― 注意書き ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
このssは、「悲しみの絆」より後のお話になっています。
もちろん、誰でも楽しんで頂けるよう、つながりはほとんどありません。
さとりとパルスィが友達になった、という設定さえ頭に入れて頂ければ、
何の問題も無く読んで頂けると思います。
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夜空を覆う、暗い雲。
空から落ちる、涙雨。
まるで、誰かの涙の様。
「あはははは……」
抉られた心。
残酷な、記憶の残滓。
頬を伝う、1粒の雫。
これは、雨? 涙?
「妬ましい……」
もう、何も、信じられない……。
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「はぁ……」
ここは、地霊殿の一室。
簡素だが、機能性にはとても優れている。……もちろん、普通ならだが……。
今は様々な書類で埋め尽くされていて、機能性という言葉など何処へやら。
部屋を食い潰す書類で埋め尽くされた、シンプルな机に向かい、ため息を吐く少女が1人。
彼女ー古明地さとりは、目の前の書類と格闘していた。
「はぁ……」
机の上を見渡して、彼女はもう一度、ため息を吐いた。
残りはあとわずか……。
……それが、一番キツかったりするのだが……。
「これで……、最後……」
厄介な書類を片付け、背伸びをする。
つまらなく、面倒くさいことを、毎日のように繰り返す。
それでも彼女は、自分の仕事だと割り切って、毎日のように書類へ向かう。
(これで、久々に休みが取れる……)
「おねぇ~ちゃん!!」
気配も無く、ノックも無く、突然、部屋に少女が入ってくる。
彼女ー古明地こいしは、さとりの妹であり、覚り妖怪である。
……第三の目を閉じているため、他人の心は読めないけれど……。
辛い過去に押しつぶされ、こいしは第三の目を閉じた。
それにより、こいしは、覚り妖怪としての能力である、読心術を失った。
だが、この力を失った後に、無意識を操れるようになった。
どうやら、その力を最大限活用して、部屋に押し入ってきたようだ。
「部屋に入るときは、ノックをしなさい、と言ったはずですが」
「え~、そうだっけ?」
「言いましたよ」
「それよりも、おねえちゃん」
突然、話題を切り替えられる。
これも、無意識を操れるようになった恩恵かもしれない。
「なんですか?」
「今度、地上でお祭りがあるんだって」
「お祭り……、ですか?」
「そう、お祭り」
どうやら、地上でお祭りがあるらしい。
こいしが誰から聞いてきたのかは分からない。
さとりには、こいしの考えだけは分からない。
「こいしは、どうしたいのですか?」
「みんなで行こうよ!! みんなを誘って!!」
「……考えて、おきましょう……」
「仕事ばっかやってたら、何処かの閻魔様みたいに、頭が硬くなっちゃうよ?」
「…………」
さとりは、何も答えなかった。
……いや、答えられなかった。
暇はある。たった今、仕事は終わったのだから。
しばらくは、仕事がほとんどない状態が続くだろう。
だが、彼女の、地霊殿の管理者という立場上、仕方のないことかもしれない。
人から嫌われている自分が行っても……、という気持ちもあるだろう。
「……夕食の買い物に行ってきます」
「考えておいてね、おねえちゃん」
「……えぇ」
かわいい妹の願いを無下にしたくはない。
だが、自分が行くのは如何なものか。
2つの思いに挟まれて、彼女だけでは、結論を出すことは出来なかった。
「あっ……」
とある一室。
冷蔵庫の前で、食材のストックを確認している少女が1人。
彼女ー水橋パルスィは、冷蔵庫の野菜室を覗きながら小さく呟いていた。
「もう、無い……」
どうやら、食材のストックが尽きたようだ。
面倒くさい、といった顔をしている。
「しょうがない……、買い足しにいきますか」
嫌々ながら、彼女は買い物の準備をする。
彼女にとって、買い物自体は嫌いではない。
むしろ、好きな部類に入る。
だが、お店には、他のヒトがいる。
そこが、パルスィにとって苦痛であった。
「さて……、行ってきますか」
そう言って、彼女は家を出る。
ふと、彼女は薄暗い空を見上げた。
地底に、太陽の光は届かない。
