Coolier - 新生・東方創想話

赤い刺身と青い煮つけ

2011/12/29 12:35:19
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※妖怪に関しての独自解釈・かなり勝手な想像があります




 「刺身、でございますか………」


 ナズーリンの説法が終わった時、やや長い間を開き、ようやく最前列の主婦らしき女性が
放った第一声がそれである。

 関係者達は解っていた。
 ナズーリンは、決して鈍感でも想像力がない訳でも無い。
 寧ろ命蓮寺の妖怪達の中では抜きんでて利発であると言える。
 ただ、人間に対して配慮が無いのだ。
 更に昨今、彼女自身の業務には、直接人間連中は関わってこなかったし、眺めたり接する
機会があるのも、人里の中でも牧歌的な連中が殆どだ。
 そこで目線も段々上にもなる。
 更に言えば、「人間は都合の良い情報だけしか取り入れようとしない習性がある」と言うが、
これは妖怪にも当てはまる事だった。元来人間以上に自分本位な存在なのだから………

 ――――檀家の、主に人間の面々を集めての、お説法での出来事だった。
 俗な話に聞こえようが信徒達も多かれ少なかれ楽しみ半分で来ているものだ。特に妖海達
の中では、真面目に心身を清めるため等と言う律儀な考えの者は少ない。
 そんなものだ。
 聖の説法は―――これは楽しみとか、それ以前のものだが、ある聖の緊急の不在時代理で
寅丸の話が割と好評だったことがきっかけで、不在時にはこうした別の者の説法会が開かれ
る様になった。
 寅丸の割と定番な仏教説話、一輪の幼児向けにアレンジされた小話、村沙自身の身の上話
(多くの信者に絶賛されている)と、ローテーションができていた。
 その日、聖の同行に臨時で寅丸も付き添い―――ぬえの提案によって、まだ話していない
どころか、信徒との触れ合いも少ないナズーリンが説法することになった。
 ぬえは、ナズーリンの密告により、早朝の井戸汲みを他の新人妖怪に押し付けていた件を
聖にひどく叱られていた。
 それはもとより、常に何かの悪戯に生甲斐を見出していた野良妖怪のぬえと、仏門に就職
して働き続けたナズーリンは、どこかで相容れなかった。
 根本的に観察すれば、仲は悪かった。
 …だから少し考えれば、ある程度彼女からの提案だという事に悪意や訝しさを感じるべき
だったのだ。
 いや、ある程度感じてはいたが摂るにならぬことと、それでも実行した辺り、ナズーリン
は人間達を軽く見ていたのだろう。

 「説法って、人間相手に何を話せばいいんだ」
 「毘沙門天関連でいくらでもあるでしょうに……近くにいたんだから」
 「それは、もうご主人がやってる」
 「自分に即した事から考えたら?」
 「必ずしも実話である必要もないしねえ」

 三分の一程度は聞く方も娯楽なのだし。
 ある程度の実体験と、寅丸に出会う前の見聞きした説話から筋書きをいくつか拝借。
 そうした訳で、ざっと紙に筋書きを綴って一輪・雲山と、村沙とぬえに見せた所、一同は
大いに推した。
殊更ぬえが………

 「いいがね。感動間違いなしさ。全檀家が泣いた って奴だね」
 「創作だって解ってるけど、これは泣くわ…… 聖に聞かせてあげたいよ」
 「物語の力って凄いんだね」
 「まあ人間達の特徴をいくつか押さえて、ちょっと喜びそうな事さえ綺麗に描いておけば、
  あいつらの涙腺を刺激する事くらい大した事は無いんじゃないかな」

 今に始まった事ではないが、元人間の村沙はやや少し気分を害していた。
 流石にナズーリンも気づいて軽く謝った後、特に緊張する事も無く自然体で、檀家の面々
の前、ナズーリンは話を始めた。
 元々話術は得意である。

 「これは外の世界で働いていた頃、すなわち聖と出会う更に前の話………」

 いつもと違う顔に、一同は沸き立つ。幼児特有のあのいかにもいかにも馬鹿っぽい歓声も
飛び込んできた。
 最早説法ではない、噺家への反応である。
 さて、肝心の内容はと言うと、

 ①ナズーリン、人間の捨て子を拾う
 ②しばらく保護していたがやはり人間の子は人間にと、子宝に恵まれなかった夫婦に託す
 ③幸せな家庭となるが、成長していく子供は実は妖怪であった事が判明する。
 ④それでも愛情をもって育てる夫婦と、それを認める近隣住人達
 ⑤思春期に入り、気まずくなって家出し、妖怪として遠方で生きようと決める子供
 ⑥しかし、やはり家族への思慕が強く、陰ながらその地方を守り続けた
 ⑦最終的に、今も外の世界でどこかの地方を守り続けていることだろう

 ⑤辺りから、啜り泣きの声が聞こえ始めた。
 改めて単純な連中だと内心多少嘆息しつつ、しかし表には出ないように、ナズーリンは
最後まで話し終えた。
 そして持ち前の記憶力の良さから、泣いているのは、途中から―――少なくとも②辺り
――――参加した連中だという事に気づいた。
 そして、多くの者の傾聴は、熱心さや感動からではなく、どちらかというと唖然とした
唖然とした感情によるものだと思い知らされた。
 皆、困った顔をしていた。
 話の内容についてこられるギリギリの年代の子供達に至っては、涙目ですらある。
 どこに問題があったのかと焦りを極力抑えて一輪達の方を見やったが、村沙が少し呆れた
顔をして、一輪はナズーリン以上に慌てふためき、ぬえが既に遠慮も無く笑い転げそうに
なっている。
 どこが問題だったのかと、①から振り返ってみようとしていると、まず第一声に言われたのだ。


