ちゅういがき。所謂『良い話』ではありません、という事だけを前文として。
以下本文
***
故に私は、心を閉ざした。
私達は覚り妖怪の姉妹で、それ故に相手の心を知る事が出来た。
覚り妖怪といえば外の世界の逸話にも残っているくらいには有名な妖怪で、やはり私達の住んでいた地域でもそれなりに有名であった。
無論、人々の間で有名であるというのは良い意味ばかりであるはずもなく。討伐隊などという恐ろしいものから逃げ惑っていた事もあった。
どうやら心を読まれるという事は、人々にとって、或いは他の妖怪にとって、苦痛である事らしい。
私には、いや私達には、最初どうしてもそれが理解出来なかった。
私達には心の内面と外面に区別を付けるような経験は無かったし、それ以前にそんな事を考えた事もなかったから。
見開いた第三の目はいつでも相手の内面を私達にさらけ出してはいたが、私達はそれを悪用した事は無い。それはしてはいけないのだと、幼い頃から言われ続けていたことだったから。
悪用されず、そして読む心はいつも何か特別なものではなかった。
だから、そう。だから私達はあの時まで何も困る事なんて無かった。
ある村で、人々とも良好な関係を築けていて、そしてそれが永遠にそのままでいられるのだと、思い込んでいたのだ。
あの日、未だに忘れたことのないあの遠い過去。
私達はいつものように村で買い物をしていたのだったか。米を買い、塩を買い、こんな時は妖怪でいて良かったね、力持ちだもんね、などと他愛ない会話をして。
今考えれば不思議な光景だった事だろう。そこには襲い襲われる筈の人と妖怪の関係性は存在しなかったのだから。
私達が覚り妖怪である事は伏せていたが、妖怪である事は既に知られていた。
勿論、私たちを嫌っていた人も少なくはなかっただろう。
それでも私達は、大きな問題もなく良好な関係を築けていたのだと思っていた。
事件はその日に起こった。
一通り買い物を終えてさあ帰ろうという時に、私達は感じた。
雑踏の向こうに、強い負の感情を。
遠かったせいではっきりとは読み取れなかったが、それは確かに巨大な殺意であると確信できた。私達姉妹が、二人とも確信したのだ。
止めに行かなきゃ、と私は言った。
駄目だよ。能力で知った事は知らないものと同じって決めたじゃない。
そう言って彼女は止めた。
見過ごせないでしょ、そう叫んで、私は雑踏に駆けた。
彼女は私を追って、或いは私を止めようと、走った。
手には刃物、顔には憎しみ、言葉は狂気。
親を殺された恨み
彼はそう声を荒げ、目を見開いているその仇へと走った。
私は彼と、彼の仇であるらしい男の間に割って入った。
彼は止まらなかった。
刃は貫いた。
私を。
染まった。
紅く。黒く。酷く。
命の心配などあるはずもなかったのに。
妖怪と人間との戯れにも及ばない、小さな傷が、何故だか厭に痛かった。
事件は大したものではなかった。
結局、仇であった訳ではなく、男が彼の親の死を馬鹿にした事がきっかけの衝動的な事件だったらしい。
私達姉妹もこれで一安心と思いながら、無茶苦茶な行動をした私は彼女に当分怒られるのだろうなと、苦笑するしか出来なかった。
だから、その時はまだそんな事は考えてもいなかった。
問題にすべきはそんな事ではなかったのに。
ばたん、と扉が開いて、彼女が入ってきた。
開口一番に何を言われるのかと若干心配だった私は恐る恐るといった表情だったろう。
村の人達が私達を怖がってるわ。
彼女は、そんな事を、ぽつりと呟いた。
なるほど確かに、人間にとって妖怪の再生能力は不気味かもしれないわね、と私は笑った。
内心では、少し、悲しかったけど。仕方ないと思えた。
しかし、違うと言って、彼女は泣いた。
心を読む力を怖がってるの、と言って、彼女は泣いた。
あの事件の時、誰も動けなかった。
あまりにも突然刃物を出した彼に、場には動揺しか存在しなかった。
そしてその中に滑り込んできた覚り妖怪。
その様は、彼らの目には如何に映ったか。
彼が刃物を出す前から妖怪は動き出し、そして事件を防いだ。
それは人々の目に如何に映ったか。
刃物を出した彼、が悪魔に心を操られたとして処刑されたという話が、その一週間ほど後に、私達にも届いた。
街中に私達への疑心、或いは憎しみが満ちるようになって、その感情が第三の目から流れ込んできて、私達は逃げ出した。
彼らは私達を追った。
そんな私達の前に、あの事件で危うく刺されそうになった男が、現れた。
あんたには助けられた恩がある。だから助ける。
彼はそう言って、隣町まで続くという秘密の通路を私達に教えた。
ここから逃げるといい、今見つかると俺も殺されちまう、早く行けよ、と言って、彼は林に消えた。
私達はその通路を使わなかった。私達は覚り妖怪だから。人の心が読めるから。
私は泣いた。彼女も泣いた。泣いて泣いて泣き疲れて、離れた町まで逃げ切った夜、私は。
彼女の説得も全て振り切って。
辛くて悲しくて悔しくて、こんなものがあるからとその目を憎んで。
故に私は、心を閉ざした。毎日聞こえていた多くの声が、ぱたりと止んだ。
ただ、お姉ちゃん、お姉ちゃん、と泣く声が、隣で寂しく響いていた。
何故彼女が泣いているのかは、どうしても分からなかった。
それと、「お姉ちゃんの言う通りだったね、と笑う再開した妹の~」という箇所の再開は誤字でしょうか?
つまりは罠だったってことか・・・なんとも言い難い。
5 >
誤字でしたありがとうございます! 直してきましたー(スライディング土下座
イメージの近い方がいらっしゃる事を知る事の出来る創想話に感謝しつつ読んで頂きありがとうございました!
山の賢者 様 >
そういうことです。最初はもう少し説明が多い文章だったのですがくどいなと思ったので思い切って削除。
丁度その文ではあたりまえの悪意というものを描きたかったのです。ありがとうございます。
読んで頂いた方、評価を入れて下さった方に感謝、コメントを下さった方に大感謝を捧げて。
ありがとうございました。
12 >
心を読める能力ってどんななのかな、と心を読めない私が書いた一つのおはなしでした。
難しいなと思いながら無い頭絞って書いたものなので共感して頂けるものであったことに万歳。
ありがとうございます!