そんな、いつもと変わらない地底の空を眺めていると、
「お~い、パルスィ~」
彼女は突然、声を掛けられた。
パルスィの表情が曇る。
そして、
「何よ、騒々しいわね」
彼女は、不満を包み隠さず口にした。
「いやいや、呼んだだけだよ、パルスィ」
「それが十分、騒々しいのよ」
パルスィ曰く、騒々しい少女ー黒谷ヤマメは、パルスィに明るく話し掛ける。
彼女は、土蜘蛛の妖怪。
地上では忌み嫌われていたが、ここでは人気が高い。
それは、この明るさ故だろうか。
「ねぇ、何処いくの?」
「何処だっていいじゃない」
「えぇ~、教えてよぉ~」
「…………」
「教えろぉぉ~~」
駄々をこねる土蜘蛛妖怪。
このままでは埒があかないと思ったのか、
「……これから、買い物に行くのよ」
パルスィは、つい、答えてしまう。
その結果、
「じゃあ、一緒に行こう、パルスィ」
「なんで一緒に行「しゅっぱ~つ!!」はぁ……」
いつもと変わらない、同じような展開。
文句を言う気も失せ、パルスィは、いつものようにため息を吐いた。
「んん~、次は、っと」
次に買うものを確認する為に、メモを見ようとした。
すると、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ねぇ~、今日、夕飯、ご馳走してよぉ~」
「嫌」
「パルスィの料理、1回くらい、食べさせてくれたっていいじゃん」
「どうして、アンタに食べさせなきゃいけないのよ」
パルスィとヤマメのようだ。
なんの話をしているのだろうか?
「パルスィ、ヤマメ、こんにちは」
「あっ、さとりさん、こんにちは」
「…………」
「『げっ!!』とか思わないでください、パルスィ」
「どうしてさとりがこんな所にいるのよ?」
「買い物をしに来てたんですよ」
というより、見ればわかりますよね……。
手に買い物袋をもってるんですから……。
少女雑談中――
3人で話していると、ふと、こいしと話していたことを思い出した。
私の手には、今買ったばかりの食材。
折角だから……。
「パルスィ、ヤマメ」
「なんですか?」
「…………」
(面倒くさそう……)
パルスィは答えない。
しかも心の中では、面倒くさそうとか。
……冷たいですね。
この前、友達になってくれたような気がしたのですが。
「ちょっと、相談したいことがあるんですよ」
(うわぁ~、面倒くさ)
「あっ、用事をおm「だから、一緒に夕食を食べませんか?」……はぁ」
パルスィの嘘は、華麗にスルー。
我ながら見事ね。
「私は、パルスィの料理が食べたいなぁ~」
「あ、いいですね。 私も食べてみたいです」
「誘ってきたのはさとりでしょ?」
パルスィが嫌そうに文句を言う。
まぁ、確かに、誘ったのは私だからそう言うでしょうね。
でも、私だって、パルスィの料理を食べてみたいんですよ?
「どうして私が作らなきゃいけないのよ」
「「食べたいから」」
上手くヤマメと声が被る。
パルスィの心が、もう帰りたい、と言ってる。
……絶対に逃がさない。
「まぁまぁ、キッチンも貸しますし、お手伝いもしますから」
「……はぁ……、わかったわよ……」
勝った。
流石パルスィ。
押しに弱い。
「では、行きましょうか」
私は、2人を連れて地霊殿へと向かう。
パルスィは、どんな料理を作ってくれるのでしょうか?
……楽しみですね。
……どうしてこうなったのだろう?
……どうして、さとりの家のキッチンに立っているのだろうか。
……どうして、他人の家で料理をしようとしているのだろうか。
「はぁ……」
「ため息なんて吐いていると、幸せが逃げていきますよ」
「誰のせいよ、誰の!!」
「誰のせいなんですか?」
「アンタでしょうが!!」
本格的に面倒くさくなってきた。
逃げ出してやろうか?
「あっ、逃げ出そうとしたりしたら、首に輪をかけて、ここから帰れなくしますよ?」
ちょ、さらっと変なこと言わないでよ。
「もしくは、お腹を空かせたこいしが、あなたのことを食べてしまうかもしれませんよ?」
食べる?
こいしって、人喰い妖怪だっけ?
「勿論、いろんな意味で」
「だから変なこと言うなぁ!!」
「私も食べてみたいですし」
「…………」
ちょっと引ける。
私はジト目でさとりを見た。
「……ごめんなさい……」
なんか、今日のさとり、変な気がする。
いつも、こんな感じだったっけ?