 「刺身?」

 はて、どこの箇所だったろうか。
 内容には全く関係の無い単語である。

 「えっと、刺身にするんですか?」
 「何を?」
 「ナズ―さま、赤ちゃんをおさしみにしちゃうんですか?」

 最後の質問は、子供からだった。
 納得した。確かに言ったのだった


 「私はそこで、それが人間の赤子だという事に気が付いた。普段ならば刺身にでもして
いる所だが、気候も暖かで 桜も綺麗だったもので」 
 

 「刺身以外、塩焼きにも適していて……」と一瞬冗談で返そうかとも考えてしまったが、
やめた。人間連中の半分は、「刺身にでもしてる」というか所を最初自身の聞き違えと捉え
ようと努力していたらしく、子供らの発言で、それが正しかった事を再確認してしまった形
なのだろう。
 とりあえず、今は食べてはいない。
 部下の鼠達は割と放任気味だったが、ここ最近は特に念を押して自重させている。
 何より、如何に人間を甘く見ようと、檀家の人間に手をかけるほど浅はかではない。

 「―――これは失礼……勿論そんな事はしませんよ。刺身―――と言うのは、そうですね。
  1つのスラングというか、 妖怪が自然と使ってしまう俗語の一つですよ」
 「ええ、決して物騒な意味ではありませぬ」
 「申し訳ありません、見かけによらず、こいつはまだ俗っ気が抜けない化け物鼠でして!」

 村沙と一輪がすかさずフォローに入る。「刺身」という俗語の本来の意味を、ナズーリンは
いくつか即座にでっち上げる事はできたが、それで納得しきれる者は少ないだろう。
 屈辱だった。

 「ナズ―様も、やっぱり食べちゃうんですね!?」
 「いやいや………私も妖怪。確かに大昔はそんな事もありましたが、仏門に帰した今は
  決してそんな事……」
 「ナズーリン様は、そんな事する訳ないじゃないかい!」
 「でもさ……」

 大人達は引きながらもある程度は納得していた様だったが、子供達が納得できず怯える側
と、無理やり食べていない事にしておきたい側とに分かれていた。
 主に人間を対象にした趣旨の説法会だから、当然連中が中心ではあるが、少なからず妖怪
もいる。
 そこら辺は解ってくれるだろうと、ナズーリンも一輪も軽く見やると、一同うんざりした
顔を向けている。
 元々、こうした寺に入るくらいだから、単なる雑魚妖怪だけではなく、芯から非人肉食や
人間好きの連中も多いのだろう。

 「まあ、ちょっと気になる所はありましたが、良いお話でしたね、本当に………」
 「気を取り直して次は私の話でも………そう、最後の漁に出た日の事でも話しましょうか」

 傍から見て、「良い話」であった事は間違いなさそうだ。
 一輪のごまかしに、大半は納得し始めていた。そして苦し紛れにしか見えないのに村沙の
身の上話に皆聞き入り始めた。
 ……毎回同じ内容だというのに、皆本当に好きらしい。
 そして、少ない妖怪達が嫌な目でナズーリンを見続けていた。
 何一つ声をかけないぬえは、ひたすら笑いを堪えている。


 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 「聖には当然報告はします。が、穏便な形で伝えておきましょう」
 「重ね重ね申し訳ない……」
 「が………」
 「ええ」

 帰ってきた寅丸は、殊更残念そうなに言葉を詰まらせた。悲しみや怒りではなく、自分の
財布を落としてしまったような、そんな個人的な残念さが込められている。
 無人の堂内。
 それが、ナズーリンを一層気まずくさせる。

 「あなたは賢い」
 「―――……ご主人」
 「本当に良い部下だと思いますが、ただ」
 「他人を馬鹿にし過ぎ」

 予想はしていたが、沸いてきた。
 鬼の首、いや、退治屋集団でも一網打尽にして凱旋したかのような態度で、ぬえが尻馬に
乗ってくる。
 叱る者と叱られる者との逆転とでも思っているが、ナズーリンにいくら非があろうと、
ぬえには全く優位に立ってもらう義理は無いはずだ。
 改めて、屈辱である。
 申し訳なさよりも、そちらの方が際立つ。
 大体、こうして人間の前で失言する事を予測していたというのなら、ぬえの方がまだ檀家
の面々を理解しているという事ではないか。

 「鼠の教育とか大丈夫なの?」
 「ぬえも、それ以上はしつこい。とにかく」

 ―――たまに都合よく考えてしまう者もいるが、命蓮寺は妖怪贔屓の寺ではない。
 ―――あくまで目指すは「平等」「平和」である
 ―――構成の中ではマイノリティーでも、いやだからこそ人間にも配慮を払う事

 「あなただって、『そこで私は、自分の鼠煎餅を全て飢えた子供達に分け与えました』なん
  て聖が言っていたら感動どころではないでしょう」
 「むう……そういう状況自体がありませんが、確かに想像すると」

 まあ、害獣として駆除され憎まれる話は聞いても、あまり捕食関係の話は聞かない。
 しかし、聞くところによれば兎が同盟を作り、焼き鳥の撲滅を目指して屋台を始める妖怪
もいるというこの昨今。
 お互い様じゃないか―――というのは、これも上から目線であろうか?
 寅丸の心配している事や、人間連中の反応は事実として解る。
 ぬえもきちんとその態度を咎められていた。
 重く、寅丸は最後に言った。


 「しばらく、一般の人間達の事を想像し続けなさい」


 だが、釈然としないものは残った。

 (泣くことはないだろう)

 特に子供ら。
 幼児ならば解るが、そろそろ10にもなろうかという面々までも怯え過ぎである。

(そういうものか。親は里の外やこの幻想郷の歴史を、どう教えている?)

