いじわるな神様が仕組んだかのように、その日は月曜だった。
不良学生にも不良サークルにも、4月1日が月曜日というのはつらいものだ。
さんざん続いた休みでなまった頭を無理やり叩き起こし、講義という名の戦場を駆け抜ける事数時間。激戦を超えてたどり着いた休息は、しかし次の戦場へのつかの間の夢に過ぎない。
寮まで這う這うの体で帰ると、蓮子が椅子の上に座って、私の机の上に広げたノートパソコンに向かっていた。振りむいた眼には涙。何だ、授業がそんなにつらかったのかと思ったがそうではないようだ。
「おかえりー、いやーエイプリルフールは面白いね」
どうにもネットサーフィンで四月ばかを検索して笑っていたらしい。ノートパソコン上には、ブドウの果実が白桃になっている画像が表示されている。
「部屋に勝手に入るな」
ほいっと手渡されたジュース缶は良く冷えている。一人暮らしの女子大学生の部屋に不法侵入の手みやげにしては安すぎる。私はむすっとした表情でそのオレンジを飲む。甘い。だが糖分が何だか戦場を駆け抜けた脳を癒してくれるようにも感じる。
「私の部屋ネット環境無いもの。それに
女子寮だからって部屋に鍵をかけないのは不用心だって、前から言ってるわ」
ちぃ、と小さく舌打ち。今日は朝寝坊した事を思い出したのだ。朝急いでいると、ときおりとんでもないミスをしでかすようで、蓮子の入室とPC立ち上げも、その代償と言わざるを得ないのか。
「呆れた。本当に多いねぇ」
蓮子が開いていたまとめサイトに目を通すと、百に達する勢いで出てくる嘘の嵐
私は思わずため息をついた。
「まあクリスマスやお正月より、一番盛り上がるのが今なのかもね」
「みんな暇ねえ」
「暇は良い事よ。暇があるからサークル活動だってできる」
「まあその。でも残念な事に本日休養が必要で暇がないの。ゴーホームよ蓮子」
椅子からしっしと蓮子をどけようとするもどかない。仕方なく私は机の隣のベッドに腰掛けた。蓮子は逆向きに座ると椅子の背もたれに両ひじを載せ、その上に顎を載せた。
「ねえメリー、ところでこれって夢みたいだと思わない?」
真剣そうな口調に、蓮子の方を向く。視線が合う。いつの間に吹いたのか、目元からは涙が消えている。
「メリーは夢と嘘の違いって何だと思う?」
夢、か。
何だか急に真面目な話になった気がする。私は両手の中のオレンジを再び口に運んだ。
「んー、蓮子先生の答えは?」
「回答はメリー君の後で」
なんだそれ、といいながら目を閉じて頭の中で想像してみる。
ここで今日連子と見た四月馬鹿のサイトはみんな嘘をついている。だがそれを夢と区別するものは何だ。
それを口にした者が望んでいるかいないか?聞いた相手が判断するから、主観では判断なんてできない?そんな違いではないと思った。
夢は重たい言葉だけれど、嘘は軽い。
十人に聞けば十人、真面目な顔して夢について問われればきっと、冗談めかして答えるか、考え込んで真面目くさった答えを返す。きっとそれは、夢という言葉には本質的に現状と連続的でなければならないという観念がつきまとうからだと思う。
それに対して嘘は連続的である必要が無い。だって嘘は、
「嘘は夢と違って、本当にならなくていいわ。
だから、夢はある程度本当になる責任を負わなくてはならない嘘の事よ」
「あらまあ、メリー君、ずいぶんとひん曲がった夢の見方ですわ」
「嘘は気楽だって言いたいのよ」
「ひねくれてばかりいると、いずれ幻想の境界が見れなくなるかも」
「そういうものではないと思うんだけど」
で?