「さぁ?」
「アンタのことでしょうに……」
「なら、いつもこんな感じなんじゃないですか?」
……だったら、ただの変態じゃない……。
ペットたちや、こいしがかわいそうだわ。
「パルスィも変態にしt「いい加減にして」ハイ……」
こんな変な話続けてどうすんのよ……。
何にもならないでしょうに。
……そんなことより、何作ろう……。
無難にカレーとか?
でも、普通すぎるなぁ……。
取り敢えず、冷蔵庫の中でも見せてもらおうかしら?
「さとり、冷蔵庫の中見せて」
「いいですよ」
「んん~」
あぁ、綺麗だな、冷蔵庫の中。
いろんなものが揃ってるし。
……妬ましい……。
とか言ってる場合じゃない。
……何作ろう……。
……肉じゃがかなぁ……。
それなりに得意だし。
後は……。
おひたし、かな?
さて、作り始めましょうか。
私に手伝えることなんて何も無かった。それぐらい、パルスィの料理の腕はすごかった。
キッチンにある椅子に座り、流れるようなパルスィの動作を見ていることしか出来なかった。
着々と準備が整っていく。
肉じゃが、ほうれん草のおひたし。
あとは、お味噌汁に、きゅうりの漬け物。
おいしそう……。
「さとり、座ってないで料理運ぶの手伝って」
「えぇ」
気付いたら、もう完成していたみたい。やっぱり上手ですね。
……もう少し、料理しているところを見ていたかったのですが……。
私とパルスィは、料理を持ってリビングへ。
一緒に夕食の配膳をする。
と同時に、ペットを使ってこいしを呼んだ。
……ん?
なにか、1人ほど増えているような気がするのですが……。
「おう、あがらせてもらってるぞ」
……勇儀だった。
なんでいるのでしょう?
「何故、ここにいるんですか?」
「ちょっと、こっちの方に野暮用があって、ついでに寄ったんだ」
そうでしたか。
いいタイミングというか、面倒なタイミングというか……。
「美味そうだなぁ~」
「アンタの分なんて用意してないわよ」
「少し、残ってるじゃないですか」
「パルスィが作ったのか?」
「そうですよ」
ちょっとパルスィに視線を送る。
準備しないと、私のペットにしますよ?
という意味を込めて。
食べ物の恨みは怖いですからね。
ちゃんと、準備してあげましょう。
「……わかったわよ、準備すればいいんでしょ!!」
「最初から準備してくれりゃいいのに」
(イラッ……)
イラついてる。
そんなにイラつかなくても……。
なんだかんだ文句を言いつつも準備を終え、食事を始める。
「美味いっ!!」
「おいし~」
「美味しいよ、パルスィ」
みんなが言うように、本当に美味しい。
しかも、おかずの組み合わせも上手い。
……妬ましい……。
「また食べたいなぁ~」
「もう作らないわよ」
「えぇ~、また作ってよ」
「他人の食事を作るのは嫌いなの」
「ぶぅ~、パルスィのケチ~」
こんな他愛のない会話を聞きながら食事をしていると、こいしが話しかけてきた。
「ねぇねぇ、おねえちゃん」
「なんですか、こいし?」
「買い物に行く前に言ったこと、考えてくれた?」
「……まだ、決めてません」
今日、みんなを呼んだ理由だ。
私は、地上のお祭りに行ってもいいのだろうか?
それを聞きたくて、みんなを呼んだ。
「なんの話だ?」
「今度、地上で行われるお祭りのことです」
「みんなで行きたいんだけど、おねえちゃんが乗り気じゃなくて」
「……私が行ってもいいのかどうか……」
「それは、さとりの自由じゃないか」
「それはそうなんですけどね」
「ならいいじゃないか」
「しかし、覚り妖怪はみんなから嫌われていますから」
地上の人や妖怪たちが私を見れば、きっと不快な気持ちになるでしょう。
そんな気持ちを見れば、私だって不快な気持ちになる。
「それに、私は地霊殿の主ですから、そう簡単に行く訳には……」
もっともそうな理由をつけて逃げる。
嫌な現実には触れたくない。
いつもと変わらない、成長しない。
ただひたすらに他人との関わり合いを狭めていく。
私を認めてくれる、小さなコミュニティだけでいい。
それ以上には、触れたくない。
嫌われている、という現実を見たくない。
「別に、誰も気づかないわよ」
それに、気にしなければいいじゃない。
きっと、大丈夫なんじゃない?
