顔をするのは珍しかったから、つい凝視してしまった。すると紫はそっぽを向いてしまい、今どんな表情をしているのかわからなくなってしまう。
「ほら、飲んでいきなさい」
今日はいつ紫たちが来てもいいようにと、少し多目に湯飲みを用意していたのが幸いだった。紫の膝元に湯飲みを置くと、紫がそれをまじまじと見つめる。いつも使っているやつなのだが……。
「あ、ありがとう」
紫が膝を動かして何故か私から距離を取った。私をチラチラと窺い見ているようで、警戒されているように感じる。
その煮えきらない態度に堪忍袋の緒が切れかけるものの、グッとこらえて多少歪な愛想笑いを浮かべることができた。
「…………ねえ萃香」
紫が小さなスキマを開いて萃香と話し始めた。盗み聞きをするのもなんなので、居心地の悪さを感じつつも縁側から見れるいつもと変わらない空を見て退屈を紛らわせることにする。
何故だろうか、これでいいはずなのに心に虚無感が漂っている。寂しさが心に穴を明け空気が漏れ出しているみたいに。以前はこんなことはなかった。いつものようにやって来る妖怪たちの相手をして魔理沙たちとお茶を飲んで、ぞんざいに扱っていたけど結局神社に集まってきて。不思議とそんな日々に不満を持つことはなかった。
そりゃあ早苗と魔理沙の仲睦まじい光景を目の当たりにして置いてかれたように錯覚したこともあった。それでもあの二人は変わらず私に接してくれていて、私の周りに変化はなかった。
変わってしまったのは私の心構え、私自身だったんだ。平等でなくてはならないっていうのは私が変わってしまうことを戒めていたのではないのだろうか。
今日一日の苦労が無駄になった気がして、自棄になってしまいそうだった。
「おーっす」
「こんにちはー」
今日は異変以外で私の予感がよく当たる日だ。些細なことで滅多に外しはしないが人の往来となると話は別になる。良し悪しは私にはわからないのだが。
「レミリアと咲夜が霊夢がおかしくなったとか泣きついてきたんだが」
「一体どうしたというのでしょうか」
二人は肩を並べて上がりこんできた。少し近すぎやしないかと嫉妬心を抱いたが、それも一時の事だと自分に言い聞かせる。
「いらっしゃい、お茶の用意ならできてるわよ」
「おお、気が利くな」
「これ、何て読むんですか? 坂角?」
それでも明日になるまでは、次の太陽が姿を表すまでは、私が踏ん切りをつけるまでは、嘘をつき続けたいと思う。
何をやっていても一人、集団でいても一人と言われる私でも人間なんだ。たった一人の、少し力のある人だから。博麗の巫女という肩書きを持つか弱い生き物だから。力さえなければ消えてしまいそうな幻想だから。
私だって魔理沙みたいに努力してなにかを成し遂げたいし、早苗みたいに外の世界で色々見聞きだってしたい。働き詰めはごめんだけど、日々を充実させて楽しく生きている咲夜も羨ましい。必死に師の後を追う妖夢の後ろ姿も私の目にはカッコよく写った。
変わらないのは私だけなのかもしれないという不安が、焦りを助長させる。超然的な態度をとっていかにも幻想郷の巫女だと振る舞うのは別にいい。それは既に私の義務だし拒否する権限もない。
だが私は安定を求めつつ変化を望み、義務と権利の間に押し潰されそうになる。強迫観念が私を作り、操り、そして殺すだろう。
普段通りに私と接する早苗と魔理沙の方が、恐れ戦いた紫たちよりも遥かに私を責めているようにとれるのはとても悲しいものだ。
これが紫が恐れていた事態なのだろうか。博麗の巫女としてだけでなく人間として不安定になり、これでは到底異変なんぞに集中ができないだろう。あやふやな境界の上で揺れ動く私は波に揺られている気分になって軽い吐き気がこみ上げてきた。
「なあ霊夢、今日お前うじうじしてて気持ち悪いぞ」
「……え?」
魔理沙がいつになく真剣な目付きで私を睨んでくる。私はこの目付きを知っている。何時か魔理沙が私に宣戦布告をしてきたときと同じ目だ。お前を越えてやるって涙混じりに言ってきたあの時と同じ。
