一分で読める前作
◆◇◆
「怪獣の気配がするわ……」
こたつに頬杖をついたスキマ妖怪の八雲紫は、八畳間の壁を眺めながら呟いた。
夕餉の片付けを終え、主人にお茶を運んできた九尾の式は、部屋に入るなり停止する。
彼女、八雲藍は「怪獣ですか?」という顔をして「またかい……」と言った。
「顔と台詞が逆になっているわよ」
「……はっ!? 失礼いたしました紫様」
どうして振り向かずに私の表情がわかるのだろう、と藍は思ったものの、素直に頭を下げる。
主人の前に「どうぞ」と湯飲みを置き、そそくさと部屋を後にしようとするが、
「待ちなさい藍。怪獣の気配がするというのに、どこへ行くの?」
「さようですか」
仕方なしに、九尾の式はため息をこらえつつ立ち止まる。
怪獣の気配が、この八雲家の屋敷にある。
いつだったか、このような発言を真面目に拾ってしまったために、おバカな真似をさせられてしまったことが、まだ藍の記憶に沁みついていた。返す返すも腹立たしく、恥ずかしい一ページである。
一応、己の知覚能力で、屋敷の内部と周辺を探ってみるが、寝室で既に眠りに就いている式の式と、目の前に座っている主の他には、自分のものしか気配は感じられなかった。
「この前みたいに、またくだらないシャレを考えているのなら、私は失礼させていただきます」
「ダメよ。幻想郷の平和のため、貴方は怪獣を退治する義務があるわ。ウルトララン」
「妙なあだ名をつけないでください。そして、お断りします。本当に怪獣が迫っていて、幻想郷の危機だというのであれば従いますが」
「ふふふ、その様子だと藍はまだ、怪獣の気配に気がついてないようね」
振り返ったスキマ妖怪は、ニタニタと笑っていた。
「この部屋を見渡してごらんなさい。怪獣が貴方に見つけてもらうのを待っているわよ」
「は?」
見つけてもらうのを待っている?
何のことかと思いつつ、藍は部屋を見渡す。
八雲家の家事全般を任されている藍にとって、この茶の間は主人よりも詳しく、慣れ親しんでいる部屋といってよい。毎日掃除と片付けをこまめに行っているため、どこに何があるかは全て把握している。
よって変化があれば、すぐに気がつきそうなものだが、部屋に怪獣らしき姿はなかった。無論、怪獣を造形したソフビ人形の類も置いていない。
床には主人が頬杖をつくこたつと座布団以外にはなく、天井にはひも付きの電灯のみ。
壁には古式ゆかしい振り子時計とカレンダー、それと橙が上手に書いたお習字も貼ってある。
他には茶箪笥と、その上に置かれた旧式のラジオとカメラ……。
――ん? カメラ? あんなところにカメラなんて私は置いたっけ。
「……むむっ!」
藍は眉間に険しい谷を作った。
目を凝らしてみると、そのカメラには、ちょんちょん、と白ゴマで濁点が飾られていたのだ!
つまり、カメラに゛がついていて、『ガメラ』になっていたのであった!
「見つけたようね」
「………………」
どや顔を決めている主人に、藍はこれ以上ないほど冷めた視線で応えた。
「はてなんのことやら。私には怪獣など何も見えませんね」
そう言いながら、素知らぬ顔でカメラを片づける。律儀にゴマの方もつまんで片づけるのを忘れない。
「では洗い物があるので、これにて失礼いたします」
「待ちなさい。怪獣は全部で四体いるわ」
「………………」
「カラータイマーが鳴り終わる前に、さっさと見つけないと罰ゲームが待ってるわよ」
そう言いながら、八雲紫はスキマからアイテムを取り出す。
彼女が卓上に置いたのは、掌サイズの青いドーム型のボタンのような代物だった。
ピーポ、ピーポ、と赤く点滅し始めるそれを睨みつけ、藍は頬をひくつかせながら、
「わかりました……あと三体怪獣を見つければいいんですね」
と、苛立ちつつも部屋の中を改めて見渡してみる。
しかし、先程のカメラの他には、変化らしい変化は見つからなかった。
腕を組み、部屋を歩き回りながら、天井、壁、床、隅々まで調べてみるものの、怪獣の姿が見つからないまま、カラータイマーの音だけが鳴り響く。
藍が主人の様子を横目で窺うと、紫は式の悩む様子を見て愉しげに頬を緩めていた。
――ん?
