「映画を作りましょ」
外には輝く太陽が高々と昇って焼け付く様な日差しを注ぎ、五月蝿い程に蝉達の大合唱が響く夏の幻想郷。
そんな典型的とも言える夏の午後をチルノ特製氷でキンキンに冷えたアイスティーを片手に優雅に過ごしていたレミリア・スカーレットとフランドール・スカーレット、パチュリー・ノーレッジ。
その3人の前に突如開いた隙間から上半身を覗かせた八雲紫の第一声だった。
「遂に呆けたか、寝言は寝て言えスキマ妖怪ならぬトシマ妖怪」
「式神『八雲藍』」
「テンコー」
疑いと呆れが入り混じった眼差しで暴言を吐いたレミリアに間髪入れず紫はスペルカードを発動。
目の前に現れた隙間の中から高速回転する八雲藍がレミリア向けて射出される。
「門番『紅美鈴』」
「オブフッ!?」
しかしレミリアの前には先程まで部屋の隅に佇んでいたのにいつの間にか軌道上にメイド長の十六夜咲夜が立ちはだかる。
その手には紅魔館の門番、紅美鈴がしっかりと前に構えられ藍のローリングアタックを防御、美鈴の腹に直撃するも二人は無傷で済んだ。
「ごっ、ふぅぅ……ぅんぅなんでこんなにお腹が痛いの?」
「おはよう美鈴、お腹が痛いのは貴方が昼寝をしてた罰だからよ」
「え? あ、あれ、咲夜さん! いやですねぇ私は寝てませんよちゃんと目蓋パッチリ開けて門番に励んでましたよ……あれ、ここどこ?」
「……おはよう美鈴」
「それで一体なんなのよその映画ってのは、そんな事言われても分からないわよ」
「いえいえ、知らなかったなら貴方には出来ない事ですから他を当たらせてもらいますわ」
「ちょっと待ちなさいよ」
二人の漫才染みた会話を無視しつつアイスティーの入ったグラスを傾けながら問いかける様に紫は残念そうな顔をしつつ、無かった事にと言って隙間の中に潜りこもうとした所でレミリアの制止が入る。
「いきなり話題を振っておいて相手が知らなかったらはいそうですかと言って消えるなんて失礼じゃない、その映画ってのがなんなのかちゃんと教えていきなさい」
「あらあら、それ程大したものでは御座いませんよ。知らなくても貴方の人生にはなんら支障の無い事ですから」
「良いからさっさと教えろ、さもないとその訳の分からない隙間から引きずり出して力尽くで聞き出すぞ」
「でも今教えても貴方じゃ役不足ですしねぇ、もう少し知識があったなら出来たかもしれませんけど」
「やっ、役不足だってぇ!? このレミリア・スカーレットに不可能なんて無いわ! 今教わったってその映画ってのも完璧にこなしてやる! さぁ早く教えろ、血の雨を見たくなかったらな!」
「それは恐い事ですわ……仕方ありません、そこまで言うなら教えてあげましょう」
侮辱された事で熱くなり顔を赤くして怒鳴るレミリアに紫は歪んだ口元を開いた扇で隠しながら隙間を更に大きく広げ、陰陽印の刺繍が施された独自の衣装を纏った全身を現した。
してやったり言いたげに不敵な笑みを見せる紫に対して小馬鹿にされた事に興奮気味のレミリアは眼を尖らせながら紫を睨みつける。
しかしそこは長年生きてきた吸血鬼、頭に血を上らせたままでは話もろくに聞けないと咄嗟に判断し、頭を冷やす為にグラスの中に余っていたアイスティーを一気に飲み干す。
冷たい物を一気に飲んでしまった為にレミリアは頭痛に襲われ手で頭を押さえるが、なんとか冷静さを取り戻す事が出来た。
「っつぅ……それで、映画ってのは何なのさ」
「映画と言いますのは外の世界の娯楽でしてね、簡単に申しますと新聞の写真が動く演劇だと思っていただければ良いですわ」
「なんだか言葉で言われてもいまいちピンと来ないわね……」
「そこで今日はこんな物を用意して参りました」
紫が指を鳴らすとレミリア達の前方に音も無く隙間が開き、生き物の眼とも見て取れる模様が散りばめられた不気味な空間の中から一つの物体が無機質で重い音を立ててゆっくりと降り立った。
それは艶の無い黒くて大人が両手を使って抱え上げる位の大きさの長方形の箱だった。
箱には突起物が一つ伸びていて、先端には天狗の新聞記者が持っているカメラと似た様なレンズが光を微かに反射させ、上部にはまるで馬車の車輪の様な丸い物体が二つ耳の様に対称で繋がっていた。
突然現れた箱はレミリアにとって疑問を更に深めるには十分な代物だった。
眉間に皺を寄せながらまじまじと箱を見つめるが結局それが一体何なのか分かる筈も無く、レミリアは不愉快そうな顔をしながら視線を紫に切り替えて睨みつける。
「何よこれ」
「それは映写機と言いまして、映画を観覧する為の道具ですわ」
「つまり言葉で説明するより手っ取り早いから直接見てくれって訳ね」
「その通り、貴方もここ最近目立った出来事も起きてないから暇しているでしょうから観てから決めても損は無いと思いますわよ」
「ふん、敬語なんて使って何を考えているんだか……」
そこまで喋るとレミリアは一旦言葉を切る。
テーブルにはレミリアが飲み干したのと同時に咲夜が時間を止めて新しく淹れ直したアイスティーが置かれていて、おもむろにそれを取って一口飲むとそのまま口を紡ぎ考え込む。
レミリアは先程からの紫の台詞動作を分析し、明らかに誘導していると言う結論に至った。
思い通りになるのは好きだが思い通りにされるのは嫌いなのがレミリア・スカーレット、紫の思い通りにいくのは癪に触るものがある。
だが最近は辺りも宴会はおろか異変さえ起こす気配が無い、白黒の侵入者を除くと来訪者も全く来ていないし、たまに巫女の所に行って挑発するも全然相手にされていない、要は暇を持て余していた。
部下の妖精メイド達に無理難題を押し付けて遊ぼうとも考えたが何度やってもそわそわと動き回った挙句諦めて投げ出すのがいつもの事、正直飽きてしまった。
咲夜の場合は難題を押し付けても何かしらの方法であっさり解決してしまって面白くない。
パチュリーだとあれこれ理屈を付けて押し通されてしまってその手は通用しないし、フランドールにいたっては全て破壊しかねない。
そこまで来ると最後に美鈴が残る訳だが、美鈴の場合は一生懸命にやり過ぎて見ているレミリアの方は居た堪れない状況に陥る為あまり向いていない。
だから何か全く新しくて面白い暇を潰す方法はないかと考えていた時に見た事も聞いた事も無い外界からの娯楽の提供、それはレミリアにとって充分に興味をそそる物だった。
「……良いわよ、お前の誘いに乗ってやる。その映画とやらを観てやろうじゃないか」
「ウフフ、分かりましたそれではこれが映写機の操作方が記された手帳です、ごゆっくりお楽しみください」
レミリアが内心の期待を隠す様に威圧的な態度で返事をするも紫はお見通しと言いたげに目を細めながら指を鳴らすと今度はレミリア達の頭上に隙間が開き、そこから掌サイズの手帳がテーブルの上に軽い音を立てて落ちてきた。
咲夜はその手帳を何の躊躇いも無く手に取りページ一つ一つを丹念に見通し、それをレミリアは熱い視線を送る。
「どうやら特別な力は必要無いみたいね、私でも充分この道具を扱えそうですわ」
「では問題も無さそうですし私はこれでおいとまさせて頂きます、後日改めてお伺い致しますので……行くわよ藍」
「御意に」
「それでは皆さんごきげんよう」
支障は無いと判断した紫はレミリア達の返事も聞かずに踵を返すと扇を閉じ、それを持った手を頭の上から振り下ろす。
すると何も無い筈の空間に切れ目が入り徐々に切れ目が広がって紫を覆い尽くす大きさの隙間ができ、紫と藍は出来上がった隙間へと入ると隙間は瞬く間に縮まり跡形も無く消え去った。
「突然現れてあっと言う間に消えるからにまったく訳の分からない奴だ……咲夜、早速だけどそいつを使ってちょうだい」
「かしこまりましたお嬢様」
「それと折角だから美鈴も観ていくと良いよ」
「はぁ、ではお言葉に甘えて」
○ ○ ○ ○ ○
早速咲夜は上映の準備に入る。
レミリア達がティータイムに使っていたテーブルの上に映写機を中心に陣取らせ、一緒に送られた棒状の物体、スピーカーを壁際に配置。
スピーカーからゴムか何かで出来ている細長いコードが伸びており、コードの先は紫が扱う隙間が小さく開いてその先へとコードが続いている。
手帳によると電気を供給する為らしいが咲夜には電気なんて物は知らない為良く理解していないが、別に理解する必要も無いだろうと思って無視することにした。
次に映写機のレンズが向いている方向の壁に用意した厚めのシーツを皺が出来ないように貼り付け設置は完了。
続いて部屋に唯一存在する窓を厚手のカーテンで覆い厳重太陽の光を遮り、部屋を照らしていた蝋燭の火も全て吹き消され室内は夜と見紛う位の暗闇に包む。
その暗闇の中で咲夜は作業用として持ち出したカンテラの明かりを頼りに映写機を弄くり上映の準備に取り掛かる。
「――準備が出来ました、作品はどうやら数種類有るみたいですけど何から観ます?」
「私も少し目を通したけどタイトルだけじゃ中身は検討も付かないから咲夜に任せるわ」
「分かりました……ではこれから始めます」
咲夜は一枚のディスクを選び出し映写機へと嵌め込むと室内最後の明かりだったカンテラの火が消され完全な闇に閉ざされるが、次の瞬間に眩い光が映写機のレンズから放たれ、壁に張られた純白のシーツを照らし出す。
始めは何も映し出さない白い光だけが流れていたが、暫くすると腹に響く大音量がスピーカーから発せられ、シーツに鮮やかな色合いの絵画が映し出された。
絵画はまるで生きているかの様にスクリーン内を駆け巡り、一連の流れが一つの物語を作り出そうとしている。