「なんていうか、いつもみたいに突き放すっていうかするだけの事をしたら放っておくみたいな……放任主義? っていうのかな、もっと堂々としたらどうだ」
数瞬、私は放心していた。魔理沙の言葉を理解したのは、魔理沙が見つめ合っていることに耐えられなくなって恥ずかしそうに目をそらしてからだった。
「何を悩んでいるかは知らないが…………霊夢は霊夢でいてくれないと困る。どう困るかって言われてもまた困るけど…………」
頬を掻きながらそう続ける魔理沙の横顔を私は凝視していた。そうだ、こいつはそういうやつだった。いつも私より弱いくせに何度も立ち上がってきて、それでも私の傍に立ちたがって、私に並んだつもりになって。
実際は違う。弾幕ごっこや実力では私が勝っているかもしれないが、宴会なんかをやるときにはあいつはいつも輪の中心にいることが多かった。しょっちゅうトラブルメイカーになるし当たり前と言えば当たり前かもしれないが、交友関係についてはいつも私をリードしている。あいつの方が周りの異変を気にしているし…………窃盗はまあ……その……別として、世渡りが上手いのはあいつの方だった。
一緒にいるとあいつのそんな長所が分けてもらえると思って、付き合っていた面もあるにはあるのかもしれない。
「…………あんたに弾幕ごっこなら負けはしないんだけどね」
「うるさい、いつか弾幕だってお前を越してやるさ」
「……楽しみにしてるわ」
「…………素直じゃないんですね」
隣でクスクス笑っている早苗はスルーしておくことにする。妙に姉ぶるところがあって、そういうモードの時の早苗は構っていると非常にめんどくさい。決して、図星だったとかそういうのではない。
「悪かったわね、あんたたち」
両隣にいる魔理沙と早苗と、いつのまにか接近していた紫と、その奥でひっそりと息を殺していたレミリアと咲夜に素直に感謝を述べた。スキマを通じて聞いているだろう萃香にもだ。心配されっぱなしで放置しておくのは私のプライドが許さなかったから。
「ささ、今日は帰った帰った」
「ええーなんでー」
「これは『今日は宴会だー!』のノリじゃなかったんですかー?」
「酒が出るまで私はここを一歩も動かん!」
「なんなら私が取ってきましょうか、時止めて」
「いやいや私のスキマも使えましてよ」
「酒なら私に任せろー!」
一段落ついたところで私が退散させようとするも、こいつらは駄々を捏ねて帰ろうとしない。まあここまでは私も予想済みだし、一種の形式美と言ってもいいだろう。
そして私はこいつらが期待しているだろう一言を叫んだ。
「いい加減に帰れっつってんのよー!」
周りの小物に被害が及ぶことも厭わず私はお札や針をばら蒔いた。もちろんそれぞれに破魔の力を込めて、精一杯。
たまらず散り散りになって逃げていく魔理沙たち。けれども、みんな嬉々として笑っていた。
私は唇を引き締め、眉根を寄せて不機嫌そうに惨状の跡を眺める。ゴミや使用済みの湯飲みなんかが散乱していた。
この光景を見て私は一つ大きなため息を吐く。
それを片付ける作業は、とても面倒くさそうだった。
※誰(だれ)いむ注意です。
「あれ、私って天才じゃね?」
そう私は呟いた。
最近早苗と魔理沙がくっついた。それについてとやかく言う資格はないし、二人ともそれなりにうまくやれているようなので心配も要らない。元々似た者同士だと思っていたから、やっとかという気持ちもあった。
私の周りにいたやつらだったからそれなりに寂しくも思う。早苗は呼びもしないのによく神社に来て駄弁って帰っていくだけで、正直発想はアホっぽかった。たまに面白そうなことも持ち込むが、面白そう止まりで結局つまらない結果になってしまいがちだ。
私の方としては魔理沙の方が気になる。魔理沙も早苗と過ごしている今を楽しく思っているようで、早苗といるときのあいつの笑顔が眩しくてしょうがない。魔理沙にそんな顔をさせる早苗が一時期羨ましいとも思ったが、親友の嬉しそうなところを見るとなんにも言えなくなるのが辛いところだ。
魔理沙とは相当長い付き合いで、一部からは夫婦だの結婚しちゃえだのと言われていた。魔理沙は顔を真っ赤に染めて慌てて否定したが、正直私の本心ではそうなれば良いのになぁとぼんやりと考えていたりしてたのだが…………。