藍は微妙な変化に気がついた。
部屋の家具ではない。主人、八雲紫の姿である。
今夜の彼女は、髪型が少し変わっている。
主が気分に合わせて髪を変えることは、そこまで珍しくないのだが、今日はやけに子供っぽいというか……。
「……はっ!」
再び、藍は発見してしまった。
主の長い金髪が、左右に分けて高い位置でまとめられ、その房が肩まで垂れている。
すなわち、ツインテール!!
「どうやら、二体目を見つけたようね」
「何のことでしょうか。それと僭越ながら、髪型はいつもの方がお似合いかと思われます」
紫がムッとした表情になる。
一方の藍は、努めてすまし顔を保つ。
――あと二体か……。
部屋の中を歩き回りながら、残る怪獣を探し求める。
口を開けば「あー、くだらない。どこまで暇なんだこのスキマ妖怪」という本音が漏れそうだが、忠実な式としては、ひたすら口をつぐんで耐え忍び、命令を遂行する他ないのであった。
……が、
「んん?」
何気なく見過ごしていた橙の書き初めが、藍の目に留まった。
それは主の冬眠中に橙が書いたもので、『未来』と書かれている。
紫は毎年、上達していく式の式の作品を楽しみにしているのだった。
ところが今年は上手に書けたはいいものの、お終いに墨を撥ねさせてしまったために、未来の横に小さな点が生じていた。橙は恥ずかしがったものの、彼女らしさが表れているとして紫は気に入り、こうして壁に貼ってあるのだが。
――まさか……。
藍は書き初めの下の小さな椅子に、何気なく置かれているラジオをどかしてみた。
その裏には、達筆で『羅』の文字が書かれた半紙が貼ってあった。すなわち、
――ご……誤字羅!!
あまりの馬鹿馬鹿しさに、藍の膝から力が抜けた。
「三体目を発見したわね。というわけで残るはあと一体……」
「紫様!」
ついに耐えかねた藍は、立ち上がるなり、ぴしゃりと叱りつけた。
「いい加減になさいませ。妖怪の賢者であり、幻想郷を見守るスキマの大妖怪ともあろう御方が、ダジャレ連発とはなんですか。どうせならもっと高尚な戯れをお考えくださいまし」
式神が己の主人にお説教をするというのは、本来なら極めてまれな現象なのだが、この八雲家ではさほど珍しくはない。
なお、主人が素直にそのお説教を聞き入れるということも、ほとんどない。
「つまり藍、貴方は怪獣退治を『止める』というのね?」
「ええ。お断りいたします」
「残る一体の怪獣についてはどうするつもり?」
「私の手に負えるものではなさそうですので、この藍よりも遥かに強大なる主にお任せいたします」
「あらそう」
ゆらりと立ち上がった紫は、スキマから何かを取り出した。
「デュワッ!」
「あたっ!?」
その取り出された何かで思いっきり頭をはたかれ、藍はしゃがみこみ、
「な、何を……!?」
「言われた通り、最後に残った怪獣を私自ら退治したのよ」
『スぺシウム光線』と書かれた巨大ハリセンを抱えて、紫は言った。
ついで式をビシッと指し、どや顔で、
「四番目の怪獣、ヤメタランス(止めた藍っす)、討ちとったり!」
・解説
なまけ怪獣 ヤメタランス
帰ってきたウルトラマン第48話「地球頂きます!」に登場。
地球侵略を目論む宇宙人ササヒラーによって、地球に連れてこられた宇宙生物。
無気力極まりない顔つきが特徴的であり、名前までやる気がない。
さらに体からは人を怠け者にしてしまう放射能(?)が出ているらしく、これを浴びた人間は、たちまち怠け者になる。この力によって、MATの隊員達も怠け者になってしまった。
外見といい能力といい、ウルトラシリーズでも屈指のおマヌケ怪獣である。
「つまり貴方の行動も含めて、全て私の計算通りだったというわけ。まだまだ修行が足りないわねぇ」
「………………………………」
「さて、幻想郷に平和が戻ったことだし、ごめんあそばせ……」
スキマ妖怪は立ち上がり、優雅な足取りでお茶の間を後にした。
めでたし、めでたし。