「絵が動くなんて変わってるわね」
「なんでもアニメと言うもので、絵画を一枚一枚並べて少しずつ動かして作るものらしいです」
「ふぅん、外の人間は手の凝った物を作るんだねぇ。でも趣味はちょっと理解できないわね」
頬杖を付きながら眺めるレミリアの視線の先にはアニメが映し出されたスクリーン、そしてスクリーン内にはピンクをメインにした色合いのフリルが付いた可愛らしい衣装とハート型の装飾が先端に取り付けられた杖を持って颯爽と登場。
いかにも悪い奴らですと言っている様な黒い全身タイツを着た男達を相手に理解不能な呪文を唱えながら杖の先端から魔法らしき光線を放って男達を薙ぎ払っていた。
つまり今上映されているのはなんともこてこてな魔法少女の映画だ。
「魔法少女は確かにいるけど、こんな見てるこっちの方が恥ずかしくなってきそうな衣装とか着てたりしないわよ。まったく外の人間は何を考えてるんだか」
「お嬢様、人の趣味にあまりちょっかいを出すものでは無いですよ、お嬢様にはそう見えてもこれが面白いと思う人もいるんでしょう」
「なんだ咲夜、妙にこれに肩を持つじゃない。もしかして……貴方こういうのに興味でもあるの?」
「別にそういう訳ではありませんよ、これが存在するならそれを求める人がいるという事を言いたかっただけですよ」
「……そうなの、ま、別に良いけどね」
レミリア達が会話をしている内に作品もクライマックスを向かえ、スクリーンには服が裂け肌には無数の擦り傷掠り傷を付けて満身創痍になった魔法少女が最後の大技と思われるマスタースパークの様な特大の光線を放ち、敵大将を粉砕した。
そして訪れる青い空、戦いに臨んだ魔法少女と仲間達の笑い声と笑顔。
世界は彼女達によって救われた事を綴られて「おわり」の文字と共に映像が終了した。
作品が終わると咲夜が再びカンテラに火を灯し、テーブルを囲んでいた観覧者達を淡く照らし出す。
照らし出された観覧者の表情は様々で、レミリアはやや退屈そうに頬杖をつき、フランドールは欲しかった玩具をプレゼントされて喜びを隠せない子供の様に目を輝かせていた。
「すごいねお姉様、外の人間ってあんな事出来るんだ」
「それは無いよフラン、最後にこの作品はフィクションだって書いてあったじゃない、全て出鱈目よ」
「そうなんだ、でもあの子が着てた衣装は可愛かったなぁ、私もあんな服着たい」
「着させないよ、あんなの着られたらスカーレット家の恥だ」
「えー、お姉様可愛くないー」
「可愛くなくて結構、私は可愛さより威厳さが有れば良いのよ」
「むー……ねぇ美鈴はどう思う?」
「え、私ですか? うーんそうですねぇ」
楽しそうに語るフランドールの要望もレミリアは片手で羽虫を払う様な仕草をしながら即座に却下。
フランドールはそれに対して口を尖らせると隣に座っていた美鈴に顔を向けて同意を求める。
突然話題を振られた美鈴は少しだけ慌てた様子になりながらも映画の感想を頭の中でゆっくりと練り上げ、口を開いた。
「私は面白かったと思いますよ。出てきた女の子の服も可愛かったですし、フランドール様にもお嬢様にもあんな感じの服は似合うかと」
「ほら美鈴だって言ってるんだから良いじゃないお姉様」
「な、何よ数を増やして押し切ろうっての? ならこっちだって……今の映画どう思う、パチェ」
「私に振らないでよ……まぁ反対派ではあるけど。あんな服着て魔女なんて人を馬鹿にしてるとしか思えないわ」
「でしょう、あんなの着るのはお子様だけよ」
「むー」
ジトリとした目を更に細めて拒絶を表明したパチュリーにレミリアは満足そうに鼻を鳴らしてフランドールを流し目で見遣るとフランドールは先程に増して口を尖らせてレミリアを不満そうに睨み返す。
そして睨みつけていたフランドールの視線は次第にレミリアから離れ、その側に付き添う様に立っていた咲夜へと向けられた。
視線が合った咲夜は話の流れからフランドールが次に発する言葉が大体予測できた為か平常な顔を装うが一瞬眉が跳ね上がる。
「じゃあ咲夜はどう? あれ可愛いよね」
「何言ってるんだ咲夜があんな子供騙しに引かれる訳無いだろ、ねぇ咲夜」
「やっぱりこうなりますか」
予想道理の発言と展開に咲夜は苦笑いしながら軽い溜息を吐いた。
フランドールが味方を増やそうとし始め、レミリアも対抗してその場に居合わせた人を味方に付けようとし、その場に居るので最後に残った咲夜に話題が振られるのは当然の流れと言って良い。
そして2対2の状態故に咲夜の選択でどちらかが絶対的に有利になる為、姉妹の視線は咲夜を居抜かんばかりの鋭さで見つめ、それに釣られるかの様に美鈴とパチュリーの視線も咲夜へと注がれる。
全員の注目を集まる中、咲夜は涼しそうな顔をしているが内心では返答に迷っていた。
流れとしては自分の正直な答えを述べれば済む話なのだが相手は主とその妹、どちらかに傾く様な答えをすれば一方の機嫌が悪くなるのは必至。
主とその血族の気分を損なす事は従者の立場としては極力避けたい所、だから答えに迷う。
そして沈黙の分だけ全員の視線はますます期待や疑問といった感情が籠められて咲夜を射抜く。
「どうしたのさ咲夜」
「咲夜ー」
「咲夜さーん?」
「今回はねこいらずも形無しかしら」
「……そうですね、私は――」
それぞれの反応を表す中で咲夜は遂に答えを決めたのか、一回深く呼吸してから口を開く。
「私としてはあの衣装には興味はありません」
「ふふん当然、流石咲夜よ」
「えー、つまんなーい」
「しかしながら、フランドール様が着てみたいと言うのならお嬢様もそれを承諾した方が宜しいかと思います」
「そうよねぇ、それも当然……って何で!?」
これで味方で勝ったと思ったレミリアが上機嫌で頬杖を付いて頷いていたが続く咲夜の言葉に急変。
仰天した顔で頬杖をしていた腕を解き、椅子の脚を擦らして大きな音を立てながら立ち上がる。
「それは一体どういう事よ、貴方は私に同意したんじゃなかったのか」
「確かに私はどちらの味方かと言うとお嬢様の味方です、そしてこれもお嬢様の為でもあるんですよ」
「どこら辺が私に意見するのが為になるって言うのさ」
「お嬢様が威厳さを大事にするのは分かりました、しかし女性である以上愛らしさも兼ね備えていた方がより魅力的です。しかしそれをお嬢様が嫌がる、なら代わりに妹であるフランドール様が掛け持つことでバランスが取れるのではと思いまして」
「だからそんなのいらないって言ってるでしょ」
「それに妹のお願いさえ我侭で見向きもしない姿に威厳なんて在ると思いますか?」
「う……」
「紅魔館の頭首はお嬢様であってそのお嬢様があまり我侭に振舞ってますと世間の目がお嬢様に集中するのは当然の事です。そしてその性格がお嬢様の一部分と言えどもそれ以外を見ていない人にとってはそれがお嬢様の全てとなります、つまりお嬢様=見た目通りの我侭身勝手幼女と言う方程式が確立しお嬢様の威厳、即ちカリスマ性の著しい低下へと繋がります。更に被害はお嬢様だけに止まりません。お嬢様にカリスマが無いと思われますと周りに居る従者達にも影響を及ぼし、我侭お嬢様に我侭で振り回されて仕方なく仕えている可愛そうな人達と言う印象を与え紅魔館全体の威厳・畏怖等も時間を重ねるにつれて右肩下がり、仕えるメイド達は周りから馬鹿にされそれが嫌になり次々と夜逃げを始めて寂れ、私も里に買い物に行こうものなら里の人達から哀れみの目を向けられて奥様方からは妙な励ましを受けたりしてそりゃもう酷い事になります。ぶっちゃけて言うと今のお嬢様は我侭幼女でカリスマが不足していて萃夢想のしゃがみガードで萌える人続発させたりれみ☆りあ☆うー☆だったりネーミングセンスが彼方に吹っ飛んでたり新月は本当に幼女化するとかガセが流れるとか他に――」
「あぁもう分かった、分かったからもう止めてくれ!」
咲夜がまるで器械の様に無表情で淡々と理由を述べ言葉の波となってレミリアに反論する間もなく圧倒、遂に耐え切れなくなったレミリアは頭を抱えながら片手を伸ばして発言を制止する事でようやく咲夜の発言も停止した。
言葉の波が収まったのを確かめたレミリアは一旦頭の中を整理する為に頭を抱えながら一人ブツブツつと呟く。
「……つまりフランにあんな感じの服を着せれば万事解決って事で良いのかしら?」
「流石お嬢様、飲み込みが速くて助かります」
「わ、分かったよ今回は咲夜にめんじて許してあげる。でも服に関してとかは貴方が全部面倒見なさいよ」
「仰せのままに」
「わーい、咲夜ありがとー」
「いえいえ、どういたしまして」
嬉しさに腰に腕を回して飛びついてきたフランドールに咲夜は困った様な笑顔を向けつつ両手で優しく支え、レミリアはその様を見て不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら手元にあったアイスティーを喉に流し込む。
自分の為だと思い了承してしまったがあれだけ見ているとどこかフランドールが得している様な気がしてならなかったからだ。
しかし一度決めた事を今頃になって訂正しても格好がつかない、更に言うとフランドールは元々外に出ることは殆ど無いので他人に見られる事は無いとタカを括り結果を迎え入れる事にした。
「なんだか後半は言ってる意味が分からなかったが……まぁ良いとしよう」
何だか長い言葉を長々と語られると物事が大きく感じたりしてきてしまってつい了承を出してしまうものだ、多分。
「それではそろそろ次の作品を流しますね」