過ぎてしまったことはしょうがないとして、私は新たな挑戦を試みようとしていた。それはこの虚無心や寂寥感を紛らわせるための手段でもある。
誰からも距離を置くということは、誰にでも平等に接しなければならないということ。と解釈すると、誰にでも優しくすれば結局は同じなのではないかと、そう私は思ったのだった。
そこに至るまで九時間。ふと考え耽ってからからここまで完全なる徹夜である。
そして私は呟いた、「私って天才じゃね?」と。
手に持っている湯飲みの中の薄目なお茶を飲み干す。
そうとわかれば実行に移そう。まずは人里でまるで女神のように人々の依頼をこなし、イメージアップから心がけることによって、優しさ全体の底上げを狙うつもりだ。
まるで体は寝起きのようにだるかったが、精神だけは普段の何倍も活性化されていた。
よし、張り切っていきましょうか。
泣いて慧音の土下座されて謝られた。意味がわからない。
私が人里に行くのは何も不思議なことではない。むしろ妖怪退治の依頼を受けにいくときにいつも行っているし、今回だって妖怪退治がメインでなくとも里のための善意の行動を起こしたはずだ。
里について、道行く人々に私はこう声をかけた。
「なにか私が人里のためにできることがあれば是非言いなさい。もちろん報酬はもらうけどあんたたちのために一肌脱ぐわよ」
もちろん満面の営業スマイルでだ。心の底からの業務用だからこれできっと人間たちから頼られる巫女さんになるだろうと思っていた。何故か声をかけられた人たちは皆一様に肩を振るわせそそくさと逃げていったのだがなぜだろう。
「霊夢はどこだ!」
五分後、慧音が血相を変えて駆け込んできた。息も絶え絶えで帽子の位置もずれている。よほど急いでいるのだろう。
「あら慧音じゃない、早速私の助けを借りに来たのかしら。いいわよ、何でも言って」
そんなに必死なものだから切羽詰まった状況だろうと思い、なるべく慧音を落ち着かせるために堂々と答えてやる。
そうしたら慧音の顔から血の気が引いていくのが目に見えてわかった。何事かと思っているうちに、
「な、なななななななななにか里の者が粗相でも犯したのでしょうきゃ!」
まるで鬼を見たような及び腰に慧音はなった。出だしを壮絶につっかえさせていたのに加え、最後に舌を噛んでしまっていた。すごく痛そうだったが、慧音は痛みを感じている様子は見せなかった。
「里の人たちがそんなことするはずないでしょ、むしろ私が何かしたんじゃないかって心配になってくるわ」
とにかく慧音が平静にならないことには始まらない。少し苦笑いを見せながら、里を気遣うような仕草をやった。
「…………そこまでお怒りになっているとは露知らず申し訳ありませんでした!」
「申し訳ありませんでした!」
するとどうだろう、私の側にいた里のやつらが慧音と一緒に土下座をし始めたのだ。額が土に汚れることもいとわず一心不乱に。
その後ろから数人の男女が現れて私に抱えきれないほどの野菜や米を押し付けてきた。
「どうかそれで怒りをお納めください…………」
今にも消えそうな声で私に懇願をする老婆に私も狼狽するが、周りの嘆願する目と訳のわからない状況に対する私のキャパシティーが限界に達し、とにかくここを立ち去ることに決めた。
まあそれでも大きめの袋をもらって食料を持って帰ることにした。くれると言っている物を無闇に返すことも失礼だろう。いや、返せと言われても返さん。
少しだけしょっぱいお茶を啜る。この一杯だけのために淹れるというのも寂しいので、何杯分かとっておいてある。このちょうどいいときに誰か来てくれないものか。
例えばレミリアが来るとか…………、
「おーい、愛しの霊夢ー! いるー?」
私がいつも寛いでいる一室のすぐそば、いつも障子が開け放たれている外側にレミリアが降り立った。噂をすれば影だ。挨拶がちょっと気にくわないものの来客が来るのは嬉しい。
