「ありがとう!」
「えっ?」
チルノに真正面から感謝されて、八雲紫は思わずたじろいだ。
妖怪の賢者にして大結界の創設者の一人、唯一無二に等しい強大な力を持つ彼女は、感謝される事に慣れていなかった。
「ありがとう!」
「えっと……ど、どういたしまして……?」
再びド直球に声を上げるチルノ、その顔に邪念は微塵も見られない。
かつてはその力と巧みな話術で幾多の駆け引きを乗り越えてきた紫だからこそ、そんな笑顔を向けられた事は一度たりとも無かったのだ。
「……ねえ、どうしてあっち向いちゃうの?」
「ダメッ、今こっち見ないで、お願いだから!」
それ故に、紫はつり上がる頬を抑える事が出来なかった。
これが感謝の言葉である以上、相手の咎にする事なんて出来るはずも無く、紫はただ湧き上がる微笑みを抑え込もうと必死になっている。
「ご、ごめんなさい! ちょっと失礼するわ!」
「あっ、待って! どこ行くのー!?」
紫は逃げる様にチルノの前からスキマで逃げて行った。
境界を操る大妖怪と言えど、衝動には勝てなかった様である。
「ありがとうございます」
「ありがとう!」
「ありがとーございます!!」
スキマから出た先、命蓮寺の門の中で、紫はそんな言葉を聞いた。
見れば、命蓮寺の住職である白蓮を始めとした命蓮寺の住人一同が、綺麗に並んで感謝の言葉を述べている。
言葉は皆同じ、そしてその顔は清々しい程に綺麗な笑顔で、素直に頭を下げていた。
「な、何これ、ドッキリ!? ちょっと、藍! らーーーん!!」
怒る事も平静でいる事も出来ず、紫は式に助けを求める。
しかしその声は寺の中にのみ響き、他の誰に届く事も無くそのまま消えて行った。
「……私、貴女方に何かしたかしら」
精一杯の平静を繕って、紫は白蓮に訊ねる。
「ええ、紫さんは私達にとて良くしてくれました。ね」
白蓮がそう言って周囲を見渡すと、全員が全員笑顔でうなずき返す。
そうして向けられる輝かんばかりの顔に、またしても紫は逃げる他無かった。
それから行く先々で、紫は感謝され続けた。
人妖関係無く、力の大小隔て無く、一夜にして紫は誰からも愛されるキャラになっていた。
しかし、紫はそれを拒み続ける。感謝されて笑顔を返すような『いいひと』になる気など、全く無い。
全てはただ一つ、「クールで胡散臭い妖怪」というイメージを護りきる為。
「――って事なのよ、ゆうかりんはどう思う?」
「まずそのゆうかりん言うのを止めなさい、じゃないと私も貴女をゆかりんと呼ぶわよ」
「別に良いわよ、ゆうかりんになら」
「……好きにして」
太陽の畑に有ると言われている風見幽香の住処、そこに紫は逃げ込んでいた。
何処か共感する所が有るのか幽香と紫は親しくしており、幽香の前では紫も気負う事は無い。
「そもそも、貴女が今の状況を受け入れてあげれば良いだけじゃないの、どうしてそんなに悩む必要が有るのよ」
「それは、その……」
そう幽香に聞かれて、紫は言葉を濁す。
「……だって、恥ずかしいじゃない」
少し頬を赤く染めて、そんなことを言ってのけた。
「冗談よね?」
「……半分本気」
やたらと素直な少女を目の当たりにして、幽香は呆れ気味に嘆息する。
「でも、良い事ばかりじゃないのよ。
……私達は、人から感謝される存在であっちゃいけないもの」
少し声を潜めて、紫は言う。
幻想郷の妖怪の代表として、彼女は人間から恐れられていなくてはならない。
人間に近しい妖怪が増えた今、そうしたスタンスの妖怪は減る一方だった。
風見幽香も、そうした数少ない『恐れられる妖怪』の一人である。
「それはそうとして、どうしてこんな状況になってるのか知らない?」
「こんな状況ねえ……」
誰もが紫に感謝する、そんな異変の様な状況である。
当の本人は半ば動転していて、あまり考えが纏まらない様だった。
「そうね……霊夢に聞いてみた方が良いんじゃないかしら」
「霊夢に?」
「ええ、こういう異変ならあの子の方が勘が効くでしょうし」