話に一段落付いたのを見計らい、咲夜は次のディスクを映写機に取り付けると再び起動させてスクリーンに映像を映し出す。
○ ○ ○ ○ ○
その後も作品と作品の間に休憩を入れたりしながら映写機はアニメ・実写、多種多彩の作品達が放映されていく。
一つは山の様に巨大な怪獣が青白い熱線を吐き、コンクリートで造られた建物を次々と破壊していった。
一つは黒いロングコートとサングラスをした男がスーツ姿とサングラスをした男と豪雨の中空を飛びながら壮絶な殴り合いを繰り広げた。
一つは赤毛の大男が強敵を押し退けてバスケットボールを豪快にゴールへと叩き込んだ。
次から次へと巻き起こる幻想郷の異変にも負けじとも劣らない奇妙で愉快な出来事を綴った物語達は少女達に時に笑わせ、時に手に汗を握らせ楽しましる。
そして最初は乗り気でなかったレミリアも次第にその作品達の魅力に引き込まれ、食い入るようにスクリーンを見張っていた。
やがて何度目かの作品のスタッフロールを終え、映写機のレンズから光が失い室内に静寂が戻る。
「今のが最後ですね……いかがでしたでしょうかお嬢様」
「え? あっ、あぁそうだな、人間の作ったものにしては中々だったじゃないか」
「凄く面白かったー。特に黒くて大きいトカゲがどかーんってするのが凄かった」
「騒がしくて暗くて本を読む時には適さないわね」
「どの作品にも製作者の思いや発想は詰め込まれていて関心しちゃいますねぇ」
「まぁ全部見終わったとして、紫は私達にこういったものを作ろうって言いたかった訳か」
「如何致します? お嬢様が拒否するなら有無を言わさず押し返しますが」
「ふむ……」
個人様々な感想が飛び出す中、レミリアは咲夜への返答を考えながら両腕を組み難しい顔をして黙り込むが、しばらくして名案でも閃いたのだのか細めていた目を瞬時に見開き、漫画的描写なら輝く電球が浮かび上がりそうな程に表情が明るくなる。
そしていかにも何か企んでますといった薄ら笑いを浮かべて立ち上がるとそのまま部屋の出口へと歩きだした。
「良いわよ、あのスキマが来たら参加してやると伝えておきなさい。それと今から私は少し部屋に篭るから誰も入ってこない様にしといて」
「分かりましたメイド達にも伝えておきますし黒いの一人お嬢様の部屋に通しません」
「よろしい、それじゃね」
咲夜の答えに満足したレミリアはそそくさと扉を開けて閉めもせずに部屋を飛び出していった。
「……行っちゃった。お嬢様絶対ろくでも事考えてますよね、あの顔は」
「何事も無いと思いたいけど無理そうね、あの顔は」
咲夜と美鈴は飛び出していった時のレミリアの堪えきれていない笑みに幸先の悪さを感じ軽く溜息を吐く事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
紅魔館のとある部屋の一室、これといった装飾品が置いてなく申し訳程度に壁をくり貫いた様な窓から暗闇に包まれた幻想郷が顔を覗かせている。
その空室と見紛う様な何も無い部屋も中央に十人程で囲める大きさの長テーブルが置かれており、咲夜、美鈴、パチュリー、フランドール、そして紫がそれぞれの椅子に腰掛けて
紅魔館は窓が少ない、故に夜の館内の明かりは数少ない窓から射す月光と壁に備え付けられた蝋燭だけが頼りになる。
しかし現在この部屋は夜目の聞かない者も何人か居る為パチュリーの魔法で輝く水晶があちこちに浮遊しており、室内は昼間の様に明るかった。
「それで、私が再び訪ねに来たらなんでここに泊められなければいけないのかしら?」
「お嬢様の命令でね、用事を済ませるまで返すなって言われているのよ」
「そう言って丸一日経つけど、いい加減変化が欲しいわ」
「その要望ならもう直ぐ叶うわ。だからこそ私達はここに集められた――」
咲夜が説明しているその時、部屋と廊下を繋ぐ扉がけたたましい音をたてながら勢い良く開かれた。
その音に反応して全員顔を向けると、扉の向こうには話題のレミリアが仁王立ちで立ち塞がっていた。
片手には何十枚もの紙の束を握り締め、相変わらず何かを企んでいる薄ら笑いを湛えているが目の下に出来たクマと微妙にバランスが取れずにふらついている。
そんな姿に咲夜達は口を開けて驚きを隠せずにいるがレミリアは気にせずにずかずかとテーブルに歩み寄り、紫と対になる位置の椅子に乱暴に座った。
「待たせたわね紫、咲夜から聞いてると思うけど貴方の要望に乗ってやるわ」
「えっ、え、ええ、それは良かったですわ貴方なら乗ってくれると思ってましたし……」
「見た限りだと、映画ってのは監督ってのがいるらしいじゃない。そこで!」
明らかに様子のおかしいレミリアに戸惑い、つい引き攣った笑顔になって問いかける紫にレミリアは自信満々で手に持っていた紙の束を高々と掲げ、そのまま勢い良くテーブルに叩きつけれるとその場に居た全員が身を乗り出して叩きつけられた紙の束を凝視する。
良く見ると紙の束は紐で結われており一つ一つが束そのものが一つの書物の様な物である事を表しており、細やかな手書きの文字が羅列となって紙を半分以上黒で多い尽くしていた。
「シナリオから演出、主演まで私が全てやるわ! その為の台本もこの通り書いておいたわよ」
「お嬢様……もしかしてそれを書く為にここ数日間部屋に篭ってた訳ですか?」
「当然よ!」
レミリアはどうだと言わんばかりに自慢げに胸を張るが当の咲夜達はジトリとした目線をレミリアに向けていた。
突然誰も部屋に入れるなと言って数日間篭ったかと思えば自分で勝手に話を進めてこんな物の制作にまで着手していたのかという呆れた目線だ。
台本と呼ばれた紙の束の厚さは見た目からしても数時間程度で出来る様な厚さではなく、「攻めてよし、守ってよりの厚さだぜ」なんて台詞が似合いそうな程に厚い。
更にレミリアの目の下に出来たクマから最悪閉じ篭ってからずっと寝ずに製本に取り掛かっていただろう事は誰から見ても明白だ。
小馬鹿にした様な態度をとっていながらその実はレミリア本人が一番楽しみにして徹夜もしていたのだから当然と言えば当然の反応とも言えるのだがレミリアはそれに全く気付いていない。
「ち、因みにレミリアさん、作った台本のタイトルは一体何と言うのでしょうか?」
「良くぞ聞いてくれたわね」
突然レミリアは椅子から立ち上がり、誰がいる訳でもない明後日の方向に人差し指を高々と突き出す。
「タイトルはずばり『レミリア様と愉快な下僕達』! 主演は勿論私、物語は私の圧倒的な力とカリスマで幻想郷を支配する痛快アクションよ! これで咲夜が言ってた私のカリスマ低迷を回復どころか再び夜の王としての威厳を復活させる素敵で無敵な計画よ――どうしたのよ皆して固まっちゃって」
目を輝かせて楽しそうに話してレミリアの周りの空気は非常に明るい。
が、それに比例するかの様に咲夜達の空気は瞬く間に暗く沈んでいき、呆れた目線を通り越して哀れみの篭った視線がレミリアに集中していた。
流石に浮かれ気味だったレミリアもどう見ても歓迎されている空気ではないと理解でき、何か変な事をしただろうかという疑問と不安から自信に溢れて得意気だった笑顔も心なしか力が無くなっていき高々と突き出していた腕も弱った草の様にしなんなりと折れ曲がってしまう。
簡単に言うと勢い余って実行したは良いものの見事に滑ってしまった状況だ。
そんな暗い空気の中から深い深い溜息が一つ、咲夜の口から遠慮無く吐きすられるとレミリアは敏感に反応して体が一瞬跳ね上がってしまう。
「な、何よその溜息は」
「お嬢様、無法にも程があります。少しは自重してもらわないと……」
「自重!? 咲夜は私のこの完全完璧な計画が駄目だと言うのか!?」
「瀟洒で完璧の二つ名を名乗る身としてはそれからは完全も完璧も感じる事ができません」
「なっ」
遠慮も情けも無用一切包み隠さない正直な感想がレミリアを一刀両断。
自分の信頼している従者からよもやそんな言葉を聞く事になるとは予想だにしていなかった為にレミリアの衝撃は相当大きく、稲妻が走っている背景が似合いそうな程衝撃に顔を歪めて体を仰け反らせる。
そして咲夜の台詞はこの場に全員の感想でもあり、誰もが「良く言ったメイド長」と心の中で褒め称えていた。
しかしそれでも納得しきれないレミリアは頭痛を催した様に両手で頭を押さえ込み先程の言葉を頭の中から振り落とそうとするが、当然そんな事で記憶が消える訳がなくそれどころか意識した分だけ頭の中で咲夜の台詞が反響して彼女の操る鋭い銀のナイフの様にレミリアの自信を切り裂いていく。
「うう、そんな筈がない……! そうだ、美鈴!」
「え、わ、私ですか」
「咲夜はきっとあれだ、他の奴とは少しずれてる所があるから私の素晴らしい発想が理解できないんだ。でも人間からも良識人と認知されてるお前ならこいつの素晴らしさが分かるわよね? ね?」
「いやぁ、何て言えば良いんでしょうかそのぉ……あ、あはははは……」
「ううぁあ……」
美鈴の引き攣った笑いで返す姿にレミリアの顔から辛うじて残っていた余裕の表情も完全に消えうせてしまう。
これでもレミリアと美鈴はそれなりの時間を紅魔館で共にしてきた、故に美鈴は嘘が苦手で咄嗟の嘘が吐けない事も当然の様に知っている。
だから美鈴が正直に感想を言わない所から咲夜と同じ意見だが本人を傷つけまいとあれこれ気の利いた言葉を考えたが結局そんな言葉も思い浮かばず最後には笑って誤魔化している所まで理解した、理解してしまった。