ここでいつもの私なら冷たく返すところだろうが、今日の私はまるで違う、霊夢二式なのだ。ちなみに二式というのは早苗が前言っていたロボットの強化型につける名称らしい。
「いらっしゃいレミリア」
にこやかにレミリアを迎える。日傘で見えなかったがレミリアの後ろに咲夜が立っていた。相変わらず鉄面皮のような見た目だが、実はかなりお転婆らしい。なんだかキャラ的に負けた気がする。
「お、おう……珍しいじゃないか、霊夢がそんな風に言ってくれるなんて」
「そう? 別になにもないんだけど」
レミリアの頬が引き攣り気味なのは見間違えじゃないはずだ。咲夜も口元は動いていないが器用に目だけを見開いている。人に対してなんたる失礼なと思ったが、ここで怒ってしまえば前までの二の舞になりかねない。ここは抑えておくべきだろう。
「そうだ、お茶飲んでいくでしょう? 今ちょうど淹れたてなの……そうだ、お茶菓子も用意するわね」
内心の怒りを悟らせないため笑みをさらに濃くする。すると、面白いようにレミリアたちから汗が出てくるではないか。表情に変化はないが、顔が白みを帯びているような感じもする。
「霊夢、怒ってるの?」
涙を目を浮かべて馬鹿げた質問をしてくるレミリアだが、これ以上こいつらといるといつ当たってしまうかわからないからそそくさと奥に引っ込むことにした。
「何をいってるのよ、いいからそこに座ってなさい」
「う、うん」
「…………」
レミリアは呆然自失になったまま咲夜に誘導されようやく縁側に座った。その様子を見届けると、私は給湯室に向かい一息吐いた。
「ふんっ!」
無意識の命ずるままに近くのテーブルに思いきり拳を叩きつける。関節が痛いしテーブルもみしみしと悲鳴をあげていたのでそれ以上はやらなかったが、ほんの少しだけ鬱憤を晴らすことができた。
かなり笑顔を取り繕う作業がきつい。他人に親切にすることがこんなに重労働だとは思いもよらなかった。レミリアにぶつけられなかった感情がまだ私の中に渦巻いている。
とりあえず湯飲みと茶菓子を用意すると、衝動的に近くの壁を蹴飛ばした。
「ひっ!」
かなり音が響いたようでレミリアたちにも聞こえていたようで、レミリアの小さな悲鳴が聞こえた。まあ私が暴れているだろうとは予想もしているまい。
「お待たせー」
煎餅の用意をすませ居間に戻るとレミリアが咲夜の後ろに隠れてガタガタと震えていた。なにかに怯えているみたいなので、安心させてあげようとできるだけ優しい声をかけてやる。
「あぅ…………」
「ちょっと霊夢、これ以上お嬢様をいじめないでもらえるかしら」
レミリアがさらに震えを強くさせた。それを見て咲夜が私を非難してくるが、なぜ私のせいになるのだろうか。
「いじめてなんかないわよ、ふざけたこといってると茶ぁあげないから」
イライラがぶり返してきてついぶっきらぼうに返してしまう。まずい、と思ったのだが、むしろレミリアたちがほっとした様子を見せた。一体私が知らないところで何が完結したのだろう。
「じ、じゃあいただくわ」
先程までの怯えようはどこにいったのやら無理に強がっているレミリア。少しだけ可愛かった。
「…………」
「っ!」
思わず頬が緩んでしまっていたのに私が気がついたのは、レミリアがその表情を緊張したものに変えたときだった。特段珍しいものでもなかったはずだが、レミリアと咲夜は小町がサービス残業をしているところやウザくない文を目撃したような衝撃を受けていた。
「咲夜、ちょっと食べてみて」
「……なぜですか」
「だって、ど……お味の方はどうかなぁって思ったから」
いつも出している煎餅をレミリアが咲夜に食べさせようとしている。咲夜の分ももちろん用意してあり、咲夜も対応に困っているようだ。
「別に毒が入ってるわけじゃないし、湿気る前にさっさと食べちゃいなさいよ」
「う、うん」
私に促されてもしばらく煎餅を凝視していたレミリアだが、とうとう意を決して頬張った。
軽い音を鳴らし咀嚼する吸血鬼は最初は恐る恐るだったものの、害がないことがわかると普通に飲み込んだ。
「……なんともならない」
「だから大丈夫だっていったでしょ」