「やっぱり異変なのかしら……とりあえず神社に行ってみるわ、ありがとう」
それからすぐに紫はスキマをくぐり、博麗神社へと向かって行った。
「……というか、こんなこと考えるのなんてあの子くらいでしょう」
幽香は一人呟きながら、紫の残した紅茶のカップを片付けていった。
「あら、紫じゃない」
いつものように境内の掃除をしていた霊夢が、紫に気付く。
「……霊夢は大丈夫なのかしら」
不安げに霊夢を見る紫。それに気づいた霊夢は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ねえ紫、今日は何かおかしな事が無かった?」
何かを知っているような口ぶりに、紫はすぐに気付く。
「霊夢……もしかして、全部あなたの仕業なの?」
「ええそうよ、今日は特別な日だもの」
特別な日、と言われて紫は考える。
「四月一日……エイプリルフール?」
「そう、だから私は皆に言って回ったわ」
霊夢は紫の前に立ち、笑顔で言う。
「『八雲紫はいつでも皆の事を、幻想郷の事を考えて、その為に行動している。
こうして皆が過ごしていられるのも、八雲紫のおかげだから、皆で感謝しよう』ってね」
実に得意気で、優しさを湛えた笑顔だった。
言葉に詰まる紫を前に、霊夢は言葉を続ける。
「だから、皆が紫に感謝しているのは嘘。皆にとって、八雲紫が皆や幻想郷の為に動いてるなんてのも嘘。
それと、あんたが胡散臭くないなんてのも、全部嘘なのよ」
だから、今日だけは素直になって良いわ。 そんな言葉を感じた気がして、紫はようやく気付いた。
「……そうね、今日だけは、もっと素直になっても良いのね」
「ええ、それに今日は此処で宴会なのよ。皆があんたを見付けたら、一斉に感謝されると思うわ。もちろん、嘘のね」
その言葉を聞いて、紫は霊夢に抱き着いた。
「ありがとう、霊夢」
「こっちこそ。ありがとう、紫」
「えっ?」
チルノに真正面から感謝されて、八雲紫は思わずたじろいだ。
妖怪の賢者にして大結界の創設者の一人、唯一無二に等しい強大な力を持つ彼女は、感謝される事に慣れていなかった。
「ありがとう!」
「えっと……ど、どういたしまして……?」
再びド直球に声を上げるチルノ、その顔に邪念は微塵も見られない。
かつてはその力と巧みな話術で幾多の駆け引きを乗り越えてきた紫だからこそ、そんな笑顔を向けられた事は一度たりとも無かったのだ。
「……ねえ、どうしてあっち向いちゃうの?」
「ダメッ、今こっち見ないで、お願いだから!」
それ故に、紫はつり上がる頬を抑える事が出来なかった。
これが感謝の言葉である以上、相手の咎にする事なんて出来るはずも無く、紫はただ湧き上がる微笑みを抑え込もうと必死になっている。
「ご、ごめんなさい! ちょっと失礼するわ!」
「あっ、待って! どこ行くのー!?」
紫は逃げる様にチルノの前からスキマで逃げて行った。
境界を操る大妖怪と言えど、衝動には勝てなかった様である。
「ありがとうございます」
「ありがとう!」
「ありがとーございます!!」
スキマから出た先、命蓮寺の門の中で、紫はそんな言葉を聞いた。
見れば、命蓮寺の住職である白蓮を始めとした命蓮寺の住人一同が、綺麗に並んで感謝の言葉を述べている。
言葉は皆同じ、そしてその顔は清々しい程に綺麗な笑顔で、素直に頭を下げていた。
「な、何これ、ドッキリ!? ちょっと、藍! らーーーん!!」
怒る事も平静でいる事も出来ず、紫は式に助けを求める。
しかしその声は寺の中にのみ響き、他の誰に届く事も無くそのまま消えて行った。
「……私、貴女方に何かしたかしら」
精一杯の平静を繕って、紫は白蓮に訊ねる。
「ええ、紫さんは私達にとて良くしてくれました。ね」
白蓮がそう言って周囲を見渡すと、全員が全員笑顔でうなずき返す。
そうして向けられる輝かんばかりの顔に、またしても紫は逃げる他無かった。