 寅丸の注意も終わり、その他の事務仕事も終えると、夕暮れになっていた。
 外気に当たろうと境内にでると、信者の妖怪達がたむろしていた。
 夜行性の連中にとっては、この時間からが本番で、説法会の時間などは早起きというか
徹夜の域だろうか。
 何人かは、先程参加していた顔もある。
 目が合うと一応全員会釈はしてきた。気まずいと思っていたら、相手から話しかけてくる。

 「ナズーリンさんや、あれはまずいですだよ」
 「………刺身の話か」
 「ああ、刺身ってのも確かにきついね」

 せめて煮つけとか、うどんの具とかなら可愛いもんでやんすよ―――― と、こういう
解釈(もしくは冗談)はやはり妖怪である。
 あながち元より人間好きの穏健な妖怪信者ばかりという訳でもなさそうだ。

 「いや、悪かった。ああいう所に出てしまうもんだね」
 「あれはあっしらもひいてしまいましたわ」
 「赤ちゃんはなあ」

 こいつらもこいつらで苦労しているし、入信してまだ戸惑う事もあるのだろう。
 普段ならばこうした連中は話もしないが、ナズーリンは少し親近感も湧いて話しかけた。

 「何だ、君らもああして口を滑らした事でもあるのかな?」
 「いやいや………」
 「入信したての最初はそうでしたな」
 「しかし赤ちゃんはねえ」

 元々本当に人肉食に明け暮れた者、ただ平穏に暮らしたい者、人間に友好な者、色々な奴
等がいる。
 普段話さない幹部クラスの者が珍しいのか、妖怪連中は気さくに話に応じ続けた。

 「――――とはいえ、正直なところ、この里の人間を少し買い被っていた様だ」

 これは、寅丸達にはちょっと言えない話。

 「妖怪が人を食うのはもっともっと当たり前と人間もわきまえていると思ったんだが」

 殺伐とした話だが、いちいち残酷と思うほどやわな精神力の住人ではないだろう。
 人里で具体的に誰かが食われたともなれば話は分かるが、話の上で人肉食が取り沙汰され
ることはそれほど異常でもあるまいし。ある程度の慣れはあるはずだ。
 となると―――――改めて極めて不自然な、自然界に反した事をこの寺はやっているのだ
ろうか
 
 「紅魔館のメエド長なんぞは、人間の身ながら毎日人間を屠殺しては調理してるそうじゃ
  ないか」
 「いや、多分買い置きの人肉だけ捌いてるだけですぜ」
 「毎日じゃないでしょ流石に」
 「どっちにしたって、人間が同族を調理してるんだ。大して変わらないさ」

 なのに、

 「咲夜さんは、いいんですよきっと。特別に」
 「何がいいんだか。私にしてみればそっちの方が残酷で狂っているぞ」
 「まあ、あれです。皆が嫌がったのはギャップってやつですよ」
 「あと、刺身ってのはなあ」
 「赤ちゃんだしなあ」

 そういえば、大体さっきから「赤ちゃんは」で終わる。
 冗談交じりにナズーリンは言った。

 「何だ、『人間の赤ちゃん』の『刺身』がまずいというなら、『中年男性』の『煮しめ』
  ならそこまで怖がられなかったとでも?」

 一同、大真面目に頷いた。

 「多分」


 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 「衣食足りて礼節を知る」
 開祖だって、王族だったから問題意識を持ち、悟りを開くに至ったのだろう。
 貴重な休憩時間、ナズーリンは茶店にて考えた。
 やや里の外れに位置するとはいえ、普通の茶店で昼間なのに、客の妖怪率が変に高い事に、
ナズーリンは違和感を感じていた。
 あれ以来、少しだけ寺に居づらい。
 一度の失言を基に、身内の邪険にし続ける様な面々では決してなく、ナズーリンが気まず
がっているだけではあるのだが。

 「おお、ナズ様だ」
 「団子だよ」
 「団子食ってる団子」

 座敷にいた数人の子供が、テーブル席で食べているナズーリンに気づいてひそひそと
話している。

 「刺身かね」
 「団子だって団子」
 「刺身じゃないかあ」

 噂が広まるのは早い。そして無遠慮だ。
 改めて白蓮や寅丸達への罪悪感を覚える。
 まずそうにお茶をすすっていると、本当に思わぬ声をかけられた。

 「あら、お寺の、ナズーリンさん?」
 「あ、どうも」

 とは言ってみたものの、誰だかは覚えていなかった。妖怪には違いなく、神社の宴会
あたりで見かけたきがする。
 さてどこの者かと考えている内、会釈して出ていくその背中に、先程の子供達も挨拶
している。

 「橙様、さよならー」
 「さいならぁ」
 「おつかれさまですー」

 基本的な教育は実に行き届いている様子だ。何かなら以後の先輩に対する態度と言うか、
妖怪は―――里へ気軽に行き来きできるレベルの連中や、退治する必要も無い状態ならば
―――外で会ったら目上の者と思って挨拶するように、とでも教えられているのだろう。
 視線を戻すと、座敷の子供達は少し距離を縮めて、まだ珍しげにナズーリンを観察して
いる。母親たちは、橙に挨拶はしていたが、すぐに世間話で盛り上がっていた。
 気づいていない事を確認して、ナズーリンはにこりともせずに手だけを振った。
 子供達も笑うことなく振り返す。
 何となく戯れで、耳だけを軽く動かして見せると、一同はけたたましく笑った。そして
一番幼い、怖いもの知らずな年代が一人、近づこうと座敷から降りようとし―――
 「いけません!」

 放任に近いと思っていた乳飲み子を抱いた母親が一喝した。
 やはり親だ。正しい事だ。

 「あ、ナズーリン様、失礼いたしました」

 そこには明らかにうっすらとした恐怖があった。
 無理もない。
 そこには慣れていたし当然のこととして、ナズーリンは目線を乳飲み子に移して考えた。

 (そういえば、実際に赤子に触れる事も長年なかったな)

 やや苦し紛れに自分も話した。

 「可愛い盛りですね」
 「ああ、どうも」

 逆に母親達の顔は強張っていた。
 それならばいっそ、とナズーリンは思い切って続けた。

 「いや、本当に可愛い。よければ少し抱かせてもらえませぬか」
 「えっ」

 強張るどころか、涙目である。すぐに撤回しようとしたが、よく見ると檀家の人間で、
他の母親に早口に小声で相談している。
 ただでさえ怖いだろうし、あの失言も知っているはずで、かと言って寺相手に断りづらい
というジレンマは辛かろう。

 「―――あの、どうぞ」

 ややって、おずおずと差し出された時は、ナズーリン自身が少し後悔していた。まあ、
常識的に考えれば昼間の人里の飲食店で堂々と生きている子供を食い殺す常識知らずは
いないし、抱いただけで禍を招く能力など持ち合わせてはいない事は知っているだろう。

 「おお…………」

 その柔らかさ
 軽さ
 絹と言うか、羽毛と言うか、湯豆腐と言うか…………

 「めんこいめんこい」

 2秒ともたずナズーリンはそのまま母親へ手渡した。赤子自身は何が起きたかもわかって
おらず、別段泣きもしなかった。

 (何とも脆い!)