一人どころか二人も拒否者が居る、受け入れがたいが確実に存在する事実に驚愕するレミリアの元々白く綺麗な顔から血の気が引いて尚青白さを際立たせる。
只でさえ目の下にクマが出来ているのに顔まで青白くなってしまい、何も知らない人物が見たらゾンビでも現れたのかと見間違えてしまうかもしれない。
それ程にレミリアの顔は崩れ掛け、代わりに張り付いているのはどこか虚ろで弱々しい笑顔だけだ。
「は、はは、ははははは、咲夜も美鈴も冗談が上手いじゃないか、はははは、そんな、そんな事は……こんな筈が……三日三晩寝ないで考えた私の傑作が……」
「そうね、確かにこれは傑作だわ」
「パチェ……! お前は、お前だけは分かってくれるんだな……!」
「タイトルからして明らかに自己中心自己利益である事が滲み出してるわ、しかもネーミングセンスも相当偏ってる、自分自身で様付けだし誰が下僕なのかしら? もしかして私もその中に入ってるの? そしたら相当お笑い種ね、いつ私が貴方の下僕になったのかしら記憶にないわね。簡単に言うと幼稚さが相当で傑作ものよ、これだと中身なんて見なくても幼稚な内容なのは手に取る様に分かるわ。そんな代物を『本』だなんて呼ばないで、只の紙切れの束よそんなもの」
「ぁ、うぅ、ひぐ……」
唯一褒めてくれたと思ったパチュリーの一言に一時は目に輝きを取り戻したレミリア。
だが続いて吐き出される罵倒の数々でそれが自分の勘違いであった事を思い知らされ、期待しただけにその落胆は凄まじく最早自信などというものは微塵も存在せず目尻には今にも溢れ出しそうな透明な涙が溜め込まれる。
「フ……ブラ゙ーン゙……」
眉間に皺を寄せ溢れ出しそうな涙を堪えて嗚咽するレミリアに最早余裕の欠片も見当たらず、爆発しそうな感情をどうにか堪えながらフランドールに潤む瞳を向けた。
その瞳には救いの手を求める切羽詰った思いが秘めているのが誰の目から見ても明らかであり、そんなレミリアの思いが届いたのかフランドールはそれこそ無垢無邪気で夜の眷属とは思えないまるで太陽の様な明るい笑顔で応え
「お姉様ダサーイ」
「う……うわぁぁぁあああぁあぁん!」
決定的な言葉の一撃がレミリアに直撃した。
なりは小さくて可愛らしくても流石は幻想郷屈指の破壊魔、どんなものでもきゅっとしてどかーん。
それはレミリアも例外ではなく、実妹の一言で読んで字の如くマイハートブレイク。
行き場の無い感情は溜め込んでいた涙は決壊させ椅子を吹き飛ばし涙を飛沫として輝かせながら当ても無く全速力で走り出す。
「ブギュッ!?」
だが溢れる涙で視界がままならない状態で吸血鬼の全速力で走れば周りの景色など見える訳も無く、レミリアは出口の扉に向かっているつもりだったが全く見当はずれな壁に正面衝突。
顔を壁に押し付けながらずり落ち狂乱していた身はそのまま血の様に紅く柔らかな絨毯の上に沈み、そのままピクリとも動かなくなった。
咲夜達は先程までとはまた別の意味で唖然として動かなくなったレミリアを眺め、フランドールは楽しい芸を見たかの様にケタケタと笑う。
「あははは、やっぱりお姉様をからかうのは面白いなー」
「フランドール様、おふざけが過ぎますよ」
「哀れねレミィ」
「えーっと咲夜さん、お嬢様はどうします?」
「気絶しただけだしお嬢様が居ないと話は進まないから元の席に戻しておきなさい」
とんだハプニングにより話の進行はレミリアは目を覚ます数時間停滞したのは言うまでもない。
○ ○ ○ ○
「なんて事が7年程前にありました」
「うん? そんなのあったっけ? と言うかその先はどうなったのよ」
「私もど忘れしてしまいまして。お嬢様は覚えておられませんか?」
「その時点で既に覚えてない私に頼るなよ……えーっと……」
博麗神社の境内。桜散る宴会場の中、和の空気漂う景色には不釣り合いなパラソルの下で咲夜が語る。
聞き手に回っていたレミリアは少し上を向いて無い筈の脳を回転させて記憶を掘り起こそうと試みたが、いまいちはっきりと思い出す事が出来ない。
「そんな事もあった気がするが、そんな昔の話はどうでもいいよ。私は過去を振り返らない主義なんだ」
「そうですか」
「そうよ」
レミリアがグラスに入ったワインを煽ぎ、酒気を帯びた息を小さく吐き出しながら目の前の光景に目を向ける。
辺りに溢れるは酒乱達の乱痴気騒ぎ。それなりに長い付き合いの顔見知りから、この数年に幻想郷に越してきた新顔まで、その数は随分増えた。
地底に住むと話す妖獣達。
数千年の封印から解き放たれたという仏教徒とその一行。
こちらもまた数千年の眠りから覚めたという自称聖人。
奇妙な能を舞う仮面の妖怪。
去年には伝説の一寸法師の子孫までもが加わった。
曖昧な記憶に思いを馳せるよりも、この先どの様な変化が神社に訪れるのか。それを見届ける方が余程有意義なのだと、レミリアは考える。
「ま、過去を気にしているようでは大物にはなれんよ。咲夜も覚えておくんだな」
「作用で御座いますね……では、これも別にお嬢様が気にする事ではありませんね」
時間を止めたのだろう。咲夜の手にはいつの間にか一冊の本が掲げられている。
「なんだその薄汚い本は……えっ?」
最初は汚物を見るように怪訝な顔をしていたレミリアだったが、次第に目が丸くなり言葉を失ってしまう。
咲夜が持っている本の表紙。汚れで読みづらくなってはいるが、大きく書かれた文字に彼女は覚えがある。
「薄汚いなんて失礼ですよ? お嬢様が丹精込めてお書きになられた『レミリア様と愉快な下僕達』の台本ではないですか」
「ど、どうしてそれを!」
レミリアが声を震わせながら問い質す。
先程までの余裕は一片も無い。何故なら、目の前にそこに存在しない筈の物が持っていない筈の者の手に納まっているのだから動揺も隠せなかった。
慌てふためく親愛なる主を見下ろしながら、咲夜はあくまで冷静かつ丁重に言葉を返す。
「いえ、7年前にゴミ出しをしようとしたところ偶然にも見つけてしまいまして。お嬢様が大事にしていた物ですから燃やすべきではないと思い、今日まで残していたのです」
「う、嘘だ! それが偶然で見つかる筈がないんだ! あの時、厳重に布で包んでゴミ袋の底に入るように捨てた筈なのに!」
「あら、そうでしたか。でも、それは別にどうでも良い事ではないですか。お嬢様は過去を振り返らないのでしょう?」
そこで咲夜が小さなげっぷをした。
よくよく見れば、彼女の頬もほんのりと朱に染まり目も据わっている。
「お前まさか酔ってるな!」
「そんな事はございませんわ、私はいつでも正常ですわ。では丁度いいお酒の場の笑い話ができそうなのでちょっと皆さんにこれをお見せしますね」
「行かせるか! てあら」
そうはさせまいと飛び掛ったレミリアだったが、伸ばした腕は何も掴む事ができず空振りに終わった。
時既に遅し。咲夜は時間を止めて大衆の中心まで移動してしまっていたのだ。
「さぁ皆さーん。ここで私の主であるレミリアお嬢様の取って置きの笑い話をお披露目いたしまーす」
騒がしい酒の場においてなお聞き取れる大きな声で咲夜が全員に呼びかける。
酒を手にそれぞれ会話を楽しんでいた少女達が何事かと話を止めて彼女に注目した。
当然手には例の台本が持たれていて、既にそれに興味を示している者も数人いる。
「うおおおお! 待て咲夜あああああああ!」
このままでは笑い者にされるのは明確だ。レミリアがそう考えた時には後先考えずスペルカードを発動させ、深紅の槍を精製すると咲夜の足元目掛けて全力投球していた。
放たれた槍は猛烈な速度で地面に着弾すると石畳を砕き、土を抉り、爆風で周辺を吹き飛ばす。
「嫌ですわお嬢様。暴れたらまるで酒乱ですよ」
不意にレミリアの横から聞こえる声。そこには咲夜が傷一つ無い状態で佇んでいる。
吸血鬼渾身の投擲も間髪の差で避けられてしまったのだ。
憎たらしい程に平然としているさまにレミリアも悔しさから歯を食い縛りながら睨みつける。
「誰のせいだ誰の」
「ところでお嬢様、今の一撃大分本気で投げましたよね? ともなれば、私の周りにいた人達もただで済まなかった訳ですが」
「ああん?」
見てみれば、レミリアに集まる憎悪の目線。爆風に巻き込まれた妖怪達だ。
体が頑丈という事もあり怪我は殆ど無い様子だったが、ある者は杯が裏返って頭から酒を被っていたり、またある者は服が所々破けてしまっていた。
彼女達は事情を知らない。だからこそ、レミリアに突然攻撃されたとしか思えなかったのだ。
しまったと思った時には殺意を持った少女達が一斉にレミリアへと飛び掛る。その圧倒的数に流石の吸血鬼であっても不利であると悟りたじろいでしまう。
「おい咲夜、元はと言えばお前が原因だろどうにかしろってもう居ないし!」
原因を作ったメイドに文句を言おうとしたが、気付けば隣にはその姿は見当たらない。
よくよく見れば、彼女は既に押し寄せる少女達の向こう側に退避していて、他人事の様ににこやかに手を振っていた。
「ちくしょう裏切り者め! もうどうにでもなれ、かかってこいやおらあ!」
最早衝突は避けられない。自棄になったレミリアは翼を広げ、真っ向から少女達に勝負を臨む。
後にこの出来事は俗に「吸血鬼騒動春の乱」と呼ばれ、多勢に無勢の最中一歩も引かない吸血鬼の強さと気高さはかの幻想郷縁起にも記載、される事は流石になかった。
尚、この騒動は境内を滅茶苦茶にされた事に憤怒した巫女によって参加者全員が成敗されて終結した。幻想郷の巫女が最強である真実を改めて知らしめるのであった。
あと後日咲夜はこっぴどく叱られた。