と、パルスィは言ってくれる。
「それに、かわいい妹の願いなんじゃないの?」
そう。
妹の願い。
私の大切な妹。
だから……。
「……わかりました、みんなでいきましょう」
「やった~!! おねえちゃん、ありがと!!」
こいしの顔が明るくなる。
この顔が見れるだけでも、私はうれしいんですよ。
そう言えば、お祭りはいつ行われるんでしょう?
「それで、いつなんですか?」
「明日だよ?」
明日、ですか。
これはまた、急だったんですね。
「では、明日の酉1つ時に、パルスィの家に、集合しましょう」
「えっ?」
突然の提案に、パルスィは素っ頓狂な声を上げる。
文句を言われる前に、
「拒否権は認めません」
行動を封じ込める。
結局、パルスィは、
「はぁ……」
ため息を吐くだけで、何もすることは出来ませんでした。
薄暗い、部屋の中。
明日の為、タンスへと向かう。
昔、持っていたらしいあの服。
明日。7月7日。お祭り。
きっと、あのイベント……。
記憶の片隅に、知識しか無いけれど。
あの頃の記憶なんて、もう、ありはしないけど。
あの頃の記憶よりも、今のほうが、性に合ってるだろうけど。
夏のお祭りに似合う、あの服。
着ていこうかな、とは思った。
空高く浮かぶ、美しき星の川を、1番綺麗に眺めさせてくれる不思議な日。
いつだって、同じハズなのに。
ただの御伽話だけど。
あの制約は、2人にとって残酷で。
でも、2人は、何度でも出会い続ける。
いつまでも、互いを想い続ける。
その物語に、私は、憧れる。
たとえ、1年に1度しか逢えなくても。
2人が愛し続けられるなんて……。
どうして、こんなにも憧れる?
こんなにも、憧れているはずなのに……。
どうして、心の奥は、明日を恐れるの?
そんなに、ヒトを見たくないの?
あなたに、気にしなければいいじゃない、と心の中で呟いた。
あなたに、きっと大丈夫だって、と心の中で呟いた。
でも……。
私は、気にしないでいられるの?
私は、大丈夫でいられるの?
さとりには、大丈夫だって、と言ったこの口が憎たらしい。
どうして、自分には言ってやれないの?
どうして、気にしないでいられないの?
どうして、大丈夫でいられないの?
私は……。
あぁ……。
どいつもこいつも。
……妬ましい……。
どうして、こんなにも苦しいの?
どうして、こんなにも御伽話に憧れる?
どうして、こんなにも明日を恐れるの?
……どうして?
そろそろ時間だ。
私は、遠慮気味にドアを叩く。
「パルスィ、いますか?」
「…………」
「いないのか?」
「そんなハズはないと思いますが」
「おーい、パルスィ」
鍵の開く音がして、ドアが開く。
不機嫌そうな顔を、少しだけ赤らめて、パルスィが顔を出す。
「……少しくらい待てないの?」
おぉ~、浴衣。
似合ってますね。
「なによ?」
「似合ってるなぁ、って思っただけですよ?」
「かわいいぞ~」
「うっ、うるさい!!」
照れてる照れてる。
照れるパルスィはかわいいですね。
「さとりは着ないの?」
「持ってないですから」
「……折角だから、着ていく?」
「えっ!?」
「たしか、もう1着あったと思うから」
「おねえちゃん、着てみなよ」
「私に、着物なんか似合わな「ほ~ら、こっち来て」……」
なんか、言葉を遮られるパルスィの気持ちが分かるかもしれない。
じゃなくて。
私なんかに、着物が似合うのかな……。
ちょっと、不安ですね……。
少女着替中――
「はい、さとり、着物ver.」
「……どうですか?」
「似合ってるよ、おねえちゃん!!」
「おぉ、いいな、さとり」
「ほら、着てよかったでしょ」
パルスィと2人で浴衣か……。
なんか、恥ずかしいですね。
「お~い、みんな~」
ヤマメとキスメだ。
これで、全員ですね。
「パルスィとさとりさんは着物かぁ」
「どうですか?」
「似合ってますよ、さとりさん」
「ありがとうございます」
うれしいですね……。
ありがとう、パルスィ。
「さて、行きましょうか」
久々の地上だ。
空は、ちょっと曇っている。
折角の夜空に、星は輝いていない。
虚しいような、ホッとするような……。
「そういえば、このお祭りは、なんのお祭りなんでしょうか?」