 妖怪には持て余すというレベルでは無い。
 脆すぎる!
 生まれてすぐに自力で歩行する多くの獣と比較し表現される、人間のか弱さだが意識して
触れてみると、これほどとは。
 ここに、人間の多くは保護欲や使命感を本能的に覚えるのであろう。妖怪だってそうした
感情自体がない訳では無い。ない訳では無いが

 (そこまでいきつかないよ、こりゃあ。少なくとも私には無理だ)

 悪意や食欲はなくとも、その前にどこかで過失で壊してしまいそうだ。
 却って殺伐となった気持ちを押し隠し、出来る限りの愛想を振りまいたが、結局母親達は、
子供を引き連れそそくさと店を出払って行った。
 少し大きい幼児達はこっそりと手を振っていたが、それにすら、ナズーリンは気が付かな
かった。

 ―――結局はねえ、『思い上がっちゃだめ』って事みたいよ

 少し前の、一輪の言葉が思い浮かぶ。

 ―――絶対人肉食べなきゃいけないわけじゃないのよ。
    元々何で妖怪が人間を食べるのかっていえば、恐怖を与えるため
    自分が地球で一番じゃないってどこかで思い知らせるため って説は大きいわよ

 その役割は、十分果たされている様だ。


 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 「”広く浅く”ですか」
 「出来る限り広範によろしく」

 依頼内容のアンケート項目をしげしげと眺め、射命丸はやや眉をしかめている。

 「新聞のアンケートにわざわざ答える様な真面目な妖怪は却って少ないですからねえ」

 元々一方通行に無理やり押し付けているのだから、読者からは返しようがないだろう。
 結局地道な世論調査となり、時間もかかろう。
 支払いには色つけるから――――と言ったが、項目ばかり見て反応が悪い

 「さいで」
 「何の問題があるかね」
 「いや、問題はないんですが、何というか、直接と言うかあんまり見ない質問だと思って」


 1.「(妖怪の)あなたは、今まで人間の赤子を食べた事がありますか?」
 2.「どんな調理方法でしたか?」


 「個人的に気になったんだ。別に天狗が眉をひそめる話じゃあるまい」
 「赤ちゃんですか」
 「ああ、本当に弱弱しいあれだ。君だって食べた事はあるだろう」

 1秒ほどして、射命丸は答えた。

 「勿論」
 「食いではなさそうけどなあ」
 「どちらかと言うと、私は青年の赤身の方が口に合います」
 「ほほう。やはり赤か」

 休憩時間を大いに気にしながらも、妖怪の山にて、2人は人肉談義をしばし続けた。



 寺に帰ると、堂内で何故か早速躓いた。
 何かと思ってみると、視界になかったはずの編み籠が廊下に置かれており、中では赤子が
すやすやと寝ている。
 目をこすって見直すと籠はそのままで、中には野菜と不自然に大きなチーズが入っていた。

 「あ、ごめん。置きっぱなしだった」

 横の障子を開け放した部屋の中ではぬえが、こともあろうに子供達を集めて、絵本を読み
聞かせしていたらしく、顔だけこちらに向けて謝ってきた。

 「そうか」
 「続きいくよ」

 無視して寅丸との打ち合わせの場に行こうとすると、変にぬえはトーンをあげた。

 「『こうして―――息子を狼に食べられた山羊お母さんは、狼達への復讐を誓いました』」
 「………………………………………」
 「『もう、自分の手で狼達を倒そうと、角を研いで修行を続け、いつしか山羊という生物で
  はなくなってしまいました』」

 何だその話は。

 「『そして、群れからも追い出されてしまったのですが、それでもお母さん山羊の心は……』」

 人里内に、そういう話を描く作者がいるのか、何かの方法で外の世界から仕入れたか……
 子供達の反応が聞こえなかったが、あまり深くは考えなかった。

 「お疲れ様です」

 打ち合わせ場所に行ったが、寅丸はまだ来ていなかった。
 ――――机の上には――――和訳された、西洋の絵本が置かれていた。
 何気なくめくると、ある意志を持った銅像が、町の不幸な人間のため、鳥に頼んで自身の
装飾品を文字通り身を削って配布すると言う話が描かれていた。

 「……………………………」
 
 先に二人分お茶でも淹れようと――――棚を開けると―――そこには――鬼子母神信仰に
ついての冊子が入っていた。

 「…………………………………」

 めくると―――――何故か、子供の部分だけが不自然に煙にまかれたような、親子の
ツーショットの心霊写真が差し込んであった。

 「………………………………………」

 ――――釈迦は、散々他人の子供を食い漁った訶梨帝母を第一に救済する事を考えたよう
だが、勿論、被害に遭った近隣住民へのアフターケアもしてはいただろう。実際に被害は
止んだわけであるし。語られていないだけで、それは間違った想像では無いはずだ。
「気の毒なムラサさんは助けても、沈められた船の乗組員達やその家族は助けてねえよなあ、
白蓮さんはさあ」
 説法としては人気のある村沙の身の上話だが、たまにこうした陰口が叩かれている事は
聞き及んでいる。
 詳しくは聞いていないし、知ろうともしなかったが、白蓮も当時何かしらの救済を被害者
やその親族にも行ったとは、思う。
 そうであってほしいと、ナズーリンはうっすら思った。


 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 5日後、ナズ―リンは我慢できずに、自ら妖怪の山へ世論調査の進捗を確かめに向かって
しまった。
 射命丸の事務所を覗くと――――先客がいた。
 どこでこの調査を聞きつけたか、八雲藍が、途中経過と壁に貼られたグラフを見て憤って
いる。

 「お疲れ様」
 「――――……どうも」
 「何たることだ!」

 ただし、買い物帰りか、普通に牛蒡やネギが飛び出した手提げかばんを手にしているため、あまり迫力が無い。
 射命丸は、無言で途中結果の紙を渡してくれた。
 そして、壁に貼られた結果も見る。