外には輝く太陽が高々と昇って焼け付く様な日差しを注ぎ、五月蝿い程に蝉達の大合唱が響く夏の幻想郷。
そんな典型的とも言える夏の午後をチルノ特製氷でキンキンに冷えたアイスティーを片手に優雅に過ごしていたレミリア・スカーレットとフランドール・スカーレット、パチュリー・ノーレッジ。
その3人の前に突如開いた隙間から上半身を覗かせた八雲紫の第一声だった。
「遂に呆けたか、寝言は寝て言えスキマ妖怪ならぬトシマ妖怪」
「式神『八雲藍』」
「テンコー」
疑いと呆れが入り混じった眼差しで暴言を吐いたレミリアに間髪入れず紫はスペルカードを発動。
目の前に現れた隙間の中から高速回転する八雲藍がレミリア向けて射出される。
「門番『紅美鈴』」
「オブフッ!?」
しかしレミリアの前には先程まで部屋の隅に佇んでいたのにいつの間にか軌道上にメイド長の十六夜咲夜が立ちはだかる。
その手には紅魔館の門番、紅美鈴がしっかりと前に構えられ藍のローリングアタックを防御、美鈴の腹に直撃するも二人は無傷で済んだ。
「ごっ、ふぅぅ……ぅんぅなんでこんなにお腹が痛いの?」
「おはよう美鈴、お腹が痛いのは貴方が昼寝をしてた罰だからよ」
「え? あ、あれ、咲夜さん! いやですねぇ私は寝てませんよちゃんと目蓋パッチリ開けて門番に励んでましたよ……あれ、ここどこ?」
「……おはよう美鈴」
「それで一体なんなのよその映画ってのは、そんな事言われても分からないわよ」
「いえいえ、知らなかったなら貴方には出来ない事ですから他を当たらせてもらいますわ」
「ちょっと待ちなさいよ」
二人の漫才染みた会話を無視しつつアイスティーの入ったグラスを傾けながら問いかける様に紫は残念そうな顔をしつつ、無かった事にと言って隙間の中に潜りこもうとした所でレミリアの制止が入る。
「いきなり話題を振っておいて相手が知らなかったらはいそうですかと言って消えるなんて失礼じゃない、その映画ってのがなんなのかちゃんと教えていきなさい」
「あらあら、それ程大したものでは御座いませんよ。知らなくても貴方の人生にはなんら支障の無い事ですから」
「良いからさっさと教えろ、さもないとその訳の分からない隙間から引きずり出して力尽くで聞き出すぞ」
「でも今教えても貴方じゃ役不足ですしねぇ、もう少し知識があったなら出来たかもしれませんけど」
「やっ、役不足だってぇ!? このレミリア・スカーレットに不可能なんて無いわ! 今教わったってその映画ってのも完璧にこなしてやる! さぁ早く教えろ、血の雨を見たくなかったらな!」
「それは恐い事ですわ……仕方ありません、そこまで言うなら教えてあげましょう」
侮辱された事で熱くなり顔を赤くして怒鳴るレミリアに紫は歪んだ口元を開いた扇で隠しながら隙間を更に大きく広げ、陰陽印の刺繍が施された独自の衣装を纏った全身を現した。
してやったり言いたげに不敵な笑みを見せる紫に対して小馬鹿にされた事に興奮気味のレミリアは眼を尖らせながら紫を睨みつける。
しかしそこは長年生きてきた吸血鬼、頭に血を上らせたままでは話もろくに聞けないと咄嗟に判断し、頭を冷やす為にグラスの中に余っていたアイスティーを一気に飲み干す。
冷たい物を一気に飲んでしまった為にレミリアは頭痛に襲われ手で頭を押さえるが、なんとか冷静さを取り戻す事が出来た。
「っつぅ……それで、映画ってのは何なのさ」
「映画と言いますのは外の世界の娯楽でしてね、簡単に申しますと新聞の写真が動く演劇だと思っていただければ良いですわ」
「なんだか言葉で言われてもいまいちピンと来ないわね……」
「そこで今日はこんな物を用意して参りました」
紫が指を鳴らすとレミリア達の前方に音も無く隙間が開き、生き物の眼とも見て取れる模様が散りばめられた不気味な空間の中から一つの物体が無機質で重い音を立ててゆっくりと降り立った。
それは艶の無い黒くて大人が両手を使って抱え上げる位の大きさの長方形の箱だった。
箱には突起物が一つ伸びていて、先端には天狗の新聞記者が持っているカメラと似た様なレンズが光を微かに反射させ、上部にはまるで馬車の車輪の様な丸い物体が二つ耳の様に対称で繋がっていた。
突然現れた箱はレミリアにとって疑問を更に深めるには十分な代物だった。
眉間に皺を寄せながらまじまじと箱を見つめるが結局それが一体何なのか分かる筈も無く、レミリアは不愉快そうな顔をしながら視線を紫に切り替えて睨みつける。
「何よこれ」
「それは映写機と言いまして、映画を観覧する為の道具ですわ」
「つまり言葉で説明するより手っ取り早いから直接見てくれって訳ね」
「その通り、貴方もここ最近目立った出来事も起きてないから暇しているでしょうから観てから決めても損は無いと思いますわよ」
「ふん、敬語なんて使って何を考えているんだか……」
そこまで喋るとレミリアは一旦言葉を切る。
テーブルにはレミリアが飲み干したのと同時に咲夜が時間を止めて新しく淹れ直したアイスティーが置かれていて、おもむろにそれを取って一口飲むとそのまま口を紡ぎ考え込む。
レミリアは先程からの紫の台詞動作を分析し、明らかに誘導していると言う結論に至った。
思い通りになるのは好きだが思い通りにされるのは嫌いなのがレミリア・スカーレット、紫の思い通りにいくのは癪に触るものがある。
だが最近は辺りも宴会はおろか異変さえ起こす気配が無い、白黒の侵入者を除くと来訪者も全く来ていないし、たまに巫女の所に行って挑発するも全然相手にされていない、要は暇を持て余していた。
部下の妖精メイド達に無理難題を押し付けて遊ぼうとも考えたが何度やってもそわそわと動き回った挙句諦めて投げ出すのがいつもの事、正直飽きてしまった。
咲夜の場合は難題を押し付けても何かしらの方法であっさり解決してしまって面白くない。
パチュリーだとあれこれ理屈を付けて押し通されてしまってその手は通用しないし、フランドールにいたっては全て破壊しかねない。
そこまで来ると最後に美鈴が残る訳だが、美鈴の場合は一生懸命にやり過ぎて見ているレミリアの方は居た堪れない状況に陥る為あまり向いていない。
だから何か全く新しくて面白い暇を潰す方法はないかと考えていた時に見た事も聞いた事も無い外界からの娯楽の提供、それはレミリアにとって充分に興味をそそる物だった。
「……良いわよ、お前の誘いに乗ってやる。その映画とやらを観てやろうじゃないか」
「ウフフ、分かりましたそれではこれが映写機の操作方が記された手帳です、ごゆっくりお楽しみください」
レミリアが内心の期待を隠す様に威圧的な態度で返事をするも紫はお見通しと言いたげに目を細めながら指を鳴らすと今度はレミリア達の頭上に隙間が開き、そこから掌サイズの手帳がテーブルの上に軽い音を立てて落ちてきた。
咲夜はその手帳を何の躊躇いも無く手に取りページ一つ一つを丹念に見通し、それをレミリアは熱い視線を送る。
「どうやら特別な力は必要無いみたいね、私でも充分この道具を扱えそうですわ」
「では問題も無さそうですし私はこれでおいとまさせて頂きます、後日改めてお伺い致しますので……行くわよ藍」
「御意に」
「それでは皆さんごきげんよう」
支障は無いと判断した紫はレミリア達の返事も聞かずに踵を返すと扇を閉じ、それを持った手を頭の上から振り下ろす。
すると何も無い筈の空間に切れ目が入り徐々に切れ目が広がって紫を覆い尽くす大きさの隙間ができ、紫と藍は出来上がった隙間へと入ると隙間は瞬く間に縮まり跡形も無く消え去った。
「突然現れてあっと言う間に消えるからにまったく訳の分からない奴だ……咲夜、早速だけどそいつを使ってちょうだい」
「かしこまりましたお嬢様」
「それと折角だから美鈴も観ていくと良いよ」
「はぁ、ではお言葉に甘えて」
○ ○ ○ ○ ○
早速咲夜は上映の準備に入る。
レミリア達がティータイムに使っていたテーブルの上に映写機を中心に陣取らせ、一緒に送られた棒状の物体、スピーカーを壁際に配置。
スピーカーからゴムか何かで出来ている細長いコードが伸びており、コードの先は紫が扱う隙間が小さく開いてその先へとコードが続いている。
手帳によると電気を供給する為らしいが咲夜には電気なんて物は知らない為良く理解していないが、別に理解する必要も無いだろうと思って無視することにした。
次に映写機のレンズが向いている方向の壁に用意した厚めのシーツを皺が出来ないように貼り付け設置は完了。
続いて部屋に唯一存在する窓を厚手のカーテンで覆い厳重太陽の光を遮り、部屋を照らしていた蝋燭の火も全て吹き消され室内は夜と見紛う位の暗闇に包む。
その暗闇の中で咲夜は作業用として持ち出したカンテラの明かりを頼りに映写機を弄くり上映の準備に取り掛かる。
「――準備が出来ました、作品はどうやら数種類有るみたいですけど何から観ます?」
「私も少し目を通したけどタイトルだけじゃ中身は検討も付かないから咲夜に任せるわ」
「分かりました……ではこれから始めます」
咲夜は一枚のディスクを選び出し映写機へと嵌め込むと室内最後の明かりだったカンテラの火が消され完全な闇に閉ざされるが、次の瞬間に眩い光が映写機のレンズから放たれ、壁に張られた純白のシーツを照らし出す。
始めは何も映し出さない白い光だけが流れていたが、暫くすると腹に響く大音量がスピーカーから発せられ、シーツに鮮やかな色合いの絵画が映し出された。
絵画はまるで生きているかの様にスクリーン内を駆け巡り、一連の流れが一つの物語を作り出そうとしている。