「たぶん、七夕のお祭りなんじゃない?」
「たなばた?」
「織り姫と彦星が、唯一逢える日」
「ロマンチックですね」
「……残酷に思えるほどにね」
私は、この『年に1度』という制約は、あまりに残酷に思えてしまう。
それは、私が嫉妬深い橋姫だからだろうか。
「まぁ、ただ便乗して、馬鹿騒ぎしたいだけでしょうけど」
そうでなきゃ、その辺に酔っ払いがたくさんいるはずないじゃない……。
笹の葉に、願い事を書いた短冊を飾るイベントだったハズなんだけど……。
「笹の葉に、願いを書いた短冊、ですか?」
心を読まれたようだ。
まぁ、もう慣れてるけど。
でも、みんなは首をかしげてる。
さとりがわかっても、みんなはわかってないから、説明は省けない。
「七夕には、願いを書いた短冊を、笹の葉に飾る風習があるの」
「飾ってどうするの?」
こいしが尋ねてくる。
そして、至極当然のように返す。
「別に、どうもしないわ」
「なら、なんでやるのさ?」
今度はヤマメだ。
まるで、子供のように聞いてくる。
「願い事が叶うとされているのよ」
「おもしろそうですね」
「着いたらやってみる?」
「なら、みんなでやりましょうか?」
「やろうやろう、絶対やろう」
……願いが叶うとされている、か。
……私は、願いが叶ったこと、あるのだろうか?
「……どうしたんです、パルスィ?」
「なんでもないわ」
人が増えてきた。
もうすぐ、お祭りの中心部かな?
人が、多い。
ここまで多いと、人の思念も、ほとんど聞き取れませんね。
「で、どうなの?」
「何がですか?」
唐突に、パルスィは聞いてくる。
さて、なんのことだろう?
「何もないならいいわ」
「何もないですね」
あぁ、なるほど。
心の声のことですか。
……心配してくれているんですね。
ありがとう、パルスィ。
「あれ、こいし様は?」
連れてきたお燐が問う。
いなくなってますね……。
あの子の放浪っぷりはすごいですからね。
まぁ、突然帰ってきますから、大丈夫でしょう。
「多分、大丈夫でしょう」
「わかりました」
お祭りの中心らしき広場。
あちらこちらに屋台が広がっている。
ちょっと離れた所で、お燐とお空が話をしている。
どうやら、お空がお腹を空かせたようですね。
「お燐、お空」
「「はい」」
綺麗にハモってる。
流石、息の合ってる2人。
「折角地上に来たんですし、自由に回っていてもいいですよ」
「ありがとうございますさとり様」
「お燐お燐、さっきの屋台に行こう」
お空は、お燐を連れて走り出す。
そんなにお腹空いてるんですか……。
もう少し、我慢というのを教えたほうが良さそうですね……。
「私も、少し抜けようかね」
「勇儀さんもですか?」
「あぁ、美味い酒が飲めそうだからな」
「アンタ、いつも酒のことばっかりよね」
「アハハ、いいじゃないか、美味いし」
「酔って、暴れないでくださいね?」
「もちろんだとも」
そう言って、勇儀も行ってしまった。
ここでも、お酒ですか。
いつも、地底でたくさん飲んでますよね?
「パルスィ、短冊ってどこ?」
「あそこの、大きな笹があるところにあると思うわ」
「行こう、キスメ」
パルスィが答えると、ヤマメはキスメに話かける。
キスメは頷いて、ヤマメの後についていく。
2人して、先に行ってしまった。
結局、この場に残ったのは、2人だけ。
空を見てみると、まだ、薄い雲が広がっている。
雨でも降るのだろうか?
「私たちも、行きますか?」
「私は後にするわ」
「なら、私も後にしますね」
私は、パルスィと離れ、雑踏の中に入っていった。
人が行き交う雑踏の中、私は立ち尽くしていた。
まわりには、男と女が手をつないで歩いていたり、
お祭りの喧騒から、少しだけ離れたところでいちゃついてる2人とか、そんな奴らばっかり。
あぁ、妬ましい。
どいつもこいつも妬ましい。
でも……。
何故か、安心する。
妬ましいと思う心がありつつも、安心している心がいる。
いつもは、こんなことないのに。
「ぱ~るすぃ!!」
「……何?」
「ま~た、妬ましいとかやってるの?」
「私は、そういう妖怪よ」
私は、嫉妬心を操る妖怪。
嫉妬という心から生まれた、醜い妖怪。
ただただ、愛しくて、妬ましくて。
私は……。
……私は?