「…………もしかして私、そろそろ死んじゃうの?」
「はぁ?」
奇想天外突飛的な発言がレミリアの口から飛び出した。さっきは得体の知れない冒涜的な何かに言い知れない不安を抱えているようだったのに対し、今度はハッキリと自分の身を守るような怯え方だ。それに、毒は入っていないとわかったのになぜ死ぬということに繋がるのか甚だ謎だ。やはり人外の思考は理解できない。
「気が狂ったように日光浴をするとか聖水風呂に入るとかそんな馬鹿な真似しなきゃあんた死なないでしょうに……まあ後は心臓に杭打たれたら死ぬか」
「……」
ずいぶん体を張ったジョークだと私は判断したが、なかなか自虐的だ。傲岸不遜な彼女からそんな言葉が出るとは思いもよらなかったが、いつもの応酬の延長だろう。
私の杭打ち発言に少しレミリアが反応したように見えたが、本当に私がすると思ったのだろうか。かわいいやつだ。
「じゃあ霊夢が死ぬの?!」
急にレミリアが飛びかかってきた。油断していたから簡単に押し倒されてしまい、完全にマウントポジションを取られてしまっている。しかも頭を打ち付けた。痛い。
「イタタ……あんたになら殺されかねないわね」
多少の皮肉も込めて苦笑をする。本当のところを言うとレミリアに夢想封印をかましてやりたかったが、私は我慢強いのだ。ここで弾幕を張ってしまえば元の木阿弥になってしまう。
「おかしい、霊夢が反撃してこない……」
「お、お嬢様…………!」
「アアアアアアアリエナイ、ウワアアアアアアアアアァァァァ!」
「おじょおおおおおおさまあああああああ!」
身を起こすこともできないのでしばらくその体勢になっていたが、レミリアの涙腺が決壊し泣きわめきながら神社を飛び出してしまった。日傘も忘れていったようで、咲夜が慌てて後を追っかけていく。
「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!」
馬鹿みたいなレミリアの金切り声が聞こえてきた。一体何がしたいのだろうかあいつらは。
「霊夢ー、遊びに来たよー」
騒がしい奴等が帰ったと思ったら、今度は厄介なやつがやって来た。
「ああ、萃香か」
ちっこい鬼だがその実力は四天王級、伊吹萃香だ。今日もまた昼間っからきつい酒を飲んでいる。こいつが携帯している酒を飲んでいるときにうまそうにしているのを見たことがない。慣れというやつだろうか。
「たまには肝を休ませないとダメよ」
萃香には何も出す必要はない。茶菓子は熱燗に合わないと思うし、今すぐつまみを作ろうにも時間がかかりすぎる。放っておくのが得策だ。
「……まさか霊夢からそんなこと聞くとは思わなかったなー」
萃香が頬の筋肉をひきつらせている。私の年齢で酒が飲めないというのは外の世界の法律で、この幻想郷で適応するのは意味がないのではないか。私の体を心配しているのであればそれは的外れだ。絶対に禁酒はしたくない。
ともかく私は訪れる客にも気を配って好感度を上げていきたいと思っていただけで他意はなかったのだが、萃香にはそうは聞こえなかったようだ。
「何よ、あんたが鬼だからって体の心配しちゃいけないっていうのかしら」
「……い、いや、そんなわけじゃないんだけどさ、意外だなーって思っただけだよ、うん」
歯切れ悪く答える萃香にも私はだんだん腹が立ってきた。いくらなんでもこいつら失礼すぎやしないか。
「ま、萃香がそれでいいっていうんだったらいいんだけどさ……って萃香どこ行くのよ」
萃香は来たばかりだというのにまた何処かへと行ってしまった。単なる冷やかしだったというのか。賽銭ぐらい入れていきやがれ。
「ちょっと萃香、いきなり来て霊夢がおかしいなんて言われても」
どこからか人の声がした。否、人ではない妖怪だ。辺りを見回してみても声の主を見ることはできない。恐らくはあのスキマ妖怪だ。
「ああわかったから押さないでちょうだい」
私の横に亀裂が生じた。文字通り、なにもなかった空間に亀裂が突如として現れた。それが口を開けると、紫が上半身を乗り出してきた。
「頼むよ紫、異変かもしれない」