 「これは………」



 1.「(妖怪の)あなたは、今まで人間の赤子を食べた事がありますか?」

  ・多分食べたはずだが、よく覚えていない ………… 67%
  ・何かに混じって食べたとは思う     …………  5%
  ・食べた事がある            ………… 10%
  ・食べた事はない            ………… 18%



 「…………………………」
 「…………………………」
 「……………………何たることだ。たったこれだけとは」

 怒りの原因はそれか。
 流石は八雲の式。最強の一角の妖獣である。
 赤子だろうと、人間に容赦なくきちんと人肉食を堂々と行い、「幼児だろうが食べている」
と断言できる、
いわば平和ボケの無い妖怪らしい妖怪の、10%という少なさを嘆いているのだろう。

 「せめて、自分の食べた物くらいきちんと把握もできないなんて」
 「え」
 「食と言うもの自体に対する冒涜じゃないか! 管理のできていない証拠だ!」
 「はあ」
 「自分が口に入れる物の出所にも興味を払えないような輩の多い社会は危険だぞ?」

 そっちの方か。
 藍様はどうなんです、と訊こうとしたが、何となく聞けなかった。
 しかし、これだけの存在に成長するに至っては過去にきっと――――――

 「あ、そうだ。飲むかね」

 瓢箪を鞄から取り出したので、射命丸が礼を言いつつ茶碗を渡すと、中から豆乳を注いで
くれた。
 やっぱりだめかもしれない。

 「よく覚えていないってのは何なんだろうね」
 「直接、赤子を殺してないって事じゃないですか?」
 「妖怪の割に小心だな」
 「…………ほう、ナズーリンさんは殺すことに頓着ありませんか」

 射命丸は心底やる気無さそうに、ナズーリンを見やった

 「何だって?」
 「まあ、配給係のくれる肉が中心だったりもするでしょうし」
 「20%近くが『食べない』って断言してるのはどんなもんだろう」
 「妖怪としては多過ぎって気もしますが、最近は変に善人ぶりたい輩もいるから―――
  でしょうかね」

 大いに棘を感じた。
 後ろにいた白狼天狗が、なぜか笑いをこらえている。


 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 人間は、律儀に怖がってくれている。
 だが、その実商売相手にしたり、敬ったり、勿論本気で退治に勤しんだりと一様ではない。
 とても複雑な関係なのだ。
 妖怪は――――どうだろう? 本気で恐怖を与え続ける事に信念を燃やすものもいるが、
決して少なくない層が、そこに甘えて惰性で活動している気がする。
 だが、その今のバランスこそが、実は最も理想的なのかもしれない。
 適度に恐れて戦い、適度に仲良く

 どっちつかずや両立を維持しているという点で、実に東洋的―――いや、日本的であろう。

 このグダグダした感覚。
 距離感。
 ベタベタではない、馴れ合い。
 八雲藍は変な憤り方をしていたが、この長い歴史、人間と妖怪でより良い関係を築こうと
した結果の一つだろう。
 それだけに、ナズーリンは思い知った。
 逆に言えば、根源の根源として、どうしても相容れない部分があるという事。
 正直、本当に人間に興味が無いというか、見下していたので真剣に考えていなかったが、
少し興味を持って探すと、
良い面と同時にそれ以上の不都合な部分も解る。

 「『平等』ってのは正直なところ、相当無理じゃないか………?」

 率直に言って、毘沙門天の監視役、という立場がありがたいと思う事がある。
 そんな状況に安堵してしまう自分が情けない。
 そして、常に精一杯の白蓮にも、そこに従う寅丸を見て、胸さえ痛む。
 こうした時の、一人酒は目頭をじわじわと熱くさせた。
 昼間は、あの何だかよく解らない結果を忘れたくて、振り切るようにいつもの倍働いた。
 気づけば深夜。流石にどっとした疲れを覚えて就寝しようとしたのに、気持ちだけが冴え
て、里の居酒屋へと赴いた。
 おそらく、世界一平和な空間だろう。
 深夜だから体力も有り余って調子に乗っている妖怪達と、一日の締めくくりと、これも
調子に乗っている人間達が、同じ席で酒を酌み交わし、盛り上がっている事この上なし。
 その様子を見るのも辛くて、ナズーリンは隅でチビチビと飲んでいた。
 まだ射命丸の調査は終了した訳では無いが、もう一つ嫌な結果があった事を思い出した。
 藍は質問を、あの後も熱心に続けていた。



 「実際にどこら辺の層の妖怪を対象にしてるんだい?」
 「層、と言いますと?」
 「人間でも子供だと弱いから食べてる、という奴と、味として子供の肉が上手いから
  食べてる、という奴では妖怪にも格の違いが見えるだろう」

 藍は、買ってきたらしい油揚げをモサモサ食べながらグラフを見やり尋ねた。ナズーリン
にもふるまってくれたが、やんわりと断った。

 「―――ああ、はっきり言いまして、自分が食べた人間の肉を意識し過ぎる奴や、
  自慢するような妖怪に、一流の奴はいません」
 「………馬鹿にした言い方だなそれは」
 「正確に言うと、明らかに弱いって部類には入らなくとも、少し背伸びしたくらいじゃ
  あ強豪とは呼ばれない程度の―――――中流の妖怪達が、
 『そこそこ名のある退治屋を食べた』だの
 『外の世界じゃ有名な犯罪者をおいしくいただいた』、
  やれ『無慈悲にも泣き叫ぶ母親の前で赤子から食い散らして殺し、その後悲しみで気の
  ふれた母親も嘲りながら喰らってやった』
  とかネタにするために意識して食べてるんです」
 「中というより、まあ中の下くらいの発想かねそれは」
 「本当の貧乏な雑魚妖怪は、まず肉をどうこう選り好みできるほど余裕がある訳じゃないん
  です。大して本当の上級の――――それこそ里に客として入って、お金を普通に払っ
  ただけでも怖がられる
  ような――――強者達なら、既に人間の肉にさほど頓着が無くなる傾向にあるようです」
 「ふむ」
 「まあ、そこから後は単純な好みの問題でしょうかね」



 ――――私は別に強い訳じゃないんだが。

 どちらかと言うと、妖怪としての強さからすればそれこそ中の下辺りかもしれない。
 生き残れてこれたのは、「不利な相手とはそもそも正面から戦わない」というスタイルを
徹底し、恥としていなかったからである。立派な戦略と自信を持って言える。
 だから―――ちょっとした諦め癖というものができていたのかもしれない。
 「今、出来ない事は出来ない」
 最終的に、本当の目的を達成できれば良いのだが………

 (私の目的と言えば)

 白蓮達とは明らかに一線を画している。
 そして、自身を誤魔化し誤魔化し毎日仕事に精を出してきたが――――実際の所は彼女達
の理想が、実現できるとは思っていないのだ。
 とっくに諦めて自分は「妖怪と人間の法の下の真の平等・共存」なぞ到底実現はできない
ことを、前提にしている事にさえ気が付いていなかった。
 ならば。

 (一輪や村沙、ご主人達の気持ちやバイタリティーは、どこから来るんだ…………?)