……愛しい?
何?
「どうしたの?」
「別に、何でもないわ」
何でもないはず……。
何でもないはず、なのに……。
心が騒ぎ出す。
「顔色悪くない?」
「気のせいよ……」
「そうかなぁ?」
「………」
わからない。
自分が。
自分の心が。
空を見上げる。
今にも、泣き出してしまいそうな空。
そんな空が、私の心を抉っていく。
「ねぇねぇ、パルスィ」
「何?」
「甘いもの食べたくなっちゃった」
少しだけ、気が紛れる。
抉られた心に麻酔を打つような、そんな感じがする。
ちょっとした、不快感が残る。
「一緒に食べに行こう?」
こんな気持ちで食べたくないな。
それに、こんな気持ちで食べれば、こいしにも悪いし。
「今、食欲ないの、ゴメン」
「そっか」
「少し、1人にさせて」
「ねぇ、パルスィ?」
「何?」
「おねえちゃんとは、と……」
こいしは、途中まで言いかけて、やめた。
あなたは、何を聞きたいの?
「いいや、今のは忘れて」
さとりがどうしたの?
わからない。
「んじゃ、また後でね」
そうそうと走り去る。
最後のは何だったのだろう?
空は、今にも泣き出しそう。
そんな空を見上げていると、また、私の心が騒ぎだす。
なんなんだろう……。
私は、どうしてしまったんだろう……。
私は、人混みの中を歩き続ける。
みんなが言っていた通り、誰も、私には気づかない。
気にしていない。
……来て、良かったかもしれませんね。
雑踏の中、ただただ、目的も無く、歩き続ける。
人ごみの中、こいしの姿を見つける。
「おねえちゃん……」
いつの間にかいなくなっていたこいしに出会う。
なにか、重々しいような感じで、私に話しかけてきた。
「どうしたんですか、こいし?」
「パルスィの様子がおかしいんだけど……」
様子がおかしい?
来る時は、普通だったと思うんですが。
「なんか、顔色が悪かったよ」
どうしたんでしょうか……。
少し、心配ですね。
「何処にいました?」
「広場にいたよ」
「ちょっと、行ってみますね」
「ねぇ、おねえちゃん……」
「何ですか?」
「……ううん、なんでもない」
どうしたんでしょう?
言いたいことがあれば、いってくれればいいのに。
「早く、パルスィの所に、行ってあげて」
「……えぇ」
こいしが、私に何を伝えたかったのか気になった。
でも、今はパルスィだ。
こいしも、早く行ってあげてって言っている。
私は、広場へと向かいはじめた。
広場へと歩いていると、顔に、冷たい雫があたった。
ついに、降り始めてしまったようだ。
私は、広場へ向かって歩いていく。
突然の雨に、お祭りに来ていた人たちが、雨宿りをし始めている。
そんな中、私は、雨も気にせず、歩き続けた。
歩き続けていると、突然、寒気を感じた。
今までと、空気が違うような気がする。
冷たい……。
でも、寒いわけではない。
まるで、生気を吸い取られそうな……。
それだけの、負の気質。
それを生み出している中心部に立つ、少女が1人。
うつろな目で、虚空を捉えている。
見間違えるはずがない。
でも……、見間違えであってほしいと、思いたくなる。
それほどまでに、禍々しい力が、私にあたる。
「パルスィ」
「…………」
パルスィは答えない。
空を眺めて、ただ呆然と、立ち尽くすだけ……。
パルスィの顔は、何かで歪んでいる。
「パル、スィ……?」
どうすればいいのかわからず、私はただ、名前を呟くことしかできなかった。
空を覆う、厚い雲。
年に1度の、大切な出会いを隠す雲。
天に住まう、2人の涙雨。
それが、残酷なほどに、私の心を抉る。
――妬ましい、妬ましい。
――何故、妬ましい?
――どうして、妬ましい?
人が信じられない。
人は、嘘の仮面を被ってる。
人は、私の心を裏切る。
そう……。
全てが、虚空に消える……。
――どうして、そう思うの?
――これは、私の記憶なの?
――私の、古い感情?