「絵が動くなんて変わってるわね」
「なんでもアニメと言うもので、絵画を一枚一枚並べて少しずつ動かして作るものらしいです」
「ふぅん、外の人間は手の凝った物を作るんだねぇ。でも趣味はちょっと理解できないわね」
頬杖を付きながら眺めるレミリアの視線の先にはアニメが映し出されたスクリーン、そしてスクリーン内にはピンクをメインにした色合いのフリルが付いた可愛らしい衣装とハート型の装飾が先端に取り付けられた杖を持って颯爽と登場。
いかにも悪い奴らですと言っている様な黒い全身タイツを着た男達を相手に理解不能な呪文を唱えながら杖の先端から魔法らしき光線を放って男達を薙ぎ払っていた。
つまり今上映されているのはなんともこてこてな魔法少女の映画だ。
「魔法少女は確かにいるけど、こんな見てるこっちの方が恥ずかしくなってきそうな衣装とか着てたりしないわよ。まったく外の人間は何を考えてるんだか」
「お嬢様、人の趣味にあまりちょっかいを出すものでは無いですよ、お嬢様にはそう見えてもこれが面白いと思う人もいるんでしょう」
「なんだ咲夜、妙にこれに肩を持つじゃない。もしかして……貴方こういうのに興味でもあるの?」
「別にそういう訳ではありませんよ、これが存在するならそれを求める人がいるという事を言いたかっただけですよ」
「……そうなの、ま、別に良いけどね」
レミリア達が会話をしている内に作品もクライマックスを向かえ、スクリーンには服が裂け肌には無数の擦り傷掠り傷を付けて満身創痍になった魔法少女が最後の大技と思われるマスタースパークの様な特大の光線を放ち、敵大将を粉砕した。
そして訪れる青い空、戦いに臨んだ魔法少女と仲間達の笑い声と笑顔。
世界は彼女達によって救われた事を綴られて「おわり」の文字と共に映像が終了した。
作品が終わると咲夜が再びカンテラに火を灯し、テーブルを囲んでいた観覧者達を淡く照らし出す。
照らし出された観覧者の表情は様々で、レミリアはやや退屈そうに頬杖をつき、フランドールは欲しかった玩具をプレゼントされて喜びを隠せない子供の様に目を輝かせていた。
「すごいねお姉様、外の人間ってあんな事出来るんだ」
「それは無いよフラン、最後にこの作品はフィクションだって書いてあったじゃない、全て出鱈目よ」
「そうなんだ、でもあの子が着てた衣装は可愛かったなぁ、私もあんな服着たい」
「着させないよ、あんなの着られたらスカーレット家の恥だ」
「えー、お姉様可愛くないー」
「可愛くなくて結構、私は可愛さより威厳さが有れば良いのよ」
「むー……ねぇ美鈴はどう思う?」
「え、私ですか? うーんそうですねぇ」
楽しそうに語るフランドールの要望もレミリアは片手で羽虫を払う様な仕草をしながら即座に却下。
フランドールはそれに対して口を尖らせると隣に座っていた美鈴に顔を向けて同意を求める。
突然話題を振られた美鈴は少しだけ慌てた様子になりながらも映画の感想を頭の中でゆっくりと練り上げ、口を開いた。
「私は面白かったと思いますよ。出てきた女の子の服も可愛かったですし、フランドール様にもお嬢様にもあんな感じの服は似合うかと」
「ほら美鈴だって言ってるんだから良いじゃないお姉様」
「な、何よ数を増やして押し切ろうっての? ならこっちだって……今の映画どう思う、パチェ」
「私に振らないでよ……まぁ反対派ではあるけど。あんな服着て魔女なんて人を馬鹿にしてるとしか思えないわ」
「でしょう、あんなの着るのはお子様だけよ」
「むー」
ジトリとした目を更に細めて拒絶を表明したパチュリーにレミリアは満足そうに鼻を鳴らしてフランドールを流し目で見遣るとフランドールは先程に増して口を尖らせてレミリアを不満そうに睨み返す。
そして睨みつけていたフランドールの視線は次第にレミリアから離れ、その側に付き添う様に立っていた咲夜へと向けられた。
視線が合った咲夜は話の流れからフランドールが次に発する言葉が大体予測できた為か平常な顔を装うが一瞬眉が跳ね上がる。
「じゃあ咲夜はどう? あれ可愛いよね」
「何言ってるんだ咲夜があんな子供騙しに引かれる訳無いだろ、ねぇ咲夜」
「やっぱりこうなりますか」
予想道理の発言と展開に咲夜は苦笑いしながら軽い溜息を吐いた。
フランドールが味方を増やそうとし始め、レミリアも対抗してその場に居合わせた人を味方に付けようとし、その場に居るので最後に残った咲夜に話題が振られるのは当然の流れと言って良い。
そして2対2の状態故に咲夜の選択でどちらかが絶対的に有利になる為、姉妹の視線は咲夜を居抜かんばかりの鋭さで見つめ、それに釣られるかの様に美鈴とパチュリーの視線も咲夜へと注がれる。
全員の注目を集まる中、咲夜は涼しそうな顔をしているが内心では返答に迷っていた。
流れとしては自分の正直な答えを述べれば済む話なのだが相手は主とその妹、どちらかに傾く様な答えをすれば一方の機嫌が悪くなるのは必至。
主とその血族の気分を損なす事は従者の立場としては極力避けたい所、だから答えに迷う。
そして沈黙の分だけ全員の視線はますます期待や疑問といった感情が籠められて咲夜を射抜く。
「どうしたのさ咲夜」
「咲夜ー」
「咲夜さーん?」
「今回はねこいらずも形無しかしら」
「……そうですね、私は――」
それぞれの反応を表す中で咲夜は遂に答えを決めたのか、一回深く呼吸してから口を開く。
「私としてはあの衣装には興味はありません」
「ふふん当然、流石咲夜よ」
「えー、つまんなーい」
「しかしながら、フランドール様が着てみたいと言うのならお嬢様もそれを承諾した方が宜しいかと思います」
「そうよねぇ、それも当然……って何で!?」
これで味方で勝ったと思ったレミリアが上機嫌で頬杖を付いて頷いていたが続く咲夜の言葉に急変。
仰天した顔で頬杖をしていた腕を解き、椅子の脚を擦らして大きな音を立てながら立ち上がる。
「それは一体どういう事よ、貴方は私に同意したんじゃなかったのか」
「確かに私はどちらの味方かと言うとお嬢様の味方です、そしてこれもお嬢様の為でもあるんですよ」
「どこら辺が私に意見するのが為になるって言うのさ」
「お嬢様が威厳さを大事にするのは分かりました、しかし女性である以上愛らしさも兼ね備えていた方がより魅力的です。しかしそれをお嬢様が嫌がる、なら代わりに妹であるフランドール様が掛け持つことでバランスが取れるのではと思いまして」
「だからそんなのいらないって言ってるでしょ」
「それに妹のお願いさえ我侭で見向きもしない姿に威厳なんて在ると思いますか?」
「う……」
「紅魔館の頭首はお嬢様であってそのお嬢様があまり我侭に振舞ってますと世間の目がお嬢様に集中するのは当然の事です。そしてその性格がお嬢様の一部分と言えどもそれ以外を見ていない人にとってはそれがお嬢様の全てとなります、つまりお嬢様=見た目通りの我侭身勝手幼女と言う方程式が確立しお嬢様の威厳、即ちカリスマ性の著しい低下へと繋がります。更に被害はお嬢様だけに止まりません。お嬢様にカリスマが無いと思われますと周りに居る従者達にも影響を及ぼし、我侭お嬢様に我侭で振り回されて仕方なく仕えている可愛そうな人達と言う印象を与え紅魔館全体の威厳・畏怖等も時間を重ねるにつれて右肩下がり、仕えるメイド達は周りから馬鹿にされそれが嫌になり次々と夜逃げを始めて寂れ、私も里に買い物に行こうものなら里の人達から哀れみの目を向けられて奥様方からは妙な励ましを受けたりしてそりゃもう酷い事になります。ぶっちゃけて言うと今のお嬢様は我侭幼女でカリスマが不足していて萃夢想のしゃがみガードで萌える人続発させたりれみ☆りあ☆うー☆だったりネーミングセンスが彼方に吹っ飛んでたり新月は本当に幼女化するとかガセが流れるとか他に――」
「あぁもう分かった、分かったからもう止めてくれ!」
咲夜がまるで器械の様に無表情で淡々と理由を述べ言葉の波となってレミリアに反論する間もなく圧倒、遂に耐え切れなくなったレミリアは頭を抱えながら片手を伸ばして発言を制止する事でようやく咲夜の発言も停止した。
言葉の波が収まったのを確かめたレミリアは一旦頭の中を整理する為に頭を抱えながら一人ブツブツつと呟く。
「……つまりフランにあんな感じの服を着せれば万事解決って事で良いのかしら?」
「流石お嬢様、飲み込みが速くて助かります」
「わ、分かったよ今回は咲夜にめんじて許してあげる。でも服に関してとかは貴方が全部面倒見なさいよ」
「仰せのままに」
「わーい、咲夜ありがとー」
「いえいえ、どういたしまして」
嬉しさに腰に腕を回して飛びついてきたフランドールに咲夜は困った様な笑顔を向けつつ両手で優しく支え、レミリアはその様を見て不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら手元にあったアイスティーを喉に流し込む。
自分の為だと思い了承してしまったがあれだけ見ているとどこかフランドールが得している様な気がしてならなかったからだ。
しかし一度決めた事を今頃になって訂正しても格好がつかない、更に言うとフランドールは元々外に出ることは殆ど無いので他人に見られる事は無いとタカを括り結果を迎え入れる事にした。
「なんだか後半は言ってる意味が分からなかったが……まぁ良いとしよう」
何だか長い言葉を長々と語られると物事が大きく感じたりしてきてしまってつい了承を出してしまうものだ、多分。
「それではそろそろ次の作品を流しますね」