 村沙や寅丸辺りは、単純に自責の念や思想云々以前に白蓮個人への想いで動いている様子
だが、一輪は普通にあの考え方に賛同している
みたいだし、そうした妖怪も人間もは信者に随分といる。
 真面目に考え、現場で直視してきた分、ナズーリンより理想と現実のギャップは知って
いるはずだが………

 (しかし、平和ではあるんだよな)

 改めて店内を見回し、楽しげな人妖達の様子を眺める。
 ―――平和ボケとはよく言ったもので、天下の鬼が――――神社に住み着いている奴――
――あるテーブルに座って、人間5人ほどを相手に昔話をしている。
 人間も人間で怖くないのか。

 「さて、そのまま何とか勇儀を匿って洞穴から出て来たんだが、その時点で辺り一帯は
  退治屋を始め、村の連中に取り囲まれていた。
  その数30人、いや40――――200はいってたかな?―――悪い。やっぱり70くらいだ。
  こっちの右腕はまだ動かないまま。
  だが、そんな時こそ私の独壇場さ。
  残ってる力で、私はすぐさま体を90尺くらいに引き延ばして迎え撃った。
  飛び交う矢は全部受けてやったし、斬り込んで来る奴等は正面からちぎっては投げ、
  ちぎっては投げ飛ばしたんだが、相手も必死だ。
  アバラ骨くらいは逝ってるはずなのに、それでもまだ切り込んで来るやつは切り込んで
  くるんだ。
  もう一度言うが、そいつらは専門家じゃない。普通のそこら辺の一般人だった奴等だ。
  別に訓練とか受けた訳じゃないのにだよ。
  小賢しく地の利を利用して死角を飛び道具で突いてくる奴もいたが、そういう悪知恵の
  働かないもんは、根性でひたすら補おうとしたんだろうねえ。
  本当に――――そのまま事切れた奴も多数いた。
  解るだろ。そんだけ、お互い必死だった。
  で―――これ以上はって思ったか、感情に負けたか、統率してた退治屋が一歩進み出て、
  一般人どもをひっこめてね。
  一対一だよ。本当の。
  お互いに利はないんだが、私も受けて立たない訳にゃあいかないさ。
  やっぱりそうこなくっちゃって思っちまってさ
  ――――ってどうしたお前ら。さっきまで楽しんでたのに、深刻になっちまって」
 「いやあ、伊吹様、お話は楽しいし、伊吹様自身もかっこいいんですけどね?」
 「なんせ手前どもも、まあ何ですが、人間ですだで。どっちを応援していいもんか」
 「何だそんな事で……いいんだよ。こっからは遠慮せずに退治屋の方に身になって話を
  聞きな」

 ―――鬼が生きてこうして話しているという事は、人間の方が負けた訳で、その身に
あらかじめ感情移入しろというのも酷い話だが……

 「はあ」
 「私もかっこいいだろうが、あいつらだってかっこ良かったんだよ?退治屋だけじゃなく、
  必死に戦いを挑んできた人間達がさ。
  普通に考えて、まともに敵う訳ないし、悪知恵働かそうが、どんだけ鍛えようが度胸が
  あろうが、鬼と人間の差は歴然よ」
 「……………」
 「……………でも、そうした時、負けると解ってても戦いを挑んでくるのさ。人間って
  怖いんだよ?」
 「―――――」
 「今は今で、良い時代だけどねえ―――ってどこまで話したっけか?」
 「退治屋の頭目との決戦の辺りです」
 「そうそう。そこで奴が改めて抜いたのがまた――――」

 酔いは冷めていた。
 あと小一時間は、ここにいたかったが、多分聞き続けていればその倍は長居することに
なりそうで、ナズーリンは首を振りながら、勘定を払って出た。


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 「――――訪ねてきたのは、一つ目小僧でした。年は80か90の……人間に換算すれば
  4.5歳といったところかもしれませんね」

 本番、というか独壇場である。
 その日、白蓮の説法が始まる前は小雨が降っていたのに、終盤に差し掛かるころには晴れ
ていた。暖かな日差しまで刺して、他の者達の説法、娯楽半分では無い、真剣な傾聴が
そこにあった。
 あるべき姿だ。
 打算も何も、民衆云々の修正とか、感動させてやろうとかの意図も無い。
 人妖は一同、それに真剣に応えて聞き続けている。

 「中央の大きな目の瞼がもう腫れ上がっていて――――――確かに、その近辺では家畜や
  農場が壊滅的に被害をうけていましたし、住民の怒りも爆発寸前でした。しかし犯人の
  妖怪は目星がついていたはずなのです」

 そもそも、村沙と同じく実体験なのだし。

 「なのに、実際に暴力を受けたのは静かに暮らしていただけの一つ目小僧。怒りのやり場
  が無かった村の人間達を、責める事はできないかもしれません。ですが――――」

 その一つ目小僧は、今でも下っ端ではあるが、寺に務めている。
 平和でも他人事ではない幻想郷の住民達は、静かに聞き続けている。

 「違いはあります。ただ――――『人間だから』『妖怪だから』を理由にする事に、まず、
  疑問を覚えました。それがきっかけです」

 素直に正しい考えとは、ナズーリンも思う。
 正しい事が罷り通らないのが世の常だが、罷り通らなくても皆の性根の中にそうした思想
は必要だ。

 ―――負けると解ってても戦いを挑んでくるのさ。

 鬼の話が頭をよぎる。
 相手への敬意は最大限払われているが―――これは、極度に上から目線。実際に上の立場
にいる、本当の強者から弱者への目線なのだから仕方がない。
 対して、白蓮はあくまでも弱者視点である。
 元々超人なのだし、虐げられている異民族の保護などという行為はどうしたって強者視点
になるはずなのに、その姿勢はぶれない。