幻想的な御伽話。
年に1度の大切な出会い。
私は、憧れた。
永遠に、お互いを想い続けられる、2人が羨ましかった。
私も、そんな風に生きていきたかった。
でも……。
彼は違った。
彼は、『愛しているよ』と言ってくれた。
『ずっと、大切の思っているよ』と言ってくれた。
でも……。
彼は、別の女の子と一緒にいた。
私といるときよりも、楽しく、過ごしていた……。
天に住まう、永遠に年1度を繰り返す、2人の下。
永遠に、お互いを想い続けている2人の下。
まるで、雲で隠れているから、何をしても許されるだろう、と思うように。
彼は、私の知らない女の子と、一緒にいた。
――どうして、私のことを愛し続けてくれないの?
――ずっと、大切に思っていてくれなかったの?
――どうして、裏切られなければならなかったの?
――妬ましい……。
――簡単に手のひら返す輩が、妬ましい。
――全てのものが、妬ましいっ!!!
「パルスィ、止めて!!」
――妬ましい、妬ましい。
嫉妬の力は荒れ狂う。
すべてを妬む。
私を裏切った薄汚い心。
それを持ち得る存在を。
(アンタ、この前、知らない女と会ってたでしょ!!)
(この手紙は何!?)
(昨日、なんであんなに遅かったの?)
(どうして、キスなんてしていたの?)
雑踏から聞こえる声、全てが変わる。
周りから、美しい声が聞こえる。
嫌疑を纏った妬みの声。
私の心に染み入る声。
満たされない。
でも、喰い続けなければ、壊れテシまウ。
嫌、嫌、いや、イヤ、イヤいヤイヤイやイヤいヤいやイや。
全てが怖い。
裏切りが。
大切なものを、失うのが!!
「パルスィ!!パルスィ!!!」
私の心に、声が響く。
「妬ましい……」
私の口から、呪詛が漏れていく。
心の奥底の、本音と一緒に漏れ出て行く。
「私を裏切る、心が妬ましい!!!」
なんなのだろう。
『私を裏切る、心が妬ましい』
これは、パルスィの過去?
「どうして、裏切られなきゃならなかったの?」
パルスィの声は、震えている。
それは、恐怖? 絶望? 嫉妬? 怒り?
心を読んでもわからない。
あまりに心が荒れすぎている。
「私の何が、いけなかったの?」
過去の記憶が、溢れている。
自分すら、見失っている。
「私はただ、彼を想い続けて生きていきたかっただけなのに……」
自分の想いを捧げ続け。
誰よりも、その男の人のことを想い。
……好きでいた。
なのに、
「私はただ、彼に想われ続けて生きていたかっただけなのに……」
大切な人に、裏切られた。
そして……。
恨みを込めて、鬼になり。
全てを妬み、生きてきた。
「もう、誰も、信じていたくないっ!!」
でも……。
それでは悲しすぎる。
せめて、私だけは、パルスィが信じていられる、存在でいてあげたい。
「誰にも裏切られたくない、嫌われたくないっ!!」
涙が溢れている。
恐怖というものを包み隠し、嫉妬という膜を張り続けてきた。
それだけ、悲しい生き方を選んできた。
絶望を抱えて生きてきた。
誰も信じられず。
誰も好きになれず。
たった1人だけで、生き続けてきた。
私と、友達になってくれた、あのときからも……。
パルスィには救ってもらった。
永遠に手に入らないと思っていたものをくれた。
だから、私は……。
裏切りたくない。
嫌いたくない。
そして……。
失いたくない……。
だって、私は……。
普通に見てくれたあなたを。
友達にしてくれたあなたを。
心配してくれた、あなたを。
……大切に、想っているもの。
「私は、あなたを裏切らない!!」
パルスィの身体が震える。
「私は、あなたを嫌わない!!」
パルスィの、苦痛に歪んだ顔が、私を捉える。
その顔を、見たくなかった。
そんな顔、させたくない。
だから、
「私は、パルスィのこと、好きですよ」
本当の気持ちを込めて、精一杯、パルスィに叫んだ。
『私は、パルスィのこと、好きですよ』
心の中を蹂躙する、過去の記憶。
私を支配する、嫉妬の心。
それを掻き消す、アイツの言葉。
一瞬、私の心は揺らいだ。
アイツと過ごした私の心は、その、甘味な言葉を受け入れかけた。
でも、私の過去の心は、その、危険な言葉を受け入れなかった……。
心の奥底が、怖いと叫ぶ。
裏切られることが。
捨てられることが。
でも、嬉しいと思う。
その言葉を受け入れたいと願う。
2つの心に挟まれて、何1つとして得られない。
自分が、何処までも愚かしい。
私を想ってくれる、アイツの言葉を信じられない自分が……。
「パルスィは、私と友達になってくれた」
あぁ……。
そういうこともあったな……。
「私は、あなたを、こんな孤独の闇に閉じ込めたくない!!」
私は、あのときから、ずっと孤独だった。
全てを妬む鬼として、誰からも好かれることはなかった。
だから、この前のことも、実感なんて、全くなかった。
それなのに……。
「私は、あなたとずっと、一緒にいたい」
私は、アイツに、想われてる?