話に一段落付いたのを見計らい、咲夜は次のディスクを映写機に取り付けると再び起動させてスクリーンに映像を映し出す。
○ ○ ○ ○ ○
その後も作品と作品の間に休憩を入れたりしながら映写機はアニメ・実写、多種多彩の作品達が放映されていく。
一つは山の様に巨大な怪獣が青白い熱線を吐き、コンクリートで造られた建物を次々と破壊していった。
一つは黒いロングコートとサングラスをした男がスーツ姿とサングラスをした男と豪雨の中空を飛びながら壮絶な殴り合いを繰り広げた。
一つは赤毛の大男が強敵を押し退けてバスケットボールを豪快にゴールへと叩き込んだ。
次から次へと巻き起こる幻想郷の異変にも負けじとも劣らない奇妙で愉快な出来事を綴った物語達は少女達に時に笑わせ、時に手に汗を握らせ楽しましる。
そして最初は乗り気でなかったレミリアも次第にその作品達の魅力に引き込まれ、食い入るようにスクリーンを見張っていた。
やがて何度目かの作品のスタッフロールを終え、映写機のレンズから光が失い室内に静寂が戻る。
「今のが最後ですね……いかがでしたでしょうかお嬢様」
「え? あっ、あぁそうだな、人間の作ったものにしては中々だったじゃないか」
「凄く面白かったー。特に黒くて大きいトカゲがどかーんってするのが凄かった」
「騒がしくて暗くて本を読む時には適さないわね」
「どの作品にも製作者の思いや発想は詰め込まれていて関心しちゃいますねぇ」
「まぁ全部見終わったとして、紫は私達にこういったものを作ろうって言いたかった訳か」
「如何致します? お嬢様が拒否するなら有無を言わさず押し返しますが」
「ふむ……」
個人様々な感想が飛び出す中、レミリアは咲夜への返答を考えながら両腕を組み難しい顔をして黙り込むが、しばらくして名案でも閃いたのだのか細めていた目を瞬時に見開き、漫画的描写なら輝く電球が浮かび上がりそうな程に表情が明るくなる。
そしていかにも何か企んでますといった薄ら笑いを浮かべて立ち上がるとそのまま部屋の出口へと歩きだした。
「良いわよ、あのスキマが来たら参加してやると伝えておきなさい。それと今から私は少し部屋に篭るから誰も入ってこない様にしといて」
「分かりましたメイド達にも伝えておきますし黒いの一人お嬢様の部屋に通しません」
「よろしい、それじゃね」
咲夜の答えに満足したレミリアはそそくさと扉を開けて閉めもせずに部屋を飛び出していった。
「……行っちゃった。お嬢様絶対ろくでも事考えてますよね、あの顔は」
「何事も無いと思いたいけど無理そうね、あの顔は」
咲夜と美鈴は飛び出していった時のレミリアの堪えきれていない笑みに幸先の悪さを感じ軽く溜息を吐く事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
紅魔館のとある部屋の一室、これといった装飾品が置いてなく申し訳程度に壁をくり貫いた様な窓から暗闇に包まれた幻想郷が顔を覗かせている。
その空室と見紛う様な何も無い部屋も中央に十人程で囲める大きさの長テーブルが置かれており、咲夜、美鈴、パチュリー、フランドール、そして紫がそれぞれの椅子に腰掛けて
紅魔館は窓が少ない、故に夜の館内の明かりは数少ない窓から射す月光と壁に備え付けられた蝋燭だけが頼りになる。
しかし現在この部屋は夜目の聞かない者も何人か居る為パチュリーの魔法で輝く水晶があちこちに浮遊しており、室内は昼間の様に明るかった。
「それで、私が再び訪ねに来たらなんでここに泊められなければいけないのかしら?」
「お嬢様の命令でね、用事を済ませるまで返すなって言われているのよ」
「そう言って丸一日経つけど、いい加減変化が欲しいわ」
「その要望ならもう直ぐ叶うわ。だからこそ私達はここに集められた――」
咲夜が説明しているその時、部屋と廊下を繋ぐ扉がけたたましい音をたてながら勢い良く開かれた。
その音に反応して全員顔を向けると、扉の向こうには話題のレミリアが仁王立ちで立ち塞がっていた。
片手には何十枚もの紙の束を握り締め、相変わらず何かを企んでいる薄ら笑いを湛えているが目の下に出来たクマと微妙にバランスが取れずにふらついている。
そんな姿に咲夜達は口を開けて驚きを隠せずにいるがレミリアは気にせずにずかずかとテーブルに歩み寄り、紫と対になる位置の椅子に乱暴に座った。
「待たせたわね紫、咲夜から聞いてると思うけど貴方の要望に乗ってやるわ」
「えっ、え、ええ、それは良かったですわ貴方なら乗ってくれると思ってましたし……」
「見た限りだと、映画ってのは監督ってのがいるらしいじゃない。そこで!」
明らかに様子のおかしいレミリアに戸惑い、つい引き攣った笑顔になって問いかける紫にレミリアは自信満々で手に持っていた紙の束を高々と掲げ、そのまま勢い良くテーブルに叩きつけれるとその場に居た全員が身を乗り出して叩きつけられた紙の束を凝視する。
良く見ると紙の束は紐で結われており一つ一つが束そのものが一つの書物の様な物である事を表しており、細やかな手書きの文字が羅列となって紙を半分以上黒で多い尽くしていた。
「シナリオから演出、主演まで私が全てやるわ! その為の台本もこの通り書いておいたわよ」
「お嬢様……もしかしてそれを書く為にここ数日間部屋に篭ってた訳ですか?」
「当然よ!」
レミリアはどうだと言わんばかりに自慢げに胸を張るが当の咲夜達はジトリとした目線をレミリアに向けていた。
突然誰も部屋に入れるなと言って数日間篭ったかと思えば自分で勝手に話を進めてこんな物の制作にまで着手していたのかという呆れた目線だ。
台本と呼ばれた紙の束の厚さは見た目からしても数時間程度で出来る様な厚さではなく、「攻めてよし、守ってよりの厚さだぜ」なんて台詞が似合いそうな程に厚い。
更にレミリアの目の下に出来たクマから最悪閉じ篭ってからずっと寝ずに製本に取り掛かっていただろう事は誰から見ても明白だ。
小馬鹿にした様な態度をとっていながらその実はレミリア本人が一番楽しみにして徹夜もしていたのだから当然と言えば当然の反応とも言えるのだがレミリアはそれに全く気付いていない。
「ち、因みにレミリアさん、作った台本のタイトルは一体何と言うのでしょうか?」
「良くぞ聞いてくれたわね」
突然レミリアは椅子から立ち上がり、誰がいる訳でもない明後日の方向に人差し指を高々と突き出す。
「タイトルはずばり『レミリア様と愉快な下僕達』! 主演は勿論私、物語は私の圧倒的な力とカリスマで幻想郷を支配する痛快アクションよ! これで咲夜が言ってた私のカリスマ低迷を回復どころか再び夜の王としての威厳を復活させる素敵で無敵な計画よ――どうしたのよ皆して固まっちゃって」
目を輝かせて楽しそうに話してレミリアの周りの空気は非常に明るい。
が、それに比例するかの様に咲夜達の空気は瞬く間に暗く沈んでいき、呆れた目線を通り越して哀れみの篭った視線がレミリアに集中していた。
流石に浮かれ気味だったレミリアもどう見ても歓迎されている空気ではないと理解でき、何か変な事をしただろうかという疑問と不安から自信に溢れて得意気だった笑顔も心なしか力が無くなっていき高々と突き出していた腕も弱った草の様にしなんなりと折れ曲がってしまう。
簡単に言うと勢い余って実行したは良いものの見事に滑ってしまった状況だ。
そんな暗い空気の中から深い深い溜息が一つ、咲夜の口から遠慮無く吐きすられるとレミリアは敏感に反応して体が一瞬跳ね上がってしまう。
「な、何よその溜息は」
「お嬢様、無法にも程があります。少しは自重してもらわないと……」
「自重!? 咲夜は私のこの完全完璧な計画が駄目だと言うのか!?」
「瀟洒で完璧の二つ名を名乗る身としてはそれからは完全も完璧も感じる事ができません」
「なっ」
遠慮も情けも無用一切包み隠さない正直な感想がレミリアを一刀両断。
自分の信頼している従者からよもやそんな言葉を聞く事になるとは予想だにしていなかった為にレミリアの衝撃は相当大きく、稲妻が走っている背景が似合いそうな程衝撃に顔を歪めて体を仰け反らせる。
そして咲夜の台詞はこの場に全員の感想でもあり、誰もが「良く言ったメイド長」と心の中で褒め称えていた。
しかしそれでも納得しきれないレミリアは頭痛を催した様に両手で頭を押さえ込み先程の言葉を頭の中から振り落とそうとするが、当然そんな事で記憶が消える訳がなくそれどころか意識した分だけ頭の中で咲夜の台詞が反響して彼女の操る鋭い銀のナイフの様にレミリアの自信を切り裂いていく。
「うう、そんな筈がない……! そうだ、美鈴!」
「え、わ、私ですか」
「咲夜はきっとあれだ、他の奴とは少しずれてる所があるから私の素晴らしい発想が理解できないんだ。でも人間からも良識人と認知されてるお前ならこいつの素晴らしさが分かるわよね? ね?」
「いやぁ、何て言えば良いんでしょうかそのぉ……あ、あはははは……」
「ううぁあ……」
美鈴の引き攣った笑いで返す姿にレミリアの顔から辛うじて残っていた余裕の表情も完全に消えうせてしまう。
これでもレミリアと美鈴はそれなりの時間を紅魔館で共にしてきた、故に美鈴は嘘が苦手で咄嗟の嘘が吐けない事も当然の様に知っている。
だから美鈴が正直に感想を言わない所から咲夜と同じ意見だが本人を傷つけまいとあれこれ気の利いた言葉を考えたが結局そんな言葉も思い浮かばず最後には笑って誤魔化している所まで理解した、理解してしまった。