 「皆、勘違いしてますよね」
 「………突然どうしました?」

 白蓮と聴衆から視線は外さずに、ナズーリンは一人ごちるように、寅丸に話しかけた。
 ――彼女へは、偽善者、逆差別主義、狂信者、悪平等主義、様々な蔑称があるが、どれも
表面しか見ていない。

 「白蓮様は、ただ妖怪を贔屓したいんでも、全員を無理やり平等にしたいのでも無い」
 「―――――」

 虐げられている者の味方なのだ。 
 できる、できない の問題ではなく。

 「ご主人」

 恥ずかしかったが、思い切ってナズーリンは言ってみた。

 「この前の失言を、改めて謝りたいのですが―――私に何ができるだろう?」
 「そうですね。やはり、食べ物関係からの不愉快。まずはきちんと態度で謝ったあとは…」


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 さて、白蓮がそんな良い話をしている最中、ぬえは少し離れた部屋で、ずっとまた子供達
相手に読み聞かせをしていたらしい。
 にわかにちょっとした仕事が増えたナズーリンが廊下を早足で移動していると、また、
転んでしまったのだった。
 また赤子が入った籠かと思って振り返ると、果たして籠に赤子は入っていた――――が、
丸く包んでいる布の中身は、チーズだった。
目をこすってよく見ると、やはり野菜の詰め合わせである。

 「あ、ごめん、片付け忘れてた」

 ぬえがこちらへ顔だけ傾け、棒読みで謝る。
 すぐに向き直って、前よりも至近距離に集まった子供たちに、熱心に話始めた。

 「さて、そのまま何とかマミゾウを匿って木の上から降りると、その時点で辺り一帯は
  退治屋を始め、軍の連中に取り囲まれていた。
  その数300人、いや400――――2000はいってたかな? ―――悪い。やっぱり700
  くらいだ。
  こっちの右半身はまだ動かないまま。
  だが、そんな時こそ私の独壇場さ。
  残ってる力で、私はすぐに体を900尺くらいに引き延ばした様に見せかけて迎え撃った。
  飛び交う弾丸は全部受けてやったし、斬り込んで来る奴等は正面からちぎっては投げ、
  ちぎっては投げ飛ばしたんだが、相手も数は多い。
  もう一度言うが、そいつらは十分な訓練を受けた生粋の軍人といってもいい。真の冷血
  殺人マシーンだよ。
  私はたった一人でそいつらを更にちぎっては投げちぎっては投げ――ってどうした?」
 「ぬえちゃん、話はかっこよく聞こえるけど、何か軍人さん達の方を応援したいなあって」
 「結局軍人さん達、ぬえちゃん一人で食べちゃうんでしょ?」
 「私が主人公なんだからしょうがないだろ」

 子供たちは、決して素で楽しんでいた訳では無い様子
 しかし、平然と子供が聞いていられる話じゃなかろう……

 「第一、その倒した軍人の肉を全部食べた訳じゃない」
 「え………それじゃあ、軍人さん達はいまどこに……」
 「ふふふ……無事だと思ったか?」

 にんまりと、これぞ妖怪の本業、と言うべき良い笑顔を浮かべ、ぬえは言った。

 「お前らがさっきまで美味しそうに食べてたお茶菓子。あれはなんでできてると思う?」
 「えっ? 糊煎餅と都コンブが………?」
 「煎餅とコンブだと本当に思ったか、クックックック………」
 「幼児相手に何やってるんだ」

 ナズーリンは遠慮なしに、絶好調で幼児達を恐怖のどん底に突き落として(いるかどうかは
幼児の反応からいまいちだが)悦に入っているぬえの、後ろの青い方の尾(?)を引っ張り
上げた

 「あっ 痛い!」
 「昨日から地味な嫌がらせを続けていたのはお前だろう。私の失言のあてつけならば、
  あえてうけようとも思った。他の妖怪連中へのいたずらならまだ解る」
 「あいたたたた」
 「ナズーリンさま!」
 「ナズさまやぁ!」
 「だが、檀家の子どものへのいたずらは――――お前までも人食いをネタにするのは
  放っておけん」
 「結局自分の事は棚上げってことじゃないかあ」
 「えい黙れ。私が自分から人を殺して肉を食べ続ける訳ないだろう―――――」
 「やっぱり、ナズ様はそんなことしないよね!」
 「ナズ―さまやっぱりそうやぁ」

 鼠はたまにそれやってたけど。人肉買ってそのまま醤油つけて夕飯にした事はあったけど。 
と、ぼそりと最後に言ったのは聞かれなかったようだ。
 ナズーリンには理解できなかったが、何故だか妙に嬉しそうな幼児達ににっこりと笑って
みせたままぬえの尾(?)を引き続けるとスポン、と抜けた。


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 今昔物語集にもある(原点はインド)有名な話だが、ある非力な兎は、力尽きた老人を何とか
助けたいと思い、火の中に身を投じて、
その自らの肉を捧げようとしたのだと言う。
 殊更日本人は、こうした自己犠牲の精神を好むと言われがちだが、それほどに民族特有と
みなすほどでもない、普遍的な美徳ではないだろうか。
 ぬえが嫌がらせのつもりでナズーリンに送った本にもあとがきで描いてあった。
 結局真の優しさとは、他者への施しとは、六波羅蜜の「布施」とは、己の身を削れるか否かなのだろう。
 財産だけでなく、時間・体力・血肉であってもだ。
 自己満足と言われても、削っている事には違いあるまい、とナズーリンは自信を納得させ
ている。