私は、アイツを、想っている?
「だか、ら……」
この想いは、裏切られない?
この想いは、大切にしてられる?
「さと、り……」
「パルスィ!?」
「アンタ、は、わた、しを、大切、に、想って、くれ、る?」
「大切に、想ってますよ」
さとりのその言葉に、涙が零れてくる。
たった1人でも、ここまで、大切に想ってくれる人がいる。
「唯一、私を認めてくれた、たった1人の、大切な、かけがえのない存在ですよ」
気のせいか、少しだけ、さとりの顔が赤くなっているように見える。
それが、恥ずかしさなのか、気疲れなのかは分からないけど。
とっても、うれしかった。
私にとっても、かけがえのない、大切な、友人、なの、かな?
「ありがと、さとり……」
いつの間にか雨は上がり、雑踏が戻りつつあった。
広場の隅に座り込み、過去を想起する。
さとりの言葉はうれしかった。
あの男なんかより、言葉に、心が宿っていた。
本当に、大切に想われているように思えた。
でも、まだ、私の心は……。
「ねぇ、パルスィ?」
「何?」
「短冊、書きに行きましょう?」
「……いいわよ」
「願いを、叶えましょう?」
「…………」
「さっきの言葉、絶対に守りますよ、パルスィ」
「……ありがと……」
私とさとりは、大きな笹へと向かう。
空は、あのときとは違い、美しき天の川が煌めく。
年に1度の制約を持ち、でも、永遠に想い続ける2人。
その2人に思いを馳せる。
「大丈夫ですよ」
「何が?」
「いいえ、なんでもないですよ?」
突然、さとりは言った。
一体なんのことだろう?
わたしと、さとりは、笹の葉に、短冊を飾る。
大切な想いを乗せて。
『 ずっと、友達でいられますように…… ーパルスィ 』
『 ずっと、友達でいますよ ーさとり 』
星が煌めく、大空の下。
人は失せ、静かな夜を取り戻した。
空では、年に1度の出逢いを、本当に短い再会を、静かに過ごしている。
それでも2人は、これからも、お互いを想い続けるのだろう。
笹を揺らす風が吹く。
笹の葉から、心地の良い音がする。
あらゆる願いを乗せた、七夕の短冊。
その中には、願いではない何かも混ざっている。
大切な想いも抱え、笹は、天へと短冊をかざす。
まるで、言えない言葉を届けるかのように……。
『 ありがと、さとり 』
二人の絆良いなぁ
天の川か、近所のプラネタリウムで見たのはかなり綺麗でした。もはやあれも幻想なのでしょうね(魔理沙のミルキーウェイとか)
でもさとパル大好き。よく書いてくれました。
愛欠乏症のパルスィ。さとりちゃんにはもっともっと愛してもらってほしい!
ありがとうございました。
なんか、読みづらかったようですね。
自分としては、交互1人称が好きなんですが(お互いの心情を描写出来るので)、
読みづらいのは問題ですね。
>>奇声を発する程度の能力 さん
コメありがとです。
楽しんで頂けたようで、なによりです。
>>3 さん
コメありがとです。
さとパル好きですか。また、書けるといいなぁ。
たしかに、天の川は既に幻想なのかもしれませんね。
>>6 さん
ほむほむ
>>oblivion さん
コメント、ありがとうございます。
読みづらくて、すいませんでした。努力不足です。
交互1人称を使う以上、読みやすく工夫しなくてはいけないのに。
読み辛さが無くなるよう、努力していきます。
みなさん、読んで頂いてありがとうございます。