一人どころか二人も拒否者が居る、受け入れがたいが確実に存在する事実に驚愕するレミリアの元々白く綺麗な顔から血の気が引いて尚青白さを際立たせる。
只でさえ目の下にクマが出来ているのに顔まで青白くなってしまい、何も知らない人物が見たらゾンビでも現れたのかと見間違えてしまうかもしれない。
それ程にレミリアの顔は崩れ掛け、代わりに張り付いているのはどこか虚ろで弱々しい笑顔だけだ。
「は、はは、ははははは、咲夜も美鈴も冗談が上手いじゃないか、はははは、そんな、そんな事は……こんな筈が……三日三晩寝ないで考えた私の傑作が……」
「そうね、確かにこれは傑作だわ」
「パチェ……! お前は、お前だけは分かってくれるんだな……!」
「タイトルからして明らかに自己中心自己利益である事が滲み出してるわ、しかもネーミングセンスも相当偏ってる、自分自身で様付けだし誰が下僕なのかしら? もしかして私もその中に入ってるの? そしたら相当お笑い種ね、いつ私が貴方の下僕になったのかしら記憶にないわね。簡単に言うと幼稚さが相当で傑作ものよ、これだと中身なんて見なくても幼稚な内容なのは手に取る様に分かるわ。そんな代物を『本』だなんて呼ばないで、只の紙切れの束よそんなもの」
「ぁ、うぅ、ひぐ……」
唯一褒めてくれたと思ったパチュリーの一言に一時は目に輝きを取り戻したレミリア。
だが続いて吐き出される罵倒の数々でそれが自分の勘違いであった事を思い知らされ、期待しただけにその落胆は凄まじく最早自信などというものは微塵も存在せず目尻には今にも溢れ出しそうな透明な涙が溜め込まれる。
「フ……ブラ゙ーン゙……」
眉間に皺を寄せ溢れ出しそうな涙を堪えて嗚咽するレミリアに最早余裕の欠片も見当たらず、爆発しそうな感情をどうにか堪えながらフランドールに潤む瞳を向けた。
その瞳には救いの手を求める切羽詰った思いが秘めているのが誰の目から見ても明らかであり、そんなレミリアの思いが届いたのかフランドールはそれこそ無垢無邪気で夜の眷属とは思えないまるで太陽の様な明るい笑顔で応え
「お姉様ダサーイ」
「う……うわぁぁぁあああぁあぁん!」
決定的な言葉の一撃がレミリアに直撃した。
なりは小さくて可愛らしくても流石は幻想郷屈指の破壊魔、どんなものでもきゅっとしてどかーん。
それはレミリアも例外ではなく、実妹の一言で読んで字の如くマイハートブレイク。
行き場の無い感情は溜め込んでいた涙は決壊させ椅子を吹き飛ばし涙を飛沫として輝かせながら当ても無く全速力で走り出す。
「ブギュッ!?」
だが溢れる涙で視界がままならない状態で吸血鬼の全速力で走れば周りの景色など見える訳も無く、レミリアは出口の扉に向かっているつもりだったが全く見当はずれな壁に正面衝突。
顔を壁に押し付けながらずり落ち狂乱していた身はそのまま血の様に紅く柔らかな絨毯の上に沈み、そのままピクリとも動かなくなった。
咲夜達は先程までとはまた別の意味で唖然として動かなくなったレミリアを眺め、フランドールは楽しい芸を見たかの様にケタケタと笑う。
「あははは、やっぱりお姉様をからかうのは面白いなー」
「フランドール様、おふざけが過ぎますよ」
「哀れねレミィ」
「えーっと咲夜さん、お嬢様はどうします?」
「気絶しただけだしお嬢様が居ないと話は進まないから元の席に戻しておきなさい」
とんだハプニングにより話の進行はレミリアは目を覚ます数時間停滞したのは言うまでもない。
○ ○ ○ ○
「なんて事が7年程前にありました」
「うん? そんなのあったっけ? と言うかその先はどうなったのよ」
「私もど忘れしてしまいまして。お嬢様は覚えておられませんか?」
「その時点で既に覚えてない私に頼るなよ……えーっと……」
博麗神社の境内。桜散る宴会場の中、和の空気漂う景色には不釣り合いなパラソルの下で咲夜が語る。
聞き手に回っていたレミリアは少し上を向いて無い筈の脳を回転させて記憶を掘り起こそうと試みたが、いまいちはっきりと思い出す事が出来ない。
「そんな事もあった気がするが、そんな昔の話はどうでもいいよ。私は過去を振り返らない主義なんだ」
「そうですか」
「そうよ」
レミリアがグラスに入ったワインを煽ぎ、酒気を帯びた息を小さく吐き出しながら目の前の光景に目を向ける。
辺りに溢れるは酒乱達の乱痴気騒ぎ。それなりに長い付き合いの顔見知りから、この数年に幻想郷に越してきた新顔まで、その数は随分増えた。
地底に住むと話す妖獣達。
数千年の封印から解き放たれたという仏教徒とその一行。
こちらもまた数千年の眠りから覚めたという自称聖人。
奇妙な能を舞う仮面の妖怪。
去年には伝説の一寸法師の子孫までもが加わった。
曖昧な記憶に思いを馳せるよりも、この先どの様な変化が神社に訪れるのか。それを見届ける方が余程有意義なのだと、レミリアは考える。
「ま、過去を気にしているようでは大物にはなれんよ。咲夜も覚えておくんだな」
「作用で御座いますね……では、これも別にお嬢様が気にする事ではありませんね」
時間を止めたのだろう。咲夜の手にはいつの間にか一冊の本が掲げられている。
「なんだその薄汚い本は……えっ?」
最初は汚物を見るように怪訝な顔をしていたレミリアだったが、次第に目が丸くなり言葉を失ってしまう。
咲夜が持っている本の表紙。汚れで読みづらくなってはいるが、大きく書かれた文字に彼女は覚えがある。
「薄汚いなんて失礼ですよ? お嬢様が丹精込めてお書きになられた『レミリア様と愉快な下僕達』の台本ではないですか」
「ど、どうしてそれを!」
レミリアが声を震わせながら問い質す。
先程までの余裕は一片も無い。何故なら、目の前にそこに存在しない筈の物が持っていない筈の者の手に納まっているのだから動揺も隠せなかった。
慌てふためく親愛なる主を見下ろしながら、咲夜はあくまで冷静かつ丁重に言葉を返す。
「いえ、7年前にゴミ出しをしようとしたところ偶然にも見つけてしまいまして。お嬢様が大事にしていた物ですから燃やすべきではないと思い、今日まで残していたのです」
「う、嘘だ! それが偶然で見つかる筈がないんだ! あの時、厳重に布で包んでゴミ袋の底に入るように捨てた筈なのに!」
「あら、そうでしたか。でも、それは別にどうでも良い事ではないですか。お嬢様は過去を振り返らないのでしょう?」
そこで咲夜が小さなげっぷをした。
よくよく見れば、彼女の頬もほんのりと朱に染まり目も据わっている。
「お前まさか酔ってるな!」
「そんな事はございませんわ、私はいつでも正常ですわ。では丁度いいお酒の場の笑い話ができそうなのでちょっと皆さんにこれをお見せしますね」
「行かせるか! てあら」
そうはさせまいと飛び掛ったレミリアだったが、伸ばした腕は何も掴む事ができず空振りに終わった。
時既に遅し。咲夜は時間を止めて大衆の中心まで移動してしまっていたのだ。
「さぁ皆さーん。ここで私の主であるレミリアお嬢様の取って置きの笑い話をお披露目いたしまーす」
騒がしい酒の場においてなお聞き取れる大きな声で咲夜が全員に呼びかける。
酒を手にそれぞれ会話を楽しんでいた少女達が何事かと話を止めて彼女に注目した。
当然手には例の台本が持たれていて、既にそれに興味を示している者も数人いる。
「うおおおお! 待て咲夜あああああああ!」
このままでは笑い者にされるのは明確だ。レミリアがそう考えた時には後先考えずスペルカードを発動させ、深紅の槍を精製すると咲夜の足元目掛けて全力投球していた。
放たれた槍は猛烈な速度で地面に着弾すると石畳を砕き、土を抉り、爆風で周辺を吹き飛ばす。
「嫌ですわお嬢様。暴れたらまるで酒乱ですよ」
不意にレミリアの横から聞こえる声。そこには咲夜が傷一つ無い状態で佇んでいる。
吸血鬼渾身の投擲も間髪の差で避けられてしまったのだ。
憎たらしい程に平然としているさまにレミリアも悔しさから歯を食い縛りながら睨みつける。
「誰のせいだ誰の」
「ところでお嬢様、今の一撃大分本気で投げましたよね? ともなれば、私の周りにいた人達もただで済まなかった訳ですが」
「ああん?」
見てみれば、レミリアに集まる憎悪の目線。爆風に巻き込まれた妖怪達だ。
体が頑丈という事もあり怪我は殆ど無い様子だったが、ある者は杯が裏返って頭から酒を被っていたり、またある者は服が所々破けてしまっていた。
彼女達は事情を知らない。だからこそ、レミリアに突然攻撃されたとしか思えなかったのだ。
しまったと思った時には殺意を持った少女達が一斉にレミリアへと飛び掛る。その圧倒的数に流石の吸血鬼であっても不利であると悟りたじろいでしまう。
「おい咲夜、元はと言えばお前が原因だろどうにかしろってもう居ないし!」
原因を作ったメイドに文句を言おうとしたが、気付けば隣にはその姿は見当たらない。
よくよく見れば、彼女は既に押し寄せる少女達の向こう側に退避していて、他人事の様ににこやかに手を振っていた。
「ちくしょう裏切り者め! もうどうにでもなれ、かかってこいやおらあ!」
最早衝突は避けられない。自棄になったレミリアは翼を広げ、真っ向から少女達に勝負を臨む。
後にこの出来事は俗に「吸血鬼騒動春の乱」と呼ばれ、多勢に無勢の最中一歩も引かない吸血鬼の強さと気高さはかの幻想郷縁起にも記載、される事は流石になかった。
尚、この騒動は境内を滅茶苦茶にされた事に憤怒した巫女によって参加者全員が成敗されて終結した。幻想郷の巫女が最強である真実を改めて知らしめるのであった。
あと後日咲夜はこっぴどく叱られた。