「そんな霊夢自身が異変の元凶になったらすぐにわかるのに……あら霊夢、ごきげんよう」
体を薄めて瞬時に紫の家に移動したのだろう、スキマの奥から萃香の声が聞こえてくる。それにしても大騒ぎしすぎなのではないか。
「あら紫、ごきげんよう」
まあレミリアや萃香が来るよりかはいくらかましだ。取り繕うのもそう苦労しないだろう。
「いつもみたいに素直な霊夢じゃないの、別に変じゃありませんわ」
「いつ私が素直になったのよ……まあいいわ、歓迎するわ」
「…………は?」
やはり紫は格が違う。私の態度に違和感を覚えずいつも通り接してくれた。が、私が歓迎するわと言ったとき目が点になった。
「? 何がおかしいのよ」
「……別になにもないわ」
それもすぐのことだったが、紫があんな顔をするのは珍しかったから、つい凝視してしまった。すると紫はそっぽを向いてしまい、今どんな表情をしているのかわからなくなってしまう。
「ほら、飲んでいきなさい」
今日はいつ紫たちが来てもいいようにと、少し多目に湯飲みを用意していたのが幸いだった。紫の膝元に湯飲みを置くと、紫がそれをまじまじと見つめる。いつも使っているやつなのだが……。
「あ、ありがとう」
紫が膝を動かして何故か私から距離を取った。私をチラチラと窺い見ているようで、警戒されているように感じる。
その煮えきらない態度に堪忍袋の緒が切れかけるものの、グッとこらえて多少歪な愛想笑いを浮かべることができた。
「…………ねえ萃香」
紫が小さなスキマを開いて萃香と話し始めた。盗み聞きをするのもなんなので、居心地の悪さを感じつつも縁側から見れるいつもと変わらない空を見て退屈を紛らわせることにする。
何故だろうか、これでいいはずなのに心に虚無感が漂っている。寂しさが心に穴を明け空気が漏れ出しているみたいに。以前はこんなことはなかった。いつものようにやって来る妖怪たちの相手をして魔理沙たちとお茶を飲んで、ぞんざいに扱っていたけど結局神社に集まってきて。不思議とそんな日々に不満を持つことはなかった。
そりゃあ早苗と魔理沙の仲睦まじい光景を目の当たりにして置いてかれたように錯覚したこともあった。それでもあの二人は変わらず私に接してくれていて、私の周りに変化はなかった。
変わってしまったのは私の心構え、私自身だったんだ。平等でなくてはならないっていうのは私が変わってしまうことを戒めていたのではないのだろうか。
今日一日の苦労が無駄になった気がして、自棄になってしまいそうだった。
「おーっす」
「こんにちはー」
今日は異変以外で私の予感がよく当たる日だ。些細なことで滅多に外しはしないが人の往来となると話は別になる。良し悪しは私にはわからないのだが。
「レミリアと咲夜が霊夢がおかしくなったとか泣きついてきたんだが」
「一体どうしたというのでしょうか」
二人は肩を並べて上がりこんできた。少し近すぎやしないかと嫉妬心を抱いたが、それも一時の事だと自分に言い聞かせる。
「いらっしゃい、お茶の用意ならできてるわよ」
「おお、気が利くな」
「これ、何て読むんですか? 坂角?」
それでも明日になるまでは、次の太陽が姿を表すまでは、私が踏ん切りをつけるまでは、嘘をつき続けたいと思う。
何をやっていても一人、集団でいても一人と言われる私でも人間なんだ。たった一人の、少し力のある人だから。博麗の巫女という肩書きを持つか弱い生き物だから。力さえなければ消えてしまいそうな幻想だから。
私だって魔理沙みたいに努力してなにかを成し遂げたいし、早苗みたいに外の世界で色々見聞きだってしたい。働き詰めはごめんだけど、日々を充実させて楽しく生きている咲夜も羨ましい。必死に師の後を追う妖夢の後ろ姿も私の目にはカッコよく写った。
変わらないのは私だけなのかもしれないという不安が、焦りを助長させる。超然的な態度をとっていかにも幻想郷の巫女だと振る舞うのは別にいい。それは既に私の義務だし拒否する権限もない。
だが私は安定を求めつつ変化を望み、義務と権利の間に押し潰されそうになる。強迫観念が私を作り、操り、そして殺すだろう。