それから行く先々で、紫は感謝され続けた。
人妖関係無く、力の大小隔て無く、一夜にして紫は誰からも愛されるキャラになっていた。
しかし、紫はそれを拒み続ける。感謝されて笑顔を返すような『いいひと』になる気など、全く無い。
全てはただ一つ、「クールで胡散臭い妖怪」というイメージを護りきる為。
「――って事なのよ、ゆうかりんはどう思う?」
「まずそのゆうかりん言うのを止めなさい、じゃないと私も貴女をゆかりんと呼ぶわよ」
「別に良いわよ、ゆうかりんになら」
「……好きにして」
太陽の畑に有ると言われている風見幽香の住処、そこに紫は逃げ込んでいた。
何処か共感する所が有るのか幽香と紫は親しくしており、幽香の前では紫も気負う事は無い。
「そもそも、貴女が今の状況を受け入れてあげれば良いだけじゃないの、どうしてそんなに悩む必要が有るのよ」
「それは、その……」
そう幽香に聞かれて、紫は言葉を濁す。
「……だって、恥ずかしいじゃない」
少し頬を赤く染めて、そんなことを言ってのけた。
「冗談よね?」
「……半分本気」
やたらと素直な少女を目の当たりにして、幽香は呆れ気味に嘆息する。
「でも、良い事ばかりじゃないのよ。
……私達は、人から感謝される存在であっちゃいけないもの」
少し声を潜めて、紫は言う。
幻想郷の妖怪の代表として、彼女は人間から恐れられていなくてはならない。
人間に近しい妖怪が増えた今、そうしたスタンスの妖怪は減る一方だった。
風見幽香も、そうした数少ない『恐れられる妖怪』の一人である。
「それはそうとして、どうしてこんな状況になってるのか知らない?」
「こんな状況ねえ……」
誰もが紫に感謝する、そんな異変の様な状況である。
当の本人は半ば動転していて、あまり考えが纏まらない様だった。
「そうね……霊夢に聞いてみた方が良いんじゃないかしら」
「霊夢に?」
「ええ、こういう異変ならあの子の方が勘が効くでしょうし」
「やっぱり異変なのかしら……とりあえず神社に行ってみるわ、ありがとう」
それからすぐに紫はスキマをくぐり、博麗神社へと向かって行った。
「……というか、こんなこと考えるのなんてあの子くらいでしょう」
幽香は一人呟きながら、紫の残した紅茶のカップを片付けていった。
「あら、紫じゃない」
いつものように境内の掃除をしていた霊夢が、紫に気付く。
「……霊夢は大丈夫なのかしら」
不安げに霊夢を見る紫。それに気づいた霊夢は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ねえ紫、今日は何かおかしな事が無かった?」
何かを知っているような口ぶりに、紫はすぐに気付く。
「霊夢……もしかして、全部あなたの仕業なの?」
「ええそうよ、今日は特別な日だもの」
特別な日、と言われて紫は考える。
「四月一日……エイプリルフール?」
「そう、だから私は皆に言って回ったわ」
霊夢は紫の前に立ち、笑顔で言う。
「『八雲紫はいつでも皆の事を、幻想郷の事を考えて、その為に行動している。
こうして皆が過ごしていられるのも、八雲紫のおかげだから、皆で感謝しよう』ってね」
実に得意気で、優しさを湛えた笑顔だった。
言葉に詰まる紫を前に、霊夢は言葉を続ける。
「だから、皆が紫に感謝しているのは嘘。皆にとって、八雲紫が皆や幻想郷の為に動いてるなんてのも嘘。
それと、あんたが胡散臭くないなんてのも、全部嘘なのよ」
だから、今日だけは素直になって良いわ。 そんな言葉を感じた気がして、紫はようやく気付いた。
「……そうね、今日だけは、もっと素直になっても良いのね」
「ええ、それに今日は此処で宴会なのよ。皆があんたを見付けたら、一斉に感謝されると思うわ。もちろん、嘘のね」
その言葉を聞いて、紫は霊夢に抱き着いた。
「ありがとう、霊夢」
「こっちこそ。ありがとう、紫」
ゆかりんとゆうかりんが素敵ないい話だったあああああ!!!!