机の上に置いてあった缶のグレープを、蓮子は片手でひったくってぐびぐびとやった。ふぃーっと息をつく。
「私はね、もっと単純に考えてる」
「単純って?」
「純粋に、大きな嘘だけが夢になれるのよ。
ちっちゃい嘘には夢になる権利が無いの」
私は、夢と聞かれて感じる重さに責任を見たけれど、蓮子はその重さにスケールを見たのだろう。
「ふうん」
「何よー、かっこつけに見えた?」
「蓮子にしてはひねりが無いわね」
蓮子はずっこけた。
「4月1日の疲れた頭じゃ、この程度が限界限界」
ひらひらと顔の前で片手を振る。
その様に思わず笑って窓から外を見ると、夕日が山に沈んで、山と空の境界を赤く照らしているのが見えた。
その境界を見ながら、私は蓮子との大きな嘘を思った。
見える境界の向こう、別世界を知る、訪れるという秘封倶楽部の壮大な嘘。
いつか、この夢を現にする日が訪れるのだろうか。
でもそうなったとき、私たちは幸せなんだろうか。
ほんのちょっと、私はこの夢が嘘になる事を願った。
私の夢へのイメージは、蓮子のそれとはちょっとだけ違ったから。
不良学生にも不良サークルにも、4月1日が月曜日というのはつらいものだ。
さんざん続いた休みでなまった頭を無理やり叩き起こし、講義という名の戦場を駆け抜ける事数時間。激戦を超えてたどり着いた休息は、しかし次の戦場へのつかの間の夢に過ぎない。
寮まで這う這うの体で帰ると、蓮子が椅子の上に座って、私の机の上に広げたノートパソコンに向かっていた。振りむいた眼には涙。何だ、授業がそんなにつらかったのかと思ったがそうではないようだ。
「おかえりー、いやーエイプリルフールは面白いね」
どうにもネットサーフィンで四月ばかを検索して笑っていたらしい。ノートパソコン上には、ブドウの果実が白桃になっている画像が表示されている。
「部屋に勝手に入るな」
ほいっと手渡されたジュース缶は良く冷えている。一人暮らしの女子大学生の部屋に不法侵入の手みやげにしては安すぎる。私はむすっとした表情でそのオレンジを飲む。甘い。だが糖分が何だか戦場を駆け抜けた脳を癒してくれるようにも感じる。
「私の部屋ネット環境無いもの。それに
女子寮だからって部屋に鍵をかけないのは不用心だって、前から言ってるわ」
ちぃ、と小さく舌打ち。今日は朝寝坊した事を思い出したのだ。朝急いでいると、ときおりとんでもないミスをしでかすようで、蓮子の入室とPC立ち上げも、その代償と言わざるを得ないのか。
「呆れた。本当に多いねぇ」
蓮子が開いていたまとめサイトに目を通すと、百に達する勢いで出てくる嘘の嵐
私は思わずため息をついた。
「まあクリスマスやお正月より、一番盛り上がるのが今なのかもね」
「みんな暇ねえ」
「暇は良い事よ。暇があるからサークル活動だってできる」
「まあその。でも残念な事に本日休養が必要で暇がないの。ゴーホームよ蓮子」
椅子からしっしと蓮子をどけようとするもどかない。仕方なく私は机の隣のベッドに腰掛けた。蓮子は逆向きに座ると椅子の背もたれに両ひじを載せ、その上に顎を載せた。
「ねえメリー、ところでこれって夢みたいだと思わない?」
真剣そうな口調に、蓮子の方を向く。視線が合う。いつの間に吹いたのか、目元からは涙が消えている。
「メリーは夢と嘘の違いって何だと思う?」
夢、か。
何だか急に真面目な話になった気がする。私は両手の中のオレンジを再び口に運んだ。
「んー、蓮子先生の答えは?」
「回答はメリー君の後で」
なんだそれ、といいながら目を閉じて頭の中で想像してみる。
ここで今日連子と見た四月馬鹿のサイトはみんな嘘をついている。だがそれを夢と区別するものは何だ。
それを口にした者が望んでいるかいないか?聞いた相手が判断するから、主観では判断なんてできない?そんな違いではないと思った。
夢は重たい言葉だけれど、嘘は軽い。
十人に聞けば十人、真面目な顔して夢について問われればきっと、冗談めかして答えるか、考え込んで真面目くさった答えを返す。きっとそれは、夢という言葉には本質的に現状と連続的でなければならないという観念がつきまとうからだと思う。
それに対して嘘は連続的である必要が無い。だって嘘は、
「嘘は夢と違って、本当にならなくていいわ。
だから、夢はある程度本当になる責任を負わなくてはならない嘘の事よ」
「あらまあ、メリー君、ずいぶんとひん曲がった夢の見方ですわ」
「嘘は気楽だって言いたいのよ」
「ひねくれてばかりいると、いずれ幻想の境界が見れなくなるかも」
「そういうものではないと思うんだけど」
で?
机の上に置いてあった缶のグレープを、蓮子は片手でひったくってぐびぐびとやった。ふぃーっと息をつく。
「私はね、もっと単純に考えてる」
「単純って?」
「純粋に、大きな嘘だけが夢になれるのよ。
ちっちゃい嘘には夢になる権利が無いの」
私は、夢と聞かれて感じる重さに責任を見たけれど、蓮子はその重さにスケールを見たのだろう。
「ふうん」
「何よー、かっこつけに見えた?」
「蓮子にしてはひねりが無いわね」
蓮子はずっこけた。
「4月1日の疲れた頭じゃ、この程度が限界限界」
ひらひらと顔の前で片手を振る。
その様に思わず笑って窓から外を見ると、夕日が山に沈んで、山と空の境界を赤く照らしているのが見えた。
その境界を見ながら、私は蓮子との大きな嘘を思った。
見える境界の向こう、別世界を知る、訪れるという秘封倶楽部の壮大な嘘。
いつか、この夢を現にする日が訪れるのだろうか。
でもそうなったとき、私たちは幸せなんだろうか。
ほんのちょっと、私はこの夢が嘘になる事を願った。
私の夢へのイメージは、蓮子のそれとはちょっとだけ違ったから。