普段通りに私と接する早苗と魔理沙の方が、恐れ戦いた紫たちよりも遥かに私を責めているようにとれるのはとても悲しいものだ。
これが紫が恐れていた事態なのだろうか。博麗の巫女としてだけでなく人間として不安定になり、これでは到底異変なんぞに集中ができないだろう。あやふやな境界の上で揺れ動く私は波に揺られている気分になって軽い吐き気がこみ上げてきた。
「なあ霊夢、今日お前うじうじしてて気持ち悪いぞ」
「……え?」
魔理沙がいつになく真剣な目付きで私を睨んでくる。私はこの目付きを知っている。何時か魔理沙が私に宣戦布告をしてきたときと同じ目だ。お前を越えてやるって涙混じりに言ってきたあの時と同じ。
「なんていうか、いつもみたいに突き放すっていうかするだけの事をしたら放っておくみたいな……放任主義? っていうのかな、もっと堂々としたらどうだ」
数瞬、私は放心していた。魔理沙の言葉を理解したのは、魔理沙が見つめ合っていることに耐えられなくなって恥ずかしそうに目をそらしてからだった。
「何を悩んでいるかは知らないが…………霊夢は霊夢でいてくれないと困る。どう困るかって言われてもまた困るけど…………」
頬を掻きながらそう続ける魔理沙の横顔を私は凝視していた。そうだ、こいつはそういうやつだった。いつも私より弱いくせに何度も立ち上がってきて、それでも私の傍に立ちたがって、私に並んだつもりになって。
実際は違う。弾幕ごっこや実力では私が勝っているかもしれないが、宴会なんかをやるときにはあいつはいつも輪の中心にいることが多かった。しょっちゅうトラブルメイカーになるし当たり前と言えば当たり前かもしれないが、交友関係についてはいつも私をリードしている。あいつの方が周りの異変を気にしているし…………窃盗はまあ……その……別として、世渡りが上手いのはあいつの方だった。
一緒にいるとあいつのそんな長所が分けてもらえると思って、付き合っていた面もあるにはあるのかもしれない。
「…………あんたに弾幕ごっこなら負けはしないんだけどね」
「うるさい、いつか弾幕だってお前を越してやるさ」
「……楽しみにしてるわ」
「…………素直じゃないんですね」
隣でクスクス笑っている早苗はスルーしておくことにする。妙に姉ぶるところがあって、そういうモードの時の早苗は構っていると非常にめんどくさい。決して、図星だったとかそういうのではない。
「悪かったわね、あんたたち」
両隣にいる魔理沙と早苗と、いつのまにか接近していた紫と、その奥でひっそりと息を殺していたレミリアと咲夜に素直に感謝を述べた。スキマを通じて聞いているだろう萃香にもだ。心配されっぱなしで放置しておくのは私のプライドが許さなかったから。
「ささ、今日は帰った帰った」
「ええーなんでー」
「これは『今日は宴会だー!』のノリじゃなかったんですかー?」
「酒が出るまで私はここを一歩も動かん!」
「なんなら私が取ってきましょうか、時止めて」
「いやいや私のスキマも使えましてよ」
「酒なら私に任せろー!」
一段落ついたところで私が退散させようとするも、こいつらは駄々を捏ねて帰ろうとしない。まあここまでは私も予想済みだし、一種の形式美と言ってもいいだろう。
そして私はこいつらが期待しているだろう一言を叫んだ。
「いい加減に帰れっつってんのよー!」
周りの小物に被害が及ぶことも厭わず私はお札や針をばら蒔いた。もちろんそれぞれに破魔の力を込めて、精一杯。
たまらず散り散りになって逃げていく魔理沙たち。けれども、みんな嬉々として笑っていた。
私は唇を引き締め、眉根を寄せて不機嫌そうに惨状の跡を眺める。ゴミや使用済みの湯飲みなんかが散乱していた。
この光景を見て私は一つ大きなため息を吐く。
それを片付ける作業は、とても面倒くさそうだった。
魔理沙のようにべらぼうにコミュ力ある人を親友に持つと、こんな日陰者的悩みも出るのでしょう。
誰に対しても同じに接するけど、中身は普通に思春期のオンナノコしてる霊夢かわいい。
何となく急に書き上げたっぽいなーと思いましたが、やはりそうでしたか。