 「先日は大変失礼しました」

 人間連中は目の前の精進料理にうずうずしている。気を使って手短にしようとナズーリン
も焦った。

 「私も俗っ気が抜けていなかったという事なのです。 ―――実にささやかではあります
  が、怖がらせてしまったせめてものお詫び。存分に召し上がって下さい」

 命蓮寺では、初めての会食が行われていた。
 企画・呼び込み・出費・材料調達に至るまで、全てナズーリンによる。
 正直、射命丸への支払いも含め、ナズーリンの懐はかなり寒々しくはなったが、後悔は
全くなかった。
 実際の調理だけは、一輪に手伝ってもらったが………

 「ああ、素晴らしい………」
 「食は生命の宿業。食べ物に関しての失敗ならば、食べ物で返そうというナズーリン自身
  の提案です」
 「皆あんなに美味しそうに食べて」
 「神社の宴―――っていうか、幻想郷じゃ大体飲む方が主流だったからなあ………」

 夢中で料理をかきこむ面々を見て、ナズーリンも嬉しそう。
 慣れない包丁を持って一時は血まみれになった指の痛みなど消し飛んでいた。
 白蓮達も一同涙ぐんでいる。

 「ナズ―リン様、本当にもったいのうございます……」
 「何とお礼を言っていいやら」
 「いやいや、寧ろ救われているのは私の方」

 妖怪は確かに人間を食べる。
 人間はそこから様々な事を学ぶ。
 だがそんな血腥さや損得勘定も抜きにして、妖怪から、何かを人間に捧げる事だってたま
にはある。

 「お味の方はどうですかな」
 「そりゃもう………」
 「絶品ですわ」
 「ところで、この煮つけの材料ってなんですか?」
 「プルプルしてるね………」
 「蒟蒻かな?」
 「何でこんなに真っ青なんだろう………」




 妖怪だって、その身を削る。




 「ナズーリン、寝てないんじゃないか?」
 「あのクマ……寝食削ったんだねえ」
 「『私も』削られた事を忘れないでもらおうか」

 ―――今までどこにいたのかと思っていたぬえが、心底不機嫌そうに立っていた。腕に
酷い荒縄の跡があり、どうやら拘束されていたらしい。
 舌打ちするナズーリンに、ぬえは一応小声で言った。

 「そういう事するなら、自分の尻尾とか耳を使えよ!」
 「うるさい、あらかたの人間は鼠肉なんて怖がって食べないよ」

 しかし、いつもは3本なのに、2本しかない青い尾(?)に、何人かは先に気づいていた様だ。

 「もしかして、皆解ってるんじゃ………」
 「でも残さず食べてますね」
 「さっきから何の話ですか?しかし食べ物を粗末にしないという躾は徹底されている様子
  ですね」

 白蓮は、あの青い煮つけの正体に気づいていない。
 と、言うかその発想が無いのだろう。
 良い事だ。

 「いや、そういう訳じゃなく……」

 調理を手伝った一輪と、ぬえは顔を引きつらせている。

 「幻想郷に住んでる、人間達の神経の太さを見くびっちゃいけません」
 「人食いとずっと近所で暮らしてるような奴等だよね」
 「ん? それなら」

 ナズーリンにも聞こえた様で、彼女も不満気な顔に戻った。

 「何で、私のあの『刺身』で皆嫌な顔をしたんだ?」
 「――解ってないのですか」
 「お前、それ本気で言ってるの?」

 これには、白蓮含めあきれるしかなかった。




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 「これは、発表しとかない方がいいか………」

 その頃、貰った稲荷寿司の残りを頬張りながら、射命丸は個人的に調べた世論調査結果を見て
唸っていた。


 人里の子供100人アンケート

 Q.命蓮寺の妖怪で、誰が一番好きですか(白蓮除く)?
 A.
   ナズーリン  ……… 31人
   雲山     ……… 28人
   寅丸星    ……… 15人
   雲居一輪   ……… 12人
   村沙水蜜   ……… 9人
   封獣ぬえ   ……… 5人

 理由: 何か優しそう    (権三郎 9歳)
     名前が可愛い    (彦八 8歳)
     耳とか面白い    (明太 6歳)
     見た目あんま怖くない(匿名希望 4歳)
 
  
一年ぶりの投稿です。
 まずは拙文をここまで読んで下さった方々、ありがとうございます。

 命蓮寺の面々は割とおとなしそうだけど、実際のところナズーリン辺りも含め、大半の妖怪達ってどれ程怖いんだろう?
 やっぱり想像以上に冷酷なんだろうか。そもそもそういう次元の問題じゃないんだろうか。
 できればせめて赤ん坊くらいは食べないで見逃してほしいなあ、でもそういう事考えるのは甘えだよなあ
――――しかしそれじゃあやっぱりさびしい気もするな
 どういう形がベストなのかな?
 と、考え続けた内に生まれた話です
14階
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コメント



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1.70奇声を発する程度の能力削除
>特に妖海達
妖怪?
>「紅魔館のメエド長なんぞは
メイド長?
ドキドキしましたが面白かったです
2.100あかたて削除
妖怪は人を食べる…幻想郷ではどれくらいの頻度なのかは分かりませんが、やっぱり食べてるんですかねぇ…。
6.90名前が無い程度の能力削除
妖怪が人を食い、人が妖怪を食う。
いやはや、平等かもしれませんねw
16.100名前が正体不明である程度の能力削除
意外と食べないと思う。
18.100名前を間違える程度の能力削除
はじめて、ぬえを食べたいと思いました。
あと、ネズミが子供に人気あるのはしゃーない。ウォルトさんとこが盛大に布教したからな・・・・・・おや、正月というのに誰か来たようだ。
20.806削除
面白い観点でした
赤ん坊の刺身じゃなくて中年男性の煮しめならそこまで嫌がられることは無いだろうという意見に対して、もっともだと感じるとともに何ともいえない気持ちになったり
妖怪が人を食らうときたら、今度は人が妖怪を食らうと来たオチに肝が冷えたり

それにしてもぬえは子供に対して変な話ばかり聞かせてるなw
そして内心はメチャ色々考えてるのに子供からは好かれているナズーってやつ可愛い
22.100名前が無い程度の能力削除
妖怪が人を食うと言う当たり前の事実をうまく料理した話でした。要約するとナズナズは可愛い、と。